黒円卓の聖杯戦争   作:tonton

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「介錯」

 

 

 

 小さく一定のリズムで響く靴の音は、人気の無いコンクリートの建物にはよく響く。

 その音には迷いや慎重さといった戸惑いが無く、威風堂々と自信に満ちた風に乱れが無い。

 それもその筈。

 廃墟同然だった建物を改修し、魔術を施し補強する上で内部周囲の把握は当然の事。彼にとって襲撃される事は想定している。いや、考慮に入れたからこそ襲撃されやすい外観を保ったまま拠点にしたのだから。

 

「――どうやら、隠れる事に関しては芸が立つようだな」

 

 故にこの襲撃は彼のシナリオ通りと言える。

 前回、キャスターに襲撃されたことを踏まえて防衛設備は最小限に、オフェンスよりディフェンスに注力している。

 侵入への警報を徹底、同時に外界と物理的にも魔術的にも隔絶させる。一度内部に捉えた獲物を逃がす事が無いように、今度は余計な邪魔が入らないようにと――ランサーからの強い要望だったが、今回の聖杯戦争は不確定要素の乱入の色が強い。ケイネス自身としても、これ以上周到に用意した舞台が掻き回されるのも望まないが為に、この布陣は当然の帰結と言えた。

 

 その為、如何なコソ泥だろうと早急に排除する自信が彼には会ったのだが――

 

「フム。この場所に関しても下調べ済みという訳か……なるほど、ネズミではあるが、頭まで小物ではないという事か」

 

 敵も襲撃にあたってそれなりの用意はしてきたという事なのだろう。

 考えれば当然だが、外来の魔術師が狙われやすい要因の一つが拠点の脆弱さだ。時間を制限された中で作れるものなど限られているし、魔術的拠点になりそうな主要な場所は既に御三家、教会側が押さえている。

 今回ケイネスがこの場に手を加えたといってもそれは既存の建物に手を加えたという話であって、内部全体を異界にするような大魔術を行使しているわけではない。

 廃墟同然の建物であるなら、それは調べれば内部の資料くらいは出てくるだろう。

 

 つまり、腕に覚えのある魔術師から見れば、此処は容易く狙える狩場に見えた事だろう。

 

 そしてだからこそ、ケイネスは笑みを浮かべるのだ、浅はかだと。

 

 追 跡 抹 殺

『ire:sanctio――』

 

 彼の魔力の籠った一言で背後に追随していた銀色の球体が蠢動する。乱回転するように、水面が波立つように表面が蠢き、徐々にその体積を減らして小さくなっていく。

 その下、コンクリートの床には、銀色の細い線が驚異的な速度で建物の壁という壁、廊下を疾走する。

 そこに重力といった自然的な縛りはない。

 

 壁を走り、亀裂に潜り込み、或いは天井の穴を突き抜け登っていく。

 

 銀の筋の一つ一つが彼の目であり耳であり、手足となって建物内部を走破する。

 

 

「その程度で―――」

 

 そう、これはつまり攻防一体の礼装ではない。

 

   斬

『――Scalp』

 

 張り巡らされた銀の糸が球体に戻り、新たに紡がれた呪文から先程よりも激しく波立った表面から、こぶし大の塊が薄く、鞭のように撓り伸びて彼の正面の壁を幾重にも切り裂き、切り裂いてさらに伸びる。

 

 その先には彼の想像通り、先程逃走したセイバー陣営の襲撃者、衛宮 切嗣の姿があった。

 

「この国では地の利、とでも言ったかな? 仮とはいえ居を構えるなら当然詳細の把握は入念に行っている。息を潜めた程度でこのロード・エルメロイの目を謀れると思ったか」

 

 

ヴォールメン・ハイドラグラム

“月 霊 髄 液”

 

 つまりこれら一連の動き、それは常温状態の金属“水銀”を魔術により流動させる事によって功撃防御探索を可能とした物。それがケイネスが持つ魔術霊装の正体だ。

 

 

「ク――っ」

 

 居場所を看破された切嗣は瞬時に横に飛び、手に持ったキャリコを撃ち放つ。

 体制が体勢だけに狙いなど度外視であるが、ケイネスの礼装、“月霊髄液”を前にすれば至極当然の選択だ。何せこの銀の球体が誇る自立防御の展開速度は優に弾丸をはるかに上回る速度であり、それがそのまま攻撃に転じれば回避困難な連撃が繰り出される。

