読者達のアインクラッド   作:秋宮 のん

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前篇です。


第三章イベント01:対人少女

第三章イベント01:対人少女

 

 

 

 燃え盛る炎。

 蔓延する醜悪な異臭。

 焼けつき、異様に曲がる鉄屑。

 もはや原形を留めていない、人だった物………。

 

 優しかった手も、暖かなぬくもりも、輝く笑顔も、一瞬で奪い去られ、悲しみさえ、どこか深いところに埋没した。

 

 どうして? どうしてなの?

 どうして私は………私だけが………?

 

 過ぎる思いに悲しみは無く、ただ疑問として過ぎ去るのみ。

 

 私は本当に………生きているの………?

 

 

 

 1

 

 

 

 SAO、アインクラッド、第4層主街区≪ラッテン≫。その街を散策していたルナゼスは、憂鬱そうに溜息を漏らしていた。

(今回もアイリの情報は無しか………。サヤやウィセが狙われたり、圏内戦闘なんて事してるから、騒ぎになって情報も入り易いと思ったんだが………、なかなか上手くはいかない物だな………)

 彼の目的であるところのアイリオンと言う赤い髪の少女は、元気で明るく、とても綺麗な笑顔を振りまくルナゼスの相棒だった。それが、ある日を境に突然行方をくらませ、今は仲間として共に行動しているサヤやウィセに襲い掛かると言う暴挙を繰り返している。

 もしかして、今頃別の誰かを襲っているのではないかと思うと、胸の奥がキュッ、と締め付けられるような気持ちになる。

(なんでアイリがそんな事してるのか知らないが………、止められる物なら、早く止めないと………)

 以前、このSAOに閉じ込められる前、似た様に通り魔を繰り返していた別の少女に出会った事がある。彼女は、彼氏に騙され、遊ばれた事を切欠に、通りすがりの男を捕まえては拷問に掛けると言う危険な思考を抱く様になっていた。時が経てば経つほど、人は心のタガを外していく。その例にもれず、彼女も行動がエスカレートしていき、自分が標的として捕まった時は、危うく解体されそうになった。

 アイリオンもまた、その目的が解らない以上、いつまでも圏内で留まってくれるとは限らない。もしかすると、圏外で、他人の命に係わる場所で襲いかからないとも限らない。

(そうなる前に、俺が止めて見せるさ)

 ルナゼスはSAOを自分の手で攻略しようなどと言う思いはない。脱出したいのは事実だが、自らの手である必要性は感じていない。必要なら自分の手を貸す事に恐れなどない。だが、自らの力量を計り違えているつもりもない。

 残念な事だが、ルナゼスのレベルでは、迷宮区はギリギリ、ボスとの戦いには不参加を余儀なくされる程の物である。元々スロースタートだった事もあり、現在のパーティーメンバーでは、最下位のレベルと言うのは否めない。

(まあ、元々攻略目的で動いてた連中揃いだし、当然と言えば当然だな。何より、このパーティー内でもレベルのバラつきは結構あるしな)

 現在のパーティーメンバーでレベルが最も高いのはタドコロとウィセである。それに続いて1つ差のマサとケン、2つ差のサヤ、そして5つ差のルナゼス。正直、このレベルの高いパーティーに入れてもらっているからこそ、最前線に挑めると言う、ギリギリのレベルだ。

 幸い、陣頭指揮を務めるウィセの優秀さと、タドコロやサヤのポケボケした雰囲気のおかげで、自分が足手纏いになる事もなく、攻略もレベリングも順調に進んでいる。このまま行けば、自分のレベル差も、いずれは仲間達と並ぶ事が出来るだろう。

(それでも、俺の目的って言うと、やっぱり………)

 アイリオン。

 ルナゼスにとって彼女以上に優先する者は、やっぱり考えつかないのである。

 だが、どっちにしろ、アイリオンの暴挙を止めるためには、彼女と戦う事になるかもしれない。その日のために強くなる事は必然とも言える。それは単純なレベルだけではない、もっと別の何かだ。

「おお~~い! ナス~~~ッ!」

 声に気付いて振り返ると、そこには街で消費アイテムを買い込んでいたはずのタドコロとマサの姿があった。

「よおっ、帰りか?」

「おおっ! お前は?」

「収穫なしで帰るところだ。軽くフィールドに出ても見たが、さすがに最前線のフィールドをソロと言うのは中々にきついな」

 その最前線をソロで挑んでいるらしい噂の≪ビーター≫様には、尊敬の念すら抱く物だと肩を竦める。「違いない!」と笑って見せるタドコロに、ルナゼスはいつも感じていた疑問をぶつけて見る。

「ところでさ、なんで俺は『ナス』なんだ?」

「んあ? そんなの、ウチの嬢ちゃんが『ルナゼスは呼び難い』って言い出したのが原因だっただろ?」

「いや、それなら普通に縮めて『ルナ』で良いだろう? なんで『ナス』なんだよ?」

「嬢ちゃんが『ルナ』は女っぽい、って言って却下したからな。『ゼス』は恰好良いからおっさんが却下した」

「するなよっ!?」

 ルナゼスのツッコミに苦笑いするマサが、続きを伝える。

「それで、タドコロさんが面白がって『ナス』って呼ぶようになったんだよ。でも、それで良かったと俺は思うぞ?」

「なんでだよ?」

「これを聞いたウィセは『ナスビ』って呼んでた………」

「頼む、俺を原産地インド東部の果実の名前で呼ぶのだけは止めてくれ………」

「詳しいなおいっ」

 呆れるタドコロと、察して苦笑いを浮かべるしかないマサ。

「それで、他の奴等はどうしてる?」

 気分を変えるつもりで訪ねるルナゼスに、マサが答える。

「ケンは街で鍛冶しに行った。最近は少しだけ名が知られ始めたみたいだよ? ………最前線にアトランダムに出現するNPC鍛冶屋として………」

「『地味加減、ここに極まれりっ!』だよな………」

 ケンの話題で一瞬遠い目をする三人。

 気を取り直して他の二人について話を聞く。

「ウィセはいつも通り、情報収集やら根回しやらで忙しいみたい。第3層のフロアボス戦で色々あったみたいだからね」

「また根回しが必要って………、一体何してきたんだお前等?」

 ルナゼスとマサの視線を受けたタドコロは「おっさんの素晴らしい大活躍を―――!」

「それで、サヤちゃんはさっきまで勧誘活動してたみたいだけど、なんか目ぼしい人がいなかったとかで、フィールドでお金稼ぎに行ったよ。しばらくしたら戻ってくるんじゃないかな?」

「あの子も結構忙しい奴だよな? いや、落ち着きが無いだけか?」

「お前等おっさんに話ふっといてスルーするとはどう言う事だ!? これはちょっとした虐めだぞこらっ!?」

 毎度の事ながら、タドコロに話を合わせる者はいない。

 タドコロも解っているので無暗に掘り返したりはしない。

「時間的に、そろそろケンを迎えに行った方が良いかな? たぶん、今はまだ閑古鳥だろうし」

 マサがそう言うのも無理はない。

 第4層に上がった時点で、多くのプレイヤーが武器の一新を迫られる頃合いなのだ。例えば、マサの持つ≪アニールブレード≫は、どんなに上手く強化しても、4層以上で使い続けるのは厳しい。この先を進む事を望むなら、彼等は新しい剣を手に入れる必要がある。そのため現在、武器強化を求める客は少なく、今頃ケンは一人虚しく槌を振るっている事だろう。

 その様子を思い浮かべ、苦笑を漏らしたルナゼスは、提案する。

「それじゃあ、俺も一旦帰るところだったし、三人でウチのNPCもどきを迎えに行きますか?」

 皆が苦笑を洩らしながら、同意の意思を示す。

 三人が並んで街並みを歩いて行く途中、何人ものプレイヤーが駆け足で追い越して行く。皆、興味をそそられた様な喜色を表情に浮かべているため、ルナゼス達も気になってしまった。

「ヘイッ! そこのボーイッ! “まわされ”たくなければ何を急いでいるのか30字以内に述べよ!」

「ヒッ!? 中央通りで連戦連勝(123456789)している女プレイヤー(10111213141516171819)がいるらしいんだよ!(20212223242526282930)

 タドコロに声を掛けられた男は、それだけ言うと一目散に走り去ってしまった。手早く情報を手に入れたタドコロは、何事も無かったような表情でマサとルナゼスに向き直る。

「何でも中央通りで決闘(デュエル)やってるみたいだぜ? それも連勝中らしい。面白そうだから見に行ってみようぜ!」

「「…………」」

 二人は敢えてツッコミを入れない。代わりにとてつもなく生気を宿さない侮蔑の視線を送るばかりだ。

 意に介さないタドコロを先頭に、三人が向かうと、中央通り中心部の開けた交差点で、プレイヤーの群れが出来上がっていた。そこに、見知った顔を見つけた三人は二人の元へと近づく。

「ウィセ、ケン! お前らも物見遊山か?」

 ルナゼスの声に二人は反応しない。かわりに騒ぎの中心部、決闘中の二人へと視線を固定させている。気になった三人は、視線を追って決闘の様子を窺って見る。そこには薄い青と緑の鮮やかなドレスを身に纏った金髪の短剣使いが、片手棍を振り回す女性プレイヤーの攻撃を優雅な所作で躱して見せていた。

