PIECE 06 兄妹×父子
選ばれし者、という言葉がある。
それは、エデンの戦士達を表現する言葉。
その一方で魔王オルゴ・デミーラも自身の配下達に対して『選ばれし者』という表現を使った。
奇しくも同じ表現だが、その性質は真逆。
問題は何によって選ばれたか、という点にある。
勇者達は、その血脈や宿命によって。
では、闇に堕ちた者達は何によって選ばれた?
世界を憎む原因となった人間の愚行に?
否、他でもない魔王によって選ばれたのだ。
それは言い方を変えれば『目をつけられた』という事である。
闇の素質を開花させた者を集め、自陣に加える。
過去に存在した魔王達のやり口であればそれだけだろうが、オルゴ・デミーラに関しては違う。
自ら種を蒔き、悲劇という名の水を与え、育んだ。
一見、個人の選択や人間の愚かさの犠牲者に見えても結局は魔王の手のひらの上だ。
そして、手ずから育てた闇の花々も役目を終えれば魔王は容赦なく、手折り、捨てる。
魔王がそういう遣り方を選ぶのであれば、それはそれで一向に構わない。
だが、しかし。
――お前が『それ』を捨てると言うのなら、俺はその花を遠慮無く拐かすぞ、愚かなる魔王よ。
◇◆◇◆
一人の少女がいた。
何の宿命も背負ってはいない、平穏の中で暮らす少女。
彼女には兄がいた。
両親を亡くし、身内と言えるのは年の離れた、この兄だけ。
だが、少女は幸福だった。
兄がいてくれたからだ。
時には父のように。
時には母のように。
何よりも兄として、幼い妹を愛してくれた。
だから、少女は不幸では無かったのだ。
――兄がいてくれさえすれば。
「わかってくれ……このままでは魔物を見失ってしまうかもしれない…」
少女の兄は勇者だった。
「まず、オレがあの魔物を足止めし……」
特別な才能があった訳ではない。
「村のみんなが戦いの準備を整えてすぐに加勢してくれる。心配するな」
「うん」
ただ、勇気ある者として――彼は正しく勇者であった。
「では、もう行くぞ。……おっと、そうだ」
思い出したように兄は妹に不恰好な木の人形を差し出した。
お前にやろうと作ったのだと。
「お人形?」
不器用な兄の確かな愛情。
それを感じて妹の表情が綻んだ。
「ありがとう、お兄ちゃん! 大切にするわ」
無事に帰ることを妹に誓い、兄は村の東にある塔へと向かった。
――だが、兄は妹の元へ帰っては来なかった。
来ると信じていた村人達の増援。
まるで何者かに恐怖心を増(・)大(・)させられたかのように一斉に恐怖に駆られた村の者達は勇気ある若者との約束を反故にしたのだ。
故に兄は帰って来なかった。
信じていた者達に裏切られ、孤立無援の中で戦い、その生命を失った。
そして、戻らぬ兄の姿を求めた妹は塔へと向かい――出会った。
魔王と呼ばれる、強大な力を持った一人の魔族と。
◇◆◇◆
過去 ウッドパルナ
女剣士マチルダは困惑していた。
「父ちゃん!」
自分が今しがた斬った敵――ウッドパルナの村で唯一、まともに戦える技量を持った戦士に縋り付く少年の姿に。
「(父の身を案じ……一人で魔物の巣窟に……)」
かつての自分の行動を思い出させる家族への愛。
それが己の内にこびりついている何かを強く刺激するのだ。
「っ!」
必死に父を呼ぶ少年の背後に迫る自身の配下である魔物達。
……どうやら、直属のチョッキンガーやゴーレムとは違い、知能が低い種類の所為か人間の姿のままのマチルダが主とは気付いていないようだ。
「はっ!」
裂帛の気合と共に振るわれる一撃が三つの命を刈り取った。
「(……わ、私は今……何を?)」
両断した魔物達の死体を前に呆然となる。
雑魚とはいえ、人間達に対する貴重な戦力を自ら削ぐような愚行。
「お姉ちゃん……助けてくれたの?」
「い、いえ……私は」
否定の言葉を紡ごうとするも、それが無意味な事に気付く。
そう、咄嗟の事とはいえ、自分はこの少年を助けてしまったのだ――かつての自分を思い出させる、この子を。
「――彼の怪我は魔物から私を庇って負ったモノです……ですから、借りを返さなければなりません」
自分で斬っておいて、どの口がと自嘲するが今は仕方ない。
「ここは危険です……貴方の父親は私がウッドパルナまで運びます――構いませんね?」
「あ、ありがとう!」
「礼には及びません。私はマチルダ――旅の剣士です」
「ボクはパトリック! 父ちゃんの名前はハンクだよ」
良い名前です、と少年の頭を一撫でするとマチルダはぐったりとしている父親――ハンクの体を肩で支え、ウッドパルナへと歩を進めた。
その後の道中は順調だった。
出現する魔物は一体か二体。
「ドルマ!」
片手が塞がっていようとも、遠距離から攻撃呪文をぶつければ、それで一方的に戦闘は終わる。
だが、あと少しで村が見える、という段になってマチルダは危機的状況に陥っていた。
――三人を取り囲むように現れたのは無数のオニムカデとナスビーラ。
「くっ! 数が多い……!」
自分一人ならば、この程度の魔物が何体いようが関係ない。
だが、重傷の成人男性と少年という足手まといがいる状態では、かなり厳しい。
「マ、マチルダ……!」
「大丈夫です、パトリック。貴方と貴方の父親には指一本――」
背後の少年に安心させるように言葉を掛けた直後。
「――バギマ」
翠色の風が吹いた。
術の中心点にいるマチルダ達を巻き込まないように発動した中級真空呪文(バギマ)。
それは獲物を取り囲んでいた無数の魔物達をズタズタに引き裂き、一瞬で戦闘を終わらせた。
「……一体誰が?」
「凄い……」
警戒と感動。異なる感情の発露であっても、どちらも呆然とした表情は共通していた。
「そこの女剣士さん――助けは必要か?」
ふわり、とまるで背中に翼でもあるかのように軽やかに一人の青年が舞い降りた。
この瞬間、歴史の一頁が変わろうとしていた。