龍神と死の支配者   作:雑魚王

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四話 それぞれの暗躍1

 龍神グラン・ドラグニルが去ったあとの王都は絶望一色に染まりきっていた。一目で強大なドラゴンだとわかり、実際にアダマンタイト級冒険者蒼の薔薇が瞬殺されたことで、その認識に間違いはないと証明された。

 

 しかも、そのドラゴンが王国と完全な敵対関係にあるというのだから絶望しないほうだがおかしい。

 民衆たちは王城へと詰めかけ、事情の説明を要求し、王家は渋々ながら承諾した。王家としては自分たちに都合の良いように説明したかったが、それは龍神の怒りの炎に油を注ぐ結果にしかならないと全てを正直に話した。

 

 民衆は王からの話を聞いて当然、怒りを顕にする。非はどう考えても王家にあるし、このままでは自分たちがとばっちりを受けるからだ。特にグランによって破壊された建物内部にいた人間のほとんどが死亡していたことが怒りに拍車をかけていた。

 

 とはいえ、いつまでも批判を受けているわけにも王家はいかなかった。これから一ヶ月後には圧倒的な力を見せた龍神が配下を引き連れて進軍してくるのだから、その対策をすぐにでも練り始めなければならない。

 強引に民衆からの批判を打ち切り、城門を閉めるように衛兵に命令を下した王は、すぐさま貴族たちを集めて会議を始めることにした。

 

「では、これよりグラン・ドラグニル対策会議を始めることとする」

 

 ランポッサ三世の重苦しい声は、彼の心情を吐露しているかのようだった。反対派の貴族さえ、そこを突くことができない。彼らとて似たような気持ちなのだから。

 

「……一ヶ月後に攻めてくるという言葉が真実であるとするなら、国中から兵を集めることは可能ですな」

 

 六大貴族に名を連ねるボウロロープ侯が口火を切った。武闘派ということで知られる彼の声もランポッサ三世のように重く、それがより一層貴族たちの重圧となる。

 

「しかし、いくら集めたところで勝ち目はあるのでしょうか? 相手は空を駆けるドラゴです。歩兵をいくら集めても攻撃が届かないのでは意味がないでしょう」

 

「なんだと、貴様! ボウロロープ候の軍を馬鹿にしているのか!?」

 

「そんなことは言っていない。単純に剣の間合いの外にいる相手にどうやって攻撃を当てるのかと疑問を呈しただけだろう」

 

「ふん! 弓矢があるではないか。ドラゴンなど所詮はトカゲのようなものだろう。ならばトカゲを狩るように射殺せばいいだけだ」

 

「貴殿は馬鹿か? ドラゴンには強固な鱗がある。威力に欠ける弓矢で致命傷を与えられるわけがないだろう。もう少し考えて物を言え!」

 

 初めは冷静な物言いだった貴族も、ボウロロープ候の腰巾着をする貴族にいつまでも突っかかられて、徐々に語気が荒くなる。そこには腰巾着の現実を見ていない考えに対する呆れも多く含まれていた。

 

「馬鹿とはなんだ! 毎年帝国軍を追い払う、強靭な王国兵がたかがドラゴンに負けるとでも思っているのか!?」

 

「そもそも勝利が決まっていれば、こんな会議も開かれないだろう。それに、貴殿は英雄譚や神話を読まないのか? ドラゴンがどれだけ図抜けた存在かいくらでも書かれているだろうに」

 

「神話など眉唾物の話だ。万を焼き払う魔法も大地を砕く剣も現実には存在せん! ドラゴンの強さも誇張されたものに違いあるまい!!」

 

「体当たり一発で玉座の間の壁を破壊したことや、建物ごと蒼の薔薇を一蹴したということを覚えていないのか!?」

 

「あれだけの図体で素早く動けるはずがない。いくら力があろうとも愚鈍では強くもありますまい。それに蒼の薔薇が負けたという話も、ねえ? アダマンタイト級冒険者などと呼ばれていますが、所詮は女だったというだけのことでしょう」

 

