黒円卓の聖杯戦争   作:tonton

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「ソワレ」

 

 

 

 迫る水銀の刃。

 日の光を拒絶する黒霧の世界で、それは鈍く、独特の輝きを放ちながら獲物、ライダーのマスターへと奔る。

 

「ぅぁああ―――っ」

 

 故に、少年は偏に幸福だったといえよう。

 

「――ほう。無様だが、確かにまだ天に見放されてはいないようだ」

 

 腐り削られ弾かれた残骸、それに足をとられて彼は一生を得た。

 だが、それでこの状況が変わる筈もない。

 ライダーはカインの操舵で気を抜けばランサーが突破してくるだろう。目の前のケイネスも、ランサーの到着を待たずとも、一人で魔術師見習いを屠る程度造作もないというのは頭上に鞭のように伸びた水銀の触手を見れば明らか。

 横を確認すればその通過点に存在していたのだろう。太い針葉樹の幹が中ほどから横薙ぎに切り飛ばされていた。

 

「が、戦場とは運や気概だけで勝ち残れるほど生易しくはない。そして、それは魔術師同士の戦いでも同じ――いや、練度がモノをいうこの世界では純然たる実力差こそすべてと言えよう。このように、な」

 

「ヒ、ァッ」」

 

 目の前にこれこそがその証拠と、戯れとでもいう様に無数の水銀の槍が突き立つ。

 その全てがウェイバーに触れないギリギリで突き立ち、内の一本があまりに高速であったためか切れ味がい良かったのか、ウェイバーの頬に一条の傷を薄く刻む。

 

「解るかな、ウェイバー君。君の場違い感、この戦争に参加しようなどと思った己の愚考を」

 

 一歩足を進めるケイネスに対して、恐怖に顔を歪ませるウェイバーに先程までの余裕はない。

 戦況は一変したとはいっても、それは単なる意趣返し。ライダーのマスターを直接狙うという戦法をケイネスがランサーの猛攻を利用して実践しただけに過ぎない。

 そして、その手段をウェイバーに模倣できるかといわれれば否としか言いようがない。

 

「――ム」

 

「マスターッ!」

 

 そこへ、数瞬遅れてライダーが主の元へと駆けつける。彼女自身直ぐにでも援護に回りたかったのだろうことはその表情を見ればわかる。が、彼女が即座に駆けつける事を困難とした理由があり、その彼女がこうしているという事は―――

 

「――オイ、ライダー……テメェ、アレはどういうつもりだ」

 

 この男の自由を許すことと同義だった。

 ランサーが顎で指す先には無残に、特大と思われる杭に腹を貫かれ、周囲を薙ぎ払い地に縫い付けられているカインの姿がある。

 その身がランサーの宝具に貫かれている点から見ても、カインの宝具である“腐毒の鎧”の様なものは確認できない。つまり、それが彼女が後手に回った理由となる。

 

「ふむ、やはりカインとやらの制御には大きな穴があるようだな」

 

「――――っ、いつ気付いたのかしら?」

 

「ああ、なに。不思議な事は無かろう? あれだけの立ち回りだ違和感はいやでも目立つ、いずれな。そうつまりは、だ。私は三つほど仮説を立てただけのこと」

 

 ケイネスの目から見ても確かにあれだけの死体を統制しながら戦う腕は見事。だがしかし、そうした傀儡を主にして戦う輩は経てして直接戦闘を不得手とする。

 そして曰く、件の死人も雑兵とカインとの出し入れが交互だった点から同時展開が不可能な点。これは彼女自身のキャパシティーの様なものから、強大なカインを操作する際には他に裂く余力が無いという事が考えられた。付け加えるなら技を発動した状態のカインならば尚更その容量は圧迫されるだろう事は想像に易い。

 そして何より、ランサーすら苦戦させる“創造”とやらを出し渋った事。仮に彼女が慎重派だとしてもそうした駆け引きの段階はとうに過ぎている。そうつまり、ライダーには極力アレを出したくなかった理由があるという証拠であり、それが腐毒の、しかも範囲系の能力となればおのずと答えは洗い出される。

 