「お? あの令嬢様はスニーじゃねえか?」

「「スニー?」」

 マサとルナゼスが聞き慣れない名前にオウム返しで訪ねると、黙っていたウィセが視線を逸らさぬまま補足してくれる。

「第3層フィールドボス戦で参加していた凄腕のプレイヤーです。残念ながら、その後すぐにアイリオンの襲撃を受けて愛剣を失っていましたので、フロアボス戦には不参加でしたが………」

 ルナゼスは頷きながらも、聞こえていたのなら返事しろよ? と内心憮然と思う。

 そんなルナゼスの気持ちを知ってか知らずか、隣のケンが忠告する。

「見といた方がイイ。参考になるかは別として、タブン、滅多に見られナイ」

 促された二人は、既に真剣な表情で状況を見守っているタドコロと一緒に決闘を見物する。

 

 

 

 1

 

 

 

 片手棍使いの少女フウリンは、前線組に入るにはまだレベルが乏しい。それでも、自分の力が少しでも役に立てばと、がんばってレベル上げしてきた新参者である。彼女がスニーに勝負を挑んだ理由は、単純にして明快。前線で戦うプレイヤーの強さをこの身で計りたかったからだ。今、自分はどの位置にいるのだろう? どれだけ強くなれば自分も攻略メンバーに匹敵するのだろう? そんな思いから、彼女は他二人の仲間が「止めとけ、絶対負けるから」と制止するのも聞かず、挑戦したのだ。

「はぁ~~っ!」

 気合を掛け声にして、片手棍カテゴライズの≪ネイキッドハンマー≫を振り降ろす。鈍重な音を上げて地面に激突する槌は、しかしお姫様の様なスニーの身体に掠らせる事さえできない。

「くぅ~~~っ! 勝てないと解ってても、ここまで余裕で回避されるとちょっと凹むよ~………!」

「すみません。あまりにも遅いので、つい避けてしまいました~♪」

 フウリンの胸を言葉と言う名のナイフが鮮やかに切り裂いた。

「ふぶ………っ! し、仕方ないのよぅ~! 私は片手棍使いだから、どうしても遅くなっちゃうの~~っ!」

「うふふっ、ごめんなさい。今のは訂正します。動きが“重い”ので躱し易いんです」

 フウリンの胸を言葉と言う名の槍が見事に貫く。

「お、重………? それじゃあ、私が重いみたいじゃない~~っ! 私重くないよ~~っ!」

 涙目になりながら怒りの一撃をソードスキルに乗せて放つ。それをひらりと躱してみせるスニーは、片頬に手を当て余裕の笑みを浮かべる。

「いえいえ、そんなつもりなんてありませんよ? それにしてもすごい力ですわね? そんな重そうな槌を振り回せるなんて………? 余程腕に筋肉が集まっていらっしゃるのでしょうね~♪」

 フウリンの身体中に、言葉と言う名の剣の雨が降り注ぐ。

 精神ダメージから体が震え、涙を目の端にたっぷり湛えながら、彼女はやけくそ気味に言い返す。

「な、なんですかぁ~っ!? 自分だってふわふわドレスで隠してるだけで、まっ平らな胸をしてるくせに~~っ!!」

「………(ニコッ」

 突然繰り出される強攻撃の雨が、フウリンに襲い掛かり、ヒットポイントを確実に減らしていく。防御の上からでも解る程に、その攻撃には怒気が込められていた。

「ごめんなさいごめんなさいっ! 私が悪かったですからっ! この怖すぎる攻撃止めてぇ~~~~っ!!」

 もはや泣くしかない彼女の悲鳴は、いつまでも続いた。

 

 

「………タメになるのか? マサ?」

「黙って見てるのがマナーだと思う………」

 

 

 

 2

 

 

 

 昔、友達探しと言うのに試みた事がある。

 あの時は、真っ暗な中での挑戦で、一番難しいと思わされたのが、まずは“人間”を的確に見つける事だった。そして次に必要なのが、相手の雰囲気から、どんな気持ちを表わしているのかを悟る事だった。

 結果的に僕は、音でも匂いでも無い、『なんとなく』と言う曖昧な勘を働かせるようになった。そのおかげで、明らかに危険な人物が纏う独特な雰囲気を避ける事が出来る様にはなったんだけど………、人間と言うのは多かれ少なかれ、そう言った趣(おもむき)のある感情を内側にため込んでいる物らしい。当初、それらの大小を細かく図るのが苦手だった僕は、結局友達と言う物を一人も作る事が出来なかったのだ。

 今回、僕がこのSAOで、ギルドを作る前に一人でいいから自分の力で仲間を作る事を課したのは、そんな過去の自分を乗り越えるためと言うのもある。

 真っ暗闇の中で座り込むしかない様な僕と、このSAOではしゃぎまわって、沢山の物を見る事のできる僕は、違うのだと自分に言い聞かせたかったのかもしれない。だって僕は、これから正真正銘のリーダーになるんだから。その責任から逃げない為にも、最初の一歩はちゃんとしておくべきなんだ。

「正直、そんな格好いい事考えてた自分を殴ってやりたい………」

 周囲に大きなネズミやコウモリと言ったMobを、さっきドロップした≪フォッフ・ランサー≫と言う重たい槍で振り払い、思わずぼやいてしまう。

 さっきまでフィールドを歩いていた僕だけど、変な人を仲間にするわけにもいかず、相手の気配に集中してしまい………昔の(てつ)を二度踏む事になっているのです………。

(皆、心の中にはよくない事を一つや二つ抱えてる物なんだから、臆病にならなくても良いのに………)

 そう思いつつも、ついつい自分のパーティーメンバーを基準に考えてしまい、声をかける事さえ躊躇ってしまう始末です。こんな調子で大丈夫? 僕?

 幸先の不安から難しい表情をしてしまう中、ふと何処からか声が聞こえた様な気がした。いや、“気がした”なんて事はない。最近、スキルスロットが増えた僕は、≪聞き耳スキル≫を習得している。音を聞いた以上、それが気の所為と言う事はありえない。

 急いでその場所へと向かって走る。

 岩肌の多い森林地帯は、地面が波打つように割れていて、意外と死角が多い。音を聞きとれる僕でなかったら、とっくに目的場所を見失っていたかもしれない。

「確かこっちの方で………?」

 岩陰から顔を出そうとしたところで動きが止まる。この時点でもう声が充分に聞こえたからだ。

 

「おい、どうする………?」

「ここは圏外で………今なら………」

「や、やるのか? マジでやんのかよ?」

「どうせ此処はゲームだしな………、別に生身の身体を襲ってるわけじゃねえし………」

「そ、そうだよな………? 生身じゃねえんだよな?」

 

 ………? ええ~~っと? どう言う状況?

 声を聞いても何がどうなっているのか解らないけど、なんか女の子のくぐもった声も聞こえるし、音からして、男性が三人がかりで女の子を取り押さえてるみたいなんだけど………なんで?

 よく解らない。解らないけど、なんかこう………女の子としての本能が、このまま放っておいてはいけないと叫んでいる気がする。それにこれ、女の子の方が明らかに怯えてるみたいだし………。

 善悪の区別が僕にできるのかと言うと、あんまり自信はない。ないけど、ここは女の子の本能と言う物に身を任せて見るのも一つの手段だよね?

 なんとなくで方針を決めた僕は、顔を見られても困るので、頭に引っかけた狐の御面で顔を隠す。この御面は穴が開いていない所為で、完全に視界をシャットアウトしてしまう。けどま、僕にとっては逆に好都合か?

 重たい槍の矛先を地面に突き刺し、軽く鋼の音を鳴らすと、向こうがこっちに気付く気配が感じ取れる。矛先を引きずりながら、僕は岩陰からゆっくりと姿を表わす。

 さて? 口調とかで特定されても困るし、適当に言葉使いも変えておこうかな? ウィセっぽくで良いよね?

 

 

 

 3

 

 

 

「くっそっ!? なんだ? 今何がどうなったっ!?」

「うふふっ、ほらほらこちらですわよ?」

 スニーの連戦は未だに続き、そして全てに連勝している。

 現在相手をしている片手剣の少年は、以前、ウィセとスニーを助けた(?)クロノと言う少年だ。彼もパーティーメンバー達と一緒に4層に上って来たようだが、スニー相手に手玉に取られるばかりだ。

 その光景を目の当たりにしているマサは、少し前に相手をして負けたフウリンとの戦いを比較しながら観察する。

(………! まただっ! また一瞬スニーの姿が消えたっ!?)

