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出会ってから数日経ったある日、
それから少しの間はたあいないことを話していたのだが、ふと彼女以外の人物の事を思い出し、自分の胸元にかかる首飾りから視線を逸らし前に向けてみると、なぜだか少し前よりもやつれたような気がするニコルが座っていた。
「おや、どうかしたのかねニコル? ずいぶんと調子が悪そうだが……?」
「元凶のお前にだけは言われたくねえよ……」
「……??」
心配になって尋ねると訳の分からない答えが返ってきた。長年の戦いがたたってついにおかしくなってしまったのだろうか?
「……ニコル、あまり無理をしてはいけないよ? 私で良ければいつでも相談に乗ろう。だから、自分をしっかり持つんだ……!」
「心配してくれてありがとよ!! そう思うんだったら少しは自重ってもんをしてくれや!!」
彼の体の事を気に掛けたらなぜか怒られてしまった。何故だろうか?
私はただ、レヴィ君と友好を深めていただけなのに……。
「――ちくしょう、もう少しで砂糖吐くかと思ったぜ……」
それ以降もニコルは何やらぶつぶつとつぶやいていた。
『何だよあれは、女っ気のない俺に対する嫌味か?』とか、『無表情の男と無感情な首飾りって組み合わせもおかしいだろ……』等と意味の解らないことを小さくこぼしているニコルの周りには、何やら黒い靄が幻視できた。何かの自在法だろうか?
そんなこんなで膝を抱えてぶつぶつ言っているニコルを首をかしげながら観察していると、
「――! ニコル、これは……!?」
あるものを感じて、立ち上がった。
「ああ、こっち側のやつらだな。“徒”かフレイムヘイズか確定はできないが、この感じはもしかして……」
ニコルも、先ほどまでの雰囲気をまるで感じさせないしゃんとした動きで立ち上がる。
私とニコルが同時に感じたのは、先ほどニコルが近付いてきたときに覚えたのと同じ『違和感』だった。
だが、ニコルの時と比べて少々不安定な揺らぎのようなものも感じる。
器に入った水が少しずつ漏れていくように、『違和感』のかけらをうっすらとまき散らしているような、そんな気配だ。
なんとなくでしかわからない不確かなものだが、その点だけは
「「――“徒”か!!」」
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私たちは急いで外に出て違和感のある方に向き直ると、臨戦態勢を取る。
私は体中を『罪片』で包みながら、ナイフを何本も出しているニコルに尋ねる。
「……どうしてここに“徒”が現れるのかね? ここはつい先日襲われて全滅した村だ。しかもフレイムヘイズの気配が二つもある。歪みを感じ取れるのならば、人間もおらず、さらにはフレイムヘイズがいるとわかっているここにわざわざ“徒”が来るとは思えないのだが……?」
ニコルは私の方に視線を向けず、出現させたナイフを体の各所に仕込みながら(日常的に仕込んである物は、先ほどの私との無駄な争いで消耗してしまっていた)、答える。
「しるか。もともとこの世界で気ままに動くのが“徒”ってもんだ。ある程度の統計と傾向は取れても、それに当てはまらない例外なんかいくらでも出てくる」
言いながらナイフを仕込み終えたニコルは、おそらく“徒”であろうものが来る方を見ながら続ける。
「だがまあ、確かに妙だな。お前の言うとおり、こんな場所に来る意味はまるでない。だとすると、考えられる可能性は、この“徒”は気配察知の能力を持たず、偶々こちらに来ているってものと、この場所にはそれだけ大切な何かがある、ってのが考え付くが、それよりももっとありえそうな可能性がある」
私も臨戦態勢を整え終え、ニコルと同じ方向を見ながら問いかける。
「……それは、どんな可能性かね?」
そう問いながら横目でニコルの方を見ると、ニコルは口の端をゆがめてにやりと笑いながら、楽しそうに言う。
「……決まってる。場所が目的じゃねえんなら、狙いはそこにいる奴だ。おそらく今から来る“徒”は、――フレイムヘイズ狩りが目的なんだろうさ」
