添削しました。
たぶんこれで大丈夫なはずです。
第一章イベント02:
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これは悪夢なのだろうか?
大切な人が出てくる夢で、だけどその人はもう現実には存在していない。
そんな夢はきっと綺麗だ。彼女に対する想いが変わったことなど一度も無い。
それでも、こんな光景を思い出せば、やっぱり『悪夢』と思えてしまっても仕方ない。
クリスマスの夜。本当なら、クラスの皆でクリスマスパーティーをする筈だった。
世の幸せなカップルの例にもれず、彼も彼女と一緒に幸福な時間を過ごすはずだった。
少し遅れてしまい、彼女から催促の電話。慌てて準備を済ませて、さあこれから向かおうとした所で、友人から電話が入る。
『急げ! 早く来いっ!』
危機感を感じさせる電話に、慌てて向かった先では、バイオレンス映画もかくやと言わんばかりの光景が広がっていた。
今でも鮮明に思い出せた。
身体中の至る所を切り刻まれたクラスメイト女子。
元は美しい顔を持っていた子も、臆病だったが優しく笑っていた子も、普通の女の子だったが、人並みに恋らしい事をしていたらしい子も、皆例外なく、真っ赤な液体を垂れ流し、倒れ伏していた。
そこに、たった一人立っていたのは、何処で手に入れたのかも解らない、刀と銃を持った―――返り血に塗れた彼女。
真っ赤な髪を二つに結わえたツインテール。ルビーのような綺麗な瞳。真珠の様な真っ白な肌は、今は赤黒い鮮血に汚れている。
彼女は笑いながら告げる。
『―――に、手を出す女の子なんて、皆殺してあげるから』
とても綺麗な、最も愛する物の笑みはまったく変わっていないのに、その顔を染める鮮血が身体中に身震いを走らせた。
その場にいた友人が呟く。
『お前、とんでもない子を彼女にしたみたいだな?』
まったくその通りだ。自分はとんでもない女の子を好きになってしまったものだ。
そう思いながらも、やはり、好きな気持ちは変わらなかった。
だから彼は必死に説得した。何とか止めさせようとした。元の幸せな日常を取り戻す為に、彼女との時間を終わりにしない為に………。
だが、その結果は―――。
『私の事、もういらないの………?』
鳴り響いた銃声が、愛しい人の身体から鮮血を奪い去る。
『ごめん、ね………』
最後の言葉を聞いた瞬間。大切な人の姿は、ただの肉の塊へと変わった。
「―――ッ!!」
目を覚ました少年は、布団を弾き飛ばす勢いで跳ね起き、早鐘を打つ鼓動に必死で酸素を送り込む。
やっと気が落ち着いたところで、汗を拭う動作をして―――自分が全く汗をかいてない事に気づく。そこでやっと、この世界が現実ではない事を思い出した。
SAO≪ソードアート・オンライン≫。今やデスゲームとなった、VRMMORPG。このゲームに偶然参加する事となった彼、『ルナゼス』は、第一層の≪はじまりの街≫の宿屋にて、休息している真っ最中だった。
時刻は深夜。まだ眠っていたい時間だが、さすがにあんな夢を見た後で寝つける気はしなかった。
外の空気にでも当たってこよう。そう思い、彼は部屋を出る。
こんな時間では、宿の亭主も眠っているのが道理なのだろうが、ゲーム世界のNPC亭主もカウンターに姿が見えない。どうせ呼べばすぐに出てくるんだろうが、用事も無いのでさっさと外に向かう。
外に出ると、夜独特の冷たい空気が身体を程よく冷ましてくれて、大変気持ちが良かった。SAOをデスゲームにした茅場晶彦には文句も言いたいが、気温の感触まで再現した事には、むしろ感謝を述べたい気分だった。
少し散歩しようと思い至り、中央広場の方に足を向ける。
まだアインクラッドが二層までしか攻略されていない事を考えると≪はじまりの街≫には半分以上のプレイヤーが在沖しているはずだが、さすがに夜の街は閑散としていた。通り過ぎる相手もNPCばかりで、プレイヤーを見かける事は一切ない。
(夜なら当然、皆寝てるって事か?)
だからだろうか、中央広場に辿り着いた時、既に先客のプレイヤーがいた時は、多少なりとも驚いてしまった。それが知り合いともなれば、なおさらだ。
「“アイリ”、寝てなかったのか?」
声を掛けられた女性プレイヤーは、振り返り彼を確認すると、軽く笑って見せた。
“真っ赤な髪のツインテールを揺らし、ルビーの様な瞳で彼を見据え”、“真珠の様な白い肌”を外套で隠し、何の事は無い普通の女の子の様に笑う。
彼女は『アイリオン』と名乗るプレイヤーで、≪はじまりの街≫で少々気が狂いかけていた男性プレイヤーからしつこいナンパを受けていた。そこをルナゼスが助けたのだが………、さすがに彼も、アイリオンの顔を見た時は、驚愕を禁じえなかった。
(相変わらず似てるな………、別人らしいけどさ………)
リアルについて聞くのはマナー違反だったが、それでもルナゼスが質問してしまった事は仕方のない事と言えるだろう。彼女は、リアルの話はしなかったが、それでもルナゼスの『彼女』ではないと、はっきり否定した。
当然と言えば当然だ。死んだ人が、こんな所にいるわけがないのだ。
っとは言え、それからの縁で、二人はパーティーを組み、行動を共にするようになった。
「心配してくれた?」
「いや、圏内だからそんなには………」
「なによう? ひどいなぁ~~………」
不服顔で膨れる姿は、やはり可愛らしく。違うと解っていても血迷ってしまいそうになってしまう。もちろん、そこはしっかりと自制し、何一つ行動に起こさない。
「寝ないのか?」
自分の気を逸らす為にも同じ質問を繰り返す。
「ん~~………、寝ててもどうしようもなかったから」
意味あり気に呟く彼女に、彼はいつも混乱させられてしまう。この子はいつも、何処か別の場所から見ているように、自分達とは外れた発言をする。まるで見降ろされている印象を受けながらも、どうしてかこの女の子を嫌いになれた事は無い。彼女に似ていたから、と言うのももちろんあったのだが、それだけではない、楽しげな雰囲気が彼女の魅力に存在するのだ。
二人で、適当に星空を見上げ、ルナゼスは思い耽る。
(早く、現実に帰らないとな。俺が動けない所為で、アイツ等、苦労してないと良いんだけど………)
家に残した三人の義妹を思い出しながら、彼は必ずこの世界から脱出する事を胸に誓う。
(って、その前にレベル上げないと意味無いよな………)
アイリオンを助けた時の事を思い出し、思わず溜息を吐いてしまう。
現実ではそれなりに恐れられるほどの存在だったのだが、この仮想世界で現実の強さなどまったく意味をなさない。
向こうで使えていた力の全てが意味を失くし、レベルの高い者が純粋な強さを得る。
故に、あの時の彼は、彼女の手を引いて逃げる事しかできなかった。現実なら、せめて抱き上げる事ぐらい出来たのだが、レベルの低い現状では、人一人分の体重を持ち上げる事は出来なかったのだ。
誰かを助けようとして、あんな無様を晒すのは気が引ける。あの時、まったくレベル上げをしていなかったら、逆に叩きのめされ、もっと無様な姿を晒す事になっていたかもしれないのだから。
(強くなろう。いつか、前線組と
決意と同時に身体が小さく震えた。
さすがに夜風に当たり過ぎたようだ。そろそろ帰って寝直した方が良い。
いくら風邪を引かないとは言え、いつまでもこんな所に居るのは良くない。ルナゼスはアイリオンに声を掛ける。
「帰ろうぜ」
「うん」
ルナゼスは先行して歩きだし、その後をアイリオンが追う。
「………もっと、ロマンチックな事言えなかったのかしら?」
彼の背中を見つめながら、彼女は不満そうに呟く。
「“この程度じゃ、ガス抜きにもならないんだから………”」
翌日、彼の目の前から、アイリオンは姿を消した。
まるで、彼の恋人が自分の目の前からいなくなった、あの時の様に………。
1
第二階層、最前線拠点≪タラン≫、その人通りの少ない裏街道にて、マサとケンは互いに向き合い、己の剣を構える。
マサは片手用直剣≪アニールブレード≫と≪ラウンドシールド≫を構え、ケンは短剣≪ダガー≫を構えている。互いの中間地点の上空では巨大なウインドウ画面が表示され、残り10秒のタイムカウントを行っていた。
数字が0になった瞬間、真っ先にケンが単発突撃技≪アーマー・ピアース≫を放つ。瞬速の突きにして、防御貫通の効果を持つ一刺しは、狙い違わずマサの胸元に迫る。
咄嗟に盾で受けたマサは、貫通による微ダメージを負いながら、逆に前へ押しやり、タックルでバランスを崩させる。
たたらを踏むケンを斬りつけようとブレードを振り被るが、あっさり後ろに跳ばれ、射程外に逃げられてしまう―――かと思えば、既に走り出したケンが、狭い街頭の壁に向かい、その俊敏性を利用して壁に飛び付き、蹴り返し、マサの頭上をギリギリ飛び越える位置に宙返りする。
空中で宙返りしながら放たれた斬激を、何とか剣で受け止めたマサだが、着地したケンは、バネ仕掛けの様に跳ね返り、すぐさまマサへと連続の突きを放つ。
ソードスキルではないとは言え、こうも絶え間なく迫られては、マサとしては盾で防ぎ続けるしかない。だが、そんな亀作戦ではヒットポイントをジリ貧にされてしまう。
「―――っ!」
気付いた時、既にケンは身を低くしながら自分の脇を抜けていた。
視覚的に見づらい位置からの侵入に、反応が僅かばかり遅れ、振り返った時には、再び壁を蹴ったケンがソードスキルの体勢に入り、≪ダガー≫をエフェクトライトで輝かせていた。
「………っ!!」
息が詰まるのを感じながら、咄嗟にマサもソードスキルを放ち、攻撃を相殺させようとする。
マサの単発ソードスキル≪スラント≫と、ケンの二連続ソードスキル≪クロス・エッジ≫が正面から激突する。
ソードスキル同士が激突した際は、より、攻撃力が勝った方が、劣った方を弾き飛ばし、同等なら相殺し互いに弾かれる事となる。
マサの片手用直剣に対し、マサの短剣は軽く、その攻撃力も乏しい。二連続とは言え、片手剣の≪スラント≫をまともに受け止めてしまっては、相殺に持ち込むのが限界だ。だがこの時、マサのソードスキルは発動が遅れ、ケンのソードスキルを受け止めたのは、技の出がかり直前。つまり、攻撃に重心が乗る前だ。
「うわ………っ!」
結果として弾き飛ばされたマサは、ソードスキル同士が激突した、爆発をイメージされるエフェクトライトに、押し退けられるように後ずさり―――、先にディレイから回復したケンの一撃を、防ぐ事が出来なかった。
瞬間、二人の上空で、勝者の名が表示される。
