竜鱗の遊び手   作:金乃宮

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この作品は、にじファンにて連載していたものの転載版です。
基本的に内容は変わっていません。




プロローグ

   ●

 

 

 私が今まで育った村が、炎に包まれていた。

 

 

   ●

 

 

 私のいる村は、かなりの田舎にあった。

 人口はせいぜい250程。村の全員が顔見知りだった。

 困ったときは助け合い、個人の祝い事でも村中で祝う、そんな場所だった。

 

 そんな温かい所だったから、18年前に森の中に捨てられていた赤ん坊である私の事も、きちんと育ててくれた。

 その特殊な生い立ち故か、村人全員から家族のように接されている。

 かく言う私も、村の皆の事を父や母、兄弟姉妹のように思っている。

 思い思われることをうれしく思い、私自身も彼らの為に動いた。

 田舎町で、大きな町の人からは不便だと言われもするが、そんなものは気にせず、みんなの笑顔を見ながら暮らしていった。

 そして、そんな暮らしが永遠に続くと、信じていた。

 

 

   ●

 

 

 私たちの村では適材適所で仕事をこなす。

 

 若く力自慢の男たちが力仕事を担当し、女たちは家事をこなす。

 子どもたちは良く学び、よく食べ、よく眠り、よく育つのが仕事で、体力の衰え始めた老人たちは親が忙しい間子どもたちの面倒を見ている。

 何せ村中が一つの家族のような村だから、人の家の子だからと言っても自分の孫のように感じているのか、とても楽しそうに遊んでいる。

 かつては私もその中で遊び、老人たちの豊富な知識を分け与えられ、様々なことを学んできた。

 森にある食べられる食材の事、狩りの事、人との接し方の事……。

 様々なことを教えられ、そして私もいつかは教える側になるのだと思っていた。

 

 

   ●

 

 

 そう、思っていた。

 

 

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 私は男で、体もしっかりしていたから当然力仕事組だった。

 その日はそういう若者十数人で森に木を切りに行った。

 私たちは村中の薪を確保するため、毎年決まった時期に一週間かけて何本もの木を切り、それをさらに細かく割って各家に配る。

 そうして皆で一丸となり、厳しい冬を乗り越えるのだ。

 それぞれができることをやり、できない者の事を支え、皆が互いを支え合って生きていく。

 そうやってこの村の人々は生きてきた。

 その時も一抱えほどの太さがある木を切り倒し、その前に切った二本の木と合わせて村に持ち帰るところだった。

 持って帰って村の広場で細かく割って薪置き場に置けばその日の仕事はおしまいだった。

 同じことをあと6回繰り返せば、その年の冬は村中の人が温かい家で過ごせるようになる。

 毎年の事を思い出し、そういう計算をして、必要最低限の量の木を切り、その木の枝をもともと木が生えていた場所の近くに刺し、自然に感謝をささげながら村に帰った。

 

 

   ●

 

 

 結果的に、その計算も、その仕事も、全部無駄になった。

 

 

   ●

 

 

 村に帰る道で、ふと妙な気持ちに襲われた。

 どうも、薪の使用量の計算が合わないような気がしてきたのだ。

 何度も計算して、いろいろな者に確かめてもらい、全員同じ結果が出たはずなのに。

 

 村で使う薪は、これの5倍くらいではないか?

 

 ……いや、4倍でも多すぎる。

 

 ……いや、もっと少なくても――。

 

 

   ●

 

 

 村の惨状を見たのは、薪の量を昨年の半分にしても良いと思い始めた時だった。

 

 

   ●

 

 

 村が見えてきて、最初に気が付いた異変は、炎だった。

 村の周りを取り囲むように炎の壁がそびえたっている。

 しかも、その炎は普通ではありえない色をしていた。

 そのことに驚きつつも、誰かが放った火なのだろうと考え、砂や水をかけたが全く消える様子がない。

 それでも中に入らないわけにはいかなかったので、全員で頭から水をかぶり、火の壁に飛び込んだ。

 

 

   ●

 

 

 壁の中は、地獄だった。

 

 多くの村人たちが逃げまどい、炎の壁に行く手を阻まれ、別の場所に逃げて、と言うのを繰り返していて、皆パニックになっていた。

 

 そしてその中心には化物がいた。

 