 マサがそう感じた次の瞬間には、いつの間にかクロノの背後に回ったスニーが彼の背中を切り裂いていた。まるでダンスのしめであるかのようにクルリッと優雅に回転しての一撃は、どのタイミングで攻撃を放ったのか、見落としてしまいそうになるほど美しい。

 上空にウィナー表示が出現し、スニーの勝利を鮮やかに飾る。連戦連勝の姫君に、観衆達から喝采の声と拍手が飛ぶ。彼女はそれを当然の様に受け止め、手振りやウインクなどを返す余裕を見せている。ただの勝者ではなく、闘技場を制する女王(チャンピオン)であるかのように。

「さて、御時間の程も迫ってきました。後二、三回で締め切らせてもらおうと思うのですが………」

 スニーはそう言いながら周囲を眺める。挑戦者はいないのかと訪ねていた今までと違い、誰かを探す様に視線を巡らせる。その視線がマサ達の方に向けられて止まり、ニッコリと笑みを浮かべられる。

 マサは、あまりに優雅で美しい笑みに、危うく自分に向けられた笑みだと勘違いしそうになる。そんなわけないと頭を振って冷静さを取り戻し、視線の先を追おうとしたら、その前にスニー自身からお呼びがかかった。

「うふふっ、お久しぶりですウィセさん。よろしかったら一曲どうですか?」

 口元に軽く握った拳を当てて笑う姿は、本当にダンスを申し込む御令嬢と言った風体。タドコロが彼女の事を『令嬢』と呼ぶ理由が解った様な気がした。

 マサは、ウィセとスニーの戦いに興味をそそられた。

 思い返してみれば、マサは一度もこの少女の奥深さを目の当たりにしていない。ボス戦を二度共にしたタドコロは、ウィセの事を「強い」とは言っても、どう強いのかは教えてくれなかった。この目で直接見られる機会があると言うのなら、これは願ってもいない機会と言える。

 そんなマサの期待を余所に、ウィセは肩を竦めて眉を下げた。

「止めておきますよ。アナタとやっても勝てる気がしません」

「あら? (わたくし)、ウィセさんとなら、楽しく踊れると思っていたのですけど? アナタには既にバレてしまってますし」

「解っていても避けられませんでした。さっきから観客としてずっと試していましたが、結局最後までアナタを捉えられませんでしたよ。っと言うか、アナタ、≪ゲイル・スラッシャー≫はどうしたんです?」

「アレは、Mob用で使ってます。対人戦ではこちらの方が都合よろしくて………。よく切れますわよ♪」

「楽しそうでなによりです。切られたくないので遠慮しますね」

 誘うスニーに対してウィセは負けの決まった戦いを引き受けず、片手で拒否を示すばかりだ。残念そうに眉を下げたスニーは、次にタドコロへと視線を移し、すぐに逸らす。あからさまな態度であったが、タドコロ自身もやる気が無いらしく肩を軽く竦ませた程度だ。

「やってみるか? ケン?」

「ナスがやればイイ。僕も、目で追い切れなかったから止めトク」

「俺もパス。何が何だかさっぱりだった………」

 ルナゼスとケンは互いに会話を交換しただけで参加する気はないらしい。

 スニーは更に視線を彷徨わせ、仕方ないと言った風に声を上げる。

「どなたか相手をしてくださりませんの? それとも、私こそ、SAO最強と言う事でよろしいのでしょうか?」

 挑発的な彼女のモノ言いに、しかし、誰も手を上げる者はいなかった。

 いや、正確には悩んでいる様子だ。戦っても良いが、負けるかもしれない。だけど、もしかしたら勝てるかもしれない。っと思ったけどやっぱり………。そんな気持ちで天秤が揺れて、決意するのに時間がかかっている様子だ。

 スニーはそれを悟ったらしく、中央の広場に休憩用に持ってきていたらしい木材の上に座り、優雅に足を組んで挑戦者の声を待つ。

「おい、マサ? やってみるか?」

 冗談半分と言った感じにタドコロが問いかけてくる。

 正直、まったくそんなつもりはなかったのだが、タドコロに訪ねられた瞬間、胸の奥に隠れていた衝動がむくむくと起き上ってきた。

 思えば、ここ最近ずっとケンを相手にデュエルを続けてきた。最近ではルナゼスも加わり、彼が突発的に見せる早すぎるソードスキルに、苦汁を呑まされる事もしばしば………。デュエルを繰り返すうち、マサの勝率は、ついに二人より上になり始めた。このまま勝率を伸ばしていきたいと思っていた感情は、いつの間にデュエルに対する衝動の様な物を自分に植え付けてしまっていたらしい。

 やってみたい。この、圧倒的に対人慣れしている女性と本気でぶつかってみたい。

 マサの心に火が点き始めた。

「………やってみようかな?」

 マサの返答を聞くや否や、タドコロの目がギランと光った。

「ここにいるぞっ!! 御令嬢を倒して自分の下に組敷こうとしている男がここにいるぞっ!!」

 マサの手を掴んで無理矢理挙手させると、タドコロは面白い事考えましたと言う顔で、思いっきり叫んで見せた。

 一瞬でマサの表情から血の気が引いた。

 周囲の人間が目を細めながら道を開き、ウィセは観客にまぎれて遠ざかり、ルナゼスとケンは、同時に左右へと分かれた。タドコロはマサの腕を掴んだまま更に叫ぶ。

「この男が必ず御令嬢を倒して! その御褒美に踏みつけ、踏みつけられる事を望むと! 声高に宣言して見せたぞ!」

「タドコロさん死にたいのっ!? っと言うか俺を殺したいのっ!? これはさすがに過ぎた苛めじゃないのかなっ!?」

「大丈夫だ! 見てる分には楽しい!」

「それって明らかに俺を道化にする気だよねっ!?」

 サムズアップして見せるタドコロに、マサは怒声を上げるが、まったく意に介した風はない。それどころかマサの両肩に手を置くと、真剣な表情になってみせる。

「良いかマサ? いい加減、男としてはっきりさせた方が良い? 踏むのと踏まれるのどっちが良いんだ?」

「話の脈絡無い上に、どっちを選んでも俺には断頭台ルートしか存在しないよっ!?」

「大丈夫だ。見ている分には―――」

「たき付けた本人が蚊帳の外からじっくり鑑賞してんなよっ!?」

 ギャーギャー叫ぶ二人の様子を見ていたスニーはあらかた事情を察したの、わざとらしく自分の身体を抱きしめ、頬を染めると楽しそうに呟く。

「私………身の危険を感じてしまいますわ………♪」

「楽しそうだよねっ!? 実はこの状況解ってて、一番楽しもうとしているよねっ!?」

「そんな事ありませんわ!」

 

 ピロンッ♪

 

「デュエル挑まれたっ!? 身の危険を感じてる人にデュエル挑まれたよっ!? これっておかしくないっ!?」

「赤コーナー! チャンピオンスニー! 青コーナー! 挑戦者、鬼畜マサ~~~っ!!」

「何いきなり実況してんですかタドコロさんっ! アンタ俺に恨みでもありましたかっ!?」

「うふふっ、そんなの決まっていますわよね?」

「おうっ! さすが御令嬢様、解ってるようじゃねえか? そんなの決まってるよな?」

「え? なんでこの二人、意気投合して笑みを向け合ってんの?」

「良いかマサ! お前に先代達の残したありがたい言葉を教えてやる!」

「絶対ろくな事じゃないよね?」

 

「「『自分が面白ければそれで良いっ!!』」」

 

 イヨ~~ッ、ポンっ!

 

「今の効果音何処からしたっ!?」

「僕が出シタ」

「どうやって出したっ!?」

 

 パチパチパチッ!

 

「観客から拍手が起きたっ!? 何かの演目と勘違いされてるの!? ………って、なんでウィセやルナゼスまで他人顔で拍手してんですかっ!?」

「変態な人はこっち見ないでください。あと、今後サヤにも近づかない様に」

 グサッ!

「ち、違うんだ~~~~~~~~~~っ!!」

 涙目になって叫ぶマサの咆哮は、しばらく第4層の空に響き渡ったと言う。

 

 

 

 一通り騒ぎが落ち着いたところでスニーが軽く柏手を打つ。

「さ、茶番はこのくらいにして、デュエルの準備をしましょう」

「はいはい~~、皆さん少し離れて~~、これから御令嬢様のデュエルが再開されるよ~~~!」

 まるで示し合わせたかのように全員が指示に従って動く様に、マサは既に満身創痍の精神疲労を受けて項垂れていた。

 そんな彼の正面に立ったスニーは可愛らしい笑みで片眼を瞑って見せる。

「戦いとは、始まる前からが勝負ですわよ?」

 だとしたら既に自分は大敗だ。そう思いながらも、マサは緩慢な動作で盾と剣を構える。

 デュエルを受けるボタンをタップして、急な空気の変化に耐えられないとばかりに溜息を吐く。

「タドコロ、後で泣かせる………」

 そして、何気に根に持っていた。

「何かマサの周囲に黒いオーラが見えるんですけどっ!?」

「大丈夫だ。怨恨を跳ねのけるシステムスキルがアル。マズは片手を大きく上に翳し、そのママ横ピースをしナガラ足を交差サセル」

「『本日の攻略………終了っ!』って、おっさんはもう学校に通う歳じゃねえんだよ! 某生徒会議事録的なポーズとらせんじゃねえよっ!?」

 後ろの方でタドコロがケンに弄られているのを知ったマサは最後に一言だけ付けて、デュエルに集中する事にした。

「タドコロさんは手印念(しゅいんねん)の練習でもしててください」

「おっさんこれでも人間だから使えねえよっ!? ってか、今のネタあまりにも古過ぎて誰にも解らねえだろっ!? マサっていくつだっけ!? 『忍ペン○ん丸』なんて今時誰も知らねえだろっ!?」

 もはや、最後のネタは何だったのか、誰もが首を傾げる中、デュエル開始のカウントダウンが迫る。

 マサは、そんな中で剣を中段に構えながらスニーに対して感嘆の念を抱く。

(あんな事してた後だって言うのに、この人まったく揺らいでない………)

 スニーは変わらず朗らかな笑みを向けて、身体を左右に軽く揺らしながら短剣を構えている。その仕草には先程までのふざけた様子は何処にもない。明らかに切り替えが済んでいる様子だ。

 まだ先程までの悪乗りに気持ちが引っ張られていたマサは、少し緊張感を強め、身を引き締める。

(集中しろ………っ!)

