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とある町のとある路地裏で、命の危機に瀕している存在があった。
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「お嬢ちゃん、お兄さんたちと一緒に楽しいところに行かないかい? へへへ……」
「お菓子もおもちゃもいっぱいあるからね。さあ、おいで……? げへへ……」
下心丸出しで男たち二人が話しかけているのは、小さな女の子だった。
見た目からして年は5、6才程の、外で走り回っているよりは室内で遊んでいるのが似合いそうな金髪の女の子だ。
来ている服がそれなりに良い物であり、さらにはおそらくは金であると思われる輝きを放つ耳飾りを右耳にだけつけていることから、彼女を見た者はほぼ全員が、名家の娘という印象を受けるだろう。
そんな女の子が一人で裏路地を歩いているのを見かけた男たちも全く同じ印象を抱き、『さらえば一儲けできるのではないか』と考え、大した計画も無しに声をかけたのがこの男たちだ。
「ほら、怖くないからね? ちょっとお兄さんたちと遊ぼう?」
物心つく前の子どもに対してそこまでの配慮をしても仕方ないと考えているのか、明らかに嘘の言葉だと判断できる言葉を放つ男たち。
そんな男たちに迫られている少女はうつむきながら立ちつくし、先ほどから全く動いていない。
それ故に男たちは
「……ああもうめんどくせえ!! 良いから黙って俺たちと一緒に――」
――その手が少女の肩に触れる前に、背後から伸びてきた腕が彼の手首をつかんだ。
「……あ゛?」
手首を掴まれ、自身の行動を邪魔された男が苛立ち交じりに振り返ると、
「……ふう、危ない所だった。危機一髪だね」
己の手を掴み、額の汗をぬぐっている優男が立っていた。
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いきなり手を掴まれた俺は、自分を留めている人物が線の細い優男であることを確かめほくそ笑む。
……っへ、こんな奴、一発殴ってやればすぐ逃げ出すだろ。
その思いを実現させるため、まずは優男の手を振りほどこうとするが、
「――っ、てめえ、放せ!!」
いくら力を込めて振ろうとも優男の手は離れることはなく、むしろさらに締め付けの圧を上げていく。
その痛みに耐えかねて凄んでみるも、優男は意に介すことなく一人ごちる。
「人探しをしてみれば、こんな厄介事に巻き込まれるとは……。まったく、ついてないね……」
その様子は、まるで俺の事が全く見えていないようで、
「――畜生、放しやがれ……!!」
そう叫びながら俺は足を上げ、その踵で優男の足を踏みつけようとするが、
「……あまり暴れないでくれないか? ちょうどいい加減という物はかなり難しいんだ」
優男がそう呟くように言った瞬間、俺の世界は回転した。
俺が足を踏みつけるより早く優男が俺を背後に向かって投げ飛ばしたのだと理解したのは、逆さまの世界の中、地面に接する背中の痛みを感じながらの事だった。
腕一本で俺を振り上げ地面に叩きつけた優男は、俺の手を掴みながら半身で俺を見下ろしていた。
その鋭い眼は、実につまらなそうに俺を映していて――
「……くそっ!!」
その様子を見ていた俺の相棒は、悔しそうな声を上げながらガキに向かって走り出した。
……よし、そのままガキを捕まえれば……!
おそらくこの優男はガキの付き人かなんかだ。
だとすれば、このガキの安全だけは何をおいても守ろうとするだろう。
だったら、ガキを取り抑えて『動くな』と言えばそれに従うだろう。
それからは、何もできない木偶人形をひたすら叩きのめせる。
そう考え、男の動きを止めようと俺を掴んでいる手を掴み返そうとした瞬間――
――男の姿が消え、相棒が左側の壁に叩きつけられた。
「――っなに!?」
その事実に驚きながらも、俺は相棒がついさっきまでいた場所に信じられないモノがあるのを見つけた。
あの優男だ。
片足を相棒に向かって突き付けていた優男は、足を下ろしてゆっくりとガキに近寄っていく。
それを俺は黙ってみていることしかできない。
事が起こる前と後の状況を比較してみれば、その間にどんなことが繰り広げられたのかは想像できる。
おそらくこの優男は、俺から手を放し、相棒のもとに駆け寄り、薙ぎ払うように蹴り飛ばしたのだろう。
だが、その速度と力が異常だった。
……蹴った、のか? あの距離を一瞬で詰めて、人間一人が吹き飛ぶような力で?
