八幡の誕生日にはどうにか間に合いました。
では、改訂版、どうぞ!
距離
《12月7日 武装探偵社》
「もうね、もう無理。残業手当とかいらん。今日の午後から半休だが…今から休みをくれ…」
現在時刻、早朝四時。
俺は一人、PCと睨めっこしていた。簡単な話、残業と云う地獄の稼業に苦しんでいる。終わりの兆しが見えたとは云え、苦行である事には変わりない。
「太宰の兵六玉が仕事をすっぽかさなければ…
自身の仕事は日が変わる前に終わらせた。だが太宰がすっぽかした仕事が
午前二時に一度帰宅し、家でかなり遅い夕食。風呂へ入り、目を覚まし、四時前に武装探偵社に出勤。日替わりで夜通し勤務している事務員が俺に栄養ドリンクと…軍警からの書類を渡してくれた。
「また増えたんだけど……!」
暗闇の中、一人ごちる。
差出人は“辻村深月”で、三社鼎立時の軍警からの報告だった。
栄養ドリンクを流し込みながら、書類に目を通す。
「は…え?」
其の書類に記載された“事実”に間抜けな声が漏れる。
あの日、ゴーゴリと名乗った男の異能でドストエフスキーを取り逃した時。
其の合図の報告、つまりドストエフスキーが降伏の意を表す『両手を後頭部に組む』と云う動作をゴーゴリに
其の人物の行方、及び捕縛を軍警と市警に依頼していたのである。此の書類は其の報告書だった。
「“転落死”……ね、やられた」
其の人物は“事故死”で数週間前に逝去していた。
山中に雲隠れしていた様だが、積雪で足を滑らせ崖下へ転落。自身の不注意で亡くなった、と明記されている。其処に人の介入があった痕跡は一つも無かったとのこと。
そして其の人物の来歴を見てみると
軍警や綾辻先生が気付いた時には、時既に遅し、だったと。此の事件、厭、
「綾辻先生に対する盛大な嫌がらせ…って事が」
カタカタカタ、カッターン!
此の事件事故を含め、政府に提出する書類を完成させる。
色んな恨み辛みを含ませ力強くEnterキーを押す。気持良いンだよな、これ。
時刻を見ると朝六時。一先ず仕事を終えた事を確認し、力無くしてガンッと机に突っ伏した。
睡眠欲と云う人間として当たり前の欲に成す術は無い。体勢は変だが、仮眠室へ動くのも億劫だ。
「──起き─」
………無理。
「八──起きな」
五月蝿い…。
「八幡、起きな」
あと五分…。
「起きないとアンタの×××をもぎ取るよ?」
「……ッ」
悪寒が走り、もそもそと起きる。
寝呆け眼で声のした方向へ首だけ向けると、
「チッ!お早う、八幡」
「お、おう」
何で舌打ちしたのん?八幡、難聴系主人公じゃないから聞こえてますよ?
躰を起こし、立ち上がるが、変な大勢で寝ていた
晶子以外誰一人居ないンだけど。
時刻を見ると11時。かれこれ五時間近く爆睡してた訳だが平日に誰一人出社していないのは可怪しい…平日って事も相まって尚更。故に一つの結論に辿り着く。
────彼奴ら、逃げた?
逃げた、とは晶子からだ。
乱歩は之を『危機察知能力』と称している。理由はうら若き乙女()である晶子が半休だったりすると午後から
「八幡、これ」
「MAX珈琲……助かる」
放られたMAX珈琲の缶を掴んで、喉に流し込む。
此れよ此れ。甘味の暴力が鈍った頭をぶっ叩き、目が一気に冴える。恐らく、冷蔵庫に常時置いてあるMAX珈琲だろうが、此の気遣いは晶子ならではだ。徹夜の時、国木田の場合は栄養ドリンクやマッサージ、乱歩の時は酸っぱいお菓子、社長の場合はカテキンが多く入った抹茶……どれも眠気は吹き飛ぶが、MAX珈琲が一番だと毎度ながらに思う。
「な、なァ八幡」
「…ん?」
チラチラと此方を窺う様に視線を寄越す晶子。
何か云いたい事があるのなら、スッと云って呉れたら良いのに。俺みたくコミュ障ではあるまいし。
「アンタが目覚めた時に快気祝いをやっただろう?」
「あぁ、やったな……」
数週間前の事だ。思い出したくも無いのが本音である。
誰とは云わないが、回復したばかりなのに酒豪が呑ませに呑ませ、キラキラを裏路地にぶち撒けた。俺だけでなく、国木田もキラキラを吐き出していた。
「其の時のビンゴ大会で当たった映画の
うむ、アレか。
自分で云うのは恥ずかしいから、云わせようとしてるのん?
