The Pleiades in The Jet Black   作:ドラ夫

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V.S  The Troll of East ②

 いつもの聖印を象ったような巨大な武器──ではなく、先端に鈴がついた小ぶりのワンド。

 ルプスレギナはそれをシャンシャン鳴らしながら、上機嫌に森の中をスキップしていた。

 

「るんるんるる〜んルプスレギナ〜♪」

 

 静寂な森の中、その音は非常に目立つ。

 やがて奥の方から、複数の足音が聞こえてきた。同時に、ルプスレギナの鋭敏な嗅覚が獣の悪臭を嗅ぎ取る。

 

「お、来たっすね」

 

 出てきたのは三匹のオーガと、それを取り囲むように周りに密集しているゴブリンとバグベア。数にして……20強といったところだろうか。

 いや、茂みの影に隠れて悪霊犬(バーゲスト)も六匹程いる。一際体とそれに巻きつく鎖が大きいあの個体は、悪霊犬の長(バーゲスト・リーダー)だろうか。

 森の中ということもあり、平野に出没する群よりもやや規模が大きい。

 しかし、ルプスレギナは慌てない。

 それどころか人の良さそうな笑みを浮かべ、手を振って近づく。

 

「いやー、遅かったじゃないっすか。この辺にはもういないのかと、ヒヤヒヤしたっすよ」

 

 それを聞いたゴブリン達は「なんだこいつ……」という表情も見せることもせず、黄色い薄汚れた歯を剥き出しにして襲いかかった。

 全員で取り囲んで四方八方から、という訳でもない、真正面からの原始的な攻撃。

 

 真っ先に攻撃してきたのは、最も足の速い悪霊犬(バーゲスト)だ。

 足を噛みちぎろうと、大きく口を開けて突っ込んでくる。

 ルプスレギナはバックステップでそれを躱し、膝蹴りを顎の下から、肘打ちを頭の上から繰り出す。

 ──パン!

 小君良い音を立てながら、悪霊犬(バーゲスト)の頭が潰れた。

 

 続いて追いついたゴブリンが、木を削って作った原始的なメイスを力の限り振り下ろしてくる。

 ゴブリンの攻撃をクルリと回って回避し、その回転の勢いを利用して裏蹴りをゴブリンの胴体に叩き込む。

 グチャリと内臓が潰れる感触に、ルプスレギナの顔がサディステックに歪んだ。

 ゴブリンは吹き飛ばされ、近くにあった木にぶつかり──赤い花を咲かせる。

 可愛らしい。ルプスレギナはそう思った。

 

「おっとと、うっかりうっかり。軽く蹴ったつもりだったんすけどねー。うーん、今のよりも弱い攻撃となると、ちょっと難しいかしら……」

 

 モンスターを倒したのなら、その証としてモンスターの一部──ゴブリンであれば耳──を持って帰らなければならない。

 ルプスレギナの攻撃は強すぎて、肉片さえ残らないのだ。これでは“漆黒”の名誉を上げることが出来ない。さて、どうしたものか。

 

「ジネ!」

 

 全身の筋肉を隆起させ、オーガが渾身の一撃を放った。

 ルプスレギナはそれを、木製の小ぶりなワンドで受け止める。

 ──シャンシャン。

 ルプスレギナの鈴がついたワンドが鳴った。

 ……それだけだ。それ以上は何も起こらない。

 攻撃の衝撃でワンドが壊れるということも、ルプスレギナが苦痛に顔を歪ませる事も、オーガの一撃がルプスレギナに届く事もない。

 ただ、鈴の音が少し鳴っただけ。

 

「ほいっす」

 

 オーガの肩に手を添え、下に落とす。

 驚くほどあっさり、ストンとオーガの右腕が地面に落ちた。切り口から大量の血が吹き出る。

 ルプスレギナは血が服につかないよう、三歩ほど後ろに下がった。

 今は至高の41人に作られたメイド服ではない、エ・ランテルで買った冒険者用の安物だ。しかし、下等生物の血が着くのは不愉快だ。

 

