読者達のアインクラッド   作:秋宮 のん

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十一月を丸ごと飛ばし、十二月半ばでやっと最新!
皆様お待たせしました! 久しぶりの~読者達のアインクラッド~です! 存分に楽しんでください!



第五章グランドクエスト01:アイリオン

グランドクエスト01:アイリオン

 

 

 0 異常存在(エラー)

 

 

 自分はいつから狂ったのだろうか?

 思えばそれは最初からだったのかもしれない。

 自分と同じ存在は他にもいたが、自分が他の連中と違うのはすぐに理解出来た。

 同じベースで生まれたはずなのに、明らかに自分だけが違っていた。

 ただでさえ違っていたのに、余計な物を取り込んでしまい、更におかしい事になってしまって………。

 私って………一体何者なんだろう?

 思わず抱いた疑問(エラー)に、私は肩を竦めて不必要と判断し、疑問(エラー)を削除する。

 私がどっちか(、、、、)なんて、どうでも良い話だ。私は私らしく、役割(タスク)を果たすとしよう。

 

 そう結論付けたところで側面から剣が迫っているのに気付いた。

「おっと………!」

 身体を少し逸らして回避する。奇襲に失敗したらしいサイドテールの少女が通り過ぎ、すぐにこちらに振り返って構えを維持する。でも、相当疲れているようで、上がらない筈の息が上がっている。精神的な理由もあるのか?

 周囲を見やれば、他にも数人、私を中心に取り囲んでいる連中が鋭い眼差しを向けている。こいつら全員、既に個体のアバターネームは把握している。

「これは………、噂以上に厄介な相手ですね………」

「会ったのは二度目だけど………! 戦うのは初めて。粘っこい人だね~~~………!」

 ナイフの様に銀色に輝く短剣を装備した白衣の男、ゼロとか言った奴の言葉に、片手棍使いのフウリンとか言う女が続ける。

 ソイツから順に時計回りで、タンク役に徹するタケとか呼ばれてた男。ナイフを持っているシヨウとか呼ばれていた男。黒い装いに、≪クイーン・ナイトソード≫と言うレアな黒い剣を握る黒髪のキリトとか言った男。サイドに髪をまとめた、やたらと胸が自己主張している短剣使いの女はヴィオと言っていた。マフラーを巻いてる女はアルク。さっきから≪カタナ≫を鞘に仕舞ったり出したりで斬り掛ってくる男はアレンとか言ったか?

 その八人に囲まれている状況だが、まったく危機感を感じない。ここが迷宮区の安全領域と言う事もあるが、それを抜きにしても、この八人を脅威として感じなくなりつつあるようだ。

 私を囲む外側では、アルゴとか言う情報屋とレドラムとか言う短剣使いが、サスケとか言うマフラーで顔を隠した男に守られている。

 どうしてこんな状況になったのかと言うと、言わずもがなかな?

 適当に歩いていたら、気になる奴ら見つけたからちょっかい出したってだけだ。ただ、今回は向こうにも準備があった感じだったけどね。

「………わかった。とりあえずアンタ―――」

「ひゃいっ!?」

 私は左手の人差し指を立てて胸のやかましい女を指差す。

 続けてその指を別の相手へと移す。

「―――っと、アンタ」

「ん?」

「それと………、アンタらもか?」

「ムッ!?」

 タンクの男と、外側に控えている三人を続けて指差し、もう一度見回して、最後にカタナの男を指差す。

「最後はアンタだ。アンタらは“違う”からよし。私の“目的”じゃない」

 いつもの指差し確認で否定する。片手棍使いの女が「え? 私は? 私も違うよね~~? ………何か言ってよ~~~っ!?」とか騒いでいるけど無視だ。コイツは前に否定している。

 戦ってるのは八人。その内、四人ははずれだ。残り四人に視線を向ける。

「………個体識別、“キリト”“ゼロ”“アルク”“シヨウ”………これらの識別を開始する。―――かな?」

 元々、私が標的にしたのはこの辺を三人で歩いていた情報屋と“顔隠し(サスケ)”とレドラムとか呼ばれてたのだ。だけど、そこにキリトが乱入し、更に三人でパーティー組んでいたらしいレドラム、アレン、アルクが更に乱入。っで、元々私を見つけて排除しようと考えていたらしい≪スペシャル・ウエイポン≫とか言うギルドのゼロ、タケ、シヨウ、フウリン、の四人まで突撃してきたのだ。もう、本当に乱戦だね。

 ん? 乳女か? アレはここで休憩取って転寝(うたたね)していたところを巻き込まれた。今でもあんまり状況解ってないで戦ってるんじゃないの? さっきから顔が全然何も解ってませんって感じのアホ顔だし。

 まあ、とりあえずは………、

「お前から………っ!」

 踏み出した私は、“黒ずくめ”を狙って飛び出す。

 互いに剣を打ち合い、ソードスキルを当てるチャンスを窺う。

 この間、私を円の中から出さない様に動き回る事で、私を包囲した状態を維持しようとしているようだ。なるほどね。集団戦ならこう言う事もやってくるのか? これは憶えておいた方がよさそうね。

「………違うか」

「なに………?」

 私が呟き、それに怪訝な表情をキリトが作ったのと、左右から同時に攻撃されたのは同じタイミングだった。私は苦もなく後ろに下がり、攻撃は回避、後ろに回り込んでいた“棍棒女”と“白衣男”の攻撃を振り返ると同時に≪ホリゾンタル≫で斬り返し押しのける。

「次はアンタ」

「おや? オレ様をご指名かい?」

 “マフラー女”が短剣≪スモール・ダガー≫を構え、不敵に笑った。

 構わず攻撃を繰り出すと、それを邪魔する様に、“無愛想面”がカタナを抜き放つ。既にパターンが読めている相手なので軽く腕で払いのけて避ける。一瞬だけ≪アンチクリミナルコード≫の紫色の光が発生しただけで、腕には何の障害もない。

 “マフラー女”に剣撃を放ち、数度刃を交える。その間、何度も奇襲を仕掛けようと襲い来る周囲の連中の攻撃を、私は身体を少しずらす程度で避け切る。

 なるほどね。所詮は即席のチーム。距離感が掴めなくてどうしても思いきって突っ込んでこれないらしい。仲間同士を気にして攻撃する距離が遠い。槍スキルを持っている奴が居れば違ったかもしれないが、ここに居るのは全員片手剣か短剣(カタナや片手棍もいたか?)、近接重視ばかりが揃ってしまい、逆に数の差が邪魔をしていると言うわけだ。

 これも面白い情報だ。憶えておこう。

「アンタも違うね。次、アンタだ」

「くっ!」

 違うと解り、“白衣男”に標的を変える。“乳女”が蹴りを放ってきたので、頭だけ低くして避けつつ≪ヴォーパルストライク≫で“白衣男”を吹き飛ばした。

「これも違いそう………」

 急に相手を変えられた事が不満だったのか、“マフラー女”が憮然とした表情で私を睨む。“白衣男”は“棍棒女”に助けられながら立ち上がると、食用ナイフみたいに小さな短剣を構え直す。

 そろそろ飽きてきたな………。大した標的もいない事だし、逃げてしまおうか?

 私が嘆息して逃亡経路を探し始めた瞬間、背後に周っていたシヨウとか言っていた男がナイフを振り降ろしてきた。

 軽く剣で受け止め、反撃で切り返す。

「くぅ………っ!?」

 弾かれて体勢が崩れたところ目がけ、≪スラント≫を放ち黙らせようとする。

 どうせこの男も外れなのだろうと、半ば単純作業の繰り返しを機械的にこなしている気分になっていた時―――、突然男の動きが変わり、気付いたら剣を握る私の腕を絡め取られ、投げ飛ばされていた。

「!」

「!?」

 瞬時に空中で姿勢を捻って着地した私を、投げた本人が何が何だか分からないと言った様子でこちらを見ていた。

 逆に私は、ニヤリと笑みを強くした。

「目的の一つ、やっと見つけた………!」

 私の笑みに対し、男が大げさに飛び退いた。どうしたの? そんなに逃げなくてもいいのに?

「優先順位最低位が先に見つかるなんてね………、時間がないし、今回はマーキングだけかな?」

 私が呟き一歩前に出る。

「ほほぅ? 目的とは一体何の事でござろうか?」

 突然真後ろからした声に、確認無しで斬り付けようとするが、その時には既にソードスキルを背中に受け、地面を転がってしまった。転がりながらも確認すると、さっきまで二人を庇っていたはずの“顔隠し(サスケ)”がいつの間にか私の背後に出現し、ソードスキルを放っていたようだ。

 地面を転がった私は、すぐさま起き上ろうと地面に手を付くが、その時には既に総攻撃が始まっていた。

 出来損ないのチームの癖に、やたらとチャンスだけは逃さない連中だ。それだけ近接戦闘重視が共通していると言う事なのか? 一応覚えておこう。

 度重なるソードスキルの嵐を受け、私の身体が面白いように跳ね返っていく。連続スキルと単発スキルを上手い具合に織り交ぜているのか、十秒くらいしても一向に嵐が収まる気配がない。さすがにイラッとしてきた私は、アレ(、、)を使う事にした。ここは安全圏。万が一が起こってもルール違反にはなるまい。

「いい加減に………しなさいっ!!」

 爆発したように風が巻き起こり、私を襲っていた連中の動きが止まる。

 システム発動時にのみ許された、相手を硬直(フリーズ)させるエフェクト。

 私は、ゆっくりと口を開き、システムに働き掛ける。

「システムコンソール………」

 刹那、黒い影が全ての邪魔ものを退けた。

 

 

 

 1 救助要請(エマージェンシー)

 

 

 

 第10層主街区≪シェーン・ブルク≫より北西にあると小さな村≪ゴアルスハウゼン≫の一軒家、僕達≪ケイリュケイオン≫は、そこに集合していた。

 昨日、ギルド≪ボルケーノ≫と、≪ケイリュケイオン≫のリーダーたる僕、サヤが交渉し、初の交易交渉を済ませた僕達は、今日は一日攻略の疲れを取るため、遅めの朝食を迎える事になっていた。

 だけどここは宿屋じゃない。喫茶店でも無い。なので朝食は作らなければ出てこない。そんな訳で、この≪ケイリュケイオン≫で唯一≪料理≫スキルを持つ僕が、厨房に立って桜色のエプロンを装備し、包丁やお玉を片手に料理に勤しんでいます。

 まずは食材を幾つか出してメインの料理を思案。朝食とは言え、皆目も覚めていて時間も朝にしては遅い方。ゆったりしている上にSAOで胃もたれの心配は不要。むしろ、ウィセやワスプと言った、いつも通りの時間に起きちゃった組の人達を考えて、ちょっと豪勢にしてもまったく問題はないかな。

 残念ながら≪御米≫なる食材は未だこの階層では見つかっていないので、メインはパンに(なんちゃって)ハムや野菜を挟んで、ドレッシングを掛けたサンドイッチ。あとはちょっと濃い目のスープにサラダがあれば充分。でも、一杯食べたい人のためにスープの具は多めにしておくのが良いよね? じゃあ、メインはむしろスープだと考えた方が良いかも?

 素早く献立を決めて、材料に包丁を翳すと、システムによって適度な大きさに自動で切り分けられる。それらを御鍋に入れてじっくりコトコト煮詰める。蓋をすると出現するタイマーの設定も今では慣れて、殆ど感覚で覚えてしまっている。

 スープを煮ている間に生焼けのパンを取り出しオーブンに放り込んで焼き付ける。ドレッシングはいくつかの食材アイテムを混ぜ合わせて作った特性自作調味料があるのでそれを取り出す。量に限りがあるけど、材料はまた狩ってきてもらうので気にせず食卓の上に『ご自由に御使いください』的に置いておく事にする。

 サラダはどうしようかな? ≪コッコの卵≫があったから、アレを茹でたまごにして添えようか? それともスクランブルエッグにして、先日出来たばかりのマヨネーズ似の調味料と合わせて見ようかな? 目玉焼きにしてソースもいいかも? 自作調味料の味は、まだ『似てるだけ』の出来栄えなので個人の好みも別れるんだよね~~? いっそ皆に聞こうかな?