 輪郭だけは人間のようだが、人間は3メートル近い身長をしていないし、手も左右二本ずつ持ってはいない。

 それに何より、その化物には頭が二つ、しかも牛と馬の頭がついていた。

 

 その化物は二つの頭の視線をそれぞれ別の方向に向けると、『すうぅぅぅぅぅ……』と空気を吸い込んだ。

 するとその視線の先にいた村人数人の体がいきなり燃え始めた。

 村を囲む壁の炎と同じ色の炎で燃え上がった村人たちに向かって、化物はさらに空気を吸い込み続ける。

 すると、村人たちを燃やす炎が化物の口にすうっと吸い込まれていき、完全に炎を吸い込まれた村人の姿はフッと消えてしまった。

 化物の目的はその炎を吸い込むことなのか、吸っていた数人が完全に消えると、また他の村人たちを燃やし、炎を吸い取り始めた。

 

 不思議なのは、その光景を私と一緒に見ていたはずの男が、

 

「てめえ、何者だ!! ここで何してやがる!!」

 

 と叫びながら化物の方に斧を片手に突っ込んでいき、また炎となって吸い込まれていったことだ。

 また駆け出して行こうとする男に向かって、先ほどの二の舞になるぞ、と忠告したが『???』とよくわかっていないという顔をされた。

 どうも、炎となって吸われた者の事を忘れているようだ。

 

 そして、そのことに思い至ったとき、これまでの違和感も消えた。

 ここに来たとき、すでに半数の村人が消えていたとしたら、薪の量を間違えたのも納得がいく。

 消されて、忘れてしまったのだからその人の分の薪はいらなくなり、結果的に薪の量は少なくなる。

 他の者は違うようだが、私は目の前で消された人たちの事を覚えている。

 ならば私が見ていないところで消された他の者たちの事も思い出せるかと思ってやってみたが、名前とうっすらとした印象しか思い出せない。

 そして、この現象を今もなお起こし続けている化物に怒りがわいてきて、私は斧を持って化物に突っ込んで行った。

 

 

   ●

 

 

 だが、体格はおろか、手数まで倍ほど違う化物と私とでは最初から勝負になるはずもなく、今まで見ていた情報から吸われないようにちょこまかと動いて化物の苛立ちを買い、殴り飛ばされて近くにあった空家(今まで気のいい夫婦が住んでいたはずの家)の壁を突き破って動けなくなっただけだった。

 ものすごい力で吹き飛ばされ、家の壁を突き破るほどの衝撃を受けてもなお、私は気を失うことはなかった。

 だが、体の方はさすがに指一本動かせず、ただただ化物に村人が、家族が吸われていくのを黙ってみていることしかできなかった。

 

 私の事を子どものころから特にかわいがってくれた、セリオンばあさん。

 

 悪さをすると厳しくしかってくれ、それでも時々は優しかった、シュラおじさん。

 

 同い年で特に仲が良く、『貰い手がいなかったらお嫁さんになってあげる!』なんて言っていた、ロザリンド。

 

 生まれたばかりで、私が抱っこしてやるとどんなにむずがっていても泣きやみ笑ってくれた、アデル坊や。

 

 みんな、みんな、化物に吸われて、消えていってしまった。

 

 そして、全員吸い終わったのだろう化物が、食べ残しである私の方に歩いてきた。

 

 どうしようもない喪失感に、叫んだ。

 

 体に力は入らず、声も出ない。

 

 その状況でも、ただ、声なき叫びを、放ち続けた。

 

 

   ●

 

 

 憎かった、あの化物が。

 悔しかった、何もできない自分が。

 

 ――だから、求めた。

 

 ――力を。

 

 

   ●

 

 

 (力を、求めますか? ――以上)

 

 声が、聞こえた。

 

 (力を、求めますか? ――以上)

 

 力を欲するかと言う、抑揚の全くない女の声が。

 

 幻聴かと思った。

 危機的状況が故に自身で生み出した幻だ、と。

 

 だが、たとえ何も意味がなくとも、すがってみたいと思った。

 だから。

 

「……欲しい。欲しいとも」

 

 言葉を返した。求めるという言葉を。

 

 (そのためには、あなたのすべてが失われます。よろしいですか? ――以上)

 

 だから、返事が返ってきたことに少々驚いた。

 

 (あなたの全てを代償に、あなたは万能の可能性を手に入れます。欲しますか? ――以上)