【Winner ken】
2
「お疲れさん~~~! 七勝三敗で、またケンの勝ち越しだな~~!」
少し離れた位置で様子を窺っていたタドコロは、椅子代わりにしている木材に座ったまま、愉快そうに笑っていた。
それもそのはず、マサとケンが行っていた決闘システム≪デュエル≫で、どちらが勝つのか、昼飯の奢りを賭けていたのだから。
ケンが勝つ方に賭けていたタドコロと、勝負に勝ったケンには、敗者のマサから奢ってもらえる権利を得たのだ。
ちなみにこの勝負、≪デュエル≫に参加しないタドコロは、十戦中一戦毎に、どちらが勝つのか賭け、外せば負け一つと換算し、三人の内、尤も負けが多かった者が奢ると言う形になっていた。
その成績で、完全に偶然ではあったが、タドコロは全てを言い当て、完全勝利を収めている。文句無しの勝者であった。
「いやぁ~~~、御馳走様ですマサさん! おかげ様で今日も腹一杯だ!」
「まあ、味は今一な店ばかりなのがタマに傷だケド」
喜んで、今日の昼食を何処にしようか話し合うタドコロとケンの後ろを、負けっぱなしのマサは苦い笑いしか浮かべられない。
(う~~ん………、以前のクエストボスから、技術の無さを憂いて頼んだデュエルだったけど………、ケンを相手に遊び半分でメシ代賭けるんじゃなかった………)
ましてやタドコロまで交えたのは痛恨のミスだったとしか言いようがない。
ここ数日、暇がある度に付き合ってもらっていたのだが、僅差になる事はあれ、総合的に負け続けなのだから目も当てられない。何より一番堪えたのは、この事を偶然知ったサヤから「お金、少し貸そうか?」っと、本気で心配そうな目で言われた時は、軽く死にたくなった。
(一度は『守る』と言った女の子相手に、俺は何を気を使われているんだ………)
哀愁が漂いそうに肩を落とすマサは、黒鉄宮に居た時とは別の意味で『生ける屍』となりかけている。
「あれ………?」
ふと、マサは視界の端に知り合いの姿が映ったのに気付き、足を止める。
気付いた二人も立ち止まり、どうしたのかと視線で問いかけた。
「いや、さっきウィセがいた様な気がして………、気の所為だったかな?」
「ウィセか? そう言えばあの子、最近付き合い悪ぃいな~~………」
「タドコロ、そう言う事言うもんじゃナイよ。ウィセはタドコロと違って忙しいんデスヨ?」
「何を言う! タドコロさんはタドコロさんで、年長者として影からお前達をだな―――!」
「「………」」
「『無言は言葉以上の答え』っ!?」
あのクエスト以来、ウィセは情報収集及びフロアボス攻略に参加できないかと、一人走り回ってくれている。そのため、彼女と話す機会が極端に減ってしまったのだ。
これについては仕方ない理由がある。本来なら、彼等のパーティーは攻略に参加できるだけのレベルは既に獲得している。装備も決して悪くは無く、個々の戦闘能力も確実に増しつつある。更に付け加えるなら、彼等が自覚していないだけで、このパーティーは、それぞれ秀でた特性を持ち、ボス戦に於いては、強力なカードと成りえる存在となっていた。
だが、ここで足を引っ張るのが、構成された人間の関係性である。
ウィセ、およびタドコロは、元前線メンバーのパーティーに入っていた経緯があり、その二人が別のパーティーを作って再び攻略に参加すれば、あまり良い噂が立つとは思えない。緩和役として、ウィセは当面のリーダーをサヤと言う事にして強い当たりを避けているのだが、それが何処まで効果を及ぼすか解らない。
他にも、迷宮区の攻略で、前線メンバーより先を行く『何者か』が原因で、宝箱の収穫などが一切できておらず、最近気が立ち始めている様子。この原因を自分達になすりつけられても困る。実際に先駆けはしたが、結局それも、本当に早く先駆けした『何者か』に総取りされているのだ。そんな濡れ衣を受けるのはまっぴらごめんだった。
故に、交渉は情報を密に、慎重に進めなければならない。そんな芸当が出来るのは、やっぱり聡明なウィセ以外にいないのだ。
「ウィセ、最近は俺達とまったく話してないよね? 軽く現状報告してくるくらいだ」
「それだけ忙しいんダヨ? サヤも、ウィセが帰ってくるのが遅いって、つまらなそうに言ってたし」
マサとケンが、彼女について心配を口にする中、タドコロはお腹を抱えて苦悶の表情を作る。
「もう、解ったからよ? 続きは飯食ってからにしようぜ? これ以上空腹を抱えるのは辛い………」
「ま、真面目な話をしているのにコノ大人は………」
「タドコロさん、自分の年齢考えて発言してください」
「最近、若い二人の視線が危ねえっ!?」
3
情報屋は、時に他人に聞かせられない話を売るため、彼等との接触は自然と人気の無い場所、もしくは逆に人がいても目立たない雑踏の中などを選ぶ。
今回、情報を求めた少女は前者であった。情報屋『鼠のアルゴ』から最低限必要な情報を取り入れ、裏街道を悠然と歩む。
歩を進める度にサラサラと流れるオニキス色のロングヘアー、細身ではあるが
彼女、ウィセは、苛立ちに似た焦燥を胸に抱えていた。
それは、攻略参加に対する進行が悪いからではない。もっと身近な、パーティーに対する戸惑いだ。
今までウィセと言う少女が接触してきた人間は、誰一人の例外も無く、他人は悪意の塊だと信じる様な輩ばかりだった。それは正しい防衛本能かもしれない。だが、そんな防衛本能に頼ると言うのなら、そもそも他人を頼ったりしなければいいのだ。にも拘らず、人間と言うのは信用もできない相手を平気で仲間に引き入れ、友達だなんだと言い出す。その上、何か責任を押し付けられた時は、躊躇無く他人をスケープゴートにしてくるのだ。
このSAOに於いても例外ではない。他人よりも有益な何かを求め、他人よりも強く、裕福な恩恵を手に入れようと皆躍起になる。だが、そこに信用できないはずの相手を仲間にするなどと言う行為をしているのだ。まったく持って理解に苦しむ。
だからウィセは、自分も同じように他人の群れに入り込んでいる以上、いつ切り離されてもおかしくないと覚悟していた。覚悟した上で、自分は必ず生き残ると決めていた。
例え、他人がどれだけ理不尽で愚かで、自分の足を引っ張ろうと、全てを犠牲にしてでも自分は生き残って見せる。彼女は深くそう誓っていた。
(なのに、なんで………)
そう、だと言うに、ウィセが今、パーティーを組んでいるメンバーは、誰一人とも蹴落とそうとしていない。あの窮地に立たされたクエストボス戦を経ても、そこにいなかったウィセに疑いの目一つ向ける事無く。
特に彼女の心を戸惑わせているのは、一人の少女に対してだろう。
(いくらなんでも、はしゃぎ過ぎなのよ、あの子は………)
サヤ。不思議な少女だった。ウィセにとって、あそこまで表裏の存在しない人間は見た事が無い。純粋無垢で子供っぽく破天荒、かと言って思考能力まで子供と言う事も無く、恐怖に立ち向かい戦い続けた、小さな少女。
何より心乱されるのは、彼女が自分にだけは“触れてくる”と言う事にだ。
触られるのを敏感に嫌がっているらしいサヤが、どうした事か、自分に対しては平気で手を繋いでくるのだ。
(そんなの、ただ女同士だからに決まってる………)
そう言ってしまえば確かにその通りのはずだ。現に、サヤは手を触れ合わせる事はあっても、それ以上の接触は嫌っている。あの天真爛漫で無防備な少女が、お風呂に入る時は頑なに一緒を拒む。あんな性格で、わりと線引きがしっかりされているようにも思えなくもない。
(そうだ。あんな子に悩む必要なんて無い………)
なのにあの子は、無防備に自分の全てを受け入れる。
(関係無い!)
髪を掻き上げ、苛立ちを追い払いながら、ウィセは思考を別の方向へと向ける。
(それにしても、リンド一派はともかく、キバオウ一派のベータ嫌いは未だに熱を冷まさない。むしろ、ベータ達への嫌悪を火付け役してるみたい………)
≪ビーター≫の悪名はあまり効果があったとは思えない。そもそも、彼には『悪名』と言えるだけの“功績”が存在していないのだ。悪名を広めようにも、噂のネタが無い。これでは噂話にしようが無い。
(尤も、それは時間の問題でしょう。迷宮区の最前線突破や、この先でのベータテスターとしての知識のフル活用を乱発していくようなら、その悪名はいずれ溢れだす。最も彼をよく思わない最前線組を中心に………)
ふと思い至る。ならば、今こそ自分が敢えて抑えていたベータテスターとしての知識をフル活用する時なのではないか?
彼女もまた、元ベータテスターであった。今までは元ベータテスターが受けるであろう
(だけど今なら、私がベータの知識を利用したとしても、恐らく被る被害の半分は彼へと向けられるはず………)
こんな都合の良いスケープゴートは滅多にいない。彼が何処でどんな目に遭うとしても、それが自分の元に帰ってくる事は無く、足が付くわけでもない。自分の正体さえ隠し通せれば、全ては自分の都合に合わせてくれるだろう。
(そのためには、まだこの階層で目立つわけにはいかないか………)
この階層でいきなり頭角を表わしては印象付けてしまう。ここは悪の≪ビーター≫様に、多少なりとも活躍してもらってからの方が都合が良いだろう。
フロアボス攻略に、彼は間違いなく参加する。ボス戦もまだ二回目、必ずもう一波乱起きるのは間違いない。その時、彼がとる行動は、間違い無く前線プレイヤーの注目を集める。
後は『悪名』=≪ビーター≫と言う印象を前線メンバーに植え付けられれば、やりようはいくらでもある。
仮に、何処かで自分の存在を知られ、疑いの目を向けられたとしても、サヤ達とパーティーを組んでおけば、スケープゴートとしての利用は不可能ではない。
そこまで考えたウィセは、唐突に一つのビジョンが浮かんだ。
疑いを持ち、現れた連中。
対応するサヤ。
展開されるナチュラルカオス。
全て収集が付かない程意味不明な事に………。
(あり得る………)
あの天然カオス展開型無双少女に、エアブレイカーくらいできないはずが無い。一瞬、怖がって身を縮める所を想像したが、『女の子』としてはそっちがあってるはずなのに「ないわ~~~………」っと言う感想しか浮かばなかった。
(あれで、本当に
彼女の存在は、見た目や性格からは予想もできない程の力を秘めている。それを本人が自覚していないのは、むしろしていないからこその力なのだろう。サヤの他人から険を抜く特性は、ある種のカリスマ性と言える域の物だ。
(そう言う意味でも、あの子の手綱はちゃんと握っておきたい………って!?)
