竜鱗の遊び手   作:金乃宮

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外伝・紅蓮との出会い

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 これは、私がまだまだ愚かだった、そんなときの物語。

 

 

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 それはちょうど、私が人間をやめて200年程経った頃の話だ。

 その頃の私は己が未熟をろくに自覚せず、様々な自在法を覚え、扱えるようになってきたところであり、ありていに言えば調子に乗っていた。

 そこで私は無謀にも、その当時欧州で猛威を振るっていた“徒”の集団である[幻想王国]に対しての単独調査を、誰かに頼まれた訳でも無く個人的な好奇心で行うことにした。

 

 [幻想王国]とは、とある目的を掲げる一人の“王”を首長とし、それに協力する数人の“王”たちで構成された小規模な組織だ。

 小規模とはいえ構成員は全員“王”であり、曲者ぞろいの厄介な組織である。

 それに加え、首長である『最強の魔本』が持つ能力は、『“燐子”の即時・大量作成』であったから、配下の確保には何ら支障はなかった。

 その組織の目的は、首長である赤い本の姿をした“王”の体を、その存在にふさわしい人型の肉体に構成し直す方法を見つけることと、自分たちが楽しく暮らせる世界、『幻想王国』を創ることだった。

 とはいえ、一つ目の目的に真面目に対して取り組んでいるのは、首長の魔本とそれに最も近い幹部であった『美貌の背徳者』のみであり、それ以外のメンバーの目的は必ずしも一致していなかった。

 

 参謀の『白い予言者』は首長が慌てふためきあがく姿を近くで眺めるために。

 守りの要であった『老獪な暗黒竜』は、なんとなく。

 戦闘部隊を率いる『狂気の剣士』は、意中の『美貌の背徳者』を狙って。

 遊撃部隊の長であった『無謀な雷小僧』は、人型になって強くなった首長と戦うために。

 協力者であった『気弱な邪神』は、親交のあった首長を補助しようとの善意から。

 そして、協力してやると言い放って勝手に組織に居座った『姑息な獅子面(ししづら)』は、『幻想王国』の完成後、それを乗っ取るために。

 そんなバラバラな組織であったから、私一人でも調査ぐらいは何とかなるだろうと、そんなふうにうぬぼれていた。

 

 

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 その結果が、幹部の一人に発見・追跡されるという状態を生み出した。

 

 

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 ……くそっ!! まだ追ってくるのか!? いい加減しつこいぞ!!

 

 私は木々の生い茂る森の中を駆けながら、そう毒づいた。

 私の後方からは、木々をなぎ倒す音が響いてくる。

 よく注意して聞いていれば、だんだん私と音源との距離が近付いて来るのがわかる。

 

 ……いっそ、ここで迎え撃つか……?

 

 そんな思考も浮かぶが、それは無謀だと先ほどまでの戦闘で思い知っているので即座に破棄する。

 今私を追ってきているのは[幻想王国]の構成員の中でも一番弱い『姑息な獅子面(ししづら)』であったが、仮にも“王”と呼ばれるだけあってそこらの“徒”とは比べ物にならないくらい強い。

 特に、耐久力に関して言えば、並みの“王”では比較にならない程だ。

 現に、先ほどまでに私が応戦してできた傷など、全く気にせず追いかけてきている。。

 それほどまでに、あの男のタフネスはすさまじいのだ。

 

 ……私の攻撃はもう効かない。ならばどうする……?

 

 私が収集してきた自在法は数多くあれど、強力なものほど使いこなすのに時間がかかり、さらに習熟度に難があるモノなどは今なお満足に効果を表さない。

 当然、この場で使用しても無駄に力を使うだけだ。大した効果は期待できず、むしろ不利になるだけだろう。

 

 ……とはいっても、逃げることも容易ではない、か……。

 

 確かにアレの機動力は大したことはない。攻撃そのものも、良く見ていれば避けるのはたやすい。……だが、

 

『……ええい、まだるっこしい……! 面倒だ。吾輩の情熱にて、炙り出してくれようぞ……!!』

 

 ……まずい!! 『アレ』が来る……!!