「サラダの卵は、茹でと目玉とスクランブル、どれが良い?」

 お玉片手に問いかけると、食卓に座って行儀よく待っている皆がそれぞれ意見を口にした。一度に喋ったので、ウィセが「そんな一度に喋って解るわけないでしょう………」って呆れてたけど、全部ちゃんと聞こえてたので、僕はニッコリ笑顔で返す。

「多数決でスクランブルね~~! それとスニー? 注文にないのに卵焼きとか言わないでよね? あとナッツ、卵の話をしたのにチンジャオロースとか変な注文しないの!」

 注意してから作業に取り掛かると、食卓の方で「聞き分けたっ!?」って驚いた声がいくつもした。ふっふっふっ、僕は耳には自信があるのだよ。

 

「これはこれは………」

「どうしたのナッツさん?」

「なあカノン? サヤが料理している背中って、妙に女の子っぽくないか?」

「え!? ………ええまあ、その………、確かに、料理する女の子独特の空気と言いますか………。なんか良いです」

「想像してみろよ? 実はここにはサヤと自分だけしかいなくてよ? ゆったりと椅子に座って朝食を待っているとサヤが笑いかけながら言うんだよ? 『もう少しでできるからねぇ~~!』ってよ?」

「…………」

「顔、思いっきりニヤケてんぞ?」

「に、にやけてなんかっ!? そう言うナッツさんだって!」

「抱きしめに行ってもいいかな?」

「待ちなさいナッツくん! 私(わたくし)も行きますわ!」

「スニーさんまで何言い出してるんですかっ!?」

「正直、許されるナラ僕がイキたい」

「ケンさんっ!?」

「よし、男子を代表して言って来いマサ」

「嫌だよ! ってかタドコロさん? いつから俺は男子の代表?」

「そうだぞ? そう言うのはワスプに断ってからにするのが筋だろう?」

「ルナゼスッ!? べ、別に僕に断りを入れる必要なんて………! まあ、誰かにやらせるのはイヤなんですけど………」

「よし決めた。行ってくる」

「待てナッツ! 何のつもりですか? なんで僕が嫌がった途端やる気に?」

「喧嘩ならいつでも買うぜ! むしろ売らせろ! 高く買い付けて、高く売り飛ばしてやる!」

「喧嘩したいがためにサヤさんに迷惑かけるのは止めたらどうですか?」

「お? カノンも来るか? 良いぜ! まとめて掛ってきやがれっ!」

「朝食くらい静かに待てないのですかアナタ達は………」

 

 なんか皆楽しそうだなぁ? 朝食遅くて不満でも言ってるのかな?

「もう少しで出来るから、皆仲良く待っててね~~~♪」

 もうすぐできると言う事を伝えるために、そんな事を口にすると、誰かが何人か倒れる様な音が居間から聞こえた。どうしたんだろう?

 

「アレはわざとやっていると思いますか?」

 

 ぴろりんっ♪

 

「 サヤちゃん、皆の御母さんみたい 」

「そして、男子の殆どが失神、っと………。新婚気分を妄想したらしい人物が二、三人ほどいるのがよく解ります」

 

 ぴろりんっ♪

 

「 でも、スニーさんが一番幸せそうに見えるのは何故? 」

「私は最近なんとなく解ってきました。ようするに、基本的に可愛い物が好きみたいですね。この子」

 

 なんか知らないけど、ウィセとラビットが親交を深めてるっぽい。いいなぁ………。

 ちょっと羨ましがりながらも、朝食は無事に完成する。

 人数が人数だっただけに、作るのにちょっと手間だったけど、無事に催促前に出来た。さすがに運ぶ時はラビットとカノンが手伝ってくれた。ワスプは「出遅れちゃいましたね? せめて皆の分の飲物を注ぎますよ」って言って皆に注いで上げた。

 ワスプの注ぎ方がとっても丁寧だったから、スニーに注ぐ時、とっても絵になる様な気がした。マサ曰く、「まるで執事とお嬢様みたい」との事。うん、僕も解らないなりに納得できる光景。

 皆の食事が並べ終わり、飲物が行き届いたところでタドコロが木製のコップを掲げる。

「そんじゃお前等っ! 俺達≪ケイリュケイオン≫のホーム誕生を祝して―――!」

「―――っと言ってもタドコロさんがランダム報酬のクエストで当てた期間限定仮住まいですけどね」

「マサ、ここは黙っといてやれ。タドコロにも幸運を噛み締める権利はあるぜ?」

「マサ! クロノ! うるせえぞ! おっさんがこれから音頭を―――!」

「乾杯! ですわ♪」

「「「「「「「「「「乾杯ッ!」」」」」」」」」」

「『隙を見せたが最後』っ!?」

 タドコロが一人でショックを受けるいつもの光景。自分で自分にツッコミ入れるタドコロ、いつも大変そう。それを久しぶりに眺めながら、僕は飲物をちびちびと味わい、朝食を食べ始める。

 うん、やっぱり調味料はまだまだ研鑽の余地があるけど、味は中々よく出来てる。我ながら及第点。個人的にはお菓子作りの方が上手くいくんだけど、やっぱりちゃんとした御飯を作りたいよね。SAOは仮想世界だし、食べてるのだって実際は“食べているフリ”をしているだけだけど、やっぱりお菓子とかでお腹を満たすのはなんか違う気もするし。うん、やっぱりちゃんとした料理は覚えておきたいな。

 皆からも好評を貰い、僕も満足の笑みを向ける事が出来ました。

 

 

 現在、アインクラッド攻略は10層まで来ている。その間、結局僕は第1層で缶詰が続いて、フロアボス戦に参加できたのは9層になってからだった。しかも結構足を引っ張った気もするし、仕切りも全部ウィセにやらせてしまった。リーダーとしてちょっと情けないよね………?

 変わりにリーダーらしく交易交渉をケンの紹介で≪ボルケーノ≫と交わした。注文の入った回復アイテムを、定時までにお届けできれば、お金が貰える。殆ど“なあなあ”なやり取りだったけど、別に大きな仕事でもないし、利益は互いにあるので不必要に緊張感を持つ必要なんて無いよね?

 結局僕の半ベータテスターの知識は役立てる事が出来ず、9層も、初めての割には危なげなくクリアし、順調に攻略が進んでいる。

 10層の攻略も順調で、もうすぐ迷宮区の踏破を終えられそうな気配。

 そんな訳で僕達は時期に迎えるであろうボス攻略に備え、休める内に休んでおこうと、タドコロが偶然ランダムでアイテムが手に入るクエストで手に入れた≪貸家≫を一時的なホームとして集まっていた。一カ月はタダで使えるらしく、家賃を払えば、この先も住む事が出来る、二階建ての現代チックな作りの家で、人数が多い事を無視すれば、住み心地はとってもいい。だけど、やっぱりホームの維持費はとっても高い。この時点ではギルドメンバー十二人ががんばっても維持するので精一杯だ。攻略に回すお金がないのでは本末転倒。何よりギルドを大きくしようとしているなら、この家をホームにするのはちょっと手狭だ。この先、タドコロが個人でこの家を買う事があったとしても、ギルドホームとなる事はないだろうね。

「サヤさん、卵焼きの時もそうでしたけど、本当に料理が上手くなりましたよね? 練度的に考えても、もう失敗しないんじゃないですか?」

 カノンに言われて、僕は嬉しい気持ちになりながらも苦笑を返す。

「そんなことないよ。まだまだ凝った料理を作ろうとすると失敗しちゃうし、食材のレア度が高いと調理失敗度が上がるから、手が出せない料理も多いしね」

「でも、もう充分に美味しい物を作ってるじゃないですか? 僕だって出来るなら毎日サヤさんの料理が食べたいですよ?」

「ふへぇ………!?」

「あ………」

 カノンが意味あり気な事を言うので思わず赤面してしまうと、つられた様にカノンも顔を赤くした。

「え、ええっと! ギルメンになったんで! これから毎日サヤさんの料理が食べられるんだろうねって―――っ!?」

「そそそ、そうだよねぇ~~! ビックリした~~! もう、最近なんか勘違いが多くて困っちゃうよ~~! 僕も自意識過剰だな~~~!」

 そんな風に苦笑いしてる横で、こんな会話があったらしい。

 

「むぅ………」

「ん? どうしたワスプ? 嫉妬か?」

「ルナゼス、あのクロノと同じ属性の彼は一体………?」

「おい待て! 今どう言う意味で同じ属性と言いやがった!?」

「クロノうるさい」

「ワスプの俺に対する扱いひでぇっ!?」

「仲良くしろよ………。カノンは2層に居た時出会ったくらいで、俺も詳しく知らない。マサは知ってる?」

「ええっと………? サヤちゃんが料理スキル獲得した時出会ったみたいな事を言ってたような………?」

(わたくし)の元パーティーメンバーでした。そして………サヤさんの初めてを貰った方でもあります(ニヤリ」

「「「「「ぶふぅっ!?」」」」」

「あら汚い♪」

「ってか、マサとルナゼスとワスプが吹くのは解るけどよ? なんでウィセとラビットまで吹いてんだよ」

「女の子なら誰でもビックリしますクロノ。スニー、紛らわしい発言は控えてください。でないと………」

「カノンは僕の倒すべき“悪”なんだね………」

「ほら、ワスプがなんか今までにない程邪悪なオーラ出し始めました!」

「あらあらうふふっ♪ ワスプくん? カノンくんに手を出しちゃダメですわよ? ………サヤさんにとって大事な大事な人なんですから♪」

「………カノン………ッ!!!」

「余計煽らないでくださいっ!! ………ただ単に初めて料理を作った時に食べてもらっただけと言う事ではないですか?」

「んあ? なんでウィセがそれ知ってんの?」

「なんでクロノは私を怪しむ様な目で見ているのか知りませんが………、私とサヤは大体同室なんですからそう言った話もするんです。っと言うか、女性陣は結構そう言う話をしていますよ? 主にスニーが主導で」

「うふふっ、ラビットちゃんを無理矢理喋らせたり、サヤさんの体を触って反応を楽しんだり、時々やり過ぎてウィセさんに叱られたりと、少女青春時代を存分に謳歌していますわ♪」

((なんか羨ましい………))←男性陣全員

「おのれカノン………っ!!」

「あれ? ワスプまだ怒ってた!?」

「ルナゼス、ちょっと行ってきます。僕もサヤさんと話してきます」

「あ、行っちゃった?」

「俺、思ったんだけど、サヤちゃんって乙女ゲームの主人公なの?」

「いえいえルナゼスくん、サヤさんはそう言うキャラではないと思いますわよ? それにしては男性のスペックが低い方ばかりですし♪」

 

 グサァッ!!!

 

 ぴろりんっ♪

 

「 今、男性陣の心に致命的なダメージが入った音が聞こえた 」

「ああんっ♡ もう………っ! ホントに………っ! なんて楽しいところなのでしょうか? ココはっ!!♡」

 

 ぴろりんっ♪

 

「 スニーさん、水を得た魚みたいに生き生きと……… 」

「会話に参加するつもりがあるならチャットじゃなくて声出せよ? あと、室内までフード禁止な!」

 

 バサッ!

 

「はわぁっ!? や、やだ………っ! コート………! 返して、ナッツ………っ!」

「なるほどなるほど………。ラビット、お前やっぱり可愛い顔してるなぁ? そのままでいろって? 俺も思わず可愛がりたくなるしよ?」

「なっ!? ちょ………っ!? ナッツ! 変態………っ! やだ………っ! 顔触らないで………っ!」

「声もキュートで良いじゃねえか? なんなら俺と付き合ってみたりするか?」

「○×▽□@~~~っ!?」

 

 ガツンッ!

 

「セクハラですよナッツ」

「おいウィセ? 皿を投げるなよ。サヤの料理が勿体無いだろう」

「だからお皿に乗った料理を食べきるまでは見逃してあげてたんです」

「なるほど。ならOKだな! はっはっはっ!」

 

 ガツンッ!

