ことの始まりは正太の想像した通り、母親である睦美が異様な様子で蓮乃を連れて帰ってからだった。
謝り倒しながら蓮乃を引き連れて正太の前から去った後、一〇四号室に入ってから睦美は様子は一変した。掴んでいた蓮乃の手を離すと、ぶつぶつとなにやら口走りながら靴を脱ぐ。蓮乃も睦美を追ってキャラもののビーチサンダルを脱ぎ捨てると玄関を上がる。蓮乃は睦美の少し後をうつむいた様子でついて行った。さすがの蓮乃も雷落とされて、頬を張られればしょげ返る。ましてや今回は蓮乃の側に落ち度があり、さらに異様なほどの睦美の怒りもあって、いつもとは比べものにならないくらいの暗い顔だ。
その暗い顔の端をちらりと上げて睦美に向ける。目線の先の睦美に浮かぶ表情は能面めいて、その目は嵐がくる前の凪を思わせる。正太の目の前で蓮乃に怒鳴りつけた時と何も違わない。どう考えても尋常の様子ではない。
蓮乃は音を聞き取れても言葉は聞き取れない。そういう障害の持ち主だからだ。だからいつもなら睦美は必要なことを文字にして伝えているのだが、今はそれをしてくれない。おかげで何をつぶやいているのか蓮乃には全くわからない。理解できるのはせいぜい「お母さんが大声を出していた」「お母さんがひっぱたいた」「お母さんがなんか言ってる」くらいだ。総合したところで、「なんかよくわからないけどお母さんはとても怒っている」が関の山。
しかし、どうしてこうなったか蓮乃には一つだけ心当たりがあった。買い物に出かけることを睦美に黙って、正太に嘘をついていたことだ。お母さんはお話用ノートを呼んで怒った。きっとこのことに気がついたんだろう。
正太は何かと蓮乃をアホの子扱いするが、実際のところ頭が悪いわけではない。正太の想像から斜め上に思考が吹っ飛んでいるだけだ。だから、「睦美が自分を外に出したがっていない」ということも、「お隣へ再び行くのを許さない」ということも、そして「正太の求める許可は確実に出してもらえないだろう」ことまでちゃんと判っていた。
それでも蓮乃は隣へ行きたかった。いろんなお菓子を食べさせてもらえるとか、テレビが好きに見れるとか色々あるがそれだけじゃない。無論それも大きいが、一番大きいのは「誰かいるから」だった。それも、自分を見てくれて、自分と話してくれて、自分と遊んでくれる「誰か」だ。「誰か」、いや正太は怒ることも拳骨を落とすこともあった。でも、怒る理由も拳骨のわけも自分に伝えてくれた。そしてその後も、自分と一緒にいてくれたのだ。
睦美が出かけている間、蓮乃は一人だ。「自分と一緒でなければ外に出ては行けない」と睦美にきつく言い含めれられている。ひとりぼっちの寂しさはとうの昔に慣れていた。一人遊びも得意だった。だが慣れたからといって孤独感が消え失せるわけでもない。そしてお隣には自分にかまってくれる正太と清子がいる。一人っきりには戻りたくない。だから、睦美に黙って正太に嘘をつき一緒に買い物へと出かけたのだ。
しばらくたって睦美は呟くのをやめた。狂気じみた呟きの代わりに重苦しい静寂が深々と部屋に満ちる。沈黙に耐えきれなくなったのか蓮乃は再び睦美へと目をやるが、張りつめた能面の睦美は押し黙ったままで様子に変化は見られない。蓮乃は何か言おうと口を開くが、音にもできずに噛み潰すことしか出なかった。
膝を抱え壁に背を預けた蓮乃は深いため息を吐いて一人考え込む。お母さんが怒るのはわかる。でもここまで怒るとは思わなかった。原因はやっぱり自分が黙ってたせいだろうか。でも話したって買い物に行くのを許してはくれない。なら黙ってなきゃ、兄ちゃんとこには行けないのだ。それなのに何でぶつんだろう。