「――さしずめ、防衛に不向きなのであろう。確かにカインとやらの能力は強力だが、それだけにその射程内にいれば敵味方の区別は関係ない。懐に入られれば、それこそ最強の矛を収めむき出しにしたまま戻す事は不可能と……いかがかな? 推察の域ではあるが、あながち的外れでもあるまい」

 

 押し黙るライダーの表情が焦燥に歪む事で肯定の意を示している。

 確かにカインの“腐毒の鎧”は強力ではあるが、他に死兵が出せないのならマスター、そして術者は丸裸という事になる。加えて、ライダーが睨みながらも反撃に出ない事からも彼女自身の戦闘能力が低い事は実証できる。

 つまり、カインを突破された時点でライダー側の負けは確定したという事だ。

 

「―――さすが、“神童”とも謳われると手際も見事ね。参考までに聞くけど、あの向こうに立っている貴方の型をした人形も即興のお手製かしら?」

 

「ああ―――」

 

 視線は向けるような愚考はしないが、ケイネスもそれでライダーの言葉の先を察したのだろう。つまるところ、彼女が彼の接近を見逃した要因、それはケイネスを模して魔術で作られた即興の人形によるものだった。

 

「もともと私の得意とするところは“風”と“水”の二重属性、造形に関してはその手の専門家には遠く及ばないが、模倣するくらいならば造作もないさ。加えて、この場合はランサーが派手に立ち回ってくれたのでね。おかげで、君もアレを正確に確認する余裕がなかったという訳だ」

 

「つまり、俺はテメェの出しに使われたっていう訳か……気に食わねェなっ」

 

 ランサーが心底腹に据えかねるという風に舌打ちを零すが、その手に生やしていた杭を納めるあたり戦に高ぶっていた自覚はあるのだろう。確かに、キャスター討伐を見据えるならこの戦いは余分でしかない。思いの外の好敵に熱が高まってきた彼もそのあたりは理解している。

 

「フ―――さて、ではそろそろ退場願おうか。アサシンの生存が周知の事実となってしまった今、君で一人目の脱落者だ。ああ、不甲斐無いとは言わないさ。君は中々に難敵だったよ―――」

 

「―――チッ、口がまわりやがる」

 

 ランサーの反応は反抗的ではあるが、少なくとも否定的ではない。

 彼の興味は“ライダーが操っていたカイン”であって、ライダー自身ではないのだから。

 

 ――そしてだからこそ。

 

「――――ねぇ」

 

 この主従が気を抜いたとしても不思議ではなかった。

 

「とてもありがたいお話にご忠告をありがとう―――ありがとうついでに一つ、私からもアドバイスしてあげるわ」

 

 敵に興味をなくして凶器()をしまうランサーと武装(ハイドログラム)を待機状態に戻したケイネス。ハイドログラムは攻守万能の触媒ではあるが、一度その形状を変化させると再度流動させてもとに戻さなくてはならない。

 故にそれは次の攻撃に即座に移れる状態であり、決して油断をしていたわけではない。だが、そのいつでも駆り落とせるという心理的優位が、彼にライダーの言葉に耳を貸すことを良しとしてしまった。

 

「――敵を前に講釈をうたうのは―――」

 

「―――■■■a■aaa!!!」

 

 遥か後方から耳を劈く獣さながらの轟咆。

 先ほどまでランサーの怒声をかき消さんばかりに墓場に響いていたそれは、まず間違いなくケイネス等の想像通りで、だとしたら尚のことありえない事態だ。

 

「――あまり感心できないわね」

 

「っ!? ランサ―!!」

 

「チッ」

 

 だが実際、視覚よりも早く告げる聴覚に届いた飛来音が現実を突きつける。

 迫る狂気が変わりようがないのであれば、ケイネスの行動は早かった。大気を蹂躙しながら進むそれの正体を視認するや否や、彼は傍らのランサーに迎撃を告げる。

 それに対し、ランサーの反応も早く、無頼な彼もこの時ばかりは反射的に迎撃に出た。

 そして―――瞬時に生やした杭で迎撃したのは、カインの石剣だ。

 

 だがそれも妙な話である。

 カインはランサーによって、地面に縫い付けられる程の太さを持った杭によって致命傷を負っている。

 