そんな結果は、普通の人間が起こしていいものではない。
そんなことができるとしたら、そいつは人間じゃなくて――
「――化物……」
その言葉が俺の頭の中に染み込むのと同時に、俺の中に恐怖が生まれた。
おそらく、いま俺が生きて、恐怖を覚えていられるのは、あの優男の気紛れだ。
あいつが本気を出していたら、俺たちは一瞬で、何かを感じる間もなく殺されていただろう。
そしてその気紛れは、『やっぱり殺そう』というモノに変わるかもしれない。
変化の条件も、その時間も、俺たち人間には予想できない。できるわけがない。
なぜなら、俺たちは人間で、あいつは化物なのだから――。
そう考えていると、優男はガキと何かを話し終え、俺の方へ揃って歩いてきた。
俺は、なるべく男を刺激しないように仰向けのまま体を固まらせる。
歩いてくる二人の内、ガキの方は俺に見向きもせずに通り過ぎていったが、優男の方はふと立ち止まり、俺の方を見て、言った。
「君は先ほど、私の事を『化物』と言ったね?」
殺される。
俺は化物の怒りを買い、無残に死んでいくのだと、そう思った。
黙り込む俺に、優男は語りかけてくる。
「君たちは命拾いした」
……なんだ? 助けてくれるのか?
俺が一瞬安堵したのを感じたのか、優男は静かに告げる。
「もし君たちの手が彼女の服にかすりでもしていたら、君たちは死んでいただろう。なぜなら――
彼女も、私と同じ『化物』だ」
優男がその言葉を放った瞬間、裏路地の曲がり角に立って男を待っていたガキの方から、ものすごい威圧を感じた。
すべてを押しつぶし、踏み砕くような密度の濃い重圧に、俺の意識は遠のいていった。
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裏路地での厄介事を何とか片付け、私たちは表通りを並んで歩く。
その姿は歳の離れた兄弟が仲良く散歩をしているような、実にほほえましい物に見えるだろう。
少なくとも、表向きは。
「……すまない、そろそろその威圧をやめてもらっても良いかね? 普通の人間なら一瞬で気絶させられるほどの密度だし、さすがの私も気が遠くなりそうだ」
冷や汗を流しながらそう言うと、彼女はにっこりと笑いながら言う。
「心配しなくても、きちんと貴方に
「あの裏路地では、哀れな男が一人犠牲になっていたようだが?」
「あれは貴方がいきなり失礼なことを言うから威圧の加減を間違えただけですよぅ。本来なら、無関係な人たちには絶対にもらしませんよぅ」
拗ねたようにそう言う彼女の話し方は、見た目の年齢通りの舌足らずな物であったが、
「その話し方、私たちの前ではしなくてもいいのではないかね? 普通の話し方もできるのだろう?」
「……まあ、確かにそれも可能ではあるけど。やっぱりこういうのは癖にしとかないとどこでボロが出るかわかったもんじゃないからね。結構使えるのよ? あの話し方。情報収集なんかで人に話を聞くときなんか、おじいちゃんとかお姉さんとかにああいうふうに話しかけると警戒を一発で解いてもらえるし、ね」
いきなり『少女』ではなく『女性』の話し方になった彼女に少々面食らったが、なるほど道理は通っている。
きちんと考えがあっての事なのだと感心していると、彼女はその様子を見てくすりと笑い、
「……だから、貴方も少しの間は我慢してくださいねぇ?」
と、最初の話し方に戻した。
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私たちは、近くにあった酒場に入り、その隅の席に着いた。
まだ日が高いこともあり、落ち着いて話をするためにはちょうどいい場所だったからだ。
「さて、遅ればせながらも自己紹介と行こうか。私は“
「お初にお目にかかります。――以上」
一人から響く二人分の私たちの挨拶に、彼女はにこりと笑い、
「よろしくですぅ。私は、“
「ははは。よろしく頼むよ、ご両人」
と、彼女も二人分の挨拶を返す。
彼女の声とは別に朗らかな男の声であいさつをしてきたのは、彼女の右耳に下がる黄金の林檎をかたどった耳飾り型の神器“ヘスペリデス”に意思を表す、“天支の柱”アトラスの声だ。
「ははは。それで、突然尋ねてきたのはどういう訳だいご両人。まさか、マリアの歳不相応な話し方を注意しに来たわけでもないだろう? ――ってアイタ!!」
“ヘスペリデス”の林檎を軽く指ではじき、相棒に制裁を加えたマリアはにっこり笑いながら、
「アトラスさん、女の子に歳の話題は禁物ですよぉ? ……それでぇ、今日はどんなご用件ですかぁ?」
と聞いてきた。
それに対し、私は懐から一通の手紙を取り出してマリアにわたす。
