やはり俺を中心とした短編集を作るのはまちがっている。   作:Maverick

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クリスマスというイベントとニコ動にアップされたメルトの動画に創作意欲を掻き立てられました。

あまりに久しぶりの投稿で緊張してますガクガク。

多分自分史上最長じゃないかな?

では、どうぞ。


─メルト─

私の好きなアーティストの曲で設定された目覚ましアラームが鳴り響いた。

スマホに手を伸ばしアラームを止める。ふーっと息を吐いて伸びをする。

目が覚めても、昨日からずっとあなたの事を考えてしまうと、誰に言う訳でもないけどごちる。

今日は待ちに待った彼とのデート、この日のために一昨日思い切って伸びていた髪をちょうどいい長さ、肩より少し上までに切った。ぶっきらぼうにどうしたんだ、とか聞かれたいんです。

淡いピンクのミニスカートに、ハーフアップにした髪を控えめな花の飾りがついたゴムで縛る。

姿見の前に立って自信をつけるために言った。

 

「よし、今日も私は可愛い!」

 

 

 

 

 

季節風の影響で冬に雪が降ることが少ないと思われていそうな、私たちの地元千葉も、今日ばかりは降り積もりそうな粉雪が舞っていた。

月日は12月25日、場所は千葉駅へ向かう電車、時刻は午前の11時。

駅に着いて周りを見渡せばカップルばかりで嫌になりかけるも、思えば今日の私も今から傍から見れば彼氏とデートか女友達と楽しいクリぼっち会へ向かう途中に見えるのだろうか。

大体いつもあの人が待ってくれている場所に目を向けると、今日もいた。

暖かそうなブラウンのブーツとこれまたブラウンのコート、ファーが付いていて少し暑そうにすら見えるほどの重装備を纏った今日のあたし。そんなあたしの相手は程よく暖かそうで、背伸びしてるように感じる白いコートと黒いチノパン、靴はハイカットを身につけて柱に寄りかかって白い吐息を出していた。横にある紺色の傘が、何か雰囲気を醸し出している。

あの人が私に気づいてこっちに向き直る。私は少しでも早くあの人と喋りたくて少し早足になる。ふたりの距離の概算が1メートルに迫った時、特に何も無いはずなのにつまづいてしまって、あの人の胸にダイブしちゃう。咄嗟のことで右足が後ろに出るも、なんとか受け止めてくれるのが少し嬉しくて、彼の胸に顔を埋めて少しだけ匂いを堪能した。

視界を回復させるためにクッと顔を上に向けると至近距離にあの人の顔が。少し照れくさいけど、あまり表に出さないように声を出す。

 

「えへへ…遅れてすみません。せんぱい」

 

「ああ、待ちくたびれた」

 

「もう、相変わらずですね」

 

最後にあったのは1週間前ですけど。

せんぱいに少々支えられながら自立する。

ブーツが厚底だから、いつもより少し背が高い私。自然と近づく顔にドキドキしちゃって目が合わせられません……。

私とせんぱいはお互いにぶっきらぼうに会話を繋げていた。

 

「そろそろ行きましょうか」

 

「…はあ、はいはい」

 

先に歩き出し傘を指した私の後ろで傘を開く音が聞こえる。ついて行かなきゃ後が怖いみたいな雰囲気を醸し出してせんぱいは付いてきてくれた。

今はどんな理由があっても、せんぱいを独占できるのが嬉しかった。まさか受験勉強に明け暮れているせんぱいに好きだなんて言えるわけでもなく、これが最後の我儘ですと無理言って今日は来てもらった。

多分せんぱいは、私のことが恋愛感情的視点で好きじゃないと思う…けど。今日玉砕して、きっぱり諦めて大学で頑張ってもらおう!と、無理やり思っていたりした。

今までの『好き』はきっと、中学生以下に多い恋に恋している状態だったんだけど、去年の冬くらいから、せんぱいに恋しちゃってた。今までの恋愛が霞むほどにせんぱいが『好き』になった。なってしまった。せんぱいがまだ後ろにいるあいだに少し憂鬱を飛ばそうと深呼吸した。

横に並ぶように追いついたせんぱいが、珍しく話を振ってくれた。

 