 

「フ―――芸の無い」

 

 そしてその速度が弾丸を優に超すという事は、牽制に放った百近い金属の球は全て彼の“水銀の膜”によって防がれる。展開時に見えた断面から厚さは僅かだというのに、その表面には僅かな傷もつかず全てが弾かれている。

 

「ならっ」

 

 弾丸によって貫通できる防御ではないと悟った切嗣は空になったマガジンを投げ捨て――懐に伸ばした手が掴み取ったのは楕円状の物体に網目のような模様が入った物体。

 近代兵器に明るくない人間でも見間違うはずの無い独特のフォルム。

 ケイネス目掛けて投擲した切嗣はその行方を確認する事なく身を翻す。が、それがなんであるかを考えれば当然である。

 

 彼が通路の角に素早く身を隠すのと同時に空中で炸裂する手榴弾。

 爆発によって生まれる生成破片が周囲に四散し、ケイネスはおろか周囲の壁や天井を無差別に傷付ける。単純な爆発による殺傷力よりも対人を想定したより確実的なフラグメンテーションによる面による圧殺。

 だが、

 

「―――どうした。手持ちの魔術は品切れということか。それとも、今度は大砲でも披露してくれるのかね」

 

 爆発に伴う埃が晴れたそこには、球体状の“月霊髄液”を解除するケイネス。当然と言わんばかりにその姿は無傷、声からして手榴弾による効果が望めないと切嗣も悟ったのだろう。そのまま姿を晒す愚を犯す事無く、僅かに聞こえる足音が遠ざかっていくことを教える。

 

「無駄な事を……」

 

 だが一度そこにいると確定している以上、ケイネスが背後を取られるという事はありえない。それ程までに“月霊髄液”による探査能力は迅速であり、その制度には絶対の自信と信頼がある。故に最初の一撃を決められなかった以上、奇襲の失敗を悟れず交戦に移行した時点でこの勝負は決している。

 それは一方的な追う者と追われる者の構図を表し、襲撃者が一点、追われる側へと転じている。

 

 無論、切嗣もただ闇雲に逃げ回るだけではない。

 建物内を駆け抜けながら外部にでないのは、彼が開けた室外より入り組んだ場所を好む事事に起因する。曲り角や死角の多い通路や部屋では、トラップの設置が容易だからだ。内部の情報を事前に把握し、且つ、突入前に全体の内部構造を把握していたからという事もある。

 しかし、ケイネスはそのワイヤートラップやキャリコのマガジンを使った即席のクレイモア、壁面の穴を正確に穿つ弾丸の奇襲すら動じる事無く全て防いでみせた。

 ここまで来ると完全自立防御、しかも高硬度の防壁は重火器との相性の悪さが際立ってくる。物理的防御の欠点、これだけの制度と強度を持つ術式なら起動と可動に相応の魔力を消費する筈である。が、当の術者であるケイネスはまるで焦る様子が無く悠々と、確実に切嗣との距離を詰めにていく。

 

 追われる側である切嗣としては仕切り直しを考慮する場面だろう。だが、切嗣は知る由もないだろうが、彼が建物内へ身を潜めた段階でこの建物内の出入り口は完全に塞がれている。仮に彼が逃走を試みたとしても、フロアに入った瞬間に拘束されるとしたら対処のしようがないだろう。ランサーからの指摘から重火器、爆破等の備えもある。仮に切嗣の装備、礼装がケイネスの想定する範囲を出ない物であるならば、この階下へ追いたてる逃走劇はいずれ終わりを迎えるという事になる。

 

 そして、追われる側の切嗣が魔術師として無能でないのなら、出入り口の仕掛けに勘づく可能性も少なくない。よって、一階正面入り口の前、二階と繋がる階段前の広間で、彼はケイネスの到着を待ち構えていた。

 

「いよいよ、覚悟を決めたという事か。よろしい、ならば是非もなく、全力で迎え撃たせてもらうとしよう」

 

「―――っ」

 

 階下に移動し、この場に追い詰められた時点で切嗣に退路はない。

 元々、高層ビルや多目的に広い面積を要するものでもない建物では再度上階に逃げる道は、ケイネスの立ち位置上塞がれている。背後の出口に設置されたトラップを察知したのか、それとも単純に外へ出る事を嫌ったのかはケイネスの知るところではない―――が、それだけにこの状況で切嗣が選ぶだろう手段は大きく分けて二つ。

