ソードアート・オンライン Dragon Fang《リメイク版》 作:グレイブブレイド
再構成版からリメイク版に名前を変更しました。
今回から2話はザック編となります。
血みどろと化した《ラフィン・コフィン討伐戦》から1週間が経過した。攻略組もようやく本格的に迷宮区の攻略を再開し、前と同じように攻略が進められている。俺も今日はキリさんと一緒に迷宮区に行くつもりだったが、今は《ナイツオブバロン》のギルドホームへと急いで向かっている。
何故かというと先ほどカイトさんからザックさんがいなくなったとメッセージが届いたからだ。
《ナイツオブバロン》のギルドホームの前には赤いアクセントカラーの黒いロングコートに身を纏ったカイトさんと見覚えがある人物がいた。
「「カイト(さん)!!」
「リュウ、キリト。来てくれたか!」
「大変なんです!リュウ、キリトさん!師匠がっ!」
「ああ、大体のことはカイトさんから聞いたから知っている。だから、落ち着けっ!」
カイトさんと一緒にいたのは前に俺とキリさんが知り合った小柄で中性的な顔立ちが特徴の少年……オトヤだった。実はオトヤはザックさんとは師弟関係で、カイトさんとも顔見知りだったと聞いている。オトヤもカイトさんからメッセージが届いて、ここに来たらしい。
カイトさんは俺たちに今回のことを詳しく話してくれた。
今朝、カイトさんがザックさんの部屋に行ってみたらザックさんがいなくなって『探さないでくれ』という書置きと彼が愛用している槍が置いてあることに気付いたことから、今回の騒動が始まった。ザックさんにメッセージを送ろうとしたが、フレンド登録が解除されていたため送信することが不可能。そして、《追跡》のスキルを使って探そうとしたが、それも不可能とのことだ。試しにキリさんも《追跡》のスキルを使ってみたが、結果はカイトさんと同じとなった。
エギルさんが黒鉄宮にある生命の碑を確認しに行ったところ、ザックさんのところに二重線は引かれてなく、まだ生きているということがわかっている。
「今はクラインたち《風林火山》がこの層の迷宮区に探しに行って、アスナにも連絡して捜索を要請できないか頼んだところだ」
「ザックの奴、どこに行ったんだ。カイト、ザックが行きそうなところは何処か知っているか?」
「ああ。お前たち3人が来る前にアイツが行きそうなところを全て探してみたが、いなかった。一応、そこにいたプレイヤーにも聞いてみたが、ザックを見かけたという奴は1人もいなかった」
完全にザックさんの居所の手がかりが一切ない状況か。
「恐らく、《ラフィン・コフィン討伐戦》の時にラフコフのプレイヤーを殺害したことを気にしているんだろう。一昨日の夜、ザックの部屋に行ってみたら、アイツ、『オレは人殺しだ』と言って泣いているのを聞いたんだよ。その次の日の朝にそのことを聞いてみたが、『何でもない。気のせいだろ』の一言しかなく、部屋に閉じこもって何も話してくれなかった」
「僕、信じられないよ。あの師匠がこんなことになってしまうなんて……」
「オトヤ……」
涙を流しているオトヤの右肩にそっと左手を置く。
「俺があの時、襲いかかってきたラフコフのプレイヤーに気付いていれば、アイツは人殺しになることはなかった。それに、俺に何か一言言ってくれてもよかっただろ……。俺はそんなに頼りにならないっていうのか……」
カイトさんは悔しそうにしてそう言うと、壁に拳を叩きつける。すると、そこに【Immortal Object】と書かれている紫色の障壁が表示される。
カイトさんは、ザックさんとは付き合いが長く、彼のことをこの世界にいる誰よりもよく知っている。オトヤもザックさんのことを師匠として慕っている。2人がこんなことになってしまっても無理はないだろう。
俺とキリさんもザックさんがこうなってしまったことが信じられなかった。カイトさんほどではないが、ザックさんはどういう風な人なのかは俺たちもよく知っている。
ザックさんは明るくてフレンドリーな性格の持ち主で、誰とでもすぐに仲良くなるクラスの中心にいるような人だ。実際に俺もすぐにザックさんとはすぐに仲良くなって、会ったときには彼は気軽に声をかけてきてくれた。キリさんもベータテスター時代からの付き合いで、《ビーター》と呼ばれて多くのプレイヤーから嫌われていた時もザックさんは数少ない他の人と変わらず接してくれたいい奴だと言っていた。
そんな人がここまでになるまで心に傷を負ったとなるとかなりのものだろう。
人の心の傷は癒えるものではない。そのことは、俺も身を持って経験したからそう思える。これは最終的には自分自身の力で乗り越えなければならないことだが、そのためには仲間の存在が必要だ。
