FD編が終われば、アインクラッド編も修正を入れていかないとと思っています。最初と今を比べると、書き方も大分変わってしまっていますし、レットやナイト達オリキャラの性格がまだ掴めず、変な感じになっているところもあるので。圏内事件編など無くてもいいと思っている話もあるので、必ずやります。
「おおー、暗視能力付加魔法か。スプリガンの魔法も捨てたもんじゃないわね」
「うわ、その言い方傷つく」
ここはアルヴヘイムの中立域《ルグルー回廊》。洞窟の中はとても暗く、辛うじて足元が見えるほど。仲間との連携はおろか、モンスターの姿を捉える事すら難しい。
索敵はユイちゃんに任せて、彼らとのエンカウントを避けながら洞窟を抜けるという手もあるが、マップを見る限り長く折れ曲がった構造をしている。ただ洞窟を突破するというだけでも中々骨が折れそうだ。
だが、ALOには魔法がある。俺やリーファの使う攻撃系だけではなく、味方のステータスを上昇させるバフ効果や、逆に相手のステータスを下げるデバフ効果も備えている。
魔法のスペルは全て古ノルド語であり、覚えるのは苦労しそうだが、それを補って余りあるメリットがある。英語に関してはそれほど苦手意識はないため、俺はこれからも使っていくだろう。刀の決して小さくはない隙も、魔法と組み合わせれば多少のカバーが出来そうだ。
ユイちゃんに教えてもらいながらキリトさんが使ったのは、スプリガンお得意の暗視魔法。プレイヤーの周りを明るくするのではなく、本人とそのパーティーに、直接暗視能力を付加するというもの。視野は普段の時に比べれば狭いのだが、余程の数に囲まれなければどうって事はない。この洞窟を抜けるには十分過ぎる。
だが、一つだけ言いたい事がある。本来ならば、このような事を言うのは大変失礼ではあるのだが、やはり我慢出来そうにない。
「キリトさん、それすごく地味ですね。いや、むしろしょぼい……」
「おいレット、その言い方やめろ。傷つくから! 泣きたくなるから……!」
「まあまあ、キリト君。スプリガンのしょぼい魔法が、生死を分ける状況だってないとは限らないし」
「お前らなぁ……」
下調べさえすれば、こんな事にはならなかっただろうに。完全な黒ではないが、インプもそれなりに黒っぽかったはずだ。
それにしても、スプリガンの使い勝手の悪さがすごいと思う。他の種族が、強力な攻撃魔法やバフ系の魔法を得意とする中、スプリガンだけは汎用性の低い幻惑魔法。運営側に何か恨みがあるとしか思えない。
とはいえ、小柄な割にステータスはどれも高めのバランス型。プレイヤーの数だけスタイルを確立でき、滅茶苦茶なキリトさんには意外と向いているのかもしれない。
「まさか、ゲームの中で英語の勉強のような事をするとは……」
「でも、使える魔法ぐらいは覚えておいた方がいいですよ。俺もキリトさんも、戦闘中に片手が空く事、結構あるじゃないですか。そんな時、使えたら便利だと思いますよ」
「俺はお前のどころか、さっきの魔法も怪しいんだよ」
「
「思えない。俺もうピュアファイターでいいよ」
二十ワードをある程度のスピードで噛まずに詠唱する。そう考えただけで、魔法なんて使いたくないと思ってしまう気持ちは分かる。だが、ALOにおける魔法は、意味のない言葉を羅列しているわけではない。この意味の法則が分かれば、魔法剣士型ならば十分こなせそうな気もするのだ。
「泣き言言わないの。もっとレット君を見習いなさい。始めたタイミングはほとんど同じなのに、飛行も魔法もキリト君よりもずっと出来るよ」
「こいつは器用なんだよ。何でもそつなくこなせて、隙がないんだ。器用貧乏とも言えるけど」
「キリトさんは偏るとかいう次元を超えてるんですよ。尖り過ぎです」
「二人共、兄弟みたいに仲が良いわね」
その時、この場には似合わない電子音が洞窟内に響いた。
