竜鱗の遊び手   作:金乃宮

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第三話

   ●

 

 

 戦端は再開したものの、それから少しの間は両者とも互いの動きを警戒して、不用意に動き出すことはなかった。

 そして、しばしの間続いていたにらみ合いを崩したのは私たちの方だった。

 私がガルダに向かって再び勢いよく飛び出すのと同時に、ニコルがナイフを全部で10本投擲したのを感じる。

 そのナイフ群は私の後を追うように突き進み、私の跳躍に合わせて向きを変える。

 

 これは私が何かをしているわけではなく、ニコルの自在法『奏刃(そうじん)』の能力の一端である。

 

 ニコルの戦闘スタイルは、何本ものナイフを自在に操る万能タイプだ。

 遠距離の敵に対してはナイフを投げつけ、近距離の敵に対しては自らナイフを手に取りそれを振るって戦う。

 しかも空中にあるナイフは自由自在に操作が可能であり、しかもそれぞれに自在法が込められている。

 込められている自在法は、防御用の硬化の自在法、移動用の加速の自在法、攻撃用の爆破の自在法の三種類を基本として、時と場合によっていろいろ付け足しているらしい。 その例が先ほど渡された通信用のナイフだ。

 ニコルはそれらの自在法の込められたナイフを指揮して敵の予想外の場所に攻撃するのが得意らしい。

 例えば、近距離でナイフを振るって戦っていると見せかけて敵の背後に回したナイフを操作して攻撃したり、ゆっくりとしたスピードで投げたナイフを急に加速させて油断を付いたり、等々。

 

 ちなみに、今挙げたものはすべて私が喰らって体験済みである。まあ、私の場合は『罪片』による防御が間に合って何とか回避できたが、かなりギリギリだった。

 

 そんな変幻自在の攻撃方法を持つニコルとは対照的に、私ができることは単純だ。

 

 

 『罪片』の鎧に身を包み防御は全て鎧に任せ、稚拙な身体強化を体に施して空中を跳んで移動し、相手の懐に潜り込んで全力の一撃を決める。

 

 

 たったそれだけしかできないひよっこ。それが私だ。

 

 一応遠距離戦用の技として『罪片』を飛ばすという物もあるが、一枚一枚では攻撃力は低く、数が多いと操作がうまくいかなくなるという問題だらけの技だ。

 だから、今はこの技を当てにすることはできない。

 

 それ故に、今回は遠距離をこなせるニコルがいてくれて、正直かなり助かっている。

 ニコルがいなければ、今回の作戦は実行不可能だっただろう。

 なにせこの作戦は『各自が臨機応変に対処する』という緩い基盤の下に成り立つものであり、これを成功させるためには様々な状況に対応できる経験豊かな人物がいなければならないからだ。

 

 そう、私は自身が発案したこの作戦がいかに稚拙で隙が多い物であるか、良くわかっている。

 それでもなお、この作戦を私が推すのは、ただ単に『楽しそう』だからだ。

 私が『人外(フレイムヘイズ)』になって化物と戦うということを許容してまでこの世界に生きていたかった理由も、それだ。

 

 

 『楽しむ事』

 

 

 それが私の唯一の行動理念であり、存在理由でもある。

 そして、戦いは私にとって楽しみの塊のようなものだ。

 敵の練りに練った戦法を一番間近で見る事が出来る事で好奇心を満たし、自身が考えた戦法を試すことで探究心を満たす。

 戦いの中の命を賭けたかけひきの中にこそ、私の求めるモノがある。

 

 それに気が付いたのはフレイムヘイズになって二日後、『罪片』の研究中の事だった。

 

 『罪片』はレヴィ君の、いわば私の半身の一部でもあるだけあってかなりの速度で扱いが上達していった。

 その中でふと思ってしまったのだ。

 『……ああ、これを使ってみたい』、と。

 

 契約した当初は『戦いは最小限に』という考えだったのだが、そんな考えは簡単に砕け散ってしまった。

 それ以来、私の中には戦いに対する渇望があふれていた。

 だから今回の戦いが迫っていたとき、私は胸の高鳴りを抑えるのが大変だった。

 

 ……こんな時に自分の無表情な顔が役に立つとは思っていなかったが……。

 

 ともかく、今は戦いに集中するとしよう。そうでなければせっかく命を賭けて遊んで(・・・)くれている彼らに失礼だ。

 いまするべきは、ひと時たりとも彼らから集中を外さないことと、出し惜しみは一切しないという事。ただそれだけ。

 それだけに注意していれば、私はとても楽しく遊べるのだから。

 

 ……そろそろ笑いを抑えきれなくなりそうだ……!

