竜鱗の遊び手   作:金乃宮

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第四話

   ●

 

 

「突然ですまないが、私も此度の戦に参加させてはもらえないだろうか、『震威の結い手』ゾフィー・サバリッシュ殿、“払の雷剣”タケミカズチ殿」

 

 突然、本当に突然そんな言葉が聞こえてきたのは、私が先のオストローデの戦い――惨敗、と言い換えても良いですけど――から今までの戦闘の記録をまとめ上げ、見直しをしているときでした。

 いきなりの事に驚きながらも声が聞こえた背後を振り返って見てみると、風通しを良くするために開いていた窓のへりに、一人の男が座っていました。

 スーツをピシリと着こなしたその男は、私がマティルダから噂を聞いてから何度も参戦を呼び掛け、そして同じ数だけ断ってきた、遊び人。

 

「……いい加減、周りに合わせて行動するということを覚えてはいただけませんか? 『竜鱗の遊び手』ミコト殿」

「それができていれば、遊び人だの変人だのと言われてはいないさ」

 

 これまでとは掌を返したような態度の変化を皮肉る私の発言にもさらりと返すあたり、面の皮の厚さはさすがであることが再確認できた。

 

「して、いったいどういう心境の変化ですかな。我々の再三の催促にも全くなびかなかったというのに、なぜ今になって参戦を?」

「私からも説明を要求しますよミコト殿。大した理由ではなかった場合、これまで貴方にしたためた書簡の紙代とインク代を請求させていただきます」

「……大した意味はないさ。単なる気まぐれだよ」

 

 掌に紫電を走らせながら、八割がた本気の冗談と共にそう問いかけるも、目の前の遊び人は仕方ないと言う風に肩をすくませるて嘯く程度。

 さらに本気の殺意を込めて睨み付けること数秒、ごまかせないと理解したのかミコト殿は大きなため息を一つ吐くと、手元に銀色の鱗――『罪片』を数十枚展開し、環状に並ぶように操作すると、できた輪の中に手を入れる。

 おそらく収納の自在法が込められているのであろうその輪の中に差し入れられた彼の腕は、その先端が消えているが、当の本人は何でもないようにごそごそとなにかを探している。

 しばらくして目的のものを見つけたのか、ずるりと輪の中から手を引き出すと、そこから一緒に四角く薄い板が現れた。

 私たちに見やすいように突きつけられたそれは、端的に言って、

 

「――白紙の入った額、ですかな?」

 

 そう、それはどう見てもそう表さざるを得ない代物だった。

 品位を失わない程度に金があしらわれた年代物の額の中には、何の穢れもない白のみが切り取られている。

 それはまるで、額の中にもともとおさめられていた絵のみが掻き消えてしまったようで――

 

「……まさか、それはオストローデの?」

「――! なるほど、かの『都喰らい』の影響、というわけか」

「まあ、そういうことだ」

 

 そう、その額にはおそらく最初は素晴らしい絵がおさめられていたのでしょう。

 しかし、その絵がオストローデの風景をおさめたものだったのか、はたまた絵師がオストローデ在住だったのかは定かではありませんが、存在ごと喰われてしまった影響で、『初めからなかったこと』にされてしまったのでしょう。

 これもまた、[とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)]からの被害、ということですか。

 

「これと同じ現象が、私のコレクションのうち37点で起こっている。間接的なものとはいえ、これは私に対する攻撃とみなす。故に、奴らを効率よく叩き潰すために君たちを利用しようと思って参上した次第だ。……君たちにも利がある参戦であると思うが、いかがか?」

 

 なんとも傲慢かつ常人にはなかなか理解できない言い草だが、まあ確かに自分たちに利があることだけは正しい。

 ただでさえ先の戦いでフレイムヘイズの絶対数は減っている。

 それを補うために急造のフレイムヘイズまで用意しているが、それでも戦力の不足は否めない。

 だからこそ、数百年も世にとどまるこの遊び人を逃すわけにはいかないのが実情ではある。

 だが、

 

「もう少し早く参戦してくだされば、貴方のコレクションが損なわれることもなかったのでは?」

 

 と、感情的になりすぎない程度には文句を言いたくもなる、というものだ。

 それに対してミコトはフンと鼻で笑い、

 

「遊び人に対して勤勉になれとはずいぶんとまた無茶を言うね。なに、これもまた遊びのうちだ。その時の気分で動いたほうがモチベーションも上がるし効率もいい。気が進まないまま参戦していたところで大した働きはできなかっただろうし、下手をすれば寝返っていた可能性もある。明確な理由がないままの私を抱え込むことほど不利はないと理解したまえ」

「……本当に、腹が立つほど自己分析がしっかりとしていますね、ミコト殿」

「ここまで行くと逆にすがすがしいものだけど、そんなことを本気で言い放つから貴方のことを『人を食わない“徒”だ』と揶揄するものが出てくるのだ、ということは――わかっているのでしょうな……」

 

 簡単に御することは不可能だとの評判通りの言動に、一人にして二人の『震威の結い手』すらもあきれ果ててそういうしかないが、それすらも受け流すのが目の前の遊び人なのだろう。

 

「世界は私の玩具箱だ。私以外は何人たりとも荒らすことは許さんよ。まあ、少なくともこの戦いが終わるまでは私はここの所属で上司は君たちだ。私のことをせいぜい有効活用するといい。――して、参戦の許可はいただけるのかね?」

 

 その問いに対して、私の首が縦に動いたのは、はたして首肯の意味だったのか、それともただ単に力が抜けただけなのか、よくはわかりませんでした。

 

 

   ●

 

 