いつの間にか、また思考がサヤに戻った事に気付き、何だか頭が痛くなってきた。
(私も余程あの子の空気に呑まれていると言う事ですか………。少し身を引き締めませんと)
アレはアレで油断のならない相手だと、バカらしい溜息を吐きながら―――彼女の≪索敵スキル≫がその影を捉えた。
あと少しで裏道を抜け、表通りに差しかかると言うところを、四人のプレイヤーが現れ、前後を塞ぐ。
SAOでは、ハラスメントコードなどのプレイヤーを守るためのシステムが存在し、ある一定の条件を満たす外部からの接触をシステム的に跳ねのけてくれる。圏内の『安全圏』などがそれに値する。その中で、圏内にいるプレイヤーを『押し飛ばす』などと言った暴力的行為から身を守るため、圏内にいるプレイヤーは、同じプレイヤー及びNPCを跳ね飛ばす事は愚か、押す事さえできないシステムがある。だが、こう言ったシステムを逆に利用する悪戯も、SAOに限らずネットオンラインではよくある困った問題である。
今、ウィセは人が三人分ギリギリで通れる細い道を通っていた。その前後を二人ずつで囲まれると、システムによって保護されたプレイヤーを押しのける事が出来ず、間に挟まれた者は閉じ込められてしまう。これがマナー違反行為≪ブロック≫と言われる物だ。
明晰な彼女の頭脳は、この状況でも力付くで逃げ出す方法があるのをすぐに検出する。ソードスキルを使えば、ヒットポイントは減らせずとも、ノックバックが発生して、押し出す事が出来る。それは相手も同じだが、こっちは大通りに出てしまえば良いのだから問題は無い。
だが、彼女は考えるまでも無くその方法を使わない。
わざわざ自分を待ち伏せしたらしい相手の情報を手に入れずに逃げ出しても、また同じ事を繰り返されるだろうし、今度はもっと酷い状況に追い込まれる可能性もある。
かと言って、彼女は穏便に済ませたいと思っている訳でもなかった。穏便に済ませると言う事は、ある程度妥協すると言う事になる。それでは相手を付け上がらせてしまい、結局同じ事を繰り返させる。
事を荒立てれば逆恨みされ、穏便にすれば付け上がる。それが人間の醜い所である。対応するなら、的確な力加減を見極めなければならない。
本音を言えば、全力で徹底的に潰したい思いを、とりあえず抑えながら、ウィセは対応の短縮を図る。
「用はなんですか?」
男達は一瞬虚を付かれた様に黙る。
人の事を囲んでおいて、この返答を予想していなかったのだろうか? だとすれば随分低脳な存在だ。それとも女の子らしく怖がって欲しかったのだろうか? それは生憎自分の領分ではない。
「………お前、リンド派の奴か?」
「元ディアベルパーティーです」
今の質問も予想出来た。彼等がキバオウの仲間なのは、フロアボス攻略時に確認していた。それに対しての返答で、何が一番効くのかも予測できる。
リンドではなくディアベル。彼の名前は、キバオウにとっても敬意を払う物。この名前を出された以上、あまり強く言い出せはしないはずだ。
案の定、相手には少しだけ戸惑いが見られる。だと言うのに余程重要な案件なのか、戻る事をこそ躊躇するように、強い口調で質問を投げかけてくる。
「サブダンジョンを独占したって言うのはお前だな?」
「その質問に『ノー』と答える意味はあるんですか?」
「てめえっ! 白々しく―――っ!」
ウィセの返答に後方の男が声を上げそうになるが、前にいる男がそれを手で制す。今ので上下関係を確認できた。少なくとも後ろで止められた男より、前の男の方が上だ。力付くが必要になったら、まず最初にこの男を狙おう。
彼女の明晰な頭脳は、会話の途中でも情報収集を怠らない。
「認めるんだな?」
「『いいえ』」
半分確信していたらしい男が、ウィセの返答に足元を挫かれた様な表情をする。
「『あなた方が、“私がやった”と思っている所に、私が“やってない”と言って、それを信じてくれるのですか?』っと言う意味で訊ね返しました」
言外に、どちらであってもどうせ“やった事”にするのだろう? っと言い返してやると、男は話すのが難しそうに表情を歪める。
(まったく、この程度の会話で混乱ですか? あの子だってもう少しは付いてきますよ………?)
以前ウィセは、前線組のリンド派とキバオウ派について、どう思っているのかと尋ねた事がある。その時ウィセは、サヤが意外と考えて距離を置く事を選んでいる事に感心させられた。試しに前線メンバーの味方をするように会話を繋いでみた。話の内容を少しずつ難しく、それでいてややこしくなるよう、アレンジも加えて会話を繋いだのだが、途中で考える事はあっても、サヤはちゃんと自分の回答を示してくるのだ。時には、普段の素行からは予想もできない辛辣な意見を出した時もあり、それについては関心を通り越して驚嘆に値する。
(惜しむ事は、それが全て子供の指摘と言う事でしょうか………)
純粋であるが故に指摘は鋭いが、その解決方法などはまったくの空っぽ。方針を決めるのは早く、的確でも、具体的な内容が全く備わっていないのだ。
「なら言質はいらねえ。俺達はお前がベータじゃないのかって疑ってんだよ!」
前の男が唸っているのを見て、後方の先程の相手とは違う方が声を上げる。
恐らくは、サブダンジョンをクリアした理由が、ベータ出身の知識だと疑っているのだろう。
ウィセは確かにベータ出身だ。だが、あのサブダンジョンに関してだけ言えば、まったくの濡れ衣である。いくらベータでも、自分達がクリアした階層全ての知識があるわけじゃない。さすがのウィセも、あのサブダンジョンには足を踏み入れた事は無かった。
(そうでなかったら、駒を無駄に使い捨てる様な事をみすみすする物ですか)
「迷宮区には前線組が向かうのでしょう? そこでは効率の良いレベリングもできない。無理に行っても前線組の足を引っ張ることだってあり得ました。だからサブダンジョンに行ったんです。まさかこちらに来る人が一人もいないとは思いませんでしたが………」
敢えて表情を困った物にしてみたが、相手は取り合わなかった。
「適当言ってんじゃねえよ! こっちが必死に最前線で攻略進めているところを、お前らは安全なルートで手っ取り早く強くなろうってか? バカにしてんじゃねえ! お前らのためにマッピングしてんじゃねえんだぞっ!?」
その怒りは尤もだが向ける相手が違う。そう思いつつもウィセは言葉には出さない。そもそも、既に話し合う気も無くなっていた。
物事には視点と言う物がある。正しい情報を持つ物なら、ここでウィセを糾弾するのはおかしい解る。だが、それが彼等の視点になれば視野は狭くなり『そう思えてもおかしくない』状況を作ってしまう。ここまで来て話を続けても、彼等の怒りのやり場が無くなるだけで意味は無い。
まだ相手は言い足りないのか、話し合いはまだ続けられる物と勘違いしているのか、一触即発の空気は出していない。だが、既に話し合いに意味などないのだ。話を聞く耳を持たない者に、これ以上の口論は時間の無駄だ。人生は「よーい、どんっ!」で始まる物ではない。生まれた時からずっと始まり続けているのだ。
(そんな事も解っていないのに、下手な接触をするのですね………)
やはり人は理解できない。理解できないが分かり易い。サヤ達の様な変な人間もいるが、こちらの方が普通なのだろう。
人間は、結局のところで自分の意見しか見えていないのだ。他人を慮る事など、出来る筈が無い。理解できるはずが無い。解る筈が、無い………。
(さて、“どの手”で潰すとしましょうか………?)
既に考えておいた幾つもある対策の内、どれを選ぶべきかと悩んだ時、その声は急に割り込んできた。
「おいっ、変な言いがかりで女の子を囲むなんて、趣味が良いとは言えないぞ?」
表通りの方から現れたのは、黒い髪に黒い瞳の男。標準的な革装備だが、腕に巻きついている≪ベルトグローブ≫は二階層のレアドロップアイテム。それ故に、そこそこの強さがある様に見えている。背にしている片手用直剣は≪アニールブレード≫ではなく≪アルシーンメエーチ≫と言う名の刃渡り70㎝程度の短い剣だ。ウィセは、一度その剣をドロップした事があるから解る。アレは片手用直剣の中では、自分が知る限り最も短く、そして第一層で手に入る、“ドロップ品の中では”レアに入る剣だ。不思議な事に、あの短さで短剣カテゴライズに扱われていない。
そこまで確認してウィセはややかおしい事になったと額を押さえる。
ウィセはその男の事を知らない。それはつまり、最前線組ではないと言う事。それは同時に『大して強くない』事の証明でもある。これが何十層か攻略が進んだ後なら、それなりに技術を得た隠れた強者が居てもおかしくはないが、この相手はとてもそうには見えない。そもそも≪アニールブレード≫を持っていない片手剣士と言うだけで、前線組とは差が付いてしまうと言うものだ。
そんな男が、こんな場面で一体何を出しゃばってきたのだろうか?
(英雄願望は余所でやってもらいたい物です………)
などと呆れつつも、これを利用して逃げれる好機を見逃さず探すウィセである。
「なんだお前は? 関係無い奴は引っ込んでろよ!」
「明らかなマナー違反してる奴が偉そうな事言うなよ。なんて言うんだっけそれ? えっと………、確か≪ボックス≫だったか?」
「≪ブロック≫です。≪ボックス≫は人の集団だけで囲む方です」
ウィセの指摘に「ああ、それそれ」と調子の良い事を言う少年。どうみても強そうには見えないし、貫禄と言う物も持ち合わせてなさそうだ。
「うるせぇ! 俺達はコイツに用があるんだよ! 何も知らねえくせに首突っ込むな!」
それはウィセも同感だが、話がややこしくなるので黙っている。
「そう思うならマナーを守って一人で会いに来たらどうだ? 一人の女の子を四人がかりで囲むなんて、誰が見たって恰好良いようには見えないぞ?」
「………調子に乗り過ぎだ」
前に陣取っていた男が動いた。これで≪ブロック≫は外れた。隙を見ていつでも逃げ出せる。
っとは言え、ただ逃げるのではこちらの気が治まらない。もう少しばかり様子を見ておく。
男に向かったキバオウ一派は、同じ片手剣の使い手だ。こちらの剣はしっかり≪アニールブレード≫。実力と装備が見合っている事は、彼が最前線と言う事からも窺い知れる。戦いになれば勝負にはなるまい。
(っとは言え、ここは安全圏ですし、荒事になっても双方損する事は無いのですけどね………)
あるとすればプライドと言う物くらいだろうが、その程度なら大した問題ではない。
わざわざ剣を構えたキバオウ一派に、男は問いかける。
「やるのか?」
「ふん、俺は優しいからな? デュエルを挑む気なら―――」
「悪いがこっちは恰好つけるつもりはないんだ」
男が言いながら剣を抜き放つと同時にモーションに入る。ソードスキル発動のエフェクトライトが光ったと思った次の瞬間。
「………!」
放たれたのは単発ソードスキル≪ホリゾンタル≫。だが、ウィセの目には放たれた剣が異様な速度に達し、目視できない勢いでキバオウ一派に炸裂したように見えた。実際、それが男の放ったソードスキルで吹き飛ばされたのかどうか、傍から見ていたウィセにも解らない。なんせ、吹き飛ばされたキバオウ一派は、自分の足元まで飛ばされてきたのだ。
「遊んでるつもりはないんだ。やるからには前置きはいらない。さっさとやろう」
少し長めの
(今度のは≪ソニック・リープ≫? でも、マサが使うのより圧倒的に速い………)
男は剣を構え、また新しいモーションの準備に入る。
それを見たキバオウ一派は、さすがに状況不利と思ったのかすぐに逃げ出し始めた。
「テメェ! これで済むと思うなよ!?」
何ともベタなセリフを残し、連中は立ち去ってしまった。
もう戻ってこない事を確認した男は「ふぅ~~~………」と溜息を吐くと≪アルシーンメエーチ≫を背中の鞘に収めた。