 死力を掛けた正面からの打倒か、

 

 固 有 時 制 御

『time alter――』

 

 捕捉を逃れる死角へ回る為の高速移動。

 彼が選んだのは後者であり、後退と直接的な戦闘で得られる成果が薄いと承知なら、彼が選ぶのは死角は死角でも側面や背面を狙った奇襲ではなく、その背後へ向けての疾走。そう、単純に時間を引き延ばす行為だ。

 

 もっとも、予測していたという事は対処法も用意していたという事。切嗣が魔術を発動させようと魔力を巡らせた時点で“月霊髄液”は主の命令に従って動き出していた。

 いくら彼の速度が人の域を超える高速を可能にしていたとしても、トップスピードに至る前に網を張られればブレーキを掛けざるおえない。

 

 制 御  解 除

『Release alter!!』

 

 急速に彼のスピードが常人のそれとなり、ケイネスの目でも追えるものとなる。だがそれはこれまで切嗣が見せた行使によるセーフティーではなくマニュアル。術者本人の認識による強制解除だ。

 急停止から横に流れるように身体を滑らせ、その動作の中ですぐさま銃撃を繰り出す。

 

「フ、見抜かれたのがそんなに意外だったかね?」

 

「――チッ、―――time alter」

 

 即座に肉体行使に倍加する術理を纏う。

 切嗣が行う固有魔術ともいうべきそれは、一見時間を引き延ばす無敵じみた能力に見えるが、ケイネスの指摘通り当然欠点というものがある。

 その一つが自身単体とはいえ、時間操作による反動。つまりは連続使用の限界。

 

 そしてもう一つは、あくまで術が引き延ばすのは彼という人間が起こす動作の時間(早さ)を狂わすという利点が一転、欠点を孕むという事。

 

「考えてみればそう難しくもない。もし、その術が単純に貴様の身体能力を強化するのなら、そんな玩具に頼らず、自身の肉体で撲殺なり絞殺した方がはるかに効率的だ」

 

 ではなぜ彼がその選択を除外して銃火器という飛び道具を選んだのか。

 

「となれば、強化するのは肉体ではなく“動作”そのものと考えれば説明がつく。発動後の消耗具合、徹底的に接近戦を嫌うという事は、つまりその肉体の強度に変化が無い事の証明に他ならない、と、そう考察した次第だが、如何かね」

 

 選択肢としてナイフの投擲はしても、加速時にそれを直接振るう事は圧倒的に少ない。逆にそれがケイネスの仮説を高める要因だ。

 つまり、同じ強度、体積の物体でも速度による加速が乗れば同じ距離であろうともたらす破壊力は甚大だ。無論相手にも、自身にも。

 

 いうなれば、術を行使している切嗣はエンジンの切り替わった車だと思えばいい。

 1のエネルギーの消費に対して10の力しか運動しないものが20、30と規格以上の行使を可能にする。当然、加速力が違えば衝突した場合の被害が大きいのはどちらか、論じるまでもない。付け加えるならば、元の規格以上のエンジンを無理矢理つなげて走らせれば車体がどうなるか――少なくとも、オーバーヒートは確実だろう。

 

「ク――ッ」

 

「そしてこれもまたそう―――」

 

 マガジンの切れたキャリコを投げ捨て、懐からトンプソン・コンテンダーを抜き様に放つ。それは見事なクイックドロー ――だが、キャリコに比べて数段上の貫通力と破壊力のある銃撃は、ものの見事に銀幕一枚に阻まれた。

 

「仮に貴様が行う“行動”全てを加速できるなら、そもそもナイフなど回りくどい事をしなくとも“撃ち出した銃弾”を加速すればより確実性が上がる筈。それが出来ず、ナイフの速度が加速するという事は、術は使用者が行う“動作”に伴う事象を操作すると考えられるという事になる」

 

 銃弾は切嗣が引き金を引いた結果、火薬によって撃ち出されるもの。

 対して、ナイフは切嗣が投げた結果。彼の行動に直結している。

 故にこれらを結びつけた結果が、ケイネスの推論となる。

 

「随分と、口が達者なマスターもいたものだなっ」

 

