龍神と死の支配者   作:雑魚王

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お詫びとばかりにもう一話投稿です。

だから……次話がいつになるかわからんのは許してつかぁさい


六話 開戦

「……はぁ」

 

 やせ細った枯れ木のような体躯と色の落ちた髪が目に付く老人――ランポッサ三世は溜息を吐く。他人がいる場で王が弱弱しい振る舞いを見せるのは握手だとわかっているが、その他人が忠臣であるガゼフなら問題ない。誰よりも忠義に篤く、長い間ランポッサ三世の苦悩を見てきた男だからだ。

 

「…………王よ、希望を捨ててはなりませぬぞ」

 

 重苦しい沈黙と王の姿に耐えきれなくなり思わずガゼフは声をかけた。しかし、その言葉に重みが伴っていないことにはガゼフ自身がよくわかっている。

 

第一に戦力差は圧倒的であり勝ち目は皆無、仮にこの戦いで王国が存続することを許されたとしても、その後に控える帝国との戦が絶望的という状況。

 

第二に非は王国側にあることだ。この一か月の間、命日のように会議が開かれていたが、参加者たちも皆人間である。相応に取られた休息時間を使ってランポッサ三世とガゼフは信用のおける部下を使って王城の図書館を隅から隅まで調べ上げ、そして王家の保管するはずだったグランとの書状を見つけていた。グランから渡された物との違いは末尾に記された名がグランのものだったことだけだ。互いに相手の名が記された書状を保管していくというのはありふれた契約方式である。疑うわけではないがランポッサ三世は鑑定士に二枚の書状の真贋を確かめさせ、結果はわかり切っていた通りに、二枚の書状は本物ということだった。

 

第三には周辺諸国の助力が期待できないことである。評議国の竜王は龍神とことを構えることを嫌い、それが評議国全体の意思となった。法国はつい先日ガゼフが陰謀により殺されそうになった相手であり、少なくない因縁がある。だが、国の存亡には代えられない。『人類の救済』を理念に掲げる国なのであるいはと思い、書簡を送ることになったが、返答は評議国同様に拒否一色である。基本的に拠点に引き籠もっているだけの龍神を怒らせて、人類と敵対されるほうが理念に反するというからだった。そして毎年、戦を繰り広げているためにバハルス帝国は論外となり、孤立無援の状態の出来上がりだ。

 

第四に貴族たちがこんな事態に至ってもなお、一致団結しようとはしないことだ。大半の貴族が、己の利益を守るとするばかりで国を想うことがない。王都が滅ぼされてしまえばそれで龍神の怒りが鎮まると考えて自分の領地から軍を出そうとしない者、龍神を倒して出世尾を望むという根拠皆無の野望に心を燃やす者など、高等な教育を受けたことのないガゼフからしても頭がおかしいと思わせる者ばかりである。

 

 しかし、悪いことばかりではない。極僅かではあるが吉報と呼べることもある。

 

「ラナー様が知恵を、レエブン侯が力を貸してくださいます。どうか諦めないでください」

 

 ガゼフが、蛇蝎の如く嫌っていたレエブン侯。王国救済のためにラナーに呼び寄せられた場で、レエブン侯こそがこれまで最も王国に貢献してきた貴族だと明かされたときには驚愕を隠せなかった。蝙蝠のように王派閥と貴族派閥を行き来していたのも、内乱を起こさせないために両派閥のバランスを取る必要があったから。六大貴族最大と言われるまでに勢力を伸ばしたのは、貴族内の裏切り者が他国へと重要な情報を流すのを防ぐ目的があったから。

 そんなレエブン侯を今まで裏切り者のように思っていたのだから、ガゼフは自分の人を見る目の無さに嘆いたが、これほど心強い味方もいないと歓喜したのも事実である。

 

 そして黄金と呼ばれる第三王女ラナー。二つ名の所以は彼女の美貌と頭脳にあり、これまで冒険者組合の革新など多くの効果的な政策を提案してきた。ラナー自身、根回しを苦手としているために反対派の貴族に意見を潰されることは多いが、彼女の政策のおかげで国が今日まで保たれてきたと言っても過言ではない。

 