後、晶子さん、そんなモジモジするキャラでしたか?可愛いくて直視出来ないから
「はぁ。えっと………晶子、今から時間あるか?」
「其れはまぁ…午後から休みだけど」
「映画…行くか?」
ちょっと暖房効き過ぎだろ此の部屋。耳まで熱くて仕方が無いンだけど。
愛らしく微笑んでいる晶子は、口元を缶珈琲で隠してる。気恥ずかしさを隠す為なんだろうけど、まっっったく隠せてない。
「…どっちだ」
「行く」
ぽそっと柔らかな囁きが耳を撫でる。グイッと缶珈琲を喉に流し込み、釣り上がる口角を隠す。人の事なんて云えたもんじゃない。
机上に有る“袋”を忘れない様に持つ。まぁ其の、態々此の日を半休にした理由が有る訳で…まぁ其れは置いといて、だ。
二人並んで歩く。
過去では、隣を歩く事なんて意地でもしなかった事を、いとも簡単に行っている俺は成長した、という事だろうか。
見てるか、小町。
お兄ちゃん、成長したよ?
「八幡、手足が両方、同時に出てるよ」
見てるか、小町。
お兄ちゃん、成長してないみたい……。
二人が外に出るとゆっくり事務室から出てくる人影が幾つか。
「ふぅ、一件落着だね!後は八がどうにかするだろうさ!」
「そうですね、乱歩さんの云う通りです。八さんの事ですから、後は任せて俺達は仕事に……おい敦、あの阿呆は何処だ?」
「だ、太宰さんは…あ、そう云えば『知人と一緒に“龍”に逢いに行く』と云っていました。伝言かどうか判り辛いですけど」
「要するにサボりだな?」
「まぁ……………はい」
「はーあッ!もう知らん!今日はめでたい日だからな!あの阿呆は置いといて仕事をするぞ!谷崎!鏡花!此の資料を頼む!賢治は此の案件を!谷崎妹、事務員を掻き集めて此の仕事の割り振りと決算を早急に行え!それから────」
「ねぇねぇ、乱歩お兄ちゃん」
「んん?何だい久作君」
「どうしてあの眼鏡の人、何時もより張り切ってるの?」
「そうだなァ…大切な人の“幸せ”を願っているから、じゃない?POCKY食べる?」
「ふーん……食べる!」
《大型デパート PM13:00》
此のデパートは最近出来ただけあって大変賑わっている。
中世
「ヤバイ。リア充の熱で溶ける」
「確かに暑いねェ。最近出来ただけあるよ」
「飯だけ先食ってて良かった。映画どころじゃ無かったな」
「そうだねェ…取り敢えず行ってみようか」
人が
良くもまぁこんなに人がわいわいがやがや居るのに、二人の世界を作り出しているカップルも居る訳で。呆れや嫉妬を通り越して、少し尊敬するまである。
映画館に着くとスタッフに映画の券を見せた。するとスタッフは目を見開き、こう言った。
「プラチナシートのお客様でしたか。どうぞ御案内いたします。」
プラチナシートぉ?
俺は映画は基本一人で見る派なので、プラチナシートなど聞いたことがなかった。おい、見る相手が居ないの間違いだろとか云うンじゃない。泣いちゃうだろうが。
晶子に目をやっても肩を竦めるだけだ。晶子にとっても知らなかった事だったらしい。
スタッフに付いていくと或る部屋に通された。
「是って
「カップルシート・・・」
目の前に飛び込んできたのは、カップルシートだった。
ゆったりとしたソファにテーブル、脚を乗せる台まであり、専用のサラウンドスピーカー、16種類から選べるウェルカムドリンクetc…之を狙って景品にした奴は誰なんだよ。
「そう云えば映画って何を見るンだ?」
「えぇと之だね」
其れは巷で有名なサスペンスホラーの映画だった。雨の日にだけ現れ、残虐な猟奇殺人を続ける「カエル男」と、それを追う警視庁捜査一課の刑事の物語だ。見たいと思っていた映画だ。
でもこういうの、普通、男女で見る様な、ましてやカップル席で見る様な映画では無いンじゃないの?もっとこう恋愛映画とか、感動映画とか…まぁ俺がそんなの見てたら噴飯ものではあるけど。
俺と晶子は二人分くらい距離を空け各々寛いだ。チラッと晶子を見てみると、目を爛々と輝かせている。貴女、好きそうだもんね、此れみたいなR指定映画。
映画が始まったのは間もなくの事だった。
「面白かったな。巷で噂になるだけはあった」
「あぁ。
映画を観終え退出すると、同じ映画を見ていた客は、俺達を見て凝然と目を見開いていた。そんな目で見ないで!間違っても男女で見る様な映画じゃない事くらい判ってるから!あの映画の内容で、恍惚の表情を浮かべられる隣の女性は見ないであげて!
