ソードアート・オンライン Dragon Fang《リメイク版》 作:グレイブブレイド
クリスマスイベントボス《背教者ニコラス》が出現する場所を目指すリュウの行く手にいたのは、ビーターと呼ばれている《黒の剣士》という二つ名を持つキリトだった。
「あなたは確か……」
「知っていると思うが一応名乗っておく、俺はキリトだ。君のことは何回か攻略会議で見かけたことがあるから顔は知っている。えっと、確か……君の仲間にリュウって呼ばれていたからリュウでいいんだよな?」
「キャラネームは本当はリュウガですが、ほとんどの人はリュウって呼びますのでどちらでも構いませんよ」
「じゃ、じゃあ、俺もリュウって呼ぶよ……」
自分のことを敵だという眼で見ているリュウに戸惑いながらも、キリトは心を通わせようとする。
「キリトさん、あなたに聞きたいことがあります。あなたもここにいるっていうことは蘇生アイテムを手に入れるためにここに来たんですか?」
「いや、俺がここに来たのはアルゴからお前を止めて欲しいって前から頼まれていたからだ。君は死んだ仲間を、蘇生アイテムを手に入れて生き返らせようとしているんだろ?だけど、それは止めるんだ」
「ビーターと言われたあの時からソロとして生きてきたあなたには、仲間を失うっていうことを知らないからそんなこと言えるんですよね?」
「それは違う!俺はただ……」
「俺はオレンジプレイヤーになっても、アンタを殺してでも蘇生アイテムを手に入れる!そのためにここにいるっ!!」
キリトが言い終える前に、リュウは右腰にある鞘から片手剣を抜き取り、キリトに片手剣を振り下ろしてきた。
キリトは間一髪のところで、回避する。更に、リュウの剣戟が容赦なく襲い掛かってくる。
「止めろ!そんなことをやって何のためになるっ!?」
必死に説得するキリト。だが、リュウは聞く耳も持たず、キリトに襲い掛かってくる。
「俺は誓ったんだ、どんな手段を使ってでも必ずファーランさんとミラを生き返らせると……。俺は……誓った!!」
「それほどの覚悟があるっていうなら、俺も覚悟するしかないのかっ!?」
キリトも覚悟を決め、背中にある鞘から片手剣を抜き取る。
お互いに武器を持って構える。枝に積もった雪が落ちた瞬間、2人は同時に駆け出した。
リュウが放った水平切りを、キリトは片手剣を使って防ぐ。更に数回攻撃してきて、それらも全て先ほどと同様に受け止める。2人の片手剣が激しくぶつかり合い、その度に巨大な火花を散らす。
同じ年頃で使う武器も同じく片手剣のキリトとリュウ。だが、キリトは右利きで筋力値重視、リュウは左利きで素早さ重視と異なるところも存在する。似ているようで似ていない2人。
吹雪が吹き荒れる中での2人の片手剣使いによる戦いは激しさを増すばかりだ。
リュウは容赦なくキリトに剣を振り下ろしてくるが、キリトは一方的に押されて防戦となっている。
レベル、スキル熟練度共にキリトの方が上である。それでも、キリトが攻撃をしないのにはちゃんと理由がある。
――いくら攻撃してくるといっても、リュウのカーソルはグリーンだ。攻撃するわけにも、攻撃を受けてリュウをオレンジにするわけにもいかない。
今2人はデュエルモードで戦っていない。そのため、どちらかが相手を傷つけるとカーソルがグリーンからオレンジになってしまう。キリトはどちらもそうならないようにして戦っている。キリトがリュウを攻撃すればリュウを救うのではなく、傷付けてしまう。逆にリュウが攻撃したら彼はずっと背負っていくことになる。
リュウがソードスキル《ホリゾンタル・スクエア》を発動させるとキリトも《ホリゾンタル・スクエア》を使って迎え撃つ。その後もお互いにソードスキルを使って剣をぶつけ合う。
ある時は、リュウは自分の素早さと鍛え上げた軽業スキルを活かしてキリトを攻撃。それに対し、キリトはカウンターを使って攻撃を防ぐ。
交差する剣戟、飛び散る火花、覚悟を決めた2人の戦いは一切治まる気配はしない。その戦いは、戦国乱世の中で2人の剣士が戦っているようなものだ。
途中、鍔迫り合いとなった時にリュウの口が開く。
「俺は……俺は現実でもこの世界でも大切な人を失った。手を伸ばしても届かなかった俺の腕……。だから俺は欲しかった!何処までも届く俺の腕、力!!」
「リュウ……」
