時系列が原作とは違うかもしれませんが、ご了承ください。
~読者達のアインクラッド~ ☆クリスマスおまけ編☆
1 ――聖夜の激情――
雪が降る街を、僕達は二人で散歩に出かけていた。聖夜の街は≪聖夜祭≫が催されているらしく、寒空の下でも充分に活気だっていた。
僕と彼女も、防寒対策をしっかりと整えた上で、この聖夜の街を楽しみに来た。
正しくは、それを口実に、僕が彼女と二人っきりの時間を作りたかっただけなんだけど………。でも、彼女もそれを解った上で頷いてくれたみたいだったし、悪い事はしてないよね?
「寒くないですか?」
僕は、厚めのマントを羽織っているのでかなり暖かい。対する彼女も、マフラーに手袋、冬場ではよく見かける毛糸の帽子と、防寒対策はしっかりしていた。それでも、心配になって訊ねてしまう。
「うん、僕は平気だよ。気に掛けてくれてありがとうワスプ」
サヤさんは手袋越しに息を吹きかけ、「あ、これ意味無いかな?」なんて苦笑しながら僕に返してくれる。
人通りの少ない道を選び、目的も無く二人だけで散歩に興じる時間。一見無駄に思えるこの時間が、サヤさんといるだけで華やいだ物に感じられるのだから、恋とは不思議なものだ。
彼女と付き合い始めて一週間経っただろうか? そんな短い時間だけど、僕にとっては人生で一番長い一週間に思えてしまう。それだけに、彼女が恋人らしくしようと、いじましい姿を見せてくれた姿は、筆舌し難い。
毎日を照れくさがりながら笑い合う日々。僕の掛け替えのない時間。
でも、今日の彼女は何処か浮かない顔をしているように思える。
だって、いつもの彼女なら、雪を見たらはしゃぎ回って、あの幼くも愛らしい笑みを振りまいてくれるはずだ。なのに、さっきから見せているのは、何処かぼうぅっとした表情で雪降る夜空を眺める普通の少女のそれだ。本人に言ったら怒られるかもしれないけど、らしくない程に大人びている。何がどうという事は無いのだけど、ちょっと心配になってしまう。
やがてサヤさんが足を止めた。
ぼうぅっ、とした表情のまま空を見上げて、ちょっとだけ手を上げて、固まってしまう。まるで降っている雪を捕まえようとしているみたいだと思った次の瞬間、本当に両手で雪を捕まえた。軽く両手を合わせるだけの行為だったけど、ゆっくり落ちる雪を捕まえるには充分だった。ただ、彼女が手の平を開いて見てみる時には、当然雪は蒸発してなくなっていた。SAOの場合は何かに触れた時点で消え去るだけなのかもしれないけど。
不思議そうに首を傾げたサヤさんは、初めての物に触れる子供の様で、少し可愛らしい。
「雪を見るのは初めてですか?」
少し可笑しさが込み上げてくるのを我慢して訪ねると、彼女は案の定、不思議そうに首を傾げながら「これが雪?」と訊ね返してきた。
「はい、雪です。本物は、大気中の微細なチリやゴミに付着した水分が凍って出来た氷の粒です。氷の粒ですから、人の体温に触れただけですぐに蒸発しちゃいます」
軽いうんちくのつもりで教えてあげる。
サヤさんは不思議そうな瞳で「そうなんだ………」と呟いて、また空を眺めた。
また空虚な瞳だ。彼女は物思いにふける様にただ空を眺め続けている。いや、もしかしたら降っている雪を見ているのか?
彼女は雪を見て、何かを連想的に思いだしているのかもしれない。
僕が雪で連想する物など、それこそ何処とも知れぬ戦場の風景ばかりだけど、一般人のサヤさんには、何か別の物が思い起されているのだろうか?