「いやぁ、ハッタリに引っかかってくれてよかったぁ~~、さすがに俺のレベルじゃ相手にならなかっただろうしな」
「そうでしょうね」
「あれ? 分かってた?」
「アナタが本当に強いのなら、普通にデュエルを受けて叩きのめした方が効率が良いはずです。相手に実力差と言う物を痛いほど思い知らせる事が出来ますから、納得できなくても従うしかなくなります。そうしなかったのは、出来なかったからではないですか? 例え一対一でも、勝てない程に」
「御明察」と肩を竦めた少年は、本音を暴露する。
「本当はあの場で戦いになったら困るのは俺だったんだよ。あんなレアな片手剣持ってる最前線組と渡り合えるほど、俺のレベルはまだ高くない。二階層に来たのだってつい最近で、主街区からこっちまで来るのにだって苦労したほどさ。この≪アルシーンメエーチ≫って言うの、片手用直剣なんだからもう少し長ければまだ使いやすいのに………」
「それは無理でしょう? ≪アルシーン≫はロシアの長さを示す単位で1アルシーンが約71.12㎝を表わしています。≪メエーチ≫は剣の意味なので『71.12㎝の剣』を意味しているんだと思いますよ」
少年は「ふ~~ん、博識だな~~………」っと感心の声を上げる。
「まあ、なんにしても、あんな状態の女の子を無視する理由は思い付かなかったけど」
「別に『助けてくれ』などとは言っていないのですが?」
「は、はあっ!? なんだそれ?」
ウィセの当然とも言える発言に、男はあり得ない言葉を聞いた様に驚愕する。どうやら、自分が『良い事』をしたと思っているようで『大きなお世話』をしたとは思っていない様だ。こう言うタイプは自分に英雄願望がある事に気付いていないので、扱いが少々面倒だった。
「助けたんだから礼くらい言ったらどうだよ?」
「別に私一人でもどうにでもなりましたから」
「な………っ!? って、どっかでこのやり取りやった事あるぞ………?」
過去に同じような体験をしたのだろうか? そうだとしたら随分と御節介な性格らしい。
彼女としては、この少年と仲良くなる必要などまったく無いのだが、険悪になりたいわけでもない。それに、さっきのソードスキルには少し興味があった。そのため彼女は最低限の険は抜いておく。
「ですが、お礼は言っておきます。ありがとうございました」
(かなり余計なお世話でしたが………)
口に出さない言葉は通じない。よって少年の方も―――、
「ん? なんだ、普通にお礼が出来るんじゃないか」
―――っと、普通に納得していた。
どうやらこの少年は、自分の求める理想像に合わせてやると、こちらの意図した方向に動いてくれるらしい。面倒ではあるが、この少年もサヤと同じくらいに御し易い。そう理解する。
「そうだ。俺はルナゼスって言うんだ。君は?」
「………ウィセです」
名乗る事に一瞬抵抗を覚えたが、ここで名乗らないとまた面倒だと思い我慢する。念のため、ナンパ目的の相手なら『お断り』の意思を示す為に身体を抱いて一歩後ずさる。
警戒された事は通じたらしく、微妙な顔つきになっていたが、どうやら目的は別にあるようで、気にせず質問を投げかけた。
「あのさ、聞きたいんだけど? この階層で赤い髪のツインテールの女の子を見なかったか? 名前はアイリオンって言うんだが?」
「………その方がどうされたんですか?」
「消えたんだ。突然。パーティーの俺に何も言わず………」
悲痛な表情で俯くルナゼスの姿に、二人の関係が浅からぬ物なのだと悟ったウィセは―――、
(良いネタがありましたね………)
内心ほくそ笑む。
「フレンド登録をしているのなら、追跡機能があるはずですけど?」
「そうなんだが、どうしてか半端にしか追跡できないんだ?」
「半端? システムで追跡できないのは、ダンジョンに入っている時くらいではないですか? それでも、何処のダンジョンに行ったかくらいは追跡できたはずですが………」
例外として特殊なトラップに嵌っている場合(一時的に通路に閉じ込められるなど)は、その限りではないが、こんな下の階層でそんなトラップがあるのは、精々自分達が攻略したサブダンジョンくらいの物だろう。それとて珍しいケースだったはずだ。
「この階層のこの街に来てるらしい事は表示されてるんだが………、こっちのメールはどうしてか届けられないし、もう、足で探すしか無くなってるんだ………」
「“メールが届けられない”? 拒否されているとかではなくてですか?」
「ああ、他の連中にした事は無いが………、システム上、届け先が存在しないみたいなエラーコードが出たから間違いないと思う」
それは妙な話だ。アイリオンと言う少女が実在しているのは、彼がフレンド登録している以上間違いない(妄想の可能性は慈悲でしないであげた)。だと言うのに、メールは届かず、追跡も半端、コレではシステム自体に問題があるとしか思えない。
(SAOを統括しているカーディナルシステムに不具合でも? それとも、茅場晶彦が、何らかの理由で細工した余波?)
考えたところで仕方ない。いくら彼女の頭脳が明晰とは言え、不足した情報から確信には迫れない。
「んで、この街に居るのは確かみたいなんだが………、探す以前に街並みが解らなくて、道に迷っていたんだ。そしたらそこで女の子が絡まれていたから………」
そこで大きなお世話をされたと言う事か。納得したウィセは呆れて溜息を付きたくなった。この行き当たりばったりの性格は、何処かの誰かと類似するのではないだろうか? 思い浮かべたウィセは、面白い事に行きついてしまう。
きっとのこの少年は、タドコロが若くなって、サヤみたいな突撃思考を持ち、マサの謙虚さを完全に取っ払い、ケンのテンションを面白く上げた様な性格なのだ。
もう一口エッセンスが欲しいかな~~………。などと考えてしまって、ウィセは死んだ魚の様な目で乾いた笑みを漏らす。
やはり自分はサヤに毒されている。こんなおバカな思考はサヤ以外の何物でもない。
「ど、どうした………?」
自分はよっぽど変な顔になっていたのだろうか? 目の前の少年がおよび腰に訪ねてくる。
「何でもありません。今、とんでもないおバカな存在を思い出してしまっただけです………」
サヤが聞けば泣くか怒るかしそうだと考えながら、ウィセは話を戻す。
「それよりも、道に迷っていると言うのなら、助けていただいたお礼に道案内でもして差し上げましょうか?」
「え? いいのか!?」
釣り糸をたらしたら、間もおかずに食いついてきた。
彼女は、焦らずに竿をゆっくりと引いて行く。
「私も、仲間から頼まれた用事の途中なので、そのついででよろしかったら………」
「ああ、構わないよ! それだけで大助かりさ!」
食い付きの良さを見誤る事無く見定め、一気に竿を引く。
「それでは私達とパーティーを組みませんか? そうすればアナタのレベルでも二階層を自由に歩けますよ?」
「何から何まで大助かりだ! この恩は戦闘で返すよ。最初は足引っ張るかもだが?」
「いいえ、そんな事は構いません」
ウインドを操作しパーティー登録を済ませる。
「では、とりあえず移動しましょう。こんな所にいつまでもいるものではありませんし」
「ああ」
先導して歩き出すウィセは、釣った魚の大きさに、冷やかな笑みを浮かべる。
とりあえず『銀』を『ただ取り』出来ましたかね?
取った『駒』をどう扱うか、ウィセは思考を止める事無く『銀将』を導く。
4
最近、僕は物凄くつまらない。っと言うより寂しい。
せっかく同室に友達がいると言うのに、その友達が忙しくしていて中々話す機会を貰えない。本当に忙しいのは解ってる。だから、こっちから「遊んで!」なんて言うのは間違ってると思うんだ。
でも、最近はマサやケンは二人で仲良く決闘やってるし、タドコロはそれに着いて行っちゃうし………、正直一人はつまらない………。
「でも、我儘言うモノじゃないよね………」
≪タラン≫の街を端から端まで見て回っている僕、サヤは、不満を呟きながら人通りの少なくなった道を歩く。NPCは結構いるみたいだけど、この辺の道は攻略優先のプレイヤーには人気が無いみたいだ。見たところショップもないし、目新しいクエストも聞いた事が無い。当然と言えば当然なのかな? 大通りからそれほど離れていないし、プレイヤーが居てもいいのに?
「って、仲間以外の姿まで求めてるよ、僕………」
人恋しいと言うのは、きっとこんな気分なんだろうなぁ~~。
………いつからだろう? こんなに我儘になってしまったのは?
まだ、このSAO始めて間もない頃、それこそ、デスゲームが始まる直前まで、僕は欲張って何かを求めたりなんてしてこなかったはずなのに?
光の無い、自分で歩く事もできない、ただそこで沢山の音に耳を傾けるだけの存在。それが僕で、例えSAOで仮初の脚と光を得ても、その根幹は変わらないはずだったんだ。
結局のところで、僕の現実は『音』だけだったから。『匂い』や『感触』も同じだけど、SAOと現実では、こっちの二つには微妙な差異がある。それが僕の中で違和感として残る。だから、僕の現実は『音』に集約されている。
それが今では“姿を求める”ようになっているんだから、僕もこの世界に毒されてるのかな?
「見えない方が良い事も、一杯あるのに………」
思い出してしまったのはラッツの事。僕が目の前で死なせてしまった男の子。彼の事を思うと、胸の辺りがキュッ、として、目頭が熱くなってくる。サブダンジョンの時も、マサのヒットポイントが減って行くのを見た時、同じように胸がキュッ、とした。
死んでほしくない。居なくなって欲しくない。見る事も、聞く事もできないなんて、そんなのは寂し過ぎる。
でも、それを他人に求め、押し付けるのは違うはずなんだ。僕の想いは僕だけに留めないといけないのに、どうして僕は、誰かが傍にいる事を求めちゃうんだろう?
「………ッ! 余計な事は考えない、余計な事は考えない、余計な事は考えない………」
胸の辺りを両手で抱きしめ、小さく肩が震えて行くのを堪えようとする。
ずっとずっと続けているおまじない。自分のすぐ傍で、頬を撫でる恐怖に気付かないフリをして、必死に勇気を振り絞る。
解ってるんだ。本当は、こんなの勇気でも何でもないって………。でも、でも僕は………っ!
「………っ! ………
『捉まった』。
感じた僕は自動的に槍を振り抜き、臨戦態勢に移行する。SAOでいつの間にか身に付いた反射だ。
「………」
目を閉じて、こちらを見ている者の『気配』を探る。
此処が圏内なのは解っていた。でも、視線の気配が独特で、無意識に警戒心がどんどん膨らんでいく。
こんなのは初めてだ。幼い頃ならいざ知らず、今の僕に“知らない気配”があるなんて思わなかった。気配が解ってもそれが何者なのか解らない。人なのか、Mobなのか、NPCなのか? 解らない。
見られ方まで普通じゃない気がする。人の視線みたいな直線的なものじゃなくて、もっと全体的と言うのか、空間的と言うのか………? ともかく広く見られている様な………そう、まるで“神様にでも見られている”ようだ。
相手の特定が出来ない。≪
「誰っ!?」
仕方なく声を発して問いかける。すると、想像もしないほど近い場所に突然アイコンが出現して、ちょっと驚いた。
見積もりは苦手だけど、たぶん十メートルを離れていない路地の影、そこから現れたのは、楽しげな笑みを浮かべる女の子だった。
光ってるみたいな鮮やかな赤色のツインテールに、お化粧してるみたいな真っ白の肌。肌が白い所為か、瞳と髪の赤が強調されて、とっても綺麗だ。
歳の頃合いは、見た目から推測するのは僕にはできない。でも、たぶん僕より三つくらいは上だと思う。
装備はフード付きの外套を付けているから良く見えない。でも、なんだか………凄い違和感を感じる。こっちは気配とは別に、彼女の見た目が、何か………?