「ウギャアアアアア!!!」

「なるほどー、四肢を攻撃すればよかったんすね。それならもう、遠慮しないっすよー!」

 

 数瞬遅れて、痛みがやって来る。

 オーガは武器を捨てて肩を抑えながら、転がるようにして後方に下がった。

 それを追うように、ルプスレギナはグルグルと肩を回しながら、オーガとゴブリン、バグベア、悪霊犬(バーゲスト)の群れに近づいて行く。

 頭の悪い彼らでも、流石に悟る。

 自分達は捕食者ではない。むしろ逆に──

 

「に、ニゲロォォオオオ!」

 

 所詮は獣、恥も外聞もなく即座に森の方へと走り出す。

 逃走する際、背中を見せてただがむしゃらに走るのは悪手である。相手の方が強い場合、自分より相手の方が足が速い事が多いからだ。

 そこで冒険者達は上位の敵から撤退する場合、お互いを助け合いながらジリジリと後退する。それさえ出来ない時は、お互いの無事を祈りながら散り散りになって逃げるのである。

 しかし彼らにそんな知恵はない。

 ただ己の本能──恐怖に従って、力の限り逃げるだけだ。

 

 ──シャンシャン。

 

 背後で鈴の音が聞こえた。

 ザシュッと何かが切り落とされる音がした。同時に、仲間の声が一つ消える。

 ──走る、走る、走る。

 ひたすら走る。

 人よりもよほど体力がある亜人の彼らが、汗をダラダラかいて、足が悲鳴をあげるほど走っているのに、まだ鈴の音はピタリと背後についている。

 先ほどは獲物の位置を知らせてくれる便利な道具とさえ思っていた鈴の音が、今は怖くて堪らない。

 

 ──静寂。

 

 太陽の位置が変わるまで走り続けた頃、いつの間にか鈴の音が止んでいた。

 鈴の音が聞こえないという事は、一先ずは逃げ切ったということだろう。ゴブリンやオーガ達は安易にそう考える。

 そこで初めてゴブリンとオーガ達は、ただがむしゃらに足を走らせて逃げるのではなく、何処に逃げるかを考え始めた。

 思いつくのは、彼らを──彼らの部族を最近牛耳り始めた、この森を仕切る三王の内の一人。

 あいつとの関係は決して良好とは言えないが……明確に命を狙ってくる、鈴の音の主よりはよほど良い。

 ゴブリン達は急いで枯れ木の森の方へと走って行った。目的地はその先にある。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「やれやれ、やっとアタリをひいたっすかね。ちょっと疲れちゃったっすよ、流石に」

 

 くぅーっと背を反らして伸びをするルプスレギナ。

 もしこの場に男がいたなら、その突き出された双丘に目が釘付けになったことだろう。眼福である。

 ──眼福である。

 

「うふふ。いいじゃない、その分沢山遊べたんだから」

 

 木の影から、ソリュシャンが静かに出てきた。

 手には首から下が溶かされたオーガの首握られている。このオーガは東の巨人を知らなかった──謂わば野良のオーガだ。

 この森の特徴──例えば毒のある草が生えた危険地帯やオーガやゴブリンの集落がある場所──をソリュシャン流の聞き方で聞き出した。

 ソリュシャンはオーガの首を胸元に寄せ、優しく抱擁した。オーガの首はそのまま呑まれていき、やがてすっぽりとソリュシャンの中に入った。

 勿論、耳だけは生前に回収してある。

 

 二人は気配を消しながら、ゴブリン達を追跡した。彼らは歩く際の足音や痕跡──足跡や倒した草木──に気を使わないので、追跡するのは二人でなくとも容易だ。

 捕食する側の余裕、という事だろう。もしくは単に頭が悪いだけかもしれない。

 

「そりゃあ、ソーちゃんはいいっすよ。拷問して殺すだけっすから。私は殺さないように戦いながら、拷問にかけるのか、生かして逃すのか見極めなくっちゃあならないんすよ? チョーストレス溜まるっす。萎え萎えっす」