 そのラナーとレエブン侯が国の危機に力を貸してくれるのだ。とても小さく儚いが、暗闇の中にも小さな(希望)がある。ガゼフはそう信じている。

 

「ああ……そうだな。では行こうか」

 

 ゆっくりと歩き出す王と、その後ろに付き従う忠臣。二人は戦場へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 おおよそ十三万。それが今回の戦いのために集められた兵士の数だ。毎年行われる帝国との戦争に動員される兵士が二十万を超えることを考えれば、神を相手に少なすぎると言わざるを得ない。しかし、これが限界だ。これ以上動員すれば確実に帝国との次の戦争に負けてしまう。そして最悪の場合、それを待つまでもなく食料物資の不足などによって国を維持できなくなる可能性すらある。

 十三万という兵士は、国を維持するためのギリギリのラインなのだ。一部の貴族はこれで充分だと勘違いしているが、頭の使える者たちは全く違う考えを持っている。それはすなわち人身御供、生贄だ。この戦争は約定を破った王国に対して龍神が怒りをぶつけるもの、その認識で何も間違っていない。仮に兵量などの問題や勝算皆無という予想を加味して兵士を数百数千程度に抑えた場合、神の怒りは収まるだろうか。たった数百数千殺した程度で満足するだろうか。

 

そこでラナーが一つの非情な作戦を挙げた。

 

――怒りを発散させ尽くしてしまえば王国へと向ける怒りもなくなるのではないか。

 

 兵士へとすべての怒りをぶつけさせ――やつあたりとも言う――怒りを鎮める。非情にして冷酷にして残酷な提案だ。当然、ランポッサ三世やガゼフは難色を示したが、それ以外に効果のありそうな策がないのも事実。そして頭の切れるレエブン侯も苦渋の末に賛同したことが後押しとなって、この作戦は実行されることとなったのである。

 

 

 肝心の軍の編成は、徴兵された民兵が大半。そこに貴族の抱える軍、王家直轄の王国戦士団などが加わっている。

また、王家からは現国王であるランポッサ三世と第二王子ザナックが出陣することとなっている。王が出陣するので保険の意味合いもあり第一王子バルブロは王宮にて留守番であり、ザナックがそうでないのは二人の息子をどちらも戦場に出さないというのは王として示しが付かないためである。

 六大貴族も全員出陣、ただしこの戦い以降のことも考えて全軍の投入はしていない。国のためにはなるが、そのような行動を取った理由が国ではなく己のためだというのだから王国の未来の無さが伺える。唯一、六大貴族の中でまとも(・・・)なレエブン侯の心労が凄まじいことになってきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――そこは玉座の間。

柱と天井、床に至るまで部屋の全てが鈍い灰色に染められた空間だ。窓から光が差し込むことによって、完成する幻想的な空間。まさに神話の世界とはこのことだろう。

 

 城に常駐するメイドと執事、戦域守護者とその親衛隊や領域守護者たち。幻想郷アヴァロンの幹部と言える者たちが一様に跪き、玉座に座る王の声がかかるのを待つ。

 

「本日は、記念すべき王国の滅亡する日だ。ジョー、レウス、レイア、前に出ろ」

 

 呼ばれた三名は玉座のある会談の前まで進み、そこで配下たちのほうへと振り返る。この三名が今回の戦いにおけるグラン以外の指揮官及びグランの護衛役に抜擢されたことはすでに知れ渡っており、いくつもの嫉妬と羨望の視線が向けられた。

 

「お前たちも知っているだろうが、改めて説明する。ジョーは群を率いて王国軍を蹴散らす指揮官。レウスとレイアはその間に王宮へ向けて進軍する俺の護衛だ」

 

 王国軍などアヴァロンの勢力から見れば取るに足らない烏合の衆だ。だが、数だけは立派なので叩き潰すにはそれなりの時間を要するのもまた事実である。そして、それまで無為な時間を過ごすのを良しとはしないのがグランという男だ。

 

 ジョーが群を率いて道を切り開き、グランは護衛を伴って悠々と王都へと侵入する。言ってしまえばそれだけの戦術だが、これが意外と効果的なのだ。

 一つ目の理由として、王国軍の士気を下げることができる。中には死の覚悟を決めてまで戦場に来た者までいるかもしれない。それを配下が余裕を隠さずに蹴散らし、グランが戦うこともなく素通りされて王都への侵入を許したとなれば、確実に士気を削げるはずだ。