 国の存亡が懸かった事態だというのに、それでも尚争うことをやめない貴族たち。しかも彼らは、あれだけの力を見せた龍神のことを侮っているのだから始末に負えない。玉座の間の壁を一撃で木っ端微塵に粉砕したときには、腰を抜かしていたくせに、グランの姿が見えなくなった途端に根拠もない自信を取り戻す。無能としか言えないが、それが王国帰属の平均値なのだから、嘆かわしいことこの上ない。

 蒼の薔薇の実力を疑うような発言にしても正気を疑う。彼女たちが今まで積み上げてきた実績を見れば、『人類の切り札』と呼ばれるアダマンタイト級冒険者に相応しい強者達だとわかるのに、いまさらどうして性別で卑下できるのだろうか。

 

 ランポッサ三世の頭痛の種が消えることはない。むしろ日に日に種が成長しているくらいだ。最早、議会の体を失い、ただの罵倒のぶつけ合いとの場と化した会議室を眺めて、深い嘆きに捕らわれた。

 

「まあまあ、皆さん落ち着いてください。冷静にならねば、解決できるものも解決できませんよ」

 

 声を上げ、場を収めたのはランポッサ三世とガゼフにとって意外な人物だった。六大貴族の一角、レエブン侯である。常に王派閥と反王派閥の間を蝙蝠のように行き来することで知られているが、その実力は六大貴族の中でも随一だ。

 事態を正確に認識できていない貴族を諌めて場を収めたのは、レエブン候が事態を重く受け止めているからだろう。王国が生き残るためには皆が力を合わせなければならない、そのことをレエブン候はわかっているのだ。蛇のように細い目をしたレエブン候を、ガゼフは蛇蝎のごとく嫌っているが、その能力は認めざるを負えない。非常に現金なものだとわかってはいるが、レエブン候が味方であることをガゼフは頼もしく思っていた。

 

「まずは現状の確認と認識の共有が先決です。彼らの言い分では平穏を脅かさない、という旨の約定を破られたことに対する誅伐ということです。交渉するにせよ、しないにせよ……、向こうはすでに宣戦布告までしてきているのですから戦うことは必至でしょう」

 

 そこで一旦話を区切り、場を見渡して貴族たちが理解できているかをレエブン候は確かめた。反応は大きく分けて二通り。相手の実力の高さを認識し絶望しているか、根拠無き楽観から手柄を建てるチャンスだとほくそ笑んでるか、だ。前者はまだしも、後者は使えないと判断する。そのほとんどはすでにレエブン候が以前から無能だと思っていた者なので、やはりという思いが強い。

 

「戦力の把握をします。近隣諸国最強と言われる戦士長殿にお聞きしましょう。――」

 

 向き直ったレエブン候の瞳が、正面からガゼフと交錯する。そこには一切の虚偽偽りを認めないという強い意思が篭っていた。

 

「――あなたはグラン氏に勝てますか?」

 

 蛇蝎のごとく嫌う相手であっても、王国を守るために尽力するのだから、個人的な感情は捨て置くべきだ。そして、それ以上に普段の口元に貼り付けたような笑みを消したレエブン候は今、真摯にそして誠実に問いかけているのだとガゼフは直感した。

 

「――不可能です」

 

 だからこそ、ガゼフもその思いに応えるために正直に答えた。

 ガゼフの声を聞き、王派閥の力を削ぐ機会だと笑う貴族たちなど、ガゼフの目に入っても気にならない。そんな連中を気にするよりも、目の前のレエブン候との会話のほうが何万倍も重要なのだから。

 

「まずパワーの桁が違いすぎる。仮に私が王国の秘宝全てに身を包んだとしても、一撃でも貰えば肉片になることは間違いありません。それに玉座の間で一度見た限りでは、グラン殿の鱗はかなり強固なもののように思えました。おそらく、剃刀の刃(レイザーエッジ)で切りつけても効果があるかは怪しいかと……」

 

 戦士のガゼフが得意とする近接戦に限った場合においても、これだけ敗北要素が出てくる。実戦を想定すれば、この他にも飛行能力の有無やドラゴン固有の能力――ブレスなど――に加え、魔法を使用してくる可能性まで挙げられる。敗因は予想できてもしょうさんは何一つとして見当たらないくらいだ。

