読者達のアインクラッド   作:秋宮 のん

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添削しました!


第四章イベント02:純白の罪(前篇)

第四章イベント02 『純白の罪』

 

 0

 

 どうして………っ!

 なんで、こんなことになった………っ!

 

 俺は、こんな事のために、≪はじまりの街≫を皆と出たわけじゃないのに………っ!

 

 なんで、なんでっ!?

 なんでこんな事になるんだよっ!!

 

「お前の所為だろう………」

「!?」

「お前が………っ! お前が俺達を連れだしたからっ! だから皆死んだんじゃないかっ!!」

「え? おい? 待て! 何処に………っ!?」

 

 やめろ! やめろ! それ以上先に行ったらっ!?

 

「クラマーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!??」

 

 アインクラッドの≪黒鉄宮≫の生命の碑に、今日もまた、一つの名前が消えた。

 

 

 

 1

 

 

 ―――第六層、迷宮区―――

 八人のプレイヤーが二組に分かれ、布お化け型のモンスター≪ポルターガイスト≫四体を挟み込んで狩りをしていた。

 一体の≪ポルターガイスト≫が布の中から、おぞましい手を出して攻撃した来たのに対し、フルプレートアーマーを装着した盾持ち戦士が攻撃を弾き返す。

「たあっ! つぁっ! はっ!」

 三度の掛け声と同時に、片手剣四連続ソードスキル≪バーチカル・スクエア≫を発動。三回切り付けられた辺りでMobも反撃を試みるが、ソードスキルのモーションを崩さない範疇で盾を滑り込まされ、上方へといなされる。その隙を付いてラスト四発目が懐深くに斬り込まれる。

「はあああっ!!」

 全力で振り切られた一撃がクリティカルで入り、一瞬仰け反りが発生する。もう一体のMobが割り込む前に、槍を持った男が躍り出る。

「よおぉうしっ! トドメはおっさん―――!」

「ルナゼス! ラスト!」

「―――じゃなかったぁ~~~っ!?」

 曲刀を持つ少女に後押しされ、片手剣の少年が素早くモーションに入り―――刹那に≪ポルターガイスト≫を両断した。ライトエフェクトすらも遅れて煌めき、残光がポリゴンとなって散らばる。

 動きの止まった片手剣士に向かって手を伸ばす≪ポルターガイスト≫だったが、その腕を曲刀使いの少女に斬り落とされ、更に盾持ちの少年が盾を前に体当たりしてきたので、後方に押し返されてしまう。

「よっし………っ! 今度こそおっさんが―――!」

「ルナゼスです………っ!」

「はい………」

 槍使いの男が前に出ようとして、それを曲刀使いの少女に諌められ、しょんぼりと肩を落とす。

 名を呼ばれた片手剣士は、慌てながらも動作を一切鈍らせることなくモーションを完成させ、また次の瞬間にはMobを両断して見せた。

 戦闘終了と同時に、彼の前にレベルアップのシステムメッセージが告げられる。

「そっちはどうです?」

 曲刀使いの少女は剣を収めながら、もう一組に声を掛けると、ちょうどポリゴン片が舞い散り、戦闘が終了したところだった。その中で、両手剣を使っていた少年の前にレベルアップのシステムメッセージが送られている。

「楽勝っ!」

「うふふっ、手応えありませんでしたわ」

「いつも通り平常運転」

「はい、終わりましたよ」

 そう答える面々に、曲刀使いの少女、ウィセは一段落と小さく息を吐いた。

 

 

 サヤが立ち上げたギルド≪ケイリュケイオン≫では、攻略中、とあるセオリーが確立しつつあった。それがこの八人、『四人パーティー、二組レイド』だ。

 常に四人のパーティー二組をレイドとして組ませ、八人で狩りをするというものだ。通常の狩りであればこんな事をする必要はないと考えるが、攻略は未踏破の地を歩む危険に満ちた行為。そのため、最低限の安全確保を考えた故の組み合わせだった。

 今回のメンバーは≪ケイリュケイオン≫からタドコロ、マサ、ルナゼス、ウィセのパーティーと、ナッツ、スニー、ケン、そして外部のカノンを加えたパーティーがレイドをしている。

「すみませんでしたカノン。チームの穴を埋めてもらって」

 ウィセが無難な感謝を述べると、カノンは人の良い笑みを浮かべて手を振る。

「全然構わないよ。サヤちゃんが戻ってくるまでの間くらい、いくらでも使ってよ」

「でしたらカノンくんもギルドに入ってしまえば良いんじゃないですか?」

 古馴染みのスニーにそう誘われるカノンだが、彼は少しだけ考える表情を作る。

「ギルド自体はむしろ入りたいくらいなんだけど………、実は少し確かめている事があって………」

「確かめる? それってなんですの?」

「いや、最近変な噂を耳にしててさ? 聞いてないかな? 最近マナー違反の範疇さえ超える、危険なプレイヤーがいるらしいって話?」

「ああ、アイリオンさんの事ですのね♪」

「へ?」

「………っ!」

((((スニー! 少しは気を使ってっ!?))))

 スニーのダークな笑顔に、ルナゼスが肩身の狭い思いにかられる。

 周囲では、そんな彼の心情を察知した男衆が心の悲鳴を上げる。

「スニーさんは、何か知ってるんですか?」

「私達も被害者ですから。ね? ウィセさん?」

「そうでしたね」

((((ウィセまで普通に言わないで上げてっ!?))))

 どんどん肩身の狭くなるルナゼスに、男達の心の声が慟哭を上げる。

 しかし、それらの声逃さぬほど、ウィセの頭脳は明晰に出来ている。

「何でも鍛冶スキルと戦闘用スキルを併用する事で可能にした詐欺だったらしく、強化を頼んだ客の武器を入れ替え、エンド品を目の前で破壊して見せる事で、あたかも強化失敗で武器が砕けた様に見せていたらしいですよ? おかげで私も当時の曲刀を無くしました………」

「………、うふふ………っ」

「ウィセ………」

 ウィセのすり替えに、スニーが空気を読んで微笑むに留め、ルナゼスが驚いた様に彼女を見る。ウィセは何の変化もなく澄まし顔だ。

「それでしたか。2層であったって言う強化詐欺ですよね? 僕も聞きました。それも込みで、最近、プレイヤー間で妙な空気が漂い始めてるみたいなんです」

 意味深に語るカノンは、何処か神妙な様子で話を続けようとする。

 その様子に、アイリオンの件だけではないのではないかと感じたウィセは、試しに話の続きを促してみる。

「それは、どのような内容なのでしょうか?」

「あんまりいい話じゃないのがPKですね。大きな声じゃ言えないですけど、最近プレイヤーがプレイヤー襲う話が幾つか出回っているんですよ? まだ圏内での悪戯程度で留まっているみたいではあるんですけど………。僕の知り合いに、ゼロと言う人が居るんですけど、彼が最近一部のプレイヤーの精神状態が、嫌な方向に不安定だと語っていまして………。以前、サヤさんが襲われた事もありますし、僕なりに警戒してみたんです。そしたら、気になる内容が浮上してきたんですよ」

「気になる内容? どうも抽象的な言い方をするあたり、噂程度の様子ですけど?」

「噂で留まれば良いんですが、本当だとしたら本物の怪談並みに怖い話です」

「すまん………、例えが解らん………」

 ウィセとカノンの会話に、耳を傾けていたタドコロが思わず割って入るが、白い目で見たのはウィセ一人だった。何気に全員意味が通じなかったらしい。

 それに気付かず、カノンは苦笑してタドコロに説明する。

「怪談って言うのは抽象的な表現が含まれている時があるじゃないですか? 『何処からともなく~~~』とか『濡れた何かを引きずる様な~~~』っとかですよ? ただの作り話で聞いてるだけなら想像し易くするための曖昧な表現として受け入れられますけど、実際に自分が体験すると、その表現の恐ろしさが痛いほど解る―――って、そう言う話です」

「話の内容とは関係の無いところで質問を挟む物ではありません」

 最後にウィセから釘を刺され、タドコロは納得しながらしょぼくれた。

 そんな彼の姿を見て、皆が「うん、いつものタドコロの位置だ」っと、心の中で安堵している事は内緒である。

 カノンは、乾いた笑いを一つ漏らしてから、話に戻る。

「その噂と言うのが、とある共通したプレイヤーが詐欺の手口を教え周り、プレイヤーに迷惑行為を推奨し周ってるらしいと言うものなんです」

 カノンの言葉に、今度こそ全員が危機感を感じた。

 迷惑行為が誰かの仕業で広められている。その事実はこのSAOに於いて、最も危険視されるべきものだ。ここにいる者は愚か、恐らくはSAO全プレイヤーがそれを口にせずも解っているであろう事柄。無論、あのサヤや、子供のクロンでさえ、解っていて口にできない危険な内容。

 SAOはクリア以外の脱出方法が確立していないデスゲームだ。HPが0になれば死に至り、現実の社会ルールはまったく及ばない。そんな世界で、もし迷惑行為をするプレイヤーが現れたら、一体どう対処すればいいのか?