「あ、ごめん。メッセージが入ったからちょっと待って」
音の発生源はリーファだった。俺達に一言断った後、慣れた手つきでウィンドウを開く。そして、急に面倒くさそうな表情になり、ため息を吐きながらメッセージを見る。
「……なんだこりゃ?」
リーファが呆れたような、わけが分からないような声を出した。一体、送られて来たメッセージに何が書いてあったのだろう。
「エス……さ、し、す……、うーん」
リーファは、わけが分からない事を呟きながら悩む。メッセージも見ていなければ、彼女が頭を悩ませている理由も知らない俺からは、彼女が一人で百面相しているようにしか見えない。
「パパ、接近する反応があります」
「モンスターか?」
「いえ、プレイヤーです。十三人います」
リーファの顔芸に気を取られていた俺は、ユイちゃんの鋭い声に内心驚いてしまった。だが、それ以上に驚いたのはその内容。昨日の森での一件もあり、俺はすぐさま意識を戦闘に向ける。
「十三っ! ……嫌な予感がするわ。隠れてやり過ごそう」
「ここで斬った方がいいんじゃ……」
「あのねえ、レット君。例えPK推奨のALOでも、目と目が合ったら斬り合うなんて事はしないわよ。穏便に済ませられるなら、それに越した事はないわ。レット君って、意外と好戦的なのね。そういうの、キリト君の役目だと思ってたわ」
確かに、今のは自分でも失言だったとは思うが、最後のは聞き捨てならない。好戦的である事も否定はしないが、後先考えずに突っ込んで行くのはキリトさんの役目だ。俺ではない。
しかし、状況が状況であるため、そんな事は言わない。後で言うかは別として、今はリーファの案に従う。鞘から手を離し、肩の力を抜いた。
「隠れるって言っても、どこに隠れるんだ?」
「ま、そこはオマカセよん」
リーファは、キリトさんの問いに自信ありげに答えた。そして、俺達を連れて壁の窪みに入る。リーファが左手を掲げて魔法を唱えると、俺達の目の前に薄いベールが現れた。
「喋る時は最低限のボリュームで。魔法が解けちゃうから」
俺は頷き、もうすぐ見えてくるであろうプレイヤーを待つ。
「もうすぐ視界に入ります」
ユイちゃんの小さくも力強い声が聞こえる。
「あれ、何かな」
「え? まだ何も見えてないけど」
「プレイヤーじゃなくて……、何だろう。赤い、コウモリみたいな……」
よく見ると、キリトさんの言う通り、小さなコウモリが飛んでいた。その姿を確認すると、リーファが素早く通路に飛び出す。その行動により、自動的に隠蔽魔法は解除された。
「どうしたんだ、リーファ」
「あれは、高位のトレーシング・サーチャーよ! 潰さないと!」
リーファは両手を前に掲げて詠唱をする。ワードの長さから、中級クラス以上の魔法だと予想出来る。彼女の指先からエメラルド色の針が無数に放たれ、コウモリの体を貫かれ消滅した。
「走るよ!」
「また隠れるじゃダメ……だよな」
「ええ。トレーサーを潰したのは向こうにもバレてる。それに、あれは火属性の使い魔。って事は、接近してるパーティーは……」
「サラマンダーか!」
このままここにいれば、間違いなくサラマンダーがやって来る。決して偶然なんかではなく、俺達を狙っているのだ。目的は昨日の復讐か、それとも別の何かか。
だが、そんな事を考えている暇はない。後ろを一度も振り向く事なく走り、とうとう鉱山都市《ルグルー》が見えてきた。俺達が今いるのは、そこへ繋がる橋。橋の周りは湖に囲まれており、そこに街の明かりが反射して、どこか不気味な雰囲気を作り出している。
「どうやら逃げきれそうだな」
「そうですね」
「油断して落っこちないでよ」
もう少しで街に辿り着く。中立区域なので、戦闘は可能なのだが、流石にそれはマナー違反だ。つまり、そこまで逃げれば俺達の勝ちだ。
「ガハッ──!」
「ッ! レット君!」
突然背後から受けた強い衝撃により、俺の体は前に傾いた。