 

「はっきり申し上げて、私が勝つ光景を全く想像できません」

 

 レエブン候はガゼフのような戦士ではないが、答えがわかっていたのだろう。あれだけの破壊を見せられれば、余程の馬鹿でない限りは人間では勝てない相手だとわかる。レエブン候ほどに優秀な人物ならば、より正確にその脅威を見て取れたはずだ。一つ頷いただけで、驚く様子すらない。

 

「皆さんも戦場に長く身を置く戦士長の言葉が正しいのだとおわかりになるでしょう」

 

 普通に言っては馬鹿な貴族たちには伝わらず、余計な反発を招くだけだということはレエブン候もわかっている。だからこそ、相手の自尊心を(くすぐ)る言葉を導入に使う。

 

「戦っても勝ち目はない。しかし、無抵抗でいれば首を順番に落とされるだけです。ゆえに、今回の議題とすべきは『負けた際の被害をいかに減らすか』。それに集約されます」

 

 王国はただでさえ、国力が落ち続けている。それに加えて、毎年行われる帝国との戦争。今年に限って、それがなくなるということはあり得ない。王国は帝国に侵略されないためにも、どうにかしてある程度の余裕を残しておかなければならないのだ。

 

「……うむ。レエブン候の言う通りだな。犠牲が出てしまうことは心苦しいが、それも王国を守るためだ。割り切らねばなるまい。ただ犠牲はより少なくするべきだ。何か良い案のある者はいるか?」

 

 王国の存亡を決める会議はこれから先一ヶ月間、休みなく行われていくこととなる。

ちなみにレエブン候が大活躍したことにより、ガゼフの中で彼の評価が若干、上方修正されたことを知る者はいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓。計十層から構成される巨大なダンジョンにして、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の拠点である。

 ユグドラシルのサービス終了時にどういうわけか異世界に転移してしまったナザリックだが、ギルド長モモンガ改めアインズの適切な指示により問題なく運営されていた。

 

 アインズ自身、リアルでは平凡なサラリーマンだったこともあり、NPCたちから神のように崇拝される生活に耐えられなくなり、情報収集という名目を使って外の世界に出た。

 は以下の階層守護者にも、留守の間のナザリックの運営や消費アイテムの確保、アインズとは別の方面からの情報収集など多くのことを命じ、順調に事が運んでいると思った矢先のことである。

 

――王都にて巨大な二体のドラゴンを確認。推定レベルは100。

 

商人の我が儘娘とその執事という設定で王都に送り込んだ、戦闘メイドのソリュシャン・イプシロンと階層守護者クラスの強さを持つ執事セバス・チャンからの報告だ。

 

 この報告を聞いたアルベドは、アインズのベッドの中でしていたナニをすぐさま中断すると服を一瞬でまとって敬愛する主へと連絡を取った。

 聡明な主も事の重大さを察し、各方面へと散らばらせた守護者各員の呼び戻しを命じた。ただし、セバスに関してはソリュシャンとともに王都に残り、事態を把握出来るだけの情報を集めてから帰還するようにという条件を付けてだ。

 

 そして晴れて本日――王都にドラゴンが現れて二日経った――情報収集も十分だと、ナザリックの頭脳であるアルベドとデミウルゴスが判断したことにより、セバスとソリュシャンが呼び戻された。

 

 アインズの執務室にはガルガルンチュアとヴィクティムを除く全階層守護者及び、執事のセバスが集結していた。

 普段は口喧嘩の絶えない第一~第三階層守護者のシャルティアと第六階層守護者のアウラも真剣な表情で待機していることからも、事態の重さが伺えるだろう。

 

「うむ。よく集まってくれたな、お前たち。これより王都に出現したドラゴンたちへの対応を決まるための会議を始める」

 

『はっ!』

 

 真剣味百パーセントの一糸乱れぬ返事はいつものことだ。どこかで息を合わせるための練習でもしているのかもしれない。

 

「まずは事の発端から確認していくこととする。王都に潜り込ませたセバスとソリュシャンの活動中、二体のドラゴン王都の上空に現れた。彼ら――彼女らかもしれないが――は拠点への不可侵という約定を破られたことにより、王国に宣戦布告をした」

 

――ここまでは聞き及んでいるな?