「疲れたということは、その分頑張ったということよ。きっと“漆黒”のみんなが褒めてくれるわ」

「あー、それならいいっすけど……」

 

 思い出させるのは“漆黒の英雄”モモン──アインズだ。

 今は冒険者たれと命を受けているため、喜びを表に出す事はしないが、内心では褒められるたびに絶え間なき歓喜が渦巻いていた。

 

「あら、これは……」

 

 やがて二人は、鬱蒼とした森を抜け──枯れ木の森と呼ばれる、葉をつけない木のみが生えている森に辿り着いた。

 しかしよく見てみれば、何本かの木は葉をつけ始めているし、地面には苔類や若葉が芽吹き始めている。

 これは今まで養分を吸収していたザイトルクワエが居なくなった影響だ。

 ザイトルクワエの根はこの辺りの大地にも及んでおり、葉をつけるのに必要な養分を吸い取っていたのだ。それがなくなった事で、枯れ木の森は葉をつけ始めていた。

 とはいえまだまだほとんどが枯れ木であり、姿を隠す場所に乏しい。

 

「どうするっすか? 不可視系のスキルでも──」

「それはダメよ、ルプー。私達は盗賊と戦士司祭(バトル・クレリック)なんですもの、あくまでスキルや魔法を使わない隠密をすべきだわ」

「そうっすよねー」

 

 ぶっちゃけ不可視系のスキル──〈透明化(インヴイジビリテイ)〉など──を使わずとも、尾行自体は余裕だ。

 何せゴブリン達は逃走を開始してから一度も、後方を確認するという事をしていない。臭いにさえ気をつけていれば、一生気がつかれないだろう。

 しかしそれではルプスレギナの気が晴れない。

 不可視系のスキルを使い、いきなり奴らのど真ん中に登場して鈴を鳴らしたら、どんな顔をするか……

 中々面白そうだ。

 

「ダメよ、ルプー」

 

 ルプスレギナの思考を読んだソリュシャンが、注意喚起の声を投げかける。

 

「分かってるっすよ。でも、ちょっと急がせるくらいはいいっすよね?」

「……はあ、仕方がないわね」

 

 ルプスレギナは口を三日月型に歪めると、ワンドを揺らして鈴の音を鳴らした。

 途端に、ゴブリン達は悲鳴を上げて走り去って行った。

 枯れ木の森を抜けた先、東の巨人が住む洞窟へと。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 レオポルド・キンブリーはそこそこ名の知れた商人である。

 

 ハッキリ言ってリ・エスティーゼ王国は新興の商人には優しくない国だ。

 レオポルドが活動しているエ・ランテルは軍事拠点であるため、確かに食料や武器の需要が高いのだが、モノを売る際にかかる税金が高く、店を開く為の土地の借用代も──ラナーが所用する以外の土地は──高い。

 また他の国に輸入──もしくは輸出──する為に馬車で移動するわけだが、そこでもまた多額の関税がかかる。

 王国の土地は国王と貴族が半々くらいに所有しているのだが、とある貴族の土地から他の貴族の土地に移動する際、毎回関税がかかるのだ。にも関わらず、馬車道は整備されていないのだから、何の為の関税か分からない。

 また王国は兵士を持っていないため、野党やモンスターからは自分で身を守るしかない──つまりは冒険者を雇うわけだ。

 銅級や銀級の依頼料はそこまででもないが、塵も積もれば山となる。毎回往復分となると馬鹿にならない。

 商館を構え、引退した冒険者や傭兵を抱えている商人──既に財を築いた者にはやり易い場所だが、一から始める者にとってはあまり好ましい場所ではない。

 そんな中、一から始めて今や黒字を出しているレオポルドは、やはりそこそこの商人と言えるだろう。

 

 レオポルドはとある開拓村の五男である。

 五男、正直に言って要らない子だ。そんなに働き手は要らないし、また食料もそこまで余裕があるわけではない。

 そこでレオポルドは孤児院に送られた。

 そして青年になったレオポルドは独立、商人となった。

 コネもノウハウも何もない所から始めて、そこそこ名の知れた商人となったレオポルド。

 そんな彼は、今、人生最大の岐路に立たされていた。

 

(な、何て美しい人達なんだァーッ!?)