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「昔からよくいるのさ、こういうやつらは。同胞を殺す『
だんだんと近付いて来る気配から注意を逸らさないようにしながら、私は先達《ニコル》の話を聞く。
「そいつらがフレイムヘイズを狩る目的はいろいろだが、『復讐のため』ってのと、『自分に箔をつけるため』ってのが大体の理由だ。復讐の方は、まあ
『復讐者』と言った瞬間のニコルの顔は、悲しそうな、面白そうな、イライラしているような、何とも言えない物だった。
だがその表情をすぐに消し、ニコルは話を再開する。
「それと、もう一つの自分に箔をつける、って方だが、こいつもまあわかりやすいほうだ。強さにバラつきがあるとはいえ、自分たちを追い回す『狩人』を逆に殺したとなれば、仲間から尊敬もされるし、
おどけた調子で言っているが、ニコルの顔は真剣だ。
「そう言う奴らってのは厄介だ。なにせそうしようと思うだけの自信と実力があるからな。場合によっちゃあ、“紅世の王”と呼ばれるための点数稼ぎにフレイムヘイズ狩りをする奴らもいる。その場合は王クラスの実力者との戦いになるぞ」
なるほど、確かにそれならばここに来たりる理由にも納得がいく。
「……だがまあ、これからここに来る奴には大して恐れる必要はない」
「? どういう事かね? フレイムヘイズ狩りには王クラスが絡むといったのは君だろう。私はまだ普通の徒としか戦ったことがないが、それでも王という存在が強力なものであることは知っている。そう言う奴らに関してはいくら警戒してもし足りないほどだと思うが?」
納得できない私に、ニコルは苦笑しながら答える。
「まあ、そう思っておいた方が生存確率は上がるんだけどな。そう考えない理由としては、――ミコト、お前の存在が挙げられる」
「……? 私が……?」
そう言いながら私を指さし、いきなりの事に驚いた私の顔を見て笑いながら、ニコルは続ける。
「お前が契約した瞬間、ここに新しいフレイムヘイズが誕生したってことはかなり遠くにいる奴にでも察知できたはずだ。だが、その直後に近くにいた“徒”の気配が消えたことから、そいつは契約したてでもそこそこの強さであると認識され、契約したてで一番弱いときに襲われることはなかった。そして、さっき俺たちがやった戦いもかなり派手だったから、こっちも同じくかなり遠くにまで『ここで大きな戦闘があった』って事は伝わったはずだ。それがわかってからここに来たってことは、『戦い合って弱っているフレイムヘイズ二人ならば倒せる』って考えだからだろうな。つまり、これから来るのはそんなことを考える程度の強さの奴だってことさ」
『だからまあ、気楽に行こうや』と締めくくり、私たちは前を向いた。
その視線の先には、つい今しがた現れた“徒”が空中に浮かんでいた。
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その“徒”は、普通の人間と鷲が混ざったような姿をしていた。
男の人間の体をベースに、首を鷲に、足先を鉤爪に変えて、背中には大きな茶色い翼を一対生やしていた。
だがその翼は一切動いていないにもかかわらず、この“徒”は空中に浮かんで停止している。おそらくこの翼は別の目的に使われるのだろう。
その“徒”は私たちを文字通り見下しながら、その嘴を開き、叫ぶ。
「ふはははは! 覚悟しろ討滅の道具共! ここで俺に会ったが運のつきだ! おとなしく俺の栄光のための礎となれ!」
……どうやら、ニコルの推測は正しかったようだね……。
礎というからには、私たちの首を取って誰かに自慢する気なのだろう。
……とにかく、“徒”の目的が私たちであることははっきりした。あとはこの“徒”の実力についてだが――
「冥途の土産に教えといてやる! よく聞け!」
悠長に宣言を続ける“徒”を見ながら、右手と両足に存在の力を溜め、
「これからてめえらを倒すこの俺の名は――」
……とりえず一撃決めてみればわかる……!