「そういえば髪、どうしたんだ?」

 

「っ!?」

 

ドキッとしてしまう。ついさっき今日は諦めるために来たって言い聞かせたのに。

せんぱいに可愛く見られたくて、お気に入りの美容院で、美容師さんに微笑まれるほど勢いよくとびきり可愛くしてください!って言った甲斐があった。恥ずかしかったけど、この一言だけで、私は浮ついてしまう。

冷静を装って、いつも通りあざとく会話を続ける。

 

「いや〜、髪伸びてたじゃないですか〜?」

 

「ああ、ロング目指してんのかって思うくらいに伸びてたな」

 

「目指してたわけじゃないですけど…まあ、この辺までありましたからね。仕方ありませんか」

 

私は自分の両手を水平にして胸の下辺りに持っていく。その手を目で追っていたせんぱいは咄嗟に目を背ける。…むっつりスケベ。

私がジト目で見ていたのに気づいたのか、複雑そうな顔を浮かべるせんぱい。謝るべきか悩んでいるんですかね?すぐに謝るんじゃなくてデリケートなところだから悩むところも、誠実さが伝わってくる、気がします。それともただ私がせんぱいに甘いだけなのかな?

少しかわいそうに思えてきてしまったので、こちらから先に謝る。

 

「すみません、悪ふざけが過ぎましたね。忘れてください」

 

「ん、さんきゅ」

 

「それはともかく…似合ってますか?」

 

「…似合ってんじゃね?可愛い…と思うぞ」

 

耳まで赤くしてるせんぱいが、自分が年下なのに愛しくて仕方ない。多分自分も顔赤くなってるけど。

ひとまずお昼ご飯を食べようと近くのファミレスに入る。

 

「何食べます、せんぱい?仕方ないですから、私が頼んであげますよ」

 

「悪いが俺はそこまでコミュ障をこじらせていない」

 

軽口の応酬が楽しくてふふっと笑ってしまう。それをどう捉えてしまったのか、せんぱいがムッとする。それもまた可愛いと思ってしまって、また笑っちゃった。

 

「決めました?決めましたね?押しますよ?はい、押しました」

 

「まだ何も言ってないし、なんなら迷ってるまであるんだよなぁ」

 

ありゃ、流石に悪いことしちゃったかな?と不安になるも、店員が来てしまったので先に注文する。しかしながら稼げる時間はやっぱり僅かで、せんぱいに謝ろうとする。

 

「一色、終わったのか?んじゃあ、俺は──」

 

…こういうところ、かっこいいなあと思うのは私だけ?

涼しい顔して女子側の失敗とか揶揄いとかをちょうどいい感じに受け流す感じがたまらない。

店員がいなくなってからせんぱいに謝る。

 

「せんぱいすみません。流石に決まってないとは思ってなくて」

 

「あ?…ああ、まあなんだ。ふたつで悩んでたから、あんま気にしなくていい」

 

そう言って優しそうな顔をする。

その顔が、私は大好きで大嫌いなんですよ。せんぱい。

その顔は、私の事を特別に思ってくれていて、せんぱいの優しさを感じられて、大好き。

その顔は、ほぼ間違いなく私を妹的存在に思っていて、異性として見られてないのが自覚出来てしまって、大嫌い。

ドリンクバーに行こうと席を立つ。

 

「あ、一色。俺のも頼んでいいか?」

 

「いいですよ、特別ですからね。何飲みます?」

 

「普通にお茶でいい、複数あったら適当で」

 

「分かりました」

 

少しだけでも対等に見てほしいから、普段は了承しない頼みも無意識に聞いてしまう。2杯のコップを注ぐうちにため息はダブルスコアとなった。

 

「ダメだって、頑張らなくちゃ」

 

シーンも状況も違うけど、最近人気の青春ラブソングのワンフレーズを呟く。

諦めるために、あとぐされを無くすために、せんぱいが気負わなくていいように、今日で何もかもを終わらせなきゃ。

両手にグラスを持って席に戻る。

 

「ん、さんきゅ」

 

「いえいえ、これくらいお安い御用です」

 

そこから、せんぱいのこととか小町ちゃんのこととか私のことで会話する。

めんどくさそうだけど、ちゃんと会話してくれることが堪らなく嬉しかった。私の顔は、見る人が見れば凄くデレデレしてるように見えるかもしれない、両親とか、親戚とか。

けど、せんぱいにはバレてないはず。多分いつも通りのあざとい私のはず。

ご飯が届いた。

私は和風ハンバーグで、セットにちんまりとサラダと白米が付いている。

せんぱいはペペロンチーノになにやら小さなパンみたいなのが4つ。初めて見るけど、なんか…可愛い、かも?