睦美の様子にしおれていた蓮乃も時間経過で回復したようで、反抗心の芽に反感という肥料をたっぷり注がれ、むくむくと向かっ腹が立ち上がってゆく。元々、ゼンマイ過剰巻きでテンション暴走気味と正太が表する蓮乃である。子供らしくちょっとしたことで気持ちが折れるが立ち直るのも少しで十分。多少落ち込んでいたところで、少し間が空けばあっという間に調子を取り戻すのだ。
加えて、最近の睦美の様子には蓮乃にとって腹に据えかねるものがあった。自分の話を読んでいるようで読んでいない。それ以前にまともに話もせずに布団に入ってしまうことも多い。そのくせ、何かというと大きな声を上げて叱りつける。さっきなんか自分をひっぱたいた。以前から似たようなことはあったが、最近異様に増えたのだ。おかげで堪忍袋が膨らんで腹が立ってしかたない。
おかげでアヒルよろしく唇を尖らせた文句顔と、リスめいて頬を膨らませたふくれっ面が、整った蓮乃の顔面に交互に出入りしている。なので二種類の表情で不満を表示している蓮乃は、堪忍袋を立ち上がった向かっ腹から取り出して、文章にしたためることにした。
『お母さんに聞きたいこと
・さっき私をたたいた理由
・兄ちゃんとこに行っちゃいけない理由
・最近話をしてくれない理由
・テレビが一時間だけな理由
・お菓子が三日に一回な理由』
ノートに必要なことを書き終えた蓮乃は、なにに満足したのか「むふぅ」と一つ息を吐く。実際なんか満足したようで、顔にはうっすらドヤ顔が浮かび小鼻がぷくりと膨らんでいる。正太が見たら頭痛が痛そうな顔で頭を抱ること請け合いだろう。だが現在の一〇四号室に正太のように突っ込みを入れる人間はどこにもいない。だからアクセルペダルベタ踏み暴走特急娘に、ブレーキをかけてくれる人間もいやしないのだ。
それでも今までの正太の突っ込みに多少の意味はあったのか、書き終えると同時に睦美に突きつけるような真似はせず、蓮乃は確認するようにもう一度文章に目を通す。誤字なし、脱字なし、理由よし。あとは……。
『ちゃんと書いて!』
蓮乃はさらなる一文を書き加え、さらに大きな丸と下線で強調した。これは大事なことなのだ。お母さんは『蓮乃には難しいことだから』とか『大人のことだから』とか何かとごまかすことが多い。それじゃ当然なにがなんだかわからない。そう、言わなきゃわからない。兄ちゃんから教わったことだ。
最後の精査を終えて、納得の表情で頷く。後はお母さんに見せるだけだ。顔を上げて周囲を見渡せば、椅子に腰掛けた能面顔の睦美が見えた。壁の一点をにらみ続けるその姿は、まるで視線で壁を貫こうとしているようにも、はたまた壁を越えて隣の一〇三号室にいるかもしれない正太を、眼光で焼き殺そうとしているようにも見える。とりあえず蓮乃の目から見てもご機嫌斜めなのは確かなようだ。
どうしようかな。睦美の様を見て、整った眉の間に皺が寄る。睦美の発する雰囲気は流石の蓮乃でも躊躇を覚えるほど。加えてさっきのことを鑑みれば、及び腰にもなろうものだ。しかし蓮乃は大きく深呼吸すると、ノートをつかんだ。見せなきゃわかってもらえない。やっぱりお母さんにわかってもらいたい。だから見せよう。そう、決めたのだ。
「なーも、なーも」
蓮乃は睦美に近づき、声を上げて呼びかける。発する声に特に意味はない。単なる注意喚起だ。声をかけられた睦美は首から上だけを動かして蓮乃を見た。ぞくりと蓮乃の背中が粟立った。蓮乃を見つめる目は、まるでガラス玉の奥で溶岩を煮つめているように見える。
