The Pleiades in The Jet Black   作:ドラ夫

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V.S  The Troll of East ①

「東の巨人か……」

 

 エ・ランテル最高の宿屋──『黄金の輝き亭』。

 アダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”は、ここで作戦会議を開いていた。

 アインズが受けた依頼は、ハムスケ──つまりは森の賢王に並ぶ、この地域一帯を牛耳る魔物の一匹──東の巨人の討伐だ。

 これは国からの依頼であり、常に冒険者組合の依頼ボードに貼り出されているのだが、そのリスクに比べて貰える給金が少ない為、受ける者がずっといなかった依頼だ。尤も、受けたところで達成出来るのか、という疑問もあるが。

 ハムスケと同じくらいの強さであれば、この世界の人間だと、精々ガゼフくらいしかまともに戦えそうにない。

 

「さて、相談しようか仲間達よ。案がある者はいるか?」

 

 アインズ・ウール・ゴウンのギルド長を務めていたころ、モモンガはみんなを引っ張っていくというより、全員の意見をまとめて妥協点を見つけるタイプのギルド長だった。

 こちらの世界に来てからは絶対なる支配者として振舞ってきたが、“漆黒”のリーダーモモンの時は、昔の様にみんなを取り持つ存在になると決めた。

 

 どんな種族なのか、仲間はいるのか、住処はあるのか、あったとして何処か……現状、東の巨人について分かっていることはほとんどない。

 好きこのんで森の奥まで行く冒険者は少なく、また居たとしても大半が死んでいる。そういった理由で、ハムスケの外見を知らなかった者が多い様に、東の巨人について知っている者が少ないのだ。

 

 本来であれば高い索敵能力を持つニグレドや、森に詳しいアウラに尋ねた方が手っ取り早いのだろうが……それでは冒険者チーム“漆黒”としての仕事にならない。

 アインズは依頼をこなしたいのではなく、依頼に挑戦したいのだ。みんなでいっしょに──そう、昔の様に。

 故にアインズは、その辺りを何処からどう調べていくのか、プレアデス達に尋ねた。

 アインズが尋ねると、ナーベラルが口を半開きにして考え、エントマがこてんと首を傾げ、ユリが静かに考え込んだ。シズは相変わらずの無表情。

 他のプレアデスを見回した後、優雅に微笑んでからソリュシャン──ソーシャンが手を挙げだ。

 

「ソーシャン、意見を聞かせてくれ」

「はい。森に入り、手頃なオーガやゴブリンを捕らえ、情報を集めるのがよろしいかと。彼らは森に住む者、であれば東の巨人の情報を待っているものと予想しますわ。身近な上位者の情報を把握していなければ、自分の生活圏が脅かされる危険がありますから」

「うむ。非常に良い案だ。理にかなっている」

「ありがとうございます」

 

 いつもより飾られていない礼の言葉。

 アインズはそれに非常に強い満足を覚えた。

 丁寧語だが、しかし従者と主人ではない、平等な関係を上手く演じている。

 

「しかし、あいつらの様な獣が東の巨人の情報──住処や生態を私達に話せるか、という疑問が残るな」

「それなら、あいつらを半殺しにして泳がせるっす! その中に東の巨人の部下がいれば、助けを求めて、東の巨人の元へ行くんじゃないっすかね。私とソーちゃんなら、簡単に尾行出来るっすよ!」

「いいぞ、ルプー! 作戦を建てる際、それが実現可能かどうかを吟味する事は非常に大事だ。その点、お前の案は自分の長所を良く活かしている」

 

 ぷにっと萌えさん曰く、人はつい希望的観測をしてしまうそうだ。

 相手がこう動いてくれたら〜、こうならなければ〜、所謂“たられば”で作戦を立ててしまう事が多い。

 そこにきてルプスレギナは、自分の能力──ここでいう能力とは冒険者ルプーとしての能力──に見合った作戦を立てている。

 

(今まで知らなかっただけで、案外ルプスレギナは計算高い性格なのか? そういえばアルベドも、ルプスレギナを褒める様な事を言ってたっけ……

 これはもう一度、シモベ達のテキストをじっくり読む必要があるかもしれないな)

 

 シモベ達のテキストには、仲間達の趣味趣向が見え隠れしている。それらを見返す作業は、アインズにとっては中々楽しい作業だった。

 

「良し、ソーシャンとルプーには現地での情報を集めて貰いたい。異論はある者はいるか?」

 

 誰も口を挟まない。

 ……もうちょっと揉めてもいいんじゃないか?