 

 必死で抑え込んでいるのだが、どうしても口の端が吊り上ってしまうのが止められない。

 ならばいっそ、すべてを解き放ってしまおうか、とも考える。

 

 ……ああ、それはとても楽しそうだね……!

 

 そうとわかれば我慢など必要ない。

 

「……ハハ……」

 

 口の端を吊り上げ、声を上げて笑おう。

 

「ハハハ……」

 

 体中から喜悦を解き放とう。

 

「ハハハ……、フハハハハハハハハハハハハハハハハ……!!」

 

 さあ、私と共に遊ぼうか、“呑翼《どんよく》”ガルダ……!!

 

 

   ●

 

 

 何やら二人でこそこそと話し合い、そしてそのうちの一人が自分に向かって再び突っ込んでくるのを、ガルダは見ていた。

 

 ……今度は先ほどのようにはいかんぞ……!

 

 最初の名乗りの時は卑怯な手段により不意を撃たれて一発をもらってしまったが、それはきちんとやり返せたので良しとする。

 

 ともあれ、二人のフレイムヘイズの内、体に鱗をまとった方がもう一人の放った何本かのナイフを引き連れてこちらに来るのを何とかしないといけない。

 

 ……あれはまずい。なんとなくそう感じる。というかあいつはなんで笑っているんだ?

 

 何とか、とはいっても先ほどの鱗人間のような卑怯な手は使わない。そんなことをすれば、俺がフレイムヘイズを倒せたのは実力ではなく運のおかげだった、と言われかねない。

 

 自分の名を残すためにここにいるのに、それでは意味がない。

 だから自分は、正々堂々と真正面からフレイムヘイズ二人を倒す。それが最低限であり、同時に最高の結果を呼ぶのだ。

 

 だから、正面から来る男を正面から吹き飛ばすために背中の翼を大きく振りかぶり、風を起こそうとしたところで、

 

「――今だ!!」

 

 鱗の男の叫びと共に、その背後からナイフが男を追い抜いて飛び掛かってきた。

 

 男の上下左右とななめ四方を合わせた八方から一本ずつ飛んでくるナイフは、鳥のように軌道を変えながら自分に向かって突き進んでくる。

 しかもそのタイミングは微妙にずらされており、一本を回避するのに神経を使えばその瞬間に他の七本が自分を貫くであろうことは明白だ。

 

 ……それぞれに対処していては間に合わない……。ならば……!

 

「――ッバハーーー!!」

 

 瞬時の判断の基、俺は背中の翼を思い切り前に振り、溜め込んだ力のすべてに炎を合わせて前方に叩き込んだ。

 その柿色の嵐にはナイフはおろか一緒に飛んでくる鱗の男(フレイムヘイズ)もまとめて消し飛ばすだけの力と火力が込められている。

 

 それゆえに、小さな八つの影と大きな一つの影は炎に呑みこまれると一瞬で見えなくなってしまい、炎がすべて散ったとき、その空間にはなにも存在していなかった。

 

 ……よし、まずは一人……!

 

 鱗の男の死を確認した後、俺はもう一人のナイフ使いの方を見た。

 

 ……さて、どんな顔をしているかな……?

 

 普通ならば仲間を殺されて悲しんでいるか、憤っているかのどちらかだろうが、もしかしたらその事実を受け入れられずに呆然としているのかもしれない。

 

 ……いずれにしても、見る価値はある。

 

 そう思い地上のナイフ男に目を向けてみると、その表情は想像とはまるで違い、

 

 ……笑っている……?