だから、このまま何もしないわけにはいかない。
「だったら早くザックさんを探しましょう。カイトさんはザックさんの相棒ですよね。相棒や仲間……プレイヤーは助け合いじゃないんですか」
カイトさんにそう言うとオトヤの方も見る。
「オトヤだってザックさんに元気になってもらいたいだろう。だから早くザックさんを探そうぜ」
「リュウ……。そうだよね。僕、師匠に元気になってもらいたいよ。僕が今こうしていられるのは師匠のおかげだから。今度は僕が師匠を助けてあげる番だ」
「ああ、そうだな。今までアイツがいたから俺はここまで頑張ってこれた。相棒としても《ナイツオブバロン》のサブリーダーとしてもな。アイツがどんな罪を背負っていても俺が支えてやる」
意を決した2人を見た俺とキリさんは一安心する。そして、キリさんは真剣な顔をすると口を開いた。
「だったら早く手分けして探そうぜ」
俺とカイトさん、オトヤは頷く。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「これからどうすればいいのか……」
逃げるように《ナイツオブバロン》のギルドホームからこっそり抜け出したオレは、第48層のリンダースに来ていた。街を囲む城壁の手前にある一本の大きな木の陰に隠れるように座っている。ここならプレイヤーもほとんど来ないから、見つかることはほとんどないだろう。
そう思った時だった。
「あれ?もしかしてザック?」
聞き覚えのある少女の声。顔を上げて声が聞こえた方を見てみると、赤いパフスリーブの上着に、同色のフレアスカート。上から純白のエプロン、胸元には赤いリボンというようにウェイトレスに近い服装だ。そして、髪型はベビーピンクのふわふわしたショートヘア。
「リズ……」
「また会えたね」
彼女はリズという愛称で親しまれている鍛冶師のリズベット。
「こんなところで何やっているんだ。リズベット武具店の方はいいのか?」
「今日は店はお休み。いくら仮想世界でも休みなしで働くなんて無茶よ。それで気晴らしにこの街を散歩してたらあんたを見かけたのよ」
「そうか……」
「ザックこそ、こんなところで何やっているのよ。攻略サボってここに来ているの?それともあんたが前に言っていたギルドのリーダーとケンカでもしたの?」
「…………」
からかうようにニヤニヤして聞いてくるリズ。だけど、オレは無言だった。普段のオレなら「そんなわけないだろ」とか「サボったらカイトに怒られるからな」と呆れながらも笑って答えていただろう。
オレの様子がいつもと違うことに気が付いたリズは申し訳なさそうな顔をする。
「あ、もしかして気に障ることでも言っちゃた?ゴ、ゴメン、そんなつもりじゃ……」
「別に謝らなくてもいいぜ。ここにいるのは攻略に行くのが嫌で、カイトと顔を会いにくいしな……」
「カイト?あ、前に言っていたギルドのリーダーのことね。ねえ、よかったらこの後、店に来ない?休みだけど、あの槍のメンテナンスでもやってあげようかなって。ザックなら喜んで歓迎するわよ」
「いや、止めておく。それに、オレにはもうあの槍を持つ資格なんてないからな……」
「ねえ、本当にどうかしたの?今日のザック、この前と様子がおかしいわよ」
「何でもない……」
「そんなわけないでしょ。何かに思い詰めているような顔もしているし。あたしでよければ話でも聞いてあげるわよ。アンタが話すのが嫌だったら別に話さなくてもいいし」
ぐいぐいと攻めてくるリズ。ここで無理に振り切って逃げるという方法もあるが、リズは会う度にしつこく聞いてくるに違いない。もう隠しても仕方がないことだと思い、正直に話すことにした。
「リズは一週間前にあの殺人ギルド、ラフコフ……《ラフィン・コフィン》が壊滅したのは知っているよな?」
「知っているわよ。情報屋が配布している新聞にも大きく取り上げていたから、知らないプレイヤーなんていないわよ。でも、アスナやキリト、リュウはそのことに関して一切教えてくれなかったけど……」
あの時のことはアスナたちも話してないか。あの戦いは誰もが思い出したくないことだからな。
「オレとカイトはラフコフを壊滅させるために討伐隊に志願して、《ラフィン・コフィン討伐戦》に参加したんだ」
「『オレとカイト』ってザックたちってギルドのリーダーとサブリーダーを務めているよね。他のメンバーは参加しなかったの?」
「参加してない。というか、オレとカイト以外の3人は死んだ。それもラフコフの幹部のザザとジョニー・ブラックによって殺されてな……」
そのことにリズはとても驚く。それでもオレは話を終えようとはしなかった。