 

「せんぱいそれなんですか?」

 

「あ?ああ…説明めんどいな」

 

そう言って頬を掻き、ハッとするとすぐに顔を真っ赤にした。

どうしたんだろ?何かやらしいことでも連想したのかな?そう思った途端だった。

 

「あ、あれだ。百聞は一見に如かずだしな、とっとりあえず一口食ってみろ」

 

そんな当たらずも遠からずな事をいったせんぱいが、右手で摘んだひとつを私の口元に運ぶ。向かいの人の左手は肘をつき頬杖となっている。左側にそっぽを向いてるけど、耳まで真っ赤なのでこちらにも紅が伝染る。

えっ、これってもしかして…あーんですか!?

 

「い、いらねえのか?いらないなら…」

 

「いえいえ、食べます食べます。あーん」

 

少し食い気味すぎに返事をして、わざとあーんと声に出して一口かじる。

もちもちしててほどよくパンらしい甘みが口に広がって美味しいんだけど、それを堪能する余裕なんてなかった。

 

「…どうだ?」

 

「へっ!?あ、美味しいです、ありがとうございます」

 

「そうか、ならよかった」

 

余裕を装ってるのがバレバレだけど、せんぱいはそのままそれを一思いに口に放り入れた。あ、これっていわゆる関節キッス?ですか?口に入れたから、ただのキスでもない…煩悩退散煩悩退散。

普段こういうことはされるよりするほうだから分かんなかったけど、今度から自重しよう。心臓に悪いなんて次元じゃなく恥ずかしい。心臓が胸から飛び出してきそう。

 

「せんぱいもハンバーグ食べます?…あ、サラダのトマトなんてどうです?」

 

「一色さん、あなた私がトマト嫌いなの知っているでしょう?」

 

「ええ知ってますよ。ささっ、どうぞ。お納めください」

 

そう言って無理やり話題を逸らして、それきりは特別何も起きずにお昼ご飯を終えた。

 

 

 

 

 

腹ごなしに歩きながら、近くのショッピングモールに向かう。人の流れはまさしくそこへ流れ着きそうだ。

暫く歩いていると人が増えてきてしまった、この雪も相まって、周りのカップルはみんな相合傘をしている。それでも、如何せん人が多いから、度々往来人の傘にヒヤヒヤさせられる。

それでも相合傘いいなあ、と思っているとせんぱいから声がかけられる。

 

「あー、なんだ。一色…」

 

「なんですか?」

 

「危ないから、傘閉じて俺の傘に入れ。こっちの方が大きいだろうから」

 

途中からそっぽ向いたせんぱい。今日は聖なる日だからか、せんぱいがいつも以上に優しい。

ってそうじゃなくて。今せんぱいから相合傘に誘われました!?

うそうそ!?恥ずかしいけどすっごく嬉しい…。今私間違いなく顔赤くなってる、多分じゃない!せんぱいがこっち見てなくて良かった…。

 

「それじゃ、お邪魔しますね」

 

声が裏返らないように気をつけながらも、余裕そうにそう言って自分の傘を閉じてお邪魔する。

瞬間せんぱいがこちらに傘を傾ける。その見返りを求めない小さな優しさに女の子は弱いって、分かってるんですかね。もっと好きになっちゃうじゃないですか。それとも小町ちゃんの入れ知恵かな?どっちにしろ大学生になったらモテそうだな。従姉の女子大生にそんな話を聞いたことがある。まあこの人美人耐性持ってると思うけど。周りの女子が美人すぎる。雪ノ下先輩、結衣先輩、はるのんさん、三浦先輩、海老名先輩、沙希先輩、めぐり先輩…アンドモア。

