やはり俺を中心とした短編集を作るのはまちがっている。 作:Maverick
千葉ではあまり降ることのない雪が視界を飾る二月初めのこと、黒髪の美少女、鶴見留美は道を歩いていた。
彼女は小学6年生、あとふた月もすればその身に纏っている制服は御役御免となる。
そんな彼女にはある悩みがあった。それは思春期の女の子の誰もがもつ恋煩いに関することで、しかし相手は高嶺にいる腐った目をした高校生。
「どうにかして渡したいな」
片思いの相手は今までに2度、何かしらの関係を持っただけの相手。1度目は夏の林間学校、2度目はクリスマス会だった。彼は夏に留美を取り巻く空気を払拭し、冬に新たな空気を送り込んだ。それから留美は劇に興味を持つようになった。このあと留美は中学校で演劇部に入り、主役に抜擢されるのだが…それはまた別の話である。
とにかく、留美はとどのつまり目前に迫ったバレンタインで彼になにか渡したいと考えていたのだが、如何せん留美は八幡の所在など知るはずもなく途方に暮れていた。
そう落ち込んでいた留美を救ったのは…
「ねえねえ、留美ちゃん…だよね?」
「ほら、林間学校でお手伝いしてたんだけど覚えてる?」
八幡の実の妹の比企谷小町と、八幡の友達の戸塚彩加だった。
留美は、小町と彩加のどちらもしっかり覚えており、声をかけられたあとにしっかり挨拶をしていた。流石に名前は忘れていたので聞いていたが。
その後小町の提案で3人は最寄りのカフェに入る。そこで小町はココアを、彩加と留美はコーヒーを頼んだ。
「えっと、小町さんと戸塚さんは私に何か用ですか?」
「ううん、偶然会ったからちょっと声かけてみたかっただけ…迷惑だったかな?」
そんなことあるはずもなく、留美は首を横に振った。と、同時に留美は考えていた。小町へ八幡のことを相談すればなんとかなるんじゃないか、と。思い切って聞く。
「あの…小町さん」
「ん?なになに」
「え、えっと…八幡にチョコをあげたいんですけど、どうやって渡そうかなーと思っていて」
「あー、そっか。留美ちゃん八幡がどこにいるかとかわかんないよね」
それ以前に自分が渡していいものかと不安になっていたのだが。
実は今日、コミュニティセンターで海浜総合と総武の合同イベントがあるのだ。バレンタイン前で空いていたのがこの日しかなく、彼らは渋々今日行うことにした。結果は大成功となり、いろはと玉縄の各高校での株は後々右肩上がりとなる。閑話休題。
留美はあまり料理をしたことがなければ、誰かにプレゼントなんて考えてもみなかった。が、好きな人がいる乙女は強い。好きな人のために留美はチョコを作ることを決意していた。
「じゃあ、来週うちで一緒に作ろうか!」
「え、いいんですか?」
「いいよー。お兄ちゃんはどうせ昼まで起きてこないだろうし、バレンタイン前だけどいいかな?」
「全然問題ないです。ありがとうございます!」
会話をしているうちに問題は解決し、注文していたコーヒーとココアを皆が飲み終わった時、時刻は3時だった。
「お兄ちゃんはまだ帰ってこないだろうから、今日早速うちで何作るか決めちゃおっか。戸塚さんも来ます?」
「僕はいいよ。ただ来週はお邪魔してもいい?」
「もちろんです。それじゃ今日はこの辺で解散しましょうか、先に行きますね」
そういった小町は自分の分のお金を彩加に渡して席を立つ。その様子を見ていた留美は慌てて財布を取り出し、コーヒーの代金を机に置く。彩加がそれらを笑顔で受け取り行ってらっしゃいと言わんばかりの笑顔を向ける。
「ついてきて」
「あ、はい」
カフェを出て小町が留美を先導する。留美は思い切って気になっていたことを聞いた。
「小町さんって戸塚さんと…その、付き合ってるんですか?」
