読者達のアインクラッド   作:秋宮 のん

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超久しぶりに投稿!
今月中に出せないかもしれないと内心ヒヤヒヤでしたが、何とかここまで来ました!
とりあえず前篇です。


☆バレンタインイベント☆:前篇

~読クラ~未来編:バレンタインシナリオ

 

 

「バレンタイン。それは、女の子の一世一代のイベントですわ。愛する人に自分の全てを譲って良いと言う想いを込め………、全身にチョコを塗りたくり、リボンとチョコだけで自分をコーディネイトして送る、愛の告白をするイベントなのですわよ♪」

「へぇ~~………。バレンタインなんてコックローチだ………」

「違うっ! 違うよサヤちゃんっ!? バレンタインとGを比べないで~~~っ!?」

「うふふっ♪ 申し訳ありません♪」

 スニーの嘘説明に真っ青になる僕ことサヤ。それをアスナが必死に否定し慰めてくれる中、ウィセが溜息交じりに正しい説明を加えてくれる。

「バレンタインとは、269年にローマ皇帝の迫害下で殉教した聖ヴァレンティヌスに由来する記念日のこと………っと、主に西方教会の広がる地域において伝えられているわ」

「ヴァレンティヌスの命日に愛を誓い合って見せつける日なのですね♪」

 スニーの付け足しに、またしてもどんよりする僕。慌ててウィセがスニーの口を手で塞ぎ、アスナが説明し直してくれる。

「ローマ帝国皇帝・クラウディウス2世が、愛する人を故郷に残した兵士がいると士気が下がるという理由で、ローマでの兵士の婚姻を禁止したらしくてねっ!? キリスト教司祭だったヴァレンティヌスは内緒で兵士を結婚させてあげていたんだけど、それがバレて、処刑されることになっちゃったのよ。でも処刑の日は、ユノの祭日であり、ルペルカリア祭の前日である2月14日があえて選ばれたらしいの。ヴァレンティヌスはルペルカリア祭に捧げる生贄とされたって事だけど、これが逆にキリスト教徒にとっての、祭日となり、『恋人たちの日』となったといわれているの! だからむしろ、彼の行いに感謝の意味を込めて楽しむって考え方が正しいと思うわ!」

「ちなみに好きな人にチョコレートを贈る様になったのは、日本だけの風習ですね。チョコレート業界に乗せられたと言うのはありますが、義理チョコと言う、比較的親しい友人に対しても感謝の意味を込めてチョコを贈る風習も出来たので、軽いイベントとして楽しめるものだと思いますよ? もちろん全身に塗る必要なんて無く、ただの板チョコで結構です!」

 更にスニーやライラが何事か付け加えようとしているけど、リズベットとウィセがしっかり押さえてる。おかげで余計な勘違いはもうしなくてすんだよ。

「つまりは比較的好きな人にチョコを上げるお祭りか~~~………?」

 SAO、浮遊城アインクラッドでは、バレンタインが近づき、市販の市場にチョコレートが売り出される様になった。滅多に出ない甘いお菓子と言う事もあって、バレンタインなど関係無く買っていくプレイヤーも多い。でも、肝心のバレンタインに対して、SAOでは特別なイベントもクエストも発生していない様子です。

「………それはちょっともったいないですよね?」

 なんてシリカの呟きを聞き、ユイちゃんが両手を上げて提案したのが事の始まり。

「じゃあ、私達でお祭りをしましょう~~!」

「いいよ」

「二つ返事かよっ!?」

 僕の答えに驚くアルク。

 せっかくのお祭り事、≪ケイリュケイオン≫がイベントを催さないで如何するものか! だよっ!

「みんなだって、チョコを上げたい人とか居るんでしょう? だったらいっそ、≪ケイリュケイオン≫の正式なクエストにしちゃおうよ!」

 僕の提案に、皆それぞれ頬を赤く染めて、照れた様子で賛同してくれた。

 

 

 沢山の未来に繋がる可能性を持つ、商業ギルド≪ケイリュケイオン≫。

 これは、以前の物とも違う、また別の未来を辿った、あるバレンタインの出来ごと………。

 

 

 

 

 

 

 

 未来編・バレンタインシナリオ~恋愛特盛チョコレート~

 

 01

 

 

 お祭り事と言えば必ず≪ケイリュケイオン≫が何かしてくれる。

 そんな期待を皆が抱く様になったのは一体いつからだったのか? アスナが≪ケイリュケイオン≫に入った頃には、既にそんな感じになっていた気もする。

 ジャス姐さんに言わせれば「おかげでイベントを催して、金稼ぎが出来るってものだね~」なんて、のんびりと言っていたけど。

 僕達は、プレイヤー達のそんな願望を叶え、ついでにお金儲けしてやろうと企てながら、女の子が皆笑い、男の子も皆で笑えるイベントを開催する事にした。

 それが『バレンタインイベント。チョコフォンデュパーティー(っと言う名の期間限定喫茶)。アルバイト女子募集。バイト特典:チョコ作りの手伝い。材料費を全てギルド持ち。………仕事内容:バレンタイン当日、お客様への接待』―――っと言う名のイベント。

 最初は、女性プレイヤーの何人が釣れるのかな? なんて不安だった僕だけど、バレンタイン、五日前にチラシを出したのに、その日に女性プレイヤー“全員”からバイト参加の申し出が来ました。もちろん、一層の非攻略プレイヤーもです。

 お、恐ろしいね………、バレンタイン………。

 っとは言え、男子プレイヤーより圧倒的に数の少ない女子プレイヤーでも、その全員となると膨大な人数。さすがに一度にチョコ作りに参加させるわけにもいかず、日を跨いでいくつかのグループに分かれる事になった。せっかく参加してくれる一般プレイヤーに余裕を持って作ってもらうために優先してチョコ作りを手伝い、それ以外のグループは簡単な接客訓練をしてもらった。そして前日の今日、僕達≪ケイリュケイオン≫のメンバーが最後の大詰め、チョコ作りに勤しんでいた。

 

 

「うっわ、もう………っ、疲れた………」

「本当よ………、自分の分だってまだできてないのに、既にへとへとだわ………」

 僕とアスナが調理場に付くなり、同時に音を上げた。

 チョコ作りで一番の壁となったのは当然の事ながら≪料理スキル≫だ。市販のチョコを買うだけならスキルなんて必要ないけど、市販のチョコは「やっぱり………」っと言いたくなるほどにチョコっぽくない。“かろうじてチョコと言えなくもない様な気がする”程度の味で、とてもバレンタインプレゼントには送れない。そもそもSAO、アインクラッドには≪バレンタイン≫なるイベントは無い様子で、期間の間、申し訳程度にチョコが流通する程度の変化だ。こんな状況下では義理チョコも満足に揃えられない。だが、≪料理スキル≫が無いと味の良いチョコは作れない。

 しかし、ギルドのイベントに参加すれば≪料理スキル≫を持ったプレイヤーがある程度手伝う事で、そのスキル恩恵を得られる。おまけに料理の味付けまで手伝ってくれるのだから文句は無い。チョコを揃えるついでにお金も稼げる。一石二鳥のアルバイト。それが殺到した理由だったのだけど………。

 問題になったのは≪料理スキル≫持ちの数だ。スキル熟練度をMAX値まで上げているのは、≪ケイリュケイオン≫では、僕とアスナ、そしてサチくらいのモノで、その他お抱えしている≪料理スキル≫持ちのプレイヤーは、まだまだ数値が低い。当然、誰だってスキルコンプしている人に料理を手伝ってもらいたい。おまけに僕達三人はこの手の話の有名所。三人の内、誰かは必ず参加してないといけないわけで………。

 結果的にほぼ毎日、僕達は料理指導を手伝わされたわけです。

 ホント、身体は元気なSAOでも、精神的疲労が半端無さ過ぎる………。

「二人とも、あと一息だからがんばろっ!」

 ぐっ、と両手の拳を握って見せるサチ(サッちゃん)は、とっても良い笑顔だ。柔らかな表情には、疲労の“ひ”の字も見せていない。

「なんでサチは平気なのよ~~~………っ!?」

「僕達以上に料理指導しまくってたよね? 当番じゃない日は接客の方で指導しまくってたよね!?」

「ふふんっ、普段≪ケイリュケイオン≫の雑事をまとめてる私と二人じゃ、鍛え方が違うんだから!」

 珍しく自慢げに胸を張るサッちゃん。さすがギルドのメイド長………、僕達二人は脱帽のあまり同時に両手を上げて降参の意を示すばかりです。

「いつまでも伸びてないで、そろそろチョコ作りを始めましょうか? 接客指導の方を、いつも喫茶店のバイト店員をしている子に任せているので、ちょっと不安なんですよ」

 ウィセに促されてもやる気が出ない。だって本気で力尽きてるんだよ僕達?

 復活しない僕達を見て、ウィセが苦笑しながら頭を撫でてくれる。アスナの方にはセリっちが短い手を一杯に伸ばして一生懸命アスナの頭を撫でて上げていた。

 こんな僕達を見かねたシリカが、溜息を吐きながらクロンちゃんに御相談。

「クロンちゃん、どうしよう?」

「スニーさん、いつものお願いします」

「うふふっ♪ サヤさん、アスナさん? 早く起きて下さらないと、ウィセさんに単独でチョコを作らせちゃいますわよ?」

 

 ガバッ!! ×2

 

「「さあっ、今日もはりきってがんばろう~~~っ!!」」

「ちょ………っ!? 私だって毎度爆発させてるわけじゃありませんっ!!」

 料理失敗=爆発常習犯のウィセに何言われたって信用できないよっ!

 最近、ウィセは≪料理スキル≫や≪楽器スキル≫を獲得し始めて、趣味に没頭する事も多いんだけど、何故か料理だけは妙なジンクスが追加されてしまっている。失敗すると高確率で爆発するんだ。

 アルゴの情報曰く、「爆発するのは、SAOを作ったスタッフの遊び心だったみたいダナ? ダメージは無い。消し屑も残らず消し飛ぶし、黒焦げになった調理場も、ただの汚れエフェクトだから拭けば取れるゼェ。ただ本気で爆発させるのってかなりレアな確率みたいなんだガナ………?」っと、最後は小首を傾げつつ、笑いを堪えていたりなんかした。

 余談だが、そのアルゴも、今ここでチョコ作りに参加していたりする。

「せっかく作ったチョコを消し炭にされたんじゃ話にならねえな………。おいウィセ、俺達がチョコ完成させるまで調理すんなよ?」

「いやいやそれだと時間ないし、いっそ防波堤作っておけばいいんじゃない?」

「誰か、女子の中で盾スキル持ちは―――?」

「人間バリケードっ!? それは怖すぎますぅ~~っ!?」

 なんかそわそわしながらチョコ作りに励む気満々のアルクが忠告すると、リズが提案し、クロンちゃんが実行しようとする。その方法に“ぼよん”………じゃなくてヴィオが動揺して震えだしてた。

「だぁからっ! 毎度爆発させるわけじゃないと言ってるでしょうっ!? ちゃんとサヤと作った時は99%成功してますっ!」

 

「「「「「99………だと………っ!?」」」」」

 

「その『1%足りね~~』みたいな驚きは止めてよ………っ!!」

 正直ごめんだけど、僕も皆と同じ気持ちです。

 毎朝一生懸命、僕の朝御飯を作ろうと励んでくれるウィセの事は大好きだけど、毎朝爆音で目を覚ますのも辛かったです。おかげで僕も今ではすっかり早起き。一緒に仲良く朝食作ってます。

 ………だから一度爆発された時には、絶望すら感じたよ。僕以上にウィセが落ち込んでたので、二人仲良く落ち込んで≪ケイリュケイオン≫がクロン一人で大変な頃もありました。

「もう、あんな事は繰り返したくないな………」

 僕の呟きに、さすがに涙目になるウィセ。ちょっと可哀想になってきたのでこの辺で許してあげよう。

 それに、一度だってウィセに料理を禁止しないのは、僕がウィセの料理を食べたいからって我儘もある事だしね。ウィセにはこれからも爆発と戦ってもらわなきゃ。

「さあさあ、そろそろ雑談してないでチョコ作りを始めましょう! 時間ありませんよ!」

 シナドさんに促され、僕達は慌ただしくも楽しげに、調理を開始したのだ。

 

 

 

 02

 

 

 

・アスナの苦悩

 

 私、アスナはちょっと困っています。≪料理スキル≫をコンプしている私にとって、チョコ作りなど始めてしまえばあっと言う間に完成。苦もなく願ったチョコが出来上がる事でしょう。お菓子作りの味付けではサヤちゃんに劣るものの、バレンタインチョコとしては上出来なモノが出来るに決まってます。

 ―――でも、考えて見たら私、渡す相手がいないわ………?