 

 さらに訪ねてきた。少々しつこい幻聴だと思ったが、返した。

 

「……もとより、私のすべてはあの化物に奪われた。私はもう空っぽだ。だから、この理不尽を止める力を、私にくれ……! そのためならば、私のすべてを差し出そう!」

 

 私の力を求める叫びにまた、幻聴が返ってきた。

 

 (契約、成立しました。 ――以上)

 

 

   ●

 

 

 契約成立の声の直後、私の中の何かが、私を構成する大切な何かがすべて洗い流され、空っぽになった私の中に、何か大きなものが入り込んできた。

 その間、私はゆらゆら揺らめく天色(あまいろ)の炎に包まれていた。

 そして私の中に何かが完全に入ったとき、私を包んでいた炎も消えていて。

 

 目を開けると、体の痛みは気にならなくなり、力が湧いてくるのを感じた。

 同時に驚きを隠せない様子の化物が、それでも私に向かって右肩から生える二本の腕をたたきつけようとしているのが見えて、急いでその場を飛び退いた。

 すると、この家に飛び込んだ時と同じように飛び退いた方の壁を突き抜けて外に飛び出してしまった。

 

 しかも、大した痛みも感じない。

 私としては壁際まで飛び退くぐらいのつもりだったが、思いのほか力が強くなっていたようだ。

 

 そのことに驚いていると、先ほどの幻聴がまた聞こえてきた。

 

「自分の中にある力を自覚してください。さもなくば、また周囲を無駄に壊すことになります。――以上」

 

 さすがに幻聴だとは思えないほどはっきりと聞こえた声の出所を探るために周囲を見渡すと、視界の端に見慣れないモノがあった。

 

 それは、木を削り取って形を整えただけと言うような、木目のはっきり浮かんだ正立方体を三つ紐でつなげただけの簡素な首飾りだった。

 それを首にかけたまま掌に載せいろいろな角度から眺めていると、

 

「……私に興味を持つのも結構ですが、今は目の前の敵に集中すべきかと。――以上」

 

 と言う声が掌から聞こえた。

 

 正確には掌の上の立方体から聞こえたのだが、そんなことを気にするまもなく先ほどの家から化物が出てきて、こちらに向かって飛び掛かってきた。

 さすがに私を吹き飛ばしたあの一撃をまた喰らうのは嫌なので、真っ直ぐ突っ込んでくる化物にタイミングを合わせ、二本の右腕を振りかぶってこちらに突き刺そうとする化物の右側へ飛んだ。

 すると、体格差からちょうど殴りやすそうなところに化物の脇腹があったので、思い切り殴ってやると化物はいい勢いで吹き飛ばされていった。

 

 離れたところにある空家が破壊されるのを見ながら、私は今の一撃の威力を量る。

 見た目は全く変わっていないのにもかかわらず、ずいぶんと強くなっているようだ。

 

 そんなことを考えていると、また首飾りから声が聞こえてきた。

 

「自分の中に渦巻く力をイメージして、それを自由に操れるようになってください。そうしないと無駄に力を消費して、倒れてしまいます。――以上」

 

 そう言われてもよくわからないが、とりあえず言われた通りに体の中にある力を頭の中でイメージし、それを右手に向かって流れを変えるイメージを形作った。

 すると本当にゆっくりとだが、右腕に力がたまる感じがして、ある程度たまると腕全体に天色(あまいろ)の炎が纏わり付き始めた。

 

 本来ならば有り得ないそのことに驚いていると、また首飾りから声が聞こえた。

 

「前方にご注意ください。――以上」

 

 その声に前を向くと、壊れた家のがれきを押しのけた化物がこちらに向かって炎の塊を投げつけてきたところだった。

 あわててよけようとするも、力をすべて右腕に集めてしまっているおかげで大して飛び退けず、避けられはしたものの転んでしまった。

 転んだ姿勢のまま化物の方を見ると、体勢を崩したのをチャンスと見たのか十発ほどの炎の塊を投げつけてきていた。

 さすがにこの状態からよけることはできず、先ほどまで考えもしなかった防御を行った。

 何かしらの防具があればいいのにと思いながら、おそらく今一番強度が高いであろう右腕を前に出して身を守ろうとする。

 