 現在考えられる方法の一つは、加害者以外のプレイヤーが一致団結して、迷惑プレイヤーを非難する。社会、集団に外れると言うのは、それだけで人間に多大な影響を及ぼす。これを解っているから、人間は周囲に合わせようとし、また出来る限り迷惑行為を控えようとする。

 二つ目に考えられるのは、迷惑行為そのものへの対処を身に付け、詐欺などに引っかからない事だ。対処法を知っているだけで被害を未然に防げる。

(考えられる三つ目は、そう言った行為をする相手を片っ端から“キル”していく事ですかね………)

(あまり推奨される行為ではないのでしょうけど………)

(出来れば、誰も思い至らないでほしい内容だな)

 ウィセ、スニー、ルナゼスは、三つ目の内容を思い付きながら、それぞれ感じ方は違えど、同じ結論に至る。

 他の五名は、そもそも三つ目の方法自体が思い付かない様子だ。

 そして、それが最も正しい。

 もし、彼ら三人の様に、この内容を思いついてしまい、彼等と違い、実行する様な者が現れれば、このSAOはデスゲームからデッド(、、、)ゲームに変わる事になる。

 誰かが誰かを悪だと決めつけPKすれば、今度は別の誰かが『悪』をPKする。それが免罪符となり、勝手な『正義』の名の元に、次々と決めつけられた『悪』がキルされていく事になる。いずれ免罪符の『正義』は、中身の無い『殺し許可証』としてだけの『正義』となり、ただPKするだけの世界に変わってしまう事だろう。

 無論、これらは極論であり、小さな可能性でしかない。

 だが、もしこうなった時、現実世界では止めてくれるはずの警察組織は存在しないのだ。自分達でどうにかするしかないとなれば、それは『殺し合い』以外に解決方法がない。

 それだけはあってはならない。SAO全プレイヤーの願いが『SAO脱出』である以上、そんな本末転倒な事態だけは決して起こしてはならない。

 だと言うのに………、それを捻じ曲げようと迷惑行為をバラ撒いている者が居る。これは危機感を持って当たるべき内容だ。

「その、共通した人物と言うのはどう言う意味です? 同じ人間を指していると言う事ですか? それとも集団(コミュニティ)的な何かですか?」

「前者です。それも案外巧妙なようで、“黒エナメルの雨合羽の様なフーデットマントを着ている”。っと言うこと以外は何も解らず、しかも目撃情報がまったく無いんです。もっと危険なのは、“ともかく綺麗な笑いで、聞いていると詐欺行為も悪い事に思えなくなってくる”。って話です。ゼロくんは、これを催眠術の一種ではないかと睨んでいますが、実際の所は解りません。ともかく危険なのは、SAOのプレイヤーと言う被害者が、全員一致団結して脱出を目指しているのではなく、それぞれの思惑で足を引っ張り合いながら攻略していると言う現状なんです。もし一番力のある攻略組が、何らかの理由でその力を同じプレイヤーに向けたとしたら………」

 その先は考えたくないと、カノンは口を閉ざす。

 皆、一様に危機感を感じ始め、その雨合羽の“ポンチョ男”には注意する事を胸に刻む。

 ただ一人、ウィセだけは少し違う考えを持っていた。

(確かに“ポンチョ男”危険だ。SAOをクリアできなければ、現実世界に戻る事はできない。それを邪魔しようとする行いには断固拒否。………ですが、あの≪強化詐欺≫の手口は見事でした。アレを発案したのがその男だとしたら―――)

 何とか利用できないものか? そんな考えがウィセの中で浮上し始め、検討し始めていた。しかし、考えがまとまる前に、先頭を歩いていたマサが声に思考が中断される。

「皆! ちょっと前!」

 マサが差した方向に目をやった面々は、一度仲間同士視線を合わせ、頷き合ってから走り始める。目的の場所に到達すると、ある種の達成感を感じながら、ウィセは代表して告げる。

「どうやら、今回は私達が一番乗りの様ですね………」

 彼らの正面には、禍々しいデザインの巨大な扉がそそり立っていた。

 第6層解放から十日弱、6層フロアボスの門前に到達した。

 

 

 

 2

 

 

 攻略組ギルドに、ボス部屋前までのマップをしっかり売りさばいて来たウィセは、全員が(ねぐら)にしている宿から少し離れた広場に集まっていた。宿の裏手にある割には日が差し、和やかな雰囲気がある。だが、建物の裏であり、街を囲む壁と隣接したこの広い空間は、ともかく人影がない。そんな開けた場所でピクニック気分で芝生の上に座る≪ケイリュケイオン≫+αはボス攻略のギルド内会議を始める事にしていた。

 その代表は、もちろんウィセであり、彼女が仕切る事に、既に誰も疑いを持っていない。むしろ、攻略会議の場に於いてはサヤの存在すらケン並みに忘れられている事だろう。

「さて皆さん。今回は今までと違い、ギルド≪ケイリュケイオン≫は正式にボス戦に参加する形となります。つまり、我々も≪聖竜連合≫≪アインクラッド解放隊≫と並ぶ、攻略ギルドとして、対等な立場を認められたわけです」

 「「「「「おおっ!?」」」」」っと声が上がり、誰もが喜びに表情を緩ませる。

「ホンット………、苦労させられましたけど………」

 視線を逸らしたウィセの一言に、皆は一様に顔を背ける。

 なにを隠そう、一つ前のフロアボス戦、第5層でも結構な一悶着があったりした。

 厳密には≪ケイリュケイオン≫はまったく関係のない事態だったのだが、キリトが持ち込んだとある事情をメンバーのルナゼス、マサ、タドコロが安受け合いをしてしまい、おかげでかなりの迷惑を被る事になった。

 それについてウィセは、徹底的に影で動き回り、ボス戦はキリトを前面(矢面とも言う)にして、LAも見逃すと言う本人にとって不満満載の地味な攻略をなす事で、事なきを得たのだ。

 何気に戦闘前にもスニーが悪乗りして、他攻略メンバーを挑発しまくったのも結構危険行為だった。

 おかげでウィセは、やりたくもない猫被りで、薄幸の美少女的な演技を、いっそわざとらしい程に振舞って、同情心を誘う事で切り抜けた。本人、あの時ほど“スケープゴート(サヤ)”がいない事を嘆いた事はない。

「ともかく、これで私達は攻略会議に於いて対等な発言権を手に入れたのです。だから邪魔しないでください」

 普通に釘を刺された面々は、ウィセが被っているであろうストレスの度合いを感じ取り、やり過ぎた事を反省する。

 乾いた笑いがメンバーから上がるのを確認してから、ウィセはメンバーに付いて検討を始める。

「さて、今回の攻略メンバーですが………、ギルドは≪聖竜連合≫≪アインクラッド解放隊≫私達の≪ケイリュケイオン≫最後に≪ボルケーノ≫です」

「ン? 初めて聞くギルドですね?」

 ケンが首を傾げると、ナッツが軽薄そうな笑みで頭の中から情報を引っ張り出す。

「確か、ツカサとか言う奴が立ち上げたギルドだったな? 5層じゃ見なかったが?」

 その名前に心当たりのあるケンは、僅かに反応するが、別段喋る事でも無いと判断して口を閉ざす。

「そうです。彼らの方は六人のパーティーでしたから、一パーティーしか来ないと判断できます。それに対してリンド、キバオウが指揮する残り二つのギルドでは、≪解放隊≫が三パーティー、≪連合≫が二パーティー分出す予定があります」

「っと言う事は、ボス戦に参加できるレイド、六パーティー分は埋まってしまっているのですわね? フルレイドは八パーティーですから、空きは残り二パーティー」

「エギルの旦那が最近商業面に目覚め始めてるから、一パーティー分は空いてると見ても良いかもな?」

 スニーとタドコロが順に残りの参加パーティー数を確認すると、それにマサが続ける。

「俺達≪ケイリュケイオン≫は全員で十人、カノンを加えても十一人だから、一人分余るかな?」

「イヤ、サヤは今もタカシとジャスに≪デパチカ≫で缶詰食らってマスシ、ワスプはサヤにべったりダカラ、実質九人デスヨ?」

「え? ワスプ?」

 ケンの補足で初めて聞く名前に首を傾げるカノン。彼の古馴染みでもあるスニーがそれに笑顔で答える。

「サヤさんの事が大好きな男の子ですわ♪」

「へ………?」

「あら………」

 答えに硬直したカノンを見て、何かを察したスニーは―――、

「サヤさんの事が性的に好きで好きでたまらなくて告白してきた、サヤさんの心を魅了し始めている罪作りな男の子の事なのですわ~~~♪」

(((((満面の笑みで、悪い方向に言いなおしたっ!?)))))

 完全に石化するカノンに、男衆は憐れみの念を送る他にできない。今、彼の胸中がどうなっているのか、彼らには解らないのだから………。

「恐らく来るであろうキリト、及びアスナや他の一般参加上位プレイヤーの存在を考えれば、私達が作れるパーティーは一つと半分くらいだと思っていた方が良いかもしれませんね?」

 そしてまったく興味を抱いていないウィセは、淡々と話しを進めていく。

 何やら気が気でないカノンだったが、今は攻略についての話が先だと自分に言い聞かせ、聞く体勢を取る。

「念のため、パーティーは二グループ用意します。ただし、二軍扱いのメンバーは、最悪出られない事も考えておいてください」

 そう前置きしてからウィセは、最近手に入れたレア装備、和風作りの≪白夜≫の袖の中から紙を取り出し、メンバーについ手を説明する。

「一応、私が個人的に考えたメンバーの一軍二軍を紹介しておきます。意見のある方は聞いた後でどうぞ」

 前置きしたウィセは、皆が聞く体勢になっているのを確認してから伝える。

「一軍メンバー………、パーティーリーダーは私、他はスニー、マサ、ケン、タドコロ、カノン」

「うふふっ、一軍入り♪ これでまた楽しめますわね♪」

「俺の場合は盾役だからかな? でも、むしろありがたい。しっかり皆を守らせてもらうよ」

「ボス戦は5層で体験したケド、かなり大変ダッタ。ソノ経験を生かせると良いな」

「姫嬢ちゃん………、おっさんは嬉しいよ………。5層の時は一回忘れられて、土壇場でパーティー入りだったから、今ホントに嬉しいよ………!」

「えっと、僕だけギルメンじゃないんですけど………、でも入れてもらって恐縮です」

 それぞれ意気揚々とした表情を作る中、ウィセは二軍の説明を始める。

「続いて二軍。優先順位の高い者から名前を上げます。ナッツ、ルナゼス、ラビット以上三名。パーティーリーダーは、攻略会議で集合したメンバー次第で判断します」

「おいおい、ボス戦なんて特大のイベントで二軍扱いかよ? まあ、今回はレベル的に仕方ねえか? 今回は大人しくしといてやるよ」

「二軍とは言えやっとボス戦参加か………! 初めてのボス戦になるだろうし、ちょっと緊張してきたな………っ!」

「………っ!!」

 

 ぴろりんっ♪

 

「 私もボス戦に参加させてもらって感激! でもサヤさんを無視して私が参加しても良いの? 」

 