 二つ目の理由として敵陣の混乱を誘うことも狙っている。正面からはジョーの率いる軍、背後には王都へと侵入を果たしたグラン。グラン達にそのつもりがなくとも、挟み撃ちの形となる。目の前のジョーに集中するか、背後のグランへと兵を差し向けるか。それだけでも意見が割れ、より潰しやすくなる。

 三つ目に最も重要な理由であり、作戦の目的でもあるものがくるのだがそれについては割愛する。

 

「軍の編成はアヴァロン・オールド・ビースト、アヴァロン・エルダー・ビースト、アヴァロン・マスター・ビーストの計六千強。それに加えて執事のロザリア・ベイン・ザードとサクヤ、メイドのエミリア・オネストの三名をジョーが率いることになる」

 

 幻想郷アヴァロンのみでPOPする四足の魔獣。三種はそれぞれが近縁種のようなものであり、見た目はかなり似通っている。しなやかな肉体の上からごつごつとした甲殻を纏い、武器は己の爪牙と前足の付け根――人で言うところの肩の部位――から伸びた剣にも似た甲殻。中遠距離攻撃の類は全く持っていない代わりに、レベルの割には高い俊敏性と防御力、攻撃力を併せ持つ種族である。

 

グランの創造した鬼の執事サクヤ。遠目から眺めると十二単のような衣装だが、近づいて見ると実は独自性のかなり尖った執事服という恰好をした黒髪の女だ。

武器は『童子切』の銘を持つ、身の丈程の大太刀。鬼が持っていてはいけない名前の武器だが、それを気にする者はアヴァロンには一人もいない。

 

 ダークエルフのロザリア・ベイン・ザード。彼女もサクヤと同じ執事だが、サクヤと違ってグランに想像されたわけではなく、この世界でグランが配下に加えた女だ。

ダンサーを始め、装備に制限のかかる職業を取っている彼女の執事服も執事服と呼べるかは怪しいものだった。端的に言って布なのだ。上半身は胸を隠す布一枚、下半身はパレオのみ、太もも、腹部、肩など数多くの部位を露出したそれを執事服と呼べるかは甚だ疑問である。両手首の金輪がシャランと音を鳴らしながら歩くさまは、執事よりも踊り子に近い。

 

 エミリア・オネストはロザリアと同じく、この世界でグランが配下に加えたエルフである。

 エミリアを配下に加えた理由は、ロザリアと同じ様に彼女の持つ生まれながらの異能(タレント)が有用だからだ。先天性の部位欠損を患っていたために、当初は戦闘能力など皆無だった。だが、エミリアがグランの配下となってからすでに数百年の歳月が経っているのだ。これだけの時間があって何の変化もないはずが無く、すでに王国軍相手ならば無双できる程度には技術・レベルともに向上している。

 

 

 今回の王国殲滅戦は、当たり前だが王国を潰すという目的がある。だが、それだけではない。

 この世界に来て数百年の月日が経つが、それでもレベル100に到達していない配下もいる。彼女らのレベリング、それが第二の目的だ。

 

 

「――じゃあ、行くとするか」

 

 獰猛な笑みを浮かべながら、玉座から龍神が立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 貴族たちに見覚えのあった漆黒の闇が立ち昇る。龍神の用いる転移魔法だ。

 あの龍神がリ・エスティーゼ王国の王城、ヴァランシア宮殿の玉座の間に現れた日以降、一部の貴族は子飼いの元冒険者や知識人に龍神の用いた転移魔法の詳細を尋ねたが、返答は芳しくなかった。魔術師組合の組合長ですら首を横に振ったのだから、答えられなかった彼らに非があると言うのは、あまりに酷だろう。

 

 しかし、誰もが答えられなかったことで、ある意味答えが出たと言ってもよかった。魔法に関する知識を持つ者が誰も知らない、知りえない領域の魔法。神話の領域の魔法に違いない。龍神という名がその確信に拍車をかけ、実際にそれは当たっている。