不意に、サヤさんの眉が少しだけ歪んだ。少し悲しそうに歪められた表情が、想像以上に僕の胸の内をかき乱した。
サヤさん。僕がはじめて好きになった女の子で、僕と一生懸命お付き合いを始めてくれた恋人。そんな大切な女の子が、唐突に何処かに消えてしまうような不安が脳裏を過ぎった。
大丈夫。彼女はここに居る。何処にも行ったりなんかしない。そう言い聞かせようとしても、僕の心は一向に静まらない。
「え?」
彼女の横顔を眺めていた時、一筋の光が頬を流れ落ちたのが見えた。
「サヤさん………?」
「ん? なに?」
声を掛ければ、彼女はいつも通りの調子で答え、僕の事を見てくれる。
でも、その頬には、雪よりも厚い水滴が流れ落ちていた。
「どうして泣いてるんですか?」
「え? あれ? ホントだ………? 僕、なんで………」
無意識だったらしい涙は、自覚すると堰を切った様に次から次へと溢れかえる。その涙をぬぐおうともせず、サヤさんは目の前の雪を呆然と見つめる。
心配になった僕は、思わず指で彼女の頬に触れ、涙を拭ってしまう。
すぐに、触られる事を極端に嫌う彼女が、怒り出すかもしれないと気付いて身構えるが、そんな様子は無い。また溢れる涙を指で拭うと、頬に触れた時だけ、片目を瞑り、ちょっとだけ大げさに肩をビクつかせるが、拒絶しようとはしてこなかった。これが、今まで築き上げた信頼から来る物なら、僕も嬉しかった。でも、彼女の瞳は何処か空虚で、僕が触れた事にさえ、構っていられないほど追いつめられているように映ってしまう。
だからだろうか? 僕は………。
「………っ!」
僕は、気付いた時には、彼女を思いっきり抱きしめていたんだ。
さすがに我に返ったらしい彼女が僕の胸の中でくぐもった声を漏らす。
「わ、ワスプ………!? ちょっと………っ! 恥ずかしい………!」
そう言って、小さな抵抗は見せるけど、本気で跳ねのけようとはしてこない。正直、体術スキルの一発くらい覚悟してたんだけど、それも襲って来ない。ますますサヤさんらしくない。
僕の胸に顔を押し付けられたサヤさんは、戸惑った様子で僕を押しのけようとする。でも、弱い。その抵抗の弱さが痛々しいとさえ思え、僕は余計強く彼女を抱きしめた。
「ワスプ………」
「サヤさん、僕はまだ、アナタの力になれませんか?」
「ふえ?」
「なにか、辛い事があるなら、僕がいくらでも力になりますから」
「別に………、僕………、………っ!!」
言葉は途中で途切れ、次第に涙声を帯び、くぐもった泣声に変わった。
手がだらりと垂れ下がり、脚からも力が抜けて膝立ちになってしまう。そんな彼女を追い掛けて抱き寄せながら、僕は胸の奥からこみ上げる、熱い想いを感じていた。
この子が何に追い詰められ、こうして泣き出してしまったのかは解らない。でも、例えどんな事が理由だったとしても関係無い! 僕は、僕自身が彼女の傍にいられる限り、絶対にこの子を放したりなんかしない! 放したくなんかないッ! 放してたまるもんかッッ!!
思いの丈を伝える様に、僕は力一杯サヤさんを抱き締めた。
嘘みたいに柔らかくて、冗談みたいに小さくて、夢の様に良い匂いのする彼女を抱き締め―――、
―――不安を誤魔化そうとしているのはどっちなのだろう?―――
―――そんな疑問を抱く、聖なる夜の時間だった。
2 ――孤独の聖夜――
クリスマスは嫌いじゃねえ。
恋人達が逢引の口実に使うのも花があって良いとさえ思える。
かく言うおっさんも、SAOに来る前は彼女を連れて、そうでなくても友人達と一緒にどんちゃん騒ぎしたもんだ。
昨年のクリスマスは彼女と一緒にスキーに行って、二人仲良く遭難しかけ、冬眠中のクマと一緒に聖夜を過ごした。
その前は、彼女に告白するために氷の上でコサック踊りながら、頭に伝説のランジェリーを装着して「好きだ!」と叫んでいたな。アレは今でも忘れられねえ。
その前は友人達と一緒に過ごし、川に飛び込んだな。真冬の冷水は凍えるようだったぜ。
その前は確か知り合ったばかりの後輩から、妹のプレゼント選びを手伝わされ、雪だるまになった。本物の雪で出来た着ぐるみに、さすがの俺も記憶があいまいだったぜ。
その前は実家で過ごしていたか? 祭りでやってたかき氷一気食いに優勝して、入院したのは今となっては良い思い出だな。
学生時代は毎年女の子に呼び出し貰ってたな。行った傍から笑われて立ち去られたり、結局来なかったケースがほとんどだったが、その後なんでか『幼馴染』が珍しく優しくなるから、まったく妙なジンクスだったな。
ふっ、さすがおっさん。思い返せば山と出てくる心のアルバム。俺が不幸だった一ページが何処を探してもありゃあしないぜ。ああ、いや………、彼女を他の奴に取られたのは不幸だ。くっそ、ぜってぇ
「はあ………」
思い返した思い出に、タドコロのおっさんは溜息を漏らして黄昏て見たりして見てます。
せっかくのクリスマスなんだが、おっさん、近くの酒屋(見たいな雰囲気と飲み物が売りの普通の喫茶店)に一人さびしく酒(っぽい味がしないでも無い様な錯覚を得る、ちょい癖のあるジュース)を煽っていたりするんですなぁ、これが。
イベントの宝庫だと思ってた≪ケイリュケイオン≫だが、いざクリスマスになると、どいつもこいつも個人で予定作っちまって、バラバラになっちまう。ギルメンと仲良く飲み交わしながら騒ごうとか思ってたおっさんは、子供達の活発さに置いて行かれ、一人身の寂しさを味わう事になっちまったぁい。
一人身じゃねえけど。彼女居るけど。ぜってぇ取り戻すし。
まったくガキ共は、ギルド唯一の年長者を敬う心も忘れ、一体何処で乳繰り合ってやがんだか?
