ソードアート・オンライン Dragon Fang《リメイク版》 作:グレイブブレイド
前回、読者の中でリュウ君のイメージソングはどんなものなのかという質問を頂きました。一応リュウ君のイメージソングはアインクラッド編では「Wish in the dark」、フェアリィ・ダンス編からは「Regret nothing~Tighten Up~」となっています。
無駄話が長くなってしまいましたが、今回の話になります。
リーファに連れられてやってきたのは《すずらん亭》という小さな酒場兼宿屋だった。店内には俺たち以外にプレイヤーは1人もいなく、そこにある奥まった窓際の席に腰を下ろす。
俺はチョコレートケーキ、キリさんは木の実のタルト、リーファはフルーツババロア、飲み物にハーブワインのボトルを1本頼んだ。ちなみにユイちゃんがチーズクッキーをオーダーしたことに俺とリーファは少々驚いてしまった。
「そういえば、さっきのグリドン……じゃなくてレコンっていう子ってリーファの彼氏?」
「恋人さんなんですか?」
頼んだものが来るものを待っている間、キリさんとユイちゃんがそんなことを言ってきた。ていうかキリさん、レコンのことをどうやったらグリドンと間違えるんだよ。あと、女の子にそう言うことはストレートに聞くようなものじゃないような気がするんだけど……。アスナさんがここにいたら絶対に怒られていただろう。
「ち、違うわよ!ただのパーティーメンバーで、リアルでは学校のクラスメイトなの!」
当然、リーファは顔を少し赤く染めて慌てて否定する。
これを見ていた俺は話題を変えようとリーファに話しかける。
「でも、学校のクラスメイトとVRMMO やっているのっていいな。俺の周りには普通のゲームをやっている人しかいなかったからさ」
「そうでもないよ。宿題のこと思い出しちゃったりとか、色々弊害もあるよ」
「そっか、なるほどな」
そんな会話を交わしているとNPC のウェイトレスがやってきて頼んだものをテーブルに並べる。
「それじゃあ、改めて助けてくれてありがとう」
3人で飲み物が入ったグラスを合わせる。
「それにしても、あの赤い奴らえらい好戦的な連中だったな」
「確かに。俺なんか同じインプにこの前倒されたからって逆恨みで狙われたんですよ」
「そいつはかなり酷いな。ああいう集団PKってよくあるのか?」
「元々サラマンダーとシルフは仲悪いのよ。インプもシルフほどじゃないけどサラマンダーとはあまり仲がよくないはずだよ。シルフ領とインプ領はサラマンダー領と隣り合っているから中立域の狩場じゃよく出くわすしね。でもああいう組織的なPK が出るようになったのは最近だよ。きっと、近いうちに世界樹攻略を狙ってるんじゃないかな?」
リーファの話に出てきた世界樹という単語にキリさんは一気に食らいつく。
「その世界樹について教えてほしいんだ。俺たち、どうしても世界樹の上に行きたいんだよ」
「それは多分、全プレイヤーがそう思ってるよ。っていうか、それがこのALO……ゲームの《グランド・クエスト》なのよ」
「世界樹の上に行くのがグランド・クエスト?」
俺がふと口に出したことにリーファが答える。
「滞空制限があるのは知ってるでしょ?どんな種族でも、連続して飛べるのはせいぜい10分が限界なの。でも、世界樹の上にある空中都市に最初に到達して《妖精王オベイロン》に謁見した種族は全員《アルフ》っていう高位種族に生まれ変われる。そうなれば、滞空制限なしに自由に空を飛ぶことができるようになるんだよ」
「それならこのゲームのグランド・クエストって言ってもいいやつだな。滞空制限がある中、無制限で飛べるなんてこの世界の最強の力を手に入れるようなものだからな」
「この世界の最強の力……そう言ってもいいくらいよね」
「ところで世界樹の上に行く方法ってのは何なんだ?」
キリさんはアルフに転生するということには一切興味がなさそうにし、世界樹の上に行く方法だけに興味を示している。
「世界樹の内側……根元が大きなドームになっていてそこから空中都市に行けるんだけど、ドームを守ってるNPCガーディアン軍団がすごい強さなのよ。オープンしてから1年経つのにクリア出来ないクエストってありだと思う?」
「思ってた以上に世界樹の上に行くのは大変なことなんだ……」