 

 アインズの確認の言葉に守護者たちは首肯する。事前情報を頭に叩き込まずに会議に出席するような不敬者はいない。むしろ、そんなことをする配下がいようものなら、極刑を主へと進言することに躊躇しないというのがNPCたちの常識である。

 

「漆黒の鱗、蛇のように細長い胴体と短い四本の足、背から生えた一対の翼に金色の瞳。さらに100レベルということから考えて、グラン・ドラグニルの種族は黒 龍(ミラボレアス)の可能性が高い」

 

 ユグドラシルには職業と種族が無数にあり、それらの組み合わせはまさに無限大と言え、プレイヤーキャラクターは一点物と言えるほどだった。その職業と種族には過去流行った漫画やアニメ、ゲームのキャラクターを元にしたものもそれなりに存在しており、黒 龍(ミラボレアス)もその一つだ。

 最強種族と言われたドラゴンの中でも頂点の一つとされる黒 龍(ミラボレアス)は豊富な広範囲高威力のスキルを持ち、ちょっとしたボス並みの強さを誇る。一体一で勝てるのはワールド・チャンピオンのような特殊な職業、あるいは種族を獲得できたプレイヤーくらいなものだ。

 それを知っているがゆえに、アインズの語気は重苦しかったのだが、守護者たちは頭の上に?マークを浮かべていた。

 

「アインズ様。大変。申し訳ないのですが、私どもは黒 龍(ミラボレアス)という種族について知らないのです」

 

「んん? ああ、そうか。外に出る機会がなかったのだから知らないのも当然だな。気に病むことはないぞ、アルベド。もちろん、他の守護者たちもな」

 

 異世界に転移してから意思の宿ったNPCたちの性格、行動の多くは製作者の定めた設定に準じたものとなっていることをアインズはすでに確認している。アルベドとデミウルゴスはナザリック一の智者という設定を持つため、その知識もかなり豊富である。しかしそれでも黒 龍(ミラボレアス)について知らないということは、設定で決められていても不可能なものに関しては設定が適用されないのだろう。

 アインズはここ最近で得意となりつつある高速思考をもって、そう結論付け、不自然さが表に出ないように慎重に答えた。

 

「竜種にはいくつもの種族があるが、黒 龍(ミラボレアス)はその中でも最高位に位置するものだ。ドラゴンの特長とも言える高いステータスはもちろん、数多の攻撃スキルを持っており、戦うとなればかなり厄介な相手だな」

 

 種族スキルについてはアインズも知っているが、問題は相手が何の職業をとっているのかさっぱりわからないことだ。前衛職を取って肉弾戦に秀でたタイプか、後衛職を取って魔法という手札を増やしたタイプか。物理系統と魔法系統、どちらのステータスも高い種族のため、推測のしようがない。

 

「それに今回、現れてドラゴンはこの一体だけではないのだ。従者としてそばに控えていた金色のドラゴンもいる。こちらは金火竜(リオレイア)だと見て間違いない。他に外見特徴に合致するドラゴンがいないからな。――こちらもかなり高位のドラゴンだ」

 

 名前の通り、全身が金色の鱗で覆われたドラゴンだ。黒 龍(ミラボレアス)は様々な属性の攻撃スキルを持つが、金火竜(リオレイア)はほとんど火炎系統のスキルしか持ち合わせていない。対象を毒状態にするスキルもあるのだが、状態異常はアンデッドのアインズには無縁のものだし、守護者たちも装備したアイテムの効果により無効化しているので全く問題ない。ただ、属性に縛りがあれば手札も少なくなるが、逆に言えばその道のエキスパートだ。決して侮っていい手合いではない。

 

 アインズの解説を聞いた守護者たちは、元から引き締められていた気持ちを尚一層、引き締めた。

 

 戦うのならば命を賭してでも。それ以外の道でも必ず役に立ってみせる。彼らの決意が顔にありありと浮かんでいるのを、アインズは頼もしく思う反面で不安も感じていた。

 

