龍神と死の支配者   作:雑魚王

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二話 王都進軍

「冒険者たちの大量失踪?」

 

「正確には冒険者とワーカーの、だけどね」

 

 酒場で話しているのは赤いローブに身を包み、顔を仮面で隠すという奇妙な出で立ちの魔法詠唱者とサファイアのような瞳と金糸のごとき髪が特徴的な魔法剣士だ。

 この酒場で彼女らを知らない者はいない。なにせ彼女らこそが王国に二つしかないアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』なのだから。

 魔法詠唱者イビルアイと魔法剣士兼リーダーでもあるラキュースだけでなく、そのほかのメンバーたちも勢揃いしており――約一名を除く――その美女美少女たちには皆が目を奪われていた。もちろん、この美女認定されていないのはイビルアイではなく偉丈婦ガガーランである・

 

「とある場所に行った者たちは誰一人として帰ってこなかったって話で、報奨金もかなり出てるわよ」

 

 知らなかったの? そう問うラキュースをイビルアイは軽く笑い飛ばした。

 

「くだらん。おおよそ、過剰な自信を持つ馬鹿どもが身の丈に合わない場所に突っ込んで犬死にしただけだろう」

 

 しかし、そのイビルアイの常識的とも言える答えを否定する者たちがいた。蒼の薔薇の中で斥候を務める、元暗殺者の双子姉妹ティナとティアだ。

 

「それがそうでもないみたい」

 

「一番最初に失踪したのが、有名なオリハルコン級冒険者だった」

 

 実力だけでなく、長年の豊富な経験や知識においても同業者から尊敬の念を集めていた者たちだと姉妹は言う。

 それではイビルアイの挙げた推測に全く当てはまらない。数度頭を振って考えをリセットしていく。

 

「ふむ。ではその失踪する場所はどのあたりなんだ? さすがにそれくらいは分かっているのだろう?」

 

 その問いに答えを返すのは、人類の遺伝子が破綻していることで有名なガガーランだ。性別は一応女だが、それが人目でわかる者が世界にどれだけいるか。服を押し上げる、胸というよりは大胸筋が彼女の雄々しさを物語っていた。

 

「それなら俺が知ってるぜ。王都から東に行ったところの洞窟、地図ならこのあたりだな」

 

 バッグから取り出して広げた地図の、ガガーランが指し示した場所を見て、サッとイビルアイの顔から血の気が引いた。人間でなく、アンデッドの彼女にその表現が適切かはともかくとして、少なくとも彼女の心象はまさにそれだった。しかし、仮面を被っているためにイビルアイの異変に気づくことのないラキュースは朗らかに提案する。

 

「だからね、私たちで調査に行こうと思ってるの。道の冒険ってワクワクするでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「駄目だ!!!」

 

 悲鳴のように、怒声のようにして放たれたイビルアイの声に、仲間たちだけでなく、周囲の客たちまでもがびくりと体を震わせた。

 ぶつぶつと悲嘆に満ちた声で呟き続けるイビルアイに誰も声をかけることができない。

 

「まずいまずいまずいまずいまずいまずい。私が嘆願しても意味はないだろうし、リグリットも駄目か……? 一番可能性があるのは竜王連中だが、あいつらもわざわざ特大のリスクを負うことはないし……。いったいどうすれば」

 

「イビルアイ。ねえイビルアイってば!」

 

 一番早く回復したのはラキュースだった。あるいは、だからこそのチームリーダーなのかもしれない。

二度目の強い呼びかけでようやくラキュースに気づいたイビルアイは周りを見渡して小さく舌打ちした。

 

「ここでは人目がありすぎる。外に出るぞ」

 

 つり銭はいらん、と店員に金貨を投げつけると、すぐさま店を出て行く。イビルアイの今までにない焦りように、蒼の薔薇のメンバーたちも危機感を強くし、疑問をぶつけることなく続いていく。

 

「なあ、お前たちはこの国の建国についてどの程度知っている?」

 

人気のない裏道を全速力で駆けながら、イビルアイが唐突に口を開いた。

 仲間たちはいきなり何を訊くのだ、などとは問わない。イビルアイの切羽詰まりようを見れば何か関係のあることに違いないからだ。

 

「北のほうから逃げてきた人間が建てた国よね」

 