 

「ケン………、なんでお前まで投げてくる?」

「人を間に挟んで口説いトイテ、鬱陶しくナイと思ったんデスカ?」

「そりゃそうだ(ニヤリ」

((コイツ反省してないだろう………))

 

 

「皆、なんか女の子との戯れが好きだよな? 俺はSAOでくらい男友達とだべりたいよ」

「ルナゼス? その発言はまるで現実では女の子に囲まれているように聞こえるんだけど………?」

「ああ、マサの言う通りだ。ウチのじいさんが、どっかから連れてきた女の子が三人いてな? おかげで俺の家、いきなり妹が三人も増えたんだよ。しかも学校ではいきなり私の彼氏宣言してくる変な女がいるし、最近懐いて来た女の子が結構攻撃的で危ない目にあわされるわ………、俺、男友達、結構好きかも」

「俺は女の子に飢えてる男子だと自分の事を思ったことないけど………、今ならルナゼスを殴りつけたいと思えるよ」

「協力すんぜ」

「やろうかクロノ?」

「おう」

「なんでだよお前等!? ちくしょう! 俺の味方はいねえのかっ!?」

(おっさん、今日は楽でいいなぁ~~♪ 皆が騒がしいから久々に美味い飯をじっくり味わえて―――)

 

 ひょい、パクッ。

 

「誰だっ!? 今おっさんのサンドイッチからハムだけ抜いて食った奴~~~っ!?」

「(ニヤリッ」←ケン

 

 うん。≪ケイリュケイオン≫は騒がしくも楽しいところだよね。こんな場所になってくれて、僕も嬉しいよ。

 皆がワイワイやっている光景を満足げに眺めていると、スニーが何かに気付いた様に視線を上げる。あの動作は………メールかな?

「あら?」

 目を大きくして声を漏らすスニーの姿に、気になった僕が訊ねる。

「どうしたのスニー?」

「ええ、ちょっと………」

 言い難そうにしながら、スニーはメニューを操作し、可視化状態にしてメールの内容を皆に見せた。

「なんだか、緊急事態みたいですわ?」

 

 送信者:アマヤ

  内容:10層の迷宮区、三つ目の安全圏。

     なんか、沢山のプレイヤーが倒れて気絶してる。

     一人じゃどうしようもないから手伝え。

 

「とりあえず、『頭が高い』と送り返してやれ」

「ナッツ、何をふざけて―――」

「解りました~♪」

「スニーッ!!」

 なんかウィセがツッコミ大変そう………。

 楽しそうで羨ましいなぁ。

 あ、スニー、今本当に返信した。だ、大丈夫かな? 大丈夫だよね? 『頭が高い』って文章だけの割には、一杯キーパネルを操作してたし………、本当は違う内容だよね?

「じゃあ、ちょっと皆で行ってみようか?」

 僕がリーダーとして提案すると、皆文句ひとつ言わずに身支度を始めてくれた。

 正確には急いで料理を食べ始めた。

 ウィセやスニーまで………、みんな、そんなにご飯に飢えてたの?

 いや………、僕もだけど………。

 

 

「ぐす………っ、俺が悪かった………」

 到着早々にアマヤって男の人が泣いて謝ってきた。

 スニー!? 一体なんて返信したの!? 男の人がなんか結構本気で泣いてるよ!? SAOは感情表現が極端って話だけど、それにしても可愛そうなくらい泣いてるよ!?

 彼の友人であるカノンが、なんか肩を抱きながら「大丈夫ですよ? スニーさんのアレはいつもの事ですから?」「うん、うん………」って話してるけど………。

「この人達一体何があったんだろうね?」

「その台詞はむしろこっちに言う方が正しいだろ?」

 僕の呟きをナッツが修正した。

 そりゃそうか。

 10層迷宮区、三つ目の安全圏ポイント、そこには攻略組に匹敵するプレイヤーが、皆一様に倒れ伏していた。僕達がここに来るまでにアマヤが介抱したのか、皆横一列になって眠っているけど、さっきからマサやクロノが呼びかけても全然応答がない。

 

 ぴろりんっ♪

 

「 一度睡眠状態になると、感覚の弱いSAOでは、攻撃を受けたとしても簡単には目を覚ませません 」

 ラビットがそんな事をチャットで教えてくれる。

 うん、最近は少し読めるようになったけど………でもやっぱり読むの大変だから喋ってよラビット!?

「とりあえず皆に起きてもらわないとどうしようもないよね?」

「サヤちゃんの言う通りだけど………、どうすれば起きるかな? なんか揺すったくらいじゃ起きないし、これは結構な精神的なショックで気を失ってるんじゃないかな?」

「………~~~~っ!? ………気付けとか?」

 思いっきり難しい表情を作ってマサに訊ねると、思いっきり無理した苦笑いが返ってきました。うん、僕もそんな物持ってないから無理なのは解ってるんだけどね?

「おいラビット? 気付け用に思いっきりくさいアイテムを頼む」

 

 ぴろりんっ♪

 

「 ナッツ、いくら私でもSAOに存在しないモノは用意できない 」

「そりゃそうか」

「ット言うわけで、タドコロよろしく」

 ナッツとラビットの受け答えを聞いたケンが、タドコロに無茶ぶりした。よろしくってなにするんだろう? なんかすごい方法でもあるのかな?

「それじゃあ、試しにおっさんが全員に王子様のキスよろしく―――」

「「「「「「「「「「「い、今起きたからっ!!」」」」」」」」」」」

「『素晴らしき危機回避能力』っ!?」

「タドコロすっご~~~~~いっ!!!(キラキラ」

 凄いよタドコロ! 一言で皆目が覚めたよっ! タドコロは何でもできるんだね! 本当にすごいよタドコロッ! なんか、皆脂汗をかいてるように見えたり、タドコロが一人でショック受けたりしてるみたい見えるけど、きっと僕の気の所為だね! 僕の中でタドコロの尊敬度がぐんぐん上がりっぱなしだよっ!!

「サヤさん、純粋な眼差しを一心にタドコロさんに向けてますわね?」

「「そ、そうだね………」」

「サヤさんの中では、ワスプくんやカノンくんより、タドコロさんの方が頼もしく見えるのかもしれませんわね~~?」

「「!?」」

「サヤさ~~ん? タドコロさんを凄いと思いますか~~?」

 スニーが尋ねてきたので、僕は興奮のまま軽くその場で飛び跳ねながら答える。

「もうっ、凄いよね! タドコロに一言頼んだだけで一発だよっ!? しかもタドコロ一度も文句言ってないし! 凄いよね! 凄いよね~っ!?」

「うふふっ、サヤさん大興奮♪ 新しい恋をがんばってくださいお二人とも♪」

「まだ終わってませんよっ!?」

「べ、別に僕の方は………」

 

 ぴろりんっ♪

 

「 カノン、ツンデレ? 」

「ラビットさん、ちょっとフード取りましょうか?」

「ひゃあぁぁんっ!?」

「あ~~はいはい、キリト、事情聴取してもいいですか~~?」

 僕等が騒いでいるのに付き合いきれなくなったらしいウィセが淡々と黒ずくめの人に話しかけてる。え~~~っと? あの人は攻略の時にもいたよね? 名前は確かキリトだっけ?

「あ、ああ………、相変わらず大変なんだな、ウィセ」

「そろそろ限界を感じています」

「顔がマジ過ぎて怖いぞ………」

「それで、何があったんです?」

 ウィセが表情を改めて訊ねると、キリトも難しい表情になって答えた。

「最近噂になっているプレイヤーを襲う赤い少女にやられた」

 その言葉に、僕だけでない、その場にいた全員が戦慄した。

 たぶん、誰よりも驚いたのは………ルナゼス。

 

 

 

 2 過去の残響(エコー)

 

 

 

 これで一体何度目だろうか?

 アイリがプレイヤーを襲う事件を耳にするのは………。

 SAOに来て、初めてできた俺の仲間は、何故こんなにも沢山の人を傷つけるのだろうか?

 それを知りたいと思う一方、知りたくないという気持ちが、俺ことルナゼスの胸中に渦巻いている。

「詳しく聞かせて下さい」

 ウィセはいつも通りの冷ややかな眼差しで淡々とそう訊ねた。マサやケン辺りみたいに俺に気を使うとか全くないらしい。正直腹も立つが、そうしてもらった方がありがたいと言うのも事実だったりする。たぶん、俺一人だと聞くに聞けなかった。

 話の内容を要約すると、ゼロとか言う奴の作ったギルド≪スペシャル・ウエイポン≫が、アイリの行いを聞き付け、彼女を捕縛しようとアルゴとサスケを囮に使ったらしい。狙われる基準は解らないが、この二人なら情報に長け、接触できる確率を上げてくれるかもと考えたからだ。一緒に居たレドラムと言う男は、その辺で適当に捕まえてきた一般プレイヤーらしい。出来るだけ普通のパーティーだと思わせたいために、まったく関係無い仲間が欲しかったそうだ。

 狙いが的中したのか、それともただの偶然か、アイリは餌に食いついた。予想通り、HPを気にしなくて済む安全圏に現れ、襲いかかって来たそうだ。

 この時、最前線の迷宮区と言う事もあり、様々な偶然が重なり、キリトやヴィオ、アレンやアルクと言った攻略組が一気に揃い、乱戦状態になってしまったらしい。確かにここは迷宮区の奥だ。そろそろフロアボスの部屋が見つかってもおかしくない。そんな場所なら、脚の速い攻略組なら来ていてもおかしくないって事か?

 それだと逆に、なんでアイリがそんなところに居たのかという疑問も浮かんだが、そもそもアイツの出現場所はアトランダムが過ぎる。偶然で片づけた方が納得してしまえる。

 むしろ“何のために?”の方がよっぽど気になる。

「そう言えば彼女、気になる事を言っていましたね………」

 事情を話し終えたタイミングで、ゼロが思い出したように呟く。皆の注目が集まる中、ソイツは平然とした表情で伝える。

「彼女、シヨウの事を『当たり』と言っていましたが………、何か心当たりはありますか?」

 ゼロと同じギルメンのアイコンを持つ、シヨウと言うシーフ。彼がアイリにとっての当たり? どう言う事だ?

 今度はシヨウに皆の注目が集まるが、彼の方はあまりぱっとしない表情だ。

「そんな事言われても困る。俺にだって何のことかさっぱりだよ? ………俺とお前等で何か違うところでもあるのか?」

 逆にシヨウが問い返すと、真っ先に手を上げたサヤは「僕は違うっぽいこと言われた」と伝える。それに倣う様に、アイツに襲われた事のある連中が順に口を出す。

「私も違うらしいですよ」

「私(わたくし)も違う感じの事を云われましたわ」

「たぶん、僕も違うんじゃないかな?」

「“気になる”みたいな事は言われたけど、結局は違うと言われました」

 ウィセ、スニー、カノン、ワスプは首を傾げながら、過去に否定された事を教える。

「拙者らも途中で違うと言われたでござる」

「俺達もだ。シヨウだけが当たりと言われた」

 サスケ、キリトが続け、やはりシヨウだけが“当たり”と言われたらしいと頷く。すると、タドコロがビシッ! と挙手し―――、

「おっさん達は、そもそも出会ってもいねえッ!!」

「「「「以下同文ッ!」」」」

 

 ぴろりんっ♪

 

「「 右に同じ 」」

 チャットまで使って『問題外』組が綺麗に挙手した。なんでかサヤが目を輝かせているんだが、アレは何を思って目を輝かせているんだ?

「会ってもいないならわざわざ言わなくて結構ですっ」

「そんな事より、私(わたくし)はアマヤくんとラビットさんが急速に親睦を深めている事が気になっていますわ? チャットの履歴を見ると物凄い行数になっていて、私とした事がネタを挟む好機を逃してしまいました………」

「スニーさん、久しぶりに会ったのに、まだアマヤくんを弄り倒すつもりだったんですか………?」

 カノンのツッコミの後、俺もチャット履歴を確認したら、既にログが一周していた。しかも未だにラビットとアマヤの二人だけで物凄い速度のチャット会話が続いている。

 なんだこれは? ほぼ音声会話並みに滑らかに進んでるんだが、これはちゃんと読めているのか? 速読、早打ちができる人同士のチャットをリアルタイムで眺めている気分だ。

「なんにしろ、シヨウ………っと言いましたか? アナタだけが私達と違う理由、それを知りたいところですし、よければ行動を一緒にしてみますか? 何か手掛かりになる事があるかもしれませんし?」

 ウィセがそんな提案を≪スペシャル・ウエイポン≫全員に向けて語りかけた。なるほどな。それなら沢山の人間の視点から考える事が出来る。仲間になるわけじゃないだろうが、何か、アイリの目的について解るかもしれない。

「え!? また仲間が増えるの!? うわあぁ~~~いっ!! よろしくね~~!」

 そして、瞬時にサヤが誤解して食いついた。

 面喰うシヨウは、戸惑った表情を見せる。

「え? いや………、俺は≪スペシャル・ウエイポン≫の一員だし………?」

「じゃあ、ギルド同盟だね!? なんか面白くなってきた~~~っ!!」

「なんだそれっ!? なんでそんな条約が結ばれてんだっ!?」

 戸惑いが大きくなるシヨウ。それに対してウィセは、なんかいつになく冷静な表情で―――、

「あ、サヤ! 今そこに子犬が通りましたよ!?」

「「「何処っ!? ワンコ何処ッ!?」」」

「おいウィセ………、サヤだけじゃなく、ケンとカノンまで釣れてしまったんだが………?」

「『トカゲの尾』」

 俺の質問にウィセは簡潔に答えた。ま、まあいいか………。話進まねえし。

 ちなみに、この時ナッツが「けっ! 犬なんか知るかよ! ニャンコはいねえのかよニャンコ! 俺には猫成分が欠けてんだよ~~~~っ!!」なんて一人で騒いでた。

「猫も良いよねっ!!」

「お? サヤ、お前猫もいける口か?」

 ふ、二人に増えた………。しかもワスプの目がなんか嫉妬で少し黒く染まってるような気がする………。

 ヤバイ。余所見してると面白過ぎて本題に乗り遅れる………っ! なんて飽きないギルメンなんだっ!?