 真っ先に浮かんだ相手はキリトくん。以前は男性として惹かれていた頃もあったけど、今は………う~~~ん? ちょっと渡し難いかな? 義理チョコなら………それくらいなら良いわよね? ほら? ギルドの先輩に『お世話になってます』って感謝を込めるって事で?

 ―――でもやっぱり、ちゃんとしたチョコを贈る相手くらい、決めておいた方がいいわよね?

 キリトくんへの未練を胸に残しつつ、私が私としてチョコを送るべき相手を考える。

 次に浮かんだのはマサくん。彼には助けてもらった恩がある。“健全”と言う意味では彼に渡すのが一番な気もする。

 ―――でも、今渡すのは止めた方が良いよね? あの二人、やっと歩み寄り始めたんだから………。

 次に浮かんだのは意外な事にタドコロさんだ。何だかんだで印象に残る人なのでつい思い浮かべてしまった。うん、でもやっぱり義理チョコだよね? 本命じゃない。ありえない。

 ―――っていうか、あの人『おっさんは彼女からしかチョコを貰うつもりは無いんだぜっ!』って言って真っ先にバレンタイン、パスしたんだっけ………。

 言う事は恰好良いけど、きっと今年はチョコ0の人なんだろうな………。

 その次に思い浮かんだのはクロノくん。何だかんだと二人でコンビを組む事も多くなったし、そう言う意味では良い気もする。

 ―――でもやっぱりパスしたい………。

 こう言ったら二人に悪いんだけど、クロノくんは物凄くウィセと仲が良い気がするのよね。喧嘩友達みたいで。だからと言って二人が好き合ってるとは全然思えないんだけど、あの特殊な意味で仲の良い二人の間には誰も入れない気がする。

 ―――本人達が聞いたら怒りそうだけど………。

 などと思いながら横目にウィセを見てみると、なんだか前髪に虫でも止まった様な渋面になって周囲を見回していた。

「………、なに? 今物凄く不快な感想を抱かれた気が………?」

 なんて事まで呟いてる。

 どうしてクロノくん関係だとそんなに勘が良いの? やっぱり仲が良いよ?

「………、なにやら物凄く不愉快な………? まるでクロノと二人で喧嘩してるところを周囲から茶化されている様な………っ?」

 もう決定だ。やっぱり仲が良いよね。恋人じゃないけど、一生喧嘩友達だ。きっと。

「うあ~~~~っ!? なんだか無性にストレスが~~~っ!? 私に向けて誰か毒電波放ってませんか~~~~~っ!?」

「うふふっ♪ 解っちゃいました♡」

「ご、ごめんなさい………!」

「そ、そんな事、ないよ………?」

 す、すごい………っ! スニーとシリカちゃんとサッちん(サチの事)が一度に反応した。私以外にもウィセについて考えていた人いたんだ。ウィセが勘づいたのも案外偶然じゃなかったのかも………?

 ウィセが怒り出すのを横目に、渡すべき相手をもう一度考え直す。

 ―――う~~ん? やっぱり、彼かな? 

 

 

 

 

 ・乙女なフウリン

 

 

 バレンタインのチョコ作りで真っ先に悩む事と言えば、大きく分けて二つ!

 誰にチョコを渡すか? もしくはどんなチョコを渡すかだ!

 私は渡す相手はもう決めている。いつの間にか気になる様になった彼以外に渡す相手はいない。渡すチョコは作ってみないと解らないから、その辺は作ってから考える!

 そんな私ですが、実は今、かなり困っていたりします。

 ―――どうしよう? 渡して………いいのかな?

 渡す相手は決まってるのに渡すかどうかは悩んでいたりします。

 だって、彼には別に好きな人がいるわけで、それは私ではないと知ってしまっている訳でして………。

 ―――もう~~~っ! 直接振られたんだから、いつまでも未練がましくしてないで、私の事見てくれても良いじゃんか~~~っ!!

 そんなに言うならチョコを渡してしまえよ。っと思うのですが、そう考えると「でもなぁ~~、やっぱりなぁ~~~………」って考えてしまうのです。

 渡す相手は決まってるし、お店用の義理チョコも作らないといけないから、ともかく手は動かす。チョコの欠片をお湯につけたボールに落とし、溶かして混ぜる。この時、色んなチョコの種類と、味付け用の調味料を入れて混ぜる事で、ビターなチョコや、甘々なチョコが作れるみたい! おかげで送る相手の好みのチョコがバッチリ作れるよね!

 ―――………? え? あれ? あの人どんなチョコが好みだっけ?

 確か、甘いモノ普通に食べてたし、嫌いでは無かったよね? でも、普通にブラックコーヒー(っと同じ苦い飲物)も飲んでたし、どっちかって言うと、ドレッシングみたいな辛味の方が好きみたいなことを言っていたような………ってチョコに辛味入れたら嫌がらせチョコでしょっ!? そう言えば前にサーヤの作ったお菓子食べてたっ!?

「サーヤっ!!」

「うわわっ!? な、なにフウちゃん?」

 ―――って、サーヤの味付けにしたら私の気持ちじゃなくてサーヤの気持ちになっちゃうよ~~~っ!?

「フウちゃん? なんでいきなり一人で頭抱えて唸ってるの? って言うか、何の用だったのかな?」

 ―――うぅ~~~………っ! サーヤやウサちゃんには恋の相談乗りまくって偉そうな事言ってたくせに、いざ自分の事になると空回りしちゃってるよ~~~………っ!

 こ、こうなったら、恋愛事なんてダメダメで、百合ルートまっしぐらのウィセにでも、ダメ元で、ホンットダメ元で相談してみようか? なんか末期な気がしてきたけど………。

「………、なに? 今物凄く不快な感想を抱かれた気が………?」

「―――っっ!? ち、違うよっ!? 私何も考えてないよっ!?」

「はい………?」

 

 

 

 

 ・メロメロブラック、シリカちゃん

 

 

 バレンタインチョコは、一か月も前からリズベットさんと相談していました。料理スキルが無くても、美味しいチョコを手に入れる方法はないかと、話し合っている時、≪ケイリュケイオン≫のイベントを聞き付け、渡りに船だと飛びついたんです。

 まさかSAOでこんな風に皆で笑いながらチョコ作りに勤しんでいるなんて、考えて見たら変な感じですが、それもこれも、SAOでムードメーカーになってくれた≪ケイリュケイオン≫の皆さんのおかげなんでしょうね。

 あたしはチョコを包丁で細かく切り分けながらうきうき気分で笑っていた。

 まあ、切り分けるって言っても、包丁でチョコを何度かタップするだけなんですけど………。

「シリカさん、誰にチョコを渡すか、やっぱり決まってるんですか?」

 あたしの隣から、踏み台に乗ってチョコ作りをしているクロンちゃんが尋ねてきた。

「うん、あたしはやっぱりテイトクさんにあげるよ」

「お二人とも付き合ってるんでしたね? 結婚のご予定とかはあるんですか?」

「そ、それはまだ………! まだ早いと思うの………っ!?」

 SAOで結婚すると、自分と相手のアイテムストレージが共有されて、互いのステータスを確認できるようになっちゃうんだよね? それがなんだか恥ずかしくて、未だにそんな踏ん切りはつかない。SAOの結婚システムって、現実での結婚と同じで、ちょっと考えさせられちゃうよね?

「でも、結婚が全部ってわけでもないし、こう言う時はやっぱりちゃんと形にして伝えたいもん。美味しいチョコレート作ってテイトクさんに喜んでもらわなきゃ!」

 両の拳を握って気合を入れる。そんなあたしを見て、クロンちゃんは憧れの様な眼差しを送ってきた。

「渡す相手が定まっていると羨ましいですね。私は一体誰に渡したものか………?」

 クロンちゃんが腕を組んで考えだすと、その隣にいたミスラちゃんが何だかビクリッ! っと反応していた。視線を逸らしながら何だか微妙な表情になってるけど、ミスラちゃん、クロンちゃんの関係図的な何かを知ってしまったんでしょうか? 意外と複雑なのかな?

「そう言えば、シリカさんは、もうキリトさんにはチョコを上げないんですか?」

「え? キリトさん?」

「はい、たぶんサヤさんなら上げるような気がしたので」

 クロンちゃん、その言葉に後ろでウィセさんがビクリッ! と怯えた反応してるよ? せめて聞こえないところで言ってあげようよ………。

「た、確かにちょっとだけ未練はあるけど………、もう、あたしはテイトクさん一筋で―――」

 ………ちょっと想像してみた。

 

 テイトクさんの目の前で、ウェイトレス姿でキリトさんにチョコを渡すあたし。

 「いつもお世話になってます♡ これ、あたしの気持ちです♡」

 なんて言って渡されて照れるキリトさん。

 それを見ていて慌てるテイトクさん。

 彼をチラ見。顔を輝かせるテイトクさん。

 すぐ無視してキリトさんと楽しく会話。

 ショックを受けるテイトクさん。

 キリトさんの事を恨めしそうに睨みながら嫉妬に耐えるテイトクさんの泣き顔。

 

「ちょ、ちょっと、テイトクさんの嫉妬する顔は見てみたいかも………?」

 何だか嫉妬してくれる姿を思うだけで、気分が高揚してきた気がする。やってみたいかも………?

「うふふっ♪ シリカちゃんも弄る楽しみ方をちゃんと覚えてきたようですわね? コツは、相手を完全に挫折させず、適度にバランスを取って長く弄り回す事ですわよ?」

「は、はいっ!」

 スニーさんの御助言、しっかり胸に刻みますっ!

「止めて上げて下さい………。テイトクさんのこの先の人生が可哀そ過ぎますので………」

 固い声を漏らすクロンちゃん。

 た、確かにちょっと可哀想かも? でも、好きな人に嫉妬してもらえるのって、自分を好いてくれてるって事だから、やっぱり気にはなっちゃうかな?

 テイトクさん、キリトさんより優し過ぎるから、ちょっとだけ不安になっちゃう時もあるんだよね………。もう少し思ってる事をはっきり言い合っても良いと思うのに………?

 ―――ウィセさんとクロノさんみたいになんでも思ってる事言い合えるのって、やっぱり美徳ですよね? ちょっとだけ羨ましいかも?