 直後に炎の塊が着弾し、爆音が連続して響くが音以外の衝撃はなく、衝撃に備えて閉じていた目を開けると、そこには鉄色の壁があった。

 

「……?」

 

 何事かと思ってよく見ると、その壁は小さな鱗状のモノの集まりであり、板の向こう側から煙が上がっていることから、どうやらこの板が私を炎の塊から守ってくれたらしい。

 誰が出したのかわからないが、このままでは化物の姿が見えないので横にどかそうと思って壁のふちに手を伸ばすと、壁は手が触れる前に横にスライドしていった。

 

 壁の向こうでは化物がこちらをじっと見ている。どうやら警戒しているようだ。

 

「その鱗の名は、罪片(ざいへん)。私の体の一部が具現化したものです。――以上」

 

 と、いきなり首飾りから聞こえた声に、私は質問を返した。

 

「……と言うことは、これは君の力かね?」

「いいえ、確かにこれは私の一部ではありますが、あなたの意志なしでは現れることは有りません。これは私と、あなたの力です。――以上」

「……なるほど。つまりこれは、私の思うがままに出せて、私の思うとおりに動く盾なのだね?」

 

 確認のために尋ねた問いに、しかし感情のこもっていない平坦な声は否定を返してきた。

 

「いいえ、これは盾ではありません。これは私の鱗であり、役割はあなたが決めることです。――以上」

 

 その答えに、私は少々戸惑った。

 

「役割は私が決めること……? ――つまりこの鱗は、役割が決まっていない……?」

 

 その思考時間を隙と見たのか、化物が私に向かって突っ込んできた。

 私はそれを見ながら考える。

 

 「……いや、決まっていないわけではない……。つまりは……」

 

 そうしているうちに化物はあと三歩の位置まで来ている。

 それを確認した私は、

 

 

 鱗の板を化物の胴体に叩き込んだ。

 

 

 胴体に固い板による掌底を喰らった化物はまた少し吹き飛ばされ、広場の真ん中にあおむけになって倒れ込んだ。

 

「……つまりは、私が願った役割を果たす万能の鱗、と言う訳だね?」

「はい。罪片(ざいへん)はあなたの求めに応じ、あらゆる形状をとり、あらゆる役割を持ちます。――以上」

「あらゆる形状……。と言うことは……」

 

 ある可能性を思い付き、手元に戻した鱗の板に意識を集中すると、

 

「……やはり、か」

 

 板から鱗が一枚一枚離れ、板は浮遊する鱗の集まりに早変わりした。

 これを任意の形に組み替えることで、様々な場面に対応させる気なのだろう。

 そのうちの一枚を手に取ってみると、大きさは掌に乗る程度、先ほどの攻撃を防げたとは思えないほど薄く、しかしそのふちは刃のように鋭かった。

 

「ふむ、これだけ鋭ければ……」

 

 そう考え、何とか起き上がろうとしている化物の方に全ての鱗の鋭い側を向けて、

 

「こういうこともできるのかね?」

 

 一斉に突撃させた。

 

 

   ●

 

 

 全身を鱗に貫かれた化物は、今まで自身が放っていたのと同じ色の炎となり消えた。

 それを確認した後、私が出したという鱗も消し、炎の消えた村の中を見て回ることにした。

 だが、村の中には誰もおらず、それぞれの家にも何もなく、空家が並ぶだけの廃村になっていた。

 そのことを確かめた後、私は今まで私が住んでいた家に入って休むことにした。

 その家も空家になっていたが、とりあえず外観は無事だったためよしとする。

 

 なにも無くなった我が家の中で、私は座り込み、壁に寄りかかりながら胸元の首飾りに話しかけた。

 

「……さて、いろいろ聞きたいことは山のようにあるが、とりあえず片っ端から片付けていこうと思う。まずは、君は何者だ? 首飾りの妖精かね?」

 

 少々ふざけた言葉に、しかし首飾りは全く感情がこもらない声で答える。

 

「いいえ、私は首飾りの妖精ではありません。私は“紅世の王”、“(ごう)の焱竜《えんりゅう》”レヴィアタンと申します。そしてこの首飾りは、私が意思を表出させる神器『ノア』です。 ――以上」

「ふむ、なるほど。――さっぱりわからんね」

 

 あまりにも多くの情報が一度に出てきたため理解ができなくなってしまった。

 そのことも予測していたのか、レヴィアタンは淡々と続ける。

 