 

 そう思った瞬間、生い茂る木々の隙間から暑苦しいほど真っ赤な炎が垣間見え、そして――

 

『くらえ、吾輩の情熱を!! 『メンズパッション』!!』

 

 雄叫びの直後、森が私ごと吹き飛ばされた。

 

 

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「ふははははは……。やっと見つけたぞ。全く、手間をかけさせおってからに」

 

 薙ぎ払われ、ところどころ焦げている木々を押しのけて私の元に歩み寄ってくるのは、筋骨隆々な獅子頭の男だった。

 彼は豪奢なマントを羽織り、右手に大きな木槌を持って地面に倒れて動けない私の傍らに立つと、

 

「何やらこそこそと吾輩の(・・・)組織を嗅ぎまわっていたようだな。そんな姑息な貴様も、いよいよ年貢の納め時だ」

 

 ……姑息と言う言葉だけは、この男から言われたくはないね。

 

 そんなどうでもいいことを考えながら、私は獅子面が両手で木槌を振り上げる様を眺めている。

 無念がないわけではない。まだまだやりたいことが山ほどある。

 恐怖がないわけではない。死ぬような痛みを味わうのは誰だって嫌だ。

 後悔がないわけではない。どうしてこんなことになってしまったのかと、今も恨みがましく考えている。

 

「だが、褒めて遣わそう。なんといっても、[幻想王国]内でも最強であるこの吾輩をここまで手こずらせたのだからな。その強さに免じて、吾輩至高の宝具、『ミリオンダラー』にて打ち砕いてやろう」

 

 ……体が、少しでも動いてくれれば……!!

 

 そう思って力を込めてみるが、全く動かない。先ほどの衝撃が体の芯まで響いているようだ。

 いくら残念が残っていても、これではどうしようもない。

 ならばいっそ潔く果ててやろうと、そう思った。

 

「(……レヴィ君、すまない。もう無理そうだ。今まで、私の遊びに付き合ってくれて、感謝する)」

「(いけませんミコト様!! 意識を強く持ってください!! 何とかしてこの状況を切り抜けてください!! ――以上!!)」

 

 そう発破をかけられるが、この状況はどう考えても絶体絶命だ。

 ここから生き残れるとしたら、よほど悪運が強くなければならないだろう。

 

「――さあ、祈りは済んだか? では、死ねぇぇい!!」

 

 せめて死の直前の光景ぐらいは目に焼き付けようと、私は迫りくる木槌を見据えていた。

 どんどん私との距離を狭めていく木槌が、私を押しつぶそうとした瞬間――

 

 

 

 ――いきなり紅蓮の線が木槌にぶち当たり、獅子面から武器を奪って吹き飛ばした。

 

 

 

「――なにぃ!? ……誰だ!? 姿を見せぇい!!」

 

 いきなりの事に数瞬我を忘れながらも、すぐさま未知の敵を警戒する様は、やはり腐っても“王”、と言ったところか。

 そんな思考のさなか、紅線の飛んできた方から草木を踏みしめる足音が響いてくる。

 

「――全く、せっかく気持ちいい森林浴の最中だったのに、なんでいきなり森を吹き飛ばしちゃうかなぁ?」

「だから言ったであろう。この近くに徒の集団がいるはずだから気を付けろ、と」

 

 うず高く折り重なる木々をはねのけ、現れたのは――

 

「……それはそうだけど――ああ、見つけた。運がいいわね、まだ生きてるなんて」

 

 ――紅蓮に輝く、美しい女だった。

 

 

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「本来こういうのは柄じゃないんだけど……。今回は場合が場合だし、助けてあげる」

 

 そう言いながら紅蓮の彼女は手に持つ大弓を消すと、その手に表した紅蓮の炎から大剣を創り出し、黒いマントを風に遊ばせながら、高らかに宣言する。

 

 

「“天壌の劫火”アラストールのフレイムヘイズ、『炎髪灼眼の討ち手』マティルダ・サントメール。推して行くわ」

 

 

「……炎髪、……灼眼……!」

 

 文字通りの姿で私の前に立つ彼女は、その言葉が正しければ欧州で当代最強とうたわれる討ち手だ。

 そしてその姿を目にしたものは、誰であろうとそれが真実だと確信するだろう。

 見る者すべてにそう思わせてしまうだけのモノを、彼女は自然体で持ち合わせていた。

 

 ……これは、倒れているのはダメだ……!