そのアイデアを実行するために一気に飛び掛かり、
「その名も高きともがはぁ!!?」
とりあえずの一撃を叩き込んだ。
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私は両足と右手に静かに力を溜め、ただでさえ隙だらけな“徒”の、さらに大きな隙が生まれた瞬間に飛び掛かっていった。
思い切り跳び上がり、地面に引っ張られて勢いが落ちる前に空を思い切り蹴って加速する。
それを何度か繰り返しながら“徒”の懐を目指し続け、
「――油断大敵!!」
そう叫びながら近付き放った私の一撃は、“徒”の顎のあたり(正確には嘴の下あたり)にアッパー気味に突き刺さり、“徒”をさらに上空に吹き飛ばした。
「ぐはぁ!!?」
などと間抜けな声を上げてきりもみ飛行していく“徒”を尻目に、私はさらに空中を蹴って宙返りを決めながら、元居た場所、つまりはニコルの隣に着地した。
そのまま手をかざして、殴られた勢いを保ったまま落ちていく“徒”が森の中に消えていくのを見送ってから、
「……ふむ。ニコル、全て君の予想通りだったね。素晴らしい、と称賛の言葉を贈らせてもらうよ」
そう言いながらニコルを見ると、彼は私の方を見ながらものすごく微妙な顔をしていた。
「………………おいおい……」
……なにかおかしいことをしたのだろうか?
自分はまだまだ素人なのだから、何か間違いを犯しているのかもしれないと、そう思い聞いてみることにした。
「ニコル、私は何か間違ったことをしてしまったかね? 話しているときのあの者があまりにも無防備に見えたので、実力を測る意味も込めてとりあえず一撃決めてみようと思ったのだが、もっと違うやり方があったのかね?」
そう尋ねるとニコルはしばしの停止の後、頭をかいて、
「――とりあえず、相手が話すことをきいてみるのも悪いもんじゃないぞ。その“徒”が企んでいる計画の情報の断片がそこに隠れている可能性もあるからな。……まあ、さっさと倒しちまうに越したことはないから、お前のやったことも間違っちゃいねえんだがな……」
『形式美ってもんがなぁ……』等とつぶやいてから、ニコルはふと何かを思いついたように私の方を見て、
「ところでお前、さっきどうやって空中で宙返りしたんだ? まさか、さっき見たばかりの飛行の自在法をもう身に着けたのか?」
と問うてきた。
まあ確かに、はたから見れば何もない空間を蹴っていたようにも見えるだろうし、そのように考えるのも無理はないが……、
「残念ながらそれは違う。私はまだ飛行の自在法は使えない。……見ていたまえ」
そう言いながら、私は先ほどニコルから見取った飛行の自在法を使ってみる。
すると、私の体が不意に浮かび上がるが、
「……それだけか?」
「ああ、これが今の私の精一杯だ」
ニコルが呆れたように言うのも無理はなかった。
なにせ、今私は確かに浮いてはいるが、それは精々30センチほどであり、普通の人間が少し跳んだ方が高く跳べているという程度なのだから。
少しの間そのまま浮いていたが、存在の力の無駄使いにしかならないので自在法の使用をやめ、私は大地に降り立つ。
そして、私はニコルに向かって苦笑を浮かべながら、
「初見で再現できるのはこの程度のようだね。判断材料が少ないからこれがどの程度の難易度の自在法なのかわからないが、見てすぐに理解して使えはした。それ以上に使いこなすには、相当な時間がかかりそうだがね」
私の話を聞き、ニコルは一瞬訳が分からないといった顔をしたが、すぐに先ほどの話を思い出したのか納得したような顔をして、言った。
「……なるほどな。それが“業の焱竜”レヴィアタンの本質故の器用さと不器用さか。ある意味便利だが、なかなか厄介じゃないか」