「うあ~~~~っ!? なんだか無性にストレスが~~~っ!? 私に向けて誰か毒電波放ってませんか~~~~~っ!?」

 急にウィセさんが頭を抱えて叫び出したっ!? もしかしてあたしの思念が届いちゃったっ!?

 あたしは咄嗟に謝ったんだけど―――、

「ご、ごめんなさい………!」

「うふふっ♪ 解っちゃいました♡」

「そ、そんな事、ないよ………?」

 す、すごい………っ! あたし以外にも同じような事考えてる人いたんだっ!?

 

 

 

 

 

 ・ミスラ、(別の意味で)苦悩

 

 

 正直、チョコ作りなんて全く興味がありませんでした。―――っと言うより、バレンタインと言うモノ自体を、私が良く解っていない事が原因なのかもしれません。

 こう言う時はユイの無邪気さが助かります。おかげで私も一緒にチョコ作りに参加出来ました。本当は、まだ他人と会話する事に抵抗はあるけど、ユイが一緒なら………。

「ママ~~ッ! チョコ溶かし終えました~~っ!」

 そのユイは、溶かしたチョコを型に嵌める役目を母親の腰に飛び付いておねだりしてます。私のチョコも溶かし終えたので、≪料理スキル≫の恩恵を貰う為に、型に流すのを手伝ってもらうところです。

「は~~い、ちょっとだけ待ってね~~?」

 そう言って優しく微笑んだユイのお母さん、サチさんは自分の作りかけのチョコを一旦置いて、私達の所にやってきました。サチさんと私の眼が合い、ちょっと気まずい気持ちになってつい目を逸らしてしまいます。でも、そんな私の態度も気にせず、サチさんは微笑みながら頭を撫でてくれました。優しさが嬉しくて、ちょっと照れてしまいます。

「ミスラも私の事、いつでも“ママ”って呼んでいいんだよ~~?」

 それはハードルが高いのでもう少し待って欲しいところです………。

 サチさんはチョコを型に流し込みながら、その数が気になったのか、私達に質問を投げかけてきました。

「二人は小さいチョコをたくさん作ってるみたいだけど、誰に渡すつもりなの?」

「私はママに上げます~~~っ!」

「わ、私も………」

「ありがとう」

 嬉しそうにほほ笑んでくれたサチさんは、次の型にチョコを流しながら、質問を続けます。

「でも、私一人じゃこんなに沢山のチョコは食べきれないよ? 他に誰か渡す人がいるの?」

「私は知ってる人皆に渡しますっ!」

 つまり特定の男子がいないと言う事ですけど………。

「そっか、さすがユイだね」

「ママには一番大きいの上げますね~~!」

「うん、ありがとう」

 ユイの頭を軽く撫でてから、サチさんは私へと視線を向けてきました。

「ミスラは?」

「わ、私は………!」

 特定の男子はいないのですが………、後でサチさんにはチョコの他に歌をお届けできればと思っています。

 ―――って、素直に言えないっ!? 顔が赤くなってしまって言葉が詰まってしまいます!? もじもじして俯いてたら、サチさんだって良い気分もしないでしょうに~~~!?

「ミスラはママに歌を聞かせたいと思ってるんですよ~~~っ!」

「ゆ、ユユユユユ、ユイ~~~~ッ!!?」

 先にユイに言われて恥ずかしさが爆発しました。頭から煙が出そうです。突き出した両手の行き場が無くて無意味に上下させるばかりです。

「言っちゃダメでしたか?」

「そ、そんな事は無いのですけど~~………っ!?//////」

 おろおろしてしまう私に微笑んだサチさんは、優しく私の頭を撫でてくださりました。

「ありがとう。楽しみにしてるからね?」

「は、はい………///////」

 ちょっと幸せに浸ってしまうのは、いけない事でしょうか? 良い………ですよね?

 

「渡す相手が定まっていると羨ましいですね。私は一体誰に渡したものか………?」

 

 幸せに浸っていたら、隣からクロンさんの声が飛び込んできました。

 思わずビクリッ! と反応してしまいます。

 ―――クロンさん………、普段から教会の子供のギンさんがアナタに子供ながらの猛アピールをしているのですが………、まさか本気で気付いていないのでしょうか?

 更に言えば、ケインさんがユイの事を、ミナさんがギンさんを、たぶんクロンさんはアルカナさんかヌエさんに渡すと思いますので、ここにも矢印が付くと考えると、とんでもない関係図が出来上がって行くわけです。

 ミナさんは昨日チョコ作ってましたけど、やっぱり相手はギンさんですよね? これ、このままにしておくと妙な事になりそうな予感が………。

「ユイも、誰か特定の男の子に特別なチョコを上げる時が来るかもね?」

「特別な男の子ですか? 例えばギンさんとかにですか?」

 ―――とんでもない関係図が生まれるので止めてくださ~~~いっ!!?

 こ、これは、何としても妙な事にならない様に、私が上手くコントロールしていかなくては………っ!?

「あ、あの、ユイ。今回は特定の男性と言うのは考えず、“ママ”だけに渡すと言う方向で―――」

「「ああっ!? ミスラがいま“ママ”って言った!」」

「ふきゃ~~~~~っ!! //////」

 

 

 

 

 ・サヤ迷走

 

 

 ウィセにチョコを上げようって思ってたけど、男子にも渡さないといけないんだよね? 誰に渡したらいいんだろう?

 隣のウィセに相談―――したら怒られそうだなぁ~? 最近のウィセは、何か僕が男子に近づくとすぐ怒ってくるんだよね。なんでだろう?

 ―――こう言う時の相談相手はやっぱりフウちゃんかな?

 そう思って視線を向けてみると………、

「サーヤっ!!」

「うわわっ!? な、なにフウちゃん?」

 いきなり向こうから話しかけられた。しかもなんだかすごい剣幕なのですが、僕何かしたかな?

 だけどフウちゃん、開いた口をしばらくパクパクさせてただけで、何も言ってこない。かと思ったら急に一人で慌て始め、頭を抱えてうずくまってしまった。

「………っ! ………。………~~~~っ!?」

「フウちゃん? なんでいきなり一人で頭抱えて唸ってるの? って言うか、何の用だったのかな?」

 返事が無い。何だか一人で忙しそうだから他を当たろう。

 やっぱりウィセに色々聞いた方が良いのかな?

 

「………、なに? 今物凄く不快な感想を抱かれた気が………?」

 

 今のウィセは機嫌が悪そうだ。本気で止めよう。

 そうだ。シリカに聞いてみよう。シリカなら恋人さんもいるし、良いアドバイスとかもらえるかも。

 少しだけ場所が遠かったけど、彼女に相談を持ちかけるために移動。すぐ後ろにやってきて声を掛けようとしたんだけど………。

「ちょ、ちょっと、テイトクさんの嫉妬する顔は見てみたいかも………?」

「うふふっ♪ シリカちゃんも弄る楽しみ方をちゃんと覚えてきたようですわね? コツは、相手を完全に挫折させず、適度にバランスを取って長く弄り回す事ですわよ?」

「は、はいっ!」

 スニーがシリカを後継者にしようとしてた。

 ―――止めよう。今のシリカに相談したらいけない気がするよ。

 戻ってきた僕は、相談相手を別の人にするため、チャットを開いた。

 ―――同じく恋人のいるラビットなら、何か良いアドバイスくれるかな?

 そう思ってチャットを送信。

 

 ピロリンッ♪

 

 ガッシャアァァァァンッ!!

 

「ラビットッ!! メールしないって言ったのに~~~~~っっ!!」

「ち、ちが………っ!? これ、サヤちゃんの………っ! ああああぁぁぁぁ~~~っ!」

 

 後ろの方からアルクとラビットの叫びと、けたたましい騒音が聞こえます。どうやらタイミングが物凄く悪かったみたいです。ゴメンねラビット………!

 何だか僕の行動一つで周囲がおかしな事になり始めてる気がするよ………。また何か起こす前に、素直にウィセに相談しよう。ウィセならきっと、チョコを渡す男子なんてクロノくらいしか思い付かなかったとか言って、作ってそうだし、僕もウィセと一緒にするって言えば、誰に渡すかとか考えなくて良いよね?

「………、なにやら物凄く不愉快な………? まるでクロノと二人で喧嘩してるところを周囲から茶化されている様な………っ?」

 ―――自分の力でどうにかしよう。

 決意を固めた僕は、周囲の音をカットし、自分の中で送るべき男子を厳選する。

 真っ先に思い付いたのはワスプだけど、送ったら目茶苦茶嫌がらせだよね? 二回も振ってるし………。

 カノン、も………、わ、渡せないかな? ちょっと気まずい………。

 キリトは………、渡したいけど、ダメだよね? 本当ならサッちゃんと一緒に「二人で作ったチョコです。受け取ってください!」なんて言いたかったんだけど、彼女さんに悪いから、やっぱりダメなんだろうなぁ~~。

 レンに渡すのは………、う~~ん、レンは僕からは受け取ってくれなさそうだなぁ~~?

 マサ………も、彼女さんに悪いか?

 ケンに渡したら、あの子が渡せなくなりそうだな………。

 アルカナ? う~~ん………、無い。

 タドコロ………は、いらないって言われたんだった。

 タカシは………、あああ、ダメだ。なんでかサーシャ先生に渡しちゃダメって釘を刺されたんだった。

 アマヤ? 無いかな。

 キリト………だからダメだったば!

 キャスト、無し。

 ゼロ………色々止めとこう。

 ロア………、は………、

 ―――べ、別に渡しても、………良い、のかな?

 あ、でも………、そうだ。止めとこう。僕が渡すのは良くないかもだし。

 他には………、マソップ? ゼニガタ? バン? サカキ? ゴオ? クローバー?

 ………。

 うん! ありえないっ!!

「なんだろうね………、今、一部男子の心が砕ける音が聞こえた気がしたよ………」

 ジャス姐さんの声が聞こえてきた。

 気付いたら眉間にしわが寄る程考えてたみたい。

 腕組んでうんうん唸ってたから、ちょっと疲れた。もう考えるのよそう。

 ちょっと悩ましげに溜息を一つ吐いて、僕は考えるのを止めてしまう。

 ―――もう、送る相手なんて特に考えないで行こう。とりあえず美味しいチョコを作る! それだけ考えて一心不乱に行くとしようっ!

 要するに面倒になったからチョコ作りに専念するってだけだけどね。まあ、それで良いよね? 美味しいチョコ作っておけば問題無いよ! 余っちゃったら、後でウィセと二人で食べてれば良いもんね!

 気合を入れ直した僕は全力でチョコ作りに取り掛かる。同じ≪料理スキル≫フルコンプのサッちゃんとアスナに、お菓子作りで負けるのだけは嫌だからね! ここはSAOのパティシエと呼ばれた僕の力を十全に発揮するっ!

 そうやって取りかかって出来たチョコに、僕は「あれ?」っと声を漏らしてしまう。

 確かに最高の食材を、最高のスキルで、最大限に工夫して作ったんだけど………? なんか妙に豪華なチョコが出来上がっちゃったな? 筆記体の英語が読めないからなんて書いてあるか解らないけど、ハート形でミルクチョコレートの装飾をされて、10㎝くらいの分厚いチョコ。

 なんだろうこれ? 凄いの出来ちゃったけど?