俺が急に倒れた事により、リーファとキリトさんは止まってしまう。その時、俺達の頭上を光が飛んで来た。それは俺達の少し前に落下し、そこに巨大な壁を生み出す。
それを見たキリトさんは、背から剣を抜いて壁を壊そうと斬りかかる。だが、攻撃は軽々と弾かれてしまった。
「これは、土魔法の障壁ね。物理攻撃じゃ破れないわ」
「もっと早く言ってくれよ」
「君がせっかち過ぎるんだよ。攻撃魔法をいっぱい撃ち込めば破壊できるけど……」
「その余裕はなさそうだな」
まだフラつくが、何とか自分の足で何とか立つ。そして、リーファに現状打破の方法を訊く。
「湖に飛び込むのはダメ?」
「無理よ。ここには超高レベルの水竜型のモンスターがいるの。ウンディーネの援護なしじゃ自殺行為よ。ましてや君はサラマンダー。水の中じゃ何も出来ないわ」
「なら、戦うしかないな」
「ええ。でも、これだけ高位の土魔法が使えるって事は、よっぽど手練れのメイジが混ざっているわ」
先程の衝撃により、未だに頭がクラクラする。この攻撃は、過去に一度受けた事がある。
「だから言っただろ、スカーレット。〝月のない夜は背後に気をつけろ〟ってな」
「〝どんな手を使っても、後悔させてやる〟とは言われたけど、それは初耳だぜ」
「そうだっけか? 悪い悪い、言い忘れてたわ」
「相変わらず、いい性格してるじゃないか、キヤーナ」
現れたのは、キヤーナを先頭に据えたサラマンダー総勢十三人のパーティー。盾持ちの重戦士が三人、ローブを着たメイジが九人、そして赤いジャケットにフード付きマントのキヤーナ。見たところ、全員の装備が俺やキリトさんのランクを上回っている。店売りなんかではなく、ドロップ品やプレイヤーメイドなのだろう。
「ジータクス、作戦通り頼むぜ」
「分かっている。タンク、配置につけっ!」
ジータクスと呼ばれたメイジの号令で、重戦士が盾を並べる。その後ろにメイジ達が各々の位置についた。
「……流石はキヤーナね。こんなの、プレイヤー相手にやる事じゃないわ」
「どういう事?」
「このフォーメーションは、物理特化のボス戦でやるものよ。前衛がボスのタゲを取って、後ろのメイジが攻撃。こんなやり方でPKをするのは褒められたものじゃないわね」
昨日の俺との戦いから、俺の攻撃をボス並みと判断したわけだ。評価される事は嬉しいのだが、このやり方は嬉しくない。
「リーファ、君の腕を信用してないわけじゃないんだが、今は回復役に徹してくれないか? 俺とレットはお互いの癖も分かってる。それに、この橋の大きさだと、三人同時に戦うのは厳しいんだ」
リーファは文句も言わずに剣を収め、後ろに下がった。
「どうします、キリトさん」
「俺が先に攻撃して、奴らの隙を作るから、スイッチして飛び込んでくれ」
「了解です」
俺とキリトさんがほぼ同時に得物を抜く。
そして、キリトさんが勢いよく走り出し、剣を振りかぶった。俺もワンテンポ遅らせて前に出る。左手を特注の鞘に添え、右手で柄を握る。
「スイッチッ!」
キリトさんの渾身の一撃は、大きな金属音を響かせながら、重戦士達を大きく仰け反らせた。キリトさんは後退し、俺と位置を交換する。
「はあぁぁぁッ!」
盾と盾の間の僅かな隙間。そこに飛び込んで刀を抜くイメージ。狙いを定め、そのそこを睨みつけるようにして見る。
だが、その隙間の先の誰かと目が合った。その人物は既に魔法の詠唱を終えている。
「──ッ! キヤーナ!」
「いらっしゃい、スカーレット。そして、さようならッ!」
キヤーナの両手から、時間差でいくつもの火球が放たれる。一発目は顔面。続いて右肩、左肩、腹。後ろに倒れる事なく、どうにか踏み止まる事が出来たが、そのタイミングで再度顔面に火球が撃ち込まれた。
俺は、第二撃の準備をしていたキリトさんの元まで飛ばされた。
「レット!」
