二人の話   作:属物

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第二話、二人が友達と出会う話(その一)

 命徳山のどこかでカラスが鳴いた。

 

 公立児童養護施設『厚徳園』入り口の前で子供達の帰りを待つ”柳 美野里”は、周囲を見渡し鳴き声の出所を探す。だが、夕闇に染まる命徳山の山中は暗く、闇夜のカラス程ではないが見つけるのは難しそうだ。多少気にかかっただけだと柳はそのまま視線を夕空へと上げた。まだ沈むには時間があるが、太陽は既に赤く染まっている。

 命徳山は山と名が付いているものの実際は単なる丘で、高さは五〇mもない。だが、子供達の遊び場になるくらいの自然は残っている。日が落ちた後、街灯の少ない道を子供だけで上るのは避けて欲しいところだ。それに不法移民が大量に増えた現代、夜の町を子供だけで闊歩するなど危険極まりない。だから、柳は門限を守れと口を酸っぱくして伝えているのだが、遊びたい盛りの子供達で小言を聞く者は少なかった。今も二人が門限を過ぎたのに戻っていない。内一人については柳も半ば諦めているが、もう一人はちゃんと言えば聞く子だ。何かあった可能性もある。

 

 --余り遅いようなら探しに行かなきゃ

 

 小さな背丈に不釣り合いの大きな胸を不安で満たして、心配顔の柳は長いため息を吐いた。その視線の先に夕日に照らされた人影が映った。吸った息を安堵の意味を込めて吐き出すと、愛くるしく丸い両目をつり上げる。門限はとうに過ぎているし、夕食の時間も寸前だ。次がないようにキッチリ叱ってやらないといけない。腰に手を当て怒っていますのポーズを作ると、柳はじっと人影を待つ。

 だが怒りでV字の眉は、驚きのハの字に変わった。待ちわびた人影が二つだったからだ。小柄で子供らしい人影と、背の高い細身のシルエット。小さい影は予想通り”利辺 翔”だったが、一八〇cmはあるもう一つの影は帰宅を諦めていた”ピーノ・ボナ”だった。柳が気づいたことに気づいたのか、ピーノが片手を上げて挨拶の声を投げた。ピーノの挨拶にあわせて利辺も片手を上げる。

 

 「「ただいまー」」

 

 「翔ちゃん、お帰りなさい。……ピーノちゃん! 今までどこで何していたの!」

 

 とりあえず利辺に挨拶を返した柳は、そのまま一気にピーノに詰め寄る。女性にしても背丈の低い柳は、背丈の高いピーノを見上げる形だ。ピーノが見下ろすと、可愛げの強い顔と一緒に豊かな膨らみがちょうど目に入る。女性経験豊富極まりないピーノだが、家族同然に育った相手故かどうにも居心地悪そうに、ビターチョコレート色の目を反らした。

 

 「あー、ちょっと外でぶらぶらしててさ。それよりも柳センセ、晩ご飯なに?」

 

 困った顔のピーノは頭を掻きつつ、言い訳になっていない言い訳と場の流れで誤魔化しにかかる。適当な話でも大抵の女性なら、ピーノの外観と雰囲気を理由になあなあで済ませられる。道を歩いているだけで頻繁に逆ナンされる程の甘いマスクは伊達ではない。だが柳は家族同然に育った相手だ。ナンパで適当に引っかけた相手とは勝手が違う。そう簡単に流されてくれない。

 

 「三日も園に帰らないことを『ちょっと』とは言いません! それにぶらぶらって、何にも答えてないでしょ!」

 

 「腹減ってるからお説教は後でお願いねー。で、夕飯のメニューは?」

 

 言い訳で流されてはくれなかったので、勢いで流しにかかる。具体的には適当な台詞であしらいつつ、かつて命徳寺の山門だった厚徳園入り口をすり抜けた。お説教のために妨害しようとした柳を、ピーノは水が流れるような動きでかわす。ミルクチョコレートの色合いをした肌と相まって、その姿は野生の山猫を思わせる。スポーツ選手が目を見張るだろう滑らかな体捌きだが、ピーノに運動の経験はない。生まれつきのセンスと純粋な才能だけで、これを容易くこなすのがピーノ・ボナだ。

 「待ちなさい!」と声を上げ追いかける柳を後目に、ピーノは利辺を伴って厚徳園の敷地へと足を踏み入れる。元命徳寺の敷地をふんだんに使った、平屋に近い横長の二階建て。それでもまだ余ったスペースには子供達の運動場と遊び場を兼ねて、トラックと遊具が並んでいる。

 ピーノも利辺も物心ついてからずっとここで育った。厚徳園の大半を占める移民の子供達は大抵がそうだ。夕日が照らす運動場でボールを蹴る幼い子供達も、日本民族からほど遠い顔立ちをしている。彼らはピーノの三日ぶりの帰宅に気づいたのか、蹴っていたボールから顔を上げた。

 

 「ピーノ兄ちゃん!?」

 

 「あ、ピーノ兄ちゃんだ!」

 

 「ピーノ兄ちゃんお帰りー!」

 

 「おー、ただいま。みんな元気してたか?」

 

 サッカーに興じていた三人はボールを放り出し、まとわりつくようにピーノの周囲に集まる。利辺もそうだが、厚徳園ではピーノに憧れる子供達は多い。高い背丈、甘いマスク、鋭いセンス、しなやかな動作。軽妙洒脱を体言するピーノはいつでも子供達の人気者だ。