「こんにちわ。ちょっと驚いたわ! 私の≪
考えがまとまる前に女の子は話を進めてしまう。
何だろう? とっても親しげに話して来てくれてるのに、物凄い危機感を感じる。
まるで、圧倒的な存在を前にして、自分のちっぽけさを思い知らされてるみたいな、そんな生物的恐怖心が、身体中に沁み込んで来る。この恐怖に比べたら、さっきの寂しい恐怖なんて御遊びの様だ。
臨戦体勢を崩さないようにしながら、僕は話しかける。
「僕に用があるの? 一体何?」
久しく出る警戒心に満ちた険のある声。こんな声を出すのはいつ以来だろう? 今でもこんな声が出るなんて、思いもしなかった。
女の子は意に介した風も無く、ただ単に僕の質問に答える。
「ん~~~? ちょっと探し物。私の仕事なのよ」
そう言いながら、女の子は腰に差した剣の柄に片手を置く。
「それでね、アナタって、普通の人とは違うでしょう? だからちょっと確かめようかなぁ~………って?」
次の瞬間、彼女は剣を抜き放ち、瞬時にソードスキルを放った。
≪ソニック・リープ≫の黄緑色のエフェクトライトが目に映った時には、視界全部を紫色に埋め尽くされた。続く衝撃が頭を吹き飛ばし、身体が後ろの方に突き抜けて行く。地面を数度転がりながら、それでも鍛えた反射ですぐに立ち上がると、赤い髪の女の子は、興味深そうにこちらを見ていた。
「急に何を―――!」
「するのさっ!?」っと続くはずだった声は、続いて放たれた突撃系のソードスキルによって中断された。安全圏による≪アンチクリミナルコード≫の保護の元、紫色の障壁が剣を受け止めヒットポイントが減少する事は無い。けど、ノックバックによる衝撃で、僕の身体はポンポン投げ飛ばされてしまう。
「―――~~~に、すんのさっ!?」
再び飛ばされた身体を、地面を蹴飛ばして起き上る。
「だから、私の“仕事”。探してる物があるんだってば?」
意味の解らない事を言って、彼女は再びソードスキルのモーションに入る。
何度もやられてるなんて御免だ! 僕も視界を閉ざし、
繰り出されるソードスキルの効果音に合わせ、必要最低限の槍捌きで後方にいなす。瞬転して槍を薙ぎ、カウンターの一撃を放つが、当たった感触もしないし、外れた音が聞こえた。ちゃんと避けた音も聞こえていたから、相手がどの程度の距離にいるのかも捉えている。この距離ならソードスキルで詰めるのは難しくない。
素早くモーションに入り、対応される前に≪ソニック・チャージ≫を放つ。
だけど、相手も早い。既に対応されたソードスキル≪ホリゾンタル≫でしっかり受け止め相殺―――違うっ!? この音は≪ホリゾンタル≫じゃない!?
理解しても遅い。ソードスキルを相殺された僕はディレイを貰って瞬時に動けない。そこから左右をすり抜ける様な横二連撃、続けて後方に回られての垂直横切り、計四連続の垂直横切り≪ホリゾン・スクエア≫。
度重なる≪アンチクリミナルコード≫の発生とノックバックに翻弄され、また地面に倒れてしまう僕。痛みは無いし、肉体的疲労だってない。でも、度重なる衝撃と、ソードスキルをまともに受けたんだと言う恐怖が身体中を突きぬけ、全身が震え上がった。
もしここが圏外だったら? もしこれが完全決着モードのデュエルだったら?
僕のヒットポイントは、紛れもなく空っぽになっていた。
「ひう………っ!?」
ダメだ………っ!
考えない様にしていた事実を、直接叩き込まれ、平常心でいられない。
頭の中がぐるぐるして、嘔吐感が込み上げてくる。
どんなに気持ち悪くても、SAOで吐く事は無い。でも、込み上げる嘔吐感は本物で、必死に胸と口を押さえる。
「余、計な事は、考えないっ、余計な事、考えないっ、余計な事は考えない………っ!」
必死におまじないを
どうして彼女は≪ホリゾン・スクエア≫を使えた? 半ベータテスターの僕は知っている。アレは片手用直剣の中級スキルだ。垂直横切り四連ソードスキル。それが≪ホリゾン・スクエア≫。
こんな下層で、未だに二連撃技が最高ランクに止まっているレベルの場所で、三連撃技を飛ばしてこんなソードスキルを使える筈が無い。
でも、現に使われた。僕はこうして打ちのめされた。
どうして?
思考が纏まらず、閉じていた瞼を開き、相手を目視で確認する。
瞬間、僕は開いた瞼をめい一杯見開いてしまった。
有り得ないのはソードスキルだけじゃなかった。彼女の持つ片手用直剣。結晶の様に青く透き通った刀身を持つ凝った意匠の施された
「≪ソード・オブ・ローラン≫………っ!?」
それは、ベータ時代、姉さんが第五層のサブイベントで勝ち取ったと言っていた、LAボーナスのはずだ。
「あれぇ~? 知ってるの? ベータテスターでも、この剣の存在を知るのは少ないのにね?」
当然だ。あの剣は五層時点で既に必要パラメーターが高く設定されていて、せっかく手に入れた姉さんも、使う事が出来ず泣き言を言っていた。結局あの剣を使えるようになったのは、第七層辺りだと聞いている。
………まあ、その原因の一端として、僕の勉強会とか、連続デスペナルティとかがあったことは否めないけど………。
ともかく、そんな武器をなんで彼女が、こんな下層で手にしていると言うのか?
「まあ、疑問はあるでしょうけどね? これは私の仕事道具ってとこかな? お仕事するのにはどうしても必要なのよ。『力』が」
意味深な事を言う、彼女の目は、笑っているのに笑ってるように見えない。
まだ震えが止まらない身体を持ち上げ、必死に槍を構える。
さっきまで、僕は目を瞑って戦っていたから気付けなかったけど、よくよく見て見れば、彼女の装備は至る所がおかしい。
身体装備は、姉さんが最後の最後で手に入れ、結局見るだけで終わった第八層レアドロップ≪ピクシー・アーマープレート≫。腕装備は≪ミスト・グローブ≫。足は≪レッド・カーブーツ≫。どれも、ベータ時代に最後の方で確認した装備ばかりだ。
「君は………なんなの………!?」
そう問いかけずにはいられなかった。だって、このSAOでは『ベータテスターデータ引き継ぎシステム』なんて物は存在していない。それなのになんで彼女は現在二層までしか攻略されていない現状で、こんな装備を………っ!?
一瞬思い浮かんだのは≪チート≫や≪チーター≫と言う単語。でも、可能なのだろうか? その辺の知識の無い僕には『ベータ時代のデータを引き継ぐチート行為』なんて物が現実的にできるのかどうか、まったく想像できない。
それに、たぶんこの子はそう言うのじゃない気がする。だって―――、
「何者と聞かれてもね? ん~~~? 単なるバグとかでどう? バグでベータ時代のデータが残っちゃってね―――?」
「違う………」
「………?」
「単なるチートじゃないんでしょ? だってアナタ、『気配』が違う………」
「………。ふ~~ん………」
身体に悪寒が走った。
赤い女の子の目が興味深そうに細められたと思ったら、目を閉じなくても解る程の『気配』を叩きつけられた。
地を蹴り、真直ぐ突撃してくる赤い少女。今までとは違う、ソードスキルではない、だが圧倒的に速い接近。繰り出された一撃を何とか槍の柄で受け止め、横に払ってから後方に飛び退る。すぐに目を閉じ『気配』を探る。
次の瞬間、僕の世界が壊れた。
「ヲオオオオオオォォォォォーーーーーーーーーーーッ!!」
gね青いbん後p:pwlog:ogvkbmmm・;くぁ@おはえj!?
kにうbは;えgkあl、mbぱおwk!!?
mが;びjひあ¥:w@ばw438yhbv!?
ま;bぱおじぇあm」:z:1!!?
ml;ばじゃ!?
―――――――――――――――――!!!?
―――――――――――――――――!!?
―――――――――――――――――!!??
「………ッ!? つ………ッ!!?」
まともな思考が戻った時、僕は地面に倒れていて、槍も何処かに落としてしまったようだ。
身体的なダメージを被らないはずの仮想世界で、僕の身体は痺れたように動かせない。視界さえも霞み、上手く瞼を開けるのも難しい。手足は投げ出され、床に仰向けに倒れている事までは解る。だけどそれ以上は頭の中がグチャグチャで、考える事が出来なくなっている。
「これ一発で終わりなんだ? アナタ耳が良過ぎるのね? ≪
女の子の声が聞こえた。辛うじて言葉として認識できる。彼女の言った≪威嚇≫は知っている。僕も、たぶん仲間の皆も持っていないと思うけど、確か派生系スキルで、モンスターのタゲを取るスキルだって聞いた事がある。
ああ、そうかなるほど。僕は至近距離でその大音量を叩き込まれたわけか。あれ、本当に叫ぶとは思わなかった。
元々耳だけで生きてきた僕だ。聴覚は普通の人より敏感で、小さい音だって逃さないし、ある程度音を聞き分ける事だって難しくは無かった。自慢にはならないが、練習して絶対音感だって身に付けている。
そんな、人より敏感な耳に、大音量をあんな間近で受けたりなんかしたら、そりゃあ頭の中グチャグチャだ。聴診器を耳にしてる状態で、本来は胸に当てる部分に向かって絶叫されるのと同じだ。
本来なら鼓膜が破れたりして音が聞こえなくなるのだろうけど、ここは仮想世界。さすがのSAOも鼓膜なんて再現してないだろうし、そもそも、普通の人相手に同じ事をしても、僕みたいな大事にはならなかっただろう。これは、僕だから起きた事故だ。いや、この場合は“事件”か………。
「ねえ、終わり?」
寝たまま動かない僕に、赤い少女はまたもソードスキルを放ってきた。
視界が紫色に染まり、ノックバックで吹き飛ばされる。
勝敗なんてもう決まってるのに!? 彼女はそれでも攻撃してくるのっ!?
いくらヒットポイントが減らない圏内とは言え、ここまで執拗に攻撃する必要ってなんだよっ!?
「ふ………っ! ふ、ぁ………っ!?」
上手く声が出せない。身体中が言う事を聞いてくれない。打ち出されるソードスキルにだた転がされるだけ。まるで不格好なおもちゃになったみたいだ。
どうしてっ!? 嫌なのにっ! 逃げたいのにっ!? どうして身体が動いてくれないのさっ!!
まるで、何もできなかったリアルの僕の様で、ずっと我慢してきた苦しみが、恐怖が、耐えようがない程に押し寄せてくる。
おまじないの事も忘れ、僕は嗚咽を漏らし始めそうになる。
必死に堪えたのは、おもちゃみたいに扱われたくないと言う、僕なりのプライドだったのかもしれない。
「………はあ、違うか? もう少し追い詰めれば何か出るかと思ったんだけど………。これだけやっても何も出てこないって事は、アナタが“探し物”ってわけじゃないのね?」
意味、解んない。解んないよっ!!
もう止めてよ! なんで僕がっ! 僕が………っ!
「
「ん?」
身体中が震え上がった。
もうダメだと思った。
必死に押し留めていたそれが、溢れて、限界に達しようとしていた。
それなのに女の子は、何かを見定める様に見降ろし、剣を振り被る。真っ赤なエフェクトライトを灯した剣が、真直ぐ僕へと―――っ!!?
ガギイィィィンッ!!
金属がぶつかり合う重い音が鳴り響き、振り下ろされるはずだった赤い閃光は、オレンジに光る別の一撃に跳ねのけられた。
「おっとと………、いけないいけない。周囲に注意を配るの忘れてたわ」
赤い少女がそう言って剣を構え直す相手。その相手は、倒れた僕を守るように立ち、その手に持つ柄の長いスタッフを地面に叩きつける。
「………悪趣味、っで、済まされるレベルじゃないですよね? これ?」
一瞬、その丁寧な口調はウィセかも? っと思ったけど、彼女が使っていたのは曲刀だ。≪片手根スキル≫じゃない。じゃあ、この人は?
視線を上げると。青みがかった黒髪をまとめて、小さな尻尾みたいにしている、顔立ちの整った男の子の真剣な表情が見えた。装備は革装備で統一されている様だけど、片腕だけが僕と同じ≪ライト・ガントレット≫の金属防具を装着されている。
「ん~~~………? アナタには用は無いんだけど………、まあ、ついでだし試してみますか?」
赤い少女が飛び出す。
メイス使いの男の子も前に出る。
危ないっ!? その人の剣は上階層のレアアイテムだ! 正面から斬り合えば、武器が破損してしまうことだってある! ≪アンチクリミナルコード≫が守ってくれるのはヒットポイントだけで、武器や防具の耐久値は守ってくれない!