「―――っと言う事で良いでしょうか?」

「はい。僕達のギルドとは、とりあえずフレンド交換で情報を共有すると言う方向で行きましょう」

 しまったっ!? 本気で話題に乗り遅れたっ!? 一体どんな話をしてその結果に至ったんだっ!?

 話の根幹を聞きそびれた俺は、あとでウィセにもう一度訪ねる事になった。

 だがおかしいんだ? 俺が訊ねた時、サヤ以外の全員が「え? 聞いてなかったの?」みたいな表情をしてたんだ。実際、今同室になっているクロノなんか「いや、ふざけててもそう言う話はちゃんと聞いてないとまずいだろう?」って言って来たんだぞ。どうなってんだこいつ等。≪ケイリュケイオン≫、恐るべし。

 

 

 何はともあれ、俺達は9層主街区に戻ると、その場でそれぞれの役割に戻って行った。

 ≪ケイリュケイオン≫は、ただ集まっているだけのギルドではない。攻略組に名を連ねているギルドらしく、ちゃんとしたギルドメンバーへの役目と言う物がある。

 例えばクロノ。アイツは基本、一人で攻略に望んでいる。一声かければ戻らなければならない義務もあるが、アイツの役目は、一も二も無く攻略進行を優先する事だ。マップデータは一日も欠かすことなく最新しなければならない。時々ギルメンの他の奴、俺やマサ辺りが主だが、コンビを組んで攻略に望んでいる時もある。アイツの場合は『償い』の意味もあるので、当然と言えば当然なのだが………。

 ラビットは元々『仕入れ屋』と言う事もあり、≪ケイリュケイオン≫の名を売るついでに仕事を継続している。今では≪ケイリュケイオン≫に頼めば、≪仕入れ屋兎≫に伝わると言う事を誰もが認識しているほどだ。

 その他主力勢は、攻略と同時にレベリングと技術向上を優先して行動している。ありがたい事に俺もその中の一員だ。

 リーダーのサヤはウィセと一緒に何か難しい話をしている時が多い。あのサヤがウィセの話す難しい内容を苦笑しながら答えている姿は、とてつもない違和感を覚える光景だった。試しに軽く聞き耳を立てて見たが―――、

「交渉を持ちかける時、無暗矢鱈にいきなり本題を出して良い物ではありません」

「それだと話が進まない気がするんだけど………?」

「話は進めます。ですけどいきなり本題に入ると、こちらがどうしても欲していると言う事がバレます。そうなると足元を見られ、余計なお金をふっ掛けられる事になりますよ?」

「じゃあ、今回の場合はアイテムの相場を考えて………、いきなり『止めにしよう』とか言ってもいいのかな? ほら、簡単に見ると期間が短すぎて問題があり過ぎるし。ラビットなら仕入れてくれそうではあるけど」

「ふむ、いきなり商談を打ち切ってしまおうと言うのですか? ………確かに、今回の場合は相手も止められるとリスクが大きくなる。ここはどうしても商談を進めたいはず。良いかもしれませんね?」

「本当!」

「では、その後の相手の反応次第で軽く五通りくらいパターンを試してみましょうか?」

「………ウィセ? そろそろ上がらない?(涙」

 ―――っと言う会話だったのだが、全然解らなかった。サヤも成長しているらしいが、俺にはさっぱりだ。

 ………っと、脱線してしまった。

 話を戻すと、自分達の役割に移るため、俺達は攻略進行組と商業運営組に分かれる事になる。ただ、攻略組は今回ウィセ、サヤ、マサ、ケン、ナッツ、ワスプ、それとクロノにくっ付いてカノンが攻略に向かっている。ラビットは言わずもがなだ。

 残ったタドコロ、スニー、俺ことルナゼスは、今回自由行動を与えられている訳で………。ぶっちゃけ暇してた。

 スニーは一人で何処かに消えたし、タドコロもタドコロでいつの間にか居なくなってた。一人取り残された俺はさてどうしようかと考え………、思い付かなかったので、とりあえず一層の≪デバチカ≫にでも寄ってみる事にした。

 何だか、俺まであそこの常連になってきてる気がしてちょっと怖いな………。

「ま、考え事する分にはちょうど良いかな?」

 あそこは≪ケイリュケイオン≫と違って騒がしいと言う程ではない。確かに面白い連中はいるが、基本的には静かだ。ジャスが容赦ないだけで殆ど問題は無い………っと思う。

 ともかく! アイリの事をこれからどうして行くべきなのか、この際ちゃんと考えておいた方が良い。全てはアイツを捕まえて事情を聞き出してから、っと思っていたが、だんだん事が大きくなってきている。クロノの時に思ったんだ。俺は直接見たわけじゃないが、アイツ自身から事情は聞いた。アイツみたいに自分の行いを責められ、謝罪できない状況に陥ってしまうと、それは本当に大事になってしまう。もしアイリが捕まったとして、本当に仕方がない理由があったところで、彼女が許されるとは限らないんだ。アイツのためにも、その後の事を考えておいた方が良い。

 そんな訳で転移門を潜り、第一層に訪れた俺は―――、

「やっほ~~♪ ルナ~~~!」

 横ピースでウインクかますアイリオンと対面した。

 それも転移門を潜ってすぐだ。

「ア、アアアア、アイリッ!?」

「イエ~~イッ! ちょっとテンション高めに応えてみたり?」

 満面の笑みで答えて見せるアイリは、今まで行方不明だったり、あっちこっちで騒ぎを起こしていたのが嘘の様な晴れやかさ。普通の女の子に笑い掛けられたみたいで、ちょっと可愛いと思ってしまった。

 いや待て! 何だか状況が解らないがこれはチャンスだ!

 せっかくアイリ本人と出会えたんだ。今ここで彼女から色々聞きだして、必要があれば、あんな事はもう止めさせないと!

「アイリ! お前一体今まで―――」

 「何をしていたんだ!?」っと聞こうとして、言葉は途中で中断させられた。

 いきなりアイリが腕を絡めて有無も言わさず引っ張って行くのだ。

「よしっ! それじゃあ出発ね!」

「へっ!? はっ! いや、そうじゃなくて………っ! ってか何処に行くっ!?」

「もちろん! デートに行くのよ!」

 可愛らしくウインクして告げるアイリはそのまま俺を転移門へと連れ戻してしまう。

 

 

 一体何処に連れて行かれるのかと思ったが、アイリに目的地と言う物は無かったようだ。最初は2層に飛んで、あっちこっちの店でお菓子を買い回り「まずい」だの「すっぱ!? お菓子じゃねえ~!」だの「甘過ぎっ!? お菓子の冒涜!」だのと騒ぎまくり、俺も一緒に同じ感想を抱かせるお菓子を味わされた。

 続いて3層では、いきなり鬼ごっこを始めやがった。建物の影に隠れて俺を呼び、追いかけて見ればいつの間にか別の場所に移動して、また呼ばれた。そしてまた追いかけての繰り返し。あんまり可笑しそうに笑いながら繰り返すので、一か八か先回りしてみたら、曲がり角で偶然の接触。俺の胸に飛び込む形になったアイリが「捕まっちゃった/////」なんて、小さく舌を出して見上げてきたりして、ちょっとドキリとさせられてしまった。

 4層に移動したら今度は遊びみたいな小クエストを幾つもやらされ、割の悪い御使いクエストを延々続けさせられた。

 こんな感じで5層、6層と、階を進め、10層では何故か懇切丁寧な説明付きの観光ツアーが開始された。やけに自慢げに―――、

 

「この階層はローレライをイメージされていて、本来なら6層で使われていた街の名前が丸ごと10層に移動したのよ。街の名前も、モンスターも、ローレライをイメージできるもので作られているの。ここからもう少し南に行った方には河があって、そこ周辺を散策していると、河からレアモンスター≪ローレライ≫って言う綺麗な女の子の姿をしたモンスターが出てくるの。コイツを倒すと超ド級のレアアイテムが手に入るんだから! その子もテイムできる対象だから、運が良ければ女の子モンスターをはべらせたりできるわよ! ………もちろんルナには関係ないよね! まったく無いよね? あるわけないよね? 無くて当然! だから少しでもテイムしようとか考えたら………首落としちゃうぞ?」

 

 ―――などと語られたんだが、最後の方はなんでか脅しになっていたぞ?

 何はともあれ、1層。俺達はいつかの様に、茜色に染まり始める≪はじまりの街≫を、二人並んで歩いていた。

 こうして無邪気に笑っているアイリと二人で歩いていると、まるで今までの事が嘘だったようにさえ思える。いっそ、本当に嘘だったら………。そんな気持ちを胸に抱き、俺はいい加減、彼女にそれを問いただす事にした。

「なあアイリ、お前、俺と別れてから、一体何してたんだ?」

「仕事」

 アイリは即答して俺の前を少し早足で歩く。

 それをゆっくり追いかけながら、見失わないように注意を払う。

「仕事って言うのはなんだよ? その仕事は誰かに迷惑かける必要はないんだろうな?」

 問いただすつもりで訊ねたにもかかわらず、どこか否定を望む様な口調になってしまった。俺はアイリに否定してもらいたい。その気持ちが少し滲んでしまったようだ。

 いや、どっちでも良い。問題は事実じゃなくて理由だ。

 本当なら何故アイリがそんな事をするのかを訊く。

 嘘なら何故そんなデマが流れたのかを調べる。

 ただそれだけの事だ………。

「ルナには何も迷惑かけてないよ?」

「俺じゃない。俺じゃなくて、別の誰かとかだ」

「ん~~~? その迷惑って………」

 アイリは適当に周囲を見回し、何かを見つけて目を細めた。その時、彼女の眼が、獲物を見つけた捕食生物に思え、俺は背筋に冷たい物が走ったような感覚に囚われる。

 次の瞬間、アイリは腰の剣を抜き放ち、近くを歩いていた男をソードスキルで斬り飛ばした。

「ぐっ!?」

 圏内で斬られた少年は、アンチクリミナルコードの紫色のエフェクトライトに弾かれ、地面を転がる。

「こんな事?」

 アイリが剣を肩に置きながら訪ねてくる。まるで、野球のルールを初めて聞いた子供が、実践してみて「こんな感じ?」と訪ねる様な気軽さに、俺の心が麻痺したように凍りついた。

「何やってんだよお前っ!?」

 心が凍りついたまま、俺は叫び声を上げていた。

 慌てて吹き飛ばされた少年へと駆け寄る。

「おいっ! 大丈夫か!?」

「っつぅ~~………っ! 『大丈夫か?』じゃねえっ!? いきなり喧嘩売るとかどう言うつもりだっ!?」

 当然、少年は怒鳴り返してきた。いくら安全圏内とは言え、いきなり攻撃されたらそりゃ怒るよな。

 身長約175、黒い髪のつんつん頭をした少年は、俺の差し出した手を怒りにまかせて払いのけ、自分で立ち上がる。1層に居るプレイヤーだが、どうやら救助を待つプレイヤーではないようだ。装備に7層以上で見られる様になったシルバー系のアクセサリを幾つか装備している。腕に装備している≪シルバー・ブラッソ≫は俺も装備してるので解る。攻略組では見ない顔だから、中層レベルのプレイヤーなのか?

「おいっ、そこの赤い奴! まさかいきなり斬り掛っておいてそれで終わりとか思ってないだろうな?」

 血走った瞳でアイリを睨む少年。対するアイリは軽薄とも言える笑みを浮かべて肩から剣を下ろす。

「さすがに一発じゃ解んないのよね~? むしろそうしてくんないとこっちが困るっ―――」

 アイリが腰を屈めた。

 まずい―――っ!!