「オレもカイトもラフコフを壊滅させるというのもあったが、死んだ仲間の無念を晴らすためにも《ラフィン・コフィン討伐戦》に参加した。だが、討伐隊の情報が奴らに漏れていて、混戦になったんだ。その戦いで討伐隊、ラフコフの両方から死者が出た。オレもカイトを守るために1人のラフコフのプレイヤーを殺した……」
ここから先のことはカイトにも話してないことになる。リズは黙って聞いてくれている。
「そして、仲間を殺したジョニー・ブラックと遭遇して奴と戦った。戦いの最中、アイツはオレに『お前もオレと同じ人殺しになったな』と言ってきた。これを聞いてオレはラフコフのプレイヤーとはいえ、人を殺したことに気が付いたんだ。この隙にジョニー・ブラックの毒ナイフを喰らって逃げられ、それからまともに戦うことができなくなって……」
《ラフィン・コフィン討伐戦》以降、オレは毎晩悪夢にうなされ、今までずっと使ってきた槍でさえ、持てなくなった。殺しはしないと言っておきながら、人の命を奪ってしまった。
リズは俯いていて何も話しかけて来なかった。無理もない、目の前にいる奴はプレイヤーを殺したような奴だからな。
立ち上がってこの場から去ろうとする前にリズに言う。
「リズが作ったあの槍は《ラフィン・コフィン討伐戦》では使わなかったから安心しろ。お前が作った槍は人殺しなんかに使うようなものじゃないからな……。もう二度と会うことはないだろう……。じゃあ……」
これから先、オレはゲームがクリアされるまでずっと何処か人目に付きにくい安い宿屋に閉じこもっていることになるだろう。人殺しになって、戦えなくなったオレは役立たず同然だからな。
すると、リズがオレのジャケットを掴み、引き止めた。
「ザック、アンタはあたしが作った槍を人殺しに使わなかったんだわよね?」
「あ、ああ……」
「それに話を聞く限り、ザックがあんなことしたのはカイトを守るためにしたことなんでしょ」
「だけど、オレもラフコフの奴らと同様に人殺しになって、カイトや死んだ仲間たちを裏切ったようなものなんだぜ!」
「違うでしょ!ザックは人殺しなんかじゃないに決まっているじゃない!カイトたちのことだって裏切っていないでしょっ!」
リズの叫びに驚いて彼女を見る。いつもと違って今のリズの表情は武器を作っている時と同様に真剣なものだった。
「ザックはあたしが作った槍を人殺しに使わなかった。それに、前にアンタがあたしの店に初めて来た時にこんなこと言ってくれたじゃない」
『リズが作った槍はオレが今まで見てきた中で最高のものだと思うぜ。所詮、仮想世界のデータの一部かもしれないけど、オレたちの命を守っているものでもあるんだ。だから、リズは自分が鍛冶師だっていうことを誇りに思ってもいいんじゃないのか?』
確かにリズの店に初めて行った時にこんなこと言ったな。それをリズはハッキリと覚えていたのかよ。
「それを言われたときは凄く嬉しかった。今までずっとこの世界にあるもの全て、所詮は仮想世界のデータの一部だって思っていたけど、ザックは今あたしたちが生きているのはこの世界だと教えてくれた。だから、あたしはそれから今まで以上に頑張れたのよ。あたしにはそんな奴がとても人殺しや仲間を裏切った奴には見えないわ。カイトたちだって絶対にそう思っているわよ」
「リズ……」
眼からこぼれ落ちる涙の粒をジャケットの袖で拭く。『人殺しじゃない』、『カイトたちのことを裏切っていない』というリズの言葉が嬉しかった。
正直、まだ心のどこかで迷いがあって完全な状態ではなかった。なんとか笑みを作ってリズの方を見る。
「ありがとな……リズ。少し気が楽になった。だけどまだ……」
「そんなの時間がかかったっていいじゃない。あたしはザックが立ち直るのを待っているから。気が向いた時らまたあたしの店に来て」
「そうさせてもらうぜ……」
「じゃあ、フレンド登録しようか。来てくれたのに忙しくて相手できないっていうのも悪いし」
「ああ」
まさか慰めてもらうだけでなく、フレンド登録もすることになるとは。そういえば、見つからないようにするためにカイトたちのフレンド登録消したんだよな。後で謝ってまた登録するか。
フレンド登録を終えた後、リズと別れて《ナイツオブバロン》のギルドホームに戻ることにした。何故だか、リズは張り切って何処かへと行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あの時以来、初めてザックに会えたと思ったら、この間にザックにそんなことがあったなんて思ってもいなかった。
