1.日常発非日常行き一方通行
「ででででで、ああああるからしてこここのXにこの式を代入して……」
授業は踊る、されど進まず。見滝原中学校ナンバーワンダメ教師の授業が淡々と続く。何がダメってこの教師、若いのだ。どうやら教員生活1年目だそうで、未だに緊張が解けないそうだ。だから声が震えて聞き取りづらいし、話が何度も何度もループする。そんな歳では無いだろうに、もうボケが回ってきたのかと思うレベルだ。
「すぴー……すぴー……」
私の隣から聞こえる寝息。青い髪の少女が、よだれで教科書を濡らしながら気持ち良さそうに眠っている。
「さやか、起きなよ、さやか」
囁きながら彼女の体を揺らすが、返ってくるのはまどかと結婚するのだー、なんて寝言ばかり。
「すぴー……」
美樹さやか。中学1年の時からの付き合いだ。体育の成績は素晴らしいものの、その、勉学が、ね。
そんな彼女は半年前にいなくなった私の親友を思い出させてしまう。
絵理は率直に言ってバカだった。でも元気で、優しくて、すごくバカだった。
隣の席で立派な鼻提灯を作っているさやかを見ていると、胸の奥が締め付けられるような痛みを感じる。
「……はぁ」
私はさやかを起こすことを諦め、頬杖をついて黒板に視線を移した。
「えっと、あ、で、あるからしてここのXにこの式を代入して……」
ほら、また始まった。その説明はさっきも聞いた。
ぼーっとクラスを見渡してみると、一部の真面目な子を除いたほとんどの生徒が眠りに落ちていた。子守唄か何かなのか。
正直こんな授業を受ける意味もない。私も目をつむり、居眠りを始めた。
「おっきろー!」
耳元で突然大きな声が聞こえた。私は反射的に頬杖をついていた腕で音のした方向を殴る。すると「ぶべらっ」という聞き慣れたオバカの声が聞こえた。
「ひ、ひどいよ流歌!いきなり殴るなんて!」
さやかが真っ赤になった顔を押さえながら言った。もう授業は終わっていた様で、皆がそれぞれの放課後を送っている。
「耳元でデカい声出す方が悪いと思うんだけど?」
私が非難するような視線をさやかに送ると、さやかの隣にいた女子が援護射撃を行う。
「そうですわ、さやかさん。驚かせてはいけませんわ」
お嬢様口調な……というよりも本当にお嬢様な少女、志筑仁美。彼女も1年の頃からの付き合いだ。
「さやかちゃん、ちょっとやりすぎだと思うなぁ……」
おまけにさやかの幼馴染みのまどかにまで非難を受け、さやかは変な叫び声をあげながらその場に崩れ落ちた。
「……で、何か用でもあるの?」
正直本気でへこんでるとは誰も思っていないので次の話題を振る。さやかも一瞬で立ち上がり、私の机に手を置いて話始めた。
「帰りに寄り道しない?仁美は来れないみたいなんだけどさ」
寄り道。さやかが行きたい場所は大体わかる。さやかにはまどかの他にもう一人幼馴染みがいる。その人の為にCDでも買っていくつもりなのだろう。
「……いや、私は良いかな。仁美と一緒に帰るよ」
「あら、嬉しいですわ。でも、気を使わなくても良いのですよ?」
私が言った言葉に、仁美は嬉しそうに手を合わせた。仁美は習い事が多く、帰りにはひとりぼっちになってしまうことが多い。何と言うか……少し寂しそうにしているのだ。本人はそれを表に出さないようにはしているけど。
「いや、私もちょっと用事があってね」
用事、と言うのには語弊があるかもしれない。だけど私には探さなければならない相手がいる。それが誰かも知らないけれど。
「そっか、そんじゃいこーぜー、まどかー」
さやかはそう言って頷くと、まどかの手を取り教室を出ていった。
「それじゃあ、私達も帰りましょうか、流歌さん」
心なしか何時もよりも高い声に聞こえた。2人で鞄に荷物を詰め込み、学校を出た。
「……あ、あの!」
2人で並んで下校する最中、仁美が突然立ち止まって言った。
「その、流歌さんに相談したいことがありまして……」
仁美の顔はタコのように真っ赤だ。それは夕日のせいでは無いだろう。彼女はもじもじと手を弄っている。
「その、出来ればまどかさんや、特にさやかさんには秘密にして欲しいのですが……」
そう言うってことは、きっとさやか絡みの相談なのだろう。私は取り合えず仁美を誘導して公園のベンチに腰掛け、話を聞くことにした。
「協力できるとは限らないけど、本当に私で良いの?」
私がそう聞くと、仁美は静かに頷いた。その瞳からは私への信頼感が伝わってきて……正直、重い。
「まぁ、良いけどさ。それで、どんな相談?」
仁美は言いにくそうに口をつぐむ。唇が揺れやがて小さな声が聞こえた。
「ゎ………、ぉ……ぃ……ぉ…………」
「……聞こえないよ。もう少し大きな声で言ってくれる?」
すると段々声が大きくなってきて、彼女が何を言っているのか理解することができた。
「私、上条君の事をお慕いしておりますの……」
これ、恋愛相談か。
上条恭介はさやかの幼馴染みその2。最近は入院しているみたいで教室では顔を見かけないが。
……そしてさやかは、多分そいつに惚れている。仁美とは恋敵の関係、って訳か。