「しぶといってレベルじゃねぇぞクソがっ」

 

 舌打ちとともに苦言をもらすランサーだが、その視線の先に猛然と迫るカインの姿があればそれも当然といえた。何しろ、件の死兵はランサーの一撃による大穴を腹に空けたままだったのだから。

 

「クッ!?」

 

 加えて、それがランサーやケイネスを狙っていただろう猛進に、突如手近な墓石の残骸を投げつけて進路を変更したことも大きな要因だろう。

 

 つまり―――

 

「加えて、戦場で好機を前にして止めを刺さないのは三流以下よ、知ってた先生サン?」

 

「グっ、き、貴様」

 

 自身の主であるライダー、そして彼女のマスターであるウェイバーを両肩に乗せて大きく跳び退っている。その姿にケイネスは奥歯を噛み砕かんばかりに歯噛みし、額に青筋を浮かべているが、既にカインを含めた彼女等はこちらの攻撃範囲外に移動している。

 今の跳躍から見る限り、あれは動的に支障をきたす損傷でない限り運動性能に+も-もないのだろう。即座に追撃を仕掛けようにもあの跳躍力を目にすればその無謀さが知れるというもの。ランサーがいかにサーヴァント中1、2を争う膂力を持とうと、速度まで誇るわけではないのだ。

 

「---チ、やられたな。オイ、どう落とし前つけるつもりだよマスター」

 

「っ、まあ、確かに逃げられた事実は口惜しいが――慌てる事はあるまい」

 

 折角の上質な獲物を逃しただけあり、ランサーは苛立たしい様子を隠そうともせずその矛を自身のマスターに向ける。その視線には彼の抗議とともに殺意が乗っている。

 彼の手綱を握り、ともに戦場に立つということはその殺意に晒されることと同義であり、その点はケイネスとて既に理解しているだけあって背に冷や汗が流れる。

 

「実力差は明確、あれはもうさしたる障害にはならないだろう。それよりもだ―――」

 

 だが、生憎と今の彼には強い味方がいる。この場合は単純な意味ではなく、交渉材料としての札であったが。

 

「――当初の獲物に、この鬱憤を存分にぶつけようじゃないかね」

 

 砂礫溶かした墓場、そこから視界に納めた境界は見た目に反して魔城と化しているだろう。まず間違いなく、キャスターが目当ての城を手にして何もしないということはありえないのだから。

 だが、そういう小手先の障害などたいした問題にはならない。

 

 なぜなら―――

 

「クハ、ハハハ――っ、ぁあ、ああ! そうだよなァ悪い癖だ忘れてたぜ……」

 

 哄笑するランサーがその手の障害に躓く事などありえないのだから。

 

 舌なめずりする表情に、狂喜を隠そうともしない猟奇的な表情は嘗てないほど愉悦に染まっている。その表情からして、既にライダーに逃げられたという事実は彼の思考からはずされている。再三に渡って逃げおうされたという事実が、今回立場を逆転しているという事実が彼を狂気に駆り立てる。

 

「待ってろよキャスター……逃げ場なんざありゃしねぇ、今度はこっちが襲撃する番なんだからよォ」

 

 ともすれば主を置き去り特攻しそうなその姿に、ケイネスは少々肝を冷やしたが――興が乗っているなら問題はないかと見失わないよう留意しつつランサーの後を追う。

 逸る心を必死に抑えているのか、ランサーの足取りは歩くというよりも競歩のそれに近い。

 墓地だったそこから教会への最短ルートとは即ち森を突き進む事になる。当然、その森にはキャスターが仕掛けた罠がいくつか点在しているはずであり―――そうこうしていると見覚えのある死霊が数体こちらに群れを成して進んでくる。が、その程度が生涯になるはずもなく、ランサーは煩わしいといわんばかりに腕を薙ぐ。描いた腕の線に沿うようにして放たれた杭は死霊を群れに寸部違わず直撃し、木々や地面に縫いつけまとめて全て吸い殺す。

 彼の杭の魔性、その効力に生きているか死んでいるか、そもそも生物であるかといった括りがないのであれば、まさにセイバーが言ったとおり“悪食”を示して枯死の道を作りだす。