「なに、これも性分というものでね。仮にもつい最近まで教鞭を振るっていた身として、君の魔道は実に興味深いよ。実に―――滑稽奇怪極まる、まさに奇術としてな」

 

 外れていまいと、意味を浮かべながら余裕のある動作で無数の銀槍を放つケイネス。対して、切嗣が高速で迫るそれらに対処する手段とは一つしかない。

 

「――っ」

 

 本来連続行使を前提としていない魔術の施行に彼の体は悲鳴を上げる。若干技の発動が遅れたように見えたが、実際にはそれで回避には事足りる。

 なぜなら、ケイネス自身この程度で終わりにする気はないかったのだから。侵入を感知し、その意図を悟った時点で勘違いした獲物をいたぶり、浅はかさを徹底的に後悔させると誓ったその時から、彼は切嗣をそうやすやすと殺す気はない。

 

 故に―――

 

「さぁ、そろそろ種も尽きたろう。いい加減に―――」

 

 出口でも上に上る階段でもない通路の間にある一室。そこに追い詰めた獲物を前に悠々と敷居をくぐるケイネスを、弾の雨が歓迎する。

 余裕、慢心をしていたケイネスを相手に切嗣のクレイモア地雷は見事に隙をついていた。

 

「―――それで、終わりかね?」

 

 むろん、それが不発に終わるだろうことは両者にとって共通の認識であったが。

 

「…………」

 

 無言で残った唯一の武装であるコンテンダーを構える切嗣。

 対して、ケイネスは地雷が発した鉄球群を防いだ水銀の膜を待機状態である球体に戻す。

 互いにすぐさま攻勢に出ることはない。

 切嗣は機をうかがっているのだろうが、ケイネスの表情、目は獲物を前にいたぶる狩人のそれだ。

 

 であれば、ただにらみ合うことで終始するはずもなく―――先に動いたのはケイネスだ。

 

「ならばここで引導を渡してくれよう。魔術師らしい戦いというわけにはいかなかったが、なかなかに勉強になったよ―――」

 

 

 

「―――いや、コレでチェックだ」

 

 だが、ケイネスが振り上げた手を下す前に、反撃でもなく静止の声をかけたのは切嗣だった。

 いったい何をと目を凝らしてみれば、切嗣がコートから出した左手には携帯電話より小さく細い円筒状の物体が握られている。その上部のカバーらしき物体を指で弾きあらわれたボタンに指をかけた。

 ここまでくればその手の知識に疎いケイネスとて察しが付く。というよりかは、最後の最後に見せた切り札はやはり魔術ではなく、そんな機械仕掛けかと嘲笑すら返した。

 

「それが? 見たところ起爆装置のようだが、今更その程度で―――」

 

「……誰がここを爆破するといった?」

 

 その言葉に、ケイネスは僅かなひっかかりを感じて完全に手を止める。驚くべきことは、その様子に対して、切嗣がコンテンダーを持つ右腕を下げたからだ。

 敵を前に銃を下げる愚行にケイネスは訝しむが、その種明かしというように、切嗣は左手の起爆装置を正面に掲げる。

 

「その礼装を見るに、ただの爆弾や、ましてや物理的手段による圧潰が望めるとも思えない」

 

 彼の指摘はもっともで、事実これまで彼の持つ銃器、爆薬を使った即席のトラップはすべてその礼装一つに防がれている。

 

「なら――」

 

「ならばそう。防壁の突破が無理なのなら、それ以外の対象をカードにして勝負に出ればいい」

 

 故に、誘い込まれたのは自分ではなくお前だと切嗣は暗に示す。

 だが、彼が今まで行った試行錯誤の数々はすべてケイネスの前に不発で終わってきた。一つの例外もなく、だ。それを思えばブラフによる駆け引きかと彼は断じようとしたが―――

 

「――そういえば、上で確認した熱源。あれから動きがないな」

 

 続く彼の言葉に思考が停止した。

 この建物内で熱源、つまり生きたものでケイネスを除けば、それは考えるまでもない。

 

「!? いや、だがそんな時間は貴様にはなかったはずだっ」

 

「世間で発達する化学もばかにできない時代になってきたということさ。その球体による探知、こちらのトラップにはすべて発動後に展開している」

 