「………」
はあ、今年のクリスマスは、おっさん人生初めて退屈な一ページになりそうだぜ。大人って言うのは、こうやって廃れていくもんなのかねぇ~~~?
クリスマスは私にとって一番楽しみな日だった。あの人と一緒にいられる口実を作るのに、都合が良かったからだ。だけど、このSAOと言う監獄に入れられてからは、クリスマスを楽しむ事が出来なくなってしまった。
まったく、せっかくのイベントに、大切な人と一緒に居られないなんて、なんて最低な世界なのかしら? こんな憂鬱な世界なのに、楽しそうに笑って攻略をサボっている連中が理解できない。
一時の羽休めなら文句は無い。だけど、ここで優先されるのは攻略の筈でしょう? そうでないと元の世界に帰れない。何をおいても、私達が優先すべき事はそれ以外に存在しないのよ!
「だって言うのに………もうっ!」
今日も攻略を少しでも進めておきたかった私は、知っているメンバーに声を掛けたのだが、皆が皆、今日はお休みだと言ってきた。この体たらくは一体なんなんのっ!?
「軍に勧誘されたらしいフウリンは自由が効かないから良いとして………っ! セリアはクリスマス限定クエストを周りまくって拒否! ライラは限定食品買いあさりで拒否! ロアに限っては音信不通とはどういう事ですかっ!?」
私は、叫ぶように呟きながら、ジョッキを煽って机に叩きつける。
まったく! 私達は一刻も早く現実に帰るべきだと言うのに! ライラとときらなにが「この時期まで攻略してんのはシナドだけだよ~~?」ですかっ!? 働かざる者食うべからずです!
………っとは言え、さすがに一人で攻略を進めるのは無理があり過ぎると言う物。ここは大人しくお酒(みたいな味を錯覚できる何かのジュース)で気を紛らわすとしましょう。
「幸いなのは、実際にアルコール摂取をしている訳ではないので、食べる物に気を使わなくて良いと言うことかしら?」
豊かな服で隠したお腹をさすりながら、わたしは溜息を漏らす。ぽっこりと出たこのお腹も、SAOではただの肥満と変わらないんですね………。実際、この中には、あの人との大切な結晶は存在していないんだもの。ああ………っ! 今頃あの人は………!? このお腹の子はどうなっているのかしら………っ!? もう、心配で心配でたまらないわ!
「はあ………」
どうしようもない事態に溜息ばかりが漏れてしまう。こんな時は、誰かと無駄に会話をしたいと思ってしまうのだけど、話相手すら居ないんですよね………。
「「はあぁ………っ」」
憂鬱にまた溜息を漏らすと、隣からも溜息が洩れた。
視線を向けて見れば、槍を傍らに引っかけたラフスタイルの男性が、私と同じように憂鬱そうな溜息を漏らしていた。向こうもこちらに気付いた様で、視線を合わせると、いきなり決め顔を作ってきた。
「お嬢さん。お一人なら一杯奢ってくれません?」
「いきなり口説いて来ただけじゃなくて奢らせるつもりですか?」
半眼で訊ねると、彼は更にキリッとした決め顔で、
「ガキ共に逃げられたおっさんを慰める。そんな優しい大人になってみませんか?」
何故かいきなり涙を流された。え? 何このダメ人間?