 

 

 距離制限なし。失敗確率0パーセント。転移系魔法の最上位に位置する〈転移門(ゲート)〉。それが漆黒の闇の正体だ。

 

 

「なんだよ、あれ」

 

「俺が知るわけないだろ」

 

「冒険者でもいればわかったかもしれねえのに」

 

 半球状の闇から次々に出てくる獣の大軍を見た、王国軍に喧騒が広がっていく。

 外見は四足獣。ただし、獣皮に覆われるべき体表の多くは頑丈な甲殻に包まれ、肩のあたりの甲殻は鋭い棘状に変化している。

 それが百、二百と次々に闇の中から現れ出て、ついに千を超す。それでもなお、数を増やすことが止まることはなく、三千にまで届いた。

 だが、それで終わりではなかった。最初に出てきた魔獣と良く似た、二種類の魔獣がさらに出てきたのだ。一秒ごとに次々と数を増やしていき、最終的には最初の魔獣と合わせて六千もの大軍となった。

 

 

 

「ストロノーフ殿、あれらに見覚えは?」

 

「いや、ありませんな。それと私のことをガゼフとお呼びください、レエブン侯」

 

 部下の戦士団がどよめきを上げかけるが、それをガゼフは目線だけで制する。ガゼフがレエブン侯を嫌っていたことを知っているだけに、そのような反応をしたのだろうが、レエブン侯の真意を知った今では失礼にすぎる。

 

 そしてその様子をレエブン侯は高く評価した。見た目だけでも戦士団が屈強な一団だということは一目でわかり、それを目線だけで制するガゼフの統率力と信頼。王国最強の名は伊達ではないことを改めて思い知る。

 

「これは失敬。では、ガゼフ殿。意地の悪い質問をするようですが……、あなたならばあの魔獣に勝てますか?」

 

 ガゼフは前方を厳しい顔で見やり、小さくかぶりを振った。

 

「一対一ならば可能性もあると思いますが、あれだけの数となれば厳しいです」

 

 龍神の軍勢なのだから、只者が来るとは思ってもいなかったが、それでもここまでとは予想し得ない。ガゼフに近い力量の魔獣が六千。近隣諸国最強の名のなんと空虚なことか。

 

 自分たちは世界の広さを知らなかっただけの子供だった。ガゼフとレエブン侯は思いを共にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「数だけでもそろえれば、それなりに見えるもんだな」

 

「それが烏合の衆のただ一つの特長ですから」

 

 〈転移門(ゲート)〉を使って王国の東側の平原へと転移したグラン一向の視線の先には目測で十万を超える人間の軍勢が構えている。グランならデコピン一発で殺せるほどにレベルは低いし、装備もゴミだが、軍としての体裁くらいはあるように見えた。

 

「褒めてるようだけど、それ全く褒めてないよね、レウス。それしか取り柄がないから烏合の衆なんだし」

 

「いや、お前のほうが全然褒めてねェからな。むしろ積極的に貶してやがるし」

 

 グランに続き、レウス、レイア、ジョーと戦域守護者たちが現れる。その後ろには今回の戦いでレベリングする執事とメイドもいた。

 

「ジョー、開戦だ」

 

 獰猛な笑みを浮かべて王は告げる。

 

「了解!!」

 

 深緑の暴君も、主に負けない獰猛な笑みを浮かべて答えた。

 

「エミリア、サクヤ、ロザリア! 細けェことは気にするな! 片っ端から蹂躙しろォォオオオッッ!!」

 

 数で負けていよう質が段違いなのだ。数の不利をひっくり返すほどの圧倒的な戦力差。ゆえに采配は単純に。

 

 やつらに追いつけぬ速度で駆け抜けろ

 

 やつらの防御の上から叩き潰せ

 

 やつらの攻撃を全て弾き返してやれ

 

 力押しによる正面突破。作戦もなにもあったものではない、シンプルな突撃。シンプルだからこそ止められない。王国軍の錬度では猛スピードで迫るグランの配下に対して陣形を組みなおすことができない。よしんば、組み直せたとしても、それを気にしないほどの圧倒的な個の能力によって蹂躙される未来に変わりはない。

 

 

 

 