――守護者たちは高すぎる忠誠心のあまり、退くべき場面でも退かないのではないだろうか。

 

 下手を打った際に、満足な報告を上げられないことを嫌って、

NPCたちは友の残した宝であり、彼らの子供のようだとアインズは思っている。守護者たちの人間(?)関係や趣味趣向、心情などにかつての仲間の面影を感じることも少なくない。

 それゆえ、NPCたちを守りたいという思いは一層アインズのうちで大きくなっている。傷つけてしまったら友に何と言えばいいかわからないし、そもそもアインズは友人の子が傷つくことを良しとはしない性格をしているのだ。

 

「……こうして会議として集まってもらったがな、すでに私の中で彼らに対する動きは形になっている。私はあのドラゴンたちと敵対しない方向でいきたいと思っている」

 

 智者二人はメリットをアインズ以上にわかっているはずだ。静かに頷きながらも、その瞳は「さすがは至高の御方」と語っていた。コキュートスとセバス、そしてぎりぎりアウラも、常識人的な思考回路を持っているので、避けられる戦いは避けるべきとの考えから賛同している。気が弱いと設定されたマーレも当然、好戦的な考えは持たない。

 守護者各員がそれぞれの理由で納得している中、ただ一人首を捻る者がいた。

 

――誰もがご存知の、アホの子兼戦闘狂のシャルティアである。

 

「あのー、アインズ様。少しよろしいでありんすか?」

 

「ん? 別に気にすることはないぞ。会議の場なのだから、発言を制限しては意味もなくなってしまうしな」

 

 では、と前置きすると、疑問しかない表情で敬愛する主へと質問する。

 

「どうして戦いを避けるんでありんすか? 敵が強大だとしても、至高の御方々に想像された私たちに及ぶはずもありません」

 

(慢心せずして何が最強か、だったっけ? ペペロンチーノさんが目にそんなことを言ってたような……)

 

 ドラ○エの『強者の余裕』しかり、運命の夜の慢心王しかり。高みに昇るほどに慢心と油断をするのが強者としての宿命なのだ。そんなことを力説していた悪友のことを懐かしく思う。

 シャルティアはアインズの意見を反対する気は毛頭ない。ただ純粋に疑問に思ったから訊いているだけだ。それが一目でわかるからこそ、他の守護者たちもなにも言っていないのだ。

 

「そうだな。では、戦った際のメリットとリスクをまずは挙げるか」

 

 守護者たちは強い。先日、ナザリック近くの村における攻防戦で見た、近隣諸国最強の戦士や秘密部隊の魔法詠唱者たちと比較してみても圧倒的と言えるほどに、この世界の住人との間には実力差がある。

 だが、それは守護者たちがこの世界で最強だということにはならない。ほとんどが脆弱な兎でも中には強大な獅子がいるかもしれない。あるいは守護者たちにすら害を与えうるアイテムやこの世界特有のタレントという異能の力。警戒すべき力はいくつでも挙げられる。『最強ゆえに慢心する』なるほど、ゲームであればそんな設定も楽しめたに違いない。しかし、今や現実としてNPCは生を受けている。

慢心が原因となって死亡など洒落になっていない。

 それを防ぐための第一歩としての意識改革の一環として、この機会を生かさない手はない。アインズの短いながらも濃紺な支配者生活によって強制的に植えつけられた上位者思考はそう判断を下していた。

 

「リスクは先程も言ったように相手が強力なため、いくらかの危険が伴うことだな。向こうの勢力が王都に現れたドラゴン二体だけならば、ここにいる守護者を動員すれば確実に勝てるだろう。しかし、向こうの個体ごとの実力や組織の大きさなどは全くわかっていないというのが現状だ。最終的に戦うことになるとしても、今は機が熟していないのだ」

 

 PKギルドのメンバーとして活躍していたために、情報の大切さというのは痛いほどにわかっている。ナザリックの軍師ぷにっと萌えが考案した『誰でも楽々PK術』でも情報の大切さは訴えられているのだ。

 

「対してメリットは、討伐あるいは捕獲に成功すれば巻物に使える竜の革が手に入ることくらいだ。大きいと言えば大きいメリットだが、それでもリスクには釣り合わん」

 