 さて、では早速この戦いへ貢献するとしようか。

 いくら遊び人とはいえ、働かなければできる遊びも限られてしまうからね。

 まあ、めんどくさいだけの書類仕事などを任されていれば逃げ出しただろうが、さすがに『震威の結い手』も私にそのようなものを押し付けるほど馬鹿ではなかったらしい。

 それどころか、しっかりとエサを仕込んでくるとは、私のことをよくわかってくれている証拠だろう。

 

「さて、まずはオストローデ跡へ向かうとするかね」

「飛んでいけば大した距離ではないと判断します。敵襲等がなければすぐに到着するはずです。――以上」

 

 レヴィ君の発言に頷き、私は飛行の自在法を展開する。

 最初と比べてかなりの速さが出るようになったそれは、さまざまなフレイムヘイズや“徒”各人で個性のある飛行の自在法を数多く見て、組み合わせや改造を施して私専用のものにしたからだ。

 

 ……ほんの少し浮くことしかできなかった頃が懐かしいね。

 

 それもこれも、私ごときに惜しみなく自在法を見せてくれた数多くのフレイムヘイズたちのおかげだ。

 そのうちの何名かが、今回私が向かっているオストローデにも派遣されている。

 彼らの任務は、消えてしまったオストローデの調律作業だ。

 都市一つが消えてしまった影響によるゆがみは大きく、今後のためにも早急な調律作業が必要になる。

 しかし、トーチが大量にいる町一つ程度の調律ならばともかく、たった一人で一つの都市を調律しきるには手間がかかる。

 実際、戦後の処理を優先せざるを得なかったとはいえ、十年近くオストローデの調律は未完成のままだった。

 なので人海戦術として一気に十数名の調律師が派遣されたわけだが、ここでさらに問題が出てきてしまう。

 それは、

 

「自在法が個性的過ぎて調律の際に互いの邪魔をしてしまう、とはね。なんともまあ、個性が強いというのは大変なことだ。私のように日々つつましく生きている者には到底理解できん」

「………………そうですね。――以上」

 

 レヴィ君の反応がいつも以上に平坦な気がするが、まあ大したことではないだろう。

 ともあれ、数多くの自在式を見て、改良を重ねてきた『加速屋』たる私にされた依頼の一つ目は、調律師たちの自在法を仲立ちして効率よく調律を行うための補助だ。

 一人一人が自己流で自分に合った調律方法を編み出しているので、それを一つにまとめ上げて全員に合った調律方法を編み出し、調律師をすぐさま戦闘可能な状態にすること。

 要は調律師も戦力として早く戻したいとのご用命だ。加速屋としての本分だろう。

 さらには多種多様な調律の自在式をこの目で、しかも同時に見て比較すらできるという素晴らしい仕事だ。

 ぜひとも成功させて新たな自在法を生み出す糧とせねば。

 

 ……と、見えてきたね。

 

 完全な更地どころか隕石でも落ちたようにごっそりと半球状にえぐり取られている旧オストローデが見えてきた。

 同時にその周囲に集まっている人影も確認。ついでに周囲に敵影なし。

 全員『震威の結い手』から預かったリストに載っている調律師であることを遠目で確認して、うっかり敵であると勘違いされないように大きな声をあげて降下していく。

 

「おーい、お勤めご苦労だ調律師の諸君。私の到着だ、盛大に出迎えたまえ!」

 

 声をかけた瞬間、褐色の炎を帯びた大きな岩塊をはじめとした数発の攻撃に出迎えられた。

 

 

   ●

 

 

「おい、いまあの遊び手の声を聞いた気がしたからうっかり雑魚散らし用の自在法ぶつけちまったけどどうしよう? もっと強いの追加でぶち込んどくか?」

「馬鹿野郎、なんで最初っから最強ので出迎えねえんだよ。あいつ、あっという間にこっちの自在法解析しちまうんだから、解析する時間与えるなって対応出回ってただろうに」

「ふむ、やはり他の討ち手との交流は大切じゃのう。その対応を聞いておいたおかげで全力の『ラーの礫』を叩き込めた」

「ああ、しかし、やはりうまく避けられたようです。やはり初手から儀装を展開しておくべきでしたね」

「ふむ、次回への教訓じゃのう……」

「……あのぅ、あの人、『震威の結い手』さまからの報告にあった『竜鱗の遊び手』さんですよね? 味方を迎撃しちゃまずいのでは?」

「え? あんたあいつと初めて会うの? あいつはふっとあらわれる災害と同じ扱いだから、全身全霊で撃っていいんだ。次からはためらいなく打てるようになるはずだから、とりあえず今回は我慢強く耐えろよ? あいつどうせ俺たちの自在法が目当てなんだから、撃ったところで喜ぶだけだしな」

「はぁ、そうなんですか……?」

「――チッ、やっぱりあいつ生きてやがったか。いい収穫があったとでも言いそうなすげえ笑顔でこっちに近寄ってくるぜ?」

「まあ、さすがにもうここまで来られたら打つ手はねえ。今回はあいつも仕事のために来たんだ。次はないが、まあ今回は役に立ってもらおうぜ。……ものすごく疲れるが」

「そうだな。うまく使えば俺たちの能力上がるしな。……ものすげえ疲れるけど」

「……ああ、とりあえず、この者たちとは一度飲みにでも行ったほうがよさそうな気がしてきました」

「ふむ、そうじゃな。共通の話題もあるようじゃし、次の作戦会議もかねて、場を設けて悪いことはなかろうて」

「ああ、では、仕事といきましょうか。……疲れるのは覚悟の上ですが」

 

 

   ●

 

 

 今日の収穫:調律の自在法各種  強めの攻撃用の自在法各種  調律のための汎用型自在式

 

 

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