その目を見て蓮乃は、三人で一緒に見たワールドワイドウォッチャー(WWW)という字幕付きテレビ番組を思い出した。そのときはちょうど火山の特集をやっていた。火山噴火というものは基本的に一度では終わらない。その奥深くで溜まりに溜まったマグマの熱量を吐き出し終えるまで、二度三度どころか十や二十、細かいものを含めれば百を越す噴火が起こりえる。テレビの中で火山学者がそう語っていた。
もしかしたらまたお母さんすごく怒るんじゃないかな。蓮乃の腰が僅かに引ける。だが勇気を出さねばなにも始まらない。勇気を出してお隣に忍び込んだから兄ちゃんや姉ちゃんと会えたのだ。
正太がずいぶん複雑な表情を浮かべそうな決意をし蓮乃は、一つ深呼吸して気持ちを整えるとノートを睦美に突き出した。睦美は意外なほど優しげな手つきでノートを受け取ると静かに目を通した。先の重苦しい静けさとは違う、緊張感をはらんだ張りつめた静寂が部屋を覆った。一〇秒ほどの沈黙が満ちる。
唐突に睦美の肩が震えた。続いてノートが叩きつけられた衝撃で食卓が震えた。同時に睦美の口から飛び出した大音声に空間が震えた。
「あなたはっ…………あなたは反省もできないのっ!?」
衝撃音と大声で蓮乃が跳ねた。怒るかもしれないと多少の予想はしていたが想定どころではない大噴火だ。障害の関係で怒鳴っている以上のことが理解できない蓮乃でも、洒落にならないくらい怒り狂っているのがよくわかる。破局噴火級の怒気を吹き出しながら、睦美は色んな感情が煮詰まった金切り声を張り上げる。
「なんで怒られたのかもわからないのっ!? どれだけお母さんに! 周りに! 迷惑をかけたと思っているのよぉっ!?」
自身の許容量を遙かに越えた情報量に蓮乃は溺れ死に寸前だ。酸素を求めて金魚よろしく口をぱくつかせるが、必要酸素量にはとうてい足りない。限界を超えた入力に蓮乃の脳味噌は緊急冷却を実行、両目から冷却水代わりの涙がこぼれだした。
「何で泣くのよっ!」
しかしそれすら睦美の苛立ちを刺激するのみで、さらなる大音量で手のひらをテーブルに叩きつける。精神衝撃のおかわりに蓮乃の精神は機能停止状態だ。緊急冷却ですら足りない現状に、もはやこれまでと悟った蓮乃の脳髄は全入力系統を遮断、事態の収拾に白旗を揚げた。具体的に言うと蓮乃は顔を覆って全力で泣き出した。涙混じりの鼻水を流し、元から声は上げられないが声にならない声を絞り出し、嗚咽と空えずきの合いの子を喉からこぼす。
蓮乃の様を見て噴火に冷や水がかけられたのか、さらに声を張り上げようと開けた口を閉じて罵声を噛み潰した。睦美の顔に浮かぶのは後悔を焦燥で炒め過ぎて炭にしたような表情だ。顔を歪めて黙ったまま立ち上がり、食事の準備のため台所へ向かう睦美。顔を覆って泣いている蓮乃は、当然睦美の表情を見ていない。だから、睦美の両目に滴が溜まっていることに気がつかなかった。
*
その日の夜も次の日も一〇四号室は静かなものだった。追っ手をまこうと海中に息を潜める潜水艦内のように、音を立てることが罪悪のような空気に満ちあふれ、二人とも口を開くことはほとんどない。響く音の大半は衣擦れの音、足音、扉の開閉音が精々でBGMに雨音と車の音があるだけだ。
それらの環境音を聞くともなしに聞きながら、蓮乃は居間のテーブルで黙々とノートに向かう。その耳に鍵の開く音が届いた。顔を上げて廊下の先を見れば、ゆっくりと開く扉が目に入る。どうやら睦美が帰ってきたらしい。蓮乃は通信教育の算数ドリルを閉じるとテーブルの端に追いやった。