 カウントが0に近づくにつれ、周囲の空気も緊迫感に包まれだした。

 残り時間が5秒になった辺りで、マサはカウントから視線を外し、スニーだけを視界に入れる。心の中でカウントを続けながら、0になった瞬間―――瞬時に構えを変えたマサは、開始直前に≪ソニック・リープ≫を放つ。

 五メートル弱あった距離を一気に踏破し、渾身の一撃を叩き降ろすが、まるでそれを予期していたかのようにスニーはサイドステップで逃げてしまう。

 硬直が解けると同時に盾を構え、スニーの攻撃に備える。その時には既に正面に舞い戻って来たスニーだったが、突き出された刃は盾に弾かれ、効果的なダメージを与えられない。

「えいっ、えいっ♪」

 わざとらしく、だが可愛らしい掛け声を上げながら振るわれる刃は、適当に盾を斬りつけているようにしか思えない。

(遊んでるのか? でも、油断するな。さっきまでのデュエルを見る限り、相手の隙を突くのが上手い子だ。少しでも気を抜くと―――)

「あら? 首が御留守?」

 突如、盾を舐めるように滑り込んできた短剣が、盾の防御を掻い潜ってマサの首へと迫る。

(―――一瞬で取られるっ!?)

 警戒していたにも拘らず、不意を突かれてしまったマサは、咄嗟に≪アニールブレード≫で刃を弾き、バックステップで距離を取る。HPバーを確認すると、僅かにゲージが減っていた。気付けなかったが、首元を掠めていたらしい。

(本気で首を狙ってきたな………。確か、ウィセの話だと、首は最も≪出血≫ダメージが大きいところだって言ってたっけ?)

 SAOに限らず、大抵のMMORPGにはデバフと言うバットステータスが存在する。≪麻痺≫や≪猛毒≫などが代表例であり、≪出血≫もそれに該当する。SAOでは、攻撃を受けた個所が赤いエフェクトライトを纏いしばらくすると消え、傷などが残ったりする事はない。だが≪出血≫状態になってしまうと、切られた個所のエフェクトが消えず、赤い色のポリゴンが少しずつ漏れ出す。この状態が続く限り、ヒットポイントが時間に比例して数ドットずつ消費されていくのだ。≪猛毒≫も同じ効果なのだが、≪出血≫の場合は、傷口を押さえる事で、ある程度ダメージを緩和できる事と、≪応急手当てスキル≫でデバフを解除できると言う事だ。

 SAOのデュエルは初撃決着モードが基本であるため、継続ダメージなどは、あまり意味が無いように思えるかもしれないが、これはかなりのプレッシャーを与える事が出来る。初撃決着モードでは、プレイヤーのヒットポイントが半分を下回れば、有効打でなくても勝敗が付いてしまう。つまり、マサのHPが半分ギリギリで留まっていた場合、彼はその後一切のダメージを受ける事が出来ない。ソードスキルの一撃を盾で防ごうものなら、その時点で決着がついてしまうのだ。逆に、≪出血≫によるダメージその物で半分を下回っても、結果は同じである。

(短剣スキルは≪出血≫を起こし易いって、ケンも言ってた。対人戦ではこう言うのも気をつけないと………!)

 マサはケンと戦っていた時の事を思い出しながら、タカシに教わった盾持ちの戦術を試す事にした。

(ケンと戦う時は、アイツが常に攻勢だったから使いにくかったが………!)

 盾を前面に押し出し、自分の身体を盾に隠す様にして前進する、防御しながらの攻勢手段。本来は自分の身体を隠すほど大きな盾を装備してやるのだが、生憎、マサはまだそれほど大きな盾を購入してはいない。4層に上がるにあたって、買い付けた≪ナイト・シールド≫では、自分の胴体をギリギリ隠すのが精一杯だ。

 それでも、盾を前面に構えて突っ込まれると、相手は攻撃し難い。先手を打っても盾に弾かれ、後手に回れば体当たりを食らってしまう。盾持ちにとって、この戦術は最も有効な攻撃姿勢なのだ。

(もっと大きな盾があれば、剣も隠せるのに………っ! 言っててもしょうがないか!)

 盾を構えたまま突進するマサ。スニーは突っ込んで来るマサに刃先を向けながらも、衝突する寸前に、身体を捻りながら避ける『ターン』と言う技術で回避する。すぐに瞬転したマサが、もう一度突進するが、やはりターンで回避するだけで、まったく攻撃する気配を見せなくなった。盾越しに見る彼女の表情は、変わらず朗らかだが、僅かに固い物が見て取れる。やり難いのだ。攻撃するチャンスを見つけられず、攻め手に欠いている。

(っとは言え、何度も繰り返してたら、いずれカウンターのタイミングを計られる。だから、先に攻め込ませてもらうっ!)

 何度目かの体当たりを仕掛けたマサは、スニーが『ターン』で回避した瞬間に合わせ、急ブレーキ、モーションに入り、出し惜しみなしで現在習得している最大のソードスキルを放つ。

 正面、スニーの腰を狙った横切りは僅かに掠めただけで、有効打にならない。続いて放たれた左右から腰を狙った二連撃は短剣の刃で防がれ、僅かにHPを減らすに終わる。剣撃の勢いで後ろに回ったマサは、そこで止まる事無く踵を返しながら背中を狙って最後の横切りを放つ。

(≪ホリゾンタル・スクエア≫!!)

 四連撃ソードスキルの最後の一撃が水色のエフェクトライトを纏い放たれる。

 

 タン………ッ!

 

 軽快な音が一つ足元から鳴ったかと思えば、スニーは身体を捻りながら飛び上がり、マサの最後の一撃を軽やかに躱していた。空中で捻りながら後転したスニーは、危なげなく地面に着地し、大きなスカートを花開く様にふわりと広がらせる。広がり過ぎて粗相をしないよう、しっかり手で押さえている仕草まで見事に優雅だ。

「………これを躱すのかよ?」

 躱されたショックもあったが、それ以上に躱して見せたスニー本人への驚愕が勝った。

 水平四連撃技≪ホリゾンタル・スクエア≫は、周囲四方から攻撃を受けるので、初見での回避が難しい。特に最後の一撃はマサが考えつく限り、最も反応し難いタイミングだったはずだ。それを躱されたとあっては賞賛する以外にない。

「いえいえ、正直最後の一撃は危なかったですわよ。ただ(わたくし)、以前、もっと多い回数のソードスキルを受けた事がありましたので、連続技への警戒心が強くなってるんですの? 経験は時として、本人の判断を超えるようですわね」

 それはマサにはどうしようもない。そもそもこの階層で四連撃以上のソードスキルを御目に掛れる事自体がすごい事だ。一体何処でそんな経験を積めたと言うのだろうか?

 訳知りらしいウィセが、実に苦い顔をしていたのだが、マサが気付く事はない。

 マサは、すぐさま盾に身を隠しながら、攻勢に出ようとするが、それより早くスニーがステップインする。短剣の攻撃は軽く、盾で防ぐ事自体は簡単だが、ケンの時同様、攻撃間隔が短いため、一度守りに入ってしまうと、中々抜けだせなくなってしまう。

 度重なる連撃を盾で受け流しながら、必死に打開策を考える。

 盾と剣の両方を防御に回し、ひたすら隙が出来るのを待つと言うのも考えたが、一つの懸念が、その選択肢を避けるよう警告している。勝つつもりがあるなら、早めに決着を付けるべきだ。そう自分の心を急かした瞬間―――、突然、視界からスニーが消えた。

(きた………っ!?)

 マサは、単発横切りソードスキル≪ホリゾンタル≫を使い、自分の周囲を一回転して斬った。ブーストを掛ける事でギリギリ360度に届く、全包囲攻撃は、見事に空振った。だが、急いで視線を巡らせた先、マサから左斜め後方に、ちょうど地面に着地したスニーの姿を発見する。

(あの一瞬で左後方を取られてたんだ。咄嗟に全包囲攻撃を仕掛けたけど、これも飛び退かれて躱されたのか………)

 マサが長期戦を恐れていた理由はこれである。スニーは誰と戦っている最中でも、戦闘中に、突然姿をくらませる瞬間がある。あの一瞬を何度注意して見ても見失ってしまい、皆敗北していた。先に戦ったフウリンとクロノも、この“消える技”によって打ち負かされていた。

(単純なレベルやスキルじゃない何か………、一体何をした?)

 どんなに注意して見ていても、どうしてもスニーを見失う一瞬。その一瞬を捉える事が出来れば、マサにも勝ちの目があるはずなのだ。

(“アレ”………できないかな………?)