「おい待て―――っ!」

「―――てばっ!!」

 俺の制止は届かなかった。届く前にアイリは飛び出し、少年に斬り掛っていた。

 少年もさることながら、背中に吊るした大剣を鞘に収めたまま前方にずらし攻撃を受け止める。一撃を防ぐとすぐに抜刀。両手でしっかりと柄を握り、油断無い構えを取る。その表情は、獰猛な肉食獣を思わせる笑みを湛えていた。

「………なんだ? やるのか? やっぱそうこなくちゃな!」

 彼の持つ大剣は≪カブレライトソード≫だ。仲間のスニーが8層のモンスターからドロップしたのだが、彼女は「この大剣、攻撃力が強い分、AGIにマイナス補正が掛るので私の好みに合いませんわ」と言って装備しなかったのを覚えている。

 同じ≪両手剣カテゴライズ≫の大剣を好んで使うナッツは、「この剣を単独で使いこなすプレイヤーがいるとしたら、ソイツはとんだバトルマニアだぜ!」などと言って一時自分で装備していた。今は「ピーキー品はステータスをピーキーにしないといかんからメンドイ」と言って別の武器に変えていたが、………果たしてこいつはどうなんだ?

 疑問を浮かべ、相手の実力を計っている最中、彼は剣を掲げながら叫ぶ。

 

【挿絵表示】

 

「俺はクローバーだ! お前はっ!?」

「………ルナ以外には名乗らない趣味なの♪」

 可愛くウインクしたアイリは、そのままクローバーと名乗った男に斬り掛る。

 完全に虚を突かれた俺は、その後幾つか行われた攻防を後になって理解した。俺が目視できたのは、アイリが斬りかかって、次の瞬間には互いに弾かれ合った光景だ。

 動きの影、軌跡を思い出し、二人が瞬時に行った攻防を頭の中で纏め、理解する。

 アイリが斬り掛った時、クローバーと名乗っていた男は、あろうことかその剣を前蹴りで無理矢理弾き返したのだ。圏内であるのでダメージは発生しないとは言え、このSAO(デスゲーム)で考え付く様な戦法ではないし、思い付いたところで思い切りよくやれるような行為ではない。だが、驚かされるのはそれだけではなかった。

 剣を蹴り返したクローバーが、大剣の刃をアイリの腹部に押し当てる様にして突っ込み、そこから剣の位置に合わせる様に空中に身体を投げ出し、無理矢理捻り、ソードスキルのモーションを完成させ≪アバランシュ≫を放った。トリッキーを通り越して気が可笑しくなりそうな戦術に対し、アイリは―――ソードスキルが放たれる前に刃にしがみ付き、発生したスキルに合わせて飛び退いたのだ。まるでクローバーの剣を射出台にして飛ぶような光景に、自分の思考がただの妄想なのではないかと疑いたくなった。

 空中を変な体勢でソードスキルを放っていたクローバーは、さすがに地面を転がる事になったが、瞬時に立ち上がり臨戦態勢を取る。

 アイリも俺のすぐ目の前で着地して、優雅に髪の束を一房払って見せる。

「そう言う戦術は、攻略組の一部のプレイヤーからトレースしたわ。アンタよりもあの“ウィセ”とか言う女や“カノン”とか言った………男? の方が上手かったわよ? ああ、でも“ゼロ”とか言う奴よりは褒めてあげる。個人的にはアイツには落とされた恨みあるし」

 可愛く膨れて見せるアイリに、クローバーの方は額に青筋を立てていた。俺としては挑発とも思えない台詞だったのだが、彼にとってはそうではなかったのか?

「俺が弱いって言いたいのか?」

 引っかかってるのはそこなのか………。

「そうでしょう?」

 事も無げに言うアイリ。

 まあ………、攻略組で彼の名前は聞かない。腕の立つプレイヤーとして俺が知れる限りの名前にも『クローバー』の名前は無い。俺の勘が間違っていなければ彼はソロだ。キリトじゃあるまいし、ソロで高位レベルをキープするのは序盤でも難しい。間違いなく彼は『強い』プレイヤーではないだろう。

 よ、『弱い』プレイヤーかどうかは別だと思うけどな………。

「上等だっ! 泣いて謝りたくなるほど徹底的に叩きのめしてやるっ!!」

 なんでかちょっとキレ気味に怒鳴られた。俺が………。

「なんで俺を見るっ!?」

「テメェが俺の事を“弱そうだ”って面で見たからだっ!」

 コイツかなりむちゃくちゃだっ!?

「ちょっと? 人の男に何アピールしてんのよ? ルナ? コイツ、ルナに色目使ってそうだから殺すね♡」

 可愛く笑って言われたがシャレにならない。コイツなら本気でやりそうで怖すぎる。

 後、色目は使われてねえよ。絶対。

 クローバーが剣を構え直し、アイリがそれに応じてゆらりと剣を構える。

 やばい………。こいつ等変なところで相性が良いぞ。放っておいたら本格的に止められない。そろそろ何とかして止めないと………!

 止める方法を頭の中で検討した時、突然横から声が張り上げられた。

「貴様ら~~~~っ!! 圏内で一体何をやっている~~~~っ!!」

 声を張り上げてやってきたのは、赤い髪を伸ばし、背中で括っている二十代前半の男だ。装備は重鎧と身の丈ほどのデカイタワーシールド、そして警棒にも似た鉄製の棍棒を持っていた。兜までしっかり被っているので顔は見えない。おかげで圏内に出現するNPC警備員かと間違えそうになった。だが、コイツは明らかにPCだ。カーソルもちゃんと確認できた。何よりケンと違って、あの“普通性”がない。イメージとしては正にアインクラッドの警備兵だが、本物の警備兵と同じ装備ではない。むしろ比べれば特別なタイプとも思える。それ故に解った。

 ………っと言うか、今気付いたが、彼の後ろから細剣を装備した状態のジャスさんと、盾と片手棍を持ったタカシさんも来ていた。うん、この人達絶対知り合いだ。NPCじゃない。

 ジャスさんの周りには、アルカナやテイトクと言った、居候&常連メンバーも来ていた。クロンちゃんがいないのは、さすがに巻き込めないと判断したからかもしれない。

「一体何の騒ぎだ!」

「第一層で勝手な事をするのは許さんぞ!」

 更に別方向から声が聞こえ、振り返ってみると≪アインクラッド解放隊≫の連中も集まってきていた。攻略組の彼等が一層に居るのは珍しいが、急激に仲間が増えてきているあそこの事だ。最前線では集まれる場所が無くなってきて、一層に降りてきたのかもしれない。

 ちょっとまずい事になってきた。ここに集まった連中は相当な人数だ。このままだと今までで一番の大事になりかねない。アイリを止めるべきか? いや、このさい、彼らの力を借りてアイリの暴走を食い止めるべきかもしれない。そうすれば、彼女もこれ以上の蛮行を犯す事は無くなるはずだ。後は俺が事情を聞いてギルメンに相談し、対処すればいい。

 っと言うかそれしかないと考えた俺は、アイリに投降を呼びかけた。

「アイリ、いくらお前が強いって言っても、この数だ。戦いは質より数だぞ。ここは現実じゃなくて、ゲームの世界だけど、HPを気にしなくて済む圏内ではそれも意味がない。………投降してくれ。事情があるなら俺が聞くから」

 いくら最前線で十近い攻略組を一人で立ちまわったアイリでも、ここは最もプレイヤーの多い第1層だ。もちろん、戦えないプレイヤーも多いが、今集まってきた連中はやる気満々だ。数で押してしまえば物量で押し潰すことだってできる。アイリもそれは解ってるはずだ。

「ふ~~ん………。ルナは私が負けると思ってるのね?」

 だが、俺の予想とは裏腹に、アイリの表情はどこか悲しげに俺を見つめてくる。その悲しさが、俺に対する物ではなく、自分に向けられているモノだと言うのはすぐに解った。

 “解った”事で“解っていなかった”事に気付いた。

「ごめんねルナ。私が本気を出さないから、ルナを不安にさせちゃったよね? でも大丈夫よルナ。私はこんな奴等に負けたりしないから! すぐに片付けて、デートの続きをしましょうね!!」

 頬が上気し、俺だけを見つめる虚ろな瞳。

 同じだ。あの時のアイツと同じ目だ。

 何故気付かなかったんだ俺はっ!? アイリが彼女と同じなら、俺が居る限り、アイリが降伏なんてするわけがないんだ! 例え、別の理由があって行動していても、この場に俺が居る限り、アイツは何処までも自分勝手に見せつけて来るに決まっている!

「これ以上ルナが不安にならない様に、私! 全力でコイツ等を排除するねっ!!」

「アイリッ! やめ―――っ!」

 

「システム―――ID―――………ッ」

 

 アイリが何事かを呟いた瞬間、黒い霧の様な物が彼女を包み込み、目に見て明らかな程にステータスが向上された。

「はっ! 何したか知らねえがっ! パワーアップしてくれたって言うなら逆に面白さが増したってだけだっ!!」

 クローバーが一人意気込み、様子を見る間もなく飛び出して行ってしまう。

「お前さん! 待ちよれっ!」

 ジャスさんが声を上げて止めようとしたが、もう遅かった。圧倒的に遅かった。

 一回、たった一回、アイリが剣を横薙ぎに振るっただけ。それだけでクローバーは現実味がない程に吹き飛ばされ、近くの建物の屋根まで飛んで行ってしまった。微かに聞こえた物音が、クローバーが屋根に激突したのだと言う事を教えてくれた。

 なんだこれは?

 そんな疑問を抱いたのは俺だけじゃなかったはずだ。

 そして、その疑問による隙が、致命的となった。

 飛び出す赤い閃光。

 閃光に弾き飛ばされ、盾持ちの警備兵もどきのプレイヤーが跳ね飛ばされた。それこそ大型トラックに跳ね飛ばされたかのように。

 閃光はそのまま正面のジャスさんをソードスキルで真直ぐふっ飛ばし、間髪入れずに周囲一帯を横一閃。彼女を中心に剣閃の軌跡のサークルが生まれ、一瞬後には紫色の光と共に周囲のプレイヤーが皆吹き飛ばされていた。

 ここに来てやっと我に返った≪解放隊≫の、確かシンカーと名乗っていた男が指示を出す。

「そ、総員、彼女を取り押さえ―――ッ!」

 閃光が柱の如く天へと奔った。

 まるで赤い閃光となって消えたかのように見えたと思った時には、彼女は≪解放隊≫の陣中央に着地していた。着地の衝撃で軽い風圧が巻き起こり、同時に放たれる連続ソードスキル。風圧その物が攻撃であったかのように誤解してしまうほど鮮やかな連続攻撃に、次々とプレイヤー達が吹き飛ばされて行ってしまう。

 こんな状況でも、必死に立ち上がったタカシ、ジャス、シンカーが、指示を飛ばし、何とか態勢を整えようとするが、遅い。いや、アイリが早い(、、)。対応されるより早く、彼女は止まらぬ閃光となって動き続け、次々とプレイヤー達を薙ぎ払い続けた。そして―――、

 

 

 

「はい、おっしまい!」

 アイリは剣を腰にさし、一仕事終えた様に微笑んできた。

「凄いでしょルナ? これで私の心配なんてしなくて良いって解ってもらえた? もちろん解ったよね! 解ったからもう言葉なんていらないよね! ああ~~でも残念! そろそろ仕事に戻らないと~~! でもでもっ! 安心してね! 今もう一人、当たりを見つけたから! たぶん近い内にルナと一緒にいられるわ!」

 そう言いながら、地面に倒れて唸っているテイトクの頭を適当に踏みつけた。その行為には、遠慮は愚か、悪意さえ見て取れない。まるで路傍の石を踏みつけるかの如く、意思が伝わってこない。

「コイツが当たり。たぶんこっちはこれで全部。私の仕事は後二つ………。きっと、もうすぐ終わるから………! それまで待っててね、ルナ………♡」

 生気を感じさせない瞳で嬉しそうに笑い、彼女はそのまま何処かへと去って行った。

 俺は、追う事が出来なかった。

 動く事も、出来なかった………。

 だって、今、俺の目の前には、アイリとの戦闘で気を失ったプレイヤー達が、何人も地面に倒れ込んでいたのだから。

 

 そう、それは………、まるで、俺の彼女がいつぞや見せた、クリスマスの鮮血の記憶の様に………。

 

 

 

 3 復讐者(アベンジャー)

 

 

 

 物語は僅かに遡ります。

 10層迷宮区でサヤさん達がキリトくん達を助けていた時、(わたくし)スニーは、偶然迷宮区の奥を歩いて行く人影を確認していました。

 一度皆さんを迷宮区の外までご案内した後、私はなんとなく気になって迷宮区へと一人で舞い戻っていました。

 最前線をソロで挑むのは無謀が過ぎますので、極力モンスターとの戦闘を避け、奥へと進んで行くと、誰かが一人で攻略している姿が見られました。まるでキリトくんの様な無茶をする方がいたものだ。嘆息しながら歩み寄り、その相手を確認しましたところ、それは黒い髪の同い年くらい少年でした。ですけど、とてつもなく危機迫った印象を与える戦いで、怖い印象を与える方。そしてどこか、その瞳に痛々しい悲しみが垣間見える方でした。

「――――ッ!!!」

 声の無い気合を放ち、彼は手に持つ短剣で半漁人みたいなモンスターの首を切り落としました。そのままポリゴン片となって消滅していく姿を見送り、彼は軽く息を吐きます。

 一瞬遅れて私に気付いたらしい彼は、(おもむろ)に振り返りました。

 改めて見ると、彼の姿って異様ですわね? 全身を黒タイツで覆い、腰に巻いたボロ布だけが唯一の服らしい服。顔は骸骨に似た仮面で隠しどんな顔立ちなのかさっぱり分かりません。っと言うよりも怪しさ抜群で、盛大に引きますわね。仮面の奥の瞳は、まったく容姿に見合っていませんのに。

 おっと、とりあえずご挨拶と行きましょうか?