 100レベルの守護者の復活にかかる金貨は一人につき五億枚である。それだけの大金を失う危険を冒して手に入るものがたった二体のドラゴンの素材のみでは割に合わなすぎる。

 

「実際にこの世界でも巻物(スクロール)用の羊皮紙も見つかっていますしね。竜の皮製のものには及ばずとも、使用頻度の高い低位階の魔法――伝言など――を封じるには十分なのですよ」

 

竜の皮(ドラゴンハイド)にしても、わざわざ最高位の強大な竜じゃなくて、もっと手頃な竜から取るって手もあるのよ、シャルティア」

 

 デミウルゴスとアルベドに目配せすれば、理路整然とした援護射撃を行ってくれる。アインズも同様の意見を持ってはいたが、二人ほど噛み砕いて言えたかについては言葉を濁さざるを得ない。

 

 シャルティアは恋敵として見定めるアルベドに教えられたことに、悔しげに顔を歪めながらも内心ではさすがはナザリック一の知恵者――当然、至高の四十一人を除く――だと称賛した。大空よりも崇高で海よりも深い、至高の御方の考えを察せる者などこの二人をおいてナザリックにはいないだろう。

 

「アインズ様。では戦わなかった際のメリットについても教えていただいてもよろしいでありんしょうか?」

 

 シャルティアは知恵者として作られたわけではない。そんなことは本人が一番良く知っているし、至高の御方の考えを読めないことが不甲斐ない。しかし、創造主を恨むことなどできるはずがない。だからこそ、己の頑張りによって少しでも賢くなりたいのだ。

 

 シャルティアの強い意志が宿る瞳をアインズは羨ましく思う。アンデッドと化したことで精神は大きく変容し、強い感情に至っては強制的に抑制されるようになってしまっている。自分がすでに失ってしまったがゆえに、そんな魂の輝きとも呼べるものを持っているシャルティアに憧れる。

そして同時に微笑ましいのだ。友人の子がこうして懸命に前へと進んでいこうとする姿は感慨深いものがある。アンデッドの肉体(?)でなければ、瞳を潤ませていたかもしれないほどだ。

 

「パターンが分かれるから大分、話が長くなるぞ。それでも構わないか?」

 

「もちろんでありんす」

 

 ちらりと目をやればシャルティアだけでなく、他の守護者たちも耳をそばだてて話を聞く気満々である。コキュートス、セバス、アウラ、マーレは仕方ないとしても、デミウルゴスとアルベドまでそうなるとは思わなかった。転移初日にデミウルゴスはアインズのことを「端倪すべからざる御方」などと言っていたが、全くそんなことはないのだ。デミウルゴスやアルベドのほうが遥かに賢いが、子供たちが望むのならば理想の支配者(父親)を演じなければならない。それが、最後までナザリックに残ったアインズの責任だ。

 

「彼らの正体は大きく分けて二つある。一つ目は私たちと同じユグドラシルから来た可能性。もう一つはこちらの世界で生まれ育った場合だな。前者ならば、その実力は守護者たちと並んでもおかしくはないし、それにこの世界に転移させられたことについて何かしらの情報を持っていることもあり得る」

 

 グラン・ドラグニルたちは二百年前にはすでに王国のある土地を支配していたというのだから、転移してきたと仮定するのなら二百年以上前から異世界で暮らしていることになる。当然、自分たちが巻き込まれた異常について調べようとするはずだし、こちらの世界に来たばかりのナザリックが掴んでいない情報を持っていても不思議ではない。

 

「後者の場合においても、生まれた時からこの世界で暮らしているのだ。法国の六大神のようなプレイヤーと思われる存在について情報を握っている可能性は高い。それと、私たちはまだこの世界の常識について疎いところがあるだろう? 常識を知らないということは教養がないということ。他人に知られれば侮られる要因ともなりかねないが、話を聞く限り彼らは基本的に拠点に引きこもっているようだ。情報が漏れる心配なく常識を教えてもらえるのは、これから活動していく上で大きな助けとなる」

 