「もしくは土下座します」
既に床に手を突いて土下座一歩手前!? 何このバカ?
「土下座するだけで簡単に奢ってもらえるとでも?」
「普通に話相手になってくれるだけでも良いです」
「それに土下座する人と会話しろと?」
「必要とあらば………、片手倒立しながら、バラを頭に差して、脚で槍を操りながら、『魔王』を口ずさみつつ、女の子のスカートめくりを≪ハラスメントコード≫に引っかからないギリギリで行って見せる!」
「は………? 一体いきなり何を―――って、既にスカートめくり以外を実行しているっ!? どんな曲芸師ですかアナタはっ!?」
え? 何? なんなのこの生物?
なんか、変に関心と視線を集めて怖い。早く終わらせよう。
「解りました! 解りましたから! 軽く話し相手くらいにはなりますから、もう奇行は止めてください」
「う~い」
一瞬で普通に椅子に座った普通の状態に戻りました。なんですかこれ? 今見せられたのはSAOのバクか何かですか?
「よっしゃっ! じゃあ聞いてくれ! おっさんの恋人自慢を! ………あれは、今日みたいに寒かった日の事だ。俺は彼女に告白するために、世界中を周って手に入れた伝説のランジェリーを頭に装着して、本場ウクライナで会得したホパークを、薄い氷が張った池の上で踊りながら告白した時から始めよう」
「すみません。もう既に話についていける気がしないのですが? って言うかそれ、間違いなく降られましたよね?」
「即答でイエス」
「ホラ話だと言ってください」
「………」
「なんで『信じられないだろう?』っ的な真摯な眼差しを返すんですか!? アナタはSAOの前に何処のオンラインゲームに閉じ込められてきたんですか!?」
「現実」
「私の世界観が―――っ!?」
まあ、なんです………。
たまには雑談も悪くは無いですかね?
出来れば相手はまともな方が良いですけど………。
3 ――聖夜で嗤う――
「ん? 雪か………?」
クリスマスに降るSAOの雪を視界に捉え、その男は溜息交じりに呟いた。
「クリスマスに雪が降るなんて当たり前とも言える演出も、現実じゃそうそう見られる物でもない。毎年25日にだけ、日本全域で雪が降るとは限らねえしなぁ~~?」
男はそう呟きながら、正面に対峙する男に嘲(わら)い掛ける。
「そう考えると、SAOの演出も捨てたもんじゃねえよなぁ~~?」
黒髪にどす黒く濁ったダークレッドの眼、少し童顔気味の顔立ち。装備はそれなりに防御の高いジャケットに、何の特徴も無いズボン。ブカブカのローブで全体を隠した片手剣を持った男は、レンは、対面する男に問いかける。
「………。そうだね。少なくとも聖夜の演出は、この場に於いて適切とは思えないけどな………」
眼鏡をかけた地味な顔立ちをした男は、軽くメガネの位置を直しながら呟く。体格はそこそこ良く、筋肉もそれなりにありそうに見える。紺色のジャージっぽい服の上に軽装の鎧を纏い、武骨な両手剣≪ブロークン・スティグマ≫を持つ彼の名はバン。
「僕としては、せっかくの聖夜の演出に、君みたいなのに絡まれて気分が悪いです?」
「あぁ~~ん? こいつらお前の友達とか言う奴らだったん?」
そう言ってレンが足元に転がる剣を爪先で転がしてみる。彼の足元には三つの剣が転がっていて、先程までそこにプレイヤーがいたことを物語っている。彼等がどうなったのか、それはレンの頭上で輝くカーソルの色がオレンジな事を考えれば、容易に予想できた。
レンは不愉快そうに表情を歪めながら剣の先をバンに向けながらぷらぷらと降って見せる。
「あぁ~~………、悪ぃけどぉ~? 俺、そう言うのとかよく解んないんだよねぇ~~? 『友達』? ええ? 何それ? それって誰かを苛める時に集まる連中同士の事? 俺友達とかいた事ねぇから解んねぇ~~~?」
その言葉に対し、バンはレンの蹴飛ばす剣を一瞥だけして視線を戻す。