「そうだな。俺なんか簡単にいけるもんだと思っていたよ」
「実はね、去年の秋頃、大手のALO 情報サイトが署名集めて、レクトプログレスにバランス改善要求出したんだけど、『当ゲームは適切なバランスのもとに運営されている』とか解答されたから、攻略方法を探しているんだよ。最初に到達した種族しかクリアできないから他種族と協力するのはまず無理だからね。だから、今はキークエストがないか探しているんだ。最近聞いた話だと《オーバーロード》が何か関係があるんじゃないかって言われてるの」
「オーバーロード?」
ショコラケーキを食べていた手を止め、リーファの方を見る。
「オーバーロードは、今度のアップロードで新たに登場するモンスターのことだよ。今分かっているのは、とにかくもの凄く強い言語を話す人型モンスター。そして世界樹攻略の鍵を握っているかもっていうことだけかな。まあ、後の方は今までもアップロードがある度にこういう噂はあったけど、全てデマだったんだよね」
ゲームは発売されたり、アップロードされる前は色々な予測がされるものだって、
「つまり、世界樹の上に行くのは今の段階で不可能ってことか……。でも、そうなるとなんか諦め切れないな……」
「あたしもそう思うよ。でも、いったん飛ぶことの楽しさを知っちゃうと何年かかっても……」
「それじゃ遅すぎるんだ!!」
俺とリーファが話しているとキリさんが叫んだ。
「パパ……」
ユイちゃんは心配し、キリさんの肩に座った。
「キリさん、急がないといけない気持ちはわかるけど、ここで怒鳴ってもどうにもなりませんよ」
俺の言葉にキリさんは冷静さを取り戻す。
「そうだったな、ゴメン。だけど俺、どうしても世界樹の上に行かなきゃいけないんだ。詳しいことは言えないが、人を探してるんだ。ありがとう、リーファ。色々教えてもらって助かったよ。俺たちはもう行くから」
キリさんはそう言って店を出ようとする。
俺もあとを追おうとするが、その前にリーファに声をかける。
「これはキリさんにとって大事なことなんだ。俺や君がなんと言おうとあの人は行くつもりだよ。だけど、俺もキリさんを世界樹の上にどうしても行かせてあげたいんだ。色々とありがとう、じゃあ」
そう言い残してキリさんのあとを追うようにして行く。すると、リーファは俺たちの腕を掴んだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ。世界樹に行く気なの?無茶だよ、ここから世界樹までものすごく遠いし、途中で強いモンスターもいっぱい出るんだよ」
「それでも俺たちは行く」
思った通り、キリさんに何を言っても無駄のようだな。世界樹まで行くのに覚悟を決めた方がよさそうだ。
そう思った時だった。
「じゃあ、あたしが連れていってあげるよっ!!」
リーファの言葉にキリさんが反論する。
「いや、でも、会ったばかりの人にそこまで世話になる訳には……」
「いいの!もう決めたの!それに君たち、世界樹までの道は知っているの!?」
リーファの言うとおり、俺たちは世界樹までの道は知らない。それ以前にこの世界については全く知らないから詳しい人がいたほうが心強い。それに、キリさんと同様にリーファにも何を言っても無駄な気がする。
「そこまで言うんだったら俺は構わないよ。キリさんはどうなんですか?俺はリーファがいてくれた方がいいと思いますが」
「まあ、リュウがそう言うなら構わないぜ」
半ば強引だけど、リーファも俺たちと一緒に世界樹を目指すことになった。まあ、正直言うとリーファがそう言ってくれて助かった。俺1人じゃキリさんのストッパー役をやるのは大変な気がするからな。
「あの、明日も入れる?」
「俺は特に問題はないよ」
「俺もリュウと同意見だ」
「なら、午後3時にここでね。あたしもう落ちなきゃいけないから。ログアウトには上の宿屋を使ってね。じゃあ、また明日ね」
そう言ってリーファはログアウトしようとする。
「あ、リーファ!」
ログアウトしようとするリーファを呼びとめる。
「リーファが一緒について行ってくれるって言ってくれて助かったよ。ありがとう」
リーファは微笑んでこくりと一回頷くとログアウトした。そして、この場には俺とキリさんとユイちゃんだけになった。
「どうしたんだろう彼女」
キリさんがそう呟くと、俺とユイちゃんが答えた。