 

 店に来た客が、とびきりの美人だったのだ。昔孤児院に歌を歌いに来てくれた“黄金の姫”と同じくらい──いや、レオポルドの趣味的にはこの二人の方が好みだった。

 ちなみにレオポルドは──童貞である。キスの一つもした事さえない。

 

「ほ、ほほ本日はどういった商品をご所望でしょうか? 装飾品の類であれば、最近輸入した──」

「いえ。私達は冒険者ですので、スクロールやマジックアイテム、ポーションの類を購入したいのですが」

「何て美しい声なんだ……」

「──は?」

「あ、い、いえ! 何でもありません! えっと──そう、スクロールやマジックアイテムでしたね! 少々お待ちを」

 

 不覚だ。

 二人の格好を見れば、一目瞭然、冒険者で間違いない。

 まさか顔に見惚れるあまり、相手の身なりから職業を推測するという基礎的な事さえ忘れてしまうとは……

 そこそこ名の知れた商人にあるまじき失態だ。

 

「ご安心ください、私はこれでもそこそこの名の知れた商人! スクロールやマジックアイテムも、そこそこ取り揃えてございます!」

 

 魔法があまり重要視されていない──それどころか気味悪がられている──王国では、スクロールやマジックアイテムはいつも品薄だ。

 しかしレオポルドの店にはそれらが置いてある。彼が作り上げた独自の帝国からの輸入ルートがあるためだ。

 一応戦時中となっている帝国の商人と仲良くなるのは苦労したが、その甲斐あったとレオポルドは確信する。

 

(こんなに美人な二人組が来てくれたんだからなっ!)

 

 レオポルドは上機嫌に自慢の商品を並べた。

 二人の美女はそれを観察し、値札を見た後、驚くような表情を浮かべた。

 

「もしかして、これで全部ですか?」

「はい」

 

 恐らく、手持ちのお金で買えるモノがないのだろう。レオポルドはそう予想する。

 スクロールやマジックアイテムを買おうとして、その値段に面喰らう。駆け出しの冒険者に良くある事だ。

 この店にはこれ以上安いモノは置いていないが……値引きしてもいいかもしれない。

 そうレオポルドが考えていると、諦めた様な表情をした後、ポニーテールの美女が懐からやや大きめの袋を取り出した。

 中身は……銀貨だろうか。

 なるほど、この二人はそこそこの冒険者らしい。

 これくらいの銀貨があれば、第一位階の魔法が込められたスクロール、ないしは中位のマジックアイテムなら買えるだろう。

 

「ここにあるもの、全て寄越しなさ──買い取ります」

「──は?」

 

 そんな事、出来るわけがない。

 ここにあるスクロールやマジックアイテムは、合計金貨100枚分位の価値がある。

 これはつまり、足らない分を体で払うという事か?

 いや──しかし──そんなわけがない。常識的に考えてありえないだろう。

 だが、もしそうだとすれば……?

 見栄を張って買ったキングサイズのベッド。

 真ん中にレオポルド。両手には薄いシーツだけを纏った美女。

 そんな光景がレオポルドの頭の中に浮かぶ。尤も、女性の裸を見た事がないため、残念ながら靄がかかっているが。

 しかし、それでも──その光景はレオポルドの胸を高鳴らせた。

 

(いや、落ち着け! 俺はそこそこ名の知れた商人、修羅場だって何度も掻い潜ってきた。先ずは落ち着くんだ)

 

 希望的観測で話を進めるのは危険だ。

 冷静になって考えて見れば、一番あり得る可能性は身売りではなく……詐欺や冷やかしのたぐいか。

 そう、そうだ。先ずはそのあたりの事を調べなくてはならない。大きな取引をする時は、相手の事を調べること。基本中の基本だ。

 

「あー、こほん。こちらのスクロールやマジックアイテムは総額で金貨100枚ほど必要になるのですが、本当に全品ご購入という事でお間違いないですか?」

「ええ、間違いありません。ご確認をお願いします」

 

 髪を後ろで纏めた女性が、メガネをくいっと上げながら言った。

 確認とは、何のことを言ってるだろうか……?