 アインズ・ウール・ゴウンが最も輝いていた頃は、たっち・みーとウルベルトがいつもケンカしていたものだ。

 毎回ああしろとは言わないが、全てが「はい、その通りです」ではつまらない。

 

「うーむ、その辺も課題か……。個人的な感情は置いておくとしても、議論なき会議は発展に結びつかないからな。まあしかし、取り敢えず今は良しとしよう。

 ルプーとソーシャンは別行動でゴブリンやオーガの尋問及び追跡……地形の把握も、出来ればやってほしいな」

「はいっす! ビンビンに頑張るっすよぉー!」

「分かりました。初めてのお仕事、精一杯努めさせていただきますわ」

「うむ。が、頑張れよ」

 

 どう激励の言葉を掛けてればいいのか……

 ユグドラシル時代ずっと丁寧語だったアインズ、こちらの世界に来てからはずっと支配者としてのロールプレイだ。対等な立場での激励など、分かるはずもない。

 

「任せるっすよ、モモン!」

「はい。頑張ります、モモンさん」

 

 ルプスレギナが親指を立てて、ソリュシャンが楽しげに笑いながら答える。

 ──精神が鎮静化された。

 

「……では、残った私達は何をしようか」

「モモンさ──んが飼いならしている、金に(たか)る虫共に情報を集めさせるというのはいかがでしょうか?」

「ナーベよ、その様な言い方はよせ。お前が言ってるのは恐らく、商人達のことであろう? 彼らは最も仲良くしておくべき人種の一つだ。下手な事を言うと、何処で誰が聞いてるのか分からんぞ」

「では諜報を警戒して、《ラビッツ・イヤー/兎の耳》を使いますか?」

「そういう事を言ってるのではない……」

 

 ナーベラルはこてんと首を傾げた。

 

「私が言っているのは実際に聞かれる可能性がある、という事ではなく、お前のその見下した態度から来る評判の事を言っているのだ。思考は言葉に、言葉は態度に出る。お前の悪評が“漆黒”全員の悪評になると知れ」

「はい。申し訳ございませんでした」

(本当に分かってるのかな……?)

 

 アインズが言えばナーベラルは一応態度を改めるが、それもちょっとの間の事だ。

 ここは一度、ガツンと言った方が良いかもしれない。

 鈴木悟はサラリーマンとしてそこそこ働いてきた。当然、少ないながらも部下はいる。

 部下の教育をしているとき、困ったアインズは教師をしているやまいこに尋ねた事があった。

 ──何度も同じミスをするんですよ。彼も悪気はないだけに、何だか注意しづらくって。

 その時やまいこは言った。

 ──時には殴ってでも間違いを正さなきゃダメだよ!

 流石に殴るような事はしないが……ガツンと言った方が良いかもしれないな。

 

「ナーベ──いや、ナーベラルよ」

「はっ!」

 

 アインズが冒険者ナーベをナーベラルと呼んだ事で、部屋の中の雰囲気が緩慢なものから緊迫したものへと変わった。

 プレアデス達もソファーから降り、その場に平伏する。

 

「私が冒険者モモンとして活動し始めた時、どうしてお前を供に連れたか分かるか?」

「はい。緊急時アインズ様の盾となるため、またアインズ様の身の回りのお世話をさせていただくためです」

「それは正解の一つであるが、本筋ではない」

「なんと……お聞かせ願いますでしょうか、アインズ様の御心を」

「うむ。私はあの時既に、人間との和平の道を考慮していた。しかしカルネ村会合の一件から、ナザリックの者が人に良い感情を抱いてないとも分かった」

 

 プレアデス達が大きく目を見開いた。

 「知略の王……」喘ぐような呟きが聞こえてきた。

 

「そこで、ナーベラル、お前を人間の世に送り込んだのだ。人間を見下すな、と命じた場合、ナザリックの者がどんな態度をとるか見る為にな。結果はまあ、この通りだ」

「も、申し訳ありません、アインズ様! その様な深きお考えがあったとは! このナーベラル・ガンマ、自らの命でこの罪を購えるなどという思い上がりはしておりません! 何なりと──」

「まあ待て、ナーベラルよ。この話には続きがある。何故私が数いるシモベの中から、お前を選んだのか、という点についてだ。答えを教えよう。ナーベラルよ、私がお前に期待しているからだ」

 

