2年以上お待たせしてしまいました。更新してない間も感想くれた方、Twitterで絡んでくれた方、本当にありがとうございます。
では今回は全編レット視点でお送りします。
あれから約10分後、ようやくキリトさんはやって来た。彼の長い言い訳と、俺達に睨まれた後の潔い謝罪を経て、今に至る。
ここであれこれ言ってもしょうがないと、俺は部屋のドアに手を伸ばした。その時、キリトさんがふと思い出したように呼び掛けた。
「ユイ、いるか?」
「ふわぁ〜……。……おはようございます、パパ、レットさん、リーファさん」
可愛らしい小妖精が、右手を口元に当てて欠伸をしながら現れる。俺はその見覚えのある仕草が気になりながらも、それは放置して彼女に笑いかけた。
「ユイちゃん、おはよう」
「おはよう、ユイちゃん」
続いて挨拶を返したリーファだが、そのまま不思議そうにユイちゃんの顔を覗き込む。
「ねえ、ユイちゃん。ちょっと聞いてもいい?」
「はい、何でしょうか?」
「気になってたんだけど、ナビピクシー──ユイちゃんも夜って眠るの?」
「まさか、そんな事ないですよー。でもパパがいない間、私は蓄積したデータの整理や検証をしてますから、それは人間の睡眠に近い行為と言えるかもしれません」
「でもユイちゃん、今欠伸を……」
「人間って起動シークエンス中、よくああいう事しませんか? パパなんて平均8秒くらい……」
「余計な事を言わんでよろしい」
父親の仕草を真似するというのは、実に娘らしくて微笑ましい。そんな彼女の頭を小突くキリトさんの様子もまた実に父親らしい。その隣に楽しそうに微笑むアスナさんがいれば、幸せな家族の誕生だ。
「さて、少し脱線しちゃったけど、そろそろ行こうぜ」
「はい」
「うん!」
ストレージを操作し、背中に大剣を背負ったキリトさんが肩の上に座ったユイちゃんを確認してから言った。それに倣って俺達も愛刀を装備すべくウィンドウを開いた。
◇◇◇
央都《アルン》の街並みが、陽の光を浴びて輝いている。昨日訪れた時は人通りが少なかったが、メンテナンス明けという事もあり、行き交うプレイヤーの数は多い。昨晩は閉まっていたショップも大半が開店し、店頭は今から冒険に行くであろうプレイヤーで溢れている。
仲睦まじく見つめ合うサラマンダーとウンディーネの横を通り過ぎ、正面からやって来るケットシーとその使い魔である巨大な狼を避け、その先で7人組の混成パーティーとすれ違う。街を歩くパーティーに種族混成が多いのは、最初に立ち寄った《スイルベーン》では見られなかった光景だ。
ALOのグランドクエストの構造上、同種族間でパーティーを組む者が殆ど。それはALOを始めて日が浅い俺には、どこか閉鎖的に思える。
逆に多種族と行動を共にするのは、基本的に領地を出たレネゲイドのみと聞いている。そんなプレイヤーは謂わばALOの常識に逆らう異端者。彼らはこのゲームでは肩身が狭いのかと思っていたがそうではないらしい。
確かに彼らは、このゲームでは異質な存在なのかもしれない。しかし、皆が共に喜び、悔しがり、談笑する姿は、SAOを含めたあらゆるゲームと違いはない。気が置けない仲間達と共に大空を飛び、冒険し、そしてただ純粋に楽しむ。そんな俺の知っているパーティーと同じ姿がそこにはあった。
「……じゃあ俺は、一体どうなんだろうな」
一歩前を歩くキリトさんと、好奇心に満ちた目で辺りを見回すリーファ。その2人に聞こえないぐらいの声で呟いた。
果たして俺は、彼らとそんなパーティーを作れているのだろうか。彼らの横で、ちゃんと笑えているだろうか。
キリトさんは、アスナさんを助けるためにここまで来た。その想いの強さは、彼の表情に混じる緊張の色から伺える。
リーファがここにいるのは彼女の優しさ故。あとは未だ見ぬこの世界の頂点への興味だろう。俺達が
では俺はどうなのだろう。もちろん俺だってアスナさんを助けたいし、キリトさんに恩だって感じている。だが、本当にそれだけなのか。
「……」
「おーい、どうしたレット。何か気になるものあったか?」
俺が2人からやや離れていることに気づいたキリトさんが、こちらを見て言った。首を横に振って否定し、歩く速度を速めて2人に追いつく。
「何でもないですよ。ほら、早く行きましょう」
今はまだ、考えなくてもいいだろう。きっと答えが出てしまえば、今の俺は誤魔化す事が出来ない。俺の中に邪な目的があっても、彼らと一緒にいる時間を楽しんでいる自分もいる。この時間を、俺はまだ終わりにしたくない。