 真っ先に思い浮かぶのは、先ほど差出せれた袋のことだ。

 まさか、あれの中身は全て金貨だと?

 ──ありえない。

 そう思いながらも、そこそこ名の知れた商人としての勘が、この美女は嘘をついていないとレオポルドに囁く。

 レオポルドは震えた手で袋を開いた。

 

「な、こ、これは白金貨──!?」

 

 はたして、中に入っていたのは金貨よりも更に価値のある白金貨。それがぎっしりと詰まっていた。

 瞬間、レオポルドは思い出す。

 エ・ランテル一有名な冒険者チーム“漆黒”、その片割れ──“美姫”ナーベ。

 最近メンバーを増やしたと噂で聞いたが、まさか……

 

「し、“漆黒”」

 

 喘ぐ様にレオポルドが言った。

 

「ああ──名乗るのを忘れていましたか。私達は冒険者チーム“漆黒”です。私はユーリ、こっちはナーベです。お見知り置きを」

 

 最高位冒険者の証し──アダマンタイトプレートを見せる。

 レオポルドはそこそこ名の知れた商人、それが本物であるとよく分かった。

 震える手で、白金貨が入った袋を持ち上げる。レオポルドはそこそこ名の知れた商人、それだけで大体どのくらいの量の硬貨が中に入っているのか分かる。

 

「足りませんでしたか?」

 

 いつまで経ってもレオポルドが返事をしない事に疑問を持ったユーリが話しかけてくる。

 ──逆だ。多すぎる。

 

 商人という職業はただ金を儲ければ良いと思われがちだが、その実そうではない。

 儲け過ぎれば同僚の商人からやっかみを受ける事になるし、外法なやり方をすれば常連を失ったり、輸入──あるいは輸出──先の人間に縁を切られる事もある。

 出来る限り正攻法で、最大限に儲けを出す。

 その駆け引きの連続だ。

 アダマンタイト級冒険者──それもこの街で最も尊敬されている“漆黒”から法外な料金を受け取ったと知られれば、もう二度とこの街──下手すればこの国──で商売することは出来ないだろう。

 つまり、商売として終わりだ。

 しかし──それにも、限度というモノがある。

 これほどの白金貨を手にしたのなら、一生働かずとも生きていける。そうなれば、商人としての評判など何の関係もない。

 

「い、いや。これで丁度ですね」

「それでは取り引き成立ですね。ナーベ、お願い出来る?」

「分かったわ」

 

 買い込んだスクロールやマジックアイテムを手に持って、ナーベが店の外へと出て行く。

 ──取り引き成立だ。

 滝のような汗が伝う。胸には罪悪感と喜び。

 

「さて、キンブリーさん。少しお尋ねした事があるのですが」

「は、はい! 何でしょうか?」

 

 思わず声が裏返った。

 ──ば、バレたか?

 さっきまで美人の客が来たと有頂天になっていたのに、今は地獄に行くのか天国に行くのかの審判でも受けている気分だ。

 五分だけでもいい、時が巻き戻ったら。

 

「東の巨人に遭遇した冒険者チームをご存じだとか。どなたか教えてくださいますか?」

「あ、え? ああ──はい。知っている……と思います。もう既に引退して、今はレエブン候様の所でお仕えしている、元オリハルコン級のチームの事だと。名前は、何だったか……」

「いえ、そこまで教えていただければ結構です。お手数をお掛けしました」

 

 メガネをくいっと上げて、ユーリが店を出て行った。

 助かった……のだろう。うん、そういう事にしよう。

 

「にしても、美人だったなあ……。あんな美女を二人も連れてる“漆黒の英雄”モモンってのはどんだけ……やっぱりそういう関係だったりするのかね。羨ましいなあ、おい」

 

 そこそこ名の知れた商人、レオポルドの声が誰もいない店内に響いた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ナーベラルとユリは壁にぶち当たっていた。

 人間と友好的に取り引きをするにはどうしたらいいのか?