 その道をケイネスは悠々と歩く。

 その顔に浮かぶ笑みに、これからの戦いに対する不安は毛ほども覗えなかった。

 

 

 

 

 

 ランサー達が森を突き進む頃、教会の地下ではベクトルは違うが、まさにえも言えぬ光景が現在進行形で行われていた。

 

「――♪」

 

「ねぇねぇりゅうちゃん。こんなモノ見つけてきたけど、これどうかな?」

 

「? っぉお! Cool!! 姐さん流石、まじでイカスっ」

 

 無邪気に、趣味に、遊びに興じるように言葉を交わす少年と少女。

 雰囲気だけなら幼い少女に兄がその遊びに付き合っている微笑ましいが――言葉でわかるとおり、尊重しているという意味では兄妹、ではなく姉弟だ。だがそれもしかし、彼等が興じている“遊び”は一般に言うそれとは大きく異なる。

 

「―――し!! できた力作第8号! いやー姐さんと一緒だと創作意欲が刺激されてほんとヤバイよ」

 

 彼が誇らしげに掲げる“力作”。それが血に濡れた人のなれの果てだというのだから――

 

「うん―――痛みの軽減もいい具合に術が作用するようになってきたわね。思った通り、りゅーちゃんこっちの方も才能あったみたいで、私も教え甲斐があるわ」

 

 教え子を褒め称える少女の声に、その言葉に誇らしげに胸を張る少年。この無残極まる光景に対して、世間一般で言う所の感性を彼等に期待できるはずがない。一言で言うなら“狂っている”としか言いようがないほどこの光景は外れている。

 そして、周りを見渡せば“力作”に番号が付けられたように、いくつもの作品が飾られ、或いは放置されている。あるものは手があらぬ方向にねじ曲がり、卍を組むように幾人が組み合わされている。またある者は四肢を取り除かれ、椅子やテーブルに見立てたようにオブジェ状に、その他にも完成のネジが外れているとしか言いようのない半死半生の“作品”が転がっている。

 大凡、いや全面的に教会に似つかわしくない場所ではあるが、実はこの地下空間、教会にもともとあった設備である。

 キャスターの“陣地作成”にかかれば空間をある程度自在に変えられる。それも魔道において一定水準以上の技を納めているこの少女の顔をした魔女なら尚の事。だが、お誂え向きの空間があるならそれを利用するに越した事はない。キャスターとそのマスターである龍之介はこの施設を散策してこの部屋を見つけた時から、僅かな時間でこの地獄絵図をくみ上げた。それはもう嬉々として、捉え“別空間”に仕舞っていた材料(ヒト)を湯水のように消費して。

 

「―――っ、ぁーアッチが来ちゃったかぁ……」

 

 だが、彼等が興奮冷めやらず次の作品に手を掛けようとしていた時である。キャスターが、何かに後ろ髪を引かれるように立ち止まり、虚空を睨んだ。

 

「―――♪ っと、どしたの姐さん?」

 

 その姿にはさしもの龍之介も足を止める。なんだかんだで気の合う二人なだけに、短い付合いだがその辺の機微は呼吸をする様に感じられる。おそらく、全参加者中、彼等ほど好カードの組合せもないだろう。

 

「ん? んー……ちょっとお邪魔虫が出たみたいでねぇー面倒だけど、ちょっとお掃除に行ってくるわ」

 

「ふーん……あ、だったら俺も行くよ! こうして姐さんからマジュツってーの? 教えてもらったし、少しは役に――――」

 

「―――ダメよ」

 

 龍之介の提案は純粋に彼女に対する好意だっただけに、彼女の二の句を許さない即座の否定に息を飲む。そのキャスターの表情は険しいものだったが、同時にどこか余裕の無い見た目相応に彼女を見せてしまっている。

 

「ごめんねりゅーちゃん。私としては気持ちはうれしいんだけど、残念ながらまだあなたに合格点はあげられないし、こんなのに貴方が出ることもないのよ」

 