「いいえ、友達とかいないんで、気にしないでください」
バンの発言に、何故か気を良くしたレンは嘲い声を漏らす。
「おおっ! そうかよそうかよ! ソイツは奇遇だぁっ!! そんじゃぁ遠慮なんて微塵もいらねえよなぁっ!? 最初っからする気ねぇけど?」
「いい加減うるさい奴だな………。どうせやる気なんでしょう? やりたいならさっさとやろう。こっちは準備できてる。っていかそのつもりでさっきから挑発してるんだろう? それともこれ、もう始まってるって思えば良いの? 僕から始めてしまって良いんですかね? いい加減、君のイライラする喋りにも付き合ってられないんですけど? その口に向かって斬りつければ黙ってくれるんですか?」
「ヒャッハーーーーーッ! いきなりのマシンガントークありがとよ! なんか俺もテンションあがってきたぜぇ! イッチョやるかぁ~?」
レンの挑発にバンが両手剣を構える。その時、突然待ったの声が二人の動きを止める。
「そこまでっ!!」
声に振り返った二人は、横合いから出てきた巨大な体躯の男を目撃する。かなりの筋肉質で、まるで小山が人の形になって歩いているかのような印象を得る。肌の色も濃く、まるで登山家のそれを思わせる。顔に刻まれた堀の深い皺は、それなりの環境で育ったものの独特な威風を湛えている。身体に装着された軽度の鎧装備が、余計身体を大きく見せ、歴戦の用へのようにも映った。
―――とはいえここはSAO、見た目通りの強靭な肉体などある筈もない。あくまでレベルと言う数字で表わされる能力しかなく、一定以上の強さは手に入らない。その男がどんな肉体をしていて、それなりにレベルが高かったとしても、最前線になんとかくらいついている自分達と対して差は無いだろう。
そう思ったから二人は、警戒しながらも下手に出るつもりはなかった。
そんな二人の感情を読み取っているのか、大男は先んじて口を開く。
「お前等、喧嘩するのは止めんが、その前に俺にスカウトさせろ」
「スカウト?」
「あぁん? なぁんすか? お宅、俺らを買いたいってこと?」
「はっはっ、金で変えるなら易いもんだ。だが、その程度の奴らなど欲しいとは思ってねえよ」
大男は野太い声で笑い、余裕さえ思わせる笑みで告げる。
「お前等を誘った理由はそれぞれだ。まずお前―――」
大男はレンを指差し説明する。
「お前はオレンジだ。しかも躊躇なく他者を殺せる生粋のオレンジ………さしずめレッドプレイヤーと言ったところか? 俺はお前みたいな奴とつるんでみたいと言う矮小な男でな。一緒に来いと言いたくなっちまったのさ。………ああ、勘違いするな? 友達(ダチ)になりたいとか、仲間になれとかそう言うんじゃねえ。だが、お前もこの世界で好き勝手やりたいと思うなら、便宜上、デカイ組織だと思わせられるような『名前』くらい欲しいだろう? そいつを名乗ってくれねえかって言うのが俺の頼みだ。ついでに可能なら俺とつるめ。その方が
「………それ、俺になんか利益あんの? 俺の事良いように利用して後でトカゲの尾とかに使うつもりなんじゃねえの?」
怪しんで問いかけるレンに対し、大男は一層可笑しそうに笑って見せた。
「おいおい? こんなクソったれの世界で信頼関係なんかを求めてんのか? 現実の世界なら契約書でも書けば裏切られても裁判所で仕返しもできるが、この世界じゃどんな契約も言葉くらいのもんだぜ? そんな問答は無意味だぞ? 相手が信用できるかできないか? そんな理屈は意味がねえよ。この世界で裏切ろうと思えばいくらでも裏切れるんだぜ? 大事なのは自分にとってそれが意味があるかないかだろう? 俺はお前みたいな奴とつるんでいる方が倒れにとって楽しいと思ったから声掛けたんだぜ? お前の事なんてどうでも良いし、お前も俺の事なんか気にする必要なんて無いだろう? とどのつまり、お前が楽しいかどうかだけ考えろよ?」