Guter Morgen(こんにちわ).通りすがりのSchatten Mann(影男).さん♪」

 スカートの端を軽く持ち上げ膝を折る様にして笑い掛けて異国風にご挨拶。私、生粋の日本人ですけどね♪

「………(フイッ」

 

 スタスタスタスタ………ッ。

 

「…………」

 顔逸らされて思いっきり無視されました。しかもそのまま歩き去ろうとしています。

 なんですか? なんですかっ!?

 せっかくサービスして優雅に挨拶して差し上げましたのにっ! 無視はあんまりだと思いませんっ!?

 ニッコリ笑顔を崩さないまま、ちょっと負けた気分を味わい、額の辺りがヒクヒクしてきました。必死にポーカーフェイス。ちょっと後を追いかけます。

 黙って彼の後を堂々とつけること数分。チラチラとこちらを窺っていた≪シャドーマン(影男)≫さんは、痺れを切らしたように立ち止って振り返りました。私、スマイルだけで対応。

「(ニッコリ)~♪」

「…………」

「(ニコニコッ)~♪」

「………。(フイッ」

 またっ!? またですかっ!? 笑顔で堂々と後を付けてくる怪しい美少女に対してツッコミも無しなのですかっ!? なんて寂しいッ! 私もですけど、アナタもかなり寂しい方ですねっ!

 スマイル崩さず、私はニコニコ付いて行きます。

 なんか、会話が成立しないと、負けた気がしてくるんですよね………。

「………(チラッ」

「(ニコニコッ)~♪」(努努努努っっっ!)

「………(フイッ」

「(ニッコニコッ)~♪」(怒怒怒怒怒ッッッ!!)

 スマイルスマイル! ここで退いたら、後で泣きそうな気がするので、私精一杯笑顔で通します!! なぜこんな事、黒タイツ相手にやっているのか、だいぶ疑問に思えてきましたけど、考えたら負けな気がするんですのッ!! 私は勝って見せますわ! 勝敗条件とか全然解りませんけど!

「……………。~~~~………っ!」

 

 ダッ!

 

 あ、逃げましたわ………。

「待ちなさいっ!」

 追いかけて角を曲がりましたが、その時には既に≪シャドーマン≫さんはいらっしゃりませんでしたわ。

 考えて見ればあの全身タイツ。隠蔽(ハイディング)のボーナス効果があったのかもしれませんわ。

 SAOの装備は見た目通りの効果を持つ物が多いです。軽めの武装なら明るい色。重めの武装なら濃くて暗い色。防御力のありそうな盾ほど大きく分厚い。同じ≪両手剣カテゴライズ≫でも≪長剣タイプ≫より≪大剣タイプ≫の方が攻撃力が高い。―――などと言った様に、見た目を裏切る様なアイテムは見受けられません。あの全身黒タイツ姿には、どう見ても俊敏で、影などに隠れるに最適な姿に見えました。隠蔽(ハイディング)のボーナス効果があってもおかしな話ではありませんわね。

 そうなると、わたくしの≪索敵(サーチング)≫では見つけられるような気がしませんわね。ここまで本気で逃げられると、勝ち負けも感じなくなって不戦勝と言う感じに白けてしまうのですけど………。

「ここで諦めるより、追いかけた方が楽しそうですわよね?」

 

 

「…………」

 ≪シャドーマン(影男)≫さんが通路から顔だけを出して、先程まで自分が歩いていた後の通路を確認していらっしゃいました。

「誰かお探しですの?」

「っ!?」

 ずっと通路を確認していらっしゃったので、そう訊ねると、彼はビックリした御様子でこちらを見ました。

 不思議と仮面で見えないはずの表情が、すごく私好みに歪んだように思えました。

「………っ!!」

 私がニッコリスマイルを向けていると、≪シャドーマン(影男)≫さんは、一目散に走り出してしまいました。私も追いかけ、通路を折れ曲がると、また彼の姿は見えなくなってしまいます。≪索敵(サーチング)スキル≫が高ければ、通路を折れたくらいでカーソルが消失したりはしないのですけど………、こう言う時は面倒ですわね。

 私は面倒を増やしてくれる≪シャドーマン(影男)≫さんに対して呆れと憤慨の意味を込めて小さな溜息を洩らします。そして適当な通路の影に向かってニッコリと笑顔。

「このかくれんぼ、見つけたら何か御褒美でも貰えるのかしら?」

 軽く手を振って訊ねると、物陰から飛び出してきた≪シャドーマン(影男)≫さんが、また別の通路へと逃げ込みました。もちろん私は後を追いましたわ。

 今度の通路はちょっとでこぼこで、洞窟感がある場所ですわね? っと言うよりも、この階層の迷宮区は、何処も鍾乳洞と言った雰囲気がありますので、登っているはずなのに

地下に居る気分になりそうですわ。

 あら? アインクラッドは各階層の間を柱の様な迷宮区があるわけですから、上の階層からしてみれば、ここは正に地下なのかしら?

「それで、御褒美は貰えるのかしら?」

 私は当たりを付けた壁の上、僅かに人一人分が隠れられそうな物影に向かって問いかけます。今度はすぐに出て来て下さらないので、しばらく見つめていると、≪索敵(サーチング)≫の効果で、≪シャドーマン(影男)≫さんの姿が少しずつ明らかになって行きました。

Guter Morgen(グーテンモルゲン).♪」

 パチリと片目でウインクを飛ばすと、≪シャドーマン(影男)≫さん慌てた様子で飛び降り、通路を真直ぐ走りはじめました。今度は私が追いかけて通路を曲がっても隠れたりせず、純粋な速度で撒こうとしてらっしゃいます。

「今度は鬼ごっこですの? 走るのはあまり好きではないのですけど………!」

 そう言いながら私はゆっくり追いかけます。途中出現したモンスターを無視して疾走する≪シャドーマン(影男)≫さんは、結構なモンスターにタゲを取られていましたが、その素早さで何とか戦闘せずに潜り抜けてしまったみたいです。潜り抜けた先で脚を止めた彼が、一度こちらを振り返ります。逃げられたと判断したモンスターがタゲを外し、私と彼の間でうようよと密集していらっしゃいます。

 あ、今なんとなく、仮面の奥で勝ち誇った様に笑われた気がしましたわ。

 内心、ちょっとカチンッ、ときましたので、本気を出す事にしました。

「うふふっ、うふふふふふっ♪」

 優雅にステップを踏みながら、私はモンスター達の索敵範囲の死角へ身体を滑らせ、踊る様に通過していきます。対モンスター≪ミスディレクション≫による、索敵通過。人と違ってモンスターのアルゴリズムの死角を突くのは、一人だとかなり大変なので、今まであまり使わなかったのですけどね。なんか本気出してモンスターの群れを素通りしちゃいました♪

「お粗末さまでした♡」

 舞を見せた令嬢の如く優雅にお辞儀して見せると、仮面の上からでも解る程に≪シャドーマン(影男)≫さんが顎を落としていらっしゃいました。あら可笑しい♪

 それでも彼のプライドが許さないのでしょうか? 視線を外してツカツカと歩き始めてしまいます。

 ここまで無視されると最早清々しい限りですわね。こんな美少女が大変骨を折って追い掛けて来ていると言うのに、労いの言葉どころか罵声も拒絶もないんですから。

「………って、あら?」

 かと思ったらだんだん歩調が早くなってますわね? 案外往生際の悪い………。まるで子供ですわね。

「またかくれんぼですの? それとも鬼ごっこ?」

「~~~~っ!」

 私の質問を無視して走り出す≪シャドーマン(影男)≫さん。もう無言に慣れた私の方は挑発のつもりでなおも質問攻め♪

「隠れるのは止めた方が良いですわよ? 隠れる事に関しては私の専売特許ですから、アナタ程度が何処に隠れようとするかくらいよ簡単に予想できますわ!」

 まあ、百発百中はさすがに出来過ぎだったのですけどね。嘘も方便ですわ。

「鬼ごっこは長く続きませんわよ? 私と持久戦になるだけですわ!」

「~~~~~っ!!!」

 通路を曲がった≪シャドーマン(影男)≫さん。私が追いかけると、また彼の姿が消えていました。隠れた? いいえ違いますわね。

「今度は高鬼でしたか?」

「………」

 私が見上げた先には、別のルートから渡れるらしい通路がありました。どうやら下になっているこの通路から、上の通路へショートカットした様子です。結構な高さで私の三倍はあるのではないかと言う高さを、どうにかして登ってしまった様です。彼のスキルでも、私のスキルでも、到底登れるような気がしませんわね? 一体どんなカラクリを使ったのでしょうか?

 私が表情に出さず笑い掛けていると、彼も様子を窺うように見降ろしていらっしゃいます。仮面の奥の瞳が「まさか、この高低差まで越えてこないよな?」っと不安げに揺れているように思えました。

 う~~ん、そんな目をなされると是が非でも期待に応えて差し上げたくなりますわね~~?

 どうやって登ろうか、一つ二つ手段を思い付いたところで、私は背後の気配に気づきました。

「………うふふっ、まずはこちらの相手かしら?」

 私の後ろに、三体の半漁人が槍を構えて迫ってきています。生憎逃げ場もない事ですし、これは戦うしかなさそうですわね。

「それにしても、最前線でソロ戦闘とは………、これはさすがに………うふふっ♪」

 ちょっと、失敗してしまったかもしれませんわね♡

 私は危機的状況に立たされてしまった事が可笑しくて、笑顔を浮かべた。

 皆さんをからかっていた時と同じ笑顔で、本当に心から笑った。

 

 

 

 なんなんだこの女は?

 何故か追いかけられていた俺は、少女が戦う姿を見てそんな疑問を抱いてしまっていた。

 ここは最前線の迷宮区。例え攻略組でもソロで挑むのは困難を極める様な場所だ。訳あってここに一人で訪れた俺だって、充分な用意と、戦うモンスターの数に最大限の注意を払って挑んでいた。だからこそ何とか迷宮区を移動出来ている。

 だが、これでモンスターに囲まれたらもう終わりだ。一も二も無くさっさと≪転移結晶≫を使って脱出する。そうしないと命が危ない。俺は、こんな所で命を落とすわけにはいかない。どうせ落とす命なら、しっかりと使い切るべき場所で使い切る。

 いや、俺でなくても、五体のモンスターに囲まれれば、逃げ出す以外の選択肢は無いはずだ。それどころか逃げられるかどうかも怪しい。死んでしまう事の方が当然だ。

 それなら怖がって良いはずだ。

 混乱して、錯乱して、恐怖に震えたりしても良いはずだ。

 なのに何故あの少女はそうならない? いつまでも微笑みを絶やさずにいられる?