「なんかチャットきたっ!?」

 ラビットのチャット会話初体験のカノンが新鮮な驚きを見せる。既に馴らされてしまったメンバーは生温い表情で受け流す。

「攻略会議は、今日の夕方開かれます。その会議後、明日の明朝にはボス戦が開始されるはずです。攻略会議は現地集合、皆準備を整えておいてください」

「よっしっ! じゃあ皆乾杯だ!」

 ウィセの締めくくりに何故かタドコロが妙な発言をしてきた。

 全員が「何故っ!?」っと言う表情をする中、タドコロはストレージからとある物を取り出す。

「いや、今思い出したんだが、嬢ちゃんが作ってくれた≪はじける水≫のドリンクがそろそろ耐久値迫ってただろう? せっかくだから飲んだ方が良いと思ってよ?」

「なにそれっ!? 僕知らないんですけど!?」

 ギルメンではないカノンだけがツッコミを入れるが、他の全員は「そう言えば貰っていたっけ?」みたいな表情で次々とストレージから取り出してく。一人取り残され掛けたカノンだったが、気を利かせたマサが、自分の分を分け与えた。

 その液体は、オレンジ色をしたパチパチと気泡を上げる謎の飲物だった。

「これ、サヤさんが作ったんですか?」

「味見したワスプとクロンちゃんが絶賛していたから問題はないと思うよ?」

 マサにフォローされたものの、他の全員も飲むのは初めてだったらしく、少々神妙な顔つきだ。ナッツとラビットだけが「この液体何処かで見た事がある様な?」っ的な表情で首を傾げていた。

「そんじゃ、皆! ボス戦前の景気づけと言う事で………っ! 乾杯!」

「「「「「「「「乾杯」」っ!!!」」」」」」

 それそれのテンションで軽く無意味な音頭を取って仰ぐ。

 瞬間、彼等に激震が走る。

「「「「「「「「「炭酸っ!!?」」」」」」」」」

 シュワシュワと弾ける気泡の正体を知った全員が歓喜の声を上げた。

 そう、ベータ時代、サヤの姉は、偶然にも≪はじける湧水≫を発見し、それが炭酸水である事をつきとめた。これを知ったサヤが、SAOの食事情が深刻だと言う事をデスゲームが開始した事で気付き、ならばこの飲物はかなりの重宝なのではないかと考えたのだ。

 そしてこれは、真実SAO囚人にとって、革命的な一品であった。

「エ、SAOで炭酸水だと―――っ!?」

「ウマイッ! マダ甘さ控えめな感じな気がするノニ、とてつもなくウマイッ!!」

「サヤちゃん一体何処でこんなモノ見つけてきたのっ!?」

「うぅ~~~っ! (わたくし)、なんだか現実に戻ってきた気分ですわ~~~!」

「ひゃっほぅ~~~~~っ!! やっぱりこのギルドに入って当たりだぜぇ~~~!」

「嬢ちゃ~~~~~~~んっ!! 今回はおっさんの分忘れないでくれてありがと~~~~!!」

「~~~~っ!」

 

 ぴろりんっ♪ ぴろりんっ♪ ぴろりんっ♪ ぴろりんっ♪ ぴろりんっ♪

 

「アナタはこんな時でも喋らないんですか………?」

 ルナゼス、ケン、マサ、スニー、ナッツ、タドコロが感涙しながら騒ぐ中、一人冷静なウィセは、こんな状況でもチャット使用のラビットにツッコミを入れる。

(これは≪ケイリュケイオン≫で独占しなくては………)

 そしてウィセは新たな交渉道具を見つけた事に歓喜する。

 同時に、その手に持った炭酸水をちびちびとたっぷり味わう事も忘れない。

 この場にいないにも拘らず、何気に株が上がり始めているサヤだったが………、その頃彼女は―――。

 

 

「え、えーっと………、えっとね………////////」

「は、はい………////////」

「あ、あう………っ///////」

 机越しにワスプと向き合い、お互い顔を真っ赤にして落ちつかない様子を見せていた。

「ほらいつまでそうしてるんだい? 接客、交渉は商業面では必ず必要な事だよ? がんばりな?」

「そらそらどうした? お前等いつまでもそんな状態じゃまずいだろう? いい加減普通に話せるくらいには親密になれ」

 ジャスとタカシが、その様子を隣で眺めながら面白そうに笑みを作る。

 困り果てながらも、二人の言う通りなので必死に会話しようとするサヤだが、ワスプの顔を見ると、どうしても告白の時を思い出してしまい、頭に血が上ってしまう。そんな解り易い反応を見せるサヤを正面から見つめる事になるワスプも羞恥心が伝播しないわけがなく………。

「かれこれ一時間………」

 時計を確認したヌエが、呆れた様な声を漏らす。

「よくこれだけ赤面維持できるな………? ゲームだからか? でも、普通は慣れてきてもおかしくないだろ?」

 同じく呆れるテイトクは、野次馬気分全開で頬杖を付く。

「あと何分持つかな?」

「三分は持つと思います」

「この光景記事にしても売れそうな気がするんだが………」

 アルカナ、クロン、そして取材しに来たシンまでもが二人の様子に呆れを抱く。

((いや、互いにって言うか………、むしろこの状況が恥ずかしい………))

 衆人環視の中、お見合いみたいな状況になる二人。この状況で恥ずかしくない人間がいるとすれば、それはとんだプレイボーイだ。

(フウリン! 教えてフウリン! こう言う時どうしたらいのさ~~~っ!?)

 本気でこの場にいない相手へと助けを求めるサヤだったが、その声が届く事は無い。

 

 

 

「むっ!」

「どうしましたフウリン?」

「絶景スポット発見~~~っ!! 良いでしょ! 良いでしょっ!?」

「ああ、はいはい付き合いますよ………」

 その証拠に、彼女は6層で今も仲間を振りまわしている。

 

 

 

 ―――とある階層、とある場所の森の中。

「………」

 赤い髪の少女が一人、特に目的もなく歩いていた。

「………。………」

 目的がない彼女は、この地に降り立った時と同じ恰好、装備のまま、ただ森の中を無造作に歩き回る。

「………。………。………」

 その先に目指す者は無く、戻る場所もない彼女は、ただ歩む事だけを怠惰に繰り返していた。

「…………」

 ……………………。

「…………」

 ……………………。

「………。はっ!? もしかしてなんか期待されてるっ!? いやいや! マジで私の方、何もないから! こっちに話ふられても困るしっ!? 早く先行きなさいよ!」

 作者の判断ミスが露見しました。アイリオンさんと読者皆様に謝罪。

 

 

 

 3

 

 

 とりあえず、一旦解散し、攻略会議までに時間を潰していたケンは………、

「………(チラッ)………(チラッ)」

「………」

 広場で鍛冶スキルを上げているところを、隣にやってきたアスパラにチラ見されていた。

 かなり居心地は悪かったが、クエスト的な存在と見られているはずなので、この対応は仕方ないとも思えてしまう。まあ、彼に対しては騙した自分も悪いのだから許そう。それは良いとしてだ………。ケンは他周囲へと視線を巡らせる。

 

「………(チラッ)………(チラッ)」

「………(チラッ)………(チラッ)」

「………(チラッ)………(チラッ)」

 

(ナンカ、大勢の人間に見られテルッ!?)

 鍛冶スキルに集中したいのに集中させてもらえない状況に、さすがのケンも危機感を感じ始めていた。

 

「あ、アレが噂のカーソル付きNPCか?」

「間違いない。アレがPCとは思い難い」

「アスパラさんがさっきから気にしてる。どうやら間違いなさそうだな?」

「どうする? こっちから声を掛けてクエスト発生させて見るか?」

「いや待て、あのNPCは他のNPCより高性能なAIがあるらしいって噂だ! 下手な会話は出現状態をキャンセルされる事に繋がるかもしれんぞ!」

「そもそも鍛冶スキル持ってる奴いるのかよ?」

「そう言えば俺、あんな感じのNPCが攻略組と一緒にボス戦しに行くところ見た気がするぞ?」

「なにっ!? そんなフラグもあるのかよっ!?」

「や、やっぱり声を掛けるべきか………!?」

 

 周囲から聞こえてくる声が更にケンを針の(むしろ)へと誘う。

(騙した事の罰が当たったか? まあイイや)

 罪悪感を一秒で処理したケンは、これからについて思考する。とりあえずここはどう行動するべきだろうか?

 そんな事を考えていると、自分の前にタワーシールドを背負ったタンクらしい男が現れた。

「強化を頼みたいんだが?」

「ン。どれ?」

「コイツだ」

 男は片手剣≪イージーセイバー≫を差し出してくる。

 片手用直剣、タワーシールド、軽金属鎧のよくある装備を纏った男は、メガネを掛けた青年だった。見た目に十代後半か三十代前半に見えるのは、顔つきが少々(たる)み勝ちに見える所為だろう。

 ケンの個人的な感想としては、なんか典型的なオタクっぽい。っと言う偏見の入った印象だ。

「え、え~~っと………、俺はクドリャ―――クドって言うんだけど………?」

 強化素材を買ってもらい、黙々と作業に入ったケンに、男、クドは口籠りながら何かを言おうとしている。

 どうやらこの男もケンに対してクエストを期待しているようだ。

 ケンは黙って槌を振るい、静かに成果を確認する。

 結果は無事成功。ケンは黙って強化完了の剣を差し出す。

「完了ダ」

「………おう」

 少ししょんぼりした感じに剣を受け取った男は、肩を落として去って行った。

 その様子を確認したケンは、一つの疑問を思い出した。

(そう言えば僕、ギルドに入ってるから既にギルドマークが確認できるはずじゃないのか………っ!?)

 その事実は既に仲間内で確認されているはずなのだが………。

(ソウ言えばサヤも僕のコトを忘れてたヨナッ!?)

 何気に自分の存在感に危機感を感じ始めたケン。

(まあイイか………)

 だが、彼にこう言った類の感覚は継続しないらしい。

「あの、良いかな?」

「ン」

 更にクエスト狙いの勘違いしたプレイヤーが彼に群がりはじめたのも、そんな考え方に移行した一つの要因かもしれない。

 しかし、もちろんケンはNPCではないので、いくら繰り返してもクエストなど発生する様子はない。隣で槌を打つアスパラも、何気にクエスト狙いのようだったが、客の殆どがケンの方に流れるところをすぐ隣で見ると言うのは中々精神的に答える様子だった。

 いつまで経ってもクエストが発生しない状況に、周囲のプレイヤー達もさすがに疑問を感じ始めたようだった。

 そろそろ潮時だろうか? そんな考えが脳裏を過ぎった時、自分と同じギルドマークが目に入った。視線を顔に向けて見たが、見えたのはフード付きローブだった。

(エエット………? ラビットか?)