 マサの言うところの“アレ”とは、ケンやルナゼスとの訓練中、集中力が高まった時に起こる、とある現象である。視界に映る全てがスローモーションになり、どんな素早い攻撃も、100%防ぎ切って見せた不思議な現象。

 危機的状況に追いやられると、脳が危険を回避しようと超加速状態になり、見える世界がスローモーションになると言う話は聞いた事があるが、マサの場合は、集中が高まった時に頻発するように思えた。その発生確率は五割ほどだ。

 高いとは言えないその数値、だが、マサはそれに賭ける事にした。

 次、あの消える技を使われたら躱せる自信はない。ならば、自分の全てを今ぶつける以外に勝利への可能性はないのだ。

(集中だ………、集中しろ………っ!)

 盾を前面に構え、剣を後方下段に構える。意識を集中し、余計な情報を頭の中から追い出していく。次第に世界から音が消えて行き、心なしか目に映る全ての動きが緩慢になって行く。

 僅かにスニーの表情が動く。揺らす身体の動作が、ステップを踏んでいる事や、重心が一つ所に固定されないように気を使っているのが見て取れる。徐々に緩慢は強化されていき、もはやスローモーションを見ているのと似た光景が視界に広がる。

(いける………っ!)

 全力で飛び出したマサ。流れる世界の動きすら緩慢に、ゆっくりとした動作ながらも、マサの剣は≪スラント≫のモーションに入る。

 スニーが動き始める。タイミングから言って、かなり早いが、この緩慢な世界でなら逃す事はない。

 半ば勝利を確信しかけた時、マサの瞳は、幾つかの出来事が起きるのを捉える。

 

 スニーが、片足で地面を踏みしめる。

 風に流れるスカートや髪。

 まるでリズムをとる様に不自然に揺らされる短剣。

 フェイントを織り交ぜようとしたかの様に重心が右に傾いてから左に流れる。

 突然左手が動き、腰のポシェットから何かを取り出す。

 

投げ針(ピック)!?)

 投擲用の小さい釘程度の針をマサが確認した瞬間、スニーはその針を適当に指で弾き、マサから見て右方向に軽く投げた。てっきり、それで攻撃を仕掛けてくると直感したマサは、困惑して、針の行方を目で追ってしまう。一体この針に何の意図があるのかと疑問に思っていた時間はどのくらいだっただろう。ハッ、と気付いたマサが視線を戻した時には、既にスニーの姿は前方には無く、己の左側へと移動していた。

 この時になって、やっとマサはスニーの消える技の正体に気付いた。

(ミスディレクション!?)

 敢えて目立つ行為を行い、相手の注目を別の場所に移す事で意図的に作った死角に本命を隠す、マジシャンのテクニック。せっかく視界をスローモーションにしても、死角を作ってしまっては意味が無い。歯噛みしながら、マサは、スニーの短剣がライトエフェクトに輝くのを捉え、必死に盾を動かす。

 緩慢な世界で、スニーの短剣が斜めに斬り上げられるのを確認しながら、同じくらいの緩慢さで動く盾。焦りを覚える中、それでも必死に動かし、短剣の一撃を阻もうとする。

 

 ガキィンッ!!

 

 鈍い鉄の音が鳴り響き、スローモーションが解ける。

 ソードスキルで打ち上げられた盾は、しかし、しっかりとスニーの一撃を防いだ。

 一瞬驚愕に目を見開くスニーは、すぐに表情に笑みを取り戻す。

(! まず………っ!?)

 

 ズバッ!

 

 マサが何事かに気付いた時には、既に腹部を斬られていた。大きく減少するヒットポイントが、彼の敗北を動かしようの無い物として語っていた。

 二連続ソードスキル≪クロス・エッジ≫。それがスニーの放ったソードスキル。マサは何とか一撃を防いだにもかかわらず、二撃目を防ぐに至らなかったのだ。

 

 

 

「負けた~~~~~………!」

 マサは声を上げて地面に寝転がる。頭上には憎らしくも、スニーの勝利を称えるウィナー表示。解っている事であっても、こうも堂々と表示されていると、少々厭味ったらしく思えてしまう。

 さすがにスローモーションまで使って精神的に疲れていたマサは、その表示を苦々しい表情で見つめていると、白い手が差し伸べられる。視線を向けると、そこには朗らかに笑うスニーの姿があった。

「さすがに最後のは焦りましたよ? 途端に集中力が増すんですもの。ちょっとわざとらしい手法でしたが、ああする以外に視線誘導が出来ませんでした」

 スニーの手をありがたく受け取りながら、立ち上がったマサは、同時に自分の直感が当たっていた事を確信する。

「やっぱり、ミスディレクションがアナタのトリックでしたか? こんな状況下でああも、見事に嵌められてはぐうの音も出ないよ………」

 完敗だと肩を竦めて認めるマサさは、同時に抱いた疑問をついでに訪ねてみる事にした。

「でも、それだけじゃないですよね? 一体、どうやって俺の行動を先読みしたんですか?」

 確かにマサはミスディレクションに掛ってしまった。だが、あの一瞬、あのスローモーションの間だけは、少しばかり意味合いが違った。

 ミスディレクションにより、マサの視線は誘導されてはいたが、それでもスニーの姿を死角に追いやってしまう程意識を逸らしてはいなかった。通常時であれば、一瞬の認識で姿をくらませる事が出来たかもしれない。だが、スローモーション中は、スニーの動きもしっかり見えているのだから、意識が外れてもすぐに追いかける事が出来た。つまり、見失わないと言う事だ。

 マサが見失ってしまったのは、スニーがあからさまに取り出したピックを無造作に投げた事に気付いて、つい目で追ってしまったからだ。あの時だけ、マサはスニーから大きく意識を逸らしてしまっていた。

 それは見事だ。だが、マサが問題としているのは、そんなあからさまな視線誘導を、スニーがあのタイミングでしてきた事だ。今まで一度もそんな解り易いミスディレクションは使って来なかったというのに、マサが勝負をかけたあの一瞬に都合良く行動に移せた理由が全く解らない。

 スニーはマサの質問に対し、朗らかな笑みを向ける。

「さあ? どうしてでしょうね? うふふっ、女の子は秘密が多いですから♪」

 片目を閉じ、人差し指を立てて、「秘密です♡」と言う様に笑うスニーの姿は、とても魅力的な御令嬢そのものだった。

 マサは、勝手に早鐘を打つ心臓に文句を付けながら、納得していた。

(なるほど、タドコロさんの言う通り、この人には『御令嬢』の言葉がぴったりだ)

「うふふっ、それでは私が勝ったので、逆にマサくんを組み敷いても良いですか?」

「そのネタまだ引っ張るの!?」

 そして案外腹黒いのだと知った。

 

 

 

 4

 

 

 

「さて、次で最後としたいのですが………、どなたか御相手してくださりませんか?」

 再びスニーの言葉が広間に木霊するが、今度は誰も出たがる様子さえ見せない。スニーのネタが解っていながら、それでも対処する事が出来ないのだと知って、皆出不精になってしまったようだ。

「ナスとケンはやらないの?」

 マサがタドコロに仕返しで踏みつけながら訪ねると、二人はタドコロを無視して首を振る。

「勝てる気がシナイ」

「当てられる気がしない」

「そんな事より虐待されてるおっさんを助けようとか思わないのかっ!?」

 地面と熱い抱擁を強制されているタドコロに、観衆を含めた全員がスルーして話を進める。

「ウィセはやっぱりやらない?」

「スニーはやりたそうにしていますが、負けるしかない選択肢を選ぶ気はありません。自分の力量を計るためならともかく、負けるだけの結果しか得られない選択をするバカなんているわけ―――」