「さあ。俺にもわかりませんね」
「今のわたしにもメンタルモニター機能がありませんから。でも、浮気しちゃダメですよパパ」
「しないって!」
慌てて否定するキリさん。ユイちゃんはしっかりした子だなと思い、俺は笑ってしまう。
「でも、リーファには俺よりもリュウの方が気があるんじゃないのか?リーファがついて行くことにすぐに賛成したしさ。あのレコンっていうプレイヤーに睨まれても仕方がないと思うぜ」
「何言っているんですか!それにレコンに睨まれたのはキリさんのせいじゃないですか!」
「いやぁ、あれはなんか面白そうだなと思って……」
ハハハハと笑い出すキリさん。この調子でこれから先、大丈夫なんだろうか。
でも、何故だかリーファとはもっと一緒にいて話したいと思った。どうしてそんな風に思ったんだろう。
「リュウさん、どうかしたんですか?」
考え込んでいるとユイちゃんが話しかけてきた。
「いや、何でもないよ」
そう言えば、ユイちゃんって何者なんだ。リーファはプライベート・ピクシーだとか言っていたけど、表情が豊かだし、さっきだってクッキーをオーダーしてたな……。
「あの、キリさん。ユイちゃんっていったい……」
「ああ、後で説明するって言っててまだ説明してなかったな。聞かれるとちょっとマズイから上の宿屋で話すよ」
上の宿屋に着くとキリさんはユイちゃんのことを簡単に話してくれた。
ユイちゃんはキリさんとアスナさんがSAOで出会った子供で、2人のことをパパとママと呼んで本当の親のように慕い、キリさんとアスナさんもユイちゃんのことを本当の子供の用に可愛がっていた。そんな可愛らしいユイちゃんの正体はプレイヤーの精神的ケアを行う役割を持つAI、《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》のMHCP試作一号というものらしい。強力なボスモンスターからキリさんたちを助けた結果、システムに削除されそうになったが、キリさんが間一髪のところで助けたことで消えずに済んだ。ALOでは《ナビゲーション・ピクシー》という役割を持つらしい。
そして、ユイちゃんがALOで復活できたのはSAOのキリさんのデータが引き継がれたからだと聞いた。ALOはSAOのサーバーをコピーしたものらしく、それで俺やキリさんのSAOでのキャラデータが引き継がれたのだという。
スキルデータに初期キャラでどうしてあのサラマンダーたちを倒すことができたのかと納得できた。
「まあ、アイテムはユイのデータが保存されたものしか残ってなかったけどな……」
「俺もこれしか残りませんでしたね……」
胸ポケットから《王のメダル》を取り出し、キリさんたちに見せる。
「これって確か前に言っていたリュウの仲間たちとの……」
「はい。でも、これだけでも残ってくれてよかったですよ。ファーランさんとミラとの思い出が詰まったものですから……。何かお守り代わりにもなると思いますし」
「つまり、この3枚のメダルはリュウさんにとって大切なものなんですね」
「そうだね」
笑みを見せ、《王のメダル》を胸ポケットに戻す。
「じゃあ、これ以上キリさんとユイちゃんの親子水入らずの時間を邪魔するわけにはいかないので俺はこの辺りで失礼しますね」
「なんか気使わせちゃって悪いな。じゃあ、また明日」
「おやすみなさいです、リュウさん」
2人に手を振って部屋から出て、隣の部屋に向かう。そして、ベッドに腰掛け、胸ポケットから再び《王のメダル》を取り出す。
これが残ったのは、ファーランさんとミラが、俺がSAOでの戦いが本当に終わせるのを見届けようとしているからに違いない。
SAOが真のエンディングを迎えて、その後に俺の眼にはどんな世界が映るのだろう……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ログアウトしてからずっと先ほどALOで知り合った2人の少年のことを考えていた。
「なんかあの2人には初めて会った気がしなかったなぁ……」
話してみたところ2人ともあたしとあまり年の差はないだろう。
スプリガンのキリトというプレイヤーは、何かお兄ちゃんに似ている気がする人だった。実際に話してみるとなんかお兄ちゃんと話しているようだなと何回も思うほどだった。本当はお兄ちゃんにもこのことを教えたかったが、お兄ちゃんのSAO事件はまだ終わっていない。このことは全て終わってから話そうと決めている。