 ギルドマークから予想を立てて視線を向けていると、ローブの人物は予想通り聞き覚えのある少女の声が告げる。

「時間………」

「ン」

 ケンは頷いて返すと、素早く身支度を整え、ラビットと共に並んで攻略会議場所へと向かった。

 

「「「「「「「「「「時限式クエストだと~~~~~~~~っ!!!?」」」」」」」」」」

 

「ひゃうっ!?」

 後方からまたもや勘違いの発生を感じながら、今の声に驚くラビットの肩を押して、ケンは先を急いだ。

「い、今の………は?」

「何でもナイ何でもナイ」

 

 

 

 4

 

 

 

 第6層、迷宮区に最も近い街≪カーマン≫のとある広場で、攻略会議は始められた。

「皆お静かに! これより、攻略会議を始めたいと思います!」

 攻略会議の場に訪れた攻略組は、その声に反応して雑談を止める。

 声の先に居たのは、白く袖長の衣に青い袴を穿いた少女、ウィセだった。

 彼女の両隣りには、これまで攻略組を代表して指揮してきたリンドとキバオウが居る。にも拘らず、何故彼女が仕切り始めているのか? ≪ケイリュケイオン≫のメンバー達も、それについてはなにも聞かされておらず、突然のサプライズに動揺を隠せないでいた。

 その疑問は、すぐに本人から告げられる事となる。

「私はギルド≪ケイリュケイオン≫のメンバーウィセです。本来ならこの場で発言させてもらうのはリンド及びキバオウの二名どちらかであるべきなのですが、攻略時のリーダーが毎回どちらになるかで揉めてしまうので、仲介役として、会議の場でのみ取り仕切る役割と相成りました。レイドリーダーではありませんが、攻略会議はこれから私が取り仕切る事で、会議をスムーズに行っていきたいと思います」

 つまるところ6層まで来たこの段階でも、力のある二大ギルドが、どちらがレイドリーダーになるか揉めているままなので、せめて攻略会議の間だけでも対立関係とは無縁な状況を作ろうとした結果と言うわけだ。

 これをウィセ自身が望んで作った結果なのか、それとも偶然だったのかは誰にも解らない。いや、リンド、キバオウを含めた誰もがこう思う事だろう。ウィセが気を使って親切から仲介役を買って出たのだろうと。

 ただ、それとは別に、攻略会議に訪れた誰もが心の中で叫びたい思いを押し殺していた。

((((((((((あの子、ギルドリーダーじゃないのか!?))))))))))

 そんなボケが炸裂している事など知るはずもなく、ウィセは会議を進めていく。

「今日、私達≪ケイリュケイオン≫が、ボスの部屋を発見しました。また、情報屋からの情報で、ボスの情報もある程度確立しています。しかし、ボスの情報はベータの情報が混じっていて、ベータ通りではない可能性が高い事を今回も忘れないでください。それではボスについて説明します」

 ウィセは袖の中から情報屋から受け取ったガイドブックを取り出し、その情報をつらつらと読み始める。

「ボスの名前は≪ザ・アストラル・グリムリッパー≫。大鎌を持った死神の様な姿をしています。使用する武器も、モンスター戦用ソードスキルが可能。特に回転斬りは周囲三百六十度四方を攻撃可能とのことです。対象は僅かに浮いていますがジャンプが必要になる距離まで浮上したりしません。四段あるHPバーが赤くなると、鎌による突撃攻撃をしてくるようになります。突進中の鎌は常に攻撃判定があるので引っかからないように注意してください。取り巻きは≪ゴースト≫が五対出現しますが、これらは大した強さを持たないようです。今までのボス戦で体験した取り巻きに比べれば大した事は無いはずです。以上がボスについての情報です」

 ウィセは一拍間を開け、ガイドブックを袖の内に仕舞うと、次の説明に移る。

「続いてレイドのパーティーメンバーですが、≪聖竜連合≫、≪アインクラッド解放隊≫からは五パーティー、≪ボルケーノ≫と≪ケイリュケイオン≫からは一パーティーずつが確定しています。残り一パーティーについては、これから確認を取りたいと思います。参加希望の方は前に出て来てください。私が確認します」

 ウィセに促され、攻略参加の在野状態のプレイヤー達が集まり始める。

 集まった在野は、キリト、アスナはもちろん。他には下層から上がってきたテイトクだけだった。

「≪ケイリュケイオン≫に二軍メンバーがいますので、それと合わせれば丁度六人。今回はフルレイドで行けそうですね」

 ウィセが余所行きの笑顔を振舞い、リンド達に教えると、最高の助手を見る様な表情で二人が頷く。

 それを確認して頷くと、素の表情に戻ったウィセがキリトを見る。

「予想通り来ましたね。最近コンビを組んだと言う噂がありましたが………、仲がよろしい様でなによりです」

「仲良くない!」

 ウィセの発言に激するアスナ。最初は顔を隠すフードが最前線攻略組唯一の女性プレイヤーと言う代名詞の見分け方みたいな感じになっていたが、今では攻略組メンバーに沢山の女性プレイヤーが現れ、フードの効果がしっかり発揮されている。

 ただし、攻略メンバーでは唯一顔を隠しているので、こっちではバレバレ状態だ。

 アスナの発言に苦笑いするキリトを無視して、ウィセはテイトクに視線を向ける。彼に対しては余所行きの柔らかい表情だ。

「アナタも、上がってきたんですか?」

「オレはそれなりにレベルあるし、最近ちょっとコツみたいなの掴んだんでな」

 テイトクはそう答えながら、誰にも聞こえない声で「それに、攻略組にアスナ以外の女性プレイヤーがいるなんて話聞いたことないし、イレギュラーか御仲間か、確かめておきたかったんだよな………」っと呟く。正面にいたウィセも、その声は聞き取り切れず、僅かに首を傾げる。

 それに気付かず、リンドとキバオウが軽く手を振って合図するので、ウィセは頷いて会議の締めに掛る。

「以上で説明を終えます。誰か質問はありませんか?」

 周囲に視線を巡らせながら、しばらく待って、誰も挙手しないのを確認したウィセは締めの言葉を告げる。

「それでは、これでボス攻略会議を―――」

 

「待ってくれ!」

 

 その時、会議で集まったメンバーの外側で、一人の少年が声を張り上げた。

 全員が視線を送った先には、灰色のフードコートを頭からすっぽり被った少年が、顔を見せぬままこちらに歩み寄ってくる。身体全てがフードコートで隠れ、顔すら見えないが、彼が男であるのは間違いなさそうだ。声変わりを完全に終えたであろう低い音程、男性特有のガラみのある声は、ハスキーボイスを持つ女性でも到底発する事はできない。例えSAOの世界でも、声を別人にする様なアイテムは無いはずなので、まず間違いないだろう。

 何事もなく会議を終えられると思っていたウィセは、内心げんなりとしながら表情にはおくびも出さず、いたって事務的に問い返した。

「アナタは?」

「俺も………、ボス戦に参加させてくれ………」

 ウィセの問いを無視して、男はそう訴えかけてくる。

 また面倒な相手が現れたと、ウィセだけでなく、その場のほぼ全員が感じていた。

「ボス戦の参加でしたら、今さっき終了しました」

「頼む! 俺の持っている金もアイテムも全部やるから、このボス戦だけ参加させてくれ!」

「いえ、ですから………」

 言い淀むふりをして、ウィセはどうした物かと追い返す手段を選ぶ。

 幾つか思いついたが、どれを使っても困らない現状に、逆に警戒心を抱いているのだ。

 こう言った手合いを力づくで追い返したところで問題にはならない。だが、それを自分がやるのは面白くない。ウィセが望む立ち位置は『いざという時何とかしてくれる存在』ではなく『とりあえず彼女に相談してみよう』と思われる立ち位置だ。≪ケイリュケイオン≫ではそうである必要はないが、レイドとなれば話は別。もしもの責任転嫁が自分に周ってこない様に、だが、極力自分の発言力がある立ち位置で、彼女は有利に立ち回りたい。だから、こう言った対処役は、出来るならレイドリーダーを謳うリンドかキバオウのどちらかにしてもらいたいのだ。

 故にウィセは特に何もしなかった。自分が困っている姿を見れば、彼等がどう行動するかは解っていたからだ。

「ちょっと君? オレ達は随分前に攻略会議の報を流した。その時間に遅れて来て、参加させろと言うのはどうなんだ?」

「まあまあリンドはん? 相手側も払うもん払う言うとんねん? 検討くらいしてやってもええやろう?」

「まあ、それだけの覚悟があると言う事だろうし………」

 リンドとキバオウが示し合わせたように語り合い、現れた男をどうするか検討し合う。どうやら二人とも彼の払う対価が目当てではあるようだ。貰う物は貰いたいが、簡単に受け取っては仲間に示しが付かない。だから、それっぽい話し合いをした上で、対価を貰うつもりなのだろう。

 ただ、リンドの場合は、彼が戦力外と判断すれば対価も受け取らないつもりだろうが、キバオウの場合はむしろ対価の方が目的と言った感じにも見受けられる。

 ウィセも同じように検討してみたが、ボス戦は命が最も危険にさらされる場所。物欲に振りまわされて命を落とす方が怖い。なので彼女は早々に取引を諦めていた。

 それを知ってか知らずか、男はフードに隠れた顔を上げ、強い声音で懇願する。

「今回だけで良いんだ。頼むっ、頼むよ………!」

 思惑を持つ二人と、それをなんとなしに察したウィセ以外、誰もが彼の願いは受け入れられないと判断していた。ボス戦参加を求めるソロプレイヤーは確かに居る。今回の場合でもキリトやテイトクがそれにあたるのだ。例外的な存在ではない。ならばこそ、攻略会議と言う等しく与えられた権利に間に合わずして、特別扱いが許されるはずがない。

 今回がボス戦初参加を控えているルナゼスもまた、それは等しく同じ考えだった。

「頼む………。頼むよ………! これで最後だから………」

 だが、その時彼は、偶然フードの向こうに隠れた彼の目を見た。見えたのはほんの一瞬で、それこそ見られた事自体が偶然だったのだが、その一瞬、何故か彼は言い様の無い感覚が胸を過ぎるのを感じた。

「俺なら替っても良い」

 気付いた時、ルナゼスはそんな事を口にしていた。彼としても、やっとボス戦に参加しても良いと、仲間から認められ、二軍扱いとは言え、ボス戦に参加できる事が決まった直後で交代など、到底受け入れられるはずがないのにだ。