 一番早く答えたのは、やはりラキュースだった。今では冒険者をしているが、元は大貴族の娘のため、高等教育を受けた彼女が早く答えることができたのは当然だ。

 

「その人間たちは確か、能力が優れた他の種族から逃げてきたんだっけか……?」

 

 次に口を開いたのはガガーラン。メンバーの中で、イビルアイという例外を除けば、最高年齢の彼女(?)も知識は深い。

 さらに、そこに双子の忍者姉妹が補足していく。

 

「この土地はとても恵まれていた」

 

「力のない人間が住み着くのは当然」

 

 人間は他の種族に比べて、能力的に劣っている。それが純然たる事実だ。

 ビーストマンほどの鋭い五感と身体能力を持つわけでもないし、森妖精(エルフ)闇妖精(ダークエルフ)のように長命でも魔法に秀でているわけでもない。

 

「それだけか? お前たちの知ってることはそれだけなのか?」

 

 悲壮感に満ちたイビルアイの声音に疑問を覚えるが、しかしラキュースたちの知ることはこれしかない。

ラキュース、ガガーラン、ティナ、ティアは顔を見合わせるが、同時に首を振った。僅かにも他に思い当たることはない。

 もっと早くに確認しておくべきだった、イビルアイの後悔が漏れた。

 

「……この国ができたのは約二百年前だ。ティアとティナの言う通り、この土地は非常に恵まれている。誰だって住みたいだろう。では逆に訊こうか。人間たちはどうしてこの地に国を建てることができた? 人間以外も狙うだろうこの地に住むことができた理由はなんだ?」

 

 人間は他種族に劣っている。その前提で考えれば、恵まれた土地という宝を求める競争に人間が勝てるはずがない。運良く一度は買って手にしたとしても、その後別の種族に奪われるだけだ。あるいは二百年以上前にすでに別の種族の国があったとしても何ら不思議ではない。ではなぜ、人間が国を建て、この日まで残っているのか。

 誰も知らないことを悟ったイビルアイが答えを教える。

 

「この地は元々、ある存在の支配領域だったんだ。リ・エスティーゼ王国の初代国王がその存在に直談判して条件付きではあるものの土地の支配権を渡されたにすぎない」

 

 その存在がいたから、王国ができる以前にはこの地に国を建てる者はいなかった。そして王国ができた後も、その存在から土地を移譲されたのだと知っていたから長命の種族や歴史の長い国は決して手を出さなかった。

 帝国は毎年、王国に戦争を仕掛けてくるが、あの国は王国より歴史が短い。単純に()存在のことを知らなかったのだろう。

 

「その存在って一体、何なの?」

 

 震える声でラキュースは尋ねる。自身が全く知らなかった歴史の真相に驚愕しているが、それ以上に数多の種族や国家に恐れられる存在がいたということに恐怖を隠せないのだ。

 

「あの御方自身が名乗ったことはないが、評議国の竜王たちですらこう呼ぶ」

 

――龍神とな

 

 イビルアイの声が裏路地に染み渡るように響いた。

 

「竜王たちが神扱いするんだから、そいつは凄えヤバイんだろうさ。でもよ、どうして焦ってるんだ? 今、話に出したんだから、その龍神が絡んでるんだろ?」

 

「さっきも言っただろう、ガガーラン。条件付きで土地の支配権を移譲されたにすぎないと。その条件とは『龍神の安寧を決して乱さないこと』。侵入者が続出し、国として報奨金を出す事態は条件を真正面から破り捨てている……! あの御方は恩には恩で、義には義で答える。それゆえに、裏切りや約定の違反を何よりも嫌っている」

 

 戦争が起きるどころではない、国が滅びる。イビルアイはそう断じる。

 

「イビルアイ、どうにかする方法はないの?」

 

 ラキュースは冒険者になった今でも、貴族の端くれだ。国を守りたいと思うのは当然だろう。いや、貴族でなくとも自身が住む国が滅びて良いと思うような趣向の持ち主はこの場にはいない。

 

「戦えばまず勝てない。私たちでもあの龍神の前には五秒と立っていられないだろう。国が助かるには、ひたすら謝罪を繰り返して、あの竜神が機嫌を直す可能性に賭けるしかないな」

 