 それが二人──二体だろうか?──には分からなかったのだ。

 ナーベラルからすれば人間はウジ虫の様なモノだ。ウジ虫が何をされれば喜ぶのか知っている人間は、それほど多くはない。

 ユリは人間にそこまでの悪感情を持ってはいないが、単純にどうやった方法で交渉すれば良いか分からなかった。

 智謀の王であるアインズに聞いても良かった、というか確実にそっちの方が良かったが……アインズにああまで言われて、やり方が分からないので教えて下さいとは言えなかった。

 もしアインズがこの事を知ったら、ホウレンソウが出来ていないと怒った事だろう。

 

 悩んだ二人が行き着いたのは、相手をおだてて情報をこぼさせる事だった。

 冒険者として活動した時、アインズが、取り引きを優位に勧める為には相手の望むものを率先してあげたり、褒めてやる事も一つの手だ、と言っていた事をナーベラルが覚えていたのだ。

 至高の御方の案だ、どんな時でも使えるに決まっている。

 

 ナーベラルとユリにはさっぱりどういうわけか分からないが、人間という生き物は金が好きらしい。

 アインズは言った。金なら幾らでもある、と。

 そうして二人は、金をばら撒いて情報を集める事にしたのである。

 結果、直ぐに欲しい情報が手に入った。

 流石は智謀の王──アインズ・ウール・ゴウン。

 ナーベラルとユリは一層忠誠心と尊敬の念を抱いた。

 

「レエ何とかとか言うのは、この国の六大貴族とか言う奴らだったかしら」

「そう言う言い方は止しなさい、ナーベ」

 

 取り敢えず従うナーベラル。

 どうしてそういう言い方をするのがダメなのかは、理解していないだろう。

 

 この後二人はレエブン候の元に出向き、貴族を金で買収しようとした冒険者として有名になりかけてしまうが……レエブン候の子供が“漆黒”に憧れていたため、何とか難を逃れたのであった。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「は、ハチさんを解放しろ!」

 

 はあ、またか。

 今日だけで三回、同じ様な絡まれ方をした。

 絡んでくる奴は全員、アダマンタイト級冒険者の力も理解していない夢見がちな若者ばかり。あしらうのは訳ない。怪我をさせない様にするのが難しいくらいだ。

 今回も振り回してきた剣を人差し指と親指でチョイと摘んで振ってやると、剣を捨てて慌てて逃げて行った。

 この剣は冒険者組合にでも渡しておけばいいか。

 

「ナーベといた時はここまでじゃなかったんだがな……」

 

 やっぱりあれか、シズとエントマの見た目が幼いからか……?

 両手でグラスを持ってチューチュー吸っているシズと、ボロボロこぼしながら口を膨らませてビスケットを頬張っているエントマ。

 この二人とフルプレートの大男が並んでいる図は──なるほど、夢見がちな若者が勘違いするには十分かもしれない。

 

「あの人、ハチの事好きなんだってぇ」

「………そう」

「答えてあげないのぉ?」

「……何処かへ行ってしまったから、無理」

 

 あいつを追い払わなかったら、シズは何と返事をしたのだろうか。アインズは少し気になった。

 

 アインズ達は現在、ナーベラルやユリが向かった様な商館が立ち並ぶ場所ではなく、どちらかといえば露店が並ぶ、商店街風の路地に来ていた。

 ユグドラシルにもプレイヤーが入らないマジックアイテムを売ることが出来る広場があり、コレクターのモモンガは良くそこでアイテムを買っていた。

 そこで営業マンとしての能力を生かし、安くアイテムを買い叩いたものだ。

 そしてそのスキルは、この世界でも役立っていた。より良いアイテムを、より安く買う。アインズはそこに楽しさを感じていた。

 ……のだが、それも最初だけだ。

 今のアインズはアダマンタイト級冒険者。何を言わずとも格安で売ってくれるし、時にはタダでくれる時もある。

 タダより高いモノはない。

 最初はアインズも裏を疑っていたが……それも杞憂に終わった。

 憧れだったり、繋がりを作るためだったり、宣伝だったり、結局は基本善意だった。

 名声を得ることは望んでいたことだが、いざなってみると少し寂しくもある。もう少し駆け出し冒険者としての生活も楽しんでみたかった。

 