 

 そのことを不思議に思った瞬間――

 

「――っがは……!!」

 

 背中に衝撃が走り、俺はそのまま地面向かって吹き飛ばされた。

 

 俺が地に落ちるそのさなかに振り向いて目にしたものは、右手に鱗をまとった男の姿だった。

 

 

   ●

 

 

 ミコトの一撃を受けながらも地面に激突せず、何とか空中に踏みとどまったガルダを確認して、ニコルは舌打ちを一つする。

 

 ……惜しいな……。

 

 実際、ミコトの案はかなりうまくいっていた。

 

 今自分たちが行ったのは囮を使った不意打ち。わりとよくとられる戦法だ。

 普通と違う点があるとすれば、囮も攻撃手も同じ奴が行う、という点か。

 

 俺のナイフとミコトの影を囮にして、ガルダに隙を作って攻撃する。

 そのために俺のナイフの硬化は発動させていなかったし、ミコトにも一芝居うってもらった。

 

 ……まあ、芝居つってもたいしたもんじゃなく、ただ単に鱗の鎧をとばしただけなんだけどな。

 

 ミコトはガルダに向かって突撃する際、全身を覆っていた鱗の鎧の後ろの部分だけを解除していた。

 そのうえで普通ならば対処しきれない程の攻撃を放ち、最初に見せた広範囲攻撃である炎の嵐を起こさせるように仕向けた。

 あの技はガルダの顔の前から発生し広範囲に猛スピードで広がるという特性上、ガルダ自身の視界を遮ってしまうという欠点があるのではないかという仮説を立てた。

 実際にその仮説は正しかったようで、炎の嵐が発生した瞬間に鎧から脱出し、己の前方に鎧のみを飛ばし、ガルダの頭上へ大きく跳ぶという離れ業をやってのけたミコトの存在にも、ガルダは気付かなかった。

 結果、ガルダは炎の嵐の中で消滅した(正確にはミコト自身が消した)鎧をミコト本人だと認識し、勝ち誇って油断してミコトの不意打ちを食らったと、そう言う訳だ。

 

 正直言って、俺は最初『こんな作戦成功するのか?』と半信半疑だったが、ミコトの分析にはかなりの信憑性と説得力があったし、何よりその作戦が失敗してもその次につなげられるようにうまく作戦を組み立てていたので乗ってみることにした。

 

 そして、今現在戦況はミコトの思い通りに動いている。

 

 ……最初に『こんな作戦は可能か?』とめちゃくちゃな作戦を出されたときには冷や汗をかいたがな……。

 

 その作戦の悪い点を片っ端から説明してやった後、ミコトは少しの沈黙の後に先ほどの作戦を組み立ててしまった。

 どうやら、俺の経験をてっとり早く自分の物にするために、自分でも無茶苦茶だと思う策を出したらしい。

 俺はまんまとそれにつられて今までの失敗談から学んだことを手短にながらもこいつに伝えてしまっていたようだ。

 ミコトは俺から聞いた話を、もともと自分の中にあった作戦を修正して完璧なものにするために利用しやがった。

 

 ……ホント、末恐ろしい奴だな……。

 

 技術の習得に時間がかかるという欠点は有っても、それを上回るだけの発想力を持っている。

 フィジカル面の不足は有っても、それを自分の楽しみに変えてしまうというメンタルの強さで補ってしまっている。

 

 ……つーより、あいつは何もかもを楽しんでるよな……。

 

 先ほどの突撃の際、通信用のナイフを介して伝わってきたのは、強烈な喜の感情だった。

 

 どうやらあいつは、戦いという物が楽しくて仕方がないらしい。

 正確に言えば、あいつが楽しんでいるのは戦いの中の駆け引き、とでもいう物だ。

 あいつの感覚だと、戦いという物はそれぞれの最高の戦術を披露する場であり、それらを互いに称賛しあい、そしてより素晴らしい物を作り上げた方が勝ち残り、そしてそれを糧に更なる作品を作り上げていく、そう言う芸術の場らしいのだ。

