二人の話   作:属物

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第三話、三人でお出かけの話(その六)

 ラ・マンチャから繁華街へと足を踏み出すと、燦々と注ぐ午後の日差しが出迎えた。初夏とはいえ午後の、それも夕方近くともなれば暑さはさほどでもなく寧ろ日差しが心地いい位だ。しかしそれとは正反対に正太は暗くて不快に疲れた顔をしている。顔の見栄えが不快なのは以前からだが、今日の外観は表情のおかげで通常の三割り引きになっている。

 

 「っはぁ~」

 

 何故かと言えば、正太が蓮乃を叱りつけた光景がDVか虐待かはたまた児童略取に見えたらしく、周囲のお客が店員を呼んでしまったのだ。なので事情を聞きにきた店員は初めから疑っており、説得に随分な時間がかかった。ついでに周囲からの視線は当然のごとく悉くが冷たく白かった。正太の側に立ってくれたのは当の蓮乃と友香だけだった。

 幸い第三者視点で冷静に見ていた友香がフォローに回ってくれたことと、被害者と目されていた蓮乃が『違う!』と全身全霊で反駁反論してくれたおかげで、最終的に店員は納得してくれた。保護者代理にくせに被保護者に庇われたのは余りに情けなかったが、とにかく一応は何とか終わったのだ。

 

 「なー……」

 

 「お疲れみたいですけど、大丈夫ですか?」

 

 「多少は疲れたかな。まあ、そうでもないよ」

 

 心配顔で見つめる年下二人に正太は男臭く笑って見せる。これ以上、保護者代理として格好の付かない姿を見せるわけには行かない。落ち込んだ気分を誤魔化すように正太は、全身を延ばして筋肉と気持ちの凝りを解していく。体調の不良は精神の不調なのだ。つまり体の調子を整えれば、自ずから心気も整う。実際、少々のストレッチで大分気が晴れた。

 

 体の筋を延ばして調子を取り戻した正太を見て、蓮乃の不安そうな顔も幾らか安らぐ。それに併せて友香もまた表情を和らげた。ただし心配の気持ちでいっぱいの蓮乃と異なり、友香の腹の底では心配以外にも様々な思考が回っている。特に大きいのは先ほどの店員と必死でやりとりする正太の姿だった。

 友香の目から見ても店員と相対している正太はとことん腰が低かった。子供を虐めるろくでなしの親だと一方的に決めつけられても怒る様子も見せず、必死かつ真摯な態度でそれを否定していた。先日友香が初めて蓮乃と顔を合わせた時、ピーノとの一触即発な態度とはまるで違う。もしかして、こちらの方が正太の本質なのだろうか。

 それでも正太は蓮乃相手には驚くほど強い態度で叱っていた。それも周りが思いこんでいたような一方的な怒鳴り散らしの感情論ではない。道理と正論と共感に基づく丁寧な説得だった。思い返してみればピーノの時は『蓮乃の意見が無視された』のが正太を怒らせる一番の要因だった気がする。それらをまとめれば、正太の本音が見えてくる。

 

 --つまり、お兄さんはそれだけ蓮乃ちゃんを大事にしているんだ

 

 なにやらノートで会話している二人の様子を見ながら、友香はそう結論づけた。保護者代理であるが故かは知らないが、正太にとって蓮乃はとにかく大切な人間なのだ。それも単に保護して甘やかす対象なのではなく、責任感を持って面倒を見るべき相手だ。親と間違えられるのも道理だろう。

 ぼんやりと二人を見る友香は、蓮乃の隣に自分の幻影を見た。不意に二人と笑い合っている自分を想像しかけ、友香は笑顔を歪めて首を振る。茜色のお下げが遅れて宙を舞った。違う。そうじゃない。蓮乃ちゃんとお兄さんの二人を使って私は『あいつ』から自由になるんだ。二人とはそれで終わり。それでいいんだ。

 

 「みんな疲れただろうし、余計なことで時間食っちまったから、なんか甘いものでも食べるかい?」

 

 腰を反らして背筋を伸ばしていた正太は、友香の方へ振り返り呼びかける。当然、友香の浮かべていた表情に気づく様子はない。表情を整え直した友香は歪んだ表情を読みとられてないことに内心で安堵の息を吐く。

 正太の発言を読んだ蓮乃は全力で片手を突き上げて大賛成を示した。頷きながら大喜びで飛び跳ねる姿は、友香の変化を察する処か正太への心配すら吹き飛んでいるように見える。見えるだけでちゃんと心配はしているのだろうが、余りの喜びっぷりに嫌みの一言でも言いたくなる正太だった。