 切嗣のトラップの手段は時限式と対人地雷の手法を応用した簡単なトラップだが、切嗣自身がどこに隠れようと“月霊髄液”による探知はすぐさま獲物を見つけ出す。

 そう、獲物は見つけているのだ。

 仕掛けたトラップは手持ちの武装をフルに使い切ったといっていい。中には、ケイネスの意表をついて驚愕させたものもあった。

 そして驚愕はしていたということはつまり、それらのトラップの、少なくともいくつかは彼の探知から逃れていたという事実。

 無論、それらをもってしても防げる余裕はあったのかもしれないが、

 

「いや、違うな。仮にそうだとしらそもそも発動前に十二分に潰せたはずだ」

 

 だが切嗣はその選択を即座に切り捨てる。

 

 彼の分析からして、ケイネスが相手のトラップを見つけたのなら雑に切って捨てるだろう。完璧主義そうな来歴から見ればなおのこと。なら、その探査手段は視覚を有するのではなく、別の手段、熱源や触覚に頼ったものだと考察できる。

 そしてそこまで至れば、これまでのトラップ群は彼の仮説を補強するのに十二分な量を有していた。

 

 その極めつけが――

 

「そしてもし動く爆弾があったとして、推論どおりならその機械を見逃したとしても不思議はない」

 

 つまり、切嗣の行動が逆にその推理を裏付けたということになる。

 もちろん、彼の装置がその言葉通り実在する保証がない以上、ケイネスに確かめようがない。これもまたブラフにより現実味を持たせるための行為と判断することもできるが、

 

「何なら試してみるか? もっとも、少しでも妙な真似をすればこちらは即座に起爆させる」

 

「貴様っ」

 

 天秤に彼の伴侶がかかるとなれば話は変わる。

 ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ。

 両家にとっては名家である家々が決めた所謂許嫁の関係だったが、当事者であったケイネスにはその対外的な関係以上に募る思いというものがあった。切嗣にとっては思わぬ誤算となったが、結果的にそれらがケイネスの手を止めたのは事実。故にこの状況に陥るまで気づかなかった時点で、ケイネスは詰んでいたのだ。

 

「仮に彼女に手を出してみろ! その時はただでは済まさんぞっ」

 

「生憎と僕は雇われの身だ。僕自身が消されようと、そのあと陣営的に痛みはない。聖杯にかける覚悟を甘く見たのがそもそもの敗因だ」

 

「――っ」

 

 悠々と狩人を気取って獲物にされたのは、その実ケイネスというこの構図。いや、この場合は窮鼠猫を噛むというやつか。鼠がひっさげてきた牙はケイネスの急所をとらえてきただけに形勢は大きく変わった。

 

「卑怯と罵るかい? 余裕たっぷりに嬉々と狩人 気取りで追立てたのはそっちだ。第一、先に侵入者を迎え撃つ為に罠を張る様な人間に指摘されるいわれはない」

 

 上階で臥せているソラウは先の連戦から魔力を大量に消費している。今でこそランサーが宝具を発動していることによってその消費は抑えられているが、発動時とそれまでの消費はそのまま彼女に圧しかかっている。端的に言えば動ける状態ではないのだ。

 そんな状態である彼女、戦闘行為すら取れない彼女を人質に取るなどまさに外道の所業である。

 だが、

 

「っ、彼女に戦闘行為は―――」

 

「できないから? 巻き込むのは非道だと? そんなに大事ならそもそもこんな戦争に連れてくるべきじゃない。その覚悟ができていない時点で、僕でなくとも、お前はいつか足元をすくわれていたさ」

 

 魔術師にとって目的の為に手段を取らない輩は大勢いる。その選ぶ手段の制限ですら、“表の目”触れなければいいという秘匿できれば頓着しないというもの。よく言えば大らかだが、見方を変えれば酷くずさんなのだ。それ故、規律と神秘を重んじる教会側とは対立が絶えないのだが―――今重要なのは目の前のこと。この男が目的の為に手段を選ぶかどうかであり、その点に関しては信頼というには歪んだ確信がケイネスの胸にはあった。

 

「目的は何だ? 棄権か? 令呪を明け渡せとでも?」

 

 自棄気味に問うケイネスの言葉に、しかし切嗣は鼻で笑うように切り捨てる。その程度のものに意味はないと。

 

「例え礼呪を明け渡そうと、教会側から報奨の令呪をもらえば意味はない。だから僕が提示するのはランサー、サーヴァントの礼呪行使による自害。物理的にその参加資格を失ってもらう」