「え?ああ、違うよ〜。留美ちゃんと一緒で偶然会ったからすこし一緒に回ろうとしたいたところに留美ちゃんがいた感じかな」
少し補足するならば、彩加はラケットのガットが切れたのでそれの張り直しを頼みに街に来ていた。その時ばったり小町に会ったのですこしカフェで喋ることにした時に留美を見つけたのだった。
「…とりあえず行きましょう」
もっとも、留美は半信半疑だったが。
数十分歩くこと、2人は比企谷家に到着した。小町の予想通り八幡はまだ帰ってきてなかった。留美をなかに招き入れ、リビングへ案内した小町は、そのまま二階に行ってチョコに関する本や印刷したものを持ってきた。
「さ、何作ろうか」
「八幡が一番喜んでくれるものを作りたい」
「お、おうふ…留美ちゃんが可愛すぎる…健気だなぁ」
この子の健気さを少しは皆に見習ってもらいたいと、内心そう感じた小町。皆というのは言うでもなく八幡のヒロイン達である。
「と、とにかくお兄ちゃんは甘党だから何作っても食べてくれるよ」
「そ、そうなんだ…どうしようかな」
留美は机に置かれた資料とにらめっこするも、結論を出すことが出来なかった。そうしているうちにいつの間にか比企谷家に訪れてから1時間が経っていた。
「ど、どうしよう。決められない」
「そろそろアドバイスしてあげようかな」
そう呟き、小町は留美へのアドバイスを告げてゆく。
初心者にはこれがおすすめだよ。そうなの?難しそうなんだけど…、大丈夫、大丈夫!小町がちゃんと隣にいるから。それなら安心です。
去年はこれ作って好評だったんだけど、どうする?こっちにする?んー、でもせっかくなら少し苦めの方がいいかなって思います。どうして?クリスマスの時にMAXコーヒー飲んでる八幡を見かけたから。…いやん、妹に欲しいな留美ちゃん。
女は三人揃えば姦しいと言うが、ふたりでも十分話は盛り上がっていた。ここで乱入者が現れる。
「ただいまー。早めに終わったー!」
そうやって開放感をあらわにする人物は、なんとなんと八幡と小町の母親だった。
「おかえりー」
「あ、あのお邪魔してます」
「貴方は?」
このあとふたりでもなかなかに賑やかだったリビングは、それこそ姦しい状況へと移り変わっていった。
八幡が帰ってくる前になんとか決め終わった3人はその後、留美を家に送り届けるために比企谷母が車を出した。
その後一週間の間留美は自宅で少しキッチンに立って母親の手伝いをしていたとかしていなかったとか。
時は過ぎ、遂に留美人生初の本命(?)チョコを作る日。留美は朝早くから比企谷家へ向かっていた。両手には材料を持っている。道を右曲がった時、見覚えのある後ろ姿が見えた。
「あ、戸塚さーん」
声をかけられた彩加は振り返り微笑む。その仕草は女子よりも女子らしく、かといってエレガントでもなく謙虚な姿勢が見受けられた。
「留美ちゃんおはよう。今日は頑張ってね」
「はい、ありがとうございます…ふう」
「大丈夫?持ってあげようか」
そう心配する彩加。そう言われた時女子は嬉しく思うのが普通のはずだが、留美は全く別の印象を持った。
(八幡なら何も言わずすっと持っていくんだろうな)
彩加は距離が未だ掴めずにいたから少し遠慮していたためにこう言っただけで、留美もそれは僅かだが感じ取っていた。
しかしこれが下心満載の男子ならば、ここでポイント稼いじゃうぜぐへへとか考えているのだろう。が、八幡は何も言わずにすっと取ろうとする。そういう見返りを求めないところが、女子にモテるための秘訣なのかもしれない。
「ありがとうございます。一つだけ持ってくれますか?」
「うん、いいよ」
彩加は重そうな方を選んで留美から袋を奪った。二人は雑談しながら道を歩いていった。
家に着いたふたりはリビングに通され、とりあえず今の状況と今日の予定を告げられた。