 皆の視線が集まり、ルナゼスを見る。

 マサ達も、ルナゼスがそんな事を言い出した事に思うところがないわけではなかったが、命をやり取りする場へ行くか行かないかは当人の判断するところだ。そのため静かに成り行きを見守る。

 ここで黙っていられないのはリンドとキバオウだった。

「突然に何を言い出すんだ? ………っと言うか君は?」

「≪ケイリュケイオン≫のルナゼスだ。二軍扱いだが、今回は人数差でボス戦参加が決まったところだ。俺が誰かと変わったところで、俺のパーティーはソロの集まりだ。特に問題はないと思うぞ」

 「ありますよっ!」っとウィセは叫びたいのを堪える。表には冷ややかな視線をルナゼスに送るだけでここでの発言は抑えた。

 リンドとキバオウも、「検討する」と言ってしまった手前、強く言いだせずにいる。

 だが、対価を狙っていたキバオウからしたら、彼の行動は邪魔物以外の何でも無い。リンドとしても、必要かどうか判断する前に脇から出てきた者にかっさらわれては良い気はしない。

 そんな二人の感情を予期しているウィセは、また≪ケイリュケイオン≫が目の上のたんこぶ扱いに見られると呆れたくなる。

 思い返してみれば≪ケイリュケイオン≫は二層の決闘騒ぎ、三層ボス戦のいざこざ、そして今回と、恨まれる理由を着々と積み重ね始めている。今の段階ならウィセの力で相殺する事はできる。だが、これ以上印象付けられたら、どんな扱いにされるか解った物ではない。

(サヤは扱い易いと思ったのですが………、あの子が連れてくる連中は意外と面倒ですね)

 などと思ったが、ルナゼスを連れてきたのは自分だったと責任転嫁を自重する。

 フードの男は、歩み寄ってくるルナゼスに、戸惑いがちに尋ねる。

「良いのか?」

「いいさ。けど、仲間とはお前の力で仲良くやってくれよ?」

「………。ああ………」

「俺はルナゼスだ。お前は?」

「クロノ………」

 二人が勝手に承諾しあってしまう中、リンドとキバオウはもう何も言えなくなってしまう。仕方がないと肩を竦め、許可を口にする。

 ウィセはそれとなく謝りつつ、また根回しをする必要があると疲れた溜息を吐く。

 この時、新しく入った者に不安を感じたのは彼らだけではなかった。

 彼女もまた、別の意味で彼に不安を抱いていた。

(あの方………、僅かばかり臭い(、、)ますわ………)

 

 

 

 5

 

 

 

 夜。明日の明朝をボス戦と定め、皆が休める最後の時間。

 フードを深く被ったクロノは自分の部屋で、壁に寄り掛かって座っていた。

 選んだ宿は安上がりな場所で、お世辞にもベットは寝心地が良いとは言えない。だが、そもそも彼にはそんな物などどうでもよかった。今更ベットで安眠を貪ろうなど思っていない。屋根のある場所で眠れるだけ御の字だろう。

 ここ最近、彼はまともに眠れた試しなどない。一度、しっかり安眠を取ろうと試みた事もあったが、結局寝つけず、寝苦しいだけの無駄で無為な時間を過ごすだけに終わった。

 例え眠れたとしても彼は眠ろうとはしなかっただろう。

 よしんば眠れたとしても、彼が見る夢は、己の罪の傷痕ばかり。

「でも………、それも後少しだな………」

 彼は心に決めていた。

 第6層ボス戦。この戦いこそが、己の最後の戦いと―――。

 

 

 

 6

 

 

 

 翌日明朝。第6層ボス部屋前。

 ボス攻略メンバーフルレイド。

 ≪聖竜連合≫からリンドをリーダーに二パーティー。

 ≪アインクラット解放隊≫からキバオウをリーダーに三パーティー。

 ≪ボルケーノ≫からツカサをリーダーに、アルクと言う名のマフラーをしたシーフの少女、曲刀を腰に帯びるアレンと言う少年、タンク役らしいクドと名乗る男、雑草の様に翠でつんつんした髪を持つキサンと言う両手剣使いの少年、そして“北海いくら”なるみょうちきりんな名前を、よりにもよってこのSAOで付けてしまった薄眼で穏やかな顔をした体格の大きな少年。この六人、一パーティー。ただし、アルクとアレン、二人には≪ボルケーノ≫のギルドマーク(天から地に激突する炎のマーク)は確認できない。どうやら、この二人だけ、一時のパーティーの様だ。

 ≪ケイリュケイオン≫からはウィセをリーダーにおいた一パーティー。御馴染、己の身長ほどもある長い両手剣≪ゲイル・スラッシャー≫を背にするスニー、今回の迷宮区で倒したモンスターから手に入れたレア盾≪ソウルショック・アブソーバー≫を携えるマサ、強化だけに頼った≪ダガー≫を握るケン、投擲槍≪シャーク≫と通常槍≪フレッシュ・スピア≫どちらを主装備にしようか未だに悩んでいるタドコロ、両手棍≪アサルトウォー≫を杖の様に操り調子を確かめるカノン。この六人パーティー。

 そして最後に、在野の混成パーティー、≪ケイリュケイオン≫からは、両手剣を腰にぶら下げ、軽薄な笑みを絶やさないナッツと、フードで顔を隠し、ちょっと所在なさげなラビットの二人。在野からはソロのキリト、アスナ、下層上がりのテイトク、そして飛び入り参加のクロノだ。

「おいおい? 俺達在野組は、顔を隠す事が条件だったりするのか?」

 ラビット、アスナと続き、クロノまでフードですっぽり顔を隠している状況に、ナッツは可笑しそうに笑った。

 一応、チームリーダーを務める事になったアスナは、その言葉にムッとして言葉を返す。

「なんならアナタもコートを被る?」

「おいおい面白れぇこと提案すんじゃねか? ラビット、予備のコート持ってねえか? あと三着」

「オレらも巻き込む気かよっ!?」

 ナッツの返しに、意図に気付いたテイトクが思わず突っ込む。アスナも思いもしない返しに空いた口がふさがらない。

「よし、パーティー名は≪灰ずきん≫でどうだ?」

「よっしゃ乗ったっ!!」

 キリトが悪ノリで提案すると、すぐさまナッツが食いついてくる。何気にこの二人は気が合わなそうで気が合う。そして気が合っている時が一番迷惑だとアスナは判断した。

「しませんっ! 大体、そんなに沢山フードコートなんてあるわけ―――」

 

 ピロリンッ♪

 

「 ごめん 」

 突然開かれたチャットにラビットの一言。そして彼女の手には灰色のフードコートが三着用意されていた。視線が明後日なのは僅かな罪悪感からだろうか?

「なんで持ってるのっ!?」

「よぉし! 装備しちまうかっ!」

「まさか本当に持ってるとはな………、せっかくだからしてみるか?」

「止めてくれ! 怪し過ぎるはこのパーティーッ!?」

 アスナとテイトクの必死な抗議により、≪灰ずきん≫は結成される事は無かった。

「今度はおっさんも呼んでね~~~っ!」

「よおしっ! 今すぐテイトクと交代しろっ! ≪灰ずきん≫の結成―――」

「しませんっ!」

「結成だ!!」

「し・ま・せ・んっ!!」

 アスナの抗議を無視しようとしたナッツだったが、彼女の怒りが本格的に危なくなったので軽薄に笑うにとどめた。

 そんな風に盛り上がりまくる在野組だが、ただ一人、クロノだけは俯いて暗がりを見つめていた。こんな状況下でも、彼の胸中は此処ではないどこかにあるようだった。

「そろそろボス戦と行きたいんだが………、アレは大丈夫なのか?」

 今回のレイドリーダーリンドが、不安げにウィセに訪ねる。

 彼女の明晰な頭脳が「もう良いからチェンジしてもらえよ………」と告げているが、必死にその本音を取りつくろって、いつものフェイクスマイル。

「アレで本当は緊張してるんです。それがバレるのが嫌で、ああやってわざとふざけているだけですから」

 花が咲いたような笑顔に、リンドと隣で口を挟もうとしていたキバオウが、同時に押し黙ってしまった。

「そ、そうか! 君が言うなら信じよう!」

「ん、んん………っ! ま、まあ、足引っ張り寄ったら、その時は見捨てるで………?」

 キバオウの厭味にも覇気が無く、視線も逸らされている。

 上手くあしらえた事に安堵しつつ、自分のフェイクスマイルに怖気を感じてこっそり溜息を吐く。同時に後ろから肩を叩かれ、半ばびっくりした。

「お疲れ様ですわね、ウィセさん」

「ス、スニー………。労う相手に≪ミスディレクション≫は止めてください………」

 珍しく動揺する姿を見せるウィセにスニーは―――、

「………」

 

 パッ ←消えた

 

「ウィセさん♪」←背後から脇腹をツンッ

「きゃっ!?」

「あら? 意外と可愛い御声………♪」

「体術と剣技、どちらがよろしかったですか………?」

 ウィセはスニーに振り返る事無く、右手に曲刀≪タルワール≫を構え、左の拳を握って見せた。その背中からは、ドス黒い何かが周囲のプレイヤーたちが気付くほどに立ち込め始めている。

「ウィ、ウィセさん………っ!? その、出しちゃいけない気配は何ですか!? なにかとんでもない“異臭”さへ感じて、私、今にも洩らしそうです! ええ本気でっ!!」

 恥も外聞もないスニーの台詞を嗤う者はいない。この時ウィセの気配を感じた者は、全員が声を揃えて断言したと言う。

 

『SAOじゃなかったらちびってた………』

 

 仮にもし、ここにサヤがいたら泣き出してしまい、ボス戦どころではなかった事だろう。

 ウィセはスニーの頭を軽く拳で叩くと、溜息一つで黒いオーラをひっこめた。

「きゃん………っ! スミマセンでした」

「まったく、そろそろボス戦ですよ? 最終チェックをしてください」

 ウィセに言われ、≪ケイリュケイオン≫のメンバー達もストレージを確認し合う。自分達の役割を考え、回復アイテムの交換など、オブジェクト化しておくアイテムの選別などを手早く終わらせ、皆が体を整えたところで、リンドが指揮をとる。