 試しにタップして料理名を確かめる。確か完成するチョコは殆ど≪失敗チョコ≫≪義理チョコ≫≪チョコ≫≪本命チョコ≫の五つのはずだ。失敗はありえないから、≪本命チョコ≫かな?

 

 ≪バレンタインチョコ≫:【バレンタイン調理限定チョコ。最高級品チョコレート。S級食材。これで意中の彼も、イチコロよ♡】

 

「な、なんか本気で凄いの出来たっ!?」

 限定アイテム作っちゃったよ………。料理スキルもまだまだ奥が深いんだなぁ~~。

 さすがに勘違いさせるので、僕がこれを誰かに送ったりはできないけど、想像以上の一品にちょっとご満悦になってしまう。

 

 バタンッ!!

 

 隣から、物凄い音が聞こえて振り向くと、ウィセが台所のまな板に、思いっきり額を打ち付けていました。

「サ、サヤ~~~~~………! それ………っ、誰に………っ!? 誰に渡すんですか~~~~………っ!!?」

 なんかすごい涙声が聞こえてきたっ!?

 一体ウィセに何がったのっ!? また僕っ!? 僕なのっ!? 僕が行動したらなんか起きるの~~!? 僕はどうしたらいいって言うのさ~~~~っ!!?

 

 

 

 

 ・ウィセの恋煩い

 

「うあ~~~~っ!? なんだか無性にストレスが~~~っ!? 私に向けて誰か毒電波放ってませんか~~~~~っ!?」

「うふふっ♪ 解っちゃいました♡」

「ご、ごめんなさい………!」

「そ、そんな事、ないよ………?」

 なんだか無性にイライラするのが続いたので、つい八つ当たり気味に叫んでみれば、スニーにシリカにサチが同時に三者三様の反応を示した。

「毒電波発しながらチョコ作りとは良い度胸ですね? きっとそのチョコを食べた相手は不幸のどん底に落ちるんでしょうね!」

 この程度の台詞、相手が相手だけに大した効果は無いだろう。私がわざわざこんな返しを用意したのは、別に優しさじゃない。むしろ―――、

「え? ま、ママ? これ食べたら皆不幸になっちゃうんですか………?」

 涙目になったユイが怖々とサチに尋ねます。サチがフォローする前に私はきっぱりとトドメを指します。

「成ります。確実に。少なくともその三人の所為で」

「う、うぅ………っ!!」

「だ、大丈夫だよユイ! ユイの気持ちの方が上回ってるからきっと幸せになるよ!?」

「そ、そうだよユイちゃん! そもそも毒電波なんて発してないから大丈夫だよ!?」

「こ、子供を泣かせるなんて卑怯ですわよウィセさん!?」

「ふんっ」

 私はそっぽを向いて無視します。

 まったく、バレンタインと言う幸せ作りの行事に、毒電波など放つからそう言う事になるのよ。

 ………バレンタイン。

 私にとってバレンタインとは、他者に対して自分の敵愾心を抱かせないため、好意的であると思わせる社会方法の一つだった。手作りの義理チョコを大量生産し、学校から親戚まで、僅かでも縁のある相手にはチョコを渡しておくに限る。たったそれだけで、私に対して好感を持ってくれて、敵を減らすどころか味方を増やすことが出来てしまうからだ。

 私にとってのバレンタインは、そういう手段でしかなかった。

 ―――まったく、人は変われば変わるモノですね。

 そう、今の私はそんな心の籠っていない“手段”など、こちらから願い下げだ。私は信頼を寄せる仲間にこそ送りモノはすれど、良く知りもしない他人に、心も無い贈り物など二度としない。そんな心の無い贈り物より、少数に送る気持ちの籠ったチョコの方が、何倍も価値があると知ったのだから。

 ―――っと言っても、意中の殿方などいないのですけどね。

 私もいつか、大人になり、男性にときめいたりする日が来るのかもしれない。………たぶん。………来る? 来ない? かもしれない………。なんとなくない気が………。お、おほんっ!

 ―――ま、まあ確かに、私がチョコを贈るとしたら、そんな相手一人しかいないのですから仕方ないのかもしれませんけど?

 私の今一番大切な人。それはサヤ。子供の様に元気で天真爛漫に見えて、その実臆病で、でも怖がりながらも前に進もうとする本当の意味で勇気を持っていて、時々とてつもなく頑固になって、我儘言ったかと思えば、こっちが甘えたくなってしまうほど、包み込む様に優しくおおらか、だけど結局のところ、守ってあげたくなるほど、他人の全てを直接心で受け止めてしまう無防備な女の子。私の事を全力で捕まえて、私の意思を尊重してくれながらも、ずっとずっと私を求めてくれた、最高の友達。たった一人の、私の特別な親友。

 それこそ、異性なんかよりよっぽど大事な存在。私がチョコを贈るとしたら、そんなのサヤ以外にいるわけないわ! そしてサヤも、送る相手はもちろん私だと解ってくれているはず!

 既に私達の関係は以心伝心である事を思い、勝手に気分が高揚して来てしまう私。思わずサヤがどんな顔で調理しているのかが気になってきてしまう。きっと私のためのチョコをうきうき顔で作っているのだろう。もしかしたら私と同じ事を考えて視線が合ってしまったりなんか? な~~んて、さすがにそこまで出来過ぎな事なんて無いと解っていますよ? 初めての友達に多少テンションが上がってしまう事は否めませんが、私はちゃんと現実を知っています。サヤが迷わず私のチョコを作ってくれているのは間違いないとして、やっぱりデコレーションとかに悩んだりしている事でしょうからね♪

 私は首を傾け、隣のサヤの表情を窺って見る。

 

 眉間に皺を寄せ、なんだか物凄く悩んでいるサヤがいた。

 手元のチョコは………手付かず。

 

 ピシャアアァァァンッ!!

 

 さ、サヤッ!? どうしてチョコを作る前から悩んでいるのっ!? 私に渡す事が前提なら、アナタはともかく作り始める性格でしょう!? 作る前に悩むなんて、誰に渡すかを悩んでいる時でもない限り―――まさか………、私以外へのチョコレートを作ろうとしているのっ!?

 そ、そんなバカなっ!? だ、だって、私達はあんなに互いの事を話し合って、触れ合って、見つめ合ったりなんかまでして、友情を確かめ合った仲なのに………っ!? それなのに、アナタは私以外の誰かにチョコを渡すつもりなのっ!?

 頭から血の気が引いて行くような気がした。SAOのアバターに血液など通っていないが、今この瞬間だけは、アバターが頭に回す血の量を減らしている様な気がしていた。

 ―――お、落ちつくのよウィセ! 私は明晰な頭脳の持ち主! このくらい、少し落ち着いて考えればすぐに解る事。そう、例えばサヤが悩んでるのは本当にデコレーションの類で、私以外の誰かに渡そうとかそう言う考えは全く………!

「………無いかな………キリト………だってば………っ」

 サヤの口から呟きが聞こえてきました。

 ―――キ~~~リ~~~ト~~~ッ!!! またアナタですかっ!? またアナタなんですかっ!? アナタはいっつもサヤの一番大事なところばっかりとっていってッ!? わ、私でも知らないサヤの秘密や悩みをいつもいつも………ぐすっ! あ、アナタだけには、負けたく………ぐすっ!!

 思えば私がサヤを意識する前からキリトはサヤにとって一番大事な所にいました。サヤの大事な所は、いつもキリトで埋め尽くされていて、サヤの色々な初めてを全部持っていって………! 私はいつもキリトの後を追いかけるばかり。いつだったか、サヤを意識し始め、戸惑っていた頃、キリトと正面からぶつかる機会がありましたが、あの時も結局、私はキリトに負けてしまったわ。………べ、べつにアレは私が負けを譲ったとかそ言うのじゃありません! ツンデレだとか、好意を持ったとかそういうのではなく、純粋に勝負に負けたと言うだけの事です! ええ、そうですとも!

 ―――でも、今では私の方がキリトよりサヤに近いと信じてるわ! だって、私はサヤの一番の親友になって、キリトには別の彼女が出来たんだもの! 私達の間を脅かすなんてありえない!

 サヤと私の絆は、日に日に大きくなる一方! それを感じられるからこそ、私は彼女の事を友達と呼び、彼女からも友達と言ってもらった。だから私はサヤを信じられる。

 ふらつきかけた身体を立て直し、私は小さく拳を作って気合を入れ直す。

 そう、仮にサヤがキリトにチョコを上げようとしていたとしても、それは私のチョコ以外を考えての事。サヤの事だから、バレンタインは異性にチョコを作るモノだと勘違いをし、男性の中で比較的近しい相手を選んだ結果、キリトを思い浮かべただけよ。

 だから、サヤにバレンタインに同性にチョコを贈るのは何も可笑しい事じゃないと教えてあげれば、きっと私へのチョコを作ってくれるはず。

 そうと解ればさっそくサヤに伝えなければと、私が再度サヤに振り向いた時、

 

 サヤがちょっとだけ頬を染めて、切なそうに溜息を漏らしていた。

 まるで乙女の様な、恋を煩ってしまったような表情。

 

 一体どうして? そう思った次の瞬間、サヤは両手の拳を握って気合を入れ直し、なんだかすごい勢いでチョコ作りを開始した。瞳の奥に熱い炎でも宿ったかのような入れ込みように、私は声を掛ける事が出来なくなってしまう。

 でもどうして? さっきまでサヤはチョコを贈る相手に悩んでいたのでは? まさか本当にキリトに?

 いえ、いえっ! そんなはずない。だってキリトには恋人がいる。それを解っていてサヤがチョコを贈る筈が無い。

 だ、だとしたらどうしてチョコ作りを始めたの? まだ誤解を解いてない以上、サヤは私へのチョコを作ろうとは考えていないはず。じゃあ、一体誰に? あ、あの愛おしげな溜息をさせる、誰かにっ!? 一体誰にっ!?

 成り行きを見守る事しかできない私。やがて全力のサヤの手に作られたのは、今までに見た事のない厚さ10㎝はあろうかと言うハート型のチョコレート。ホワイトチョコレートによるデコレーションが、筆記体の英語で『ハッピーバレンタイン』と書かれている。明らかに今まで見たチョコレートとは格が違い過ぎる。

 サヤは不思議そうに小首を傾げながら、チョコをタップし、アイテムの説明欄を呼び出した。私も横から覗いてみる。サヤはこの期間の間、チョコレートの出来を確かめるために、ウインドウを可視化状態にして生徒に見せていた。それをまだ解除していなかったらしく、幸いにも私は内容を覗き見る事が出来た。

 

 ≪バレンタインチョコ≫:【バレンタイン調理限定チョコ。最高級品チョコレート。S級食材。これで意中の彼も、イチコロよ♡】

 

「な、なんか本気で凄いの出来たっ!?」

 自分で驚きながらも嬉しそうに微笑むサヤ。

 私は呆然としながらそのチョコを眺め………それが私の元に来ないであろうことを予想し、誰かの手に渡るところを想像して………一気に脱力した。

 

 バタンッ!!

 

 勢い余ってまな板に額を思いっきり打ち付けてしまったが、私はもう全てがどうでも良い。

 サヤ、サヤ………ッ! ぐすっ! 一体誰に………っ!? 誰にそのチョコを………ッ!? 私で無い誰に渡すと言うのよ~~~~っ!?

「サ、サヤ~~~~~………! それ………っ、誰に………っ!? 誰に渡すんですか~~~~………っ!!?」

 わ、私には………っ! 解りません~~~~ッ!!