 

 ……正直に言って、フレイムヘイズとしてはかなりの変わり種だな。

 

 フレイムヘイズという物は、その成り立ち故にどうしても戦いという物に『悲壮』が付きまとう。

 不条理の権化ともいえる“徒”を憎み、自身が得た喪失感を嘆き、復讐のために憤怒の叫びをあげて生まれてくるフレイムヘイズのほぼすべては、そうしたマイナスの感情を持ち、“徒”の討滅を使命として戦う者たちだ。

 長く生きた者の中には極まれに、そのマイナスの感情を鈍化させ、さらに昇華させてしまう者もいるが、その場合は感情が摩耗してしまっただけであり、『何も感じなくなった』という状態に陥ってしまっただけである。

 

 また、フレイムヘイズの中には戦闘狂と呼ばれる者の類はいるが、それは単に“徒”を殺すという行為を楽しんでいることが多く、純粋に戦いを楽しんでいる奴はほとんどいないし、その笑い方も狂気に満ちている。

 彼らが楽しんでいるのはあくまで『殺す』という結果であり、その過程は怒りや憎しみに満ちた悲壮の時間であるからだ。

 

 だから、ミコトのように最初からプラスの感情を振りかざして戦うというのは、フレイムヘイズから見れば異端にしかうつらないのだ。

 実際にそれを見ている俺自身、あいつの感情を理解することはできない。

 おそらく、あいつの事を理解できるフレイムヘイズは誰一人としていないだろう。

 

 ……いや、一人だけいたっけか。あんな風に楽しそうに笑って戦う女が……。

 

 その時俺の頭に浮かんだのは、炎を纏って“徒”を薙ぎ払い、そしてまた次の戦場へかけていく、紅蓮に輝く女の姿だった。

 あの女ならばもしかしたら、ミコトの思考を理解できるのかもしれない。

 

 ……って、今はそんなことはどうでもいいんだよ。

 

 今考えるべきは、目の前にいる“徒”の事だ。

 

 今現在のあいつの状況は、疲弊していて楽に勝てるはずのフレイムヘイズ二人、しかも片方はなりたての新人であるにもかかわらずにその新人から二度も直接攻撃を喰らっている。しかもその攻撃も一発は不意打ちで、もう一発は自分が放った攻撃を利用されての一撃だ。

 さらに、一撃を入れられてからは体勢を立て直すまで一切追撃をされていない。明らかに軽んじられ、コケにされていると感じるはずだ。

 

 ……さて、この次の展開はどうなるかな……?

 

 そんなことを思いながらガルダの方に意識を向けると、体勢を立て直したガルダはゆっくりと空に昇っていくところだった。

 そのゆっくりした移動の後、最初の高さに辿り着いたガルダはしばしうつむいて震えていたが、

 

「…………るさん…………」

 

 と、何やらぶつぶつとつぶやき始めた。

 

 そのことに首をかしげているミコトを見ながら、俺は『予想通りになった』とほくそ笑む。

 

 ……全く自分の思い通りにならず、しかも散々コケにされた小物の次にとる行動といえば……、

 

 

「……許さん……! 貴様等、まともな死に方ができると思うなよぉぉおおぉぉ!!」

 

 

 ……まあ、逆上だよな……。

 

 一応ここまで作戦通りに進んでいる。

 というか、うまく進みすぎている感さえある。

 

 少々の不安を覚えていると、ミコトの意思が聞こえてきた。

 

『二コル。一応君の予想通りの展開になっているが、作戦に変更はないかね?』

『ああ、作戦はこのまま続行する。あいつは今逆上して冷静な判断ができない状況だ。おそらく攻撃も単調になるから避けやすいし、隙も見つけやすくなる。大きな隙を見つけたら全力の攻撃を叩き込むから、それまではあいつの相手をしてやってくれ。俺も援護はするが、接近戦担当のお前のほうが忙しくなるはずだ。気をつけていけよ』

『了解した。引き続き頼むよ』

 

『わかっている。……それと、まずないとは思うが、あいつの逆上が演技である可能性もある。注意しておくことに越したことはないぞ』

『……肝に銘じておこう』

 