そう思っても声には出せなかった。まだ身体が言う事を聞かないと言う事もあるけど、何より、彼が放つ『気配』に、絶対的な自信が漲っていたからかもしれない。
少女の剣≪ソード・オブ・ローラン≫が真っ赤なエフェクトライトを伴ない斬閃を走らせる。対する少年は―――予想外にも、空いている左手で少女の刃を捕まえた!? すぐに≪アンチクリミナルコード≫が発動して、紫色の光が溢れるのだが、システムによるノックバックが発生するより一瞬早く、彼の右手に持つスタッフがソードスキルを発動し、赤い少女の側頭部を打ち付ける!
互いに≪アンチクリミナルコード≫の影響を受けて、弾き飛ばされる。赤い少女は地面を転がり、座った状態で体勢を立て直す。スタッフ使いの男の子は、地面に手を付いて、くるりと回転すると、器用に着地して見せた。弾かれる事を計算に入れていたからできた芸当だろうけど、それでも鮮やかなものだと感心してしまう。
女の子が立ち上がると、彼もスタッフを構え直して臨戦態勢。少しの間、膠着が続いたけど、少女の方がさっさと体(てい)を崩した。
「これ以上は止めておくわ。アナタに興味は湧いたけど、私の探し物とは違うし、それにあなたが相手だと“ガス抜き”の方も果たせそうにないから」
そう言って彼女が取り出したのは、やはり、この階層では持っているはずの無い≪転移結晶≫。
何処に飛んだのかは解らなかった。この距離なら僕の耳が聞こえないはずはないのだけど、ゲームの設定上『聞きとれない』と判断されてしまったのかもしれない。
青い光に包まれて消えた少女を見送り、スタッフ使いの男の子は大きく息を吐いた。
「あの、大丈夫ですかっ!?」
「…………」
言葉を返そうにも、未だに身体は動かない。少しずつ頭が痛くなってきたし、何処かゆっくりできる所で休みたい。
思いのままに瞼を閉じて、僕は眠りについてしまう。
5
「うわっ! いったぁ~~~っ、くはないけど………」
昼飯を終えたマサとケンは再びデュエルに興じていた。少し前に、レベリングのため、フィールドを三人で散策してきたが、やはり技術向上は対人戦の方が格別の印象を得た。
マサの実力向上は目に見えて上がっていた。だが、今尻持ちを付いているのは、そのマサである。
「僕の四勝目。二つ勝ち越し」
ブイサインして、短剣を手の中でくるくる回して遊ぶケンは、相変わらずの平凡そうな表情だったが、その目が勝ち越して喜んでいるのは間違いなかった。
マサが強くなれば、もちろん相手をしているケンも成長する。結果的にこの二人の成績は変わらずじまいという事だ。
ちなみに、タドコロの賭けは、ケンに全振りするというあからさまな方法に変わっていた。あまりにあからさまな賭け方にマサが渋った物の「じゃあ、オメエさんが勝ち越してみせろよ? 負けの見えてる方に賭けるギャンブラーはいねえぞ?」っと、至極尤もなお言葉を貰う事になった。勝てばいいのに勝てていない。これは、そもそもデュエルを始めた理由でもあるのだから、勝てないのでは意味が無い。
(うう~~~ん………、攻撃その物は盾で防げているのに、どうしてその先を攻撃に繋げれないかなぁ?)
さすがに悩み始めたマサは、その場で胡坐をかいて考え込んでしまう。
「ん? お~~~いっ! どうした? 続けないのかよ?」
「ああ、ヤジは気にしないで良いデスヨ。考えるのも立派な鍛錬だし」
「あれぇ? いつの間にかタドコロさん、マナーの悪い観戦者扱いっ!?」
相変わらずの扱いを受けているタドコロに苦笑を洩らしながら、マサは盾を構えてイメージトレーニングしてみる。
(ええっと………? ケンが左右から仕掛けてきたら、こうして防いで………)
軽く盾を左右に振りながら、イメージの中だけでしっかり攻撃を防いでいく。だが、イメージに残ったらケンの動きに翻弄され、途中でバランスを崩してしまう。
「う~~~ん?」
イメージの中でさえどうしても防ぎ切れない事に悩んでしまうマサは、もう、やりながら、身体で覚えるしかないのかなぁ? っと、悩んでしまう。
「ケン、試しにデュエル無しで頼める?」
「ん? イイですよ」
圏内戦闘ならヒットポイントを削らなくて済む。今までの様に初撃決着モードでなくても、連続して戦う事が出来る。決着がつく度に消費される回復アイテムの節約にも繋がる。今までそうしなかったのは、ある程度の緊張感を持たせるための配慮と、デュエルその物を体験しておきたかったのが理由だ。
さっそく始めたケンの最初の一撃。逆手に持った短剣を盾でしっかり受け止める。続けて素早く左右に移動しながらの連撃を、必死に追いながら盾で防いでいく。
(3、4、5………、ここでっ!)
何度もぶつけられて覚えたパターンを思い出し、カウンター気味に一撃を返す。だが、その一撃もあっさり躱されてしまう。
タイミングその物は合っていても、ステータスを俊敏性に極振りしているケンには追いつけていない。もっと速度を上げるか、もしくは体勢を崩す必要がある。
(って言っても盾装備の俺にどうしろと?)
的確に攻撃を防ぎながらも、マサはこれ以上自分がする事を思い浮かべる事が出来ず、困惑してしまう。
そうこうしている内に、ケンの放った『閃打』を受け、体勢を崩された所に景気良くソードスキルを打ち込まれてしまった。
「ああんもうっ! どうすりゃいいんだよ!」
さすがに我慢できず声を上げた時、不意に背後から気配を感じた。
「ちょっと良いだろうか?」
大人っぽい、だが親しみのある柔らかな低音が、マサの耳に届く。
同時に、何故かタドコロが「ぎょっ!」とした顔をして一歩身を引いた。ケンも無表情だが、やはりたじろいでいる。
不思議に思いつつ、自分も後ろを振り返り………いかにも歴戦の傭兵を思わせる彫りの深い顔がそこにあった。ここがSAOと言う、一種の異世界的観念にとらわれていなかったら、危うく「お金は持ってません!」と叫んで逃げ出してしまいそうだ。
「コルは持ってねえぞ!!」
それでも言ってしまう男は誰とは言うに及ばず。
歳の頃合いは彼と同じぐらいとも見えるのだから、そこまで気後れするのもどうかと思われる。
「お金に困っているのは確かだが、カツアゲするつもりはないよ」
肩を竦めて微笑する姿は、余裕を持つヤクザの若者と言った風情がある。
茶みがかった天然パーマに、引きしまったガタイの良い筋肉、身長も190はあろうかと言う巨体。装備は腰に差した片手棍と盾。二層に来てやっとお目に掛れる重装甲型の重い鎧に身を包み、それだけで充分な迫力を発揮している。SAOでは見た目=戦闘能力では無いと解っていても、ついつい警戒したくなってしまう。
「えっと………、何か用でしょうか?」
それでも無難な対応を試みる辺り、マサは度胸があると言えたかもしれない。少なくとも、自分より年下のシーフの後ろに隠れて「良いぞマサ! その調子で対話を試みるんだ!」と声援を送る槍使いよりは、間違いなく。
「なに、余計なお世話かと思ったんだが、職業柄、見て見ぬフリが出来なくてね? 盾使いの君にちょっとアドバイスしてみたくなったんだ」
恐らくは親しげに笑ったつもりなのだろう声音で、シニカルな笑みが向けられた。
職業柄と言われ、三人はつい、彼のリアルでの職業を思い浮かべてしまう。
(えっと………、ヤク―――警察かな?)
(軍人か傭兵デスカ?)
(誘拐犯………!)
約一名、とてつもなく失礼な事を考えたのは言うに及ばず。
それに気付いているのかいないのか、男は笑みを絶やさずマサへと助言する。
「俺はタケシ―――いや、タカシだ。俺も装備は守りを重視していてな。殆どソロが多かったから、守り方は心得ているつもりだ。君は?」
「マサです。あっちはケン」
「どうも」
「それで、助言と言うのは―――?」
「お~~い? 今誰かスルーしたよな? もう一度振り返って確認してみようぜ?」
マサは一度視線をケンとタドコロに向け、再び男、タカシへと向き直る。
「それで、助言と言うのは―――?」
「っておおいっ!? もう、それスルーじゃなくて無視だからっ!? 陰湿な苛めですからっ!?」
あんまりの扱いの声を荒げて抗議するタドコロ。その壁にされているケンは「そんなに言うなら僕の後ろカラ離れませんカネ?」と愚痴を零していたがタドコロは聞き流した。
一部始終を目にしながら、マサは苦笑いを浮かべながら付け加える。
「タドコロさんです」
「はっはっはっ! そうかそうか! いや、実に楽しそうなメンバーだな!」
声、口調、態度、全てが親しみのある笑いを上げるタカシは、間違い無く気の良い御兄さんと言った感じなのだが………彫りの深い顔がどうしてもそう思わせてくれない。
(タドコロさんとは別の意味で残念な人だ………)
「それで、俺からのアドバイスだが………?」
「ああ、はい………。なにかあるんですか?」
「言うほど大した助言じゃないが―――」
タカシはその先をマサに耳打ちする。
内容は気になったが、ここで聞き耳を立てるのもマナー違反だと思ったケンは、いかにも興味ありますと言いたげに身を乗り出す槍使いの年長者を引っ張って止める。
助言を聞き終えたマサは、多少半信半疑の表情でパネルを操作し、再びデュエルを申し込む。もちろんケンはこれに応える。
再び空中に出現したカウントが60から徐々に数を減らしていき、0になった途端、素早くケンが走る。
(ナニを耳打ちされたか知らないケド、とりあえず≪アーマー・ピアース≫で試してみマスカ)
ケンの速度で真直ぐ突き込まれる短剣は盾の防御力を貫き、僅かばかりのダメージを―――与える事は無かった。
「!」
ケンは、マサが受けた助言はステップや攻撃方法だと思っていた。だから、それらが意味をなくすよう、先手を打って、対処される前にたたみ掛けるつもりだった。だが、マサが行ったのは、そんな物ではなかった。
マサは、真直ぐ突き込んできた刃の切っ先を盾で受け止めつつ、僅かに軸をずらし、そのまま外側へと流したのだ。100%マサに衝撃を与えるつもりだったケンは、その勢いを流され、マサの後ろへと通り過ぎてしまう。
彼がマサの後ろに周り、踵を返して振り返った時には、既にマサのソードスキルが打ち降ろされる瞬間だった。
【Winner Masa】
あまりにあっさり表示された自分のウィナー表示に、唖然としてしまうマサ。同じくケンも、今までとは違う負け方に、驚いて呆けてしまっている。
驚いていたのはタカシも一緒だった。彼は興味深気に見つめて―――、
「まさかここまであっさり勝ちを攫うとはなぁ~~!」
―――っと、嬉しげに笑う。
「せ、先生! もっと教えてください!」
感極まったマサは、あまり深く考えずにタカシの腕を取る。
タカシはタカシで、少し驚いてはいる物の笑顔を崩すそぶりは見せない。
「別にかまわないんだが………」
「あ、お礼ならもちろんさせてもらいますよ!」
「それは助かるよ。それじゃあさっそく―――」
タカシはケンの方に視線を向けると徐に訪ねる。
「これは何かのクエストなのかな? 勝ち越すと何かレアアイテムでももらえるのか?」
「へ………?」
言われた意味が解らなったマサは、変な声を出してしまい、………一度ケンを見て、タドコロに視線を向ける。タドコロは意味を理解したらしく、頷いて応える。
「はい! 勝ち越したら、あのNPCが昼飯を奢ってくれるんです!」
「それは良い! 是非とも協力させてくれ!」
「ギャンブラーは勝つ方に賭けるものだぜ!」
いきなり孤立した理由に素早く気付いたケンは、無表情ながらも怒気の籠った声を漏らした。
「NPCと間違えるダケならまだしも、なにクエスト化してるんデスカ? 今までの逆襲のツモリですね? 良いだろう。本気で負かしまくってヤル」
こうして、男達の劇的なデュエルが始まったのだが………割とどうでも良い話である。
6
「ん………?」
視界に光が入った。
いつの間にか気を失っていたんだって、目が覚めてようやく解った。
えっと………、僕は何をしてたんだっけ?