 足袋の上から草履を履き、十二単のような執事服を纏った鬼――サクヤが駆ける。美貌に見とれて動きの遅れた王国の兵士も、その尋常ならざる移動速度に危機感を刺激され小機に戻った。

 弓兵が部隊長の声に従い、一斉に矢を放つ。数百の雨が山なりに落ちる様は、まさに矢の雨と言った有様だ。人間ならば確実に死ぬ。回避する隙間がなく、かといって矢を打ち落とそうにも数が多すぎる。盾を構えたところで全身を守り切れるわけではないので、矢がいくつも刺さり結局は失血死か追撃の攻撃に倒れることになる。

 

 しかし、王国の兵士たちはしらなかった。ユグドラシルと呼ばれる世界では人間でさえ、この攻撃を容易く捌けた事実を。

 

 王国の兵士たちは知らなかった。サクヤが人間ではなく鬼であることを。

 

 王国の兵士たちは知らなかった。鬼のサクヤが栄えあるアヴァロンの執事の一角を担う女傑だということを。

 

 レベルにして93。種族は最高位の鬼『天邪鬼』。執事とメイドの中でも近接戦に特化した鬼の剣士が駆けていく。

 空を埋め尽くす矢の雨。山なりの軌道を描くそれがサクヤの身に届くまでに要する時間は残り二秒か三秒。身体能力に秀でた鬼にとっては、それだけあれば充分すぎる。

 

――特殊技術(スキル)発動〈幽鬼の俊足〉

 

 踏み込む足が地面を割り、蹴りつけた瞬間に砂塵が舞う。

サクヤの選んだ対処法は単純明快。矢が降ってくるのならば当たる前に駆け抜けてしまえばいい、ただそれだけのことだ。姿が霞むほどの速度でもって一息に駆け抜けた。

 

「構えろ! 隊列を崩さず隙間なく盾を構えるのだ!」

 

 正面に見えるのは弓兵を守るために配置された防御部隊。横一列に並び大きな盾を構える彼らはまるで壁だ。だが、民兵中心の王国軍では隙間がいくつもできるし、構えた盾と身に着けた鎧が貧弱すぎるので、老朽化した崩れる寸前の壁にしか見えない。

 

「ふふ。そんなもので私を止められるとお思いならば、滑稽極まりないですね?」

 

 虚空に伸ばした手が吸い込まれ、そこから大太刀『童子切』を引きずり出す。すでに鞘から抜かれていた愛刀は、日の光を反射して銀色に輝いている。

鬼のステータスを生かした速度で隊列の真正面まで瞬時に移動し、腰だめに構えた刀を横一文字に切り払う。

 

「あっ?」

 

 盾も鎧も、それを身に着けた兵士も関係ない。その刃は平等にすべてを切り裂いた。

 盾を構えていれば、隊列を乱さなければ、安全に違いない。そんな確信を抱いていただけに王国兵士たちが自らの状況を把握するには数瞬を要し、理解すると同時に彼らの意識は永遠の闇へと沈み込んでいく。

 

「ゴミはゴミらしく朽ち果てればいいのです」

 

 いくつもの死体に向けていた鬼の名に相応しい冷厳な眼差しを上げ、サクヤは再び走り出す。次の標的は鬱陶しくも矢を放ってきた者たちだ。彼らの放つ矢など当たったところでレベル90を超えるサクヤはダメージを受けることはない。身に纏った十二単似の執事服もこの世界で最硬とされるアダマンタイトよりも更にランクの高い金属を素材にした糸で作られているので傷つかない。

だが、当たれば汚れる。弓兵を含めて王国軍はゴミ。そのゴミたちが触れた武器もこの上なく汚らわしいものであり、それに当たれば装束が汚れるのも当然のことだ。

 たとえ汚れが泥のように目に見える類のものでなくとも、汚れることに変わりはない。故に潰すのだ。

見敵必殺にして先手必勝。汚す相手がいるのなら、汚される前にさっさと殺してしまえば良い。

 

 何度も大太刀を振るい、大地を赤く染めながら、文字通り道を切り開く(・・・・)。視界に入った兵士から次々に切り裂き、骨肉と血飛沫をばら撒いた。

 

