二人の話   作:属物

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第三話、三人でお出かけの話(その三)

 「あー、その、とりあえず食事にしようか」

 

 落ち込む友香を前に、正太が最後に頼ったのは自分の経験と生物学的事実だった。精神と肉体は表裏一体、すなわち腹が膨れれば気分も治る。食事とはそれそのものが喜びなのだ。そういった言い訳を繰り返した結果が正太の腹周りなのだが、一食で太るわけではないと更なる弁解を重ねながら正太はスプーンを握った。

 

 「いただきます」

 

 「イナナキアス!」

 

 「ええっと、いただきます」

 

 挨拶もそこそこに正太はカレーを掬って口に入れる。合成スパイスの刺激が舌を突き刺し、重いタマネギの旨味が舌にのし掛かる。旨い。中辛にしては思いの外辛くてお冷やを煽るが、すぐさま次のスプーンが延びた。宇城家のカレーは野菜多めだが肉は少なめだ。だからゴロゴロとドデカい代用肉とムカゴ芋が正太には嬉しい。

 正太に続いて待ってましたと即座に反応したのは蓮乃だった。食事の挨拶らしき声を上げるのもそこそこに、オムライスの端をスプーンでえぐり取って口に放り込む。半熟のオムレツが柔らかにとろけて舌を包み、チキンライスが口の中で解れて踊る。味擂を打ち抜く味わいに、蓮乃は思わず顔中を窄めて全ての感覚を舌に集中した。

 多少遅れて食前の挨拶を発した友香もBLTサンドを手にする。食べていいものかと戸惑い覚えて視線をやるが、食事中の二人から返答はない。だが言葉以上に雄弁に、顔中でオムライスの美味しさを表現する蓮乃を見て、安心したようにサンドイッチにかじり付いた。酵母肉の疑似ベーコンはかなり塩辛い味付けで、それだけにさっぱりとしたレタスと酸味の効いたトマトがよく合っている。

 

 有線放送と食事音をBGMにそれぞれに本日の昼飯を楽しむ三人。正太は汗をかきかき一心不乱にカレーを胃袋にそそぎ込む。蓮乃は美味しそうにオムライスを頬張りながらも、視線は二人の食事に向けられている。友香は考え事でもしているのか、サンドイッチを口にしてはいるが上の空気味だ。

 

 「まーも」

 

 「ダメだ。自分の分を食べなさい」

 

 兄ちゃんのカレーも美味しそうだと蓮乃が物欲しそうに声を挙げるが、正太は顔も見ずに首を横に振る。理由は「辛目のカレーを蓮乃が食べられるのか疑問」が半分、「俺の食い物は俺だけの物」が残り半分だ。蓮乃は不服と頬を膨らませるも、頬に詰め込んだオムライスの味わいに不満はあっという間に消えてなくなる。

 二人のやりとりを横目でぼんやり眺めながら、友香は卵のサンドイッチを食べる。蓮乃が障害のせいで音声を理解できないことは知っている。何を聞こうと蓮乃にとっては全く知らない外国語と同じだ。それなのに正太と蓮乃は時に筆談もなしに意志疎通をしてみせる。家族同然に心が通じ合っているという事なのだろうか。

 ゆで卵を潰してマヨネーズで和えたサンドイッチは厚徳園で作ってもらったそれよりも随分と味が濃いめだった。次のサンドイッチの前にお冷やで口の中を洗い流す。厚徳園を思い浮かべれば、脳裏に映るのは翔やピーノや柳と言った厚徳園の面々。家族である彼らとは親しく言葉を交わしているが、誰も友香の心中を知らない。知らせないようにしているから当然だ。『あいつ』にばれないように、『あいつ』が望む私を必死で演じているのだから。

 

 「ああ、そういえばお兄さん。蓮乃ちゃんの魔法は教えて貰いましたけどお兄さんの魔法はどんなのですか?」

 

 自己嫌悪の思考を振り切るように、友香は不意打ちで正太へと疑問を振った。ちょうどカレーの芋を噛む瞬間だった正太は、唐突な問いと芋に残っていた煮込みの熱に目を白黒させる。