大男の言葉に目を丸くしたレンは、顎に拳を当て、しばらく考える素振りを見せる。その間を利用するように、大男は次にバンに向けて告げる。
「んで、お前に対してスカウトした理由は―――」
「言っとくけど僕はオレンジじゃないです。そっちはどうか知らないですけど、
途端に大男は笑いを上げた。意味が解らず首を傾げるバンに、大男は伝える。
「おいおいおい? お前本当に俺が見込んだ通りだな? やっぱりお前にはあるんじゃねえかよ? やりたいんだろ? お前は心の奥でしっかりと持ってんだよ。しかも自覚までしてる殺人願望者だ?」
バンは不愉快に表情を歪め、すかさず言い返す。
「だったらなんですか? 殺人衝動があれば素直に人を殺すとでも? 冗談じゃないです。僕は殺人が悪いことだって知ってるし、理由もなく人を殺す意味なんて無い事も知ってる。殺人に対する衝動はあっても、誰かを悲しませたいわけじゃない。誰かを殺せば誰かが悲しむと知ってて、わざわざ殺しなんてしたりしません」
「はは? ………いやいや違う違うっ!」
バンの言葉に対し、大男は手を振って否定した。
「俺が言いたいのは、『殺人衝動』=『じゃあ殺そうぜ?』って事じゃねえ。俺が言いたいのは………『殺人を肯定をできる』=『俺とつるんで、気が向いたら殺せ』って事だ?」
「………? それの何処が違―――」
「解らねえか? 解ってねえなら解り易く教えてやるとだな? お前は殺人衝動を持ってる。だけどそれを抑えられるだけの理性がある。そして殺しは悪い物だと思ってるから殺しはやらねえ? だが、
「そんな訳―――」
否定しようとしたバンの言葉を掻き消す様に大男は告げる。
「さっきそっちの『ローブ』と戦う時、お前はその決着のつけ方をどうするつもりだった? 殺す気で来ている奴が、自分が死ぬまで襲い掛かってきたとしたら、………お前は躊躇なく、むしろ喜んで殺人衝動を解消したはずだぜ?」
言われたバンは押し黙る。悔しいが、この大男に言われた事は本当だ。少なくとも自分は、目の前の殺人プレイヤーを生かそうとは思ってなかった。殺さなければ殺される。それは間違いなく事実だっただろう。だったら自分はどうした? 簡単だ。殺すまで止まらないなら何も躊躇する必要もない。
「言っとくがな? ここで変な正義感なんて振り回してくれるなよ?」
バンの思考が纏まらない内に、大男は語気を強くして言う。
「この世界にはルールなんてねえ。現実世界に戻るための条件は存在する。街中で人は殺されねえように殺傷を妨げる≪アンチクリミナルコード≫や、プレイヤーを傷つければカーソルがオレンジに変わるなんて“現象”はいくらでもあるが、人が人に課した“ルール”は存在しちゃいねえ! それら現実世界に存在する“社会”が創り出したもんだ! この≪アインクラッド≫って世界には存在しちゃいねえんだよ! テメエが本気で誰も殺したくねえと思ってんなら、それはテメエだけの正義だ! 主義だ! 他人に押し付けんじゃねえ! 俺は、何も強要しちゃいねえ………。お前等が俺とつるむなら俺が楽しいと思った。ソイツは完全な俺のエゴだが、何一つ強要しちゃいねえ。ただ、ここで俺が止めなけりゃ、お前らどっちかが確実に死んでた。だから言うぞ? お前等? 俺とつるむ気は無いか?」
大男の言葉は、とても自分勝手で、道徳に反していて、ともすれば不愉快とさえ捉えられる内容だ。だが、それ故に………、普通の人間としては外れた人生を送ってきた二人には、唯一の理解者とも思える異常な存在だった。彼の誘いを断るにしても、受け入れるにしても、ここで彼を消す意味は無く、また、このまま戦闘に入る雰囲気でも無い。どちらにしてもここで剣を引く以外には無い様な気がした。
そこまで考え、二人は同時に気付く。
『断るにしても、受け入れるとしても』………?