あたしはアスナのように強くないから最前線でザックと一緒に戦うことはできない。だから、あたしができることをしよう。
あの槍と同等……それ以上のものを作ろうと決心してフィールドへと出る。空は夕日に染まり、あと1時間もしないうちに日は完全に沈むだろう。前にザックと出会ったダンジョンは夜になると難易度があるところだったため、今向かっているのは夜でも比較的安全なところである。
辺りにはプレイヤーもモンスターもいなく、いるのはあたしだけだ。その中を進んでいる時だった。
突如、右肩に何かが突き刺さる感覚が伝わったと思ったら身体が動けなくなって倒れてしまう。そして子供みたいに楽しそうに喋り方をしてくる男の声がする。
「ワーン、ダウーン」
「いいんスか?せっかくカルマ回復してグリーンに戻ったのにまたオレンジになって」
「いいんだよ。アイツをおびき出すにも十分に役立ってくれるし、面白そうだろ」
「確かに。オレもそろそろ、こそこそしているのにも飽きていたところなんですよ」
別の男の声もして、何か会話をしている。相手は2人、それともそれ以上いるの……。相手の顔を見ようとするが、意識を失ってしまう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
リズと別れてから30分近くが経った。あの場所から移動し、今は《ナイツオブバロン》のギルドホームがある第57層のマーテンに戻って来たが、何だか帰りにくかった。
「どうやって帰ればいいのか。絶対にカイトの奴、怒っているだろうなぁ。勝手にフレンド登録していなくなったと思ったら、帰ってきて……。家出ってこういうものなんだな……」
今まで現実世界でもオレは家出というものはしたことはなかった。仮に家出をした場合、刑事である親父にすぐに見つかってしまっていただろう。
広場にあるベンチに腰掛け、そんなくだらないことを考えていた。
「師匠!」
聞き覚えのある声、それにオレのことをそう呼ぶのは1人しかいない。
「オトヤ」
オトヤは走ってこっちにやって来た。
「よかった、見つかって。皆さん心配してましたよ」
「そうか。なんかオトヤたちに迷惑かけてしまって悪いな……」
微笑んでオトヤの頭に右手を置く。すると、オトヤは安心したかのように笑みを見せる。
「あ、これ……師匠、お腹空いていると思って買ってきたんです。流石にカイトさんが作ったご飯には負けますけど、NPCが売っているものの中では美味しいものですよ。あと水もどうぞ」
オトヤが渡してきたのはホットドックに似た食べ物とNPCの店で売っている水だった。
「オトヤ、ありがとな」
これでも食べたらギルドホームに戻ろうかと思った時だった。
オレの元にアイテムが届いたアラーム音がする。
送り主はリズからだ。メニューウインドウを開いて確認してみると送られてきたのは1つの映像クリスタルだった。それをタップして映し出された映像を見た瞬間、オレたちは目を疑った。
映像に映っていたのは、この前の討伐戦で逃亡して行方をわからなかったラフコフの幹部のジョニー・ブラックとラフコフの傘下ギルドの1つ《ブラックバロン》のリーダーのシュラ、そして縄で縛られて掴まっているリズだった。リズはジョニー・ブラックによって首元にナイフを付きつけられ、目に涙を浮かべている。
『ザック、女を返して欲しかったら1人で来い。この前の続きをしようぜ』
『場所はお前の仲間が殺されたところだ。早く来いよ』
ジョニー・ブラックとシュラが言い終わったところで映像は終わる。
「今映っていたのってラフコフのジョニー・ブラックですよね。ラフコフって壊滅したはずじゃ……」
「残党がいたんだ。まさかこんなことになるとは……。アイツら、卑怯なマネを……」
怒りを一旦抑え、オトヤの方を見る。
「オトヤ、お前に頼みたいことが頼みたいことがある」
オトヤにあることを伝えると、オトヤは「わかりました」と頷く。そして、オレはジョニー・ブラックたちが行ったところへと1人で向かう。
「リズ……」
リズとは出会ってまだそんなに多く関わっていない。それでもリズは、ラフコフのプレイヤーを殺して戦えなくなって何もかも放棄しようとしていたオレを立ち直させるきっかけをくれた。オレはリズの明るい性格と優しさに救われた。だから絶対に助ける!
前の方はルクスのように新生ALOでザックが立ち直るという展開でしたが、リメイク版ではSAOで立ち直るという展開にしました。そうしないとゲーム版の展開にしたときに大変ですので。
今回はリズに色々と頑張ってもらいました。ザック編は仮面ライダーのある話をベースとしているので、話の最後の方で捕まってしまいましたが。