リュウの言葉に戸惑いを隠さないキリト。
その直後、リュウの渾身の一撃がキリトの片手剣を弾き飛ばす。
キリトの片手剣は飛んでいき、雪が降り積もった地面に突き刺さる。
武器を失ったキリトの元に、リュウが剣先を向けて迫って来る。
「これで終わりだ。悪く思うな……」
だけど、剣を持つ左手は震えている。
それを見てキリトはあるものを感じ取った。
――リュウ、君はこんなことして本当は苦しんでいるんだな……。
キリトはメニューウインドウを開いて何かをアイテムをオブジェクト化し、それをリュウに投げ渡す。
「これはっ!?」
「君が欲しがっていた蘇生アイテムだ。コイツを手に入れるのに、知り合いがいる2つの小規模の攻略ギルドと協力して手に入れた。その内の1つは聖竜連合を止めていたから、実際には、俺を含めて6人で手に入れた。君がソロで挑んでいたら間違いなく死んでいただろう。確かめてみろ」
リュウはすぐに蘇生アイテムを調べてみる。名前は《還魂の聖晶石》と表示されていた。その下にはこのアイテムの効果がかかれている。
【このアイテムのポップアップメニューから使用を選ぶか、あるいは手に保持して《蘇生プレイヤー名》を発声する事で、対象プレイヤーが死亡してから、その効果光が完全に消滅するまでの間(およそ10秒間)ならば、対象プレイヤーを蘇生させる事ができます】
「じゅ、10秒……。そんな……」
10秒だとすでに死んでいるファーランとミラを生き返らせることは出来ない。それどころか、リュウは自分がもう大切な人を失いたくないばかりに、他の人を傷つけようと……殺そうとしていたことに気が付く。
「ゴメン。ファーランさん、ミラ。2人のことを生き返らせるどころか、そのために人を殺そうともしていた……。俺はもう……」
リュウは自分の片手剣を握りしめ、自分に突き刺そうとした。
「止めろ――――――っ!!」
キリトが叫ぶ中、リュウに剣が突き刺さろうとする。その直後だった。
リュウの元にアイテムが届いたアラーム音がする。
剣が突き刺さる寸前でリュウはピタリと手を止めた。そして、録音クリスタルをタップすると、彼にとって懐かしい2人の声が流れた。
『『メリークリスマス、リュウ』』
「ファーランさん、ミラ?」
聞こえてきたのはデスゲーム開始から1年間リュウと共に過ごしてきたファーランとミラだった。
『お前がこれを聞いているときには俺たちはもう死んでいるだろう。もしも生きていたらこれは送らないようにしているからな。最初にどうしてこんなものを用意したのかしておくぜ。デスゲームが始まってちょうど1年が経った日、俺とミラは夜明け前に目が覚めて何か嫌な予感がしたんだ。きっと気のせいだろうなって思っていたけど、万が一の時のためにこれを用意することにした』
デスゲームが始まってちょうど1年が経った日、それはファーランとミラが死んだ日だ。
『まずはアタシから話すよ』
ファーランに代わり、ミラの声がする。
『アタシ、リュウに出会って本当によかったと思うよ。リュウは蛇相手には腰を抜かすようなところもあったけど、本当は強いっていうことは知っているから。戦闘の時以外でも、アタシに振り回されてもちゃんと付き合ってくれたり、リュウと一緒に過ごせてとても楽しかったよ。じゃあ、次はファーランからだよ』
再び、ファーランの声がする。
『リュウ。お前と初めて会ったのは《はじまりの街》近くのフィールドだったな。何故、あの時リュウに声をかけたのかって言うと、一目で見た時から剣を使った戦いのセンスに優れている奴だと思ったからなんだ。俺の思った通り、お前はどんどん強くなっていて、いつの間にか俺を追い抜いて、正直嫉妬してしまったこともあるよ。でも、リュウなら俺たちが死んでも絶対に生き残って現実に帰りそうだと思った。だからリュウは生きてくれ。最後に俺たちの本当の名前を教えておくぜ。俺が《ファーラン・ローライト》。デスゲーム開始時は25歳だったから今は26歳かな……』
『そしてアタシが《ミラ・ローライト》。年は……女の子だからあまり言いたくないけど、デスゲーム開始時が13歳で今は14歳だよ。アタシたち、2人とも本名だから覚えやすいでしょ。あと、この記録結晶の他に
『俺たちはSAOをやったことは後悔しない。リュウに出会えたからな。おっと、そろそろ時間のようだな。最後にこれを言っておくぜ』