そんな迷いを抱いている時点で、彼の誘いを魅力的な物として捉えている証拠だ。今更取り繕って何になるのか? それこそ往生際が悪いと言うだけの事で、意味などまったく無い。
「いいぜぇ、何がどうなるかとか知らねえけど、つるむくらいしてやっても~?」
先に返答したのはレンだった。暗に、いつでも自分の利益のために裏切ると言っている彼に対し、大男は丸ごと理解した上で頷く。そのまま視線をバンに向ける。バンは僅かに悩む素振りを見せるが、『仲間になる』と言うわけではないのなら………っと考え、頷くだけで返した。こちらも暗に、無差別殺人鬼になるつもりは無いと言う意思が籠められていたが、やはり大男は丸ごと理解した上で頷き、受け入れてしまう。
「はんっ!! それじゃあお前等! とりあえず俺の掲げる名前を適当に使いな! 俺達の集団―――いや、必ずしも集まるとか言うわけでもねえか………? なら、“俺たちみたいな連中”の名前で良いな? 俺達の名は―――!」
この瞬間、後に、磐石ギルドと呼び称される≪ケイリュケイオン≫と、長きに渡り因縁深くなるレッドギルド≪喰い潰れる怪物達(バンダー・スナッチ)≫が誕生したのだった。
4 ――聖夜の贈り物――
≪アンダーグラウンドデパート≫通称≪デパチカ≫。第1層の貸家システムを用いて運営されるこの店には、アインクラッド攻略を望みながら、各々の理由で攻略組になれなかったような者達の溜まり場となっている―――のだが、今夜、このクリスマスの日だけは特別だった。なんせ、現在のデパチカには―――、
「せーの………っ! メリークリスマースッ!!」
「「「「「「「「「「「メリークリスマースッ!!」」」」」」」」」」
「…………。………はっ!? なんですかこれはっ!?」
いつもの様に≪デパチカ≫に訪れたクロンは、予想以上の子供密度に一瞬呆気に取られてしまっていた。我に帰り尋ねるも、答えてくれそうな年長者が見つからない。
「あ、あの………、これは一体どう言う事でしょう?」
仕方なくクロンは、手近の同い年くらいの子供に質問を投げかける。
それが失敗だった。
「あっ! 新しい子? 今皆でクリスマスパーティーしてるんだよ!」
「おまえも来いよ! 今日は御馳走が出てんだぜっ!」
「サーシャ先生が、怖面おっちゃんの知り合いの………え~~~っと、なんつったっけ?」
「≪ケロリオン≫だっけ?」
「違う違う! ≪ケリー・リオ―≫だって!」
「≪ケリロ軍曹≫じゃなかったぁ?」
子供達の発言から、なんとなく当たりを付けたクロンが呟く。
「もしかして………≪ケリュケイオン≫の事ですか?」
「そうそう! ≪キュリポリロン≫!」
「復唱で来てませんよ………?」
「そこからの支給でさ! 今日だけ料理スキルで作ってもらった料理が食えんだぞ!」
「ウチは新しい子が来るのも珍しくないから、気にしなくて良いのよ!」
「気にせずに一緒にはしゃごおぜっ!」
子供達の複数人によるマシンガントーク+純粋無垢な勧誘にクロンは断る事に苦心してしまう。気付いた時には騒ぎの中心まで連れて行かれてしまっている。
「あ、あの………、私は、≪デパチカ≫に材料の注文に来ただけでして………」
「ホラッ! これが一押し! ホットケーキのハチミツ漬けっ! 甘くておいしいの!」
「頂きますっ!!」
クロンは甘い物の誘惑に負けた。
「へぇ~~! クロンって≪調合≫のスキル持ってんだ?」
「それなら外に出なくてもいいから、私達でもサーシャ先生達の役に立てるわね!」
「ええ、………まあ、そうですね?」
(本当は自分で狩りしたり、中層までレベル上げしに行ってたりしてるんですけど………。なんでしょうねぇ~? この同い年に対して、同等と思われているが故に、自分の強さを言い出せない感覚は………? これが遠慮と言う物なのでしょうか?)
「でもクロンみたいなチビにちゃんと≪調合≫とか難しそうな事出来んのかぁ~~?」
(この少年デリカシーなさ過ぎですよっ!? 同世代に遠慮してるクロンはバカなんでしょうか? それとも男の子には、思った事を口にしないといけない暗黙のルールでもあるんでしょうかっ!?)
「ちょっとぉ! クロンちゃんに失礼でしょうっ! 大丈夫だよクロンちゃん! クロンちゃんが出来る子だって事は私が知ってるからねっ!」
「ど、どうも………」
(ええ~~~っ? 私、アナタと今日初めて会ったのですが、私の事何処で知ったんですかぁ~~?)
同年代の子供達との会話に、クロンはたじたじになっていた。自分は大人っぽい子供だとは思っていたが、まさか同年代の子供達が、自分が思っている以上に子供っぽいとは思いもよらなかった。
「よぉ~~しっ! ゲームしようぜぇっ! 怖面おっちゃんが作ってくれた手作りトランプでっ!」
(タカシさん!? 何気にSAOでは凄い物を作ったんですねっ!?)
