春の夜風が頬をなでていく。
帰宅の折、未だ少し肌寒いマンションの外廊下で立花瀧は目を伏せていた。
身体は暖を取りたがっているというのに、足がその場に凍りついたように動かない。否応なくというより条件反射的に、瀧は自分の暮らしている街の風景を見澄ましていく。家を出る際や帰り際にこうしてしまう癖がついたのは、一体いつからだっただろうか。
コンクリートや鉄骨で作られたこの東京という場所でさえも、いつ何時消えてしまうかも知れないという思いが、視界の全てをとても儚く、愛しく、それゆえ美しいものに見せる。
時にその思いは形容しがたい喪失感となり、何かが抜け落ちていくような感覚と共に涙となって流れていく。朝、目が覚めると泣いている、ということが、よくある。
自分がいつからこうなってしまったのか、瀧にはもうわからない。
かつては、この街を別段美しいなどと思ったことすらもなかったのだが。
今では垢抜けてきた瀧にも、夢中になってひとつ事に取り組んだ時期があった。
もしかしたらあの時からかな、なんてことを思いながら踵を返す。
そうして瀧は自宅のドアを開け、くしゃみをひとつしてから、日常へと帰ることにした。
なぜそれに惹かれたのか、自分でもよくわからない。
あれは学生時代の、ほんのちょっと背伸びしたデートの日だっただろうか。
それまで気にも留めなかった様な、実にありふれた風景写真に心を奪われてしまったのは。
高校生の頃、瀧には憧れていた人がいた。バイト先の先輩で、奥寺ミキという。
どちらかと言えばお洒落で派手な美人タイプだが、滲み出る上品さは人並み外れていた。誰とでも気さくに接し、誰にでも優しくする。そしてもちろん、誰からも好かれるような人だった。
そんな奥寺先輩とどうやってデートまで漕ぎ着けたのかも、実のところ瀧はよく覚えていない。その頃の瀧と言えば、バイト先で滅多にしないような失敗が続いていて気が動転していたのか、得意でもないはずの裁縫をしてみたり、女性がこぞって行きたがるようなカフェ巡りをしていたらしい。その折に先輩と意気投合してしまったのか、デートの日まではとんとん拍子だったようだ。
女性慣れしてなかったせいと言われたらそれまでであるが、デートの結果は散々なもので、大好きだったはずの先輩に「なんだか別人みたいね」なんて言わせてしまった。
そんな大失敗だった日のひととき、二人で立ち寄った美術館で開催されていた「郷愁」などというテーマの写真展に、それはあったはずだ。
普遍的なテーマである故か、入場者はそんなに多くなかった。大体の人は横目に見ながら通り過ぎてしまうような、写真を天井から吊り下げる簡単なセッティングの一角。写真の上部には大きく「飛騨」の文字が浮かんでいた。そこに展示してあったのは飛騨地方のどこにあるとも知れない村か町かの、本当に何気ない、ありがちな風景写真ばかり。
普段であれば瀧もそれらを横目で見て、それらしい顔を作って、ありがちな感想を並べながら、奥寺先輩と楽しく談笑でもしていたのかもしれない。だが、そう出来なかった。
時代錯誤な屋根の建物や、小さなトラス橋。田園の稲穂の様子、何故か横並びのスナックが二軒。寂れたバス停と自販機、校舎は小さいが校庭がやたら広い学校。そして、地域と不釣合いなほどに厳かで立派な神社と、集落の中心にあろう美しい湖。そこに写っていた「ありがちな風景」全てがどこか懐かしく、瀧の目を釘付けにし、心をひどく鷲掴みにした。
瀧はその写真を見た記憶を頼りに、それらの風景をひたすらスケッチに描き殴った。建築の構造などは簡易的にではあるが把握していたため、再現には不自由なかった。湖と建物の位置も、おおよそ頭に浮かんだ通りに描き、ネット上の様々な湖畔の画像と見比べながら地形的な破綻がないか確認もした。九月の後半から十月の頭にかけて、汗だくのまま必死で描き溜めたスケッチはいつしか部屋の壁を埋め尽くす程になり、そろそろ出掛けてみようかという思いも強くなっていった。