「ひ、ひぃいい!?」

 

「く、来るな! こっちに来ないでくれぇ!!」

 

 再び特殊技術を使い移動速度を増し、猛烈に迫っていくと、王国兵たちはなんとも的外れな、そして無様なことを言い出す。それが更にサクヤの怒りという名の炎に油を注ぐ。

 

「グラン様から数々の恩情を与えられておきながら、それを忘れたことは万死に値します。命乞いなど無駄です」

 

 故に殺す。ただただ、目的に向かって邁進するだけだ。

 すでに情状酌量の余地は王国には欠片ほどもない。戦場に立っておきながら、無様に命乞いをする王国兵は、偉大なる主に忠誠を捧げる臣下としても、また一人の戦士としても侮蔑に値する。

 

「特殊技術発動〈大鬼の(つるぎ)〉」

 

 弓兵の前へと躍り出て大上段に構える。大太刀が赤黒い光を放ち、そして強まっていく。元となった大太刀もかなり大きかったが、これは比べ物にならなかった。出来上がったのは血管が収縮するように不気味な明滅を繰り返す、巨大な光の剣。長さは十メートルを軽く超え、刀身の幅も相応に広い両刃の大剣である。

巨人の剣闘士(グラディエーター)しか振り回せそうにないそれを、身長二メートルもない美女が掲げている光景は現実感に乏しく、王国兵たちは言葉が出ない。

 当然、相手の反応を待ってやる優しさなどサクヤは持ち合わせてはおらず、一切の躊躇なく巨剣を振り下ろす。この時になってようやく兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ始めるが、その対応を取るには遅すぎた。

 

「ああああああああああああああ!!」

 

「ぐぶぅ!」

 

「助けがぁ!」

 

 初めにサクヤの正面にいた男たちが寸断された。幅広な、そして分厚い巨剣は斬るというよりは叩き切ると言ったほうが適切であり、彼らの死体は左右に綺麗に真っ二つとはならかなかった。家畜の餌のような薄汚い肉塊、きっと彼らの家族でさえ、それがもとは人間だったなどとは、自分たちの肉親だったとは思えないだろう。

 

 次に巨剣が地面に叩きつけられたことにより衝撃波が辺りに広がっていく。レベル90超えという、この世界では神と崇められてもおかしくないサクヤの斬撃はスキルを伴わずとも、全力で剣を振るだけで衝撃波を生む。その膂力に、今回は上位の鬼のみが取得できる攻撃スキルまで合わさっているのだ。たかだか数メートルでは収まらず数十メートルにまで広がる衝撃波が、巨剣の周囲の兵士たちをまとめて吹き飛ばしていく。

 

 だが、これで終わりではない。〈大鬼の剣〉の真骨頂はこの後にある。

 巨剣が地面にぶつかることで放たれた、兵士たちを次々と吹き飛ばした衝撃波の本来の役割は敵への攻撃ではなく、続く本命のための足止めに過ぎない。すでに王国兵は台風に煽られ吹き飛ぶ小枝のような有様だが、この光景がレベルの違いだ。ただの足止めが兵器となり、ただのデコピンで王国兵の頭は爆散する。それが王国と幻想郷アヴァロンの軍事力の差だ。

 

「殺し尽くします」

 

 小さな呟きとともに、スキルの本命の効果が発揮される。

 かつては王国の兵だった肉塊がいくつも散らばる地面に振り下ろされたままの大剣。それがまるで、硝子が割れるかのようにバキンといくつもの破片に分かれる。小指の先ほどから人間の頭部ほどまで、様々な大きさに分かれた光の破片が、四方八方へと猛烈な勢いで飛んでいった。

 

「ぐぶぅううええ!!」

 

 ある破片は、とある王国兵の胴に刺さる――のではなく、胴を貫き、その後ろにいた王国兵の胴もまた貫き、更にそのまた後ろにいた王国兵の胴も貫いていく。

 

()でぇええ!!」

 

 またある破片は、近くにいた王国兵の太腿を穿ち、地面にその身を投げ出させる。立ち上がることもできなくなった兵にも与える慈悲はなく、別の破片が殺到してその体を切り刻んでいく。

 