「今回のレイドリーダーになったリンドだ! これより、ボス戦を開始する! 皆、気を引き締めてくれ!」

 その言葉の後、最近恒例化しつつある≪ビーター≫様の忠告を確認し、士気向上の掛け声を一発上げ、ボスの部屋が開かれる。

「戦闘開始っ!!」

 その声と共に鬨(とき)の声を上げて雪崩れ込むレイドメンバー。

 同時に暗かったボスステージに光が灯り、巨大な影が出現する。

 否、影は実態を持ち、ヌゥ~、っとした動きで鎌首を(もた)げ、怪しい光を放つ赤眼を輝かせる。影の中からズルリと抜きだしたかのように巨大な鎌を構え、威嚇代わりに一振りして見せる。そのアクションで五体の≪ゴースト≫が出現し、一気に襲い掛かってきた。

「≪ボルケーノ≫! 在野組!」

 リンドからの合図が出た時には、どちらのチームも飛び出していた。

 ≪ボルケーノ≫リーダーツカサが、瞬時に仲間へと指示を出す。

「アルク! 先手を頼む! クドといくらは、アルクが引っ張ってきた≪ゴースト≫わタゲ! アレン、キサン! 目標の三体をタゲしたら手早く片付けるぞ!」

 見事な指揮が行き渡り、チームから「了解」の返事が一発で返ってくる。ボス攻略戦の裏方を長らく担当してきた所為か、手際の良さも超一流だ。三体と言わず、五体任せても安心できたほどだろう。

 対する在野組も、さほど負けてはいなかった。

「こっちは二体タゲをとりますっ! クロノとナッツでタゲをとって!」

「任せろよっ!」

「ああ………っ!」

 使う相手を的確に選び、上手くタゲをとったら六人で包囲して好きに戦わせた。このメンバーは、下手に作戦を伝えるより、要所要所だけ指示を出して後は好きにやらせた方が効果的に力を発揮すると判断したのだ。

 ………まさか、その判断材料になったのが、先程のナッツのおふざけとは、口が裂けても言いたくないアスナだった。

 っとは言え、これが効果的で、手早く取り巻きのモンスターたちを蹴散らし、ポリゴンへと変えてしまう。

「全部倒したぞ!」

「こっちも!」

 両チームがそう叫んだ事、ボス本体との戦いは、ちょうど≪ケイリュケイオン≫にスイッチしたところだった。

「ケン!」

「先手必勝!」

 名を呼ばれただけで何をするのか理解したケンが、二連続ソードスキル≪ラピット・バイト≫で先手を攫う。

 攻撃を受けてタゲを変えたボス≪ザ・アストラル・グリムリッパー≫が、大鎌の一撃を横薙ぎに振るわれる。この一撃をマサが盾で受け止めつつ上方に弾き、懐への隙を作る。

「カノン! タドコロ!」

 ウィセの声に控えていた二人が同時に飛び込む。

 タドコロの突撃系ソードスキル≪ソニック・チャージ≫が決まり、それに僅かに遅れる形で、カノンの両手棍四連撃ソードスキル≪ダンス・バレット≫が、ボスの懐にポンポンヒットする。

 すかさずボスの側面にウィセが回り込む。

 ボスが反撃しようと赤い目を煌めかせ、鎌を振り降ろし、間は横に薙ぎ払う。

 一撃目はそもそも命中率が高くないのか、余裕で全員躱し、二撃目はマサが盾で打ち上げてしまうので、ボスは良いように踊らされてしまう。

 その状況が彼のアルゴリズムを不満にさせたのか、広範囲系のソードスキルモーションに入るのだが………。

「うふふっ、やっと出番ですわね? 待ちくたびれて額に『盲目』と書いてあげたい気分でしたわ?」

 いつの間にかボスの肩に乗っていたスニーが≪ゲイル・スラッシャー≫を大きく振り被り、両手剣突撃系ソードスキル≪アバランシュ≫により、背面を斬りつけ仰け反りを発生させる。上手い事ソードスキルがキャンセルされたのはもちろん、突撃系のソードスキルを斜め下方向に向けて放つ事で、背中の上部から下部までを唐竹状に真直ぐ切り裂き、ダメージ量も多く稼いだ。

 そしてその隙を待っていたウィセが、既に見切った急所目がけ、現在覚えている最強のソードスキル、四連続重攻撃≪ミリー・スラッシュ≫を全てクリティカルで命中させる。ついでに体術スキル≪靠掌(はいしょう)≫による掌打で相手を吹き飛ばし、距離を取り直すのも忘れない。

 ボスは吹き飛ばされながら反撃の一撃を振るうが、縦攻撃でない物は、全てマサが打ち上げて見せた。

「す、すげぇ………」

 ボスへの攻撃を控えメンバーとして待機していた二パーティー、その中のテイトクが、「ありえない」と言いたげに呟いた。

 実際、このギルドメンバーは、個人の“アク”が強い分、纏めるのが難しい集まりではある。だが、ウィセと言う司令塔が、常に適切に働き続けているので、“アク”の強さが、そのまま実力へと変換されているのだ。

 ≪ケイリュケイオン≫の攻撃は、他のギルドメンバーと違い、マサ以外に攻撃を受け止められる動員がいない。しかも、彼以外は俊敏性ばかりを意識した革系の防具ばかりだ。一度でも攻撃を受ければチーム全体が揺らぐ可能性も大きい。そうでなくても、受け役に周っているマサ一人に負担が集中している事も危険視される。

 そんなメンバーのおかげで、ウィセはかなりの疲労を余儀なくされていた。彼女の頭脳が明晰であるおかげで、ミスこそ起きていないが、パーティーのバランスが悪い事に変わりはない。常に最善の回避が出来るよう、ウィセは全員の立ち位置を、他のパーティーメンバー以上に注意深く意識しなければならない。

 その時、マサが今までのように横薙ぎの一撃を弾きあげた時だ。僅かにボスの大鎌に動きが見られた。

(! 学習されてアルゴリズムに変化が!? 指示は間に合わない!)

 咄嗟に判断したウィセは、敵の攻撃有効範囲から離れるため、後ろに飛び退く。次の瞬間、打ち上げられていた大鎌が、そのままの勢いで横薙ぎに返ってくる。

 先程とは逆の横薙ぎ、しかもアルゴリズムの変化に対応が遅れ、ウィセ以外の全員が攻撃の危機に曝された。

「く………っ!?」

「うわっ!」

 

 ガァンッ!!

 

 一番攻撃の外側にいたケンは、ギリギリ床に振る様にして躱し、マサは盾と剣で何とか受け止めるも、ボスの攻撃を一人分の防御で受け切れずに吹き飛ばされてしまう。

「あでっ!?」

「きゃ………っ!?」

「しま―――っ!」

 タドコロ、スニー、カノンは、まともに攻撃を受けてしまう。今のがソードスキルであれば、致命傷となっていたかもしれない。

 すぐさま完全に無傷のウィセとケンが前に出てタゲを取りつつ、ウィセが確認の声を上げる。

「被害状況!?」

「こっちはまだ大丈夫!」

 起き上ったマサが、ウィセの前に出て盾を構える。司令塔役の彼女を守るのも、彼に与えられている役割だ。

「姫さんよ!? ちょっとこっちはヤベェっ!」

「≪出血≫のデバフが入りました!」

 タドコロとカノンが返答しながら、スニーと共に退がる。ダメージはHPバーが黄色に変わる程度だったが、その上には≪出血≫を表わすアイコンが表示されている。鎧装備を身につけていないメンバーだったので、こう言ったデバフも受け易いのだろう。運の悪さを瞬き一つで受け入れ、ウィセは後方へと報告する。

「スイッチお願いします! ボスの鎌をまともに受けると≪出血≫効果有り!」

「了解や!」

 次の順番待ちをしていたキバオウが返答し、頃合いを見てパーティースイッチをする。

「マサ!」

「はっ!」

 ウィセの指示と共に、敵の攻撃をマサが盾で押し返す。盾スキル≪ディフェンサー≫により、通常攻撃を弾き返したのだ。

 このタイミングに従い「スイッチ!」の声を上げるキバオウ。キバオウのパーティーと入れ替わるように≪ケイリュケイオン≫が後退する。

 入れ替えが完了したのを確認すると、ウィセは≪出血≫している三人の元へと駆ける。

「どうですか?」

「一応、デカイ回復薬は飲んだけどよ………」

 自信なさげに自分のHPバーを確認するタドコロ。同じく確認していたスニーが不服そうな表情で、片頬に手を当てる。

「この階層には≪止血≫系のアイテムが無いのが痛いですわね………。もう一つ上の階ならあるらしいとは聞いたのですが………」

「ぼやいてても仕方ありません、自然治癒は?」

 ウィセが訪ねると同時に、心配になったらしいマサとケンも、ボスから目を放さないようにしつつ声を掛ける。

「大丈夫? 次までに回復しないようなら、無理に前衛に出ない方が………」

「大丈夫そうですよ? あと20秒くらいでデバフ効果が終了します。ちゃんと回復薬を飲んでおけば、深刻な事にはなりませんね」

「なんでぇ、つまらねえ………」

 カノンが答えると、もしかしたらリサーブが必要かと近づいていたナッツが、言葉とは裏腹に楽しそうな笑みを向けていた。

「リポップ、あると思う?」

 どうでもいいセリフは無視して、アスナがウィセに訪ねる。何気に彼女も、こう言った時、誰と会話した方が効率的か、解ってきてしまったようだ。

「あるでしょうね。五体もいた割には弱かったですし。来るとしたらどのタイミングか? それが重要でしょう」

「一番あり得るのはHPバーの色が変化したタイミングだな。少なくとも黄色になった時は注意した方が良い」

 キリトが真面目な声で応え、アスナとウィセの会話に参加する。二人も頷いて応え、これからの動きについて軽く確認を取り合う。

「リポップの際は、取り巻きのモンスターが強くなってる可能性もあります、充分注意を」

「大丈夫だ。こっちは取り巻きになれた≪ボルケーノ≫が居てくれる。問題はない。こっちは気にせず心おきなくやってくれ」

「私達も、絶対取り巻きを近づけさせないから」

「前衛にはおっさんもいるから安心しろや!」

 キリト、アスナに応える様に、タドコロが決め顔を披露して見せる。

 ウィセはタドコロに背を向け、キリトとアスナに笑顔を向ける。

「頼りにしていますよ」

「『お前以外はな』っ!?」

「ぷっ」

 ショックを受けたタドコロに、初見のテイトクが笑いを漏らし、ナッツは容赦なく笑い声を上げた。スニーも楽しそうに笑み、何か付け加えようとするが、前線で動きがあり、口を閉ざした。