「何処が印象に残った?」
「俺はアレだな、『捜査ってのはパズルみたいなもンだ…一つ一つ繋げて行けば自ずと事件の輪郭が浮かび上がってくる』…上手い云い回しだと思った」
「
「へェ……ん?」
「後、刑で云えば“母親の痛みを知りましょう”の刑だね。ああ解体すればこう鳴くのだと判ったよ。今度、怪我人が出たら試してみようか」
最悪だ。晶子の共感部分は判らないが、此の映画を選んだのは百%間違いだったって事は判る。
「後は───」
「晶子、何処かゆっくり話せる場所に移動しないか?立ち話もなんだしな」
「ん?そうだねェ…そう云えば此のデパートには和菓子屋があるそうだよ。其処に行くかい?」
「其れで善い」
周りの視線が痛い。公衆の面前で解体とか試すとか云うンじゃねえよ…引かれてるから。携帯に手を掛けてる人居るから。
俺達を稀有な視線で見詰める映画の客は、俺達からかなり離れて歩いている。其の事実に上機嫌な晶子は気付いた様子は無い。だがまぁ…そんな表情も愛おしいと感じる俺がいた。
《地下一階 和菓子屋》
此の和菓子屋は主に抹茶を取り扱っている。其れはソフトクリームから始まり、かき氷、団子に最中、饅頭と多種多様だ。
「ご注文はお決まりになりましたか?」
「えーと俺は…此の『三色団子と抹茶のセット』で」
「
「有難うございます。お客様方はカップル様で御座いますか?其れならば使える割引が御座いますが」
俺と晶子を交互に見て店員はそう云う。
間違いはしっかり訂正しないといけない。
「俺らはカップルと云うか、召使いと主人と云うか…」
────ガンッ!
「カップルなんで…割引お願いします……」
「畏まりました。では席にてお待ちください」
痛む爪先を引き摺りながら、晶子と向かい合わせで座る。
映画の感想でも話そうかと晶子に向き直ると、何故かそっぽを向いたまま俺を見ようとしない。明らかに機嫌が悪い。
「お待たせしました。では写真を一枚撮らせて頂きますね?」
「へ?」
「カップル割を使われるお客様の条件でございます。お近付きになって下さい」
普通のカップルならば簡単な所業だろう。
だが、恋仲でも無い只の仕事仲間だ。どうしろと?そんな満面の笑み(目は笑っていない)で云われても、ハードルが高過ぎて、越えるどころか
「彼氏様はもう少し彼女様に近付いて頂きたく」
「早くしな…」
「お、おう」
意識してるの俺だけ?俺だけなのん?