◇◇◇
「うわあ……」
隣を歩くリーファが歩みを止める。視線の先に俺達も目を向けるが、その光景に言葉を失う。
「あれが……世界樹」
「デカい、ですね。……本当にすごい」
央都《アルン》の中心、そしてALOの舞台である《アルヴヘイム》の中心を貫くように立つ巨樹──《世界樹》。その想像を遥かに超えるスケールに驚きを隠せない。
「あの上に確か……」
「うん、そうだよ。《妖精王》オベイロンと光の妖精アルフが住んでいるんだ。内部の守りを突破して、最初に王に謁見した種族はアルフに転生出来る。それがALOのグランドクエストで、あたし達全ALOプレイヤーの悲願」
それからキリトさんは無言で巨樹を見上げていた。それは真剣な顔つきで、SAO時代の彼の雰囲気に少し近い。握る拳にも力が入っていた。その様子を心配そうに見つめるユイちゃんが、とても印象的に映る。
「なあ、リーファ。樹の上には、外からは行けないんだよな」
「うん。幹の周りは侵入禁止エリアに指定されてたはずだよ。木登りはもちろん、飛んで行くのもダメみたい。上に着く前に、翅に限界が来ちゃうらしいから」
「確か、肩車で挑戦した奴等がいたんだよな」
「うん、そうみたい。枝まで後少し、って所までは行けたらしいよ。本当に惜しかったみたいだけど、GMが慌てて修正して、今は雲の少し上に障壁があるんだ」
確かに肩車で頂辺へ、なんて運営も想定していなかっただろう。当時の彼らは相当慌てたに違いない。
「まあとりあえず、近くまで行ってみよう」
「りょーかい」
「分かりました」
それから数分後、前方に大きな石段とゲートが見えて来た。リーファによると、その門を潜った先がこの《アルヴヘイム》の中心──《アルン中央市街》らしい。
「いよいよだね! あたし、なんか緊張して来たよ」
「いや、何でリーファが緊張感してんのさ」
「だってアルンだよ。ALOの中心! この前まで《スイルベーン》周辺だけだったのに、すごい勢いで来ちゃったなって」
ALOに降り立ったその日から常に見えていた世界樹は、もう聳え立つ壁のようにしか見えない。あとはゲートを潜るだけ。軽い世間話だけでも、リーファが興奮しているのは分かる。
門を潜ろうとしたその時、突然ユイちゃんがキリトさんの胸ポケットから飛び出した。そしてその可愛らしい姿には似合わない真剣な表情で、彼女は空を見上げる。
「おいユイ……、どうしたんだ?」
「ママ……ママがいます」
キリトさんが言葉を失い、顔を強張らせた。
「本当か⁉︎」
「はい、間違いありません! このプレイヤーIDはママのものです。座標はこのまままっすぐ、上空です!」
それを聞いたキリトさんは、空を見上げ歯を食い縛る。その表情はかつてSAOで攻略組の最前線を1人で戦い抜いた時とよく似ていた。そしていきなり翅を広げると、俺が声をかけるよりも速く飛び上がった。破裂音と共に地上に取り残された俺たちは顔を見合わせてから、慌てて彼の後ろを追いかける。
「キリト君、気を付けて! その先には障壁があるよ!」
リーファの警告はおそらく聞こえていない。空気抵抗をものともせずに加速し続ける彼の姿は、既に小さな黒い点になっていた。
そしてキリトさんから遅れること数秒。俺たちはあの分厚い雲を越えていた。スピードを緩めつつ飛行し、ようやく視界にキリトさんの姿を捉える。その時、辺りを薄い虹色の光が覆い、遅れて落雷のような衝撃音が聞こえた。キリトさんがあの障壁にぶつかったのだ。
「キリト君!」
リーファが悲鳴を上げ、彼の元へ急いだ。キリトさんの身体は脱力したままゆっくりと地上へと落ちていく。流石のキリトさんでもこの高さからの落下ダメージは耐えられまい。俺も何とか受け止めようと翅を動かす。
しかし俺たちが追いつく前にキリトさんは意識を取り戻したのか、何度か軽く頭を振って再び急上昇。すぐにその身体は障壁に阻まれ軽いエフェクトが散る。そしてそれは、リーファが彼の腕を掴んで止めるまで続いた。
「キリト君! もうやめて。これより上には行けないんだよ」
「行かなきゃ……。俺はあそこに、1秒でも早く行かなきゃ行けないんだ!」
キリトさんが手を伸ばす先は、プレイヤーの侵入が許されていないエリア。俺達がこのALOをプレイしている限り、決して到達出来ない場所。
「……っ」
もしもユイちゃんが察知したのが本当にアスナさんなら、それは……、