 

 「なーっ!」

 

 「そうですね。でも今度は自分の分は自分で払いますから」

 

 一方の友香もあっさりと賛成するが、自分の分は自分で払うと先んじて釘を刺した。貸しを作りすぎると後々の操縦に困る。内容如何では断る理由にされかねない。これ以上、善意を受ける訳には行かない。だからちゃんと自分で払う。これはそのためなのだ。

 友香の胸中の声を聞くのは友香以外にはいない。その友香が気付かなかった以上、理由を言い聞かせるような声音を知るものもいなかった。

 

 「あの店にしようか」

 

 「なうっ!」

 

 「ですね」

 

 二人の返答によし判ったと頷いて正太は、『スイム・ブリーム』と看板を出した手近な鯛焼き店に足を向けた。友香の申し出から心中を読み解くような特技は正太にないし、勝手に他人の心情を想像しないのが正太の信条だ。だから財布の中身が結構厳しいから、情けないけどそういって貰えるとありがたい。それ以上は考えない。

 栄養強化小麦粉の焼ける香ばしい臭いと、小豆餡にクリーム餡と中身が醸し出す甘い香りが店を包んでいる。足を進める度に臭いは一段と強まり口の中に唾がわく。

 

 「すみません、鯛焼き三つください」

 

 「何にします?」

 

 さて何にしようか。正太は顎に手を当てメニューに視線を走らせる。オーソドックスに漉しあんか粒あんか。あるいはちょっと邪道にカスタードや大豆クリーム餡もいい。いっそ軽食を兼ねてハムチーズや高菜ってのも面白そうだ。しかし問題は値段だ。変わり種は基本的にお値段高めなのだ。やっぱりここは一番安くて正当派の漉しあんにするべきか。

 

 「なーもっ!」

 

 財布の中身と相談しながら考える正太より早く、身を乗り出して蓮乃がメニューのカスタードクリーム鯛焼きを指さした。いつも通りに自由人な蓮乃に正太は皮肉を込めて頭痛が痛そうな表情を向ける。だが、脳味噌が快晴な日本晴れ娘には何ら効果がないようだ。抜けるような青空の笑顔を返されて、正太の口からでるのは苦甘いため息一つだけだ。

 

 「カスタード一つと漉し餡一つお願いします。氷川さんは何がいい?」

 

 「えっとチーズ風クリームで」

 

 「毎度ーっ!」

 

 正太が二人分を友香が自分の分を支払うと、店員は慣れた手つきでタネを鯛焼き型に流し込んだ。表面が固まるが早いか、手早く中身を放り込み型を閉じる。熟練の技か型からタネのはみ出しは全くない。出てくるのは胃袋と鼻腔を刺激する香ばしく甘い香りだけだ。

 

 「はい、漉し餡とカスタードとチーズ風クリーム。熱いから注意してね」

 

 「どーも」

 

 軽い礼と共に代表代わりの正太が紙袋を受け取る。紙袋に印字されたロゴは随分と凝ったもので、海草と岩に見立てた屋号の隙間を鯛焼きが軽快に泳ぐ図案だった。水中で鯛焼きは崩れないのか、そもそも泳げるのかとどうでもいいことを考えつつ、正太はそれぞれに紙包みの鯛焼きを手渡していく。

 

 「はい、チーズ風クリームね。そんでほい、カスタード」

 

 「ありがとうございます」

 

 「まっ!」

 

 最後に残った漉し餡の鯛焼きを行儀悪く口に啣えて、正太は包み紙を剥がした。剥がした包み紙は紙袋に突っ込み、後で一纏めに捨てる予定だ。ポイ捨ての害については、父の小言で耳に胼胝ができてそこから蛸が生まれる位には理解させられている。あれは二度三度と経験したい記憶ではない。説教のされすぎで文字通りに耳が痛くなるのだ。

 

 「んっ!」

 

 「あいよ」

 

 ゴミを纏める正太の振り見て我が振り直したのか、蓮乃が自分の鯛焼きの包み紙を差し出した。ただし口に鯛焼きを啣える行儀の悪い部分まで真似するのは如何なものか。まあ、やった自分が言える文句でもないと正太は何も言わずにゴミを受け取り紙袋に放り込んだ。

 

 「んふー」

 

 そして何やらしたり顔で頷く蓮乃を無視し、正太は友香からも包みを受け取り紙袋に入れる。後はこれを有機分解ゴミ箱に投げ入れれば終わりだ。それまで手荷物もなんだしと紙袋はポケットに突っ込み、啣えっぱなしでふやけ始めた鯛焼きを齧った。和菓子特有の砂糖をどっぷり使用した重みある甘味が下にのし掛かる。実にずっしりと甘い。こればかっかり食ってたらきっと体重もずっしりだろう。