「『永遠の禁じ手』からの書状だ。私の事が書いてある。まずはこれを読んでほしい」
いまだに禁じ手の称号を口に出すときは緊張する。
なんとなく、呼んだら後ろから現れそうな気がするからだ。
「へえ、お姉さんからのお手紙ですかぁ。どれどれ……」
そう言いながら、マリアは手紙を読み始めた。
……それにしても、『お姉さん』、か……。
その呼び方にはものすごく違和感を覚える。
確かに『オネエさん』ではあるのだが……。
そんなことを考えていると、マリアは書状を読みえたようで、私にそれを差し出しながら、
「なるほどぉ。要するに、自分の戦術の参考にしたいから戦いを見物させてほしいと、そういう事ですねぇ? 私は別にかまいませんよぅ。自分の身は自分で守れるのならば、近くに誰がいても気にしませんしねぇ」
「ははは。まあ、禁じ手からの書状は本物のようだしね。禁じ手が信用しているのなら妙なフレイムヘイズではないだろうし、僕たちの戦い方を悪用もしないだろう。僕からも反対はない。好きにするといいよ」
「……感謝する」
いろいろな者と交友を結んでおいてよかったとこれほど実感したことはない。
正直言って、禁じ手との交友がこんなところで役に立つとは思わなかった。
……尻を守りながらではあったが、親しくしておいて損はなかったね……。
マリアとのこの出会いも、もともとは『誰か強力な討ち手がいたら紹介してほしい』と、別れる間際の禁じ手に頼んだ事による。
快く引き受けてくれた禁じ手は、少し悩んだ後、『文字通り強力な子なら一人知ってるわ♡ 彼女ならあなたも満足できると思うわよ♡』と言って書状をしたため、見た目の特徴を教えてくれた。
それからは旅の途中で出会った討ち手たちと情報を交換し(もちろん、彼らにも知り合いのフレイムヘイズへの紹介は依頼している)、目撃情報をいくつも集め、追跡していって、つい先ほどやっと見つけたのだ。
結局、禁じ手と別れてから二年の月日が流れてしまったが、実入りも多かったため特に不満はなかった。
……さて、今回はどんな自在法が見られるのかね……。
そう考えながら、私は目の前のカップをあおった。
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自己紹介も済んだところで、私たちは“徒”についての情報交換に入る。
普段ならば、それぞれが聞いた噂などとりとめのない話をするだけなのだが、今回はそうではない。
私と彼女がこの町で出会ったのは偶然ではなく、ここで歪みが見つかったからだ。
町の者達に話を聞いたところ、一月ほど前から町のはずれあたりに『土でできた人間』が現れるようになったらしい。
その土人間は近くに誰もいない場所に現れ、少しの時間そこで佇んでからどこかに行ってしまうそうだ。
ちなみに、それを近くで見た者や追いかけて行った者は
「おそらくだが、その土人形に近付いた者は、皆食われてしまったのだろうね。存在ごと食われてしまったが故に、誰も被害にあっていないということになり、その土人形を調べた者がいたという事実もなかったことになったと、そういう事だろう」
「私の見解も同様ですねぇ。ですが、存在の力の残り香から考えて、その土人形は“燐子”だとおもいますよぅ。たぶん、“燐子”たちに人食いをさせて、“徒”自身はどこかに隠れているんでしょうねぇ」
「ははは。どれくらいの数を作ってるのか知らないが、このあたり一帯に広がる歪みの分布から考えて、この村の南東あたりが中心のようだね。行ってみる価値はあるだろうさ」
そう、私もそう思う。
だが、その情報だけでは探す範囲は膨大過ぎる。
なので、もう一つの情報を出すことにした。
「……この村には物資の補給のために年に一回立ち寄る旅団があったらしい」
「ですが、その旅団は数年前に団長が死んで以来、来なくなってしまったそうです。――以上」
いきなりの話題に、マリアたちは困惑した表情を見せる。
「……何か妙なところでも? 後継ぎがいなかっただけじゃないんですかぁ?」
「……その旅団の構成員はたったの数人であり、その全員が一年前までに病気や老衰で亡くなっているそうだ」
「それに、その旅団が運んでる物資は、この辺境の町ではかなり重要な物らしく、それがないとこの時期この町はかなり大変なことになるらしい、とのことです。 ――以上」
「にもかかわらず、この町の人間はきちんと過ごせている。しかも、数年前から旅団が来ていないのに、その対策も取られていない。つまり、その旅団はきちんと世代交代はされており、今までも定期的にこの町に来ていたが、つい最近この町に寄った後に“徒”食われていなかったことになった、と。そう推測が立つ」