「あ、そうか僕………」
「目が覚めましたか?」
降ってきた声に視線を向けると、男の子の顔が逆さ状態でそこにあった。どうやら僕は何処かで寝転んでるらしい。
「えっと………」
まだ混乱気味の思考を戻す為、とりあえず僕は起き上って周囲を確認する。
僕が寝ころんでいたのは中央広場(だと思うけど名前は知らない)にあるベンチだったようで、男の子はその隣りで座って看ていてくれたようだ。
そうだ、僕はたしか、赤い髪の女の人に襲われて、音を狂わされて気がおかしくなったんだっけ?
ウインドウを開いて時間の確認をすると、アレから結構時間が経っていた。
大体の事情を思い出した僕は、少しだけ何も考えずぼ~~っとして、次第に落ち付いた思考がいつもの僕を取り戻させてくれた。
ベンチに座りなおして、一つ頷く。大丈夫だと解って笑顔が戻ってきた。
「うん、大丈夫………。もう何ともないみたい」
「よかったです。随分眠ってたから、ちょっと心配しちゃいました」
「助けてくれてありがとう。君がここまで運んでくれたの?」
「はい。本当はベットのある場所でちゃんと休ませたかったんですけど、目が覚めた時に男の子の部屋と言うのも、どうかと思いましたので」
どうして? っと思いつつ、ちょっと想像してみた。
気を失った自分が、目が覚めて見ると誰とも知らない男の子の部屋で………。
途端に顔が熱くなってきた。なんでか解らないけど、それはとてつもなく恥ずかしい事の様に思えて堪らない。
「そ、そうだね………、それは、ちょっと恥ずかしいです………」
「え? いや、そんな………、あははは………」
僕の顔はよっぽど赤くなってるんだろうか? 何だか男の子の方まで顔が赤くなってきてる。
「あ、僕、サヤって言います」
「あ、はい。カノンです。よろしく」
っと、自己紹介し合い、カノンが手を差し出してくる。握手を求められたのはすぐに解ったし、礼儀としてそれに応えようとは思ったんだけど、出しかけた手は途中で止まってしまい、どんどん顔が熱くなってきてしまう。
「ご、ごめんなさい………」
が、がんばったんだよ! がんばったんだけど………、なんか恥ずかしくてダメです。頭から湯気が出るんじゃないかと思いながら、つい俯いてしまうと、カノンは何だか堪らなさそうな『気配』を発してた。悪い意味じゃないと思うんだけど、どうしたんだろう?
「別に良いですよ。サヤさんって、恥ずかしがりやですか?」
「そんな事は無いつもりだけど………、触ったり触られたりって、ちょっと苦手なんだよ………」
身体の汗を拭く時とか、姉さん嬉々として変な所触ってきたし………、母さん無遠慮に隅々まで拭こうとしてくるし………、子供の頃から『触覚』も敏感だったから、すっごく恥ずかしくて苦手なんだよね~~~………。
「あ、そう言えば僕、どうして気絶しちゃったんだろう?」
「憶えてないんですか?」
「ううん、憶えてるよ。でも、ここはSAOで、肉体的ダメージは無いんでしょ? そりゃあ、あんなに間近で大音量当てられて、ビックリはしたけど………?」
「大音量、ですか………?」
カノンが少し悩む素振りを見せると、ちょっとしてから推測を口にした。
「たぶんですけど、本来なら大音量を当てられて鼓膜が破れるなどのリミッターが働くのに対し、仮想世界ではそれが働きませんでした。だから、危機を感じた脳が、一時的に外界の情報をシャットアウトするために『気絶しろ』と言う命令を出したんじゃないでしょうか?」
「ああ~~、なるほど~~」
確かに、あの時の僕は頭の中がぐちゃぐちゃになってた。思考を整理するために、一度落ちた方が良いと頭が勝手に判断してもおかしくない。
「それにしても、彼女は一体何者だったんですか? いくら圏内とは言え、あんな執拗に攻撃を仕掛けてくるなんて、マナー違反を通り越した好戦的な対応でしたけど?」
「解らないの。僕も、突然襲われて、何が何だか………。でも、あの子はそれが自分の『仕事』だって言ってた」
「人を襲う仕事ですか? 何だか怪しさだけを集めた仕事内容ですね………?」
確かにとんでもない仕事内容だよ。あんなのに付き合わされた僕としては、迷惑極まりない。社長さんがいるなら文句の一つや二つ多分に言ってやりたいね。
その後、僕達はとりとめない話を少しだけした。カノンから気を使ってくれる様な『気配』がずっとしてたから、きっと、僕の事を気に掛けてくれてたんだと思う。優しいねカノンは。
「さて、それじゃあ、僕はもう行きますね? サヤさんも、仲間がいるなら戻ってあげてください」
「うん、なんかお礼もしなくてごめんね? 今度会ったら、ちゃんとお礼するから」
「別に構いませんよ」
カノンは楽しそうに笑うと、ベンチから立って、僕から離れて行く。
「………あれ?」
ふいに、カノンの足音が耳に残った。
なんだろう? このリズム………、どこかで………?
………、思い出したっ!!
僕は急いで立ち上がり、カノンの後を追う。
「待ってカノン!」
まだ視界から消えていなかったカノンは、急に呼びとめられた事に驚いて振り返る。
彼の傍にまで走った僕は、嬉しい気持ちを顔に隠さずに出して、告げる。
「やっぱり今すぐお礼させて。今日の分と………あの時の分も合わせて」
「え?」
訳が解らないと言いたげなカノンに、僕はあの時の事を伝える。
「≪ホルンカ≫で、≪リトルネペント≫の群れから助けてくれたよね? あの時のお礼。ずっと、したいって思ってたんだよ?」
「≪ホルンカ≫………? え? あ、もしかしてあの時の………!」
驚いたように目を見開くカノンに、僕は満面の笑みを送る。
「助けてくれてありがとう。あの時、僕の命を救ってくれてありがとう。本当に、本当に嬉しかったんだよ………」
手を伸ばし、一瞬止まって、少し考えてしまいながらも、それでも僕は思い切ってカノンの手を取って両手に包み込む。助けてもらった感謝の気持ちが、ちゃんと伝わる様に………。
「………」
カノンがちょっと頬を赤くして僕を見つめる。僕は、ちょっとだけ恥ずかしい気持ちを抱きながら笑顔を返す。もう一度、感謝を伝える。
「本当に、ありがとう………」
7
一体こいつはなんだ? っと、ウィセは呆れて溜息を吐きたくなっていた。
SAOは元々男女比率が男子に傾いている。その上、前線メンバーとして攻略を積極的に行う女子はあまりにも少ない。自分の知る限りでも、サヤと情報屋のアルゴと、もう一人、フード付きローブを装備したフェンサーくらいしか思いつかない。
それでも、二階層に訪れる女性プレイヤーは何人かいるが、その数は圧倒的に少なく、殆どは第一層に居るはずで、第二層の、それも最前線拠点として使われるこの街に訪れ女性プレイヤーはいる方が珍しい。
(だと言うのにこいつは………)
髪を掻き上げ、痛む額を押さえながら、ウィセは隣で女の子と話しているルナゼスのこれまでの経緯を思い浮かべる。
それこそ最初は何でも無かった。ただ普通にウィセがルナゼスの道案内をしていただけに過ぎなかった。その間、ウィセは言葉巧みにルナゼスから色々と情報を抜き出していたりなどしていたのだが………、
まず最初の出来事は、NPCの女性とぶつかった事だ。
どうやら、隠しクエストが発動したらしく、ぶつかったルナゼスは、彼女の落とし物を探す羽目になり、何故かウィセまで付き合わされた。ようやく見つけた落し物の報酬は、確かにレアなアクセサリーの類ではあったが、その効果は前線で使える程、優れた物ではなかった。
なんて骨折り損だ。
ウィセがそう思って肩を竦めるが、こんなモノは序の口に過ぎなかった。
続いて、現れた女性プレイヤーは、ルナゼスの事を誰かと勘違いしたらしく(恐らく元恋人的な何かと思われる)、急に斬り掛って来た。ここは圏内なので放っておいても大丈夫だと思ったのだが、何故か斬り掛かられたのはウィセだった。慌てて≪シャムシール≫を抜き放ち対抗しながら話をして、なんとか宥めた(この時、しっかり仕返しのソードスキルをしこたま当てる事を忘れないウィセである)。
ルナゼスが誤解を解き、女性を慰め、話を終えたのだが、何故か女性の瞳が恋をした女のそれに変わって、ルナゼスに手を振って去って行った。ウィセの事は完全に視界から消して。
釈然としないながらも、人の感情に、特に好意に関してはまったく理解が及ばなかったので、とりあえず忘れる事にした。
改めて道案内を続行したのだが、三歩いかない内に現れた豊満な胸の女性がルナゼスにぶつかり、何やらクエストで発生させてしまった悪漢に襲われていると言い出し、何故か助ける事になって、助けた後は、女性の熱い眼差しがルナゼスに向けられていて、やっぱり自分は蚊帳の外で………。
挙句、空から降ってきた女の子(二階の窓から身を乗り出し過ぎて落ちたらしい)を、見事にキャッチして、その連れらしいお姉さんと、助けられた妹からの熱い眼差しが―――以下略―――。
そして現在は、アルゴとは別の情報屋見習いをやっていた女性プレイヤーを助け(何でも体術スキルに関する物だったらしい)、別れを惜しむ様に親しげな会話を続けていた。
(置いて行きましょうかねぇ、もう?)