 

 

 ――もったいない。

 

 

 私の心の中に渦巻く感情は、もはやそれだけだった。

 たとえようもない高揚感と、真の英雄たる者の戦いをこの目で、この肌で感じることができるという期待に、私は胸を大きく膨らませていた。

 そんな、戦いにはおおよそ向かないような感情だけを支えに、私は起き上がると彼女の横に立ち並ぶ。

 

「……あら、大丈夫なの? 戦いが終わるまで、私の後ろで休んでてもいいのよ?」

「そんなつまらぬことなどできるわけがない。かの名高き『魔神の契約者』と同じ戦場に立てるのだ。これほど楽しい(・・・)戦いを、伏して見過ごすことなど、できるわけがない」

 

 その言葉を聞いて彼女は一瞬驚いたように動きを止めると、すぐにうれしそうに笑いだした。

 

「ふふふ……、あはははは……!」

「……? どうかしたのかね? 何かおかしい事でも?」

 

 彼女は笑顔でその美麗な顔をゆがめながら、首を横に振る。

 

「ふふ……、違うわ。そうじゃない……。ねえ貴方、戦うことが好きなの?」

「そうではない。戦いにおいて、己の存在を示すことが好きなのだ。敵と拳を交え、戦術をすり合わせ、己のできることを見せつけることに対して、私は大いなる喜びを得られる」

 

 そう、

 

 

「私は、その瞬間にこそ『幸せ』を感じるよ」

 

 

 不意に、横から感じる炎の勢いが上がった。

 

「……へえ、面白い事言うのね……」

 

 もはや炎塊と言ったほうが良いような勢いの炎を巻き上げながら、紅蓮の長髪を右手で軽く払う。

 舞い散る火の粉に混じり、同色の糸が行く筋も空に舞い踊り、前へと進む彼女の後に追いすがる。

 その様は、間近で見ている私でさえも、この光景が良くできた絵画であると錯覚させるほどであった。

 

「貴方、名前は?」

 

 一瞬その問いが自分に向けられたものだとは思わず固まってしまったが、気を取り直して答える。

 

「……ミコト。私は“(ごう)焱竜(えんりゅう)”レヴィアタンのフレイムヘイズ、『竜鱗の遊び手』ミコトという」

「……ああ、どこかで聞いたことがあると思ったら、ここ百年ぐらい世界各地をふらふらしてる有名な遊び人じゃないの。貴方、知る人ぞ知る変人で通ってるけど、それでいいの?」

 

「なに、言いたい者には言わせておくさ。私が私であるために、他人の評価なぞなんの意味もない。それに、そんなことを気にしている余裕なんてないのでね」

 

 何せ私は――

 

 

 

「――私は今、遊ぶことで忙しい」

 

 

 

「……ふうん……」

 

 前を向く視線を少し横に傾ければ、振り返って不思議そうにこちらを見る紅蓮の彼女がいた。

 

「……ま、貴方がそれでいいというのなら、私にそれを否定する権限はないわね。それに――」

 

 と、前を向いた彼女に視線の先には、先の一撃で吹き飛ばされた大きな木槌を拾い上げ、こそこそ逃げようとしている獅子面がいた。

 

「――それに、貴方の戦いに対する考え方には、共感できるところもあるし、……ね!」

 

 逃走の意思に気付かれたと悟った獅子面は、こそこそするのをやめて一目散に逃げ出した。

 紅蓮の彼女はそれを見るや、炎でできた大剣を身の丈以上もある矛槍(ハルベルト)に作り替え、それを掴むと投擲の姿勢を取り――

 

「――っだあ!」

 

 放った。

 

 紅蓮の矛槍は空を裂き、獅子面の無駄に広い背中へと真っ直ぐに突き進み、

 

「……む? ……ぬおぉ!? バ、バカな――」

 

 そのまま獅子面は貫かれ、あっけなく真っ赤な火の粉と化した。

 

 

   ●

 

 

「――よし! 大当たり!!」

 

 まぶしいほどの――実際炎を纏った彼女はとてもまぶしいのだが――笑顔と共に喜びの声を上げた彼女は、次の瞬間すまなそうな顔になると、

 

「っと、そう言えば、貴方が楽しむ余裕がなかったわね」

 

「……いや、貴方の戦いを見れただけでも十分だ。しかし、よくもまああの体力馬鹿を一撃で……」

 

 私の攻撃をほぼすべてその身で受け、しかし平然としていた獅子面だったのだが、彼女の攻撃はその肉体をいとも簡単に貫いてしまった。

 その攻撃力に対しては、もはや称賛よりも呆れが先に立つ。

 

 ……そう言えば、あの馬鹿力の女傑は元気にしているだろうか……。

 

 そんなことを考えながら、私は先ほどまで獅子面がいた場所まで歩んで行く。

 暑苦しいほど真っ赤な火の粉の残滓は完全に消え去り、そこに残っているのは彼女の放った矛槍と、

 

「……宝具『ミリオンダラー』、だったか……?」

 

 獅子面の残したその木槌は、持ち主がいなくなってもそのままそこにあり続けていた。

 それを拾い上げて様々な角度から眺めていると、特に何もする事も無くて暇なのか、紅蓮の彼女も私のそばに歩み寄ってきた。

 