「あ~~~っ! 皆こんな所に居た~~~!」

「―――………いたかもしれませんね」

 言葉の途中、聞き慣れた人物の声を耳にして、ウィセは発言を訂正した。何気に皆の表情が『納得』に変わっている辺り、考えは皆一緒なようだ。

 声をかけた人物サヤは、何故か少し疲れた様子で近寄ると、今頃集団に気付いた様に首を傾げる。

「何かあったの?」

「ちょっとした見世物だ」

 ルナゼスが説明しようと口を開くが、それより早く、興味をそそられたらしいスニーがこちらに顔を覗かせてきた。

「ウィセさんのお知り合いですの?」

「サヤです!」

 ウィセが答えるより早く、元気良く手を上げるサヤ。ウィセは否定せずに肩を竦め、スニーは可愛い小動物でも見る様な表情でサヤを見つめる。

「良い御返事ですね~~~♪」

「ヒッ!?」

 スニーが頭を撫でようと手を伸ばした瞬間、慌ててサヤはウィセの背後に逃げ隠れてしまう。

「あらら?」

「ご、ごめんなさい! ぼ、僕、触ったり触られたりするの苦手で………!」

 条件反射で逃げてしまった事にすぐお詫びするサヤ。スニーはそんな彼女を見つめ―――恍惚の表情を浮かべた。

「それは失礼しました。頭を撫でてあげましょうね~~~♪」

「きゃあああぁぁぁっ! なんで追ってくるの~~~~~っ!?」

 逃げる兎を追い掛ける猫。そんな図が出来上がっていた。

 ウィセを中心に追いかけっこする二人に、本気で煩わしくなったウィセが声を荒げる。

「ちょっとあなた達っ! 人を中心に回らないでください!」

「じゃあ、この人どうにかしてよ~~っ!」

「ウィセさん! そっちに逃げたその子捕まえてください!」

 帰ってきたのは涙目の兎の懇願と、ちょっと興奮気味の猫の協力要請だった。

 本気で頭痛を覚えるウィセは、足元の方から「お~~い嬢ちゃん? おっさんが踏みつけられている事はスルーなのか~~い?」と言う雑音を受け流して、頭を押さえる。

 しばらく待ってみても回転は治まらず、むしろスニーの嬉しそうな表情とサヤの涙目に拍車がかかり始めた辺りで色々諦めた。

「止めなさい」

 ウィセはサヤの首根っこを捕まえると、自分の後ろに隠しつつ、スニーの額を軽くはたいて押さえ込む。

「あいた………!」

 可愛らしく悲鳴を上げるスニーは、額を押さえながら涙目になって拗ねたように口を尖らせる。

「酷いですよウィセさん………。そんな可愛い子を一人占めするなんて。私にも遊ばせて下さい」

「これはウチのマスコットです」

「私にも使わせて下さい!」

「ねえ? 二人とも酷くない? それ全然人間扱いしてないよね?」

 服の襟を捕まれ、猫みたいにぶら下りながら、サヤは固い声を零す。もちろん二人ともスルーして、取り合わない。

 ウィセがサヤを下ろす頃には、スニーも落ち着いたのか、ちょっとモノ欲しそうな表情で眺めてはいたが、急に飛びかかっては来なかった。

 安心したサヤは、ウィセの前にピョッコリ現れると、首を傾げて質問した。

「それで、お姉さんは誰?」

「ウィセさんのお友達でスニーと申します。ただいま、ここで決闘相手を御所望していたんですのよ。随分暇でしたが」

 彼女に負けた面々が、胸にナイフがグッサリ刺さる錯覚を得る。おかげでマサから逃げ出したタドコロは、「いい加減、誰かおっさんを労わろうぜ?」と呟いていた。

「決闘やってたの? お姉さん強いの?」

「ええ、とっても強いですわよ? 現在二十九連勝中ですわ」

「おおっ! 凄い! ほぼ三十連勝!」

「喜んでいただけたようで嬉しいですわね。よろしければ次の御相手をどうでしょう?」

 スニーは冗談半分で提案する。返事が解っていたウィセ達は、一斉に止めようとしたが間に合わず………。

「やる~~~っ! なんか楽しそうだからやってみたい~~~!」

「あら? 意外とあっさり………」

 あまりにあっさり受け入れられ、スニーの方が驚いてしまう。

 慌ててケンがサヤに近づくと、耳打ちする様に注意を促す。

「マッテ、サヤ。この人本気で強いぞ? なんせさっきマサが負けた」

 ケンに続いて、ルナゼス、タドコロ、ウィセも続ける。

「ああ! マサがあっさり負けた!」

「魅せ場も無く無様に負けたからな!」

「アナタが戦っても勝てる可能性は全くありませんよ」

「なあ、ウィセ以外、俺に対して滅茶苦茶酷い扱いしてないか? 今日は俺がアウェーなのか?」

「あ! アナタは私に負けた御方♪」

「楽しそうに話題に入ってくるの止めてくれませんかね!?」

 あんまりな扱われ方に泣きそうになるマサ。その一部始終を見ていたサヤは、一度首を傾げた後、納得したように頷く。

「つまり仇打ちをすればいいんだね!」

「違いますっ!」

 ウィセがあれこれ説明してみるが、サヤは最後にもう一度頷くと。

「やっぱりやってみたいです!」

「もういいです………、好きにしてください………」

 ついに匙を投げた。

 スニーはサヤを連れだって広場の真ん中に移動すると、最後の挑戦者に観衆もにわかに活気づく。ただ、さっきの会話が聞こえていたのだろう、最後のデュエルは、皆デモンストレーションの気分でいた。例え話を聞いていなかったとしても、仕草や背格好の全てが子供の様にはしゃぎまわるサヤの姿を見れば、誰もが彼女の勝利を疑って当然と言えるだろう。事実、サヤ自身、勝てると思ってその場に立っている様には見えなかった。

 まるで、子供がやっと乗る事を許された遊園地のジェットコースターに挑むかのような、そんな無邪気さでスニーと対面に立つ姿は、危なっかしさと一緒に微笑ましささえ感じ取れる。

 SAOはレベルさえ高ければ、大人と子供の差など関係ない。その事実を失念していなかったとしても、やはり、この無邪気な少女が勝つ姿は想像するのが難しい。そんな風に思えた。

 スニーがサヤに向けてデュエルを申し込む。サヤが応じると、上空に60秒のカウントが始まる。

 例え相手が弱い相手だとしても、油断だけはしない。スニーはそう心に誓い、短剣≪ミリタリーナイフ≫を中段に構え、軽く体を左右に揺らしリズムをとる。

 サヤも、手に持つ槍を一回転させるようにゆっくり回し、矛先をスニーに向けて構える。腰を据えて、低く構える彼女の姿にスニーは思わず微笑ましく笑ってしまう。

(最初っから突っ込む気満々ですわね………)

 今まで相手にしてきた誰よりも解り易い。これが演技だったなら素直に賞賛さえしても良いと思えるほど、サヤの姿は直情的だった。

 カウントが0になった瞬間、サヤがスタートダッシュを切って≪ソニック・チャージ≫で突っ込んで来る。そのタイミングは今まで見た対戦相手の誰よりも早く、これ以上ない絶妙なタイミングだ。意表を突かれていたら、これだけで負けていたかもしれない。

(ですけど………)

 スニーは軽く横合いに跳んで躱すと、目標を失ったサヤは、そのまま通り過ぎて、背後にあった噴水に突っ込んでしまった。

「ふにゃあああぁぁぁぁ~~~~~~~っ!!」

 盛大な水飛沫を上げて噴水に落ちたサヤの悲鳴が小動物の様に上がる。ある種予想を裏切らない少女の行動に、観衆から笑い声が上がってしまう。スニーも、本気で子供を相手にしている気分になって、苦笑いを噛み締める。

「ぷっはぁっ! あうぅ~~~………、ずぶ濡れ………」

 噴水から出てきたサヤは、適当に服や髪を絞って水を散らす。袖の広い着物服なので、濡れてしまうと水気も大量に含んでしまう。SAOと言うゲームでも、その感触は存分に発揮されていた。乾く速度は早い上に、風邪をひく心配もないのがせめてもの幸いと言うところだろう。

 一通り絞り終えたサヤは、拳を握ってから槍を構え直す。

「うん! おまたせ! 再開しよう!」

「あら? 袴は絞らなくて良いんですの?」

「え!? う、うん! こっちは良い………!」

 何故か少し慌てた様子を見せるサヤだったが、すぐに臨戦態勢に戻るので、スニーもあまり気にしない事にした。

 改めてステップインしたサヤは、今度は槍を横に薙ぐが、あっさり躱されてしまう。

 躱したスニーは遊び半分に突きを三回放つ。さすがにSAOを最前区で戦っているだけあって、御遊び程度の攻撃は防がれる。

(この程度はやっぱり防がれますか………? でも、もう少し強くしたらどうですか?)

 僅かに力を込め、踏み込みを意識した鋭い攻撃を刺突、斬撃を交えて六度放つ。

 サヤは少し慌てつつも、苦も無く全てを槍の柄で受け止め、致命打を避けた。

 お返しと言わんばかりに≪ヘリカル・トワイス≫を放たれたが、スニーは背後に下がって回避する。

(ソードスキルはシステムアシストですから、やっぱり油断してると危ないですわね。でも、次への動きが丸解りで、充分に対処可能ですわね)

 苦い笑みさえ漏れてしまう程に単純な思考の少女に、スニーは逆に難しささえ感じてしまう。下手に押し切ってしまうと苛めとも変わらない。それほどにサヤは簡単に御せてしまうのだ。

「やあっ! はあっ!」

 掛け声と共に連続で槍が振るわれる。サヤの槍捌きは直情的ではあるが単調ではない。恐らく性格の問題で単調さが目立つだけで、SAOでの戦い方そのものは前線メンバーと同レベルの物なようだ。槍を振りまわすだけでなく、自分の身体を使って、槍の動く範囲を広げている。間違いなく上級プレイヤーのそれに等しい。

(ですけど………っ!)

「そのレベルが通じるのはMobだけですわよ!」

 サヤの槍を弾く様に短剣を斬り上げ、開いた懐に目がけて数度、刺突を放つ。

「………とっ! ととっ!」

 身体を捻り、短剣の刃を躱すが、所々僅かに斬られ、ヒットポイントを減少させる。

 そのまま懐に入り、押し込もうとしたスニーだが、踏ん張ったサヤが槍を盾代わりにして押し返してくる。

 押し合いを嫌ったスニーはバックステップで大きく距離を取る。

(ちゃんと体捌きも、状況判断も出来ていますわね。でも、この程度なのでしょうか?)

 弱いとは聞いていた。だが、スニーはとある懸念があって、これで終わりではないのではないかという期待はしていた。

(以前、ウィセさんが話していた素直なくせに失敗の多い方って、たぶんこの子ですよね? あのウィセさんのお仲間と言う事でしたから、もう少し面白い方を期待していたのですが………?)

