竜鱗の遊び手   作:金乃宮

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外伝・カムシンの受難

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 ……ああ、今日は星がきれいですね……。

 

 数千年も生きてきて、このような星空など見飽きてきた私ですが、それでもなぜか、今日の星空はとても美しく感じます。

 今ほど、『見る者の気持ち一つで物の見え方が変わる』という言葉の意味を思い知ったことはないと思います。

 赤、青、白と、様々な色を放ち、揺らめきながらその存在を示し続ける、どこか儚ささえ感じる星々の描く伝説たち。

 その儚さを補い合うように白い輝きの大河を成す、細かな星々の集い。

 北の空には不動の星が人々の指針となるべく中央に腰を据え、そこから少し離れたところには、良く見なければ一つに見えてしまうような、まるで『絶対に離れたくはない』と言い張るように、寄り添い支え合うかのようにも見える光がある。

 それらの星々が、絶対に癒えることのない私の体の傷跡に優しくしみこみ、痛みを洗い流してくれるような心地さえします。

 そして同時に、そんな幻覚を感じてしまうほどに自分の神経が摩耗しているのだという実感も覚えます。

 

 ……さて、そろそろ現実逃避はやめましょうか……。

 

 そんなことをしても問題は解決しない。

 だから、私は今まであえて視界に入れないようにしていた大きな問題を真正面から見据えることにする。

 

 ……ああ、私は何の因果でこんな目にあっているのでしょうか……?

 

 そう思考するも、私の中に明確な答えは現れない。

 

「……ああ、教えてくれませんか? “不抜(ふばつ)尖嶺(せんれい)”ベヘモット」

「ふむ、答えてやりたいのはやまやまじゃが、残念ながら儂にも答えは出せんよ、カムシン・ネブハーウ」

 

 でしょうね。これに答えを出せる者がいたら、私はその者をこれから先ずっと尊敬し続けるでしょう。

 そんなことを考えながら、私は目の前を――正確には私の足元を見る。

 そこには、うずくまるようにひれ伏し、頭を地につける男がいた。

 

 

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 その姿勢自体は私にとって特に珍しい物ではない。

 私自身も元は一国の王子であった身であり、それ故に父王や私自身に対してこの姿勢をする者は少なくなかった。

 だから、私の前に現れたこの男が、

 

『私は、“(ごう)焱竜(えんりゅう)”レヴィアタンのフレイムヘイズ、『竜鱗の遊び手』ミコトと言う。いきなりですまないが、君達の自在法を見せてはくれないかね? “不抜の尖嶺”ベヘモット殿、『儀装の駆り手』カムシン・ネブハーウ殿』

 

 と言いだした事には多少の驚きを得たが、それを断った後に例の姿勢を取ったことには驚きはなかった。

 いくら懇願されたとて、私の自在法は派手な物ばかりであり、相手もいないのに無駄に使うようなものではない。

 派手でないと言えば調律も私の自在法と言えるが、それも対象となる地域に至っていない以上、使う意味はない。

 

 そう言ってうずくまる彼を説得しようとしたが、彼は一向に動き出そうとしなかった。

 『無理なものは無理だ』、『帰ってくれ』、『そんなことをして何の意味があるんだ?』――

 などなど、私が放った様々な拒絶の言葉にも、彼は一向に動く気配はなかった。

 

 ……もうこの男を相手にするのは止そう……。

 

 そう考え、私はその男を放置し、先を急ぐことにした。

 

 ……そこからが、私の苦難の始まりでした……。

 

 なんとその男は、私の後をずっと付け回してきた。

 しかも、ただ歩いてついてくるというのならばまだしも、その男はずっと同じ姿勢を保ったままついて来る。

 

 ……ええ、何を言っているのかわからないと思います。実際私もこの目で見ていなければ戯言だと一笑にふしていたでしょう。

 

 私がその男のもとを去ろうと思い立ち、そしてそれを行動に移してからすぐ、正確には数歩歩いた後にふと振り向いてみた時の驚愕は、当分忘れることができないだろう。

 

 ……本来ならば私の歩いた分だけ離れていなければいけないはずの男の姿が、いまだに私の足元にあったのですから……。

 

 最初は『私が立ち去るのと同時に起き上がって追いかけ、私が振り向こうとする直前に再び元の姿勢に戻ったのだ』と考えたが、『ならば見ていれば動かないのだ』と判断し、足元の男を見据えながら後ずさりしてみて、その考えは打ち砕かれてしまった。

 

 

 その男は、私が下がるのに合わせてひれ伏した姿勢のまま(・・・・・・・・・・)滑るように移動してきたのだ。

 

 