そこまで話すと、マリアは表情を真剣なものに変える。
「……なるほどぉ。その旅団の人たちが喰われて存在がなくなってしまっても、その前に死んでしまった人たちまではいなかったことにはならない、ということですねぇ?」
「ああ、聞いた話によると、この町に出る土人形は大して早くは動けないらしい。大人が走れば簡単に逃げられてしまうそうだ。つまり、そこそこ機動力のある旅団ならば、土人形にやられはしないだろうね。そして、今回の“徒”の特性上、特定の場所からは動いていないと考えられる」
「ははは。と言うことは、その旅団の行路をたどっていけば、今回の目的に辿り着けるかもしれないわけだね?」
「そういう事になるね」
話が早いのはかなり助かる。
それから私たちは旅団の行路を確認し、どこが怪しいかと言う予測を立てた後、出発した。
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結論から言って、私たちの考えは正しかった。
旅団の行路をたどっていく途中で、運よく土人形を発見し、そのあとをつけていくことにした。
どうやらその土人形は、“燐子”として最低限の機能しかつけられていないらしく、私たちがつけているということに全く気付かず、主のもとに進んで行った。
そうしてからしばらくして、土人形は大きな砂山の前で止まり、そしてすぐにその山に溶け込んで行った。
……と言うより、土の体を砕いて砂山に混ざった、と言うべきかね。
おそらくここが目的地なのだろうが、周囲は荒野ばかりで何もない。
「……どうするかね、『剛腕の持ち手』?」
私は対応に困り、傍らの先達(これでも私より数百年長く生きているらしい)に尋ねた。
「そうですねえ……。とりあえず、この怪しげな砂山を壊してみましょうかねぇ。もしこれが何かの罠であっても、下手に触れるよりは壊した方が安全ですしねぇ」
「なるほど、ではやってみようか」
安直ではあるが堅実でもあるためその案に従い、高さが私の身の丈の3倍はありそうな砂山に向かって、炎弾を数発叩き込んだ。
数度の爆音が響き、砂の山は崩れ去る。
だが、その山を崩した直接の原因は炎弾ではなく、
「……ほぇ~、おっきいですねぇ……」
「……ああ、大きいね……」
「ははは。少々度が過ぎているけどね……」
「これは、少々まずいかもしれませんね。――以上」
砂山の中から現れた、巨人のせいだった。
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「きさまらぁ、よくもおれをおこしてくれたなぁ……!」
砂山を崩して現れた、――いや、正確には砂を纏ってうずくまっていただけだが――巨人は、体長が私の10倍ほどあった。
さすがの私も、これほど巨大な“徒”は見たことがない。
「せっかくきもちよくねていた、この“
その“徒”は立ち上がって私たちを見下ろすと拳を振り上げ、地面に向かって叩きつけようと――
「っと、考えている場合ではない!!」
一瞬早く我に返った私は、すぐにその場から飛び退いた。
だが、マリアはずっとその場に残ったままであり――
「しねぇーー!!」
スィアチの拳が、マリアのいた場所に叩き込まれた。
その音は、案外軽い物だった。
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「ははは。どうだいマリア、彼の強さは?」
「うぅ~ん、そうですねぇ。大きさの割に思ったほど強くはありませんねぇ。あんまりいい物食べてないんじゃないですかねぇ?」
「ははは。その良い物を食べさせないようにするのが、僕達フレイムヘイズの仕事だろう? だったら、良い事じゃないか」
「あぁ~、そうでしたそうでした! だったら仕方ないですねぇ。それじゃあとりあえず、この人をやっつけちゃいましょうかぁ?」
「ははは。そうだね、さっさと終わらせて、何かおいしい物でも食べに行こうか?」
「えぇ~、そうしましょうそうしましょう。でもぉ、このあたりの名産は大概食べちゃいましたからねぇ。もう目新しい物は残ってませんよぅ?」
「ははは。それじゃあ、あの中東の国に行ってみる、ってのはどうだい?もう数十年行ってないから、新しい物ができてるかもしれないよ?」
「そうですねぇ。それじゃあ、行ってみましょうかねぇ……」
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私の前方では、ありえない事が起きていた。