「簡単に理解できることではありません。これからじっくりと説明させていただきます。……ですが、それに先駆けて、私の方から質問がございます。――以上」

「……? 何かね?」

「あなたの名前をお聞かせください。――以上」

「……ああ、そうか。そういえばまだ名乗っていなかったね。私の名前は、ミコトだよ」

「……? それだけ、ですか? 普通は姓があると思うのですが。――以上」

「ああ、私の育ちは少々特別でね。この村の全ての人たちが家族だったんだ。だから私の姓はこの村のすべての姓を並べたモノになるのだが、さすがにそれでは多すぎる。全部で50程あるからね。――だから、私には特別に名乗る姓はない。私はただのミコトだ」

「そうですか。……ではミコト様、これから長い付き合いになると思いますが、よろしくお願いします。――以上」

「ああ、よろしく頼むよ、レヴィ君」

 

 

 こうして、二人で一人、一人にして二人の遊び人がこの世界に誕生した。

 

 

   ●

 

 

 互いの自己紹介が済んだあと、私はレヴィ君から様々なことをきかされた。

 

 先ほどの化物、“紅世(ぐぜ)の徒《ともがら》”について。

 私という、フレイムヘイズという存在について。

 そして、“紅世(ぐぜ)”とこの世界を脅かす、『この世の歪み』と『大災厄』についても。

 

「……つまり君は自分の世界を守ろうと、自分勝手なことをする同胞たちに罰を与えるために“紅世(ぐぜ)(ともがら)”を憎む者たちと契約し力を与え戦わせる、ということかね?」

「概ねその通りです。――以上」

「つまり、私と同じ悲劇を経験した者は私以外にもたくさんいて、あの化物のような奴らがまだまだたくさんいて、私と同じ悲劇を経験する者もたくさん出てくると、そういう訳かね?」

「はい。今までも私たちの同胞は数多く渡ってきていますし、これからもそれは途切れることはないでしょう。――以上」

 

 それをきいて、私は大きく息を吐き、

 

「正直、あの化物と戦った後でなければ酒飲みの戯言と笑い飛ばしていても不思議ではない話だね」

「あの化物と言いますが、先ほどの“(ともがら)”は大したことのない部類の者です。 さらに強力な力を持つ、“紅世(ぐぜ)の王《おう》”もこちらに渡ってきているでしょう。あなたには、そういった者たちの相手もしてもらわなければなりません。――以上」

「……あれでも大したことないのか。ならば普通の人間では手も足も出ないということだね……」

 

 そう言いながら、かつての自分、人間だったころの自分の無謀な突撃を思い出し、苦笑する。

 

「……それで、あなたはこれからどうしますか?――以上」

「? どうする、とは?」

「これからあなたはどのように動きますか? 今までこちらの人間と契約し、すぐに契約を破棄されて戻ってきた同胞たちは何人もいます。訳の分からぬまま勢いで契約を結び、とりあえずの危機を乗り越えた後に詳しい事を聞かされて恐れをなしてしまったからだそうです。……あなたはどうしますか?――以上」

 

 その言葉に、私はうつむいて考える。

 確かに、これからもあのような化物と、さらにはもっと強い者たちと戦い続けなければならないというのは少々怖い。契約を破棄する者が出るのも頷ける。

 

「……契約を破棄した場合、私は人間に戻れるのかね?」

「――いいえ。一度フレイムヘイズになったものは、元に戻ることは有りません。契約を破棄した場合、あなたはこの世界から完全に消滅することになります。――以上」

「……そうか……」

 

 ある程度予想はできていたこととはいえ、それでもはっきり言われるときつい。

 私はもう人間ではないと、化物なのだと宣告されたのとおなじなのだから。

 

 ……もう、他の者たちと同じようなつまらなくも平凡な人生は送れないのか……。

 

 人間として友と笑いあうことも、人間として家庭を持つことも、自分の子どもを抱くことも、もう不可能な事なのだと、そうはっきりわかってしまった。

 

 では、自分はどうするのか。

 

 その事実を抱いて、それでも生きていくのか。

 それとも、それを投げ捨てて消滅を選ぶのか。

 

 ……せっかく助かった命だ、消えていくのはつまらないね……。

 

 ならば、生きていくにしてもどうやって生きていくか。

 