 

 言葉による宣言に意味はないと、彼は明確にマスターとしてこの戦争に対する資格の放棄を告げた。

 切嗣は知る由もないが、ケイネスの礼呪は現在一画。彼の言う通り報奨を受け取れば結局意味はないが――現状サーヴァントがあぶれていない今、この段階で一騎が落ちるのは意味合いが大きい。

 

「……ッ、その契約、こちらがしたがったとして貴様が守る保証が何処にある!」

 

「確かにないな。だが、この駆け引きに乗った時点であんたに選択肢は二つに一つ」

 

 もちろんその提案に乗ることによって切嗣が順守するような保証はない。彼が言った通り、言葉による宣言がどれほどの意味があるというのか。しかもこれは互いの血をかけた戦争、殺し合いだ。

 

 故にこの問答は馬鹿げている。

 

 目の前の敵を前に勝利への切符を自ら捨てる行為がどれほど愚かな事か、そしてその提案に従わざる負えない自身の矮小さ。

 

 考えるまでもない。

 

「さぁ―――答えを聞こうか」

 

 

 

 

 

「――――――――ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが令呪をもって此処に命ずる。ランサー」

 

 

 

 

 

 もとより、ケイネスに選択肢など、彼の言う通りなかったのだから―――

 

 

 

 

 

「―――ソラウを連れて即刻離脱しろ」

 

 

 

「っ!」

 

 ケイネスの言葉の意味を咀嚼するのに半瞬遅れた切嗣は、反射的に手元の起爆装置を起動させる。あわよくば混乱を誘発できればと思ったが――

 

「これで、そちらの札は不発に終わったな」

 

 頭上で起こった大きな振動に対し、ケイネスは怒りをあらわにするどころか、その手に宿っていただろう礼呪を失った腕を見せてせせら笑う。

 その表情から、使い魔の目を通して探るまでもない。

 爆発の僅か間に響いた獣と間違うかのごとき絶叫、間違いなくランサーのもので、つまり切嗣による爆殺は見事に防がれたということ。

 だがその代償は決して小さくない。

 

「……正気か」

 

 その手に宿っていた礼呪が行使によって光を放っていたことから、その腕が示す無画は覆しようのない事実。なら、彼はランサーを呼び戻すことも出来ず、サーヴァントによる離脱もできないということ。

 セイバーがこの場にいる状態で切り札である礼呪を失う行為が、一般的にどのように映るのか、

 

「ああ、私自身驚いているが……正直今は怒りのほうが強くてね―――嘗めてくれたなコソ泥風情がっ!!」

 

「!?」

 

 とっさ切嗣が攻撃を避けられたのは、偏に戦場を渡り歩いてきた経験と勘による警鐘によるものだ。そう何度も生身で回避できるほど、“月霊髄液”の制度は甘くない。そして頼みの“固有時制御”に関しても連続使用で過負荷が来ている。正直、切嗣は立っているだけでもやっとの状態なのだ。

 

「セイバーが駆け付けるまでなどと悠長なことは言わん。この場で即誅罰をくれてやるっ」

 

 理屈で切嗣の状態を悟っているわけではない。彼にしては珍しく、ケイネスは純粋に怒りのみで殺意を抱いていた。

 

 

「――――か」

 

 そしてそれ故に、彼は目の前の男が僅かに顔を歪めたのを見逃したのだ。

 

 だが、たとえ余人がそれを見ても誰がとがめられよう。

 

 怒り狂っているとはいえ、相手はどう見ても満身創痍。その手に握った銃を向けていることこそ異常なのだ。また、仮に引き金を絞れたところでケイネスが持つ“月霊髄液”を前に“ただの鉛玉”など威嚇にもなりはしない。

 

 だからこそ、彼は男の狙い通り選択を誤った。

 

 愛する人を守るために取った行動がどれだけ尊い行いであろうと、その激突によっておこる結果は、どこまでも残酷だった。

 

 

 






 原作どおり、彼の人は散ってもらいました(合掌


 ―――しかしキャラの感じは大分清かった気がしなくもないtontonです。
 いや、愛って素晴らしいんだよ愛って(棒
 ランサー戦は一区切りつけ、事後処理的にあと一話つけてこの章は終了ですな。
 うむ。この小説もようやくENDが見えてきた(白目
 長かったけど――が、頑張ります!

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