 

 

 

 

 ・ラビット災難

 

 

「すぅ~~、はぁ~~、すぅ~~、はぁ~~………」

 チョコ作り、始める前からちょっとだけ緊張する。渡す相手が定まっているだけに、彼の事を意識して、どんなチョコを作ろうかと勝手に胸がわくわくしてしまいます。恋は不思議。引っ込み思案で、臆病だった私が、彼の傍にいたいと積極的にチョコ作りなんてしてるんだから。恋の魔力は優秀だ。

 特に今日はバレンタイン。普段素直になれない女の子まで、少しだけ積極的になれちゃうような日。恋の魔力に上乗せ。調理場は不思議な魔力に満ち溢れている様。

 ………SAOにMP概念は無いけどね。

 でも、そんな魔力に中てられる人って結構いるみたい?

 ―――例えば私の隣にいるマフラーな女子とか………。

 私が視線を向けた隣で、ガッチガチに緊張しているアルクの姿が目に映ります。恋の魔法見習いなアルクには、渡すかどうか以前に、チョコ作りの時点で既にハードルが高いみたい。今も、溶かしたチョコを混ぜる事無く、ただただ自然に溶かし続けてる。ここがリアルだったら溶かしたチョコが蒸発しちゃうんじゃないのかな? ってくらい長い間放置状態。

 自分の作業をしながら心配になって横目で確認していたら、唐突にアルクが口の端で笑みを作った。

「………ふっ、俺が男のためにチョコ? 笑わせるぜ。私がチョコなんて作ったところで自分で食うに決まってんだろ?」

 ―――じゃあ、なんでここにいるの?

「そもそも、バレンタインにチョコを贈るとかって、完全にチョコレート業者の陰謀じゃねえか」

 ―――SAOでその言い訳は逆に斬新。

「外国じゃ、チョコじゃなくてクッキーだったり、そもそもお菓子じゃなかったりすんだぞ? なんでチョコレート何だよ?」

 ―――バレンタイン、意外と詳しい。

「男子連中にとっちゃ、女からチョコをもらえたらそれだけでハッピーなんだろうが? わざわざ俺が作る意味とかあんなのかよ? 市販で良くねえか?」

 ―――渡す相手はいますって言ってるようなものだよね?

「つまりチョコなんて、女が作りゃあ、誰でも良いってこった? ―――っと言うわけで頼んだぜぇッ!!」

 アルク、マフラーオフ。

「ってこら待て~~~っ!? 私がチョコ渡す代わりにアンタが作る約束でしょうがぁっ!? いちばんの難所を人に押し付けておいて、何敵前逃亡してんのよぅ~~~っ!?」

 アルク、マフラーオン。

「いや、やっぱ無理だろ? 俺が男にチョコ? 可愛いエプロン付けてチョコ作り? コントにしか見えねえよ! 何の公開処刑だよこれっ!?」

 アルク、マフラーオフ。

「アイツの前でチョコ渡す方が恥ずかしいでしょうがっ!? ってか、渡すって言い出したのアンタの方でしょうがっ!?」

 アルク、マフラーオン。

「俺のガラとかじゃねえんだよっ!? こう言う女くせぇことはお前の分野だろうがっ!?」

 マフラーオフ。

「度胸見せるのはアンタの役割でしょうがっ!?」

 マフラーオン。

「俺は戦闘派だっ!!」

 オフ。

「私も戦闘派だっ!!」

 オン。

「だって無理ッ!?」

 オフ。

「私も無理っ!!」

 ユニゾンッ!!

「「だって恥ずかしいっ!!」」

 …………。

 アルクが二重人格っぽい事は、もう聞いてる話ではあるけど………。それでも思わずにはいられないよね?

 ―――何この一人コント?

 ちょっと見てて面白い。

 恋の魔力は、一部の人を面白くしてしまう副作用でもあるのかな?

「よしっ! この際、第三者に決めてもらおう! ラビット! どっちが作ればいいと思うっ!?」

「ひゅうっ?」

 ≪ケイリュケイオン≫だけに予想はしてたけど………、やっぱり私巻き込まれるんだ………。

「お前だって彼氏にチョコ作んだろ? その恥ずかしさを解ってくれると信じてるぜぇ!」

 むしろ恥ずかしいながらに楽しいと言うのは本音なんだけどな………。

「え、えっと………、私、は………、どっちが、作っても………、同じアルクだし、嬉しい、っと思う、よ………?」

「それじゃあ、“コイツ”も納得しねえんだよ。なんか良い解決法とかしらねえか?」

 正直こう言うのは、おリンちゃんかジャスお姉さんに聞いて欲しい。もしくはシナドさんとか?

「じゃあ、もう………、ユニゾンしちゃえば? 二人一緒に作る」

「チョコ作り風情でユニゾン使ってどうすんだよっ!? 無駄に疲れるわっ!?」

 コントでユニゾン使ってた人に言われた。

「じゃあ、上げるの………止める?」

「何のためにここに来たんだよ俺はっ!?」

 ―――じゃあ、文句言わずに作ってほしい。

「その………、そもそも、アルク、ちゃんと告白してるの?」

「………」

「………。え? 嘘………? アレから随分経つの、に………?」

「ア、“アレから”ってなんだよ!? 俺がいつアイツの事好きになったか知ってんのかよっ!?」

「………。え?」

「その『やだこの人っ!? 気付かれないとでも思ったのっ!?』みたいなリアクションは何だよっ!?」

「………私より遅い人、いるんだね」

 私、恋愛して告白するまで、結構時間掛ったのに、それ以上の人いたんだ………。

「その憐れみの目、やめろよっ!?」

「早く、気持ち………伝えた方が良い、よ? 遅くなると、その分だけ、言い、難くなる………」

「わ、解ってるけどよ………」

「勇気、出ないなら………、私、代ろうか?」

 っと言いつつ、私はメニューウインドウを開き、メール操作を始める。

「や、やめろってっ!? 他人に告白させるとか最悪だろっ!?」

「でも、言い難いんでしょ?」

「だからって他人に言わせる奴があるかよっ!?」

「………。チョコ作る時点で、迷ってる………のに?」

「お前………、恋愛事になると静かに鋭い奴だな………、心が酷く抉られてる気分になるよ………」

「ふぅ………」

 私は呆れた風に溜息を洩らしながら、彼にメールを送ろうとする。それを見たアルクが慌てて飛びかかって来て止める。

「わかったっ! わかったよっ! チョコ渡す時に自分でするから! だから代わりにメール打つの止めてくれっ!?」

「約束、だよ?」

「うぅ~~………、俺の中で“私”の奴まで笑ってやがる………」

 アルクは項垂れながらも頬を赤くしてチョコ作りをやっと始めた。私はウインドウを消して、胸を撫で下ろした。

 似た様な方法をおリンちゃんにやられて、私も告白しちゃったけど、意外と誰にでも効果的っぽいな、この方法。

 本気で私がラブレターの代行なんてするつもりはなかったけど、アルクがあんまり意地を張るようなら、空メールくらいは送ってしまおうって思ってた。でも、アルクもその気になってくれたようで安心した。

 ―――私も、あの人に喜んでもらえるチョコレート作らなきゃ。

 っと、その時―――、

 

 ピロリンッ♪

 

 私にだけ聞こえるシステムサウンドが、チャットの受信を知らせてくれた。

 一体誰だろう? そう思いながら改めてウインドウを開きシステムを操作。

 ―――あ、サヤちゃんだ? 『チョコを作る相手で困ってるからアドバイスが欲しい』?

 サ、サヤちゃん………、その質問はウィセさんを暴走させる事になっちゃわないかな? これは返事を慎重に選ばないと、後でウィセさんが勘違いして泣き出したりするかもしれない。私はキーパネルを操作し、まずはサヤちゃんがどう言うつもりでチョコをウィセさん以外に渡そうとしているのかを聞いてみようとした。その瞬間―――、

 

 ガッシャアァァァァンッ!!

 

「ラビットッ!! メールしないって言ったのに~~~~~っっ!!」

「ち、ちが………っ!? これ、サヤちゃんの………っ! ああああぁぁぁぁ~~~っ!」

 私の頭に、熱湯で溶かされて、意外と熱いチョコレートがボールごと被せられました。

 もうフードは卒業したのに、どうしてチョコのペイントフードを被る事になるんでしょうか?

 彼氏が出来ても、恋愛相談が出来るとは限らないんだね………。

 

 

 

 

 3

 

 

 ≪ケリュケイオン≫主催『チョコフォンデュパーティー喫茶』の開催前日、最後の仕上げを行っている男子メンバー達は、明日はお店から義理チョコを進呈される事が決まっている。なので、彼等は最初は意気揚々、士気高に勤しんでいた………のだが―――、

「考えて見たら………、ワイら、本命チョコもらえへんの確実の一人身集団やな?」

「厳選された理由に気付くのは止めてもらえぬだろうか?」

 店の中は男子禁制のため、その外の飾りを準備している、キバオウとクラディールは同時暗い溜息を吐いた。

 キバオウは、≪軍≫解体後、フウリンに拾われ、≪ケイリュケイオン≫の一員として迎え入れられている。同じく、クラディールも、アスナへのストーカー行為をクローバーに咎められ、コテンパンにされてそのまま………何故かサヤの判断で≪ケイリュケイオン≫入りを果たし、今でも混乱の淵にいたりする。

 二人とも、ハチャメチャで型破りな≪ケイリュケイオン≫に入った事で、昔より砕けた………開き直った性格になり、色々苦労していたりする。

 キバオウは、フウリンへの恩返しのため、彼女の周囲を中心的に手伝っていたのだが、いつの間にかそれが≪空気と星≫ギルドの男子メンバーに、『フウリンを付け狙うストーカー』という誤解を受け………、ジャスに相談した結果、開き直ってマジストーカーになってしまい、フウリン親衛隊にタコ殴りにされている。

 対してクラディールに関しては、≪ケイリュケイオン≫入りしている混乱の中、後からアスナまでギルド入りして来てしまい、更に混乱に拍車を掛けてしまった。今で開き直ってアスナの追っかけをしているのだが、大抵誰かに見つかってソードスキルの洗礼を受けている。

「考えて見れば、我らのこんなノリが受け入れられている事自体、不可思議な事この上ない………」

「普通やったら、即ギルド脱退か、悪くて牢屋行きやな………」

「義理チョコでももらえればマシな方、貰えずとも罵声が飛ばないだけありがたいと思うべきかもしれんな………」

 既に諦めモードを受け入れようとしている二人に、椅子に座り、今後のスケジュールチェックをしていたサカキが、背中越しに二人に笑いかける。

「その辺は、ウチのギルドリーダーに感謝してくれよ? アレは能天気な風に見えて、繊細過ぎるほどに純粋だ。毒と解っていても、拾えるモノを拾わずにいる事が出来ない子だからね」

「わかっとるわ」

「むしろ、彼女を貶めようとしたらウィセ様辺りが恐ろしい事をしてくるに決まっている。私も、もうしばらくアスナ様を追いかけていたいのでね。下手は打たないさ」

「ワイもや!」

「お前ら結局そこは変わらんのだな………」

 自分の仕事を終え、チョコと一緒に食べる合わせモノを考えていたクドが、渋面になって呟く。

 前日にもなると、外側の仕事は殆どやる事が無くなってしまい、暇を持て余す男子プレイヤーは結構いた。忙しいのは翌日のために設置する係の者と、自分のバーを喫茶店として活用されると言う事で、一時店を開け渡し、その後の予定を考えなければならないサカキくらいのもの。前日と言う今となっては、殆どのプレイヤーが、自分達の狩り場で、明日に向けて軍資金を調達し周っている頃合いだ。