 簡単に対策を話し合った後通信を切り、俺は空中にいるガルダに目を向ける。

 その視線の先では、今にも襲いかかろうと血走った目をガルダが同じく空中にいるミコトに向けていた。

 二人の間に漂う殺気はどんどん膨れ上がり、そしてついに爆発する。

 

「――死ねぇぇぇえええ!!」

「断る。まだ私にはやりたいことが山のようにあるからね――!!」

 

 そんな掛け合いと共に、両者の距離が一気にゼロに近付いた。

 

 

   ●

 

 

 ……少々、きついね……。

 

 今、私は空中でガルダの攻撃をさばき続けている。

 

 ガルダの攻撃手段は主に無手の近接格闘であり、時折距離を取って猛スピードでかすめるように突撃して私の体をえぐり取ろうとしてくる。

 その攻撃に対し私は、手や足による薙ぎ払いは体を逸らして避け、拳による突きは側面に力をかけることで逸らし、突撃は紙一重になるようにかわしている。

 その途中で隙を見つければ攻撃を加えてもいるが、もともと大した攻撃力を持たない私の攻撃では大したダメージは期待できない。

 それ以前に、私の方こそ隙を出さないように必死にならなければならない。

 なぜならば、今私は空中で戦っているからだ。

 私は少し前にニコルと会うまで空中で戦うという発想は一切持っていなかったし、今行っている『罪片』による空中歩行術もつい先ほど考えた付け焼刃も良い所という技法だ。

 当然、自由自在に扱えるほど習熟しているはずもない。

 なので、本来ならば無意識のうちに使えていなければならないような『移動』という行動でさえも、私の場合は、『次はどこに足を置くか』などといちいち考えて行う必要があるのだ。

 それについて考えすぎると隙が生まれ、私はあっという間にガルダによって八つ裂きにされてしまうだろう。

 

 今現在そうなっていないのは、単にガルダが冷静さを失っている状態であるからだ。

 

 拳や蹴りの軌道はまっすぐだし、狙ってくるのも顔か胴体のみ、さらにタイミングも単調であるから、素人同然の私でもどのような攻撃がくるのかが読み放題だ。

 

 ……それだけ有利な状況でも、私とこいつは拮抗している……。

 

 つまり、あと少しでもガルダが理性を取り戻した場合、この状況は崩れ去ってしまうということだ。

 

 そうならないように、私は少しでも隙を見つければそこに攻撃を叩き込んでいる。

 それによりさらに逆上したガルダの攻撃は、どんどん大振りになって行く。

 

 そして――、

 

「――がはっ!!」

 

 いい加減に私の防御を抜こうと、大威力の攻撃を放つためにことさら大振りになった突きのわきを通り、私はガルダの懐に潜り込むと、全力の拳を胴体に叩き込んだ。

 

 さすがにそれには耐えきれなかったのか、ガルダは三度弾き飛ばされる。

 その最大の隙を見逃す私たちではない。

 

『――今だ! 撃て!!』

『わかってるよ!!』

 

 先ほどとは違い声に出さない合図をニコルに放つと同時に、私の背後から何かが飛び出していく。

 

 それは、二振りのナイフだった。

 

 ニコルの自在法により自由に空を駆け回る銀色の刃は、腹を抱えて丸まっているような姿勢で空中に留まっているガルダに向かって突き進み――

 

 

 突き刺さる直前にガルダの両手によってとらえられた。

 

 

 そのことに驚愕を隠せない私とニコルをにらみながら、ガルダは両手のナイフ同士を叩きつけてへし折ってから投げ捨てた。

 

「……なめやがって……。この俺が、こんなモノに引っかかるとでも思っていたのか……? 最初にそっちのやつが投げたナイフは10本。そっちの奴と一緒に飛び込んできて焼き尽くされたのが8本。残りの2本はずっと俺から見てこの男の向こう側に張り付いて俺の隙を狙っていたんだろう? 俺が我を忘れて大きな隙を見せれば必ず撃ってくると思っていた……」