しかし俺がそれを言葉にする前に、キリトさんのポケットからユイちゃんが勢い良く飛び出した。ユイちゃんならばとも思ったが、彼女もまたシステムの壁に阻まれる。
「ユイちゃん、これ以上は……」
「いいえ。警告モード音声ならば、もしかしたら届くかもしれません。ママ‼︎ 私です‼︎ ママ──ッ‼︎」
ユイちゃんの悲痛な声を、俺は黙って聞くことしか出来ない。キリトさんの悔しいそうな表情を、ただ見ていることしか出来ない。
「……キリトさん、ここからじゃ無理です。別のルートを探しましょう」
「──クソッ! 何なんだよ、これは……」
そしてキリトさんの手が背負った大剣の柄に伸びる。その時だった。
「……あれは?」
障壁の向こう側で小さな光が瞬き、それはゆっくりとこちらに向かって舞い降りて来る。キリトさんは柄から手を離し、その光る何かをキャッチした。
「……カード……ですよね、これ」
「ああ。リーファ、これ何だか分かる?」
「ううん。こんなアイテム、見たことない」
それは、現実世界で言う所のカードキーのような何か。透き通るような銀色の表面には何も書いておらず、妖精の国には似合わない無機質なカード型のオブジェクト。クリックしてみてもウィンドウは出現せず、正体はさっぱり分からない。
しかしその時、ユイちゃんがそのカードに触れながら言った。
「パパ! これはシステム管理用のアクセス・コードです!」
「……じゃあ、これがあればGM権限が使えるのか?」
「いえ、それは出来ません、ゲーム内からアクセスするには専用のコンソールが必要です。私でもシステムメニューは呼び出せないんです……」
「そうか……」
キリトさんはそのカードをそっと握り締める。そしてそれを胸ポケットにしまうと、リーファの方を向いて言った。
「リーファ。世界樹の中に通じてるっていうゲートはどこにあるんだ?」
「えっと……、樹の根元だよ。そこにあるドームから中に入れたはず……」
「そうか。うん、ありがとうリーファ」
「で、でも無理だよ。あそこのガーディアンは未だに誰も攻略出来てないんだよ。それにあの《黒天使》まで──」
「それでも、俺はそこに行かなきゃいけないんだ」
それはリーファの──いや、ALO全プレイヤー共通の認識。世界樹の攻略は現状不可能。俺もキリトさんも例の動画は観ているから、それがどれだけ難しいかは多少は理解している。それでもおそらく他にルートがない以上、避ける選択肢は始めから存在していない。
「今まで本当にありがとう、リーファ」
そう言うと彼は背中の翅を畳み、落下速度に加速の勢いを乗せて飛んで行った、残されたのはリーファと俺だけ。
「……はぁ。気持ちは分かるけど、俺まで置いて行くことないでしょ」
「レット君も、行くの……?」
「うん。俺はあの人の力になるためにここまで来たからね」
「2人で? 無謀だよ、そんなの」
「だろうね。それでも、行かなきゃいけないんだ。全てをちゃんと、終わらせるために」
俺がこの世界にキリトさんと共に来た理由は、彼への恩だけではない。囚われているアスナさんやアクアさんを始めとするプレイヤー、彼らの期間を待つプレイヤー、そして俺達。SAOがクリアされたからには、現実世界への帰還という正当な報酬が支払われるべきだ。
そして勿論、それに身内が関わっているのなら尚更俺は行かなければならない。
「ありがとう、リーファ。……これが解決したら、必ず君に会いに行くよ。今度はちゃんと全部説明するから」
そう言って、俺はリーファを置いてキリトさんを追いかけた。
◇◇◇
幅の広い石階段の向こう。巨大な幹が壁のように立ちはだかる、文字通り世界の中心。そこには2体の彫像が並んでおり、その正面にキリトさんはいた。
俺はゆっくりと速度を落とし、彼の傍に着地する。
「キリトさん!」
「レット……?」
「……レット? じゃないですよ。何で先に行っちゃうんですか!」
「悪い悪い。つい気持ちが先走っちゃってさ」
「それ、理由になってないですよ」
着地するや否や、キリトさんを問い詰めるが悪びれる様子はなし。分かってはいたけど、こういう状況に限って感情的になる彼に呆れる。
「レット、俺の我儘に付き合ってくれてありがとな」
「別に、キリトさんのためだけじゃないので。それに、そういうことは全部終わってからです」
「ははっ、そうだな」
そして俺達は数十メートル歩き、世界樹内部へと繋がる大扉の前に立った。すると石像が音を立てて動き、両眼を青白く光らせてこちらを見下ろし、口を開いた。