スィアチの拳が地面に接することなく、何の気なしに上げたとしか思えないマリアの右手のひらで気楽に受け止められているのだ。
「――なぁにぃ~!? こぉのぉ~!!」
スィアチの方もこれは予想外だったようで、マリアに受け止められた拳にさらに力を込めている。
だが、それでもマリアの余裕そうな顔色は一向に変わりそうにない。
と、不意にマリアは私の方を向いて、言う。
「遊び手さぁん、なんで私を置いて下がってるんですかぁ? か弱いレディを置いて逃げるなんて、殿方として失格ですよぉ……?」
「……いや、君の事は禁じ手から『強力なフレイムヘイズだ』と聞いていてね。絶対に大丈夫だと判断したんだよ」
なんたって、この少女は、
「フレイムヘイズの中でも数少ない、宝具などの武器を一切使わず、身体強化を施した自身の肉体の身を武器にする、文字通り『強力』なフレイムヘイズ。それが、『剛腕の持ち手』マリア・フラスベルだ、とね」
私のその言葉に、彼女はクスリと笑い、
「だったら、安心して私のそばに立っていればよかったんじゃないんですかぁ?」
「そんなことをしたら、どうなっていたと思うかね? 今君が彼の拳を受け止めているのは、私の胸のあたりの高さだよ? 私がそのままそこに立っていれば、私の胸から上は潰れていただろうさ」
「……あぁ~、なるほどぉ。それは盲点でしたぁ」
こんな状況にあっても、あくまで余裕を崩さないのは、さすがと言うべきなのだろうか。
「ああそれとぉ、私が武器を使わないフレイムヘイズだ、と言うのは正確ではありませんねぇ」
「……? どういう事かね? 実は何か使えるのかね?」
「いえいえ、そういう事ではなく……」
そう言いながら、彼女は頬をかきながら照れくさそうに、
「私は少々力持ちですので、普通の宝具なんて、使っているうちに壊れちゃうんですよねぇ。だから正確に言うと、『使わない』のではなく『使えない』んですよねぇ」
……いや、少々って……。
あはは、と笑いながら言う彼女に少々呆れていると、
「――っきさまらぁ、ちょうしにのるのもたいがいにしろよぉ……!!」
と、いい加減にしびれを切らしたのか、スィアチは全体重をマリアが抱えている拳に集めるが、
「――おおっとぉ、急に動かないでくださいよぅ。危ないじゃないですかぁ」
と、彼女はあくまで軽い調子で、
巨人を持ち上げてしまった。
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右手一本でスィアチの巨体を持ち上げたマリアは、その小さな手からは想像もできないような握力でスィアチの拳をホールドして、そのまま振り返るような自然な動きで、地面に叩きつけた。
「――がぁ……!!?」
当然大地は大いに揺れ、普通ならば立ってもいられないほどの振動が私を襲う。
急いでその場から飛び上がり、空中に『罪片』による足場を作っていなければ、私は無様に大地に膝をつけていただろう。
だがここで、私は奇妙なことに気が付いた。
……地面が、砕けていない……?
普通、あれだけの質量がぶつかれば、ひび割れの一つもできていない方がおかしいのだ。
それなのに、私の下に広がる大地には一切の変化がない。
……これは、いったい……?
その疑問は、地面をよく見てみれば明らかになった。
マリアを中心に、このあたり一帯に自在法がかけられていたのだ。
そして、その効果は――
「……硬化の、自在法、か?」
「正解ですよぅ」
と、私のつぶやきに軽い調子で返してきたのは、マリアだった。
彼女は地面にうつぶせになって倒れているスィアチをもう一度振り上げて反対側に叩きつけながら、
「『戦士たるもの、常に自分が有利になる戦場に身を置くべし』、と言う訳ではありませんがぁ、私が思いっきり暴れると、その場所は滅茶苦茶になってしまいますからねぇ。それに加えて、私の戦いにはしっかりした足場も必要なんですよぉ。私の力を支えきれないで崩れてしまう足場では、意味がありませんからねぇ」
それに、
「知ってますかぁ? 簡単に砕けてしまうような所に叩きつけるのと、固い所に叩きつけるのとでは、
――後者の方が痛いんですよぉ……?」
ものすごくいい笑顔でそんなことを言われた場合、私はどのように返すべきなのだろうか……。
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結局、哀れな巨人は散々地面に叩きつけられた上に、全力の拳を何発も食らって消えていきましたとさ。
――合掌。
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