 考えてもみてほしい。

 一人の人間が、うずくまり地に伏したまま前後左右に音もなく滑走して動くという光景を……。

 想像したくもないだろう。

 私が実際に見たその様は、やはりとても不気味であり、一般人ならあまりの恐怖に悲鳴を上げていてもおかしくない。

 私自身はさすがに悲鳴は上げることはなかったが、それでも嫌な汗が背中にあふれ、その場から急いで離れることにした。

 フレイムヘイズとしての身体能力をフルに使い、地を駆け、森の木から木へ跳び移り、空を舞い、川を越え、かなり本気でその男を引き離しにかかる。

 だがその男もまたフレイムヘイズであり、地を滑り、森の不安定ででこぼこした大地を滑り、私の真下につくように滑り、あまつさえ水の上を滑ってまで私に付きまとってきた。

 誰もいない荒野でも、猛吹雪の雪原でも、多くの人々がいる大きな町でも、私が休息場所とした洞窟の中でも――。

 どこであっても、彼は不眠不休の飲まず食わずで私に向かってその姿勢をし続けた。

 

 ……フレイムヘイズの耐久力は、こんなところで発揮するものでは無いでしょうに……。

 

 途中からは私も諦め、彼が何をしようが無視することにしたが、町を歩くたびに彼と一緒に私まで奇異の目で見られ、ついには『ひれ伏す男を従えて歩く少年』という新しい伝説じみた噂が立つようになり、私の我慢も限界に近づいてきた。

 

 ……正直言って、何度彼の望みどおりに『ラーの礫』を彼に向かって叩きつけてやろうかと思った事か……。

 

 そのたびにベヘモットに説得されて思い留まったが、この先もそれが続けられるとは思わないし、何よりベヘモットの説得も最近では力がなくなってきている。

 私自身もこんな形で同胞を害するのは不毛なことだと理解はしているため、何とか耐えられているが……。

 

 ……このままいけば、いつベヘモットの『説得』が『許可』に変わるかわかりませんね……。

 

 ともあれ、何とかしなければという思いは強く、私は調査を進め、ついに一体の“徒”の情報を得た。

 それは、奇妙な男に憑りつかれてから、実に二週間後の事だった。

 

 

   ●

 

 

「ああ、いい加減に頭を上げてください、『竜鱗の遊び手』」

 

 一応そうはいってみるが、そんな言葉でこの男が動かないのはこれまでの経験でわかっている。

 

「ふむ、お主も彼に何とか言ってやってくれんかね? “業の焱竜”」

 

 ベヘモットも彼と契約した“王”にそう問いかけるが、そちらの答えも相変わらず、

 

「言っても無駄でしょう。ミコト様は、『楽しむ』という目的のためには手段を選ばず、何もかもを犠牲にするお方です。今更、私程度の言葉でこれまでの行いを覆したようなことは、これまで数十年ともにいる私でも見たことが有りません。――以上」

 

 という物だった。

 その頑固な二人組に、ため息をつきながら私たちは朗報(私たちにとっては労報)を告げる。

 

「ああ、この先で“徒”の一団が潜伏しているという情報が入りました。なので、私たちはこれからその一団との戦闘に入ります」

「ふむ、一切の遠慮解釈なしで荒事を行うからの、巻き込まれても良いのならば自由に見ていくが良いじゃろうて」

 

 私たちのその言葉を聞いた直後、目の前の男は立ち上がり、今度は腰を折って頭を下げた。

 

「心遣い感謝する、“不抜の尖嶺”ベヘモット殿、『儀装の駆り手』カムシン・ネブハーウ殿」

 

 その礼を終え、男は体中にこびりついた泥やほこりを叩いて落としながら一人ごちている。

 

「しかし、さすがは極東の島国に代々伝わる最終奥義であり、どんな陳情でも通してしまうという伝説を持つ秘技・『DOGEZA』だけのことはある。このような異国の地の、大物のフレイムヘイズにまで有効だとは……。『DOGEZA』、恐るべし……」

 

 ……ああ、今度その島国に行ったとき、うっかり(・・・・)その国を破壊してしまわない自信が全く湧きませんね……。

 

 この男に余計な知識を与えたその国の住民に呪詛を送りながら、私は情報のあった地点に向けて歩みを始めた。

 

 ……ああ、せいぜい彼らで苛立ちを解消するとしましょうか……。

 

 “徒”の殲滅が決定した、その瞬間だった。

 

 

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 “徒”達の巣になっていたのは、崖の岩肌にいくつも並ぶ洞窟だった。

 その洞窟群とカムシン達の間には、数十体の“徒”達が道をふさぐ様に空に、大地に並んでいる。

 カムシンはそれを確認すると、手ごろな岩に対し、その身に背負った身の丈の倍ほどもある鉄棒型の宝具『メケスト』を叩きつけて砕き、その破片(とはいっても彼の頭ほどの大きさはある)に褐色の炎を纏わせる。