せんぱいは誰と付き合うことになるのかな。そんなこと考えると、せっかくのデートも楽しさが半減してしまう。

ぶんぶんと頭を横に振ってこんな考えを追い出す。

 

「さっ、行きましょうか、せんぱい」

 

横を向くと、すぐそこにせんぱいの顔があるのが、嬉しくて恥ずかしくてもどかしくて切なくて、なんとも言えなくなる。

言葉は流れないけど、心地よい雰囲気が二人を包んでいる気がした。窮屈じゃない沈黙は、私が属するどのグループでも起こらない。彼らは沈黙の心地よさを知らないから。彼女らは沈黙の怖い部分に過剰反応するから。

だから、これは私たちだけの時間。二人だけの、特別な時間。

そんな時間はあっという間に過ぎ去るのが定石で、気づけば既にモールに着いていた。傘を出て先に入る。せんぱいは傘を閉じて巻き付け、常設された傘袋に傘を入れる。もう一枚とったせんぱいはそれを私に渡してくる。素直にお礼を言って私も傘を傘袋に入れた。

 

「じゃ、行くか」

 

「待ってください、せんぱい」

 

「…なに」

 

せんぱいと知り合ってもう一年以上経ってるのに、何でかわかんないけど、私たちはお互いの電話番号を知らない。

業務連絡はメールでいいだろというせんぱいの主張を崩せずにいたからというのが一因。

だからこれを機に電話番号を…なんて欲張りなんだろう。今朝の諦める決意は、この数時間で霧散してしまったようだった。

 

「電話番号教えてください、はぐれちゃったとき用に」

 

「そう…だな、人も多いし。ほれ」

 

せんぱいはコートのポケットに入ってたスマホを私に渡す。

結衣先輩から聞いてたけど、本当に渡してくるとは…メアド交換は結衣先輩を通じていたので、生で見るのは初だ。

せんぱいのスマホを左手に、自分のスマホを右手に操作する。そんな私を見て若干引き気味のせんぱいが目の前にいた。

 

「すげえな…凄すぎて少し引くまである」

 

「ふふん、数少ない特技の一つです」

 

「ちなみに何個あるんだ?」

 

「11個です」

 

一色いろはに洒落てそう言ってみる。

もっとも、せんぱいには通じなかったみたいだけど。頭に疑問詞が浮かんでるのが、幻視できる。

 

「さあせんぱい、クリスマスももうすぐ終わっちゃいます。急ぎますよ」

 

「お、おい…一色。手、手」

 

「予防策です」

 

対応策を行使しないための予防策。せんぱいは察しがいいから多分分かってくれる。

なんとか振り解こうとしていたせんぱいも、自動ドアをくぐった先の戦場を見て、戦意を向ける相手をシフトしてくれた。人がゴミのようにごった返すモール内は、暖房が効き過ぎていて困るほどに暖かかった。それとも人の熱気かな?

 

「はあ…仕方ないか」

 

「ですです。じゃあ行きましょう!」

 

足が重そうなせんぱいを無理矢理に引きずってあちこち回る。

ある店でカラコンが置いてあるのが見えて、せんぱいにつけてみて欲しかったから衝動買いしてしまった。後で頼んでみよう。

男物の服屋さんでせんぱいを着せ替え人形にするも、どれも似合ってて困った。私のセンスの良さとせんぱいのかっこよさの両方に。

フードコートで食べたクレープはとっても美味しくて、甘いひとときを過ごした。

他にもいろんなところを回って、ふと外が見えたら、そこには黒のクロスが掛かっていた。

 

「せんぱい、最後にイルミネーション見に行きません?」

 

「…人多そうだから、嫌なんだけど」

 

「嫌です」

 

「拒否権なんて最初からないんだよなぁ」

 

モールを出て目抜き通りを歩く。

モール内以上に人がいたから、モール内以上に手を強く握る。少しびくんとした先輩も、握り返してくれた。そのことにドキッとするも、表に出さないようにする。

数十メートル歩くだけで、人の多さに嫌になってくる。さすがの私も参ってしまう。ふと目に入った喫茶店が、なんだか魅力的に見えた。

 

「せんぱい、あそこ入りませんか?あそこからならイルミネーションも見れそうですし」

 

「あ?…ああ、あそこか。まあいいぞ」

 