「それって、あの“徒”が使ってた武器でしょう? どんな効果があるの?」

「……大したものではないな。硬化と重量増加、それと軽度の自己修復、と言ったところだ。しかも、その簡単な効果に対して馬鹿のように『存在の力』を消費する……。普通に使っていれば割に合わぬことこの上ない、宝具ともいえない宝具だな、これは」

 

 『ふうん……』とつぶやいた彼女は、もはやそれに対する興味を完全に失ってしまったようで、今度は私に目を向けてきた。

 

「……それで、貴方は一体なんなの? その宝具の効果を最初から知ってた、って訳でもなさそうだし……。明らかに、今見て知った、って感じだったわよね?」

 

 先ほどまで“徒”を睨み付けていた灼熱の瞳が、今度は私をジトッと見つめてくる。

 

 ……まあ、特に隠すようなことでもないし、話してしまっても問題はないか……。

 

 そう考え、手に持つ木槌を倉庫の入り口(見た目は『罪片』で作り上げた円環だが、その中は広く、様々な物を入れて保存しておける空間が広がっている)に放り込みながら、彼女のその問いに答える。

 

「私の数少ない特技の一つでね、自在法の構成を実際に視覚化して見る事が出来るんだ。無論、自在式に対する知識がなければ『ただ見えるだけ』なのだが……」

「……いろいろな自在法を見て知識を集めていけば、その式がどんな効果を持つのかわかる、ってことね。そうか、それで貴方は色々なフレイムヘイズと関わりを……」

「ああ、だから私は自分の未熟を払うため、様々な討ち手たちに会い、その知識と経験を集めている。……中には少々強引な手段で知識の教授を頼み込む場合もあるから、半ば厄介者扱いされてしまっているがね……」

 

 ああ、今でも鮮明に思い出すことができる……、私の頼みを聞き、最後に皆が浮かべる諦めたような憔悴した顔を。

 そして、自在法を見せてやると言って“徒”に飛び掛かって行ったときの、とても獰猛で、楽しそうな顔を。

 何やら心の内をまき散らすように戦うフレイムヘイズと、その姿に若干怯えながら立ち向かい、しかしむなしく討滅されていく“徒”たちの表情を。

 そして、戦いが終わった後の、とてもすっきりとした、満足げな顔を……。

 

 ……そんなに、私の頼み方はきつい物だったろうか……?

 

 ただ行く先々に現れて、誠心誠意お願いしているだけなのだが……。

 たったそれだけのことを長い時で数か月、一日も休まず隙あらば行っただけで、なぜ皆はああも私を嫌うのだろうか……?

 不思議だ。実に不思議だ……。

 

「……それで、貴方は今どんなことができるのかしら? 何かやって見せなさいよ」

 

 そう言って私の事を見る彼女の視線を受けても、特段嫌な感じはしなかった。

 ただ、普段はその視線を向けるばかりであったため、少々面食らいはしたが……。

 

「まあ、別にかまわないが。……そうだね……」

 

 あたりを見渡すまでも無く、すぐ足元にあったそれ――彼女が作り出した矛槍を手に取った。

 拾い上げたそれをじっと見て、それから炎を纏わせた手でさっと撫でる。

 一瞬だけ天色(あまいろ)の炎を灯したそれは、しかしすぐに元に戻る。

 見た目はどこも変わっていないように見えるそれを、私は彼女に差し出した。

 

「……軽く力を込めて、振ってみると良い」

 

 そう言われた彼女は、首をかしげながらも己の得物を受け取り、近くに立っている手ごろな太さの樹に向かって振るい、横一線に両断した。

 無音で切り裂かれ、轟音を上げて倒れる樹を見て、そしてすぐに驚きを隠せない様子で私の方を見て、

 

「――なにこれ! 軽く『存在の力』を込めただけなのに、すごく強化されてる!!」

「……それが、本来の貴方の力だ。私はただ、その矛槍を強化する際にどこにも回されない余分な力を、無駄なく強化に回るようにしただけだ。時間があれば、貴方もいずれ同じことをできるようになっていただろう」

「……ふうん。貴方は、その時間を省略してくれたわけだ……」

 

 彼女は何事かを考えているようで、矛槍を右腋に手挟んでうなっている。

 そしてしばらくして何かを思いついたらしく、手をポンとたたくと。

 

「――よし、『加速屋』にしよう!」

 

 いきなり叫び、私の事をビシッと指さして、

 