 急いで口中と神経をお冷やで水冷すると、適当な文言を探して脳味噌の引き出しを開いた。しかし出てきたのは、蓮乃の説明に使った意味の違う適当な話でしかなかった。判ってもらえるか半信半疑で正太は説明する。

 

 「ええっと『熱量操作』っていう奴で、ご飯食べたりして生み出す熱量(カロリー)を操作するんだ」

 

 「熱量(カロリー)ですか?」

 

 正太の想像通り友香には理解しがたいようで、頭の中身を回しながら首を傾げる。正太自身も判りづらい代物なのだから、友香が判らなくてもしょうがない。正太は内心頷くとスプーンでカレーを掬って見せて口にする。

 

 「そーだな。今こうやって食べてる昼飯だけど、こいつを取らなきゃお腹が空いてそのうち動けなくなる。逆を言えば昼飯が俺たちを動かしているとも言える」

 

 もう一匙を掬うと上には大きめの肉の塊が乗っかっていた。正太はそれを口に放り込み噛みしめる。旨い。

 

 「その体を動かすエネルギーが熱量(カロリー)で、俺はそれを操作して速く走ったり体温を高めたり集中力を底上げしたりできる訳だ。それが俺の魔法『熱量操作』なんだよ」

 

 「そういうものなんですか」

 

 「ほー」

 

 納得したようなしてないような微妙な表情の友香は、これまた理解しているのか曖昧な返答をこぼす。友香自身今の話を正しく理解できたかと言われると微妙なところだ。しかし、その中の一文は友香の興味を強烈に刺激した。友香が狙い、望み、欲し続けて来たことに合致しているように聞こえるのだ。それ故に友香は黙りこくって静かに正太の言葉を吟味する。

 その横で正太の解説を聞いて、もとい読んでいる蓮乃は驚愕と納得を入り混ぜた顔で頷いていた。新しい真実を学んだ学生じみた「なるほど!」と言わんばかりの表情だ。

 

 なお、正太の説明は以前も今回も正確ではない。食料を消化して得られたエネルギーを操縦できたところで、運動能力や集中力を制御できるわけではない。正太の特能、すなわち魔法を調べた医者が「熱量(カロリー)のようなものを操れる」と定義しただけの話だ。

 

 『前に説明しただろ』

 

 始めて聞いたと書かれた発見顔の蓮乃に対して、正太は微妙に不満顔を浮かべている。始めて会った時(第一部第一話)に多少は説明しているのだ。なのに今更の話でようやく判ったという態度を取られると、あのときは何だったんだと言いたくもなる。

 

 『あの時はあんまり詳しくなかった』

 

 しかし、その時は蓮乃が勝手に魔法を使ったり、それを正太が怒鳴りつけたり、それで蓮乃が大泣きしたりしてまともな説明はできていなかった。蓮乃としてはもう少しちゃんと聞きたかったのが本音なのだ。

 言い換えされた正太も思い返してみれば、確かに説明不十分と言われても仕方なかったような気がしてきた。それで判れというのは少々無茶がすぎるかもしれない。無理を言ったことを謝るべきか、できる限り詳細に魔法についてはなすべきか、はたまたその両方か。

 

 「……集中力を底上げできるってことは、自分の頭の中を操れるってことですよね?」

 

 「まあ、そう言えばそうだね」

 

 二人のやりとりを余所に一人考え込んでいた友香が、無駄に悩む正太に向けて問いかけた。刺し貫きそうなほど視線は一点集中で、先とは真剣さの度合いがまるで違う。だが、正太はそれに一欠片も気付かずに軽く答えた。

 

 「それって頭の中が判ったりするんですか?」

 

 「そうだな、魔法を脳味噌に使うときにぼんやり何処が動いているかくらいなら判るけど、流石に何を無意識で考えているとかはわかんないな」

 

 『兄ちゃんそんなこと出来たの?』

 

 頭を捻って魔法を使った記憶を絞り出して正太は答える。普段はそんなこと考えたことも無かった。しかし、考えてみれば確かにそう言ったことも知覚できているのかもしれない。