高校生が風景巡りなどと言って旅行するのも怪しいかと思えたので、瀧は友人である藤井司に「知り合いに会いに行く」などと嘘をついて、バイトの穴埋めと父親へのアリバイ作りを頼んだのだが、これが失敗だった。東京駅に向かうと、司が奥寺先輩を伴って待ち構えていたのだ。司曰く「美人局が出たらどうする」と心配して来てくれたらしいが、瀧にとっては余計なお世話だった。本格的な山歩きを想定していた瀧に対して司は実にラフな格好をしており、奥寺先輩にいたっては観光地でトレッキングでもするのかという装いで、ますます瀧は肩を落とした。
それでも観光気分のお供二人に感化され、瀧自身も少し浮かれてしまったのかもしれない。それ故に、事実に突き当たった時には地獄に叩き付けられたような感覚すらあった。
瀧は完全に失念していた。その当時から遡ること三年、自分が焦がれた風景は彗星の衝突によって壊滅し、瀧が飛騨を訪れた時には既に、彗星の爪痕たる瓢箪型の湖と数多の瓦礫を残すばかりの土地となっていた。名を「糸守町」と云う。
――ここまで自分が惹き付けられたのは、彗星による災害で失われた町だったからで、景色に見憶えがあったのも、ニュースの映像や写真を見ていたからで……。
意識の辻褄を必死に繋ぎ合わせ、辿り着けるはずだった風景に思いを馳せながら、図書館で三年前の記録を貪るように調べた。自分でもわけがわからない程に気が気ではなかった。何でも良いから糸守町という風景に触れたいと、そう考えていたようにも思う。一時の気の迷いだったのかもしれない。司や先輩と喧嘩でもしたのか、それとも余程ショックだったのか、気付いた時には見知らぬ山に一人で佇んでいた。自分は、一体何をしていたのか。
千二百年に一度、月よりも地球に接近するというティアマト彗星。あの夜のことは憶えている。マンションの屋上に出た時、既にそれは片割れを残して飛び去ろうとしているところだった。青い光から分裂した岩塊は大気との摩擦によって赤熱し、やがて雲を割って地表に吸い込まれていく。その夢の景色のように美しい眺めを、確かに憶えていたはずだった。
幸いなことに、糸守の町民に人的な被害は皆無だったそうである。秋祭りのさなか、偶然にも町をあげての避難訓練を実施していたのだそうだ。
奇跡だとか神の御加護だとか、そういった類の話を瀧はあまり信じる方ではないのだが、被害者がただの一人もいないというのは偶然にしては出来過ぎていると感じた。町長の暗躍だの、誰かの予言だの、嘘か本当かも判断できないようなゴシップが飛び交ったのも記憶に新しい。だからだろうか、どこか作り話を聞くような気分でいたのかもしれない。
ともあれ三年もの間、それだけの大事故を知覚できていなかった。
もし彗星が落ちず、あの写真通りの糸守町の風景を見られたなら、自分はどうしていただろうか。あの風景を自分の一部にしよう、などという高尚な考えはない。だが、今よりは幾分精神的に満たされていたのではないだろうか。あの風景こそが、自分が追い求めているものだったのではないだろうか。自分の心を穿ち、今は無い町に郷愁などという感情を抱かせた元凶はあの彗星そのものだったのではないだろうか。瀧は今でも、そう思っている。
そう思うことで、それ以上の喪失感に押し潰されてしまいそうな自分を守っているということすら知らないまま、そうであって欲しいと祈り続けている。
その祈りのもっと奥深くで、あの夢の景色の遥か彼方にいるはずの誰かを探しながら。