視認したせんぱいから了承を得たので人の流れを遮りながら喫茶店に足を向ける。

ドアを開けるとカランコロンと懐かしの音が鳴った。お店の中には多すぎず少なすぎない、落ち着いたお客さんと、それらが作る静かで暖かい雰囲気が溢れていた。

まだ入っただけだけど、好きになれそう。適当な窓際のテーブル席に座ってメニューを眺める。…ダージリンとレモンタルトかな。

 

「せんぱい決めました?」

 

「ああ、決めた」

 

「すみませーん」

 

ファミレスみたいにベルがないので、店員さんを呼ぶ。

少し小柄で、活発そうな顔立ちの店員さんがニコッと笑って接客してくれる。

 

「何になさいますか?」

 

「ダージリンとレモンタルトで」

 

「コーヒーとショートケーキで」

 

「畏まりましたー」

 

程よく気の抜けた言葉遣いも、私は嫌いじゃない。せんぱいが卒業したら今日を思い出すために通おうかな、なんて考えていると。

 

「なあ一色。お前何時に帰るわけ?」

 

「えっ、そうですね…ここ出たら帰りましょうか。もうすることもないですしね」

 

「そうか、なら晩ご飯は家だな…」

 

そう言ってせんぱいはスマホを取り出して、なにやらメールを打ち始めた。多分、小町ちゃん宛だろう。

送ってすぐにせんぱいのスマホが鳴った。どうやらメールを読んだ小町ちゃんが電話をしてきたらしい。せんぱいが席を立って店の外に出て電話している。すると、さっきの店員さんが注文したものを運んできてくれた。

 

「どうぞ…彼氏さんですか?」

 

「いえ、せんぱいなんです…手に入れたいですけどね」

 

「傍から見ればもう…いや、これを言うのは野暮ってもんですね。残り少ない聖夜、どうか後悔しないようにお過ごしください。では、失礼しますね」

 

なにやら言いたいことを飲み込んだように聞こえたけど、まあ気にしない。店員さんのアドバイスを頭で反芻させる。

後悔しないように、か。やって後悔するのと、やらなくて後悔するの、よくこのふたつが対比されるのを見る。私としては、やらなくて後悔する方が好きなんだけどね。やって後悔するのは、怖いから。人間関係が壊れるのを恐れてしまう。

だから、私が後悔しないように動くというのは、つまりは何も動かないということなのだ。

せんぱいが帰ってくる。なにやら緊張してるように見えなくもない…けど思えば今朝からずっとこんな調子かもしれない。

 

「せんぱい、食べましょう」

 

「あ、ああ」

 

自分の方にコーヒーとショートケーキを寄せたせんぱいは、やっぱり挙動不審だ。

小町ちゃんに何か言われたのかな?でも多分関係の無いことだから詮索はしない。ダージリンを一口飲む。今まで飲んできたのよりも濃密な香りが身体中に染み渡るのを感じた。

一息ついて前を見ると、せんぱいも同じような顔してた。

 

「美味しいです、せんぱい」

 

「ああ、俺もコーヒーもうまい…通おうかなと思うまである」

 

「わざわざ来る価値あり、ですよ。これは」

 

続いてレモンタルトを一口分切り取って食べる。

口に入れた途端に柑橘類の酸っぱい匂いが口の中に充満して、咀嚼するたびにレモンの酸味とタルト本来の甘みが息ぴったりに踊るかのような味がする。

ほんとに美味しい…やばい、ハマりそう。

机にあるケーキはふたつ。食べたい、せんぱいのショートケーキも、食べたい。

 

「せんぱい、一口くれませんか?」

 

「…お互いに一口な」

 

どうやらせんぱいもショートケーキが美味しすぎて、ほかのケーキの味が気になっているらしい。珍しくこの誘いに乗ってきた。

 

「では、どうぞ」

 

「ほれ、一口だけな」

 

それぞれ右側から相手に皿を滑らせる。フォークはそれぞれ自分が使ったのを使う。

フォークを入れる瞬間に、このケーキの美味しさを確信する、スポンジが違う。口に入れるのが楽しみになってくる。

口に入れると広がるのはイチゴ特有の酸味とケーキのクリームの程よい甘み。こちらもまたちょうどいい具合で、間違いなく一番美味しいところに調整されている。

何も言えずに皿を返す。せんぱいも同じような反応を示している。

 