 それとは違い、クドの様に、余った時間をどう使おうか悩んでしまい、店周辺に屯してしまっている集団もある。いわゆる並び待ちをしている集団である。その中に、元≪月夜の黒猫団≫メンバーの男子達も、頭を突き合わせて話し合っていた。

「なあ? サチは俺達にちゃんとチョコくれるかな?」

「前のバレンタインは、それどころじゃなかったもんな?」

「リアルの時はくれてたよな? 何だかんだで。今年は貰えるかな?」

「………俺、実はサヤちゃんからもらえたら良いなぁ~~なんて思ってるんだけど?」

「「「なんて激戦区狙ってんだよっ!?」」」

「いやでも………、可愛いじゃん? サヤちゃん?」

「そ、そりゃぁ、気持は解るけどよ?」

「………、実は、俺も白状するとウィセから貰えたら良いなって最近思う様になったんだ。あの冷ややかな目で侮蔑したように見られながらチョコを渡してもらいたい」

「どうしたお前ッ!? すっごい危ない方向に目覚めてんじゃん!?」

「じゃあ、俺も白状するけど………! 俺はシナドさんから貰いたい!」

「人妻に目覚めたのかよっ!? ってかあの人、早々にリタイヤしてなかったか? 『私には夫がいる身ですから、バレンタインなど関係ありません!』っとか言って?」

「それでも欲しいんだよ! お前らもそうだろ?」

「サヤちゃんから貰いたい!」

「ウィセに睨まれたい!」

「シナドさんプリーズ!」

「俺は、カノンから………!」

「「「え?」」」

 名誉のため、誰が何と言ったのかは伏せておきます。

 

 

 

 4

 

 

 ・さあ、始まるザますよ!

 

 

 ケイリュケイオン主催『チョコフォンデュパーティー』は開催された。

 元々はギルド≪ケイリュケイオン≫の集会所とも言えたプレイヤーショップの酒場≪琴の音≫だった場所を、この企画のために喫茶店として軽いリフォームを果たしたモノだ。

 この企画の内容は、男子プレイヤーが店に入店すると、可愛いどころの女性プレイヤーが総出で出迎えてくれる。そして、席に着いたお客様に、金額に見合った内容でバレンタインチョコを貰う事が出来るのだ。

 例えば、最低価格の百コルなら、一口サイズのチョコを渡され―――、

 

スニー「どうぞプレゼントです! ………バレンタイン? うふふっ、御冗談を♪(嘲笑」

 

 通常価格の五百コルなら―――、

 

ウィセ「どうぞ義理チョコです。皆さんに配っています。当然です」

 

 多少奮発して七百コル出せば、板チョコサイズになり―――、

 

サヤ「はいっ! どうぞ! ちょっとがんばって作ったんだよ。君の事考えたら、ちょっとはがんばった方が良いかな? って思ったんだ。美味しい?」

 

 更に、結構ぼったくりな千コル支払えば―――、

 

アスナ「べ、別に、君のために作ったとかそんなんじゃないんだからねっ!? ちょっと、料理スキルを上げようと思っただけなんだからっ!?」

 

 更に更に、五千コル支払う様な兵がいたならば、チョコもソフトボールサイズになり―――、

 

シリカ「あ、あの………っ、これ、私達二人で作りましたっ!」

クロン「御一つしか頼まれていないので、二人分のチョコを一つにしました………!」

シリカ「あの………、良かったらこれ………!」

クロン「私達二人分と言う事で………、その………!」

シリカ&クロン「「私達、二人一緒じゃダメですか………?」」

 

 まさかの一万コル出す様な者がいたならば、チョコはホールのチョコケーキとなり、デコレーションも素晴らしく凝った物となる。その上で―――、

 

 ヴィオ「はう………っ! そ、その………っ!? 私の気持ちを、出来るだけ形であらわしたんですけど………っ! 全然、足りなくて………っ! それで………、その………、………。あ、あ~~ん………っ! してくださいっ!!」

 

 っと言う風に払ってもらった金額によって、店員の対応とチョコのレベルが変化していくようになっているのだ。ある意味メイド喫茶の期間限定進化版と言っても良いかもしれない。

 男子客は、入った最初は、このルールを聞いても多額を出す者はいなかった。いくら女性からのチョコに飢えていると言っても、指名した女性から、金額に見合う物がもらえるのかどうかは解らなかったためと、特定の女性―――つまり人気のある女性は、高い金額を出した者が優先されるため、中々順番が回ってこないのだ。おまけにこの企画、大変客の周りが悪い。テーブルを時間制限つきのレンタル、いわゆるチャージ料扱いとして、何とか客を回しているのだが、払ってもらった金額次第では、長時間店員がお相手する事にもなる。指名された女性が動けないと、客に待ってもらう事になるのだが、さすがに待っている間の時間までカウントするわけにはいかない。そんなこんなで、お金を出し渋る連中が多くなってしまっているのだ。

 これに対してジャスは冷酷に商売人としての判断を下した。

 テーブル料を追加できなくしたり、安値で長く居座ろうとする客には逆に冷たい態度で心を折りに掛り、マナーの悪い客相手には容赦無く≪ハラスメントコード≫で牢屋送りにすると脅しに掛った。おかげで、回転こそ悪い物の、客は素直に従い、行儀よく自分達の順番を守っていた。

 そんな中、やっと順番が回ってきた一同。

 キリトを筆頭に、クライン、コウ、ナッツ、キャスト、ゼロの六人がやっとの思いでテーブルに座った。

 注文を受け取り役―――に、いつの間にかなっている―――サチが、腰に二人の少女をくっ付けたまま注文を窺いに来る。

「いらっしゃいキリト。皆も。当店は、メニューに載っている参考金額を基準に、それに見合ったバレンタインを送る様になっています」

「やあ、サチ。………へぇ~~、面白い設定なんだな?」

 感心するキリトに、ゼロもニコニコ顔で頷く。

「こう言うのは基準金額以上を選ぶのがベストですが………、僕としては女性からチョコがもらえれば何でもいいですかね?」

「ゼロ、マジ欲がねえ………。でも、俺は女の子からもらえる事が重要………! そこだけは同意………っ!」

 小声で賛同するキャストに対し、クラインとナッツは実に楽しそうに相談を始めていた。

「んでっ!? いくら出すよ? 俺はさっそくアスナさん辺りを狙いたんだけどよ?」

「おいおいクライン? ソイツは早計だぜぇ? そんな上玉、誰もが狙ってんだろ? 今頼んだら何時間待たされるか解ったもんじゃねえぞ? サチ、どのくらい待たされるよ?」

「五時間くらいかな? 割り込み価格は、今、十万コルになってる」

「アスナさん人気パネェッ!?」

「さっすがだぜぇっ!!」

 クラインが驚き、ナッツが笑い転げる中、コウは無難そうな相手を選び、試しに三百こる程支払ってみる。

 注文を受けたサチは「すぐ呼んで来るから待っててね♪」っと言って厨房の方に引っ込む。他のメンバーは参考にする気満々で、しばらく様子を窺っていた。

 ほどなくして、御呼びの掛った店員、ウィセが半ば溜息交じりに現れた。黒と白のエプロンドレスに、ピンクのリボンで自分をデコレーションしているかのようなデザインの衣装が、「私がバレンタインチョコです」っと言っているかのようで中々に男心をくすぐっている。

「いらっしゃい。約束したチョコですよ? せっかく来たのですし、味わえば良いんじゃないですか?」

 ちょっとだけ微笑を浮かべてコウ個人に一口サイズのチョコを差し出す。受け取ったコウは、ちょっぴり頬を赤くして、気まずげに返答する。

「は、はは………っ、定価より下だから、きっと普通以下の対応なんだろうけど………、普段のウィセより優しくて可愛いよね?」

「………/////」

 コウの照れながらも素直な感想に、微妙な気まずさを得たウィセは、ちょっとだけ恥ずかしくなって頬を染めてしまう。自分が未だにサヤ以外の相手に冷ややかな対応を取る事が多いとは言え、この程度の営業スマイルを褒められるとは思っていなかった。普段の態度がまだまだ険しい事を再確認して余計羞恥心が煽られてしまったのだろう。

「まあ、ゆっくりしていってください。七百コル以下のお客さまとは、長話しないルールなので私はもう行きますよ?」

 照れ隠しの様に言って、ウィセは早々に帰っていく。義理チョコと言う設定なので、渡す以上の対応をしてくれないらしい。

「あのウィセであれなら、金額をふっこむ価値はありそうじゃない?」

 コウは、ウィセに貰ったチョコを嬉しそうに掲げながら皆に振る。全員が一斉に頷き、誰から貰おうかと真剣に吟味し始めた。

 ただし、クラインとキャストは『誰から貰ったら嬉しいか?』っと言うのが理由だが、キリトとナッツは『誰に頼むのが一番面白いだろうか?』っと言う違いはあった。

「よし決めた………っ! 俺はシリカちゃんに三万コル………!」

「キャストいきなり振り込み過ぎだろっ!? だが熱いぜ! サチちゃん! 俺はヴィオちゃんに五万コル出すぜぇっ!」

「キャストくんも、クラインさんも多額で攻めますね………。解りました。僕も乗りましょう! 僕はサチさん一択、一万コルですっ!」

「わ、わたしっ!?」

 受け取り役に徹していた所為でお呼びが掛らなくなっていたサチが、ゼロに指名され、ちょっと狼狽気味に尋ね返してしまう。

「一万コルですよママ! 私達もお手伝いします~~!」

「わ、私も………? いえ、嫌なんて事は無いですけど………」

 元気一杯に手を上げるユイに、もじもじと恥ずかしそうなミスラも加わる。

 サチは、一度コホンと咳き込んでから、前もって台本でも作っていたかのようにスラスラと喋り始める。

「シリカは割り込み価格八万コルで、三時間待ち。ヴィオは割り込み価格三万コルで三十分待ち。それで私は―――」

 一度言葉を切ってから、サチはウインドウを開き、そこからチョコレートケーキをオブジェクト化する。それをゼロの前に置くと、ユイとミスラが二人同時にホイップクリームを取り出し、不器用ながらその場でデコレーションして見せる。最後にサチが切り分けると、フォークで一口サイズのチョコケーキを差し出しながらにっこりと笑顔。

「お疲れさま。いつも私達のためにありがとう。今日は、私たち家族の気持ちだよ。受け取って、あ、あなた………/////」

 照れながらケーキを差し出すサチに続いて、ユイとミスラもマイフォークを取り出し、チョコケーキを突き出してくる。

「パパ! 私のも食べてくださ~~いっ!」

「私のも、食べて………ください。………パパさん………/////」

 愛する妻と娘と言う設定でのバレンタインプレゼントが飛来した。

 ゼロはいつも通り余裕の笑みで、ユイ、ミスラ、サチの順番でケーキを頂いてから―――、

「すみません、チップはいくら欲しいですか」

 限界突破で珍しく真っ赤になったゼロが、思いっきり恥ずかしがりながら財布の紐を緩めていた。感謝の気持ちが金銭感覚を完全凌駕した模様。

「しっかりしろゼロッ!? 気持ちは痛いほどよく解る! ってか俺も待ち時間覚悟で決めたけど今すぐ割り込みたくなっちゃったよっ!?」

「だが落ち着くんだゼロッ!? お前子供相手にチップはやべぇだろっ!? 大人の汚れた世界を見せてんじゃねえよっ!?」

「ってか、何気に振り込んだ金、一番渋ってたくせに思いっきりはハマッてんじゃねえかっ!? クハハッ! 珍しいなおいっ!?」

 キャスト、クライン、ナッツのツッコミにより、どうにか我に返ったゼロだったが、一万コルはだてではなく、ホールケーキを食べきるまで、サチ親子の猛攻(?)は続き、終わった頃には、ゼロも珍しく嬉しそうなニヤケ顔をしていた。