彩加は八幡が万が一起きてきた時の足止め要員だったりする。が、彩加自身はそれを気にしておらず、寧ろこの機会に八幡の部屋に入ってみたいとか少し楽観的だ。
対する留美は今日のメインヒロイン誰が見てもわかるほど緊張している。
「それじゃ、始めましょう!」
こうして留美の戦いは始まった。
影が1日で一番短くなる頃、留美の手作りチョコレートは出来上がった。と言ってもチョコレートというよりプチチョコケーキだ。市販のものよりビターに仕上げてあり、マッ缶とは恐らくベストマッチだろう。とにかく一件落着ということで一息ついていた3人は、階段を降りる足音を聞いた。親はこの時間起きてこれないから八幡だろう。
リビングのドアが開いた。
「おはよ…って戸塚と留美か?どうしてお前らが」
少し寝ぼけていたものの、普段いない人がいると目が覚めてしまうのは彼だけではなかろうて、すっかり覚醒した様子だ。
「おはよ、お兄ちゃん。留美ちゃんにバレンタインのお手伝いをお願いされたの」
そか、とだけ答え八幡はもう1度二階に戻った。着替えるためだ。部屋着だけなら脱衣所にあるのだが、客人がいる前で流石にI ♡ 千葉と書かれた服は着たくなかったのだろうか。
着替えた後、八幡は部屋でトランプとウノを探し出して、それをリビングへ持っていく。せっかくだし遊ぼうぜ、この一言を言うために部屋の中ですこし練習する。
「せ、せっかくだしあしょぶか」
なんせ家に友達が来たことのないぼっち歴が10数年の彼にはハードルが高く、やはり噛んだ。
誰もそれを気にとめず4人でウノたら大富豪たらで遊んだ。
もうそろそろ日が沈む時間だという頃に彩加と小町は動く。
「あ、小町ちゃん。例のもの貸してくれる?」
「え?何…あー、はいはい。あれですね、一緒に2階で見てきましょうか」
そう言って2人は二人になれる状況を作った。二人の間に会話はない。
先に口を開いたの留美だった。
「は、八幡!」
「…どした」
「ちょ、ちょっと目つぶって耳塞いでて」
怪訝に思うも言うとおりにした八幡。目が腐ってなければそこそこイケメンの好きな人が目の前にいることにドキドキしながらも、留美は冷蔵庫に向かう。そこから作ったケーキを取り出し用意してもらっていたマッ缶とフォークと一緒に持っていく。塞いでいても聞こえるかもしれないと、できるだけ音がならないようそれらを八幡の前に置く。彼の方をたたき、命令解除を伝える。
八幡の表情筋と腕の筋肉が緩んでいく。自分の眼前を見て彼は固まった。どうやら筋肉と同時に頭まで緩んでしまったらしい。
もちろん冗談で、彼は単に驚いていただけだった。生まれてからまともにちゃんとチョコを家族以外からもらったのは初めてだったからだ。先週のことは彼の中で自分は味見であるということで片付けてある。
「作ってみたんだ…食べて?」
「…あ、ああ。ありがとう」
留美の言葉で我に返り、フォークを取りケーキに刺す。1口分取ってぱくり。ゆっくり咀嚼し、大事に飲み込む。
「うまいぞ、少し苦いのはソウルドリンクに合わせてあるんだな。よく考えられてる、嬉しい」
あまりの感動のあまり多少片言になるも感謝の意を伝える八幡に、微笑ましく感じた留美。安堵し、ソファにまた座る。
「良かった、八幡のために作ったんだよ。今までのお礼とこれからよろしくの意味」
この二つはもちろんあるが、最大の理由を伏せた留美。流石に彼が鈍感でも、留美は流石に察せられるかもとそれの匂いを漂わせるワードは使わないよう気を張っていた。
「これからよろしくって…まあ、あれだ。あと一年は俺も小町もどっちもいるからな。いつでも来い、お前なら歓迎するさ」
八幡は留美の頭を撫でた。
彼女の顔はチョコに乗ったいちごのように真っ赤で、そして彼女の心にはとびきりのハートが形作られていた。