 それも、極数パーセント程度しかないだろうが。

 アダマンタイト級冒険者として自身の腕に自信を持っていた蒼の薔薇の面々は、イビルアイの語る龍神の規格外すぎる強さに言葉を失った。そして、あまりにも小さい可能性に希望を見ることすら叶わない。

 

「早く王城へ行くぞ! あの竜神が動き出す前に現国王に龍神のことを伝え、今の調査活動を打ち切らさないとどうにもならん!!」

 

 蒼の薔薇の面々は一層、足を早める。

 

――それでも、全てが遅すぎたのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 リ・エスティーゼ王国の王城たるヴァランシア宮殿。その玉座に腰掛ける老境にさしかかった王――ランポッサ三世はため息をついた。あくまで周りに聞こえないようにではあるが。

 

 今もランポッサ三世の視線の先では多くの貴族たちが罵声を飛ばし合っている。

貴族の腐敗に犯罪組織の肥大化、年々の帝国からの侵略戦争とそれに付随した物資の不足。数多の問題があるにも関わらず、貴族たちは協調や団結といったことを知らずに自分勝手な言動をするばかり。頭が痛くなってくる。

 

 だが、それを遮る者が現れた。

 

 始まりは部屋全体に響く大きな音。そして吹き飛ぶ扉。それを見て、初めの音が扉を吹き飛ばされたことにより起きたものだと誰もが理解した。

 だが、次に浮かんだのは疑問である。扉を吹き飛ばすとなれば、それを行った者じゃ凄まじい怪力の持ち主たる筋骨隆々とした男か、高位の魔法詠唱者(マジックキャスター)だろう。しかし、扉を吹き飛ばして、貴族たちの多くの視線を意にも介さずに入ってきたのは見目麗しい女である。予想とは正反対すぎる容姿に疑問を持つ貴族たちの反応はありふれたものだ。

 

「あたしの名前はレイア・ゴールド。今、この国を治めてる国王は、その一番高いとこに座ってるおっさんでいいの?」

 

 レイア・ゴールド。

そう名乗った侵入者の女はあまりにも美しかった。ランポッサ三世には、その頭脳と容姿から『黄金』と称される娘が居る。その顔を見慣れていなければ、レイアの美貌に見惚れて国王にあるまじき阿呆面を晒したことは想像に難くない。

 メリハリの効いた肢体と、金色の髪と瞳。それを損なうことのない見事なドレス。腰まで伸ばされた長髪は下のほうで紐を使って結ばれ一つに束ねられている。金色のコートを肩に引っ掛けており、右目の下にある太陽を模した刺青が特徴的だ。力強い瞳と、勝気な笑みを浮かべる口元がレイアの性格を物語っているようだった。

 

 数秒以上の時間が経過してから、ようやく意識を取り戻した貴族たちが次々に声を荒らげた。

 

「何物だ、貴様は!」

 

「ここをどこだと思っているのだ!」

 

「口の利き方だけでなく、国王に対してなんたる暴言を吐いている!?」

 

 次々に暴言をぶつける貴族たち。しかし、レイアを警戒し冷静に観察する者たちもいた。

 国王ランポッサ三世、そして王の忠臣たる王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ、六大貴族の中でも最大の力を誇るレエブン侯、最後に王国の未来を憂う第二王子ザナックだ。

 

 彼らからすれば、王城に侵入し、あまつさえ玉座の間に侵入してきた女を警戒しないはずがなかった。むしろ、こうして罵声を飛ばしながらも、その美貌に肉欲を刺激されているだけの貴族たちが馬鹿すぎるだけだ。

 

「あたしはさ、そこのおっさんが今の国王かって訊いたの。―――さっさと答えなさいよ」

 

 一段低くなった声とともに放たれる猛烈な殺気。

 先ほどまで威勢良く罵声を飛ばしていた貴族たちの全てが唐突に向けられた殺気に腰を抜かしてへたり込んだ。中には気絶する者や、失禁する者もいた。

 ランポッサ三世は玉座の肘掛を強くにぎることでなんとか耐え凌ぎ、レエブン侯とザナックは初めから警戒していたために何とか持ち堪えることができた。ガゼフはすぐさま剣を抜き放ち、王を守るためにレイアの前に立つ。

 

「ああ、貴殿の問いには私が答えよう。あの方こそがリ・エスティーゼ王国を治めるランポッサ三世である」

 

「ふーん、そ」

 

