RAIL WARS! ~After story~ 作:EF81
※注意※
今回のお話ではどうしてもゴハチとロクマルを出したかったため、現実世界の年代に当てはめると師匠の年齢がおかしなことになりますが、あくまでフィクションでありますので、現実世界の年代+15年遅いくらいの設定でお読みいただけたらと思います。
今回出てくる俗称について
・ゴハチ…EF58
・ロクマル…EF60
・P型…EF65 500番台特急牽引用
・PF…EF65 1000番台(現在のJR貨物では2000番台)
・ナナマル…EF70
・ハチイチ…EF81
今回出てくる用語について
・弱め界磁…弱め界磁制御のこと。抵抗制御・組合せ制御が最終段に達するに達したところで働かせることができる装置。これを使うと抵抗制御・組合せ制御の最終段よりもさらに速度を出すことできる。仕組みは筆者には表層しか分かりませんでした。こんな素人が書いてごめんなさい。
・フラッシュオーバ…整流子を使用している電動機において、高負荷・高回転運転が長く続いた場合や、負荷の開放や空転などのため回転数が定格を大幅に越えた場合に、整流作用に支障をもたらして火花を大量に発生させ、やがてその火花が整流子面を伝うように一気に短絡する現象や、故障や落雷などにより発生した異常電圧によりがいしの表面に沿って放電する現象。wiki完コピです、素人ですいません。
機関士が嫌いな季節、それはおそらく夏であろう。蒸気機関車時代は近くで火が燃え盛っているのだから今よりももっとひどかっただろうが、電気機関車になった今でも機関車の中はとても暑い。なぜなら、新型のEF68等にはクーラーが付いているそうだが、旧型のEF81やEF70等には付いていないからだ。(現在のJR貨物では基本的に国鉄型機関車でもクーラーが付いています。もちろん付いていない機関車もいます。門司機関区のEF81には付いているそうですが、富山機関区のEF81にはついていないそうです。)このss の主人公もまた夏の暑さは避けられない。
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季節はもう夏だ。「暑い暑い」と思いながら真夏の金沢平野を駆け抜ける貨物列車を運転して金沢貨物ターミナルに到着する。ここでコンテナの積み降ろしをする。俺が運転する区間は富山貨物までなので、積み降ろしの間運転室で少しの休憩をとる。天気予報によれば今日の北陸地方の最高気温は36度だそうで非常に暑い。EF81には貫通扉がついておらず運転席横の窓と乗務員扉を開ける位しか風を通す方法がない。こういうときは貫通扉の付いているEF64やPFが羨ましい。実際貫通扉が有り、それを開けたところであんまり温度は変わらないが、気持ち的に少し涼しいような気がする。どうも最近、高崎のEF64の一部や新鶴見のPFの一部には全般検査の時にクーラーが増設されているらしい。早く富山のハチイチにもつけてほしいものだ。全く、RJも「税金泥棒」とか言ってないで、「民営化すれば職場環境の改善される可能性が高い」とでも言って欲しいものだ。そうすれば、機関車にクーラーが付くのが早まる可能性が微粒子レベルで存在するかもしれない。いやないか。腰の重い親方日の丸天下の國鉄がそんなことするわけがない。
コンテナの積み降ろしが完了し、発車時刻になったので、一段一段ノッチを入れて列車を加速させていく。倶利伽羅峠を超えて富山県に入り、程なくして富山貨物駅に到着する。今日の乗務はこれで終了だ。汗びっしょりだったので、さっさと報告を済ませ、帰宅してシャワーを浴びた。
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現在午後3時。シャワーを浴びて風呂場から出て、スマホを見ると師匠から「夜7時にいつもの店の前に集合」というメールが来ていた。これは飲みの誘いだ。俺はお酒が好きというわけではないが、師匠は昔の話をしてくれるので、この飲み会は結構好きだ。「了解です。」と返事を打って6時半までは家のことをすることにした。
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~居酒屋にて~
今、俺は師匠の昔話を聞いている。
「中島さんが運転した中で一番難しかった区間は何処ですか?」
この完璧な師匠だって運転していて難しい区間というものはあるはずだと思って聞いてみた。
「一番難しかった区間か。やっぱり宮原時代の寝台列車で新大阪~大阪間は定時に着かせるのは難しかったなぁ。あの区間は他に走っている列車も多いし、寝台が少しでも遅れるとダイヤに影響が出るから緊張するんだが、機関車牽引列車の加速力だとどうしても速度が上がらなくてな、時刻表通りに着かせるのは機関士の腕にかかってたよ。まぁ、そういうところも含めて機関車の運転は楽しいんだけどな。」
「その頃の九州ブルトレはまだゴハチだったんですか?」
「ああ、ゴハチだったよ。ナナマルと同じくらいノッチの段数があってな、まぁゴハチはまだ現役だからお前ももう少し経験を積んだら運転してみるといいかもしれないな。たぶん、色んなことに気づくと思うよ。まぁ、俺が宮原に異動してから何年かでにロクマルになってP型、PF、そのあと66に変わったから、そんなに長い間九州ブルトレのゴハチを運転してた訳じゃないんだけどな。P型に変わったときは加速力に驚いたもんだよ。それに合わせてダイヤ自体も変わったから機関士の腕にかかってたのは変わらなかったけどな。」
「65に変わってやっぱり楽になりましたか?」
「そりゃそうさ。手動進段が自動進段に変わったんだからな。でも、手動進段だと細かいノッチ操作ができて客車に振動を与えづらいから先輩たちは65よりゴハチの方が良いって言ってたけどな。まぁ、俺はその頃新人だったから自動進段の65の方がずっと楽で良かったけどな。俺の頃の先輩たちは蒸気から機関車に乗ってたような人たちだったから手動が当たり前だったんだよな。車で言うオートマチックとマニュアルみたいな違いだからな。お前もナナマルとハチイチを運転しててハチイチの方が楽だろ?あれの違いみたいなものだよ。」
「確かにハチイチのほうが引き出しは楽ですね。そういえば、ロクマルってどんな感じなんですか?」
「ロクマルか。あれはほんの少ししか寝台の運用に就かなかったんだよなぁ。もともとがEF15、EH10に代わる貨物用の機関車として作られたものだから重い客車を引き出すまではいいんだが、高速性能があまり良く無くてな、フラッシュオーバで故障が多かったんだ。だから、最終的には弱め界磁に使用制限がかかったんだよ。で、結局65が出てきたらお役御免になって500番台も基本番台と同じ貨物運用に就くようになったんだが、俺はパワーがあるからゴハチに比べて引き出しが楽で嫌いじゃなかったよ。P型と比べたら性能差は歴然だったけどな。まぁ、元の設計が貨物牽引用の機関車と特急列車牽引用の機関車を比べるほうがどうかしてるってもんだがな。」
この後も昔の話を聞いていたが、師匠は明日は夕方から乗務とのことなので早めに切り上げて11時には飲み会は終了し、俺は家に帰ることにした。
昔の機関車の話を聞くのはとても有意義で楽しい。俺の親方日の丸一生安泰國鉄人生にまたいくつか機関車の知識が付きました。明日からも安全運転で頑張ります。ハチイチやナナマルの運転も楽しいし、やりがいがあるけど、いつかはゴハチを運転してみたいなぁ。
それにしても会話を書くのは難しいですね。用語など筆者はあまり理解しないで書いている部分が多々ありますので、間違いなどございましたら、非常に助かりますので、遠慮なくご指摘ください。素人の書き物ですので温かい目で見てくださったらなと思います。