 そして、それを褐色の炎でメケストにつなぎ、鎖のついた鉄球のように勢いをつけて振り、いくつもの穴を開けている岩肌に向かってぶち込んだ。

 勢いよく飛んでいく岩塊は途中で炎の鎖から解放され、その全質量を破壊力に変え、突き進む。

 途中で何体かの“徒”を巻き込んで崖の中頃に着弾した岩塊は、その直後に爆発を起こし、崖崩れを誘発する。

 瞬く間に隠れ家をつぶされた“徒”の一団は怒り狂い、その状況を引き起こしたカムシンに向かって炎弾を一斉に放つ。

 

 だが、カムシンはそれらの炎の雨の中を『メケスト』を振り回して炎弾をはじきながら進み、瓦礫の山(・・・・)となった崖の頂上に立ち、『メケスト』を振り上げながら、つぶやく。

 

「儀装」

「カデシュの血印、配置」

 

 カムシンに続くベヘモットの言葉を受け、二人の足元のがれきに褐色の自在式がいくつも刻み付けられる。

 

「起動」

 

 そう言ったとき、今度はカムシン自身が心臓の形をした炎、『カデシュの心室』に包まれる。

 

「自在式、カデシュの血脈を形成」

 

 ベヘモットのその言葉と同時に、自在式から幾本もの褐色のロープが伸び、それらが何本も縒り合され、

 

「展開」

 

 そして、心室に接続される。さらにそのロープが瓦礫を引き寄せ、瓦礫がカムシンをさらに覆って行き、

 

「自在式、カデシュの血脈に同調」

 

 ベヘモットのその声に引かれ、全ての瓦礫がカムシンのもとに集い――

 

 

 数瞬後、そこに立っていたのは、体の各所から褐色の炎を吹き出す岩の巨人だった。

 

 

   ●

 

 

 この日の『壊し屋』の仕事は、通常の5割増しで激しかったという。

 

 

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 “徒”の殲滅を終えたカムシン達は、遠くでそれを見ていたミコト達(一応彼らの仕事として、逃げ出そうとする“徒”の討伐と言う役目が与えられてはいたが、全く出番はなかった)の元へ向かっていた。

 

 ……これでやっと、二週間も続いた責苦から解放される……。 

 

 少しして二人のもとに辿り着いたカムシンは、地面に鉄色の破片を何枚も突き刺し、何やらぶつぶつ言っているミコトの姿を見た。

 しばらくそれを黙ってみていると、地面に刺した破片から天色のロープがミコトの手の中の破片に伸び、ミコトがそれを持ち上げると同時に破片の刺さった地面が盛り上がった。

 そして、瞬く間に土くれは一抱えほどもある人型となり、ミコトの周りをゆっくりと歩き出した。

 

「(……ああ、ベヘモット、これは……)」

「(ふむ、稚拙ながらも儂らの儀装を模した物じゃな……)」

 

 この短時間で小規模ながらも自身の自在法を再現されたことに少々の驚きを得ながらも、それを表情には出さないようにしながら、カムシン達はミコト達の前に出る。

 

 ミコト達もカムシン達に気付き、足元の人形をその場に直立させて、

 

「おや、お疲れ様だカムシン殿、ベヘモット殿。何やらすっきりした表情をしているが、何かあったのかね?」

「ああ、ええ、やっとあなた達から解放されると思うと嬉しくなりもするでしょう」

「ふむ、ところで、それは……?」

 

 ベヘモットの疑問の声にしばし首をかしげるミコトだが、不意に手を叩くと、

 

「ああ、この土人形の事かね? お察しの通り、これは君たちの儀装を私なりに改造して作りあげた物だ。私が今回君達と接触したのは、物体の操作の自在法を見るためだったからね。さすがに大質量を自在に操るのはまだまだ経験不足だが、これで私たちの戦術の幅がかなり広がった。感謝する。この礼をしたいのだが、何かないだろうか……?」

「……もう勘弁してください。用が済んだのならばとっとと私たちの前から消え、二度と厄介ごとを持ち込まないようにしていただければそれで結構です」

 

 自分の顔はおそらくかなり嫌そうに歪んでいるのだろうなと考えながら、カムシンはミコトに背を向け、その場から立ち去ろうとする。

 

 ……もうこの場所に用はない。次の目的地まで、少し休みながら行くとしましょうか……。

 

 そんなことを考えていると、ミコトから声がかかる。それは――

 

 

「ああすまない、実はもう一つ頼みがあるのだが――ッグハ!?」

 

 

 途中で聞くのをやめ、思い切り振りかぶった『メケスト』で彼を空高く打ち上げてしまった私は、悪くないでしょう。

 

 

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