別にルナゼスが複数の女の子から言い寄られるのは正直どうでも良い。ここまでの間にやたらと女性プレイヤーに出会いまくって、その度に親しげになるのも、この際どうでも良い。その所為でさっきから全然案内が進まない事など、彼女の目的とは別なので心底どうでも良い。
だが、まったく、本気で、コレっぽっちも関係ない自分が、ただ居合わせたと言う理由で巻き込まれ、挙句蚊帳の外に追いやられるのはさすがの彼女も納得できない。報酬があるのなら被害を被るのも相応の代価と言えなくもない。だが、報酬どころか恩赦も無いとあってはフラストレーションも溜まると言うものだ。
御し易いと見て連れ立った男ではあるが、それ以上に迷惑極まりないと言うのなら、いっそ切り捨ててしまおうか? などと考えてしまったウィセは、慌てて自分の思考を断ち切る様に頭を振る。
(この程度の事で冷静さを欠いてはいけない。利用価値を見定める前から切り捨ててしまっては原石を見落としかねない。逆に考えましょう? これだけ女性に言い寄られるタイプは、わりと女性のお願いを断り難いとも判断できる。今の内にこの少年に恩を売り、最後辺りでそれを言及しつつ、上手く話を持ち込めば、飼い犬として首輪を付ける事もできそうな物―――)
思考の途中、ウィセの視界にとある二人組の姿が横切った。
随分と親しげに笑い合う女性が二人。片方は照れくさそうに、もう片方は………、
「…………」
「悪いウィセ、ちょっと話しこんじまった」
話を終えたらしいルナゼスがウィセに声を掛ける。
振り返ったウィセは、いつものように冷ややかな眼差しをルナゼスに向ける。
「お話は終わりましたか?」
「ああ、なんか色々時間取らせて悪かったな? お詫びになんか奢ろうか?」
「お詫び? なるほどお詫びですか? それは良いですね………」
「ウィ、ウィセ………?」
何やら、ゆらりと動くウィセの姿に、危機感を感じるルナゼス。だが、彼が何か明確な行動を移すより先に、ウィセの抜き放った≪シャムシール≫が彼を吹き飛ばした。
「ちょっ、ちょっとウィセ!? なにっ!?」
驚くルナゼスに近寄りながら、ウィセは悪鬼の様なオーラを纏い、ひたひたと静かに近づく。
「『なに』? 『なに』とは無愛想ですね? アレだけ人を巻き込んでおいて、私がストレスを感じないとでも思っていたのですか?」
「い、いや、そんな事は………、だから、なんかお詫びでもって………?」
「ええ、だからお詫びしてもらいましょう………? その身体で」
「何故だっ!?」
「『何故』? 『何故』とはまた
「確かに巻き込んだのは悪かったよ! でも、別に言い寄られたりとかそう言うのはだな―――!?」
「ああ、そう言うタイプですか? そうですか? 良く解りました。アナタには言っても無駄ですね。解りましたから、とりあえず切られてください。大丈夫です。ここは幸い圏内ですから」
「り、理不尽だ!? 何が何だかわからねえ!? 理不尽過ぎるっ!!」
もはやウィセの目に、ルナゼスと言う少年は映っていなかった。
彼女の眼には、ただの怒りをぶつけるための木偶人形が存在するだけだ。
「どうして………っ!」
ゆっくりと曲刀を構えたウィセは、モーションに入り、ソードスキルを発動させ、とある人物の能天気な顔を思い浮かべながら絶叫する。
「どうしてアナタは、そう、誰とでもすぐに仲良くなってしまうんですか~~~~~~っ!!!!」
「うぎゃあああああぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~っ!?」
傍から見ればただの痴話喧嘩にしか見えない、だが、その実、その思いは全く別方向に向けられた騒動が、その後しばらく続く。
………割とどうでも良い話である。
8
「ふひっ!?」
「わっ! どうしたの!?」
カノンは、自分の隣で突然声を上げたサヤに驚き、訪ねる。
サヤは、自分の身体を抱きしめながら、多少青い顔をしていた。
「な、なんでもないよ………。ただ、今何か凄い悪寒が、ソードスキルに乗って飛んできた様な気がしただけだよ………」
「それ結構危ないですよねっ!?」
「あははっ」と笑いながら流したサヤは、カノンを連れだって街を歩く。
サヤにお礼をすると云われ連れられるカノンだったが、サヤには特にプランがあるわけでもないらしく、ぶらぶらと街を散策しながら考えるとの事だ。
(ある意味これってデートなんじゃ………)
っと、カノンはサヤの無防備さに苦笑を浮かべてしまう。
「カノン! あそこにアイスっぽいのがあるよ?」
「ホントだ。美味しそうだね」
「うん! ………次行こう!」
「今値段確認したよね? 確認してスルーしたよね?」
「ほらほらカノン! あそこで何か面白い出し物してるよ~~!」
「そうだね。でもNPCのピエロと一緒に踊るの止めない? なんかお金が取れそうなほど観衆増えてるよ?」
「NPCのピエロさんからコル貰った………」
「隠しクエスト!? まさかこんな方法でお金稼げるなんて!?」
「あ、ちょうどレベル上がった?」
「なんてタイミングで!? ああっ! なんか周囲の人が勘違いして次々クエスト受けてる!? 今のはたまたまサヤさんの経験値が丁度レベルアップするくらい貯まっただけで、このクエストの経験値が高いわけじゃないのにっ!?」
「なんかあっちで雑技団が音楽やってる! 聞きに行こう!」
「サヤさ~~ん? 少し落ち着こう? ………本当に子供らしくて元気な子だな~~」
「僕、十五だよ………」
「途端に目線が冷たい!? ごめんなさいっ! 謝ります! 謝るからハラスメントコード探すの止めて!? 無いから! それ触らないと出現しないから!」
「すごいっ! 紙芝居やってる!」
「切り替え早いねサヤさん!? 僕の思考回路のネジが一つ飛びそうだよ!?」
「あ! 猫~~!」
「せめて紙芝居最後まで見ようとは思わないの!?」
「きゃははっ! いきなり犬にじゃれつかれた~~!」
「………」
「あれ? カノン突っ込まないの? なんで一緒になって犬撫でてるの?」
「可愛いよね………ワンコ………」
「う、うん………、僕はそれでも良いんだけど、なんかカノン、表情がとっても嬉しそうだよ?」
割とどうでも良い脱線が続く………。
「なんかごめんね? 一人ではしゃいじゃって?」
やっと落ち着いたらしいサヤの態度に、ついさっきまで自分も犬を可愛がっていた事を思い出し、微妙な表情になってしまうカノン。
何はともあれ、楽しそうにしているサヤの姿は本当に子供っぽくて、あまり女の子を意識しないで済む。そのおかげで純粋に楽しむ事が出来る。
それもある意味デートと言えなくもないのだが、カノンとしてもそんな意識を持たなくて済む。
(それにしても良く笑う女の子だな………)
自分も過去に、女の子と話した経験が無いわけではない。だが、ここまで子供の様に笑う女の子はお目に掛れていない。まるで見る物全てが新鮮だと言わんばかりにはしゃぐ姿は、普通の女の子では真似できない事だろう。
(あの人も、ここに居れば、あんな風に笑えていたのかな………)
少しばかり思い出したのは、近所に住む、とある女の子の姿。
すぐ近くにいるのに、殆ど外に出た姿を見た事が無い。出てくる時があっても、それはいつも車椅子に乗っている姿で、あまり元気はなさそうだった。いつも二階の、恐らくは自分の部屋であろう場所で、開いた窓の傍で俯いている姿は、とても大人びた印象を持っていた。遠目に見るばかりだったので、年の程は解らない。だが、彼女が醸し出す独特の雰囲気は嫌というほど自分より大人びていた印象がある。
特段、彼女と何か縁があったわけではない。たまたま近所で、よく見かける事が多かったと言うだけに過ぎないのだけれど、彼女と同じ濡れ羽色の髪を揺らしてはしゃぐサヤの姿を見ていると、不意に思い出してしまったのだ。
きっと彼女も自分の自由にできる身体があれば、あんな風にはしゃぐのだろう。そんな風に思うと、そうしてあげたいと言う気持ちが芽生える。
(って、無理だってば………、それに、もしあの人がこんなデスゲームに来てしまったら、きっと圏内から出たりなんてしないだろうし………)
誰かの心配をしている場合ではない。自分だって、今はパーティーと離れている物の、生死を賭けたこの世界で生き抜くために頑張らなければならないのだ。常に恐怖と隣り合わせな毎日で、心が潰されぬように気を張っていなければならない。
(その点、この子みたいに暢気でいられたら、きっと悩まずに済むんだろうな………?)
などと思って先を行く少女を見つめる。見つめて、気付いた。少女の肩が僅かに震えている。最初は歩いている動きがそう見せているだけかと思ったが、立ち止まった時などの指先が、微かに震えている。
(怯、えてる………?)
なにに? などとは思うまでも無い。その理由を自分はついさっき目撃したばかりではないか?
圏内戦闘は決してヒットポイントを減らさない。だが、変わりに何度でも打ち込まれるのだ。人を殺してしまう心配を抱く事も無く、何度も何度も攻撃を与えられる。それを嬉々として、アレだけ執拗に打ち込まれた女の子が、心に傷を負っていないはずが無い。
「サヤさん」
「なに?」
「あの………」
小さな身体で、それでも懸命に虚勢を張っている女の子。助けてあげたい。何とかしてあげたい。そんな気持ちが胸の中で膨らむ。
「怖いなら、怖いって言ってもいいんじゃないかな?」
「………え」
カノンの言葉に、サヤの表情が硬くなる。
「な、何を言ってるの? 僕が何に怖がって―――」
「強がらなくてもいいよ。ついさっきあんな事があって、それで怖くないなんて事は無いでしょう?」
「………」
サヤの肩が目に見えるほど解り易く震える。本当は怖かったという思いが、俯いてしまった彼女の表情からも窺えた。
何かを我慢するように自分の左腕を握るサヤは、一度だけぐっと力を入れ、やがてゆっくりと力を抜いて行く。
「だめだよ………」
「え?」
「だめだよ、そんなの………」
今までの笑顔ではない、儚げで、弱々しい声音で、サヤは呟く様に、虚勢を張る。
「弱音吐いたら………、もう立ってられないもん………」
「あ………」
カノンは次ぐ言葉が見つからなくなっていた。
何も言える筈が無い。自分の弱さを理解していて、それでも必死に立ち向かおうとする女の子。だけどその心は決して鋼ではない脆く儚いガラス。虚勢で身を守りながらも、前に進もうとする健気な姿。そんな彼女に向かって、安易なセリフを吐く事はどうしても出来なかった。
自分が彼女にしてあげられる事など何もない。それを悟ったカノンは口を噤む。
今の自分には何もできない。何もしてあげられない。
(でも、こんな弱い女の子が必死にこの世界でがんばってるんだ。だったら僕も、がんばればいつかは………)
そう、今は無理でも、いつかは必ず助けて見せる。それだけの何かを手に入れて見せる。カノンは心に深く刻み込んだ。
「あれ?」
っと、いつの間にか切り替えていたらしい、いつものサヤが、とある方向に視線を向けて、首を傾げる。
「どうかしたの?」
「えっとね………」
サヤは答えをぼかしたまま、人だかりが出来ている方へと駆けて行く。今までのとは違うゆっくりしたペースに、カノンも後を追って確かめる。
どうやら何か揉め事の様だ。集団の真ん中で、二組のグループが何か言い争っている。いや、『言い争う』では語弊がある。どう見てもこれは片方が片方を一方的に言及しているようだ。
「俺知ってるぞ! こいつ、元リンド派の一員だ! きっとこいつもベータテスターだったんだ! それでサブダンジョンの一人占めのためにパーティーから抜けたんだ!」
「うおおおん! うおおぉぉぉんっ!」
「って、なんでこいついきなり泣き出したんだ!?」
「オメエェ、良い奴だなぁ~~! リンドの野郎も、他の奴も、おっさんがパーティーに居た事なんかすっかり忘れててよぉ~~~! この前、飯食いに行くとき偶然すれ違ったんで軽く挨拶したのに、アイツらときら『コイツ誰だっけ?』みたいな顔で通り過ぎやがったんだぁ~~~!」
「「「「「((((うわぁ………))))」」」」」
その場でいくつもの声と心が重なった。これほどまでにも多くの人間が心を一つにする瞬間があるだろうか? そう問いかけたくなるほどの素晴らしい異口同音であった。
「ごめんタドコロ………」
「俺もごめん………、絶対タドコロさんの事は忘れないよ………」
「てめえら仲間だろう! もう少し気の利いたセリフないのかよ!?」
「「………ごめん」」
「『多く語らずとも思いは伝わる』っ!?」
もう一度訂正する必要がある。もはや話が成立していないと。カノンは心の中で断言した。
「ごめんなさい、タドコロさん………」
隣りでは本気で泣き出しそうなサヤが小さな声で呟く。どうやらアレは彼女の仲間らしいのだが………。
(一発で、あの人の立場が解ってしまった………)