ドリルはまだ一/三ぐらい残っているけどここで一度休みにしよう。テキストをやり終えたタイミングでちょうどよかった。その日のテキストをやっていないと睦美にあれこれ言われるのだ。昨日の今日とくればさらにあれこれ怒鳴るに違いない。むしろそれを警戒して、というか恐れて蓮乃は普段なら後回しにする勉強をやっていたのだ。
蓮乃は常の習慣で元気よく挨拶しようと息を吸い込み、そのタイミングで昨日の睦美の異様が脳裏に浮かんだ。思わず息を止めて中途半端に持ち上げた腕共々硬直した。おかげで「お帰り」代わりの一声になり損ねた吐息が、声帯の下辺りでさっさと出せとせっついている。
挨拶しても大丈夫かな。お母さん怒んないかな。声をかけていいものか迷う蓮乃。だが、止まった息は待ってはくれない。待てば待つほど苦しくなる。呼吸してないのだから酸素が足りなくなるのは当然の話だ。結局息苦しさに負けるように、発酵不足のパンのような潰れた挨拶が口からこぼれた。
「ぬぁー……も?」
そのタイミングで睦美の手に握られた大きい紙袋が目に入った。睦美が仕事帰りに食材を買ってくることは少なくない。しかし、それは蓮乃が片手で持てるサイズの紙袋に入っているのが普通で、両手で抱えられる取っ手付きの紙袋を使うことはまれだ。ましてや帰り道にあるスーパー「耶麻陀商店」の名前ではなく、DIYショップ「ワークハンズ」のロゴが印字されている紙袋となれば蓮乃の記憶にある限り、今まで一度もなかったことだった。
思いもかけない疑問の誕生に、下向き放物線で力なく打ち出された挨拶の声がさらなる急下降で床に激突する。床の上で転がる蓮乃の挨拶を一顧だにせず、睦美は無言のまま廊下を早足で進んでゆく。紙袋をテーブルの上に置くとガチャリと鈍い金属音が響いた。
何が入っているのかわからないが軽いものではなさそうだ。疑問が膨れて脳を圧迫している蓮乃に頓着もせず、睦美は中身を一つ一つテーブルの上に取り出していく。南京錠にダイアル錠、チェーンロックと錠前の品評会かと勘違いしそうな品ぞろえと数である。加えてワイヤーも準備されている。取り付け用のネジ回しも用意済みだ。
これなあに? テーブルに並べられた品々を目の当たりにして、蓮乃の中で風船よろしく疑問が膨らむ。錠と鎖は鍵をかけるのに使うものだ。それはわかる。でもどこに鍵をつけるのだろう。扉の鍵が壊れたことはないし、窓の錠も古びているがまだまだ現役だ。風呂場の扉はがたついているけどこんなにたくさんは必要ない。それにワイヤーなんてどこに使うんだろう。
小首を傾げて疑問を転がす蓮乃を後目に、無言の睦美は侵入防止用の追加鍵を工具と一緒につかむと部屋の窓辺へと近づいた。そしてそのまま泥棒対策の鍵を取り付けにかかる。とりあえずテーブルに疑問を仮置きした蓮乃は窓際で取り付け作業中の睦美の後ろに近づくと、疑問解決のため声をかけようと口を開いた。照明が作った蓮乃の影が射したのか睦美は無言で振り返り、蓮乃を見た。
昨日今日と蓮乃は睦美の目を直に見たのは一度しかない。昨日は怒られる直前に見たきりで、後は俯いてめそめそ泣いていたので直接見ることはなかった。今日は目を見る以前にまともに会話もしていない。それに昨日のことがあったからどうにも目を合わせ辛かった。そして今日、初めて目を見た。