 そのためには彼らと友好的な関係を築かなければいけない。友人の質問に答えることはあっても、いじめられっ子がいじめっ子に親切にする道理はないからだ。

 押さえつけようとすれば反発することもあり得る。しかも相手は推定100レベルの存在。必要もないのに、わざわざ火種を作るなんて馬鹿げている。

 

「私が誰かに従わされて黙っているお前たちではないだろう。それはおそらく、向こうの配下とて同じだ。上下関係を築こうとすれば必ず、どこかに綻びが生じてしまう。ゆえに私は、ナザリックはグラン・ドラグニルの勢力と対等に付き合っていくべきだと考えている」

 

 グラン・ドラグニルの名前は、アインズの脳内にある上位ギルドの名簿にはヒットしない。メンバーが欠けるようになってからは拠点維持のために奔走していたから、情報が古く、アインズが知らないだけで実は上位ギルドのメンバーだったり、という可能性もあるのだ。アインズは一人のみの転移だったが、グラン・ドラグニルの勢力もプレイヤーが一人だけと考えるのは楽観的過ぎる。

 

 そしてこちらの世界で生まれた強者だとすれば、武技や生まれながらの異能(タレント)といったアインズたちの知らない能力を使ってこられた時には対処法が明確にはわからないので厄介極まりない。

 

「おお、流石はアインズ様」

 

「先々ノコトマデ見通シ、アラユル不安ヲ潰ス手腕、恐レ入リマシタ」

 

「す、凄いです」

 

「マーレ、そんなの当ったり前じゃん。アインズ様は至高の御方々のまとめ役だったんだよ」

 

「チビ助の言うとおりでありんすよ、マーレ。アインズ様にとってはこの程度のことは児戯にも等しい造作もないことでしょうから」

 

 守護者たちの純粋な称賛はアインズの背中を痒くさせるが、それもいつものことだと言い聞かせる。そうでもしないと、支配者然とした演技が崩れかねないのだ。思わず安堵の息を吐きそうになったその時である。デミウルゴスが笑い声を上げたのは。

 

「くくく。君たちはアインズ様の考えがたったそれだけとでも思っているのかね?」

 

「え?」

 

「ム……」

 

「え?」

 

「む~」

 

「え?」

 

 そしてデミウルゴスとアルベドを除く守護者たちの声に紛れて誰にも聞こえなかったものの、支配者も確かに漏らしていた。

 

「……ほぇ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 ただ一人。部屋の中には部屋の主しかおらず、ため息を零したのはもちろん彼女だ。

 ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフ。リ・エスティーゼ王国国王ランポッサ三世の娘、『黄金』の名で知られる第三王女である。

 

「私はいったいどうしてしまったのかしら……」

 

 全ての始まりは数日前に城中に轟音が響き渡ったことだ。自室にいたラナーにもそれは聞こえ、異常事態だと判断した傍付きの騎士が様子を見るために部屋を出て行き、ラナーは部屋の窓から外を眺めた。

 そこで目に入ったのは漆黒と黄金の二体のドラゴンたちだった。長い年月と強壮さを感じさせる巨大な体躯。ラナーは彼ら――正確に言うならば漆黒の竜――を見た瞬間、目を離せなくなってしまった。

 

胸の奥が脈打ち熱くなる。すぐにでも駆け出して声をかけたい衝動に襲われた。

 

彼らはきっと人間など及びも付かないほどの強さを持っているのだろう。剣を持ったこともないラナーでさえ、あの姿を見た瞬間にそう直感した。だというのに、恐怖を全く覚えることなく頼もしく感じていた。

 

 心当たりは全くない。けれど、どこか懐かしいと思った。

 

 理由は思いつかない。しかし、溢れ出る涙を止めることはできなかった。

 

 歓喜。幼少期に多大なストレスに曝されたことにより長らく失っていた人の感情を――喜びを確かに感じていた。

 

 

 

 

 

 ドラゴンたちが去った後に近衛騎士から大雑把な事情を聞いた。本来の土地の所有者であるグラン・ドラグニルとその配下が、王国が条約を破ったことに対して抗議及び宣戦布告をしたというのだ。

 