 

「オオロロロロロロロロロロロロロロォ~~~~~~~~ン!!!」

 

 ≪ザ・アストラル・グリムリッパー≫が不気味な雄叫びを上げ、空中で静止した。

 見れば、HPバーが黄色へと変化している。

 ボスのいる位置は空中と言えど、ジャンプして届かない距離ではない。だが、アルゴリズムの変化に対応するため、全員が様子を窺う。

 それが失敗だった。

 ボスの不気味な雄叫びが、しつこいくらいしばらく続き、突然ボスの周囲にモンスター出現の青い光が灯り始める。

「リポップだ! 全員警戒しろ! 在野組準備を頼む!」

 リンドの指示で、全員が臨戦態勢を取る。もしもの事態に備え、ウィセ達も警戒を怠らない。

 だが、次の現象に、全員が危険警報を頭の中で聞いた。

 リポップされたモンスターの数は………十体。

「………多すぎるっ!?」

 強くないとはいえ、ボスステージでのこの数、チートなんじゃないかと疑いたくなったテイトクが皆の言葉を代表して呟く。

 ツカサは、焦りながらもなんとか皆でタゲを撮ろうと駆けまわるが、さすがに四体までが限界で、それ以上は取りこぼしてしまう。すぐに駆けだしたキリトが、三体分のタゲを取って見せるが、残り三体を持て余してしまう。

「くそ………っ!」

「やらせるかっ!」

「待って二人ともっ!?」

 クロノ、テイトクが残り三体のタゲを取るため飛び出す。慌ててアスナが呼び止めるが既に遅く、タゲされた二人が三体の≪ゴースト≫を引っ張ってきてしまう。結果、アスナのチームは六体のモンスターに囲まれてしまった。

 囲まれて自分の失態に気付いたテイトクが苦虫を噛み潰した表情になる。

「タゲ取る数を考えてよっ!? 私達で六体も相手にしてたら厳しいわ!」

 アスナに容赦なく叱責され、ますます身を小さくするテイトク。だが、クロノは何も返さずただ黙している。

「ウィセ! どうしよう!?」

 心配になったマサが暗に自分が行こうかと訪ねるが、ウィセは首を振った。

「こっちも三人が≪出血≫状態です。割り振れる人員が確保できていません!」

「こっちからパーティーを一つ出したる! それでなんとか持ちこたえぇ!」

 話が聞こえていたらしいキバオウが、自分のパーティーを一つ向かわせ、ボス攻撃に戻る。ボスのアルゴリズムは、まだ大した変化見られない。AIに学習された事を考慮に入れても、それほど問題は無いようにも見える。

(ですが、これはちょっと………)

 劣勢、ではある。

 次第にボスの≪出血≫効果を受けるアタッカーが増え始めている。

 先程の攻撃で学習した≪ケイリュケイオン≫のメンバーでさえ、順番が回ってくる度に誰かが≪出血≫を貰ってしまう。交代のローテーションも間隔が短くなってきた。

 その間も、取り巻きモンスターと戦うチームは、やっと三体倒し、多少楽になったくらいで、状況が好転している様には思えない。

 この劣勢を現状で覆すのは難しい。だが、対処法はある。リポップが発生する時、アレはボスによる≪増援≫の効果と見て間違いない。しつこいくらいの叫び声を上げている途中に、怯ませるなりの攻撃を仕掛ければ、恐らくはキャンセルできるはずだ。もしくは十体もリポップされずに済む。

 ならばこの場はどうするべきか? 瞬時に判断を下したウィセがリンド、キバオウが揃っている場所まで踵を返す。

「撤退しますか?」

 訊ねると二人も渋面になりつつも悩む様な素振りを見せた。現段階がよろしくない事を正確に感じ取っている様子だ。

「………そうだな。口惜しいが、犠牲を出してからじゃ遅い。どうだろう?」

「しゃあない………。今回は賛成や」

 中々状況が好転しない事に二人も危機感を感じた様子だ。撤退を承諾した。

 ウィセは、あたかも「アナタ達二人の意見に従います」と言った素振りで、安心したような表情を作って見せる。それをちゃん歩二人に印象付けてから指示を飛ばす。

「撤退戦! スニー! マサ! 殿(しんがり)を!」

 ウィセの指示で二人が飛び出し、前衛の部隊と頃合いを見計らってスイッチする。攻撃は控え目で、二人はともかく防御に専念して時間を稼ぐ、その隙に前衛が撤退し、退路の邪魔な≪ゴースト≫を三体撃破する。

 残り数が四体となり、楽になった取り巻き対策の二パーティーが撤退しながら残りを片付け、殿役の退路を確保する。

「タドコロ! ケン! 二人が撤退する援護を!」

「アルク! 君も援護を頼む!」

 ウィセ、ツカサの指示を聞き、三人が殿役の後方で並び、投擲用の武器を構える。

 アルクは、付けていたマフラーを取り外すと、女の子らしい笑みをボスに向けて、投擲用ナイフを取り出す。

「さあ! 撤退までの少しの間………遊んであげるわ!」

 叫んで次々と投げられるナイフが、見事ボスの急所に入りクリティカルを発生させる。その見事さに驚愕しながら、スニーとマサも撤退を始める。

 同じく投擲するタドコロとケンは、アルクの命中精度の高さに舌を巻く。

「何か負けてるな………」

「コイツもチートなんダヨ。キット………」

 タドコロはピックを、ケンは≪円月輪(チャクラム)≫の上級武器、≪円輪(ハーラー)≫に装備を変えて投げつけながら、死んだ魚の瞳で応戦している。

 通り過ぎ様、マサが二人にビックリするが、敢えて声はかけない事にした。

 これで全員が後方まで撤退できた。後はボス部屋の外に出れば良いだけだと、最終確認をしていたウィセが、驚愕に目を見開いた。

「クロノ! 何してる下がれっ!!」

 同じく気付いたキリトが一歩前に出ながら叫ぶも、クロンはその言葉を受け入れない。

「撤退ですクロノ! 下がりなさい!」

 ウィセも一緒になって撤退を促すが、クロンのは聞きいれるどころか、ボスに向かって一人突貫した。

「ちょ………っ!?」

 ありえない行動に、誰もが絶句した。

 クロノは、HPを半分削ってあるとはいえ、ボス相手に一人で交戦を続行し始めたのだ。

 

 

 

 7

 

 

 戦いがヒートアップしていく。

 敵のリポップで、≪ゴースト≫が十体も出現したが、そんな事は関係ない。

 戦わなければならない敵が目の前にいるのだ。だったら自分は最後まで戦わなければ。

 クロノは、どんなに状況が変化しても、戦意をまったく落としていなかった。それどころか、これこそが自分に相応しい戦いだとさえ感じていた。

 そう、自分が戦う場所とはこうでなくてはならない。

 簡単に勝ち上がれるような場所であってはならないのだ。

 もしかしたら死ぬかもしれない。そう言う場所であるからこそ、自分が行動する意味はある。そうでない場所で戦うなど、自分に許されるはずがないのだ。

「撤退戦! スニー! マサ! 殿(しんがり)を!」

 その時聞こえた女性の声に、クロノは信じられないと言いたげに目を見開いた。

 なんだそれは? まだ戦いは中盤だぞ? こんな所で諦めるってどう言う事だ?

 そんな事が許されていいはずがない。確実に勝つために、安全パイを取るなんて、そんな行為が自分に許されていいはずがない。

「戦わなくちゃ………」

 そうだ。っとクロノは思う。

 自分は戦わなくてはいけない。撤退などしてはいけない。

 自分にそんな行為は許されるはずがないのだ。

 そうでなければ申し開きもできはしない。

 彼らの命を背負う自分が、そんな単純な道を通って良いはずがないのだ!

「俺は………、戦わなくちゃ―――っ!」

 クロノは駆け出す。

 ボスに向けて、剣を振り被る。

 

 

 

 8

 

 

 

 クロノは灰色のフードコートをたなびかせ、走る勢いそのままにボス目がけて≪ソニック・リープ≫を放つ。だが、ボスはその程度の単調な攻撃など効かないと言わんばかりに鎌の柄で受け止めてしまう。攻撃を防がれ、衝撃で仰け反ったところを鎌の刃が無い方で突かれ、地面に叩きつけられる。

 かなりの衝撃で叩きつけられ、不快な精神ショックを背中全体に受け止め、彼の口から呻き声が上がる。≪ザ・アストラル・グリムリッパー≫は、休ませるつもりがないのか、倒れる彼に、鎌の先を叩き降ろしてくる。

 不快ショックが抜けない身体を叱咤して、無理矢理地面を転がる事で回避する。瞬時に立ち上がり、剣を構えると、四連撃ソードスキル≪ホリゾンタル・スクエア≫を放つ。

 しかし、この剣撃は虚しく宙を空振る。躱したボスは彼の後ろに回り込んで、再び鎌を振るう。またまともに受けてしまった彼のステータスに≪出血≫が追加される。地面を何回か転がりながらも、クロノはすぐに立ち上がり、三度(みたび)剣を叩き付ける。だがこれも軽く弾き返され、再び攻撃の雨に曝される。

 今度はソードスキルを使っていなかったので、辛うじて動かせる身体に必死に信号をお送り、迫る攻撃をいなし、躱して、受け止めようとする。だが、受け止めた瞬間にステータスの違いを思い知らされ、あっと言う間に吹き飛ばされてしまう。

 当然だ。ボスモンスターは元々複数人で倒す事を想定されている。そのモンスターのステータスが、たかだか一人の高位プレイヤー如きに劣っているはずがないのだ。例え盾装備をしていたとしても、ボスの一撃を受け止めて踏ん張る事など常識的に―――否、ゲーム設定上不可能。マサがたった一人で防御をこなしていたのは、まともに攻撃を受け止めるのではなく、相手の力を利用できる角度で弾き返していただけに過ぎない。彼とて、正面から受け止めてしまえば弾き飛ばされて今のクロノの様に地面を転がる事になっていた。

 そんな常識を知らないクロノではなかった。だが、それでも彼は我武者羅に挑み続けた。起き上りこぶしの様に、向かっては弾き返され、弾かれては向かい、また吹き飛ばされる。無様としか言いようのない、無謀なアタックを、彼は一人で何度も挑み続けた。

 僅かでも隙を作る事が出来れば、手持ちの回復アイテムを使い、常にHPをギリギリで維持し続ける。

 悪足掻きだ。解っている。

 それでも彼は途中で止めようなど思えなかった。思いたくなかった。

(ここだ………! 俺はこの階層で全てに決着を付けなきゃいけないんだ………っ!)