 そう言う意味では彼女にとってマサは充分に面白かった。自分がミスディレクションを使っている事を、誰の目でも解ってしまあからさまな手段を取るしかなかった程、追い詰められていた。あの最後の一瞬だけは、スニーも敗北を覚悟して賭けに出ていたのだ。もちろん、賞賛は充分にあった。それでも、負ける可能性も十二分にあった。あの状態で勝てたからこそ、満足感は大きく、今回のデュエルでは、彼との戦いほど楽しい物はなかっただろう。

 その辺を考えると、どうしてもサヤは物足りなさを感じてしまう。

 戦っていて楽しいとは感じる。デュエル中にも拘らず、自分と同じように笑い、時には驚き、慌てたり、実に見ていて飽きない百面相だ。幼い様に見えてしっかり最低限の技術は身についている。こんなデュエルも悪くはない。

(ですけど、今求めているのは、純粋な強さですの。ごめんなさいね)

 スニーはミスディレクションの準備に入る。素直なサヤは、一つ一つの動作に簡単に視線を惑わされ、早くも自分を失い始めている。サヤが、槍を振り降ろすのに合わせ、ミスディレクションで作った死角に入り込む。あっさり背後に侵入できたスニーは朗らかに笑いながら刃を振るう。

「長く付き合えず、ごめんなさいね?」

 呟いて、振り抜かれた刃は、真直ぐサヤの無防備な背中へと―――、

 

 カキィンッ!

 

「え?」

 サヤの背中に吸い込まれていたはずの刃は、槍の石突にて跳ね除けられた。振り返りながらサヤが槍を横に薙ぐ。慌てて下がったスニーはちょっと驚いた様子でサヤを見つめていた。

(今、死角からの攻撃に気付きましたの?)

「あ、危なかった~~~………っ! お姉さん速いね!」

 無邪気に笑うサヤからは、何の企みも見て取れない。

 スニーは困惑しつつも、マサの様な一件もあるのだし、一度や二度躱せてもおかしくはないと判断する。

(確認も込めて、もう一度!)

 サヤが放つ連続の突きを躱し、隙を見てスニーはミスディレクションを使う。

 左側に視線を誘導されたサヤは、真っ正直に左側を見る。その隙に死角となった右側に滑り込んだスニーは本気の速度で斬激を放つ。

(左腕! 貰いましたわ!)

 確実に捉えられるはずの一撃は、しかし、またもや槍の柄にて受け止められる。

(偶然じゃないっ!?)

 確信したスニーは退がって距離を取る。

 ゆっくりとした動作で振り返ったサヤは、やはり無邪気な笑みを浮かべている。

「お姉さんとっても速いんだね。目で見てたら追いつけない。すっごく楽しい! ………でも、このままじゃ負けちゃうしなぁ~? 仕方ない………」

 楽しそうに語りながら、サヤは槍の矛先を斜め頭上に構え、好戦的なスタイルを防御系へと移行させる。

 そして―――、

「対人戦でこれやるの、実はすっごく嫌なんだけど………、本気出さないのも失礼だよね?」

 ―――サヤは瞳を閉ざした。

「…………え?」

 しばらく黙って見ていたスニーは、サヤが何をしているのか全く分からなかった。これから何かが始まるのかと警戒していたが、サヤはただ目を閉ざして立っているだけだ。それ以上は何もしてくる気配が無い。訝しく思いながら、彼女の周囲を一定の距離を維持したままゆっくりと周る。こちらの行動に対し、何の反応も見られない。

(ブラフ?)

 解らなかったが可能性はある。スニーはサヤの背後にまで周ると、一気に飛び出し、刺突三連続ソードスキル≪トライ・ピアーズ≫を放つ。

 背中を見せていたサヤは、振り返り、全ての攻撃を槍の柄で受け流し、ダメージ判定を0に抑えた。その瞳は、未だに瞑られたままだ。

(そんなっ!? まさか本当に、目を瞑ったまま私の動きを―――っ!?)

 驚愕しているスニーの側頭部目がけ、槍の柄が飛来する。慌ててしゃがんで避けたスニーは側面に周り、切りつけるが、全て槍の柄で返され、矛先の反撃が飛んでくる。

 大きく退き離れようとするスニーを、今度はサヤが追いかけてくる。目を瞑っていると言うのにその足運びには全くの迷いが無い。むしろ、何か確信めいた物に導かれるが如し、先程とは明らかに違う鋭い動きだ。

(え? え? 目を瞑った方が強いって………え?)

 驚愕に目を見開いているのはスニーだけではない。周囲で生温かい視線を送っていた観衆、彼女と共に戦ってきたはずのパーティーメンバー、誰一人残らず目を見開いている。今までの彼女の動きが、拙い子供の遊戯だとすれば、今の彼女の動きは、間違いなく最前線で戦いを繰り広げる、上級プレイヤーのそれと類する。今まで有名になる程強いプレイヤーの噂に、彼女に該当する名前など一つも聞いた事が無い。だが、目の前に存在する少女は、間違いなく、最前線で名を連ねていても可笑しくない動きを見せている。

「アナタは………一体誰ですのっ!?」

 迫り来る槍を躱しながら、思わず叫ぶスニーに、サヤは瞳を薄く開いて笑う。

「創設予定ギルド≪ケイリュケイオン≫のリーダー、サヤだよ」

 何処か誇らしく伝えるその姿に、スニーは子供ではない、もう一人のサヤを見た様な気がした。

(リーダー!? あのウィセさんがこの子の下に付いているっ!?)

 驚愕の事実に、スニーは視線をウィセに向けて訪ねる。ウィセは苦笑い気味に肩を竦ませ、頷いて見せた。

(え、え~~~~~~………っ!?)

 何と表現して良いのか解らない混乱を抱きながら、スニーはサヤに視線を戻す。途端、サヤの足並みが軽やかなステップを踏み、綺麗な姿勢で一回転しながら横薙ぎの一撃を放ってくる。

 慌てて飛び退いたスニーは、既にあのあどけない少女はいない物と理解した。

 そして同時に、胸の奥が熱くなり、空いている手で胸を押さえる。

 身体にゾクゾクと鳥肌が立ち、全身が高揚してくるのを感じた。

 そう、彼女は欲していた。丁度今、欲していた強敵を前に、焦らされた所為もあって危なげな快感が身体中を駆け巡る。

(ミスディレクションが効かない相手………ですか)

 スニーは過去、三回ほど、この技を打ち破られている。

 一回目は、当初仮で組んでいたパーティーメンバーの一人に。

 二回目は、偶然出会った青年と戯れで戦い、真っ正面から打ち破られた。

 三回目は、赤い髪の少女に対し、多用出来ずに敗れた。

 今ここに、四回目が立ち塞がっている。

(でも今度は………っ!)

「負けませんっ!!」

 叫び、地面を蹴ったスニーは本気の刃を振るい、本気の速度で確実に急所を狙い、フェイントを織り交ぜながら斬激を放つ。

 過去二回の敗北は、ある種実力差が開いていた故に仕方が無いと割り切れた。だが、赤い少女の敗北は、どうしても許す事が出来なかった。確実に実力は自分の方が上だった。それを、単なるステータスの差で押しのけられ、圏内と言う無限ループに突破され、最後には長く連れ添った愛剣を奪われた。あんな敗北は二度とごめんだった。

(だから! 私は強くなります! もう二度と、あんな負け方をしない様に!)

 強い相手に負けるのは仕方が無い。自分の努力が足りなかったのだから。

 だが、弱い物には負けられない。負けてはいけない。負けるわけにはいかない。何故なら―――!

 

(もう二度と………あんな奴等(、、)に………っ!)

 

「? 君は………誰と戦ってるの?」

「!」

 スニーが顔面目がけて放った突きを、首の動きだけで躱したサヤ。一瞬、二人は至近距離で顔を見合わせる。サヤの瞳は開き、スニーの瞳を見つめる。スニーはその瞳に何もかもを見透かされるのではないかという不安を一瞬抱く。が、そんな弱さは一瞬で信念が払いのける。

(わたくし)には、負けたくない相手が、沢山いるのです………!」

 静かに強く言い張るスニーに、サヤは柔らかい笑みを向ける。

「そっか………」

 一瞬、瞳の奥に陰りの様な物を見せるが、その瞳はすぐに瞼に閉ざされてしまう。

「じゃあ! 僕も頑張らないとっ!!」

 途端に激しさを増すサヤの猛攻。レンジタイプの槍を巧みに操り、距離感を無視した近接攻撃が飛んでくる。それを躱しながらスニーも短剣の力が最も発揮される至近距離から離れようとしない。

 目を瞑った状態で始めてサヤが退がる。退がりながら槍を振るい左右から三激を放つ。

 一つ一つを確実に躱したスニーはステータスが許す限りの連続突きをひたすらに放つ。

 サヤは攻撃を防ぐために槍を操り、自然と回転させるようにして攻撃を弾いて行く。

「っつぇぇーーーいっ!!」

 回転する槍の中心目がけ、≪アーマー・ピアーズ≫を撃ち込むが、絶妙なタイミングでいなされてしまう。

「………っ! この槍だと長すぎる!」

 サヤは素早くウインドウを開き、メニューの端にあるアイコンをタップする。

「戦闘中に装備の変更なんて―――っ!?」

 隙ありとばかりに仕掛けるスニーだったが、彼女の予想よりも早く、サヤの手には突撃槍(ランス)から、短槍へと替っていた。

(クイックですかっ!?)