店員の「はいっ」という声と同時に
それからは晶子は何故か機嫌が戻り、朗らかな笑みで饅頭を口にしている。写真を撮った店員と何かコソコソ話していたが、まぁ気にする事でもないだろう。
無言で食べ進めている時、店外でちょっとしたアクシデントが起こった。
「なぁ良いだろ?遊ぼうぜ?」
「
「うっは強気強気!良いね〜マジ好み!」
「……っ」
お手本みたいなナンパが店外であっていた。
チャラ男二人に学生であろう少女が二人。
少女の一人は、流れる様な黒の長髪に大人びた性格が垣間見える。
反対にもう一人の、黒髪の少女の背後に隠れている少女は、ウェーブのかかった茶髪を天辺で団子にしており、ふるふる震える姿からは小動物を想起させる。
さっさと断って何処かへ行けば良いものの、黒髪ロングの少女は丁寧に罵倒で返している。男二人はメンタルが強いのか、本当に猿なのか、堪えた様子は無い。随分キツイ事云われてるンだけどなぁ……。
「後ろの女の子もさ、お兄さん達、お金持ってるから奢ってあげるよ?」
「だ、大丈夫です……」
「
「…程々にな」
晶子は立ち上がり、男らに向かって行った。
俺は団子を食べながら其の様子を見守る。黒髪の少女は、重心や佇まいからして、何かしらの“道”を嗜んでいる様なので大事に至る事はないと踏んでいたが、其の前に目の前の女性の堪忍袋の緒が切れたようだ。くわばらくわばら。
「ご容赦を。彼女らは
あーっと、此れは
晶子と出逢ったばかりの頃、こンな事があった様な気がする。
「んぁ?なに、お姉さんが相手してくれんの?」
「え〜俺、若い
良くもまぁ女性達の前であゝ云う事云えるよな。
あ、国木田みたいなムッツリは見てて面白いので推奨してます。
「それなら皆で行けば良くね!?」
「其れ名案だな!うっは
名案と云うか君達の言葉で目の前の女性達との明暗が分かれたけどね。
ほら、三人だけでなくデパートの皆が皆、絶対零度の視線を送ってらっしゃる。気付きもしてないが。
「じゃ、行こっ────」
「あ゛?」
「は?」
思い出した、デジャヴだわ。
晶子を真ん中に挟み、晶子と黒髪の少女と肩を組もうとした男達は、次の瞬間には宙を舞い、地面に叩き付けられていた。
一人は晶子背負い投げ、もう一人は黒髪の少女が
「覚悟は出来てるンだろうねェ…!」
「汚らわしい。勝手に触れないでくれないかしら」
映画の内容を此処で表現しようとする晶子と冷ややかな視線を送る少女。
背中を激しく打った男らは、羞恥に顔を朱に染め上げ、激憤する……そろそろだな。
「ふっ巫山戯ンなッ!調子乗りやがっ────」
「済みません、此れ以上は怪我人が出るので止めませんか」
振り被っている拳に手を当て、制止する。
男の一人は突然止められたものだから目が凝然と見開いている。
え、何時から居たの?みたいな視線が刺さるが気に留めない。晶子さんや、御前までそんな目するなよ。
「あ゛ぁ?
拳を振り上げていない方の男が威勢良く唾を飛ばして来る。
此の儘だと、衆目に晒されながら投げに投げられ、SNSに自身の惨めな醜悪さを世界に発信する事になる、つまり色々な怪我をするのは彼女達では無いってことなんだが…此の儘伝えた
「あッ……!い゛ッ……!」
「お、おい
そんな血相変えて睨まなくても…少し力を入れて拳を握っただけなんだが。
痛みに耐えれなくなったのか跪いた男は涙目になっていて、何かこう…俺が虐めているみたくなっている。
手を
「あ、ありがとうございました!」
「あー
活発そうな子が腰を折って礼をする。そんな
活発そうな子は、ぐいぐいともう一人の女の子の背中を押し、俺達の前に押し出した。
「ほら、ゆきのんも御礼云わないと!」
「別に私と其処の女性で十分どころか十二分であったのだけれど……
テクニカルに役立たずって言ってませんか其れ。
え、待って…年相応って事は
「はァ…」
「溜息
「由比ヶ浜さんの云う通り、女性の顔を見て溜息を吐かれるのは失礼に当たるわよ。其れもこんな美少女を前にして、目でも腐って……あ、御免なさい。既に死んだ魚の様な目をしてたわね」
「誰が死んだ魚みたいな目だ。DHA豊富そうで良いな」
「一切褒めていないのだけれど…」
「えっと…悪い方にポジティブですね!」
「其れ褒めてるの?貶してるの?」
「ふぇ?怪我はしてませんよ?ゆきのんとお姉さんが護ってくれたから!」
あ、判った。此の子、アホの子だ。
“ゆきのん”と呼ばれていた女の子は頭抱えてるし…日頃、苦労しているンであろう事が窺える。友人と云うか仲の良い姉妹の様な、立ち位置は逆だが
そんな感慨を憶えながら、話を訊くと二人は大学一回生と云う事だった。卒業以来、久方振りに逢い、横浜へ旅行に来たのだと云う。こンな治安の悪い処に来るなよと思うのは御愛嬌。表は観光