「僕、本気でサチさんを狙いたくなりました。まったく、小学生も最高だぜ」

「お前、あの一瞬で色々なもんに目覚めただろ?」

 コウの若干引き気味のツッコミにも、ゼロは動じていない。それどころか、もう一度サチを指名しようかどうか本気で考えている様子だ。

「昔の遊郭の遊女と侍の関係って、こんな感じだったのかな?」

「やめろコウ、何だかここがキャバクラに思えてきた………」

 コウの台詞に固い声を漏らすキリトだったが、彼もまた、アレだけの対応をさせる事が出来るなら、ここでの投資は割に合っているモノだと心底納得していた。ただ、ソロで攻略組に食いついているビーターとしての誇りが『安易な投資は今後に関わるぞっ!』っと警告していた。それでもあの対応は男として一度は体験しておきたい。さて、それなら何処までなら出せるだろうか? そんな風に計算を始めている辺り、彼もこの店にどっぷりつかってしまっていた。

 さすがに割り込み代は払えなかったクラインとキャストの代わりに、ナッツが先に指名する事にした。

「アルク、一万コルで頼む」

「また、演技とか苦手そうな人を選んだよね………」

 ナッツの注文に苦笑いを浮かべるコウ。

「アイツがしおらしくなんて出来っこねえからな。どんなキャラで来るのか楽しみだぜ!」

「楽しみにしちゃっていいの?」

 ナッツの発言に返したのは、赤茶色のエプロンドレスを纏ったマフラーオフアルクだ。彼女は一房にまとめられた髪を、得意げに片手で払いながら、片手に持っていた小箱をナッツへと差し出す。

「アンタのチョコよ! 言っとくけど、材料が余ったから特別に作ってあげただけなんだからね? その辺勘違いしないでよね?」

 そう言って差し出す小箱を受け取りながら、ナッツは呆れたような溜息を吐く。

「なんだ? 一万を払って何してくれるのかと思ったらただのツンデレかよ? しかも取ってつけた様な台詞じゃねえか? 正直がっかりだぜ」

「アンタが私に何期待してるんだか? あまりモノとは言え、それなりに自信作なんだから、もっとありがたがりなさいよね?」

 それだけ言うと、アルクはやる事はやったと言わんばかりに厨房の方へと引っ込んでしまう。「一万も払ったのにチョコを渡すだけかよ?」っと、少々不服に思いつつ、ナッツは箱の中を確かめるべく、蓋を開ける。

 果たして中に入っていたのは、真っ黒に焦げたゲテモノ感溢れる形状の、不可思議チョコだった。いや、これは本当にチョコかどうかも怪しい。

 さすがに言葉を失って固まる一同。一万も払ってこの結果はいくらなんでもあんまりと言うものだ。ふつふつと怒りが込み上げ始めるナッツだったが、彼が何事か口にする前に、慌てた様子で舞い戻って来たアルクが、不可思議チョコを取り上げ、背中に隠す。

「ち、違うのっ!? これは違うのよっ!? これは練習中に出来ちゃった失敗作で………! 本当に渡したかったのはこっちっ!」

 エプロンのポケットから新しい小箱を取り出し、再度ナッツへと渡す。しかし、先程が先程だっただけに、僅かに警戒心を持つナッツはすぐに受け取ろうとしない。それを見て、アルクは寂しそうな表情になると、自嘲気味に笑って俯いてしまう。

「そ、そうよね………。こんなチョコ作る女の子から、まともなチョコがもらえるなんて信じられないわよね………。ごめん、本当にごめんね………。私いつも、こんな事ばっかで………。せっかく………、せっかく、アンタの方から指名してくれたのに………、ごめんなさい………!」

 今にも泣き出してしまいそうなアルクに、ちょっと意地が悪かったかと反省したナッツは、アルクの手からチョコを奪い取ると、ぶっきらぼうに口の中に放り込んだ。

「ん………、なんだ、ちゃんとした奴は本当にうめえじゃねえか? これなら胸張っても良いんじゃねえ?」

 その言葉を聞いたアルクの表情が一瞬で輝き、幸せそうな表情へと変わる。そして、何故かそのままナッツの隣に座ると、愛おしそうな瞳で至近距離からナッツの横顔を見つめ続ける。

「な、なんだ………?」

「何でも無いわ。ただ、もう少し一緒に居ても良いかな? って思っただけよ」

 そう答えた後、アルクはナッツがチョコを食べ終わるまで飽くことなく見つめ続けた。食べ終わった後は、「また、呼んでね………?」っと言う、捨て台詞(?)と流し目を送り、去って行った。残されたナッツは、アルクの姿が完全に消えた後、「フンッ!」っとぶっきらぼうに鼻を鳴らし―――、

「可愛いじゃねえか………//////」

 ―――思いっきり照れるのだった。

「ナッツも落ちたか………」

「ちくしょう! 俺達の番はまだかっ!?」

 コウとキャストが呻く中、待ち時間の長さに耐えきれなかったコウが、再び注文をする。

「じゃあ、クロンちゃん。三千コルで」

「コウ、お前ひよったな………」

「子供相手なのも言い訳を用意したのか?」

 ナッツとキャストがジト目をする中、コウは慌てて「お前らと違って俺は金が無いんだよっ!?」っと言い訳をする。

 程無く現れたクロンは、小さな体に、服に着られた様な大きめのフリル付きエプロンドレスを纏っていた。頭につけたフリルカチューシャの端に、ピンクのリボンがくくりつけられていて、『アナタの妹がバレンタインにメイドさんとなってプレゼントされました』っと言うかのような愛らしさが醸し出されていた。

 クロンは他の女子とは違い、コウを見つけると小走りでやってきて、そのままの勢いで飛びついて来た。

「お兄ちゃん! 私に会いに来てくれたんですね! 私、チョコを用意して待ってたんですよ!」

 元気よく喋るクロンは、懐から板チョコを取り出し、「食べて食べて!」と期待した眼差しを向けてくる。コウは、普段の大人びたクロンの姿しか見た事が無かっただけに、戸惑いを覚えながらもチョコを受け取る。

「あ、ありがとう。美味しくいただくよ」

「はい!」

 一旦離れてニコニコ顔で見つめる少女。その前で、ちょっとだけ気まずさを覚えながらチョコを一齧りする。

「うん、美味しいよ」

 コウがちょっと照れた感じに呟くと、クロンは嬉しそうな表情を見せた。

 ―――がっ、次の瞬間、ちょっとだけ醒めた様ないつも通りの大人びた素の表情に戻り、一礼して去って行った。

「あ………」

 見事に『仕事だったのでやりました』っと言う風を残して去っていくクロンの背を目で追うコウは、再び注文を取りにうろついていたサチを捕まえ暗い表情で伝えた。

「もう一度クロン。一万コルで………」

 

 ガタタッ!

 

「「「すっかりハマってんじゃねえかっ!?」」」

 キリト、クライン、キャストのツッコミと、ゼロ、ナッツの笑い声がドッと湧く。

 

 

 

 それからしばらく、クロンの『仕事とプライベートをしっかり分けた対応』にドハマりしたコウが財布を空にして突っ伏す頃に、ようやっとヴィオが待ち時間を終えてやってきた。

「すみません~~! 御呼び出しに遅れちゃきゃ~~~っ!?」

 小走りにやってきたヴィオは、途中でつまずき、クロンの時の様にクライン目がけて飛び込んできた。

「おっしゃあっ!!」

 最早条件反射の域で受け入れ態勢に入るクラインだったが、≪体術スキル≫の派生上級スキル≪拳法スキル≫までもコンプしているヴィオにかかれば、おのれのドジっ子属性にも充分対応できるらしく、机に片手を付き、机を一切揺らすことなく体勢を整え、見事床に着地して見せた。

 クラインが両手を広げた態勢で虚しそうに固まる中、照れた様子で赤面するヴィオ。

「あ、あの………、何だか私、今日はやたらと御指名されちゃって………。本当に待たせてごめんなさい」

「ああ、うん………、いいよ? 俺はいくらでも待てるからよ………」

 今までが今までだっただけに、期待していた事態が起こらず、少々しょぼくれるクライン。だが、彼が落ち込むのは早過ぎだった。

 「それじゃあ………」っと言いながらチョコケーキをオブジェクト化して取り出したヴィオは、何の前置きもなくクラインの膝の上に座ると、フォークでケーキを切り分け、一口サイズにすると、ちょっとだけ照れた表情で、それをクラインの方へと差し出す。

「あ~~ん、です」

 一瞬、クラインがすごい表情で硬直。

「いっただきま~~~すっ!!」

 そして、幸せ絶頂のテンションでチョコケーキを頬張り始めた。

 おまけにヴィオは、そのままの体勢で「おいしい?」「最近大変じゃない?」と労いながら食べさせてくれるので、途中からクラインの記憶が半分吹っ飛んでいた。

 全てが終わり、ヴィオが立ち去った後、クラインはメニューを取り上げる様に掴み取り、鼻息荒く吟味し始めた。

「つ、つ、次は誰で行くべきかっ!?」

「待てクラインッ!? もうそれキャバクラに嵌っていくダメサラリーマンのそれと変わらないぞっ!?」

 キリトの必死の説得虚しく、その後もクラインは、金が許す限り女子を指名し続け、おまけに割り込み価格まで使ってしまい、キャストの指名したシリカがやってくる頃には―――無一文の廃人が二人に増えていた。

「な、何かあったんですか?」

 さすがのシリカも、心配になって尋ねるが、全員が「いつもの事だから気にしないでくれ」っ的な悟りきった薄笑いを返してきたので、深く追求しない事にした。

「ええっと………、改めまして、御指名ありがとうございます。シリカです。精一杯頑張らせていただきます」

「シリカちゃ~~~んっ!!」

「うわあぁっ!? ………えっと、どうも?」

 いきなりハイテンションのキャストに怯えながらも、シリカはなんとか対応しようとする。

「そ、それじゃあ、あたしから、とっておきのプレゼントを贈りますね!」

 シリカはそう言うと、ホールチョコケーキを取り出しくるりっ、と一回転して見せた。

「バレンタインに、、あたしから思いのたけを込めたチョコレート。アナタのために精一杯御奉仕します。だから私の思いを………た・べ・て♡」

 例の如く、一口サイズに切り分け、フォークにで差し出すシリカ。キャストは泣きそうなほど満面の笑みを浮かべ、はしゃいだ様子でそれを食べようとし―――、唐突に表情を失った。

「あ、うん。普通に食うよ」

「あ、あれ………?」

 反応が今一になった事にシリカの方が戸惑ってしまう。

 キャストは無表情にケーキを受け取ると、機械の様に規則正しく食べ始める。

「え、ええっと………? あ、あの、美味しいですか?」

 気を取り直してシリカが前かがみになって上目使いで尋ねる。

 一瞬、キャストの片眉がピクリと反応するが、やはり無表情に食べながら「うん、すげぇ美味しい」と返すだけだ。

 キリト達もさすがにキャストの変わり様に訝しみ、怪訝な表情を向けるが、邪魔する訳にもいかず黙って成り行きを見守る。

 その後もシリカは接客精神をフル活動し………、

 