 

 「元気! 元気!」

 

 「俺も元気だよ!」

 

 「ねぇねぇピーノ兄ちゃんは何してたの?」

 

 活力あふれる三人の返答に、ピーノは満足そうに笑って頷く。厚徳園の皆はピーノの家族で、家族が元気なのは嬉しいものだ。憧憬を抱くピーノが喜ぶ様子を見て、三人のテンションもあがる。ピーノの隣に立つ利辺はどこか上から目線な表情で、はしゃぐ三人の様子を眺めている。柔らかな見下しの視線に気づかず、三人の内の一人が利辺へと呼びかけた。

 

 「翔がピーノ兄ちゃんを見つけてきたのか? やっぱ魔法使いはスゲーなぁ」

 

 「まーな」

 

 感嘆と羨望の混じった声に、鼻を擦って自慢げに笑う利辺。天使を思わせる外観と相まって、特殊な趣味をお持ちの女性ならそのまま自宅へ持ち帰りそうな魅力を発している。なお、秘密基地に一人隠れて大泣きしていたことはおくびにも出さない。それを知るピーノの視線が生暖かい色を帯びるが、三人が利辺の目線に気づかないように、利辺もまた生温い視線に気づいていなかった。

 利辺にかけられた言葉から判るように、魔法使いの証である『腕輪』を身につけているのは利辺とピーノの二人だけだ。厚徳園にはもう一人いるのだが、ピーノに憧れ利辺を羨んでいる三人の中にはいない。

 

 広場の真ん中で浮かれ騒ぐ子供達の大声に、ベンチに腰掛けていた女の子二人組が視線を向けた。そのどちらもまた、ピーノ達同様日本人という言葉からは想像できない外観だ。遠くから見れば大体の日本人は縁起よい紅白幕を思い出すだろう。

 一人の髪は夕空より濃い茜色。高周波でうねる赤毛をローポニーにまとめている。もう一人の髪はアルビノを思わせるプラチナブロンド。緩やかに波打つ銀髪は流れるままに肩を覆っている。虹彩の色も大きく違う。赤毛の子が持っているのは抜けるような青空色の瞳だが、銀髪の娘は狼にも似た琥珀色の目をしている。加えて銀髪の少女だけが持つ『腕輪』の存在が、魔法使いとそうでない者の差を表現していた。二人の共通点は性別と、白人種だろう色素の薄い肌だけだった。

 

 「ねぇねぇ舞ちゃん、ピーノお兄ちゃんが帰ってきたよ!」

 

 「そうね、友香ちゃん。ピーノ兄ちゃんお帰りなさい」

 

 一瞬だけ鋭い目で隣を見ると赤毛の”氷川 友香”が立ち上がり、ピーノめがけて子供らしく大きく手を振るう。それに合わせて銀髪の”母井 舞”が隣に立って、大人しく小さく手を振った。年上で大人しい母井と年下で子供っぽい友香と、何から何まで対照的な二人だ。二人の存在を感じたのか、ピーノもベンチの方へ手を振って答える。

 

 「みんな、まだ遊んでいるの? もうすぐ夕飯よ」

 

 いい加減にピーノに追いついた柳が、夕食も近いのに遊びに興じる子供たちへと注意の声を上げた。腰に手を当て皆を指さす、判りやすい叱責のポーズだ。意識せずにこんな動きをするからか、柳は子供達から好かれてはいるがどうにも嘗められがちである。

 

 「柳先生! すぐ片づけるから待って!」

 

 「ねーねー、またチェイサーの話ししてよ!」

 

 「あ! 今日はカレーだ!」

 

 そう言うこともあって、柳のお叱りにすぐさま反応する子供は少数派だったりする。柳の声に首を竦める子もいることはいるが、気にした様子もなくピーノに縋る子も、夕食の臭いに鼻を動かすマイペースな子もいる。十人十色な対応に頭痛を感じたのか、柳は広い額を平手で抑えた。

 

 「お、晩飯はカレーか! 園のカレーも久しぶりだなぁ」

 

 マイペース筆頭のピーノが形良い鼻を動かし、スパイシーな臭いを嗅ぎ取った。大抵の食材なら何をぶち込もうと美味しさを損なわないカレーは、さほど余裕のない厚徳園でも重宝されている。例えスパイスが遺伝子改良された類似香辛料になっても、バターの代わりに植物油脂が当たり前になってもその味わいに変わりはない。職員の大いなる味方にして子供達の大好物なカレーライスは、ミレニアムから半世紀が過ぎた現在でも日本に息づいているのだ。

 

 「……まったくもう、みんな勝手なんだから。あと、園に帰ってこない人の分は用意してませんからね」

 

 「えー? そりゃないぜ」

 

 ため息混じりの柳の言葉に、ピーノの表情に不満が浮かんだ。柳はピーノのいないここ三日の食事でも全員分を必ず用意していたが、当の本人は知る由もない。俺の分なしかよとブツブツぼやきつつ、ピーノは隠していたジュースとお菓子の場所を思い出そうとする。職員が知っているより、子供達の隠し事は遙かに多い。

 夕日が落ちるよりいくらか早く、厚徳園の全員が建物の中に入っていく。辺りには夕飯の臭いが立ちこめていた。

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