『未だ天の高みを知らぬ者よ、王の城に至らんと欲するか』
同時に俺達の目の前にグランドクエストの受注ウィンドウが表示された。俺達は示し合わせることなく、イエスのボタンに触れる。
『さればそなたが背の双翼の、天翔に足ることを示すがよい』
その言葉と同時に、正面の大扉が轟音を響かせながらゆっくりと開いていく。その様子はまるでSAOのフロアボス攻略戦の前のようで、嫌でも気持ちが引き締まる。腰に差した刀に添えた手も、若干震えていた、
「2人共、行くぞ。ユイは頭を出し過ぎるなよ」
「パパ、レットさん、頑張ってください」
ユイちゃんの応援を受けて、俺達は分厚い扉を抜けた。内部は完全な暗闇だったが、プレイヤーの侵入を感知してから、一気に明かりが点灯した。
そこは上に長い円形のドーム状の空間だった。俺達はそれぞれ得物を抜き、構えたまま翅を広げて飛び立った。
「来るぞ──ッ!」
飛び上がってすぐ、全身が白銀の鎧に包まれた騎士が壁から生み出された。彼らはキリトさんの持つ大剣以上のサイズの武器を構えている。おそらく彼らが、リーファの言っていたガーディアン。ALOのトッププレイヤーで構成された大部隊でさえも壊滅させる、このゲームのボス。
「ハァァッ!」
正面から突っ込んで来た1体の首を刎ね、陰から現れたもう1体の斬撃を紙一重で避ける。そして隙だらけのその身体を斬り捨てた。
「キリトさん、これなら」
「ああ。数は多いけど、大したことないな」
そして俺達は互いをフォローしつつも、基本は各々目の前のガーディアンを各個撃破しながら上昇を続ける。
だが、やはり数が多い。最初は正面からしか来なかったガーディアンも、次第に俺達を囲むように攻めて来る。既に俺とキリトさんの間には無数のガーディアンが飛行し、フォローはもう出来ない。
「キリトさん! 一度、体勢をッ、立て直しましょう!」
「はあぁぁぁッ!」
しかしキリトさんからの返事はない。俺も次々に襲い掛かって来るガーディアンに飲み込まれる。
「──ッ!」
一発、重い一撃をもらってしまった。それに捌けない攻撃が次第に増え、俺の身体から無数の細くて紅いエフェクトが流れる。HPは残り約6割。
そして目の前には視界を埋め尽くすほどのガーディアン。やや離れた後方にも奴らの気配がする。
「ああ、クソッ! やってやるよッ!」
俺はそう叫び、一気に加速する。ダメージを受けながらもすれ違い様に首を狩り、HPバーが黄色に突入する頃には、ドームの大体中間地点辺りを越えた。隣には、俺と同じかそれ以上の傷を負ったキリトさん。
「はぁ、はぁ──。あと、半分っ!」
その時、突然辺りが静かになった。周囲のガーディアンは俺達を取り囲んでいるが、決して動こうとしない。また感情的になっていたキリトさんも、この状況には冷静になったのか、俺と同じように辺りを見回す。
「おい、レット。あれは……」
そしてキリトさんが天井を指さした。そこから何かがこちらへと降りて来て、ガーディアン達はその何かに道を譲る。そんな異常事態が、今ここで起きていた。
『何と愚かな羽虫共だ。折角の忠告を無下にするとは』
「ああ……、お前は──」
ガーディアンとは対象的な黒い鎧とヘルム。同じく黒い翅を持ち、その手には紫に輝く直剣。そして頭上には光輝くリングが浮いている。さらにそいつに上には、その白いリングに重なるように《Knight of Black Fairy》の文字。
俺は──俺達は、間違いなくそいつを知っている。
そいつは数ヶ月まで、確かに俺達と同じあの鋼鉄の城にいた。俺が挑み一度は心を完璧にへし折られた、あいつに間違いない。
『ならば、覚悟は出来ているんだろうな』
一時は夢にまで出て、俺を苦しめたその声に違いない。なぜか手の震えが止まらない。息が苦しくなって、視界が狭まり揺れる。
『ここから生きて地上に帰れると思うなよ』
「──ナイト」
そう言って奴が、再び俺達に剣を向けた。
補足
《Knight of Black Fairy》……FD編07参照
休んでる間にTwitter始めました。進捗状況やその他色々呟いてます。作者ページから飛べますので、気になる方や絡んでくれる方は是非。
現状、大雑把なプロットはありますが、次話は全く書けてないので今月中にもう1話出せれば御の字って感じです。書き方完全に忘れてたので、変な所有れば教えてください。