「今日から貴方は『加速屋』と名乗りなさい! 私もそうやって広めてあげるから!!」

 

 とのたまった。

 正直、意味が解らない。

 

「……いったい、どういう意味かね? いきなりすぎて訳が分からないよ……」

「だから、貴方の異名よ、異名! カムシン爺さんの『壊し屋』とか、“壊刃”の『殺し屋』みたいな!!」

「こら、少し落ち着けマティルダ。この者も困っている」

 

 暴走気味に私に詰め寄ってまくしたてる彼女を嗜めたのは、彼女の左手の中指に輝く黒い宝石を意匠された指輪から響く、重苦しい男の声だった。

 

「それに、あまり顔を近づけてやるな。あまりいい作法とは言えんぞ」

「あら、嫉妬してくれるの? アラストール。だったらもっと素直に行ってくれたらいいのに……」

「何を馬鹿な……」

 

 左手の指輪と話しているときの彼女は、戦いの時とは違う、うれしそうな、恥ずかしげな、それでいて誇らしげな表情を見せていた。

 しばらくそんな調子で言葉を交わしていた一人にして二人だったが、何かの拍子で私の事を思い出したようで、彼女は申し訳なさそうに私の方を向いた。

 

「……ごめんなさいね、すっかり話し込んじゃって……。ええと……、何の話だったかしら……?」

「『加速屋』とかいう異名の話だ。なんで私がいきなり異名をつけられなければならないのかね?」

 

 『ああ、その話か』と彼女は手を叩き、そして淡々と話し始めた。

 

「『加速屋』ってのは、文字通りその人の能力を加速的に伸ばす者、って意味よ。強化するんじゃなくて、まだまだ伸びしろがあるってことに気が付かせるの。せっかくそんなおもしろ――じゃない、貴重な能力を持ってるんだったら、それを活かせるように大々的に広めた方がいいでしょう? それに貴方の能力、新人の育成とかにすごく使えるじゃない」

 

 そう言いながら、彼女は先ほどの矛槍を掲げた。

 

「現に、私はすごく助かったわ。何百年と戦ってきて能力はこれ以上あがらないと思ってたのに、強くなる可能性を与えてくれた。私がさらに輝けるって、教えてくれた。幸せな私を、さらに幸せにしてくれた……」

 

 そして、その矛槍を一振りすると、消さずにマントの中に仕舞い込み、

 

「そんな貴方に、私にはできないことができる貴方に、私は感謝と尊敬の意を込めて、『加速屋』の名を贈るわ。……それに――」

「――それに?」

「……個人的にも私、貴方を気に入ってるもの」

 

 一瞬告白のようにも受け取れる言葉だったが、その言葉を放った彼女の様子からしてそれはありえない事だと悟った。

 ならばなぜかと思い、尋ねると、

 

「だって貴方、私と同じだもの」

「『同じ』とは、どこがかね?」

「さっき貴方、言ってたでしょう? 『戦う事に幸せを感じる』って、そんなようなこと。……それ、私も同じなのよ。私も戦いの最中に感じるのは、『幸せ』って気持ちだけ。だから、こんなふうに戦いに明け暮れる毎日にも満足してるし、フレイムヘイズになったことも後悔してない。――むしろ、なれてよかったって思ってる。でもね、こんなふうに考えてる人、他に誰もいないのよ。それなら、少しだけ私と似ている貴方とは、おいしいお酒が飲めそうだなって、そう思うのよ」

 

 だから――

 

 

 

 

「私と一緒に遊びましょう、『加速屋』さん?」

 

 

 

 

 私は『竜鱗の遊び手』として、その誘いを断ることは、できなかった。

 

 

   ●

 

 

 私と彼女の最初の遊びの相手は、無論の事[幻想王国]の者達であり、その遊びの結果は――まあ、言わなくてもわかるだろう。

 ただ、私と一緒に戦って(あそんで)いる彼女の顔は、私でさえもほれぼれするほど美しい物だったと、その事だけは告げておこうと思う。

 

 これ以降、彼女とは出会うたびにその近くの戦場(あそびば)を駆け回った。

 それは本当に楽しい物で、普通の遊びの例にもれず、その時間はあっという間に過ぎ去っていった。

 何度遊ぼうともいっこうに衰えぬ――いや、むしろ増しているようにも感じる彼女の輝きを見るのが私の楽しみの一つとなるのに、そう長い時間はかからなかった。

 

 

 そしてそれは、その遊びの時間は、彼女が最高に輝いていたあの瞬間まで、ずっと続いたのだった。

 

 

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