 歯噛みしながらも構わず突っ込む。激しく鋭く振るい抜かれる幾多の斬激。それをサヤは物ともせず、片手に掴んだ槍で、全てをパリィしてみせた。

「こっちの方が軽いから片手で振れるっ!」

 叫び、踏み込んだサヤの距離は、スニーが得意とする近接距離。だが、短槍に変わったサヤにとっても充分射程内の距離。

 スニーは構わず二連撃技≪ラウンド・アクセル≫を放つ。

 サヤも合わせて、二連撃突き技≪ツイン・スラスト≫で迎え撃つ。

 互いの攻撃同士が激突し、相殺されて弾かれ合う。

(私の、全力をこの子に―――っ!!)

 スニーは防御を捨て去り、全てを賭けて突進する。

 サヤも踏み止まり、右手に槍を掴み、大きく後ろに引きながら突きの姿勢を取り、迎え撃つ。

(≪ミスディレクション≫(プラス)≪プロアクティブ≫!!)

 スニーはマサの時に使った全ての手札をここで使う。

 相手の死角を誘発させ、そこに潜り込み消えた様に見せるのが≪ミスディレクション≫。相手の行動や仕草をつぶさに観察し、思考を予測、先読みするのが≪プロアクティブ≫だ。マサとの戦いは、このシステム外スキルを使う事で、彼がやろうとしている事を先読みし、その視線を外せる有効な手段を瞬時に検索してみせた。

 スニーのシステム外スキルが、サヤの行動の全てを予測し、最も効果的な場所を瞬時に弾き出す。

(≪ミスディレクション≫は………視覚だけではありませんっ!!)

 スニーは腰のポシェットからピックを三本取り出し、同時に左側へと跳躍。空中に居る内に一本を反対方向に投げ、もう一本をサヤの足元近く目がけて投げ込む。

(目を瞑って強くなると言う事は、“耳”で状況を判断しているのでしょう? 余計な音が混ざったら、どう対処します?)

 右側の床と、足元にピックが当たる音が鳴る。その情報は確実にサヤの耳に伝わり、疑問を抱かせるはずだ。「何故こんな所にピックを撃った?」その疑問を解消しようと、彼女は眼を開くかもしれない。疑問その物が思考速度を遅らせるかもしれない。それが思考の死角となって、勝利に繋がる。

 だが、サヤは反応しない。確かに聞こえているはずの音に対し無頓着にスニーだけを追いかける。

(やっぱり、アナタの性格だと、自分に向かわない物への疑問は一々考えないかもしれないと思いましたわ………!)

 そう、それは全部想定内の出来事だ。彼女の本当の狙いは別にある。

 スニーが着地したと同時、前に飛び出そうとしたサヤの肩に、ピック(、、、)が当たり、動きを止める。スニーが取り出していた三本目のピックだ。

(先に放った二つは囮。さすがのアナタも、空中にただ放り投げただけの針の音までは聞きとれなかった御様子ですわね)

 このSAOはあくまでゲームだ。もし、サヤの耳が僅かな風の遮りさえも聞きとれる驚異的な耳をしていたとしても、ゲーム内で『無音』と設定された音までは聞きとれはしない。

 空中に放られていただけのピックに攻撃判定はない。故にダメージにはならない。だが、思いもよらない衝撃が肩に触れた事で、サヤの動きが一瞬鈍る。

「ここで勝負っ!!」

 全力アクセルステップで飛び出したスニーは、もう一度ピックをサヤの正面に投げる。今度は指で弾き、ピーンッ、と高い音を鳴らし、音を聞かせる。

(これで正面にも気を使わないといけないでしょうっ!?)

 ピクリと反応するサヤの脇を滑り込む様に通り過ぎ、脚力のステータス全てを使って、跳ね返る様に跳び返る。槍でピックを迎撃しようとしているサヤの背中目がけ、最大のソードスキルを放つ。

(これで―――っ!!)

 

 刹那、鼻孔を刺激した臭いが、彼女の脳裏にとあるビジョンを過ぎらせる。

 

 視界一面を塗り潰す黒と赤の光景。

 地獄の言葉をそのまま描写したような壮絶な世界。

 大切な人のそれが、あまりに醜くおぞましいとさえ思える物へと変わる残酷。

 息をする事さえ責められているかのような最悪の拷問。

 焼けて落ちる、それ(、、)だった物の欠片………。

 決して忘れる事が無い、忘れさせてはもらえない、肉と鉄の焼ける臭い。

 目の前にあった大好きだった人の顔は―――焼けた肉と骨が―――

 

「っ!!」

 刹那のビジョンが脳裏を過ぎた後、目の前にあったのはサヤの持つ短槍だった。あと一歩踏み込んでいたら突きつけられた喉を、自分から突き刺してしまうギリギリの位置で止められている。

 自分の右腕は短剣を突き出したまま停止している。無意識に槍に気付いてソードスキルをキャンセルしたようだ。

 そこまで確認したスニーは、ハッとしてサヤを見上げる。

 サヤは目を瞑っていた。つぶったまま振り返り、スニーに向けて短槍を突きつけている。ただし、身体は半身で、左手が自分に飛んできたピックを捕まえている。

「まさか………、ピックを捕まえつつ、私の迎撃を?」

「だって、これは音がしたから」

 瞳を開いたサヤは、指の間で捕まえたピックを、手の内で回して遊びながら笑って見せる。スニーは脱力した。音さえ聞こえていれば、指の間で捕まえる事も簡単とは、さすがに上級過ぎる。スニーは一度深呼吸する様に息を吸ってから、溜息の様に告げる。

「………リザインです。今の私では、どうやってもアナタには勝てません」

 敗北宣言を聞き付けたシステムがサヤの勝利を高らかに告げる。

 一瞬の静寂の後、爆発する様に歓声が上がる。

 その声の大きさビックリしながらも、サヤはスニーへと訪ねる。

「良かったの? まだ当ててなかったけど?」

「構いませんわ。どの道、あの一撃が私の全てでしたから」

 そう告げたスニーは、メニューウインドウを開く。

「そうそう報酬は、私がこれまで連勝した金額を全て―――」

「あ、お金はいらない」

「え?」

 スニーは驚いて手を止めてしまう。彼女が広場の真ん中で決闘をしていたのは、その勝利の対価としてお金を稼いでいたからだ。そして、自分に勝った者には、自分が獲得した分の金額を全て払うと言う見返りを提示する事で、対戦相手を募っていた。その見返りを必要としないと言うのはどう言う事だろうか?

 困惑気味のスニーに対し、近寄ってきたウィセは、何かを予感している様な難しい顔をしている。

 それを知ってか知らずか、サヤは満面の笑顔を向けてくる。

「お金は良いから、僕はスニー(、、、)が欲しい!」

「………はい?」

 「やっぱり」っと言う表情のウィセ。彼女の傍までやってきた他の面々も、「だろうな」と言う、一種の達観したような表情をしている。

「あの………私が欲しいと言うのは………?」

 なんとなく恥ずかしくなって、スニーは本能的に自分の身体を抱きしめる。頬もほんのりと赤くなってしまうのは、SAOが表情表現を過剰に設定しているからだと思う事にする。

「あのね! 僕、ギルドを立ち上げようと思ってるんだけど、今、僕の仲間って言うと、皆僕に“付き合ってくれてる”って感じなんだ? もちろん、ちゃんと協力してくれるって言う気持ちが皆にあるのは解ってるけど、これからリーダーになろうって言う人がそんな事で良いのかなぁ? って思ってね! だからスニーを仲間にするの!」

「………イイ子イイ子しましょうか?」

「なんでぇ~~~~~っ!?」

 飛び退くサヤを無視して、スニーはウィセに助けを求める。ウィセはため息交じりにサヤの言葉を訳す。

「つまり、最初の一歩は、自分の力だけで仲間を作ってから始めたいと言う、その子なりの我儘です」

「我儘じゃないよぅ~~~っ!」

「よく解りました♪」

「それで解っちゃヤダ~~~~っ!」

 泣きべそをかくサヤに、スニーは笑顔を向けてクスリッと笑う。

 普段から子供っぽく、あどけない表情を見せる可愛らしい少女。実は驚異的な実力を隠し持っているらしい事も含め、スニーはサヤが気に入った。

 彼女はスカートの両端を指で摘まみ、軽くお辞儀して見せる。

「これからよろしくお願いします。我が主」

 おどけて見せながら伝えた言葉に、サヤは涙を忘れて飛び跳ねる様に喜ぶ。

 そんな姿をスニーは可愛らしいと思いながら見つめつつ―――一抹の不安を胸に抱いていた。

 

(先程臭った“死臭”………サヤさんからした様な………気の所為ですわよね?)

 

 嘗て、第一層で、パーティーを組んでいた仲間の一人から、戦闘中にその臭いを感じ取れる様になり、その後しばらくして、彼はモンスターにやられてポリゴンとなった。

 差からスニーはそれを直感的に理解した。自分が臭いとして錯覚しているそれは………、死を告げる臭い、“死臭”なのだと………。




後篇は、イベント02でお送りしまう。

クエストはもう少し待って下さい。
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