「せんぱい、せっかくですからここはふたりだけの秘密にしませんか?」

 

何がせっかくなのか、自分でもわかんないけど、雪ノ下先輩や結衣先輩には教えて欲しくない。ここは私とせんぱいが見つけた場所だから、私たちだけの空間にしたい。

 

「小町には教えていいか?…こういうことを言うのは不味いんだろうが一応許可を取っておくことにしたい」

 

「小町ちゃんでしたら、いいですよ。誰も小町ちゃんには勝てませんから」

 

いろんな意味で、私たちは小町ちゃんに適わない。雪ノ下先輩がゲーム内のボスだとしたら、小町ちゃんはゲームそのもののプロデューサーとか、そのへん。強さのベクトルが一次元違うのだ。

ただ、せんぱいは私の言葉を違うように捉えたらしい。

 

「そうかそうか、ついにお前も小町の可愛らしさと小悪魔さが分かってしまったか」

 

「そういう事じゃないんですけど…まあいいです。食べましょうか」

 

窓から差し込む人工光に照らされながら、時々会話をして食を進める。…せんぱいと私だけの秘密の場所ができたのがあまりに嬉しくて、もうタルトの味も霞んでるけど。

 

 

 

 

 

タルトとケーキを食べ終えて私たちは、千葉駅に帰ってきていた。

今日はここでお別れ。今日が終われば、私はもうせんぱいに自分から近づかないようにしないといけない。そう思うと、途端に帰りたくないと思ってしまう。無慈悲にも時間は過ぎていくばかりだけど。電車の時間なんて気にせずに、今日が終わるまで隣にいてほしいけれど、それも叶わないな。

思い切って別れの挨拶をしようとせんぱいに向き直ると、不思議そうな顔をする。

 

「何してんだ、送るぞ」

 

「え!?さすがに悪いです、時間ももう遅いですし。今から送ってもらうとせんぱい帰るの十時くらいになりますよね?」

 

「いいんだよ、そのへんは気にすんな」

 

「でも…」

 

せんぱいのお誘いは嬉しいけど、でもまんまと乗せられる訳にはいかない。

なんとか断ろうとするも、せんぱいも譲らない。ついにはせんぱいがこんなことを言ってきた。

 

「ならこう考えろ。俺がお前を送らなくて、もしもお前に何かあれば俺は罪悪感に苛まれるから、送らせてほしい」

 

…意地悪です、せんぱいのバカ。

 

「もう…勝手にしてください」

 

それを聞いたせんぱいが目に見えて安心している。なんだか今日のせんぱいは変だ。

自動改札を越え電車を待ち、電車に揺られ最寄り駅に着く。私の家まではここから歩いて二分くらいだ。…多分家まで送ってくれるんだろうな。案の定せんぱいは私の横を動かない。

少し見上げる形でせんぱいを見つめていた。私の視線に気づいたせんぱいが気まずそうに口を開く。

 

「道わからんから、お前が動かないと動けないんだが…」

 

「え、ええ…ここから二分くらいです。ついて来るんですか?」

 

「その言い方は語弊を産みかねないから抑えてね。夜道はいろいろ危ないし…少し話したいこともあるんだわ」

 

話したいこと…なんだろう。もう迷惑だからこんなことやめろとかかな?それとも私の気持ちを察して私が告白する前に振られちゃうのかな。告白する気なんて、全くさらさらないけど。

そうですか、と返して歩き出す。雪は未だに降り続けていて、歩いた感触が朝と違う。ふたりでそれぞれ傘をさして並んで歩いていた。

歩いて一分くらいした道の途中で、せんぱいが立ち止まる。ちょうど街頭と街頭の間に立っているから、せんぱいの顔が見えづらい。

向かい合わせになって、せんぱいが喋り出すのを待つ。せんぱいが何も喋らないから、こっちがもどかしくなって、ドキドキしてくる。

 

「っと、まずはこれ」

 

そう言ってモールで小町ちゃんへのクリスマスプレゼントを買った時の袋から、なにやら小さな包みを渡してきた。…もしかして。

 