 正太は魔法を使う時、トリガーとして『腹の底にあるマグマ溜まり』をイメージする。それは正太の熱量(カロリー)の残量と直結している。また、熱量加給で体に熱量(カロリー)を注ぎ込むとき、正太は供給される細胞や臓器を認識している。つまり正太は自分の体内状況を魔法を通じて把握しているのだ。

 だからといって正太にはそれが何の役に立つのか想像もできなかった。夕飯のおかずが増える方向で役に立つなら嬉しいのだが。

 

 それがどうしたと自分の魔法にさほどの興味もない正太に対し、それを聞く蓮乃は新たな発見に驚愕を隠せない。びっくり仰天と同時になんで今の今まで教えてくれなかったと不平も覚える。そもそも蓮乃としては自分には話さなかったくせに友香にあっさり教えたことが何だか気にくわない。これまで魔法を見せたりしてくれなかったことにも不満を覚えている。

 

 『どうして前の時は教えてくれなかったの!?』

 

 『あの時はお前さんと初対面だったし、聞かれてもいないことをべらべらしゃべる趣味はないぞ。まあ、説明不足だったことは済まないと思っているが』

 

 焼き餅的な何かしらを感じたのか、炙り餅の体で頬を膨らませて蓮乃は抗議の声を上げた。しかし蓮乃が明言できない事は、正太にはもっとよく判らない。そんな理由で文句を付けられても困ると正太は表情を歪めながらノートに返答を書いてよこした。一応ではあるが詫びも付け加えておく。

 

 『じゃあ兄ちゃんができることを教えて!』

 

 「私も聞きたいです!」

 

 正太の詫びに即座に蓮乃は乗っかった。聞いていないなら聞くまでの話。思い立ったら即行動が蓮乃の行動原理だ。これに子供特有のまとまりない浮き草じみた思考が加わると大体いつもの蓮乃になる。

 そして蓮乃の後に友香が飛び乗る勢いで続いた。友香にとっては宝くじ一等賞の可能性大なのだ。これこそが一番聞きたかったことだった。狙い通りなら自分を好き勝手にされずに済む。少なくとも好き勝手にされている事を自覚できる。

 

 興味津々と烏羽玉の目を見開いて身を乗り出す蓮乃に、私気になりますと青玉の瞳を細めて顔を近づける友香。女の子二人掛かりに圧されて、ひきつった顔の正太は反射的に後ずさりそうになる。しかし椅子に腰を下ろしている状態では後ずさろうとしても無駄だった。仰け反ろうにも背もたれがある。

 

 「えっと、あー、そのー、なんだ……」

 

 適当な繋ぎ言葉をまき散らしつつ、正太は目を泳がせながら考え込む。正直に言えば余り話したいことではない。魔法でできることを話すとなれば、やらかしまくった小学校時代の記憶を思い出さざるを得ない。なにせ調子と勢いと図に乗ってたその頃にいじくり回したのが、今使える魔法のほぼ全てなのだ。

 しかし正太の目に映る二人は、全身全霊で知りたい聞きたいと伝えている。これを放り出すわけにも行くまい。どーしたもんだろ。

 

 「……じゃあ、全部は答えられないと思うから、聞きたいことをまとめてくれるか?」

 

 「んっ!」

 

 「判りました!」

 

 野放図に問われて思い出したくもない過去を片端から想起するよりは、限定された質問に答える方が幾分かマシ。そう結論づけて正太が返すと、早速と蓮乃と友香は適当な疑問を考えにかかる。

 あーでもないこーでもないと勢い込んで問いを探る二人に、正太の方が問いかけたい気分だ。魔法がきっかけで大いに痛い目にあった正太としては、そんなに自分の魔法が素敵なものだとはとうてい思えなかった。

 しかし、頭を回して記憶を遠心分離してみれば、自業自得で酷い目にあったのは周囲からの関心と感心でいい気になり果てていたのが原因である。つまり、周りの注目を集めていたことは事実なのだ。蓮乃も氷川さんも大体小学生ぐらい。それくらいには自分の魔法でも面白いのかもしれない。

 

 --なら、その内に蓮乃を訓練所に連れて行ってみるか?

 

 いそいそとノートに書きだした二人を見ながら、正太はかつて世話になっていた特能インストラクターの先生を思いだしていた。

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