 下らない冗句を餡子と一緒に舌の上で転がしていると、正太は不意にじぃっとでも表現できそうな視線を感じとった。視線の先は今味わっている漉し餡の鯛焼き、そして視線の出所は並んで歩く頭一つ分小さい娘っ子だ。鯛焼きを二度焼きしそうな熱視線を蓮乃が正太の食いかけめがけて集中砲火している。どうやら隣の花は赤くて芝生は青くて鯛焼きは旨いらしい。どーしたもんか。

 

 「ほれ」

 

 『ありがとう!』

 

 自分の金で買ったデザートだし多少は大目に見てやろう。鯛焼きより格段に甘いと妹に言われそうな思考の元、正太は鯛焼きの尻尾をちぎって蓮乃へ渡した。ここの鯛焼きは尻尾の先まで中身が詰まっているのが特徴のようだ。受け取る蓮乃は全身でお辞儀をして尻尾を口に入れた。頭を大きく上下させて黒髪が流れる姿は、水飲み鳥になりがちな母である睦美とよく似ていた。

 性格は正反対だけどやっぱり親子だな。やくたいもない感想を浮かべながら、正太は鯛焼きの頭をかじる。やっぱり重量級に甘い。いい加減口中から甘い以外の感覚が失せてきた。ここらで一杯の茶が怖い。苦味を求めて無意識に周囲へと正太は視線を動かす。その眼前に鯛焼きの尻尾が突き出された。

 

 「なーも!」

 

 「どーも」

 

 差出人はやっぱり蓮乃だった。正太から貰った分のお返しだろうか、カスタードの詰まった尻尾を蓮乃が食べろと手渡した。拒否する理由もないので有り難く貰って口に入れる。漉し餡の滑らかでどっしりとした甘味とは違う、カスタードの油性でねっとりとした甘味が舌に広がる。これはこれで旨い。しかしやっぱり茶が怖い。いい加減苦味か酸味か塩味が欲しい。

 口中を塗りつぶした甘みに本気で困ってきた正太の横で、蓮乃はカスタード鯛焼きの頭を半分もぎ取った。脳味噌の代わりに溢れるクリームをこぼしそうになりながらも、何とか地面に落とさずに溢れた分を分離した鯛焼きでからめ取とる。そして何を考えたのか、カスタードをまぶした鯛焼きの頭半分を友香に差し出した。

 

 『お裾分けとさっきのお詫び!』

 

 「ええっと、ありがとね。あとお詫びって?」

 

 とりあえずと鯛焼き二割五分を受け取りながらも、頭上に疑問符を浮かべた友香は意味を理解できてない。その顔に浮かぶ表情も困惑と愛想笑いをごちゃ混ぜにした具体だ。蓮乃の説明文でも理解にはほど遠い。

 

 「さっき俺が蓮乃を叱って空気悪くしちゃったから、そのお詫びだよ。あと、俺もそのことちゃんと謝っていなかったな。済みませんでした」

 

 「い、いえ。別に気にしてませんから……」

 

 だから事情を理解している正太が詳細を言葉にし、ついでに深く腰を曲げて謝罪した。そもそも店員の誤解解いたりなんだりで、ちゃんと氷川さんに謝っていなかった。詫びだの何だの言い始めたのは自分なのだから、今更だが自分も頭を下げるべきなのだ。

 しかし下げられた側の友香は、話を理解はできたものの先以上の混乱に表情を歪めている。言葉の通り、実際に気にも留めていなかったのだ。それなのにこうも大仰に謝られると納得より当惑が先に来る。

 

 --蓮乃ちゃんもお兄さんも、生真面目って言うかバカ真面目って言うか……なんか調子狂うなぁ

 

 適度に距離をとって相手を適当に処理する友香にとっては、一直線に突き進む二人のノリはどうにも苦手だった。真っ直ぐ一本槍に距離を詰められて、ついつい自分のペースを突き崩されてしまう。思わず笑顔を作り忘れて、疲れた息を漏らすくらいだ。

 幸い正太も蓮乃も鯛焼きの味に集中しているようで、友香のお疲れな表情に目を向けることはなかった。正しくは鯛焼きを食べるのに夢中なのは蓮乃一人で正太は別件に頭を悩ましているのだが、友香の顔色に気づかない点に特に違いはない。

 

 それぞれがそれぞれの事情で頭が一杯一杯な中、いつしか喧噪は背景音に変わり沈黙が三人を包んでいた。

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