それ以上に気になったのは、インプのリュウガというプレイヤーの方だった。彼は小学校の頃に通っていた道場で仲良くなったある男の子と名前と雰囲気が似ていた。そのため、思わず彼のことをいきなり『リュウ君』と呼んでしまった。でも、当の本人は嫌がる様子も見せなかったため、そう呼ぶこととなった。
実はその男の子には昔から想いを寄せており、5年経った今でもその想いは失われずにいた。彼とは小学校を卒業したのを最後に3年間一度も会っていないにも関わらずにもだ。でも、いつかこの想いは消えてしまうのではないかそう思っていた。
――ね、がんばろうよ……。好きになった人のこと、そんな簡単に諦めちゃダメだよ……。
昨夜のお兄ちゃんはアスナさんのことで何かあって、眼からはハイライトが失って絶望に満ちた顔をしていた。あたしはそんなお兄ちゃんを見てはいられなくなって、お兄ちゃんを慰めようとあんなことを言った。
あれは、彼のことを忘れられずに5年間もずっと想いを寄せ続けているあたし自身のことをも表していると言ってもいいだろう。あたしの想いは届く可能性は低いというのに……。
そう思っていた時、あたしに転機が訪れた。
転機が訪れたのは数日前のことだ。
お兄ちゃんが経過観察を終えて病院から帰ってきた時、あたしにSAOで知り合った友達と偶然会ったと教えてくれた。驚くことに、その友達だという人はあたしが5年間ずっと想いを寄せている彼だった。あたしは当然喜び、お兄ちゃんに彼に会える日があったら会わせてとお願いもした。
もしも彼と会えたら、実際に会うのは3年ぶりになる。
「リュウ君、どうしているかな……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
何処の世界に存在するのかわからない研究施設のような場所。ここにあるイスに1人の男が座っていた。男は金髪に金色の瞳を持ち、緑色の服と鎧を身に纏っている。そして背中には薄い緑色の蝶の翅みたいなものが生えている。
その男の元に何者かが近づいてきた。近づいてきたのは長い金色の髪をした長身の男だ。額には白銀の円冠、緑色のトーガに身を包み、顔は造り物としか言い様がないほど端正なものとなっている。この男にも元々ここにいた男と同じような翅が生えている。
2人は髪型や瞳の色、服装など異なるところがいくつもあるが、何処か似たような雰囲気を持っている。
「またいつものところに行っていたのか」
「まあね。僕は《妖精王オベイロン》、彼女は《女王ティターニア》。王が女王に会いに行くのは当たり前じゃないか、《パック》」
元々ここにいた男は《パック》、そして後からここに来た男は《妖精王オベイロン》というようだ。
「君はこんなところで何をやっていたんだ?」
「ちょっと妙なことが起こってな。私がちょっと目を離した隙に、適合者がいなくてこの中に保管していたメダルがなくなっていたんだよ」
パックがオベイロンに見せたのは直径10センチ程の石造りの円盤。その円盤にはメダルをはめ込んでおけるところが3つある。しかし、メダルは1枚もはめ込まれていない。
「まさか彼がやったんじゃないのか?」
「それはないな。アイツはここのことなんて知らないし、第一目を離したのはほんの1、2分ほどだ。もしもアイツだったら、ここに閉じ込めて私のおもちゃにしてやるよ。もちろん、これを使ってな」
石造りの円盤をテーブルに置き、縁が金色となっている白いメダルを3枚取り出して見せる。
「彼もオーバーロードにするつもりなのか?随分と酷いなぁ。まあ、1人でも多い方がいいから気にしないけどね。次のアップグレードが待ち遠しいよ」
不気味な笑みを浮かべるパックとオベイロン。その姿は狂気に満ちて犯罪行為を働くオレンジプレイヤーみたいなものだった。
2カット目のところはわかっている人は多いと思いますが、彼女の視点になります。原作やアニメと話の流れはあまり変わりありませんが、彼女の心情が大幅に変更されています。
そして、ラストはただでさえフェアリィ・ダンス編(リメイク版)は謎が多いのにまた謎が増えて……。本当にこの章はどうなってしまうのか……。