苛ついた目。血走った目。怒り狂った目。表現は多々あれど、少なくともその目は幼い娘に向けるものではなかった。息と一緒に蓮乃は声を飲み干した。何も言おうとしない蓮乃を一瞥すると、睦美も何も言わず作業に戻った。後ろから洟と涙をすする音が聞こえてきても、何も言わずに作業を続けた。
*
椅子の上で膝を抱えて窓を眺める。窓向こうの庭では止まない雨が地面を泥に変えている。それはまさに蓮乃の心境そのものだった。だが蓮乃はそれを見ていない。蓮乃はひたすらに窓を見ている。だが、いくら眺めても窓が開くわけでもない。求めようと開かれんのだ。その理由は蓮乃の視線より窓半分上下にある。窓枠に付けられた追加の鍵だ。窓の真ん中に最初から付いている半月錠のほか、窓枠に上と下に一つずつ。しかも半月錠と違って開け閉めには専用の鍵が必須の構造になっている。
先日に睦美が取り付けたこの鍵のおかげで、蓮乃は睦美の許可なしに庭に出ることもままならない。それだけではない。一〇四号室の各所に錠前が取り付けられ、鍵がかけられている。台所にも風呂にも、ましてや玄関にも追加の鍵が設置されている。トイレと居間。現状、蓮乃の行動範囲はこれのみだ。流石に蓮乃も『これじゃ外に行けない』と睦美に文句をぶつけたが、帰ってきたのは『一人で行っていいなんて言ったことはない』『前と何も変わらない』と取り付くにべもなんもなしだった。
確かに二週間前と変わらない。だが「外に出れるが出てはいけない」と「外に出れないし出てもいけない」は違う。全く持って別物だ。具体的には蓮乃にかかる心理的な負担が段違いだ。さらに加えて家の中ですら自由に動けないとなれば気分が落ち込むこと請け合いである。
実際、テーブルの上に放り出されたテキストは今日の予定の半分も進んでいない。きっと怒られるだろう。蓮乃の脳裏に睦美の様子がよぎる。実際、テキストをやり終えられなかった昨日は怒られた。ものすごく怒られた。でも筆記用具にもテキストにも手は伸びないままだ。
すべてを無視するように蓮乃はただ、ただひたすらに窓を眺める。まるで囚人が鉄格子から空を見るように、その窓の外に自由の世界があるかのように。稲妻が近くに落ちたのか、稲光が窓の外をモノクロに塗りつぶした。数瞬遅れてつんざくような雷鳴が響きわたる。雷の残響が未だ唸る中、蓮乃は目を伏せた。生っ白い膝小僧に和毛が少々。見慣れた自分の体だ。何かを考え込むようにじぃと見る。虎が喉を鳴らすように雷雲が轟く。
唐突な落雷で世界が色を失う。蓮乃は伏せた目を上げ、膝を抱えた手を離した。握りしめるようにきつく抱えていたせいか、膝とすねの間には赤い跡が残っている。じんじんと痛むそれを気にすることもなく蓮乃は跳ねるように椅子から降りた。赤く色づく膝下一〇センチが、痺れと痛みの合いの子で存在を主張する。蓮乃はそれを平手で叩いて宥めると、先のため息のように深い息を吐いた。だが、ため息とは漏れる声の色が違う、吐かれる息の色が違う。なにより外を見据える目の色が違う。そして蓮乃は息を肺の奥まで入れ直すと、声帯を震わせ音としか表現しようのない声を吐き出した。
「LuiiiiiiNaaaa……」
先まで座っていた椅子が淡い光を帯びる。その光景は蓮乃と正太が初めて出会った日と同じであった。帯びた光は蓮乃の魔法における特徴であり、口からこぼれる音は魔法の媒質だ。蓮乃の魔法は「音声操作念動」、声を媒介に対象に念動力を加え自在に操る。そして魔法の見えざる手に捕まれた椅子は重力を忘れたように浮かび上がり、宙を走り窓へと向かう。
ガラスが砕け散る音は、豪雨に紛れて一〇四号室の中だけに響いた。