 二重の影(ドッペルゲンガー)の作り物の顔が、驚愕に染まった。

 同時に、他のプレアデス達が嫉妬に燃え上がる。

 

「アインズ・ウール・ゴウンの名にかけて宣言しよう。ナーベラル・ガンマ、私はお前に期待している。その期待はまだ終わってはいない事を知れ」

「はっ! アインズ様のご期待に少しでも応えられるよう、非才な身ではございますが、精一杯務めさせていただきます!」

「うむ。プレアデス達よ、私はナーベラルに期待し、供にした。そして今はお前達全員を供としている。この事を覚えておけ」

「畏まりました」

 

 一糸乱れぬ返答が聞こえてくる。

 それは非常に美しく、この『黄金の輝き亭』の最高品質の部屋でさえ色褪せるほどだった。

 

「……少し話が長くなったな。して、ナーベ(・・・)よ、改めて聞くが──何か案はあるか?」

「はっ──はい。 商人達と取り引きし、情報を売って貰うのが良いと思います。モモンさんは最高位冒険者、向こうとしてもコネを作りたがっているかと推測します」

「良い案だ──と言いたい所だが、二つほど問題が生じる」

 

 アインズが漆黒のガントレットに覆われた人差し指を立てた。

 

「一つは単純に、商人達が東の巨人についての情報を知っているか、という点だ。彼らは貴族の黒い噂や小麦の時価については詳しいが、モンスターについて詳しいかと言われればそうでもない」

 

 続いて、中指も立てる。

 

「二つ目は、その情報が真か嘘か区別がつかないという点だ。アダマンタイト級の私達を敵にまわそうと思う者は少ないだろうが……人は話を膨らませて話してしまうものだからな。一人、二人の情報では意味がないのだよ。複数人の話を聞き、よくすり合わせなければならない」

 

 実際モモンも、ネットの情報を信じて痛い目を見た事がある。

 とあるボスに関する攻略サイトの記事。炎系の魔法が効くよ、と書かれていたのだが、実際に有効だったのは炎系魔法の中でも聖炎系魔法のみ。

 モモンガと、モモンガと一緒にボス狩りに行ったギルドメンバーが死んだ後もう一度攻略サイトを見ると、こっそりと修正されていた。

 この様に、向こうに悪意がなくとも偽の情報を掴ませてしまう事はままあるのだ。

 

「でしたら、東の巨人に関する情報以外の情報を買うのがよろしいかと」

「ほお? 意見を聞かせてくれ、ユーリ」

「はい。名前が知られている以上、東の巨人を討伐しようとして失敗した、あるいはたまたま遭遇して逃げ出した者が必ずいると思います。そこで、そういった者達を紹介してもらうのはいかがでしょうか」

「なるほど、それは良い案だ。良い案だが……ユーリ、お前まだちょっと口調が固くないか?」

「うっ──申し訳こざいません」

「それ、それだ。やまいこさんはもっとこう、元気いっぱいというか、かなり砕けた感じの人だった。お前も本当はそうなんじゃないか?」

「モモン、当たってる。ユーリは本当はがさつ」

「シ──ハチ!」

 

 ユリが今にも首を投げつけんばかりの表情でシズを睨んだ。もしアインズの前でなければ、殴りかかっていたことだろう。

 しかし同時に、創造主であるやまいこの話を聞けた喜びが、体の中で爆発する。

 結果ユリは、怒ってるんだか笑ってるんだかよく分からない顔を作った。

 生徒達の話をしているときの、やまいこさんそっくりだ。

 

「こういったことは強要しても仕方がない。おいおい直して行ってくれ。まあ、やまいこさんがユーリの性格をそうあれと造った可能性もあるしな」

「はい。モモンさん」

「では、ユーリとナーベに情報を集めてもらうということで良いか?」

「賛成です。商人の方々と交渉するのであれば、既に顔が知られているナーベが適任でしょう」

 

 ソリュシャンの言葉に、全員が同意した。

 

「決まりだな。さて、残った私とエマ、ハチだが……マジックアイテムやポーションの買い込みだな」

 

 アインズはアンデッドであるため、ポーションが不要だった。しかし、ルプスレギナには必要になるだろう。

 他にもソリュシャン用のマジックアイテム、シズ用のボーガンなど。ナザリックのアイテムを使っても良いが……それはアインズの望みではない。

 やはりここは“漆黒”として儲けた金貨で、この世界のアイテムを買うべきだろう。

 

 アインズの提案に異論を出す者は居らず、三手に分かれてそれぞれ働く事が決まった。


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