 

 ゆっくりと私に近付いて来るガルダの目は、先ほどまでとは違い静かな物だった。

 だが、その静かなはずの目のさらに奥には、とてつもない炎が見えたような気がした。

 

「さあ、どうした? もう打つ手はないのか? いくらでも卑怯な手を使っていいぞ? 俺はそれを全て、悉く、完膚なきまでに叩き潰して、打ち砕いて、はねのけてやる……! ――さあ、かかってこい、フレイムヘイズ!! そして打つ手がなくなったら、俺に殺されろぉぉぉおおおーー!!」

 

 そう叫びながら、ガルダは私に向かって拳を振るってくる。

 

 とっさに受け流したが、先ほどまでとはまるで重みが違い、かなりやりづらくなっていた。

 

「――ミコト!? っくそ――!!」

 

 防戦一方になってしまった私を援護しようと新しいナイフを取り出して投げようとするニコルだったが――、

 

「――やめておけ。そんなものはもう俺には通用しない。先ほど俺が飛んでくるナイフを受け止めたのを見ただろう? あの近距離からの攻撃ですら受け止めた俺に、遠距離からの投擲が通用すると思うか? むしろ俺に武器を与えるだけだと思うぞ。……まあ、あれ以上の速度で自由自在に操作できるのなら、話は別だがなぁ――!」

 

 というガルダの言葉に、悔しそうに顔をゆがめる。

 

 ちなみに、今の言葉の最中にも私への攻撃は全く緩んでいない。

 それどころか、だんだん密度が増していっている程だ。

 当然私に攻撃の機械などあるはずもなく、ガルダの攻撃を喰らわないようにするのが精いっぱいだ。

 だが、それもだんだん苦しくなってきていて、先ほどから細かい攻撃を少しずつもらってしまうようになってきていた。

 そんな中、私は今にも飛び込んできそうな様子のニコルに意思を伝える。

 

『こっちに来るな、ニコル。君にはやってもらいたいことがある』

『……何だ? 話ができるほど余裕なのか?』

『そんなわけがないだろう? 今でもいつ死んでしまうかとドキドキしているさ。そんなことより、私が合図したらナイフを二本ほど奴に向かって飛ばしてほしい。これから行う攻撃には、少しばかり距離が必要でね。近接格闘の最中では使えそうにないんだ』

『……あいつの言うとおり、一切意味をなさないと思うぞ? それに、下手すればお前も……』

『それでもかまわない。やってくれ。……安心したまえ。自分の身ぐらい守って見せるさ』

『……ああもう、わかったよ! その代り、絶対決めろよ?』

『わかっているさ。それに、最後のシメは君に任せるつもりだしね』

『……は? そりゃあ一体どういう……』

『――話はあとだ。やってくれ、ニコル!!』

『――クソッ!!』

 

 私の言葉に、ニコルは両手にナイフを出し、それを私たちの方へ投げた。

 それが苦し紛れに見えたのか、ガルダはその光景を見て鼻で笑い、

 

「――今更そんなものが通用するとおもっているのか?」

 

 と言いながら、飛んでくるナイフの内、先行している物の柄を掴み取ると、それで二本目を弾き飛ばした。

 

 ……今だ――!!

 

 ガルダがナイフに気を向けた一瞬のすきをついて、私は後ろに跳び退きながら懐に手を入れる。

 それを見たガルダは楽しそうに目を弧にして、私の方へ進もうと体を前に倒した。

 

 ……頼む、うまくいってくれ……!!

 

 そう念じながら仕込んでおいた自在法を発動させるのと同時に、

 

 

「――っがぁ!?」

 

 

 ガルダの背後で爆発が起きた。

 

 

   ●

 

 

 ……何だ!? ナイフはもう一本も飛んでないはずだ! なのに何故……!?

 

 何が何だかわからないながらも、俺は顔だけを後ろに向け、急いで背後を確認する。だが――、

 

 ……なにも、ない……?