 だが、自身の顔に対して驚愕させてしまった事に気が付いたキャスターの行動は素早く、即座に表情を和らげその場で回りながら距離を取る。その一連の動作で自身の内面を整えたキャスターは龍之介の正面にから外れず、距離を開けずぎない場所で人差し指を立て、その場で子供を諭す年長者の様な振舞いをする。

 ――もっとも、見た目的には真逆の立場なのは言うまでもないが。

 

「――そんな顔しないの! その気持ちはうれしいのはホントなんだから。お邪魔虫にはさっさと退場してもらって、また二人であーと作りでもしましょ? ほら、りゅーちゃんは私が行ってる間に次の作品の構図でも考えててくれればいいから、ね?」

 

 そうして、不安げだった顔を若干緩めた自身の主を視界に確認するキャスター。見た目は好青年であるだけに勘違いしがちだが、彼はその感性のように、少々子供の様な所がある。それ故作品に対する熱意が彼の動力源であり、アートに挑む彼の姿はキャスターの目から見ても愛らしく好ましい姿だ。

 今一度、その愛らしい姿を確認し、キャスターは再度ステップを踏むように彼から距離を取り、魔術を施行する。

 彼女ほどの腕前になればその移行は素早く、瞬きの間で済む事であるが――彼女はその光景が大事であるかのように、まるで瞼に焼き付けるかのように目を瞑っていた。

 

 

 そして―――彼女の周りで発光していた紋様が一際輝き、彼女が目を開けばそこには―――

 

 

「よお、逢いたかったぜキャスター」

 

「ぅっわ……最悪、ナイワこれー……」

 

 思わず愚痴をこぼしてしまう程に、先程までの彼女の気持ちを粉微塵に吹き飛ばす幽鬼がそこに立っていた。

 

「――ほんと、空気が読めない脳筋ジャンキーはコレだから……」

 

「あ? なんだてめぇボソボソボソボソ聞こえるかよ。戦の前の口上なんだ堂々と喋れや」

 

 目の前に立つのはどこからどう見ても槍兵の英霊、ランサーだ。冬木ハイアットホテルにて建物を墓標代わりに埋め立てるという一つの存在に対して過剰な手段で臨んだ筈だが、何故かここでピンピンしているのだからあの程度では不足なのだろう。いや、数tを優に超す重量の圧壊で死なないあたり、霊長の英たる存在には不適切だろうが、こうまで来ると正真正銘化け物染みている。

 

「あぁもう! こっちはお呼びじゃないって何べん言わせればいいのよっ、どうせならライダーが着てくれたほうがまだ盛り上がれたってのよ!」

 

「なんだ、だせるじゃねぇか口上。そうさそうこねぇとなァーつうか女、やっぱりアイツとのドンパチは覗いてたのかよ。イイ趣味してるな、相変わらず」

 

 ランサーの嬉しげな声がキャスターにとっては耳に障るらしく、普段は人をおちょくる様な態度の彼女が珍しくも怒声を放つ。だがそれすらも心地よいというように、ランサーは嬉しげに両手を広げて歓迎しているとでもいわんようにして一歩、また一歩とキャスターに向かって歩を進める。

 

「その台詞、何度目よ。同じくどき文句しかない語呂の貧弱さじゃ、あなたの恋愛事情が哀れに思えてくるじゃない」

 

「言ってろタコが――語呂の有る無しで強弱が決まるってんなら語学なり座学なり何でも受けてやらァ……が、んなくだらねぇ背比べしにきたわけじゃないのはわかってるだろうが」

 

 先の通り、キャスターがランサーとライダーの戦いを情報として捉えていたのは確かだ。それは実際に目で見た訳ではないが、奪った以上この教会の周囲は彼女の触覚の範囲だといって過言ではない。つまり、彼女が望めばこの周りに、誰がいるか、結界に何をしようとしているのか手に取る様にわかる。そして、逐一情報を統括していれば如何にキャスターといえども処理限界を引き起こす。故にある程度の取捨選択はしていたが――

 

「……ええ、折角こっちが御持て成しの準備をして迎えてあげれば、あなた、悉く一振りでねじ伏せるんですもの。情緒も何もない性急さも相変わらずねー」

 