 人間では決して勝てない高みにいるドラゴンとの戦争は王国にとって絶望的なものだろう。戦闘能力皆無のラナーでは攻撃された瞬間に死が確定するし、よしんば生き残ったとしても敗戦国の王族に明るい未来が待っているとも思えない。

しかし、あの日からずっと心が暖かい。もしや、自身の気付かないうちに何らかの魔法の影響下に置かれたのかと勘ぐってみたが、なぜだかわからないけれど、それは違うと断言できた。

 理由はない。いわゆる直感に近いが、そうでもない。覚えがないのに根拠がある。言葉にしてみれば不自然極まりないが、それが一番しっくりときた。

 

(そこから考えると……私が覚えていないほど小さい頃に会ったことがある……? でも私はドラゴンの姿に懐かしさを感じていた。つまり、ドラゴンとしてのグラン・ドラグニルにあったことがあるということになる。仮にも王族の幼子がそんな経験をする機会に置かれるとも思えないわね)

 

 結局のところ、ラナーはなぜ自分の心がこんなにも強い熱を持っているのか理解できない。過去になにかグランたちとあって、そのことをラナーが覚えていない。この線が濃厚ではあるのだが、それだけでは推測にもならない妄想の域だ。

 

(でも考え続けないと。今、感じている熱い気持ちが何なのか。それを知らないと絶対に後悔する気がする)

 

 ラナーは小さく自嘲の笑みを浮かべた。これまで効率ばかりを追求してきたのに、ここにきての感情論だ。命の危機とも言えるドラゴンたちとの戦争前だというのに呑気なものである。本来ならば、その頭脳を生かして王国を存亡させるか、最低限自分の命の保証をさせるための策を講じなければならないというのに。

 ラナーは自分の内の感情とグランたちについてばかり思考する。近衛騎士(飼い犬)のことなど、それに比べれば矮小であり考慮する価値もない。飼い犬に近づく女は全て殺すほどの執着があったのに、今では綺麗さっぱり消えてしまっていた。

 

 思考に没頭するラナーはそのことを気にかけることもなく、グランのことを考えるその顔はまるで、恋する乙女のようだった。

 

 




グラン・ドラグニル

種族:黒龍(ミラボレアス)Lv5など

職業:ストライカーLv10
   デストロイヤーLv10
   バトルマスターLv5など

 黒髪金眼の青年。外見は二十代中盤ほどだが、実年齢は数百歳(本人さえ途中からは数えていないので正確な年齢はわからない)。
 ユグドラシル時代はソロのPKプレイヤーとして活動しており、狩場でモンスターと戦う少数パーティーを見つけては完全異形形態による急襲を行ったり、小中規模のギルド相手ならばワールドアイテムを持ち出して、いくつも短期で壊滅させた、通り魔ドラゴンの異名を持つ非公式ラスボスの一角。
 戦闘スタイルは高威力広範囲の攻撃スキルと魔法をばら撒いて敵グループの陣形を崩し、そのままの勢いでごり押しする超攻撃的なもの。それを支えたのは卓越したプレイヤースキルと莫大な財力によって齎された課金アイテムの数々である。


 戦いの際は毎回、ドラゴンとしての姿であり、しかも情報隠蔽のマジックアイテムを複数装備することにより、プレイヤーネームまで他者にバレないようにしていた。それに反して人間形態では生メモ積極的に明かしており、『グラン・ドラグニル』と『通り魔ドラゴン』が同一人物だと気づかせることはなかった。

 街に入ってアイテムを売買を行うのはもちろん、どのプレイヤーがどこの狩場に行くのかまで聞き耳を立てる地道な情報収集を元に『通り魔ドラゴン』の悪行は形成されていった。




 異世界に転移してからは、ちょっとした理由で暴れ回ったことにより龍神認定され、現在に至っても尚、ごく一部の辺境の村では信仰されている。ただし、王国という国単位では龍神の存在をすっかり忘れていたために地雷を踏むこととなった。

 大昔からある法国や、長命の竜王などはグランについてそれなり以上に知っており、敵対すれば容赦なく殺されるので、基本的にノータッチの姿勢を崩そうとしない。













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