薄い形紙で作られたトランプを見せられ、クロンはちょっとした驚愕を得たのだが、よく見たら、以前サヤがタカシとジャスによる缶詰を受けている最中、こっそりヌエやナッツと遊んでいた、8層の露店で買ったという市販のトランプと同じ物だった。
(―――っと言うか、これ、タカシさんがサヤさんから没収したトランプそのままじゃないですかっ!? そう言えば、サヤさんが最前線に戻る前に、没収品を返してもらえなかったと泣いていたような………っ!?)
タカシとジャスのハラグロさを再確認したクロンは、背筋に冷たい物が走るを感じたのだった。
「トランプで負けた奴は、勝った奴の言う事何でも聞く事なっ!」
「え? ああ、はい………?」
気がそれていたクロンは、条件反射で頷いてしまった。
「クロン~~? 俺トランプメッチャ強いんだぜぇ~~?」
「だ、だいじょうなのクロンちゃん? ケイン、本気でトランプだけはなんでか強いよ?」
「そ、そうなんですか?」
「ああ~~~っと! 今更断るの無しだかんなっ!」
「ええっと………、まあ、良いですけど………?」
「おおっ! クロンやる気だ! よぉし! ケインの鼻っ柱折ってやれっ!」
「ケイン負けんなぁ! 連勝記録また伸ばしてやれっ!」
(ええ~~~………っ、なんで一対一の対決が始まるノリになっているんでしょうかぁ~~~?)
「ま、負けたぁ~~~~っ!!」
「クロンちゃんの勝ちだぁ~~~!」
「新しいチャンピオン登場だぁ~~~!」
「きゃあぁ~~~~っ! クロンちゃん~~~~!」
「あ、あはは………」
(盛り上がり過ぎですよ………。ってか、ケインくん、メッチャ弱いです。子供の中では考えている方なんでしょうけど………。まだサヤさんの方が強かったです)
サヤもクロンよりは大人なのだが、何気に失礼な比較をするクロン。だが、この比較を誰もが解り易いと頷く事だろう事は、容易に想像できた。
「ほんにクロンは強いなぁ~~!」
後ろから両肩に手を置かれ賞賛され、クロンは振り向きながら謙遜する。
「そんな、言う程の事は―――ジャスさんっ!?」
「やっと気付きよったか?」
「子供達に紛れ過ぎてまったく気づきませんでしたっ!?」
「子供店長と呼びよす♪」
「ジャスさんれっきとした大人じゃないですかっ!?」
クロンのツッコミを無視して口笛を吹いて見せるジャス。そんな状況をまったく無視して、周囲の子供達がクロンに群がる。
「クロン本当にすげぇ~~! なあなあ、俺とフレンド交換しようぜっ!」
「あ、私も! クロンちゃんには同性の友達いる? もしいなかったら私が最初の友達になってあげるね!」
「どうせクロン、一人ぼっちで≪はじまりの街≫うろついてたんだろう? 俺が友達になってやるよ! フレンド交換しようぜ!」
「え、ええっと………?」
(既に、同年代ではない、年上の友人がごまんと出来ている上に、年上なのに子供としか思えない性格の癖に最前線のギルドリーダーなんかやってる人と時々パジャマパーティーに御呼ばれしちゃうような仲なんですけど………?)
苦笑いを浮かべながらもクロンは来るもの全ての子供達とフレンドを交換した。
そんな姿を、ちょうど用事を終えて戻ってきたタカシとサーシャが、ジャスと共に眺めていた。
「クロンちゃんに、予期せぬクリスマスプレゼントが出来たな」
「同世代の子供達と遊ぶ機会など、あの子には無縁だったからねぇ~」
「クロンちゃん、素直でいい子ですもんね。これで皆と仲良く出来たら私も嬉しいです」
SAOの聖夜にサンタクロースはいない。送られるプレゼントは、プレイヤーからプレイヤーだけだろう。だが、元々サンタクロースは
聖夜―――。
それは必ずしも、全ての人間にとって、喜ばしい日ではないのかもしれない。
だけど、だからこそ、人は望み、願いを胸に抱くのだろう。
どうかこの日だけは、幸せでありますように―――。
メリークリスマス。
メリークリスマス! でした!