「何だよ、これぇえええぐぷ!?」

 

 助けを呼ぶ声も、神への祈りも意味を成さない。単純にして圧倒的な暴力。〈大鬼の剣〉は近接専門の鬼にしか習得できないものでありながら、射程の広い稀有なスキルだ。

 初撃の剣の振り下ろしが最も威力は高いが、その後の衝撃波によるノックバックからの破片の乱舞。破片は使用者の前面全体へと飛び散り、その軌道は完全にランダムなので前もって回避することもできない。

 

「中々、良い景色になりましたね」

 

 サクヤの眼前には数十メートルに渡って、軽く百を超える兵士たちの死体及び死にかけの兵士が転がっている。ゴミに相応しい末路、いや、あのようなゴミどもが、敬愛する主と同じように立っていて良いはずがないのだから、ゴミに相応しい姿と言ったほうが正しい。

 

「それでは、次はあなた方の番ですよ」

 

 くるりと、振り返った先には当然、王国兵がいる。サクヤは兵士を目に付く端から殺しているが、王国軍の総数は十万を超える。一度刀を振ればいくつも首が飛ぶし、スキルを使えば、数百人の死傷者を出せるが、十万という全体の数と比べてしまえば微小と言わざるを得ない。強引に敵陣に斬り込み眼前の敵を殺しているのだから、側面と背面を王国兵たちに取られるのも自明の理だ。

 

 だが、王国兵たちの士気は低い。目の前で一気に仲間たちが切り伏せられるのを見て失禁する兵すらいる。恐怖から、せっかく包囲した――前面はサクヤに切り伏せられたので除く――というのに及び腰で足も震えている。あれではサクヤが突貫した際に迅速な防御を望むべくもなく、逆にサクヤに向けて突貫するにしても連携が取れないだろう。そんな彼らを嘲笑いつつ、サクヤは再び大太刀を大上段に構えた。先ほどの攻撃が、その構えから放たれたことを知る王国兵が顔を引き攣らせ、その無様な顔を見たサクヤは嘲笑を濃くする。

 

 

 

 たった一度の行使で数百の死傷者を出したと言えば聞こえは良いが、それはレベルの圧倒的な差があったからこそのものだ。〈大鬼の剣〉は振り下ろしが最大威力を持ち、破片がランダムに飛び散るという特性上、対象との距離が近ければ近いほど威力を増すスキルである。至近距離で発動させれば、仮に相手が100レべルであろうと、効果範囲外まで逃れるのは難しい速度を誇るが、それならば使用者に攻撃を当ててキャンセルさせればいいだけだ。しかも、飛び散る破片は速度くらいしか長所がなく、一つ一つの威力が低いためにそれなりの距離を取っていれば、時間経過によるHPの自動回復だけで事足りてしまう。そんな欠陥ありきのスキルのため、ユグドラシルでは『死にスキル』だとか『見せスキル』と揶揄の的にされていたくらいだ。

 

 膨大な数の職業と種族のあったユグドラシルでは実戦使用不可とまで言わせたスキルがいくつもあり、その何割かにはある種の救済措置のようなものが取られた。死にスキルの代わりとして、それの上位互換のスキルが出現したり、威力や射程に補正がかかることもあった。そして、〈大鬼の剣〉に対して取られた処置はリキャストタイムの短縮である。三十秒から二十五秒、二十五秒から二十秒と何度も更新され、最終的に僅かたったの三秒というリキャストタイムに落ち着いたのが〈大鬼の剣〉というスキルだ。

 何が言いたいのかというと――

 

 

 

「特殊技術発動〈大鬼の剣〉」

 

 ――鬼は再び刃を下ろす。

 

 




サクヤ

種族:鬼人Lv10
   天邪鬼Lv5など

職業:剣士Lv10
   サムライLv10など
   
 合計レベル93の純近接戦闘職の執事。ビルド構成上、白兵戦においてはかなりの強さを発揮するものの、距離を取られると途端に弱体化するという致命的な欠点を持っている。ただし、誰かと組んで運用することを前提に創造されているので、その欠点を補って余りあるだけの力を近接戦では見せつける。
 得意料理は和食全般。趣味は日々の鍛錬と愛刀の手入れ。

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