「厄介ではないさ。ゆっくり確実に、間違いなく進んで行けるのだから。それに、完成させたときの満足感もかなりの物になるだろうしね」
私の言葉に、ニコルはしばし無言になるが、
「……まあ、お前さんがそう言うなら俺からは何も言えねえか……。じゃあ、さっきのはどうやったんだ? 飛行の自在法を使ってないんなら、足場のない空中で跳べるわけないじゃないか。存在の力だってほとんど感じなかったぜ?」
と、話を元に戻してきた。
少々急な話題転換に対しては私からは何もいう事はないので、彼の質問にだけ答える。
「別に大したことはしていないさ。空中に足場がないなら作ればいいというだけだよ。――こんなふうにね」
そう言いながら、私は右足を上げ段差に足をのせるようにすると、そのまま右足に力を籠めて体を持ち上げる、すると――、
「……浮いてる……」
私の体は、先ほど飛行の自在法を使ったときのように宙に浮かんでいた。
「正確に言えば、『浮いている』のではなく『立っている』のだがね」
そう言いながら、私はさらに空中を上っていく。
そのさまは、はたから見れば見えない階段を上っているようにも見えただろう。
少しの間それを続け、私の立つ位置がニコルの頭上に至ったとき、ニコルはようやく今起きている現象を理解したようで、
「……さっきの鱗を、足場にしてるのか……!」
「正解だ、ニコル」
そう、私が今やっていることは至極簡単なことだ。
『罪片』を足場にしてそこに立っている。ただそれだけだ。
空中に足を出し、その足裏に『罪片』を出現・固定させ、そこに足を乗せる。
出した『罪片』は足が離れた瞬間に消し、存在の力に還元させる。
それを空中で素早く、連続して行えば先ほどのように空中を跳んだように見える、ということだ。
そのように説明を終え、ニコルが理解したのを確認すると『罪片』を消し、地上に降り立った。
「……随分と器用なことするじゃねえか……。『ある程度の難易度』を超えてるぜ。しかもさっきの動きを見るに、身体強化の自在法も使ってるよな?」
「なに、私がフレイムヘイズになってから今まで、ずっと『罪片』の操作に重点を置いて訓練をしてきたからね。思い描いた場所に出したり、それを即座に消したりすることはできるようになった。それに、身体強化といっても存在の力を体にめぐらせているだけだからね。君やあの“徒”が使っているのを見て多少の修正はしたが、まだまだこれからだよ。……ともあれ、簡単な技術同士ならば組み合わせることも可能だとわかっただけでもかなりの進歩だ。君やあの“徒”には感謝しないといけないね。――ああそれと、レヴィ君」
ニコルと話している最中に、私はレヴィ君に行っておかなければならないことがあったことを思い出した。
「……? なんでしょうか? ――以上」
「確か、『罪片』は君の体の一部の具現化したものだと言っていたね? 戦いに関わることとはいえ、君の体の一部を踏んでしまった。……すまないね」
私のその言葉に、ニコルとレヴィ君からあっけにとられたような気配を感じた。
そんな中、感情の動きが薄いレヴィ君は復帰するのが早く、いつも通りの無感情な声を返してきてくれた。
「いえ、あなたの役に立っているのならば、私は何も感じません。――以上」
何も感じない。つまりは、彼女の感情が動いていないということだ。
「そうかね? ならばよかった」
この戦法を思いついたとき、一番の懸念はそれだったからね。――っと、
その時、私たち二人は同時に同じ方向を見た。
「……おいミコト、気を引き締めな。さっきの一撃程度で討滅したとは思ってねえだろうな?」
「無論だ。先ほどの物は小手調べのような物だからね」
ニコルと話しながらも気を抜いていなかった私は、先程の“徒”がまた動き出したのを感じ取った。
同じものはニコルも感じとっていたようで、私に注意を促して来る。