 袖を摘まみちょっと自信なさげに俯きながら、期待した眼差しで頬を染め「ねえ、あたしの気持ち、届いてますか?」っと訪ねる。

 

 頬についたケーキの屑を手で取り、それを自分の口に運び掛け「やだ! あたしったら何してるんだろっ!?」っと真っ赤な顔で照れて見た。

 

 「あたしの思いの丈を! 全力で表しますっ!」っと言って、ミスラの歌に合わせ、飛び跳ねる様にして軽快なダンスを踊り、息が上がって上気した頬を染めた状態で「感じて………、くれました? あたしの思い」などと言ってみた。

 

 他にも諸々、三万コルの価格に見合う対応をがんばるシリカだったが、キャストは何かを我慢するように頑なな表情を続けるだけだった。

 それでも時間一杯までがんばったシリカは、最後にぎこちないながらも笑顔で一礼して、厨房へと去って行った。

 

「サ、サヤさ~~~んッッ!!」

「う、うわわわわあああ~~~っ!? シリカどうしたのっ!?」

「ううっ、ぐす………っ! あ、あたし………っ! そこまで魅力なかったでしょうか~~~………っ!?」

「何の事? シリカは魅力にあふれた女の子でしょ?」

「でも、でも~~~………! “あの”キャストさんがまったく反応してくれなかったんですよ~~~………っ!?」

「どうしたのキャスト!? 誰かに脅されてたのっ!? 呪いのデバフでも耐えてたのっ!?」

「あ、あたし………! あたしに、微塵も魅力が無いから~~~………っ!」

「そ、そんな事ないよっ! 絶対ッ! って言うかむしろキャストの方が心配になる事態になってると思うよっ!? シリカは全然問題無いって!」

「でも、でも………、それじゃあどうしてですか~~~~………っ!?」

「え、ええ~~~っと………!? はっ!? ピナがいないっ!? 今、ピナが他の待たせてるお客さんの対応してるから、シリカの方にピナがいないよねっ!? その所為でキャスト、シリカの事偽物か何かだと思ってたんだよっ! たぶんっ! ありえない気がするけど絶対そうだよ!!」

「ピ、ピナがいなかったから………?」

「そうっ! きっとそう! 絶対違う気がするけど僕はそうだと信じるよっ!!」

「あたしの魅力は、ピナとワンセットなんですか~~~~………っ!?」

「キャ、キャストの中ではそうなんだよきっとっっ!!!! そう言う事にしとこうっ!! ってか全部キャストが悪いっ!!」

 

 厨房より、シリカとサヤの声が漏れ聞こえる中、さすがに哀れに思い、キリトが尋ねる。

「おい、良いのか? お前シリカと話したかったんだろう?」

「ああ、メッチャクチャな………」

「だったらもっといつも通り喜んで良かったんじゃないか? 最初みたいにさ?」

「うん、俺もそうしたかった………」

「じゃあ、なんでしないんだよ?」

「………。キリト、俺は決して屈したわけじゃない………。ただ、男心を汲み取ってやっただけだ………」

「は………っ?」

 キャストの意味不明な発言に全員が首を傾げる。何故か彼は無表情に涙をダバダバと流すだけで多くを語ろうとはしない。

 

 ………誰も気づく事は無かった。彼の背後、逆側の席に座る男子メンバー、ワスプ、ケン、クド、レドラム、サカキ、そしてテイトクが揃っていて、シリカがキャストの元に訪れた事に気付いたテイトクが、背後からキャストの首にナイフの切っ先を、ずぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っと、押し当てて脅していた。

 誰も気づいていない。テイトクと同じ席に着いたメンバー以外、誰一人気付く者はいない。

「あの………? テイトク?」

「なんだよクド?(満面の笑み」

「いや、何でも無い………」

 その笑みは、恐ろしいほどに輝いていたと言う………。

 

 

 

「それじゃあ、最後は俺か? 誰に振り込むかな?」

 トリになったキリトは、最後に相応しい相手はいないものかと首を傾げて悩む。何気に一番の稼ぎ頭なので、一度に振り込める金額も多い。ここは最後らしく、ドンとはって、締めたいところだ。

 その時キリトは、ふと思った。サチを指名した時、高額だったためか、ユイとミスラまでセットで付いて来た。どうせ張るなら、一人に高額を張るより、複数人に言い寄られたい。珍しく男性的な慾を出したキリトは、サチを呼びとめると、注文を口にした。

「相手は任せる。百万コルで行ける所まで頼む」

「ちょっ!? おま………っ!? Σ(ーД-)」

「てめぇっ!? キリト………っ!?」

「うわ~~………、なんて暴力的な金額だ………」

「はっはっはっ!! それでこそキリトだぜっ!!」

「敢えて誰かを指名しないところなんか、君らしくて卑怯ですね。実に愉快です」

 キャストが“2ちゃん”っぽく驚き、クラインが「その手があったかっ!?」っと言った感じに恨めしそうな視線を送る。コウは最早尊敬を通り越して呆れるばかり、ナッツは実に楽しそうに笑い、ゼロは皮肉を交えて微笑する。

 キリトは、ある意味予想通りの仲間の反応に満足しながら、百万コルの効果が一体どんなモノになるのかと、期待し、サチへと視線を戻し―――そこに蒼白になっているサチの姿があった。

 え? 何これ? そんな疑問が口を出かけた時、サチは振り返り、店中に聞こえる大きな声でオーダーした。

「キリトから『規格外値段』入りました~~~~~~~~っっっ!!!?」

 

 ドドドドドドドドドドドッ!!! ←(女性店員総出)

 

スニー「ああ~~~~っ♡ わ、私のハートが………っ!? 大変な事になっちゃいました~~~~っ!」

ウィセ「な、なんて事をしてくれるんですかっ!? ………こ、こんな事されてしまったら、私………! もうっ、想いを伝えるしか無くなってしまいますっ!/////」

ジャス「食べてくりゃれっ! もういっそ、こなたごと食べてくりゃれ~~~っ♡」

フウリン「ああ~~~ん、もうっ!//// 恰好良いなお兄ぃ~~さんっ! 皆のばっかり食べてないで、私のも食べてよぅ~~~!////」

セリア「お兄ぃちゃん………っ! 食べて………っ! わ、私の………(チョコ)食べてっ!」

ライラ「あ、あのさ~? チョコ、私のを一番美味しく頂いて欲しいんだよね? い、良いよね? てへへ………////」

シナド「ウフフ………♪ 人妻の(チョコの)味、味わってみますか♡」

シリカ「キリトさん………、実はあたし、前からキリトさんの事を―――っ!!」

リズ「ま、待ちなさいシリカっ!? どさくさにまぎれて何抜け駆けしようとしてんのよ! ………あ、あのねキリト! わ、私のチョコも、そう言う意味で………だから………//////」

クロン「キリトさま!! まさか本当にチョコをお渡しできる機会があるなんてっ!? 嬉しいです! 貰ってくださいっ!」

アスナ「も、もうっ! 皆ばかりずるいよ! キリトくん、私のチョコも食べてよ~~~!」

ヴィオ「わ、私のも―――きゃうっ!? 胸の谷間にチョコが落ちちゃいました~~っ!? ………え、えっと、よろしければ、このまま………何言おうとしてるの私っ!? で、でも………、キリトさんになら………//////」

ラビット「わ、私のチョコなんて地味でしょうけど一生懸命作りました食べてくださいってごめんなさい私のチョコなんか地味過ぎて食べにくいですよめごめんなさいでも食べて欲しいと思って全力で作っておいておいたんですキリトくん専用だから是非とも食べちゃってくださいでも浮気のつもりじゃないんですごめんなさいでもでもやっぱり食べて欲しいの!!!!!(早口」

アルク(オン)「け、けん………っ!! そんなにチョコが食いたいなら持っていけばいいだろう?///////」

アルク(オフ)「えへへ………っ、なんかこう言うの照れるよね? 私達のチョコ、味わって食べてよね?//////」

サヤ「わ~~いっ! まさかキリトにチョコを渡せるなんて思わなかった~~! ありがとうねキリト! これで合法的にサッちゃんと一緒にチョコがプレゼントできるよ~~~! えへへ………っ! って言うか、僕個人的にも食べて欲しくて仕方なかったり? てへへ………っ!/////」

ミスラ「あわわわわわ………っ!/////// キ、キリトさんにチョコをプレゼントする事になるなんて………っ!? 無理だと思ってたから心の準備が………~~@//////」

ユイ「わ~~いっ! キリトさんが本当のパパになっちゃいました~~! 他のママさん達と一緒に可愛がってくださいね~~!」

サチ「あうあう………っ、何か改まると恥ずかしいな………///// は、はいキリト。私とサヤ、二人分の気持ちだよ。本当はね? ずっと二人で渡そうと思ってたんだけど、なんだか恥ずかしくて………。でも、こんな状況だしいいよね?」

 

女子全員『『『『『 私達、皆一緒で良いですか? 』』』』』

 

 ボボンッ!!

 

 ☆★☆★キリト! ハーレムルート達成!!☆★☆★

 

 奇跡のハーレムルートクリアおめでとうございます。

 新しいコマンド『あの子とラブラブお着替え』が解禁されました。

 新しいコマンド『あの子とゆったり公園デート』が解禁されました。

 アイリオンルートが解禁されました。

 ストレアルートが解禁されました。

 IFサヤ姉ルートでニューゲームが可能になりました。

 ゲーム中、ミニゲーム『メロメロタッチ』が使用可能になりました。

 最後に………、

 

 ―――男性陣からの殺意と羨望を一身に背負う事になりました―――

 

 “デッドルート”が解禁されました。モテモテな方はご注意ください。

 

 …………。

 

 キリトはたっぷり三時間、モテ王のハーレム人生を、モテモテに過ごし、ヒヤヒヤと汗を流した。

 三時間後、タイムアップのベルが鳴らされ、全女子が名残惜しそうにして厨房へと一旦去っていく。

 

 ザッ!!!!!!!!!!!!!

 

 刹那、店内の男性プレイヤー全員が武器を構えて立ち上がった。

 

 ダンッ!!!!

 

 刹那、キリトはステータスを全開に、窓から外へと逃げ出した。

「なんで俺が≪琴の音≫に来ると、最後は窓から逃げる羽目になるんだよ~~~~~~っっっ!!!」

『『『『『うっせぇっ!!!!! 待ちやがれキリト~~~~~~~~!!!!!!!(((((妬』』』』』

 

「あ、客一気にはけましたね? 皆さん十分休憩で~~す」

 ウィセの号令に、皆ニッコリ笑顔で休憩に入るのだった。




 次回から個別イベント、告白タイムです!
 ここまでは序章みたいなもんですね。次回から本番です。
 とりあえず遅くなってすみませんでした。
 言い訳をさせてもらえるのでしたら、仕事が連僅が続き、せっかくの休みには風邪をひき、買ったばかりのゲームや遊びの約束を消化していたら、インドアな私には珍しく、殆ど家にいなかったという状態にっ!!
 ツッコミどころ満載の言い訳だとは言わないでください………。
 それではまた、次回にお会いしましょう~~♪
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