「……なんでその話を私に?」
私がそう聞くと、仁美は照れたよう両頬を押さえて言った。
「え、だって流歌さんは男子に興味無さげでしたから……」
何で恥じらいながら言うんだ。何でわざわざ勘違いを引き起こさせようとするんだこの子は。
「……あのね、私は別にそっちの気は無いよ。男子に興味無い、ってのは確かだけどね」
つまり仁美は、ライバルにはならなさそうな私を選んで話しかけたのか。まぁ、もし私が仁美の立場だったら同じことをするだろう。
さやかもそうだが、あいつの何処が良いのだろう。
「さやかにはそれ、言ったの?」
仁美は首を勢いよく横に振る。振り回された髪が顔面に当たり少し痛かった。
「い、言えませんわ!……でも、何時かは言わなければいけませんわ。だから流歌さんに相談をしているんですの」
上条が欲しい。でもさやかとは友達でいたい、かぁ……。随分と都合の良い願いだ。悪いことだとは言わないけどね。
「……仁美は、どっちが大事なの?」
「へ?」
わけがわからないと言いたげなきょとんとした表情。何時もの仁美なら私が何を言っているのか理解できると思うが、今は2人の事で頭が一杯なのだろう。
「上条とさやか、仁美にとってはどっちが大切なの?」
仁美は返答につまり、うつむいてしまった。選べないだろう、優しい彼女の事だ。
「……私は今まで恋愛なんてしたこと無いから、正直アドバイスなんて出来ないよ。二兎を追う者は一兎も得ず。2つとも両方なんて都合の良いことはあり得ない。……どっちの方が大きいのか、2つを秤にかけるのは仁美がやることだよ」
仁美にはまだ未来がある。彼女には、私のように失敗してほしくないんだ。
私の時間は止まっている。半年前、親友を失ったあの日から。絵理以外にも大切な人はいる。でも、私が一番大切なのは絵理だった。
どうしてあの時、絵理と一緒に居なかったのだろう。私も屋上に居れば、彼女の盾になるくらいは出来たはずなのに。
「そう、ですわね。私、ゆっくり考えて見ますわ」
顔をあげた仁美がにっこりと微笑む。彼女にラブレターを送り玉砕した男子は数知れず。そんな彼女に愛されるとは、上条も隅に置けないやつだ。
「……それが良いよ。さやかは素直じゃないから、誰かに焚き付けられるまでは動かないだろうし。……ただ、タイミングには気を付けてね」
「タイミング、ですの?」
「そう、もしさやかが大変なときにそんなこと言われたら、処理しきれなくなってショートしちゃうかもしれないでしょ」
仁美はハッとした表情になる。仁美も悩んでいると結構視野が狭くなってしまう。告白した後のさやかばかりみて、今のさやかを見ていなかったのかもしれない。
「そう、ですわね。私、とんでもないことをしてしまうところでしたわ」
「いやまぁそれはオーバーじゃないかな。……とはいえ、あんまり動かなさすぎると第3者に上条を盗られちゃうかもしれないんだけどさ」
そう言って私は立ち上がる。そろそろ良い時間だ。仁美に夜の街を歩かせるわけにはいかない。
「そろそろ帰ろうか、仁美」
そう言って立ち上がって、ふと違和感を感じた。
「えぇ、そうですわね……って、どうかしましたか?」
私達がいるのは公園だ。だけど、こんなに広かっただろうか。
「これは……仁美、私から離れないで」
「え?は、はいっ!」
仁美をかばうように立ち周囲を警戒する。公園は明らかに広くなっていた。私達の座っていたベンチは長く延び、その両端を見ることが出来ない。街灯に照らされた私達の影が勝手に踊り始める。そして公園の中心に、さっきまではなかった高い塔が出現している。
間違いない、ここは――
「魔女の、結界……!」
「……ねぇ、さやかちゃん」
「ん?どうしたまどか」
CD屋から帰る最中の事。我が嫁まどかは暗い表情で話し掛けてきた。
「流歌ちゃん、絵理ちゃんのこと引き摺ってるのかな……」
「……そう、かもしれないね」
流歌には仲の良い親友がいた。だけどその子は半年前に行方不明になってしまい、見つかっていない。
そしてその日以来、流歌が笑うことはなくなった。話しかければ答えてくれるし、ヤマアラシのように触れたものを傷つけたりもしない。ただ、笑わないだけ。
「あいつを、元気付けてやりたいんだけどなぁ……」
元々あいつは明るくて、優しくて、よく笑うやつだった。
「私、心配だよ……」
このままじゃいけないことは分かる。だって流歌は、明らかに無理をしている。このままでは何時か壊れてしまいそうだ。
「あたしも。ほっとけないよ、あいつのこと」
だからと言って、何かが出来るわけではないのだ。流歌とあたしは中学になってからの付き合いだ。そんな新参者が、生まれたときからの幼馴染みに敵うわけがない。
「どうしたら、良いのかな……」
まどかにも聞こえないよう小さく呟いた。
あたしも、あいつの友達だと思ってたんだけどなぁ……。
「なんだかちょっと、寂しいな」
お読みいただきありがとうございます。
積極的に地雷を処理しにいく主人公の鑑。1話でした。戦闘は次回からです。
それではまた次回、お会いできたら嬉しいです。
ではでは。