最後は2人そろって言う。
『『俺(アタシ)たちずっと仲間だぜ(だよ)。ありがとう』』
記録結晶にあったメッセージはここで終わった。
リュウはミラに言われた通り、アイテムウインドウを再び開いて2人から送られてきた物をオブジェクト化する。それは前のクエストで手に入れた《王のメダル》。3人の仲間の証を意味するものだった。
「ファーランさん、ミラ……」
リュウはこれを見ると、彼の眼からは涙が流れ出る。
キリトはリュウが泣き止むまでずっとここにいた。
リュウが泣き止んだ頃には、すっかり吹雪はおさまっていた。そして、リュウはキリトにあることを聞いてみた。
「キリトさん、もう1つ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「何だ?」
「どうしてそこまでして俺を……。蘇生アイテムのことなら初めに渡して見せれば済むはずなのに……」
「あそこまで覚悟を決めた君を止めるには話し合っても無理そうだったから、剣と剣で交えることで君の怒りと悲しみを沈めさせてあげるにはこれがいいかなと思ったんだ。流石にちょっと危なかったけど……。あとは、なんか君がちょっと前の俺みたいだったからだな……」
ちょっと前の俺みたいだった?これはどういうことなのかとリュウは思った。
やがて、キリトはぽつりぽつり話し始めた。
「リアルの話になるけど、実は俺の家族は本当の家族じゃないんだ。俺が生まれて間もない時に本当の両親は死んで、母親の妹さんの家が俺を引き取ってくれた。それまで両親や妹は本当の家族だなって思っていたけど、本当の家族じゃないってわかった時から家族と距離を取るようになってな。でも、妹は俺が本当の兄じゃないってことは知らないんだ……」
更に、キリトの話はリアルのことから、この世界のことになる。
「そこからは途中まで君が知っている通りだ。あの時から俺はビーターとしてソロで生きてきた。そんな時に、偶然助けた5人の中層ギルドと親しくなって、ギルドに入らないかって誘われたんだ。そのギルドの皆は俺よりかなりレベルが低かったけど、そのギルドのアットホームな雰囲気の中にいたくて、本当のレベルを偽って入った」
リュウはキリトがソロで活動していたことは知っていたが、中層ギルドに入っていたことは初耳なことで、それに驚く。その間にもキリトの話は続く。
「でもある日、俺がレベルを偽っていたせいでトラップがあることを説得できなくて、皆を危険な目に合わせてしまったんだ。皆は運よく助かったけど、俺のせいでこんなことになったことに負い目を感じて、逃げるようにギルドから抜けた。それから誰とも関わらずに1人で生きようと無茶なレベル上げばかりするようになったよ。だけど、それから数ヶ月後に、そのギルドの皆と再会して彼らの温かさに触れて救われたんだ」
キリトが話し終わった後、しばし沈黙する。そして、リュウの口が開いた。
「キリトさん……すいませんでした……。俺、キリトさんの事情も知らないでいきなり剣を向けたりして……」
「過ぎたことだから気にするな。戦ってみて思ったけど、リュウ……君は強い。だから君の力はこのゲームをクリアするのに必要なんだ」
「でも、今の俺にそんなことする資格なんか……」
「何言っているんだ。これから先、どれだけ長く歩くのかわかっているのか?それに比べたら、俺に剣を向けたことなんて大したことないって……。俺、リュウが最前線に戻って来ることを信じている。今度は前線で会って、一緒に戦おう……」
そう言い残して、キリトはこの場から去っていく。
数日後にはリュウからはファーランとミラが死んでからの雰囲気はなくなり、2人が死ぬ前の雰囲気に戻った。そして、彼はある決意に満ちたような表情をしていた
今回のリュウ君とキリトの戦いはリュウ君が勝ったように見えますが、実際のところ勝敗は付いていないと言うことで引き分けとなっています。
録音クリスタルが届いたところは原作のサチのところみたいになってしまいましたが……。
あの《王のメダル》は一応、ゲーム版の方でリュウ君のピンチを救ってくれるものとなる予定です。もしかするとそれ以前に早めたり、フェアリィ・ダンス編の方でもやるかもしれません。
次回でアインクラッド編の第1部は終了となる予定です。外伝を入れるとやっと3分の1というところですが。