 正直言って、“紅世(ぐぜ)の徒《ともがら》”という存在に対しての憎しみというモノはあまりない。

 村の家族たちの仇はもうとってしまったし、同じような存在だというだけで他の“(ともがら)”を殺していくというのもやる気が出ない。

 かといって、目的が無ければ生きていくのは難しい。

 『目的を探す』こと自体を目的にする、ということも考えられるが、それもなんだか味気ない。

 

 ……さて、どうしたものか……。

 

 思考に詰まって、何ともなしに窓の外、雲一つない空を見る。

 そして、真っ青な空をながめ、ふと思う。

 

 ……そういえば、つい最近この色をどこかで見たな……。

 

 空以外でこのような色を見たことがあっただろうか?

 

 少し考え、そしてすぐに思い出した。

 

 ……炎の色か……!

 

 そう、契約の時と、化物との戦いのときに見た炎の色だ。

 それは契約した王、レヴィアタンの色であり、その契約者である私の色でもある。

 

 ……自分の色を忘れるとは、私も耄碌したのかねぇ……。

 

 若い体で時を止めた体を持ちながら、そんなことを考える自分に苦笑を覚える。

 

「…………? ――異常。――以上」

 

 いきなり笑い出した私を見てレヴィ君が何か言っているが、大したことではないと思うので無視する。

 

 そして一つ、目的になりそうなことを思いついた。

 

 私はぴんと立てた人差し指の先端に鱗を、『罪片』を呼び出す。

 

「レヴィ君。決めたよ、私のこれからの事を」

「……どうしますか。――以上」

 

 静かに語りだす私に、レヴィ君は同じく静かに返す。

 

「私はもう仇を討ち果たした。そして、同じ存在だからと言って“紅世(ぐぜ)(ともがら)”をすべて滅ぼそうなどとは考えられない」

「……それでは……。 ――以上」

 

 契約の破棄を恐れているのか、レヴィ君の声の調子が下がる。

 それを私は指の上に浮いた罪片をくるくる回しながら聞き、そして言葉を放つ。

 

「ただし、だからと言って契約破棄もしない。せっかく助かったのだからね」

「……!――以上」

 

 驚きにも『――以上』をつけることに少々のおかしさを感じながら、言葉を続ける。

 

「かといって、目的が何もないままふらふらと過ごすのは死んでいるのと何も変わらない。それでは意味がないし、つまらない」

 

 もはやなにも返してこないレヴィ君に、私は話し続ける。

 

「だから、私はずっと、何を目的にしようか考えていた」

 

 そう言いながら、指先で回転させていた罪片をさらに早く回し、その軸を手ごろな壁に向けて、罪片を飛ばす。

 そうすると、罪片は壁にぶつかり、がりがりと音を立てながら壁を削って、そしてすぐに穴をあけて壁の向こう側に飛んでいき、見えなくなった。

 

 だが、戻って来いと思うだけでそれは叶い、向こう側から壁を突き破って罪片が私の手元に返ってくる。

 その罪片に、私の中に渦巻く力、『存在の力』を籠めてみると、罪片は天色の炎を纏う。

 

「『存在の力』、そしてそれを使うことで在り得ぬ不思議を現出させるという『自在法』。……実に興味深い。これを突き詰めていくことはかなり楽しそうだ」

「……と、言うことは……。――以上」

「ああ、自在法の研究。当面はこれを目的とした旅に出る。もちろん、その途中で見つけた“紅世(ぐぜ)の徒《ともがら》”とは戦うが、それを第一の目的とはしない。途中で自在法に詳しい者がいたらフレイムヘイズ、“(ともがら)”問わず話を聞く。そして、新しい興味の対象ができたらそれに取り組む。要は楽しみながら遊び歩く、ということだ。……それでいいかね? レヴィ君?」

「……“(ともがら)”との戦いを拒否しないのであれば、それで十分です。――以上」

 

 少々の沈黙ののち、感情の伴わない声によってもたらされた答えに、私は安堵を覚えた。

 

「そうかね、感謝する。……ではとりあえず、しばらくはこの村に留まってできることの確認と行こう。それに、まだまだ聞きたいことは山ほどあるからね」

 

 そう宣言し、私はその通りに動き出す。

 すべてを失った場所で得た、無感情な友と共に……。

 

 

   ●


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