 

 気のせいかとも思ったが、確かに背中に軽いながらも衝撃を感じたし、大きな音もした。

 

 ……まるで、何かが爆発したような……。

 

 そんな予想を立てるが、そんな攻撃ができる者はこの中にはいない。

 ならば新手のフレイムヘイズかとも思うが、この場にいるフレイムヘイズは二人だけで、それ以外の気配は感じない。

 

 混乱の極みに陥りながらも、視線を前に戻そうとしたところで、今度は前から『とすっ』という音が軽い衝撃と共に響いてきた。

 

 何かと思って前を見るが、目の前にいたフレイムヘイズは少し離れたところでこちらに向かって手を伸ばしているだけだった。

 その手が、まるで何かを投げた後のような形であることに気が付き、そして視界の端に違和感を覚えたため下を向いてみる。

 

 すると、自分の胸に見慣れないモノがついていた。

 それは細長い棒のようなものであり、つい先ほどまでよく見ていたような気がし始めていた。

 

 俺が呆然としているのを確認した目の前のフレイムヘイズは素早く俺から離れて行きながら、もう一人に向かって叫ぶ。

 

「今だ、やれ!!」

「応さ!!」

 

 地上の男が叫んだ瞬間、俺の胸から生えているモノの中の存在の力が膨らんでいくのを感じた。

 

 ……ああそうか、これは……ナイフか……。

 

 それに気づいた瞬間、俺は爆発に呑まれて――

 

 

   ●

 

 

 私は地面に向かって落ちながら、ガルダがナイフの爆発に呑まれて砕け散り、柿色の炎となって消えていくのを見届けた。

 そうして地上に降り立つとニコルのそばまで行き、何も言わずに地面に座り込んだ。

 

「……なんだ? そんなに疲れたか?」

 

 軽い口調で聞いてくるニコルに、私は何とか返事をする。

 

「……ああ、それは疲れるさ。何せ、かなり危ない橋を渡ったからね」

 

 私が先ほど行ったのは、戦闘の最中に思いついたことだった。

 それは、ニコルのナイフに込められた自在法をまねて、爆発する『罪片』を作ってみたということだ。

 その『罪片』を、二回目に殴ったときにガルダの背中に張り付けておいたのだ。

 正直言って使うとは思っていなかった。何せ一度も試したことがない自在法をぶっつけ本番で扱えるとは思っていなかったからだ。

 それでも何かの役に立つかもしれないと貼り付けておき、先ほどの危機の際にガルダの気を逸らすのに使えないかと試してみたところ、見事にもくろみは当たった。

 そのおかげで、私はニコルのナイフをガルダに突き刺すことができたのだ。

 

 ……爆発の威力も大したことはなかった。これでは本当にこけおどしにしか使えんね……。

 

 そんなふうに考えていると、またニコルが話しかけてきた。

 

「しかし、良くもまああんな考えを即座に考え付いたもんだなぁ……」

「なに、アレを倒せるだけの攻撃を与えるためにはどうすればいいかと考え、思いついたのさ」

 

 そう、ガルダを倒せるような強力な攻撃は、現状ではニコルのナイフによる爆発のみだった。

 だが、普通に投げただけではすべて避けられてしまうし、私の不意打ちで気を逸らしていられるのもせいぜいが数瞬程度だ。

 そんな短い時間では、ガルダにナイフを到達させることはできない。

 

 そこで私が使ったのは、懐に入っていた通信用のナイフだ。

 これはいつもニコルが使っているナイフに一工夫加えた物であり、つまりはニコルが使う他のナイフと同様に加速も硬化も爆発も使える、ということだ。

 そしてそのナイフをガルダの胸に刺し、ニコルに爆発させてもらって、やっとこの戦いに終止符を打つことができた、と言う訳だ。

 

「……普通、通信用だと言って渡されたナイフを攻撃に使うなんて発想は出てこないぜ……?」

 

 そうかもしれない。

 だが、勝つための可能性を少しでも上げようとしていったら、この結論に達したのだ。

 

「……戦いに関しては素人当然で、思い込みや先入観がなかったのが勝因かねぇ……」

 

 そんなふうに、ニコルはつぶやいた。

 