「なんだ、その…メリークリスマス」

 

「えっ、あ、はい。メリークリスマスです」

 

そういえば今日一度も言ってない気がする。

受け取ってみると、それはかなり軽くて、中身空気なんじゃないかなんて不安になった。流石にないか。

 

「開けてみていいですか?」

 

「…いいぞ」

 

許可を得たので開ける。そこには、一対の金色のイヤリングが可愛らしく収まっていた。

控えめでワンポイントなイヤリング、どんな服にもあいそうで嬉しい。

 

「ありがとうございます、大切に使わせて貰います」

 

「ああ、そうしてくれ。で、だな…」

 

そこから繋がる言葉はすぐに来ず。

せんぱいが何度も深呼吸したり、頭を掻いたりして、五分が経過する。

何度目か分からない深呼吸のあと、せんぱいが漸く口を開いた。その瞳はいつもの腐った目からは想像出来ない、輝く年相応の瞳だった。そんな瞳が、まっすぐ私を捉えていて、吸い込まれそうだった。

 

「…一色」

 

「…はい」

 

「ハァー………好きだ」

 

「はい…はい?」

 

せんぱいが溜めて溜めてついに喋ったと思ったら、なんだそんなことですかってえええええええええ!?!?!?

心臓の鼓動が倍になる。顔に血が集まって赤らむ。

 

「何度も言わせんな、恥ずかしい」

 

「いやいや、何言ってるんですか。こんなところでっていうかそもそもなんでせんぱいが私に好きなんて」

 

「…知らねえよ、いつの間にか好きになってた」

 

「えっ、ちょっ、ちょっと待っ…だめ、今…また言われて」

 

気が動転してしまって、呂律が回らないどうこうの話じゃなくなる。支離滅裂過ぎて文にすらなってない日本語がづらづら私の口から漏れ続ける。両の手で顔を必死に隠す。

けど、せんぱいの攻撃はまだ続いた。

 

「俺と、付き合ってほしい」

 

「~~〜~~~〜~~っ!?!?」

 

一年間ずっと片思いだと思ってたのに、今日で全部終わりだと思ってたのに、こんなことになるなんて思ってなかった。

頬になにやら水滴が伝うのを感じる、間違いなく涙だ。嬉し涙だ。嬉しすぎてなんも言えない、言葉にできない。喋ることができなくて、首を必死に縦に振る。ふーっ、とせんぱいが息を吐く音が聞こえた。

 

「ああぁ、緊張した」

 

もう耐えきれなかった。

私は傘を放ってせんぱいの懐に飛びついた。今朝同様に受け止めもらえた。けれど今はせんぱいの肩に私の頭が乗ってる。

そこから私は止まらなかった、腕をせんぱいの胴に巻き付け、捲し立てる。涙でせんぱいの肩がびしょびしょになったけど、気にしなかった。

 

「なんなんですかせんぱいあざと過ぎます!一体どれだけ待ったと思ってるんですか、せんぱいが誰とも付き合わないからもしかしたらと希望持って今までずっと過ごしてましたけど、そんな気配全くないからっ!…せんぱいは私を選んでくれないんだなって何度も思いました。何十回も何百回も思いました!それが今日になって突然好きとかかっこよすぎてもっと好きなっちゃうじゃないですか!こんなの誰でも負けますよ、だいたいほんとになんで私なんですか!雪ノ下先輩の方が綺麗だし、結衣先輩の方が優しいし、三浦先輩の方が面倒見いいし、海老名先輩の方が趣味だって合うだろうし、はるのんさんのほうが仲良さそうだし!なんで沢山いる美少女たちの中からただ可愛いだけでそれ以外ない私を選んだんですかセンスなさすぎて引きます!超引きます!けど嬉しいんです、ただ選んでくれたってだけで嬉しいんです!」

 

「…ああ、待たせちまったよな。ごめん」

 

ただ一言そう言ってせんぱいは私の頭を撫でる。その手は今までで一番優しさと温かさを感じられて、せんぱいが本気だってことも伝わってきた。

暫く泣いていた私も、三分くらい経てば、泣き止んでいた。

けどだめ、今すっごい恥ずかしい!このまま普通に一人で帰りたいくらい恥ずかしい!