 答えを返されたことに満足したのか、レイアはあっさりと殺気を霧散させる。死んでも王を守ってみせると覚悟を決めていただけに、ガゼフは驚愕を隠せなかった。

 

「別にね、あんたたちが生きようが死のうがあたしはどっちでもいいの。殺すことに躊躇しないけど、理由がなければわざわざ手間をかけてまで殺すなんてことはしないっての」

 

 人外の力をレイアが持っていることは、無能の貴族たちですら理解できた。

 ランポッサ三世はこれほどの強さを持つ相手であることに恐れを感じつつも、対話できることに安堵する。

 

「部下の紹介にあった通り、私が現国王のランポッサ三世だ。それで、ここに来た貴殿の目的は何だ?」

 

「別に大したことじゃないわよ、私はただの伝言者(メッセンジャー)。うちの王様から『約定を真っ向から破り捨てるなんて喧嘩売ってんのか?』だって」

 

「約定? それは一体何のことだ」

 

「はあ? 何言ってんの、あんた?」

 

 眉を潜めたレイアから再び殺気が溢れ始める。しかも、今回は怒気も付いており、完全に溢れれば先ほど以上に恐怖が呼び起こされることは必至。下手すれば、死人が出てもおかしくない。

 

「本当に私は知らないのだ! 約定とはいったい何を指して言っている!?」

 

「レイア殿、王は嘘は言っていない。何か意思がすれ違っているのだろう。そちらから約定のことを教えてもらえないだろうか」

 

 ガゼフが脂汗を垂らしながらの必死の説得に、ため息を漏らしながらも、いかにも渋々といった風にレイアは応じる。

 

「その前に一個だけ質問させて。そこのランポッサ三世とかいうおっさんは、アドルフ・ディオ・カイナ・ライル・ヴァイセルフの子孫よね? 革命が起きて王家が変わったなら国の名前も変わるはずだし」

 

 質問の意味はわかるが、意図はさっぱり読めない。しかし、それは隠すことでもないし、この場で答えないという選択肢もない。ランポッサ三世は、どう動くかわからない未来に希望を託して答えを告げる。

 

「ああ。私は初代国王アドルフ・ディオ・カイナ・ライル・ヴァイセルフの子孫だ。これで満足かな?」

 

「うん、まあ。じゃあ、あたしも答えましょうか。約定とはあなたが今、口にしたアドルフとうちの王様が交わした取り決めのことだし」

 

 そうしてレイアから語られた内容はランポッサ三世の度肝を抜くものだった。王族として、王家と王国の歴史については人一倍知る彼だからこそ、全く聞いた覚えのないそれに驚いた。

 

「……しかし、そんなことは王国の歴史書にも載ってはおらんぞ」

 

「そんなことの理由をあたしが知るわけないでしょーが。逆に訊くけど、これだけ恵まれた土地を、能力に劣る人間が獲得できたことに疑問を持たなかったの?」

 

 歴史書には王国の始まり以降のことしか書かれていない。つまり、始まるより以前のこと――国を建てるために土地の移譲を頼んだことについて書かれていないのも当然のことだった。

 レイアがそのことを知るはずもないが、彼女の問いにランポッサ三世はどこか納得を覚えていた。トロールの国では人間の胎児が絶品の食材とされているし、ミノタウロスの国では少し前まで人間は家畜のごとき扱いを受けていた。それほどに弱い人間がどうして恵まれた土地を手にすることができたのか、レイアの話はその疑問に対する明確な解だった。

 

「まあ、そんなわけでうちの王様はぷっつんしてるってわけ。―――ああ、ごめんなさい。〈伝言(メッセージ)〉が入ったから、ちょっと失礼」

 

 この場にいるランポッサ三世、並びに多くの貴族たち、王国最強のガゼフを前にしてなんでもないかのように意識を他へと移す。いや、実際にレイアにとってはこの場にいる者たちなどなんでもないのだろう。

 王と貴族は仮初の権力を持つだけの存在で、戦闘能力を売りにするガゼフはレイアよりも遥かに格下。敬意も注意も、払うことが必要とされていない。

 

「ああ、うん。……そうなの。じゃあ、それを伝えておくね」

 

 〈伝言(メッセージ)〉の魔法が切れ、レイアはランポッサ三世へと視線を戻した。そして告げる。

 

 

 

「――今から王様が来るって」

 

 

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