「……なあ、お前は相手の自在式が見えるんだろう? あいつはこの後どんな手を使ってくると思う?」
ニコルがそう尋ねてくるが、あいにく私の答えはひとつしかない。
「すまないが、その質問には答えられない。なにせ私には自在法の知識がないからね。それではいくら式が見えても何の式だかわからないのだよ」
「――ちっ、それもそうか……」
そう、私が今知っている自在法は飛行と肉体強化、『罪片』とナイフの出現、さらには物体操作の初歩のみだ。
それらに類するものならまだしも、それ以外の自在法は見えたところでわからない。
文字を知らぬ子どもに文章を読ませようとしたところで無理なのと同じことだ。
「……まあいい、もともとそういう事前情報はないのが当たり前なんだ。お前はとりあえず、相手が自在法を使う瞬間を見逃さないようにしろ。そして、見たことがある式を発動させようとしたら知らせてくれ。それだけでもかなりの助けになるからな」
「ふむ、わかった」
打ち合わせが終わり、私たちがもう一度臨戦態勢を取るのと同時に、翼を伴った影が森から飛び出してきて、私たちの頭上に現れた。
その表情はよくわからないが(なんたって鳥の頭だからね。顔色なんぞ判断つかんよ)、息は荒く、肩を震わせていることからかなり怒っていることがわかる。
「――貴様ぁ!! よくもこの“呑翼《どんよく》”ガルダ様をおちょくってくれたなぁ!! 絶対に許さん! 楽に死ねると思うなよぉ!!」
そう叫ぶと、ガルダとかいう“徒”は空中で胸を張るように体を逸らし、さらに翼を背中に対して垂直になるように目いっぱい立たせると、
「――っ! 来るぞ!」
「わかってるよ!」
「――ッバハーーー!!」
嘴から息を吐くのと同時に炎弾を十数発吐き出し、同時に翼の羽ばたきによる突風に炎を混ぜた灼熱の嵐を放ってきた。
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広範囲に広がる柿色の炎の嵐を避けるため、私とニコルは今まで立っていた場所から思い切り跳び上がった。
その結果、私たちの足元を柿色の炎が通り過ぎていくのを眺めることになったのだが、
「――気ぃ付けろ! 来るぞ!!」
ニコルが放ったその叫びに、私は“徒”がいたあたりに目を向ける。だが、
……いない……?
このあたり一帯を焼き尽くさんばかりの攻撃を放った“徒”の姿はどこにもなく、私があたりを見渡していると――、
「馬鹿野郎! 上だ!!」
その声に上を向くと、足を大きく振り上げているガルダの姿が見えて――
「お返しだ! 油断大敵!!」
次の瞬間、私は強烈な衝撃と共に大地に向かって吹き飛ばされた。
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大地にぶつかるまでのわずかな時間の中で、私は何とか落下速度を落としていた。
やり方は、鎧としている『罪片』を操作し、ゆっくりと上昇する方向に力をかけていけばいい。
そうすれば落下速度は緩和され、地面にたたきつかられる時の衝撃も少なくなる。
ただ、一瞬という短い時間で急激に減速させると体がバラバラになってしまうためにゆっくりとしか減速はできず、激突の衝撃を完全に殺すことはできなかった。
その結果として、今私は大地の上に転がっている。
「大丈夫か、ミコト!?」
そんな私の下へニコルが駆けつけてきてくれた。
彼は私とガルダの間に立つとナイフを構えて上空のガルダを牽制する。
そのまま牽制をつづけながら、ニコルは私を見ずに話しかけてくる。
「……動けるか?」
「……ああ、何とか、ね」
そう言いながら私は立ち上がり、体の隅々の様子を最低限の動きで確かめていく。