でも意地悪なせんぱいはさらに追い打ちをかけてきた。

 

「で、一色さん」

 

「…なんですか」

 

不貞腐れているように答える。

 

「俺の彼女になってくれますか」

 

いつもじゃ絶対聞けないせんぱいからの敬語に完全にハートを打たれた私の返事は決まっていた。

ぱっと顔を上げて両手で先輩の胸を押して対面、大きく息を吸って一声。

 

「あ、当たり前じゃないですかっ!このっ、バカー!」

 

「バカって…酷ぇな」

 

苦笑いを浮かべるせんぱいに抱きつく。今度は満面の笑みを浮かべながら。けれどせんぱいは私に腕を回してくれない。

 

「せんぱい、私のこと抱きしめてください」

 

「え、ええ…ここで?」

 

「今更すぎます!さあさあ、早く!」

 

渋々といった感じで恐る恐る回ってきた腕は、思ったより長く、私はすっかり包まれてしまった。私の顔のすぐ近くにせんぱいの耳がある。仕返ししてやる。喉の調子を確かめて…よし!

囁くように、でも聞き間違えされないように、反撃をする。

 

「せんぱい、大好きです」

 

「ばっ!?お、お前…」

 

せんぱいの耳がもみじより赤く染まった。赤くて綺麗だななんて感想を抱くくらいに、紅色になってる。

そのままずっと抱き合ってた私たちも、少し冷静になって、でもまだ少し一緒にいたいとのことで、最寄りの公園のベンチに寄った。少し雪が積もってたけど、手で払って座る。空を見上げると、満天の星が散らばっていた。

私の右手は、せんぱいの左手と指を絡めていた。

 

「ところでせんぱい」

 

「なんだ」

 

「今日告白しようって、決めてたんですか?」

 

「ああ、小町にアドバイス貰ったりしてな」

 

小町ちゃん…ナイスだよ!

そう考えると今日の今までの挙動不審な行動も説明がつくってもんですが、一応聞くことにする。

 

「じゃあせんぱい」

 

「次はなんだ」

 

「普段は絶対しないあーんとか相合傘も小町ちゃんの入れ知恵ですか?」

 

「…ああ、そうだよ!くそっ、恥ずかしい…」

 

せんぱいの左耳が真っ赤なのが、薄暗い中でもよくわかる。

私のためにそこまでやってくれたことが堪らなく嬉しくて、そこまでやってくれた人が堪らなく愛しくなった。頭をせんぱいの左肩に乗せる。そのまま時間が流れた。

もう、今日一日でもっと好きになっちゃったじゃないですか。これ以上好きになることなんてないと思ってたのに。

 

「さて、そろそろ帰りますか」

 

「さすがに遅いしな…今日ももう終わるのか」

 

スマホで時間を見ると、もう十時だった。これじゃあどれだけ早く帰っても、せんぱいが家に着くのは十一時半くらいになっちゃうなあ。

ベンチから立ち上がってベンチの方に振り返る。両手を背中に回して今日一番の笑顔をしてせんぱいに愛を告げる。

 

「せんぱい、だーいすきです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寝室にある写真立てを、ふと見る。そこには、私が大学の卒業式にあの人と撮った写真が入っている。写真の中でもあの人の目は腐っちゃってるけど、表情は嬉しそうだ。

…あれからもう二年半なのかと思うと感慨深くなるし、そう考えると、せんぱいと付き合ってから今日は十年目なのかと思うと、もはや呆れてくる。

今日も今日とて、おしゃれして姿見と向き合って、あの日以来気合を入れる時に言っている言葉を口にした。

 

「よし!今日も私は可愛い!」




お恥ずかしながら、自分はメルトという曲を知ってから、まだ4年程度しか経ってないんですよね。

古参の皆さんとはダブルスコアつけられてる訳ですが、それでもあの動画には感動させられるものがありました。やなぎなぎさんも好きなんでね、supercellとなぎといえば、君の知らない物語ですよね。

閑話休題、紆余曲折を経て彼らは青春を謳歌しました。

自分も、残り僅かな青春を、自分だけの青春をキャンパスに描いてくることとしましょう。
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