「そろそろ行きましょうか、由比ヶ浜さん。二人の邪魔をしては無粋と云うものよ」
「うん!改めて、
「「なっ……!」」
最後の最後で爆弾を落とした“由比ヶ浜”と呼ばれた女の子は、とてとてと“ゆきのん”と呼ばれた女の子の後を付いて行き…何と云うか
無言の儘、和菓子屋に戻ると客と店員から拍手が貰えた。むず痒い上に、晶子も俺も全く喋らないので気不味い。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……フフッ」
「……ハハッ」
二人して
何が可笑しいか判らない。が、笑みが
晶子との出逢いは
俺は、
「綺麗だねェ…」
晶子が思わず漏らす。俺も同意見だった。
和菓子屋の後、俺達はウィンドウショッピングをしたが与謝野は何も買わなかった。ただ、之が綺麗だとか、可愛いだとか、そンな感想ばかりで何も買わなかった。唯、純粋に…
そうこうしている内に午後六時を回り、俺達はデパートを出た。
目の前には一面の青と白の世界。目を奪われ、立ち尽くす。
「イルミネーション…か。一人で見るイルミネーションは唯の電球の塊だと思っていたが…」
「風情のないこと云う…夢がないよ」
「イルミネーションに風情を感じる方が可怪しいだろ。大体、人の夢と書いて“儚い”だからな」
「相変わらずの
「圧倒的成長なんて簡単には出来ないように、愛や友情は買えないように、俺はただ変な理想を、願望を抱きたくないだけだ。今も昔も」
「そうすると誰も傷つかないから…かい?」
「…」
晶子の問いに何も答える事が出来なかった。答えられなかった、の方が正しいか。
其れでも、イルミネーションが輝く幻想的な街路樹の道を、晶子と並び歩いた。隣に居てくれた。聞こえるのは俺達の息遣いと時折走り抜ける車の音だけだった。
近い様で遠い、俺は足を止めた。
「……晶子これ」
「其れは探偵社から出た時から持ってた袋?」
「誕生日おめでとう、晶子」
「覚えてて…くれたのかい?」
「あぁ。忘れない、忘れる訳が無いだろ」
袋を手渡す。
晶子は視線を寄越したので、目線だけで首肯する。
ゆっくり其れを開けた。少しはがり、目が見開く。
「マフラー……」
真紅のマフラー。
俺が選んだのは、其れだった。
晶子は取り出すと、此方を向く事なく、ゆっくり口を開く。
「ねェ八幡」
「ん?」
「巻いて…くれない?」
「……ん」
真紅のマフラーを手に取って、晶子に巻く。
ゆっくり大切に割れ物を扱っている時のように…其の時間はとても長く感じられ、だが実際は短いものなのだろう。
正面から巻いているのと、二人の距離は近くなる。当然の事実。
俺と晶子の息遣いは、熱を帯びているようで、静かに冬の寒さを紛らわせる。
「有難う、八幡。暖かい…よ」
「お、おう」
ちょっと普通じゃない瞬間に直面しているという意識が俺の鼓動を早める。心音が煩くて仕方ない。
晶子は、赤くなった顔を隠す様にマフラーに顔をうずめる。
何故か、其の姿を見て直視出来ずに目を逸らしてしまう。
ふと、晶子が顔を上げた。釣られて上げる。
「雪…」
「そう、だな」
何とも云えない距離で。
俺と晶子は二人、並んで歩く。
自然と…自然と、お互いの温度を
俺は、俺より小さく華奢な手を、震える手を、温かな手を────そっと、握り締めた。
此の行為に意味は無い────だが、欲しかったのは、伝えたかったものは、行為とは別の何か。
重ねて来た時間が、すれ違ってきた想いが、此の行為に
握り締められた手からは、勇気と怯えが伝わる。
彼が一歩踏み出してくれた事、
八幡と居ると口元が緩くなる。
他の人が聞いたら呆れるような軽口さえ、心地良さを覚える。
自分の為だと言い張る不器用な優しさに触れると、躰が熱くなる。
頼れる背中…でも、
有難う、八幡。
本当に。アンタの不器用で、誰にでも優しいところ─────────大好きよ。
番外篇、其の壱です!
十二月七日
与謝野晶子女医 誕生日おめでとう!
少しだけ、二人の“距離”というのが理解出来たかなぁと。思います。
甘いけど・・・ほろにがい。
MAX珈琲ではなく、微糖の珈琲ぐらいの一話に仕上げたつもりです。ちなみに僕は珈琲の微糖をのみながら仕上げました。はい。
※ここから八月八日の改訂版の私の想い。
待たせてしまいました。申し訳御座いません。
随分と変えて、試行錯誤して…ようやっと完成しました。まだ2話も残っていますが、首を長くして待って頂けると幸いです。
そして、毎度毎度楽しみにしてくれている方、本当に有り難う御座います。特に『景義』さん。この場を借りて、御礼申し上げます。
ではまた次回!
文スト3rdSEASONおめでとう!何時までも応援し続けます!
では今宵も────ストレイドッグに。