だが、まだ終わりではない。盾持ちの後ろのメイジが彼らを回復させ、その後ろからオレンジ色に光る火球が飛んで来る。それらは俺とキリトさんの間に着弾し、轟音と共に爆発した。
「うわあッ!」
「ぐあッ!」
キリトさんも俺も、この一連の攻撃でHPバーを黄色まで減らされてしまった。俺の種族がサラマンダーで、火炎魔法に強くなければ、俺のHPは吹き飛んでいた可能性もある。そう考えれば、俺は運が良かったのだろう。
「くそ──ッ。またあいつか……」
「完全に読まれてたな。これじゃあ、前衛を越えるのも厳しいな」
悔しいが、キヤーナのプレイヤースキルはかなり高いと言わざるを得ない。尚且つ、このALOにおける有効な戦術も熟知している。武器による攻撃よりも魔法による攻撃が優遇される。だからこそのこの作戦だろう。
「レット、まだいけるか?」
「もちろんです!」
リーファの回復魔法により、俺達のHPバーはグリーンに戻った。それを確認して、ふたたび突撃する。
だが、またしても結果は同じ。キリトさんの一撃は盾に阻まれ、俺の重さより速さを重視しているはずの攻撃も、至近距離からの速射魔法には及ばない。俺達が攻撃をやめた途端に、上から魔法が降って来る。それによって減ったHPをリーファが回復してくれるが、相手の前衛も回復してしまう。
〝無限ループ〟、〝持久戦〟、そんな言葉が思い浮かぶが、そんな事はない。
この戦いは、SAOのボス戦に似ている。ボスのHPが尽きるのが先か、攻略組の回復結晶やポーションが尽きるのが先か。先に尽きた方が負けだ。
今回もそうだ。前衛を回復させるためのMPがなくなった方が敗北する。そうなれば、サラマンダー達は俺達の攻撃を凌げない。逆に俺達は、魔法を受け切る事が出来なくなる。
そして、先にその限界が来るのは俺達だ。
「はあぁぁぁッ!」
もう何度目か分からない。俺はただ、キリトさんが作ってくれたチャンスを掴むため、奴らの懐に飛び込む。
「だから、しつこいんだよッ!」
「──くッ!」
そして再び、俺とキリトさんを魔法の雨が襲った。
「二人共、もういいよ!」
リーファが、ただ一方的にやられつつある俺達を見て、泣きそうな声で叫ぶ。
「また、スイルベーンから何時間か飛べば済む話じゃない! もう諦めようよ!」
諦める──つまり、黙って〝死〟を受け入れるという事。今の状況を見れば、誰でもそうするだろう。死を目の前にして足掻くなんて、泥臭くて、滑稽でかっこ悪い。さっさと諦めて、潔く受け入れろ、という事だろう。
なんて賢いやり方なんだ。
──でも、
「────冗談じゃないッ!」
誰に向けて叫んだのか分からない。ただ、リーファの言葉を聞いた時、そう叫ばずにはいられなかった。
「俺が──俺達が生きてる間は、パーティーメンバーを殺させやしない。それだけは絶対に嫌だ」
キリトさんも大声を上げた。
彼がこのALOに来た目的はただ一つ。愛する彼女――アスナさんを助けるため。だが彼にとって、それ以外の全てが二の次というわけではないのだ。
「言いたい事、全部キリトさんに言われちゃったなあ……」
独り言のように呟き、刀を強く握り直す。
後ろを振り向き、不安そうな表情のリーファを見て、笑ってみせる。
「安心してよ。俺、結構スロースターターなんだ。それにキリトさんも、ようやくスイッチが入ったみたいだし。──負けないよ、
案の定長くなり、一万字を超えそうな勢いだったので分けました。後半はまだ執筆途中ですので、急いで仕上げちゃいます。
キヤーナの再登場はここです。ナイトがいない分、レットの戦闘面におけるライバルポジションがいないので、というのが登場の理由です。まあ、実力が拮抗している者同士をライバルと呼ぶとするなら、この二人はライバルとは少し違いますが。
これからもマイペースになりそうですが、お付き合いください。これからも応援よろしくお願いします。