もっとも、ガルダの蹴りはとっさに『罪片』を纏った腕で防いだし、落下の衝撃も最低限に抑えた。よってダメージもほとんどなく、戦いに支障はなさそうだ。
「……やはり、翼があるだけあって空中では素早いね。さて、どうしたものか……」
見た感じ、ガルダの速度はニコルのそれよりも速くて小回りもきくようだ。
私の空中跳躍も、瞬間速度はともかく小回りという点では敵いそうにない。
「……ニコル、君は遠距離戦と近距離戦、どちらが得意かね?」
「……両方ともいけるが、どっちかっていえば遠距離だな。それがどうした?」
ニコルは私の突然の質問に困惑しながらも答えた。
だから私も、その質問に答える。
「ならば、私が前に出て奴に接近戦を挑む。君は遠距離から奴を攪乱して、隙があったら仕留めてくれ。私も隙ができ次第そこをつく」
「――即席の共同戦線か!? そんなもん成り立つ訳ねえだろうが!! 俺のナイフの軌道にてめえが割り込んだら、それだけでお前は死ぬぞ!?」
「君の攻撃は先ほど見させてもらった。ゆえにパターンはある程度予想がつく。それに、『罪片』による私の防御の固さは一度戦った君からのお墨付きも得ている。君は自分の予測を信じていればいい。さらに先ほども見せた通り、私には空中跳躍をも可能にする技がある。空中での小回りもきき、さらには耐久性もある私にこそ、前衛の役は向いているだろう。……まあ、私が遠距離戦を苦手としている、というのも理由の一つではあるがね」
「だが、それでも――!」
「――それに」
私の無謀な案に対し反対しようとするニコルの言葉を遮り、私は言葉を続ける。
「それに、私は君の事を信じている。私たちはともに全力で戦い、手の内を晒しあった。そのうえで君の力を認め、私の援護を頼んでいる。……君は、私の先達として、私の期待に応えられるだけの実力も、私の無茶に対応できるだけの能力も持ち合わせていると読んだが、……その予測は確かかね?」
私の言葉に、ニコルは一瞬沈黙し、その後かすかに笑ったような気配を見せてから、言う。
「……当然だ。後輩の尻拭いぐらい、できねえようなちっちぇえ男じゃねえぜ、俺は」
その声はどことなく楽しそうなものであり、歴戦の戦士のみが持ち得る自信に満ち溢れた物だった。
ニコルの声を聞きながら、私はニコルの横に並び立つ。
「……そうか。ならば、私の背中は頼んだよ?」
そう言いながら覗き込んだニコルの横顔は、予想通りの強気な笑顔だった。
「任せとけ。ただ、あまりにも足手まといのようならさっさと切り捨てるからな。覚悟しておけよ? ……それと、これも持って行け」
そう言いながらニコルが差し出してきたのは、一本のナイフだった。
「……これは?」
私のその問いにニコルは言葉を紡ぐことはなく、それでも意図ははっきりと伝わってきた。
『通信用の自在法を仕込んだナイフだ。これを身に着け、心で伝えたいことを思えば、俺とおまえは意思の疎通ができる。無論、奴にはわからないようにな』
いきなり聞こえてきたニコルの声は彼ののどから発せられたものではなく(現にニコルの口は全く動いていなかった)、しかしそれでもはっきりと聞こえてきた。
改めてニコルの渡してきたナイフをよく見てみると、他のナイフにはない自在式が見えた。恐らくこれが『通信用の自在式』なのだろう。
とりあえず私はそのナイフを懐におさめ、効果のほどを確かめてみる。
『……こんな感じかね?』
言葉になっていないその問いは、しかしニコルにはっきりと伝わったらしい。
『そうだ、それでいい。……それじゃあ行くぞ。いつまでも余裕ぶってぷかぷか浮かんでやがるあの鳥野郎に一泡吹かせてやろうぜ……!』
『ああ、行こう……!』
再びの戦端は、こうして開始された。
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