 

   ●

 

 

 そんなこんなで戦闘も終わり、私たちはそれぞれの道へ進んで行くことにした。

 ニコルは討滅の旅に、私は自在法の研究の旅に。

 互いの目的が違う以上共に進んで行くことはできないが、生きていればまたいずれ会えるだろう。

 ニコルとの別れの挨拶の前に、私は今一度、少々ボロボロになった私の故郷を見渡す。

 感じるモノが無いわけでもなかったが、それでも私の表情は変わらず、ここから出ていくという決心も鈍らなかった。

 そんな私を見ていたニコルは、ふと何かを思いついたように手を叩くと、

 

「……おい、ミコト。旅立ちの祝いに、お前に贈り物をくれてやる」

 

 と言ってきた。

 

 いきなりの事に首をかしげることしかできない私に、ニコルは続ける。

 

「……って言っても、大したもんじゃない。お前を見ていて思いついただけだからな。お前、戦ってる最中はものすごい笑顔だったな?」

 

 確かに、そうなっているだろうという自覚はあったが、それがどうかしたのだろうか……?

 

「……とても楽しそうに、さながら遊びのように戦うお前に、竜鱗を纏って戦場を楽しむお前に、俺は『竜鱗の遊び手』という名を贈る。……気に入ったのならそれを称号にしな。これが俺からのはなむけだ」

 

 ……『竜鱗の遊び手』、私の称号か……。

 

 確かにいつまでも称号がないのも不便だったし、いずれ勝手に付くとは言っても誰だか知らない者に付けられるのに抵抗がなかったとはいえない。

 その点、ニコルとはともに戦った友といえる存在だし、何よりその称号は、

 

「私という存在にぴったりの称号だ。ありがとう、ニコル。すばらしい贈り物だ」

「そうかい。ならよかったよ」

 

 私の礼に二コルは顔を背け、照れくさそうにそう答えた。

 

「……さて、名残惜しいがそろそろ俺は行くぜ。お前との遊び、なかなか楽しかったよ。また今度混ぜてくれ」

「ああ、ぜひとも」

 

 そういい交わし、二コルは私から離れていく。

 そして、少しはなれたところで立ち止まり、背中を向けたまま、言う。

 

「……ああそうだ。しばしの別れの前に先輩から後輩への授業の締めとして、別れの挨拶の言葉を教えておいてやる」

「……挨拶?」

 

 『そうだ』といいながら、二コルは首だけを振り向かせ、肩越しにこちらを見ながら、

 

「『因果の交差路でまた会おう』。これが、紅世に関わるものたちの別れの挨拶だ。元は“徒”たちから広まったものらしいが、なかなかしゃれてるし、フレイムヘイズ同士でも使うことが多い。覚えておけ」

 

 その言葉に、私は頷きながら、

 

「なるほど、面白い挨拶だ。ぜひ使わせてもらおう。――いろいろ世話になったね、ニコル。君のくれた名に恥じぬよう、精一杯この世界を楽しむとするよ」

「ああ、ぜひそうしてくれ。――っつっても、お前がつまらなそうにしてるところなんか想像できないけどな。そこらにあるもん全部に楽しさを見つけちまうだろうし」

「ははは、そうかもしれないね。――それでは、今度こそお別れだ。因果の交差路で、また会おう、『千刃(せんじん)(かな)で手』ニコル・グレンダール、“剣創(けんそう)()”ガドレエル」

「ああ、また会おう、『竜鱗の遊び手』ミコト、“(ごう)焱竜(えんりゅう)”レヴィアタン」

 

 そういい残し、ニコルは空に飛び上がって、そのまま見えなくなってしまった。

 

 ……さて、それでは――

 

「私たちも行こうか、レヴィ君?」

「はい、参りましょうミコト様。――以上」

 

 そう言葉を交し合うと、私たちはニコルの飛んでいった方角とは逆のほうに進んでいく。

 

 この先に何が待っているのかと、胸を弾ませながら。

 

 

   ●

 

 

 ――さあ、何して遊ぼうか?

 

 

   ●

 


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