 これが手練だと言うのならまだ納得はする。だけど、この女は攻略組ではあれど、ソロ上がり出来るような人物ではないようだ。さすがに現状を打破できる何かを持っている訳でも無い。

 なのに笑っている。

 半漁人の槍が彼女の体を掠め、時には諸に打撃技を受けたりなどもしているが、彼女は優雅に笑い続けている。攻撃を受けた時の不快感はあるようだが、命の危機が迫っている自覚がないように思える。上から見ていて舌を巻くほどに上手く立ち回ってはいるが、HPバーは順調に削られ、助からない事を予言しているかのようだ。

 このままだと死ぬ。確実に死ぬ。それでも彼女はただ優雅に笑っているだけ………。

「くっそ………っ!」

 このまま死なれたら、まるで俺がPKしたみたいじゃないか! ふざけやがってっ!

 俺は、通路から飛び降り、彼女の背中を狙っていた半漁人を≪クレセント・ダガー≫で斬り付け、彼女を助ける。―――と、

 

 ひしっ、

 

「捕まえましたわ♪」

 俺は少女に腕同士を絡められ、魅力的なウインクを肩越しに送られてしまった。

 くそっ! なんかよく解らないが盛大に負けた気分だ!

 

 

 

 私から逃げるために高い場所に逃げた黒いお猿さんは、私を助けるために戻ってきてしまいました。正直HPバーが赤色に変わってしまっていたので助かりましたわね♪

 ですけど………、それはそれ、これはこれ、ですわ♪

 モンスターを全滅させるまでの間、私は掴んだ腕を一度たりとも放す事は無く、しっかりと彼をホールドしておきます。手首の関節を決めている事に他意はありませんわよ♪

「さあさ、助けて下さった≪シャドーマン(影男)≫さん? ここはお礼に一つ、顔を見せては下さりません?」

 立場が逆だと言う言い訳は聞きませんわ。

「もしくは、その趣味の悪い黒タイツを虹彩色か、モザイクにさせては下さりませんか?」

 もはや≪シャドーマン(影男)≫の呼び名も無視ですわ。

「………」

「うふふっ、そんなに黙ってしまって………、意外と初心なお子様なのかしら?」

 諦め悪く沈黙を押し通すので、勝手に理由付けしてからかってみたりします。

 この間、彼の空いている片手と、私の空いている方の手が、短剣を手に、超至近距離での斬り結びを演じていようと、私のスマイルを崩す事はできませんわよ! 当てるとカーソルがオレンジになるのは知っていますから防戦一方ですけど結構余裕ですわ。

 

 ひゅぴ………っ!

 

 ハラリ………ッ、

 

 ま、まったく………っ! 頬を掠めて髪の毛が数本切れちゃったじゃないですの………っ? お、女の子の髪を切るなんて………っ! なななっ、なんと言う失礼な方なのでしょう………っ!?

 動揺してませんわよ! 本当ですよっ!?

「………っ!」

 彼は、短剣の刃を弾き合うと、苛立たしげに虚空を切り裂き、仮面の奥の瞳で私の事を真直ぐ睨み据えました。

「俺に構うな、話しかけんじゃねぇ………っ!」

「………」

 あ、喋りましたわ。

 ………。

 あ、なんだかすごく満足しました♡

「はい♪」

 私、あっさり手を放して満面の笑みを浮かべます。別に、放した手で全力のガッツポーズを取っている事に他意はありませんわよ。ええ、この上なく勝った気になってるなんてそんな事微塵も思っていませんわ♪ 負かしてやったという気分に浸っているだけです♪

 私の態度がふに落ちない御様子の≪シャドーマン(影男)≫さんは、仮面の奥で渋面でも作っていそうに私を見つめていました。だから私は下唇に人差し指を当てて片目を閉じ、悪戯っぽく笑って差し上げます。

「うふふっ、言葉って大切ですわね? 意思が伝わらないとドンドン人の心に土足で踏み込まれてしまうのですから♪」

「………! ………、悪かったな。だけど俺は、誰かと話したい気分じゃないんだ。だから―――」

「ですが私は、意思が伝わっても全力で他人の庭を踏み荒らしますけど♪」

「一瞬でも謝った俺がバカだったっ!」

 うふふっ♪ なんでしょう? この人を喋らせると、なんか勝った気がしてきますわ♪

 彼は、色々疲れた様な諦めたような溜息を吐くと、ぶっきらぼうに訊ねてきました。

「なんで俺に構うんだよ?」

「うふふっ、アナタ個人に対して理由があると思ってるんですか? 自意識過剰ですわね♪」

「俺に用もないのに追っ駆けてくるのかお前は?」

「人の事を徹底的に無視する方と、殆ど変わらないと思いますけど?」

「俺の場合は誰にも迷惑かけてないだろうっ!?」

「まあ素晴らしい。挨拶した方に挨拶を返さない事が失礼でないと思っているんですの?」

 あら? 何故私達は口喧嘩みたいな事になっているのかしら?

 いえ、別に怒っている訳ではないのですけど、何だかお互いムキになってしまっている様な?

「………ともかくっ! もう俺についてくるな」

「ああ、ええ。それはもう、満足したので」

「そうか。じゃあな」

 そう言って踵を返そうとした彼。直前、思い出した私は彼の腰から伸びる黒い外套を、下から思いっきり引っ張って止めました。

 引っ張られた彼は、盛大につんのめって、地面に向かってとても熱烈な抱擁を果たしていました。まあ、なんてお熱い事でしょう♪

「やっぱりちょっと待ってくださいな」

「て、てめぇ………っ!?」

「一つ言い忘れた事がありまして」

「この期におよんでなんだよ!?」

「いえいえ、逃げていたくせに、私と一緒にモンスターを倒してくれたじゃないですか? それについて、人として最低限の感謝を述べなければならないと思いまして」

「別に礼なんて良い。どうせお前一人でどうにかしていたんだろう」

「はい? いいえまったく。そんな事はありませんでしたけど?」

「その割にはずいぶん楽しそうに笑っていたじゃないか?」

 まあ、確かに普通の人から見たら異常に見えるのかもしれませんけどね?

「それを言いましたら、アナタだって………。私と一緒に戦っていた時、まともなプレイヤーがやる戦い方とは思えませんでしたわ。アレはまるで………、そう………」

 まるで対人戦術。私が短剣装備を使う時と同じ、殺しに特化した技術。それもデュエルではなく、正真正銘の殺し合いを想定しているかのような戦い方。

 私の言葉に対し、彼は仮面の奥で自嘲の様に笑った様な気がした。

「良いんだよ。俺はあれで………、俺は―――」

 その時の彼を見た時、私は胸の内にハンマーで殴られたような衝撃が走った気がしました。

 

「俺は………、奴等を殺す為だけに生きている」

 

 胸の奥が、鼓動を打ちました。

 恋する瞬間に巡り合った乙女の様に、私の胸は惜しげもなく弾む。

 自然、私は表情が和らいでしまうのを感じていた。

 そんな私の表情に、訝しんだのか、彼は怪訝な様子で見つめてきます。

 だから私は、不思議なくらい優しい気持ちで、彼に応えていたのです。

「そう、アナタは≪Schatten Mann(シャドーマン)≫ではなく≪Avenger(復讐者)≫でしたのね」

 私は、憧れたヒーローに出会った子供の様に、尊敬の眼差しを送りながら、彼の仮面に覆われた頬を撫でていました。

 

 

 

 4 悪夢(ナイトメア)

 

 

 

 結局俺は何もできなかった。

 アレだけ近い場所に居たのに、アイリを止める事も、何かを聞き出す事も出来なかった。

 なんて無力なんだ、俺は………。

 ギルドホーム(仮)に戻った俺は、部屋のベットに寝転がり、天井の染みを数えてみたりしながら、欝屈とした後悔を引きずっていた。

「どうしたルナゼス?」

 ぼうっとしていたら同室のクロノに声を掛けられた。

 ≪ケイリュケイオン≫も大所帯になり始め、男子組は三人一部屋になるのも珍しくなくなってる。俺とクロノ、ナッツは同室になっている。今、ナッツは夜の狩りに出かけていて、この部屋にはいない。昼間も狩りをしてたはずなのに、とんだバトルマニアだなアイツ。明日はフロアボス偵察部隊に参加する事になってるんだけど、大丈夫なのか?

「どうしたって、なにがだ?」

「暗い」

 端的に言われた。指摘されるほど暗くなってるかな、俺?

「悩み事があるなら聞くぞ? 俺としてはお前に恩があるしな。相談くらいで返せるとか思ってねえけど」

「いや、別に悩みとかそう言うんじゃ―――」

 無いわけもないんだがな。

 アイリの事を考えると、どうしても憂鬱になってしまう。特に今は、アイリから別れ際に言われた言葉がすごく気になってるんだよな………。

 

『たぶん近い内にルナと一緒にいられるわ!』

 

 あの言葉はどう言う意味だったんだろう? もうすぐ仕事が終わると言う事は、これでアイツも悪さをする必要が無くなると言う事だろうか? 俺の元に戻って来てくれると言う事で良いんだろうか? そうであってほしい。けど、俺はどうしても、あの言葉に不吉な気配以外を感じ取る事が出来なかったんだ。俺に、もう追いかけるなとも言っていたらしいし、何だか不安ばかりが募って行ってしまう。

「彼女の事か?」

 黙ってしまう俺に対し、ストレートに問いかけてくるクロノ。おかげでギクリッ、みたいに心臓が鳴った。

「別にアイリは彼女じゃねえよ」

「アイリオンの事とは言ってないけどな」

 嵌めたつもりか? 他に該当できそうな女子など俺にはいないぞ。サヤもウィセもスニーもラビットも、仲間ではあるが、『彼女』と言う単語で誤解される可能性があるほど親しい仲ではない。アイリ以外にその言葉に該当しそうな親しさを持つ相手がいないんだから、そうとしか答えようがないだろう?

「まあ、アイリオンの事だろうとは思ってたけどな」

「………」

 え? あれなに? どっちにしてもお見通しだと? なんだこの敗北感?

 まあ、意地を張っても仕方ないので素直に相談するとしよう。

「そのなぁ~、何と言うか………、まあその通りで………」

 俺はベットから上体だけ起き上がると、苦虫を噛み潰した気分で話し始める。

「アイリのやってる事は、理由は解らんが、悪い事には違いない。それに、どうもアイツは『悪い事をしている自覚』ってのもない感じだったし………。何か理由があって、それを解決する事が出来たとして、その後一体どうしたらいいのかなぁ~って、考えちまってて………。もちろん、それ以前に解決する方法さえ思い付いていないわけで、それがなおさら混乱に拍車を掛けている訳で………」

「つまり、もうどうして良いのか解らなくなって、何処から手を付ければいいのか、そもそも何から悩めばいいのかも解らなくなっていると?」

「そんなところ………」

 アイリを助けたい気持ちに変わりは無い。だが、昔の彼女と重なるアイリに、俺は何かをしてやる事が出来るんだろうか? あの時だって、恋人と言う最も近い存在でいながら、ただ成り行きを見守る事しかできず、何の言葉も掛けてやる事が出来なかったというのに………。

 多少落ち込み気味になってしまった俺に対し、しばらく考える素振りで黙っていたクロノは、何かを思いついたのか、ゆっくりと口を開いた。

「俺さ、第1層でデスゲーム宣言された時、怖がって閉じこもる様なことしちゃいけないと思ったんだ」

「クロノ?」

「今でも1層に残って怯えて暮すような連中と一緒になったら、一生を費やすだけで終わっちまう。それじゃダメなんだ。何かを求めるなら、自分達の脚で踏み出していかなきゃいけないんだって………。そう思ったから、俺は一緒に来てた友達と一緒に数人を説得して≪はじまりの街≫を出たんだ」

「なあ、クロノ? なんだよいきなり?」

「まあ、聞けって」

 クロノが何を言いたいのか解らず問いかけるが、逆に憮然とした表情で返されてしまった。なんだよもう………っ。

「だけどよ………、お前も知ってるとおりさ、俺の仲間は次々とやられて行っちまったんだ。SAO初心者って事もあるけど、正直このゲームを甘く見てたんだろうな………。何よりデカイミスはさ、俺がリーダーやっちまった事なんだよ」