 脳裏に過ぎる罪の数々、己の過ちが走馬燈のように駆け巡り、無謀と解っているアタックを繰り返させる。ボスの攻撃を目に焼き付け、必死にその隙を掻い潜り、一撃を当てようとする。だが無理だ。無謀だ。無駄だ。どんなにこの瞬間で彼の実力が極限に成長したとしても、データの世界で設定されたシステムを超える力は発揮されない。

 どんなに隙を付いて攻撃しようとも、圧倒的に足りないステータスが、巨壁となって立ちふさがる。その壁を打ち砕こうと、必死に剣を振るうも、彼の刃は全く歯が立たない。

 遠くで避難した攻略メンバーが、何かを叫び、戻るように促している。

 聞けない。その声を聞いて逃げてしまえば、自分は一生後悔する。償う機会も得られず、永遠に罪の意識を引きずり続ける。そんな未来も何もない道は歩めない。

「はぁ………っ!!」

 振り抜かれた鎌の一撃を紙一重で躱し、僅かなHPを犠牲にする代わり、一瞬の隙を逃すまいと全身のブーストを最大限に掛けた≪ソニック・リープ≫を放つ。

 見事刃はボスの胸に直撃。だが、圧倒的に浅い。ダメージの程も知れている。鎌の柄先で突き刺され、地面に潰されてしまう。HPがグンッ、と減り、一気に赤色に変わる。

 そしてボスはこの隙を使って助走距離を稼ぐように僅かに浮遊しながら退がる。

 攻略会議の時に告げられたソードスキルと気付き、慌ててポシェットの中から回復アイテムを取り出す。たった一つしか持っていない、貴重な≪回復結晶(ヒーリング・クリスタル)≫を惜しげもなく使い回復。

 迫り来るソードスキルに対して、自分も≪ヴァーチカル≫で迎え撃とうとする。

 例えステータスに差があれど、ソードスキル同士なら弾き合い相殺できる。これが今の状態のクロノが唯一ボスと対等に戦えるスキルだ。

 突撃と共に放たれる鎌の横薙ぎに向けて、クロノは≪ヴァーチカル≫を命中させる。互いに相殺を起こし、大きく弾き合う。

 弾かれた衝撃に必死に逆らいながら、クロノは剣を突き立てる。

「おお、ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~っっ!!!!」

 刃は死神の腹部に深く付き込まれ、ここに来て初めてクリティカル判定がされる。通常よりも多少派手なエフェクトが発生し、死神の身体が僅かに傾ぐ。

 

 ―――そして、それが彼の最後の善戦だった。

 

 瞬時に仰け反りから回復した死神は、手の内で大鎌を操り、大きく振り被った状態で回転斬りを見舞う。ソードスキルにより、赤く輝くエフェクトライトが、クロノ身体を容赦なく切断していく。

 一度、二度、回転斬りで切り裂かれたクロノは、左手を部位欠損し、腹部のダメージが≪大出血≫状態となって残る。そこで彼のHPは赤色に変色し、僅かなドットを残すだけとなった。≪出血≫よりもダメージが大きく、継続時間の長い≪大出血≫を受けたクロノが、単独で生き残る手段はもうない。≪回復結晶≫も使ってしまい、止血できるアイテムいもないのなら、最早ポーションを飲んでも間に合わない。無慈悲な事に、死神は鎌を振りかざし、トドメの一撃を振り降ろしてくる。

(終わりか………)

 迫り来る刃を朧気に見つめながら、クロノは死を覚悟した。

 例えこの一撃を躱せたとしても、後は≪出血≫ダメージでHPが0になるだけだ。もう本当に手の施しようがない。

 全ては終わった。もう、自分のやるべき事は全て済ませたのだ。

 そしてこれが、自分の傲慢さへの罪なのだ。

 だからクロノは、抵抗を止め、迫る死の運命を受け入れた(に目を瞑った)

 真っ暗な世界が彼の視界を埋め尽くすも、視界の左端に未だ見る事のできるHPバーが、静かにドットを減らしていく。

 

 ガッ、ガキンッ!!

 

 僅かな金属音。そして地面越しに感じる衝撃。

「ヒール!」

 続けられた言葉と同時に、今だ見えていたHPバーが右端まで一気にフルチャージされる。未だ≪出血≫の効果が残ってはいるものの、HPは完全に安全領域に戻されている。

 何事かと目を見開いた先に、盾で鎌の一撃を逸らしたフルプレートアーマーの少年の背中があった。

「死なせない………」

 彼は静かに、それでいて今まで以上に力のある声で呟き―――、

「絶対に死なせない………っ!」

 (マサ)は、叫んだ―――。

「もう誰も………っ、俺の仲間は一人だって死なせないっ!!!」

 

 

 

 9

 

 

 

「おおっ! ちくしょう出遅れた~~~~っ!?」

 クロノを守る様に立つマサの隣へ、タドコロが並び立ち槍を構える。

「言ってる間に叩き込めぇっ!!」

 敵と対峙する二人を無視して、走ってきたナッツが斬りかかるが、クロノの時同様弾かれる。同じく反撃を喰らいそうになるが、その攻撃をしっかりと剣で受け流す。次の攻撃が来そうになるが、その時にはタドコロの槍が死神の脇を付き、タゲの標的を変更させる。タドコロに来る攻撃は全てマサが受け流す。

「ホイヨッ!」

 そして遠距離から、ケンの≪円輪(ハーラー)≫が小刻みに叩き込まれていく。

「ちょぉ………っ!? ………ええっ!?」

 この状況に驚いたのはクロノと言うより、むしろウィセの方だった。

 どう見ても勝ち目はない状況、おまけに助けに向かうのも命を捨てに行くような物だと誰にも判断できたのにも拘らず、気付けば一人どころか、≪ケイリュケイオン≫メンバーの半数が舞い戻っている始末だ。他の攻略プレイヤーも唖然として「バカじゃないのか?」っと、無意識に口走っている者までいる。

「何してるんですかっ!? さっさと戻りなさい!」

「イヤ無理だろう? イマ背中見せたら後ろからバッサリ」

「ってか、もうこれ倒しちまおうぜっ!?」

 ケンとナッツの返答に、彼等が何も考えず、突っ込んだのだと悟り―――、彼女の明晰な頭脳から血の気が一気に引いた。

 貧血状態になって額に手の甲を当てたウィセは、そのままふらりと倒れ込みそうになる。

「ああっ!? ウィセさん!? ウィセさんっ!?」

 慌ててスニーが抱きとめるが、蒼白になったウィセは、完全に身体を預けてしまっている。彼女の反応は無理もないと、誰もが同情的な視線を送る。

「ウィ、ウィセさんしっかり………!?」

「うぅ………、ウチのメンバーはここまで無謀でしたか………? え? それともただのバカなのでしょうか? 私がバカなのでしょうか? 私には解りません………」

「落ちついてくださいな。たぶんどちらもですわよ?」

「スニー………」

「ああ痛い! 痛いです! 痛くないけど痛いですよ!」

 平静を取り戻したウィセは、身体を預けたままスニーのほっぺたを軽くつねる。

 ウィセが手を放すとスニーは頬を(さす)りながらいつもの様に「うふふ」と上品に笑って見せる。

「動揺は収まった様ですわね?」

「それが理由であんな事を言ったのですか?」

「み、耳を引っ張らないでください………っ!」

 苦笑いを浮かべるスニーから手を放したウィセは、自分で立つと、今の状況をもう一度整理し直そうとする。

 そんな彼女の隣で、スニーは可笑しそうにくすくすと笑う。

「なんです?」

「申し訳ありません。ウィセさんを笑ったのではないのです。ただ、何だか素敵だと思いませんか?」

「素敵?」

「皆さん、まるでおとぎ話の登場人物みたいに理想的な行動に出ているんですのよ? それが全員≪ケイリュケイオン≫のメンバーで自分の仲間だなんて………? 何だか出来過ぎてる気がしませんか?」

「今、テイトクとツカサも飛び出しました………」

「こう言う展開もおとぎ話っぽくないですか♪」

「楽しそうに言いますね………」

「………、もしここにサヤさんがいらっしゃったら、真っ先に飛び出していたんじゃないかと思うと、≪ケイリュケイオン≫はとても理想的な人材の宝庫だと思いませんか? 私(わたくし)、そう考えると、このギルドのメンバーである事がとても嬉しい事に思えてくるんですの」

 朗らかな笑みを浮かべるスニーに対し、ウィセは眉を顰(ひそ)めてしまう。

 スニーの言う『理想的』や『とても嬉しい』の意味がまったく理解できず、どう応えて良いのか解らなくなってしまったのだ。

 ただ、スニーの言う通り、確かにサヤなら真っ先に飛び出していたかもしれない。それこそ、『バカだから』っと言う理由でだ。

 言葉に窮しているウィセを微笑ましく思う様な笑みで見つめた後、スニーは眉を顰めて申し訳なさそうに笑った。

「皆、すごく“臭い”ますね………。すみませんウィセさん、私も行ってきますわね」

「えっ!? ちょっと………っ!?」

 止める間もなくスニーは走り出してしまった。

 彼女の背中に届かない手を伸ばし固まってしまったウィセは、溜息一つで気持ちを切り替える。

 このまま放っておくのはありえない。助けに行ったメンバー達は、まとめ役がおらず、皆好きに戦っている。助け合おうとはしているが、個性が強い所為で上手く回せていない。ボスへのダメージより、パーティーのダメージが多くなっている。

 ここで放っておいてしまえば、自分の戦力を一気に失ってしまう。仕方なくウィセはリンド、キバオウへと話し掛ける事にする。

「すみません、お二方? ちょっと私から御頼みしたい事が………」

 

 

 

 




まさか、二つに分ける必要が出てしまうとは………。
後篇は短いです。すみません。
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