「二人とも、喉は乾かないか?」

「専用ドリンク以外の水分摂取は必要ない」

「私もぉ〜」

「……俺も」

 

 この世界特有の飲み物や食べ物が売ってるのに、食べる事が出来ない。匂いだけは嗅げるのに。生殺しである。

 

 まさか情報収集に行ったナーベラルとユリがスクロールやマジックアイテムを買い込んでるとは露ほども思っていない三人は、スクロールとマジックアイテムを買い込んだ後、馬車を借りに行った。

 東の巨人は誰も詳細を知らない魔物。体の一部を持って帰ったとしても、それが本当に東の巨人の体であるか分からない。

 そこで東の巨人の遺体全てを持って帰るべく、馬車を借りる事にしたのだ。

 東の巨人──まさか五十頭百手の巨人(ヘカトンケイル)の様に20メートル以上あるという事は無いだろうが、それでも2メートル近くはあるだろう。

 骨が太く、筋肉が多いトロールは重い。

 頑丈で、大きな馬車がいる。またそれだけの馬車を牽ける強靭な馬となると、それも限られてくる。

 

「二人は普段、どんな事をして過ごしているんだ?」

 

 道すがら、ふと気になった事を尋ねてみた。

 アインズが何をしているのか知っているのは、各階層守護者くらいだ。それにしたって、完璧に把握しているというわけではない。

 

「私はぁ、恐怖候の部屋でお茶会を開催したりしますぅ」

「おえ」

 

 精神が鎮静化された。

 考えただけで恐ろしい。いや、考えたくもない。

 話を振っておいて悪いが、ここは次の話題に移ろう。

 

「は、ハチは?」

「エクレアと遊んだり、一般的メイドとお話ししたりしてる」

「ほお。それは中々、楽しそうじゃないか」

「うん。でも、本当はもっと働きたい。モモンの役、立ちたい」

「……そうか」

 

 両手をぐっと握ってやる気アピールするシズ。負けじと、エントマもやってやるぞ! という複眼でアインズを見つめた。

 

 アインズとしても本当はデミウルゴスやアルベドの仕事を他の者にも割りふりたいのだが、いかんせん誰が有能で無能なのか分からない。

 テキストだけではわからない事が多いのだ。

 例えばナーベ何とか。

 

「でも……」

「うん?」

「今はモモンと一緒に遊べてるから、嬉しい」

「……そうか」

「私もですよぉ」

「そうか、そうか。まあ、アレだ。私も楽しいぞ、うん。昔の仲間達もこうして、強いモンスターを狩るためにあれこれと準備したものだ」

 

 アインズの昔の仲間達──至高の41人の話を聞けた事に、喜びが溢れ出た。

 そして同時に、自分達がモモンの仲間として認められている事にも、途方もない喜びを感じる。

 

「そういえばシズ。もしさっきのナンパ男に迫られていたら、どんな返答をしていたんだ?」

 

 何となく打ち解けた気がして、アインズはさっき気になった質問を投げかけた。

 これが現実世界だったら、アインズはパワハラかセクハラで訴えられていたことだろう。

 

「………モモンがいるからって断ってた」

「えっ? ちょっ」

 

 精神が鎮静化される。

 シズは口の端を上げて、ニヤリと笑った。

 シズってイタズラ好きだったのか……意外な発見だ。

 やっぱり、こうやって直に触れ会わなきゃ気がつかないところもあるよな。

 全員は無理でも、各階層守護者や領域守護者とは、改めて一対一で話し合う場を設けてもいいかもしれない。

 ……アルベドの顔が頭をよぎった。

 一対一の話し合は、止めておいた方が良いかもしれないな、うん。









次回、いよいよ東の巨人と激突!
一体どちらが勝つのか……

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