 その乱雑さにいやでもこの男の接近を知ったキャスターである。

 敵の接近、及び結界周囲には殊更気を使っていたし、それなりにトラップを増築していたのだが、この男はその悉くを我関せずを地でいく暴挙ぶりだ。

 

「ハッ! 今更判りきった質問なんざ投げつけるなよ痒くなる。ああそうだ、テメーとの因縁ここにケリをつけに来たぜ。この間の立派な墓標の礼だ遠慮せずに受け取れよ」

 

 まるでいつぞやの襲撃の焼回しのようであり、そうした意味で彼なりに嫌味を効かせた演出だったのだろう。そうでなければこの目の前の男は単身矢の如く疾走してこの場にいたはずだ。

 そして、ここにたどり着いた以上、ランサーが遠慮も何もなく暴れまわるのは目に見えている。折角居城を手にした身としては早々に御退場願いたい所だが―――

 

「だがそうさな、テメー相手にこれ以上逃げ回れたり追いかけるのも面倒か――つうわけでだ、まずはテメェだキャスター。俺の秘奥で、今度こそ骨も残さず吸い殺してやるよ」

 

 目の前の男はその思考を読んだように釘をさす。

 折角の舞台に冷水零すような真似は無粋だろうと、そういうように彼は杭を痩身から乱雑に生やして戦闘態勢をとる。

 

「ふん。どこかで聞き覚えのある売り文句ね。なら、こっちもあの日と同じようにまた埋め戻してあげる―――今度は墓標になる様なものないけど……ああ、後ろに埋め場所には困らないわね。何しろ自分で耕してたもの、ご苦労様だこと」

 

 対して、キャスターは変わらず光陣を纏い対面する。

 それこそまさにあの夜、ビルでの戦闘を焼き増した様な光景だったが―――この日は一つ、大きく違うものがある。

 それはこの時間が昼間だとか、場所が教会で平たいだとかいう外の要因ではない。ここに対峙した彼ら自身、逃走を捨て、目の前の敵を切り捨てる必勝を誓うその心こそ大きな違いだ。

 

「いってろ……さぁ、んじゃあの日の続きだ。今度こそ―――」

 

「ええ、私も、もうあなたと遊ぶ気はないから。下らない縁も―――」

 

 故に両者、戦闘態勢を整え終わったはずのその構えからもう一つ、己が信じる最上の札を切る為に魔と魔を張り巡らせる。

 その様は昼間の陽光に照らされた舞台を陰らすほどに、濃厚な魔力の渦を巻き起こして激突し、離れて再度激突する。

 これこそが彼等が英雄に座した象徴であり、正しく秘奥の開放。それに比べればこれまでのぶつかり合いなど児戯に等しい。

 そう、だからこそ―――

 

「――ここで終いにしようや」

「――ここで終わらせましょう」

 

 必殺を誓い、相手の心づもりを理解したからこそ、両者の主張は同じくしてぶつかり合う。

 

 

『『Briah(創造)――』』

 

 

 舞台を魔城と化した教会で、今極大の歪みがぶつかり合う。

 

 

 






 ハイ、お待たせしました18話目! 更新しましたtontonです。
 いよいよDiesらしさを演出していくにあたって出ました創造位階! 何が何だかわからない読者の方、次回以降で説明していくのでご心配なく(笑
 ご存知の方はどうか今しばらくお待ちください(苦笑

 今回でライダー陣営脱落? いやいや、私がここで彼彼女を脱落させるなどありえない! ですが、そろそろ脱落者の一人は出したい所……既に皆様には誰が脱落するのか見当はついていると思いますが――どうか今しばらく、その点はご清聴頂けるとありがたいです。

 さて、そんなわけで始まりましたランサーVSキャスター。埠頭から何気に因縁深くなってきた彼等ではありますが―――因縁の対決をどう表現し、どう収束させるのか、その点が焦点でありますので、次回をご想像してお待ちください。

 では、今回もこの辺りで失礼します。
 またご意見ご感想など頂けると作者としては大変励みになるので、些細な点でも構いませんのでお声をかけて頂けたら幸いです。
 ではでは、この辺で、お疲れ様でした!



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