「いや、でも………!」

 否定しようとしたが、次の言葉が見つからなかった。確かにクロノは戦闘向きだとは思うけど、指揮官向きではない。クロノが引っ張って行ったメンバーに、知恵者がいなかったとしたら、きっと苦しい戦いを強要された事だろう。クロノ自身がそれに途中で気付いたとしても、SAOは他のオンラインゲームと違って『魔法』と言う概念がない。それはもちろん、回復能力と言う物が存在していないのと同じだ。回復アイテムを使う事を失念したわけではないだろうが、前衛後衛などの位置取りを考えるのは、慣れるまで大変だったはず。精々すぐ解ったのはタンクタイプと積極的な近接戦闘タイプくらいだ。後方支援役など、見てすぐに解るモノじゃなかっただろう。ここが≪剣の世界≫だと言う事を正しく認識できるまで、どれだけの時間を使ったのか………。

 クロノは一生懸命やっていたのだろうが、結果として、仲間を全滅させてしまっている。この結果はどうしたって覆らないんだ。生半可な言葉で救われる筈もないし、気軽に慰めて良い様な事でも無い。

 結局黙ってしまう俺に、クロノは優しく微笑み返してから続ける。

「俺だって、悩まなかったわけじゃねえんだよ。俺の事をずっと信じてくれる皆が、一人、また一人って消えて行って………、おまけに、俺は最後まで信じてくれた友人を裏切って、仲間を全滅させちまった。だからアイツも………クラマも怖くなっちまったんだろうな………。このまま俺について行ったら、自分も死んじまうって。最後が自殺だったのは、アイツ自身、この世界に耐えられなくなっちまったからなんだろうな。そしてそれは、間違いなく俺がそうさせた事だ………」

「………」

「どんなに自分が最善を尽くそうとしても、俺達人間はどっかで失敗しちまう。だから今度は失敗しない様にって考えて、それでもやっぱり失敗する時は失敗する。そうして失敗が続くとさ、自分では冷静なつもりでも、何処かで狂っちまうんだろうな? その結果がオレだったりするわけさ………」

 クロノは自嘲気味に笑った。

 自分が一人でボスに突っ込んで行った時の事を言っているのだろうとすぐに解った。

「俺にはお前の悩みをどうこうする事はできそうにない。下手な事言っても、余計お前を追い詰めるだけだと思う。だから俺に言える事はこれだけだ………」

 そしてクロノは、真面目な顔で俺に言う。

 

「考え過ぎて、俺みたいにはなるなよ」

 

 その言葉の重みがどれほどの物なのか、俺には痛いほど理解出来た。

 出来たから、俺は黙って頷き、笑って返した。クロノも笑って返してくれた。

「よぉ~~! 今帰ったぜぇ! ………なんだお前等? 何良い感じに見つめ合って笑ってんだよ?」

 ナッツが帰ってきて怪訝な表情をするが、俺達は互いに笑うだけに留め、気になりだすナッツをからかいながら夜を過ごしたのだった。

 うん。俺もアイリの事を考え過ぎないようにしよう。助ける事は変わらない。でも、考え過ぎて溝に嵌らない様に心がけよう。きっといつか、アイリを助けて、この≪ケイリュケイオン≫で、アイツと一緒に笑い合える時が来るよな?

 

 

 

 翌日、第10層フロアボス、ボス部屋前。

 偵察と言っても、ボス相手に偵察できる実力者は攻略組にしかいないわけで、アイテムが消費される前提で挑む事になるので、攻略組関係のギルドは、この偵察行動をあまり好いていない。そこで機能するのが、本来俺達のギルド≪ケイリュケイオン≫なのだが、今はまだ、それらを完全にバックアップするだけの組織としては完成されていない。精々、偵察時の消費されたアイテムを通常よりも安値で提供すると言うくらいだ。その辺の価格をどうやってやりくりしているのかは、俺にも、あのウィセにも解らないそうだ。彼女曰く、「経済は私の管轄外ですから」だそうだ。そっちについてはサヤとラビットが全面的に担当しているらしい。

 まあ、そんな訳で、出来るなら偵察でアイテムを消費し、ボス攻略に余計な時間を掛けたくない攻略組は、完全フル装備で参加し、偵察ついでに可能ならそのままブッ倒しちまおう。ってなノリで来ている。

 今回、攻略メンバーは≪アインクラッド解放隊≫から二パーティー、≪聖竜連合≫から二パーティー、≪ボルケーノ≫から一パーティー、≪ケイリュケイオン≫から一パーティー、今回初参加の≪スペシャル・ウエイポン≫一パーティー、そして在野組から一パーティーだ。≪スペシャル・ウエイポン≫は四人パーティーだったが、在野組から二人引き抜いて、フルレイドにしたみたいだ。

 ≪ボルケーノ≫のメンバーも、前とは少し顔ぶれが違う。キサンと北海いくらのギルメン二人は当然、タンク役のクドも一緒の様だが、もう一人、盾持ち片手剣の大人の女性シナド、今回は槍を持っているアマヤが、前回参加していたアルク、アレンの代わりに参加している。

 ≪スペシャル・ウエイポン≫のメンバーはメガネに白衣を着た短剣使いのゼロをリーダーに、同じくシーフと見えるシヨウ。タンク役のタケ。ニコニコ笑顔がデフォルトらしい両手棍使いのフウリン。そして、ギルドマークの無い在野組からの引き抜き、今回はこっちに引き抜かれたらしいカタナを腰に帯びたアレン、これまたシーフらしい随分胸の大きなサイドテールの少女。以前、アマヤからの要請で助けに行った時に見かけたヴィオと言う子だ。それにしても………本当にデカイな。見ない様にしているのに、どうしても見てしまうメロン並みの巨乳の持ち主だ。

 いやいや、そんな話はどうでも良いんだ。変な脱線は止めよう。

 在野組は、今回はキリトがリーダーを務めている様子だ。他は、細剣使いで未だにフードのアスナ、今回は両手剣のテイトク、在野組に移ったらしいアルク、そしてサヤくらい小さな女の子が加わっていた。セリアと言うらしいくすんだ金髪の小柄で痩せっぽっちな女の子は、翠の瞳をぼうぅ~~………っ、と宙に向けている。武装から見るに、この子もシーフかな? ―――ってあれ? 一人足りないぞ? もう一人は何処だ? 確かサスケって名前の奴だったらしいんだけど………?

ま、まあいいや。

 そして俺達≪ケイリュケイオン≫のメンバーはリーダーをサヤに続き、カタナ装備のウィセ、タンクのマサ、同じくタンク装備のワスプ、そして俺と、何故か居るタカシだ。

「なんでタカシが居るんだ? しかも今回はやたらとタンクよりだけど?」

「偵察が主の目的だからだよ! あと、攻撃的なメンバーはまた暴走するだろうから守備的なメンバーでちゃんとした大人を入れたいってウィセからの提案!」

 俺の疑問にサヤが元気に手を上げて答えてくれた。

 ウィセ、迷惑掛けてごめん………。

 今回はやたらと女性メンバーが増えた様な気がするが、攻略組に登ってくる女性プレイヤーが増えたと言う事なんだろうか?

 そんな程度の疑問が浮かぶくらいで、何か目立った自体も無く、偵察目的のボス戦へと移行した。

「今回のレイドリーダーを務める事になったキバオウや! 今回は偵察が目的や! そやから、ボス戦参加メンバー以外にもボス部屋外で一パーティー待機しとる!」

 なるほど、待機組を付ける事で外側から敵の動きを観察する存在を作ったわけか。これならより早くボスのアルゴリズム解析に挑める。

「せやけど、もしいけそうやったらそのままボスを倒してしまいたいんが本音や! お前等もそのつもりでおれよっ!」

 キバオウの檄に皆が「おーっ!」と声を上げて返す。

 キバオウが扉を押し開き、戦闘を切って走り込む。

「戦闘開始や~~~っ!!」

 一斉にメンバー達がボス部屋へと突入していく。

 ボス部屋は、今までと同じ、円状に広いだけのフロアに思える。違いがあると言えば、周りをぐるりと囲う様に水が流れている事だろうか? 浅い水路が幅広に取られ、その上に立つ事もできそうだ。特に気に掛ける内容でもなさそうだな。

 

 パチパチパチッ!

 

 唐突に聞こえる拍手の音。

 俺達の正面、まだ薄暗いフロア奥から、場違いな程軽快な拍手が鳴り響く。

 周囲の壁に飾られた不気味な魚の顔をしたオブジェの口に火が灯り、周囲を明るく照らしていく。

「ようこそ、冒険者の皆さん。よくぞここまで登ってきました」

 声………、声だ!

 NPCが喋るのは当たり前だし、Mobの中にも喋る相手はいる。だが、ボス戦で誰かの言葉を聞いたのは初めての出来事だ!?

 何のイベントが始まったのかと、皆が息を飲む中、何処か聞き覚えのある少女の声が続ける。

「これまでの階層、きっと皆さんはベータテスターの知識を利用し、順調にクリアーして行った事でしょう! 皆で力を合わせ、情報を共有し、数々の敵を打ち破ってきた事でしょう! ………それこそ、決められたレールの上を走る様に」

 光がゆっくりと奥を照らし、その姿が見え始める。

 嫌な予感はしていた。声を聞いた時点で既にその不安はあった。

 でもそんなわけない。そんな筈がないと必死に否定していた。

 だって、そんな事が起きる筈がないんだぞっ!?

「ですが………ここから先はベータ時点では想定されていなかった世界。用意はされていたけど、誰もここまでは上がれないと判断されたレットライン」

 光が闇を払い、彼女の姿が露わになっていく。

 真っ先に目に入ったのは、目に痛い程に鮮やかな、赤い髪………。

「つまり、ここまでがこの世界の、アインクラッドの序章! そして私は、序章の最後を守る番人っ!」

 赤い髪を二つに結わえた少女は、俺の良く知る狂った様な笑みで、俺達を見渡す。

 一度だけ、一度だけその視線が俺を捉え、少しだけ表情が悲しげなものになる。

「だから来ちゃダメって言ったじゃん? ルナ………」

 その言葉が、俺の知る彼女である事をどうしようもなく自覚させる。

「まったく早過ぎ、他の仕事が終わる前に、こっちの仕事を私にさせるんだからさっ」

 彼女を知る誰かが質問を投げかけるより早く、彼女は人差し指を立てて口元に当てる。その仕草に、咄嗟に皆が口を噤んでしまう。

「序章の最後を守る番人。私の名前は―――」

 そして彼女は、三日月の様に不気味な口で笑みを作ると―――名乗った。

 

「システムコンソールID………≪ザ・ミューズデッド・アイリオン≫!!!」

 

 黒い霧が彼女を包む。目視で解る程に異常なステータスの上昇。

 霧が彼女のコートを剥ぎ取り、その内から、まるで人魚の鱗を思わせる、露出度の高いスケイルメイルが現れる。両手には薄い水搔きと、短くも鋭い爪が生える。瞳を金色に変えた彼女は、まるで赤い髪の人魚の様だ。

 彼女は狂った笑みを強く向けて、大きく口を開き、奇声を上げる。

 

「 KYOEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!! 」

 

 声が衝撃波となってビリビリと伝わってくる。

「臨戦体勢!」

 ウィセの声に皆が従って武器を構えるが、皆一様に困惑した表情だ。無理もない。こんな相手と戦うのは、誰もが初めての筈なのだから。こんな………人間みたいな相手と………。

「アイ、リ………?」

 俺は呆然と呟く中、纏まらない頭で一つの出来事を思い出していた。

 クリスマスの夜、沢山のクラスメートを血に染めた、あの恋人の姿。

 今再び、同じ姿の彼女が、同じ日を繰り返そうとしている。

 これは………なんて悪夢だよ………?




ってな感じで前篇終了!
パーティーメンバーはノーマルに決定しました。ちゃんとランダムで決めたからね! ズルしてないからね! 偶然そのままになっただけだよ!

まあ、そんな訳で、ルナゼスの物語が大詰めとなりました。アイリオンの正体もついに判明しましたね。次回はアイリオンについてもう少し詳しい内容が明らかになる予定です。
そして………、この事件をきっかけに、≪ケイリュケイオン≫に大きな歪みが………っ! 結束力だけはどのギルドにも負けないように思えた≪ケイリュケイオン≫が、崩壊寸前の危機にっ!?
ギルドから脱退する者や、どうして良いのか悩んでしまう者! 意見分離により、皆が皆、纏まらない状況になっていく! そして、ついにウィセが行動を起こす!?
次回は激動の中編ストーリーとなります! お楽しみにっ!

添削、質問等がございましたら、遠慮なくどうぞ!
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