竜鱗の遊び手   作:金乃宮

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第五話

   ●

 

 

 調律師の補助を終えて本部に戻った私に与えられた次の任務は、今回の戦いのために急増された新米フレイムヘイズたちの教導だった。

 またとんでもない仕事ではあったが、まあとりあえず適当に自在法を撃たせて様子を見ようと思って指定された場所に行ったところ、挨拶をするまでもなく南瓜やら爪やら骨やら炎やら呪いやらが次々と飛んできて手間が省ける結果となった。

 何でも契約した王からの指示に従って撃ったらしい。

 

 ……なかなか気が利いていたね。

 

 ともあれ、その自在法たちを解析して改良のためのアドバイスをしたり、前の代の討ち手がどのような戦い方をしていたのかを話して参考にさせたりなどしてそれなりに戦える力を身に着けさせた。

 とりあえずこれで生存率は上がっただろうが、まあ九垓天秤にぶつからないように祈っておこう。

 今後の課題などもしっかりと突きつけておいたので、あとは本人の努力次第であり、私が与えられるきっかけはもう十分に与えたため、もうできることはない。

 その新兵の中に何人も知り合いの王がいたことに関しては、まあ何も思わないでおくことにする。

 いちいちそんなことで参っていては、フレイムヘイズなどやっていられないからね。

 

 そんなこんなで新兵の訓練に片が付いたところで、続々と集まっていた他の討ち手たちと激しめの交流を交わしたり、懐かしい紅蓮に再開しある″徒″の説得の手伝いを頼まれたりしているうちに、時は流れ、ついに大きな戦いが始まった。

 

 

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「――ふふ、本当に、誰も彼もが燃えているわ」

「まるで踊りのようだが、そこに優雅さの欠片もないのは減点だね。少々指導が必要だ」

「マティルダ、遊び手、少々遊戯が過ぎるぞ」

「過剰な慢心は危険です。少々の慢心で済むようご注意ください。――以上」

「……本当に、貴方がいると場がしまらないでありますな」

「緊張感皆無」

 

 ここは朗らかな良い陽気の草原だ。

 その場に集っているのは、凛々しい戦装束の女と、可憐なドレス姿の女、そしてスーツを着こなす男の三人だけ。

 空中に投影された戦場の風景を見ながら語る声は、なぜか6人分あるが、いまさらその程度のことを気にするものはここにいない。

 なぜなら彼らは既知の中であり、1名を除き全くそうは見えないが、これから戦場へと向かう戦士たちだ。

 3人が3人とも思い思いの言葉を放ちながら、しかし一片の油断もなく立っている。

 そして、空中に浮かぶ映像に上空をうごめく黒い雲のようなものが映り始めたのを確認すると、3人のうちの1人であるスーツ姿の男が一歩前に歩を進めた。

 男はそのまま歩きながら、首だけで振り返り背後の2人にして4人に声をかける。

 

「では、私は一足先に遊んでくるとしよう。せいぜいあのやかましい卵を泣きわめかせてやるとも」

「皆様、ご武運をお祈り申し上げます。――以上」

 

 男と女、二人分の声を発したその男は、女二人に見送られながら歩き続ける。

 背後からの「お気をつけて」と「たのしんできなさいな!」という声を聴きながら、男はこの平和な草原の外――炎が躍る戦場へと飛び出した。

 

 

   ●

 

 

 男が出た先は、戦場の端だった。

 フレイムヘイズも"徒"も姿はほとんどなく、見えるのははるか遠く、暗雲のごとく集まった蠅に空がおおわれた山とそのふもとの光景だ。

 

「……さて、行くか」

「はい、参りましょう。――以上」

 

 男の担う役割は一つ。

 『戦場での制空権を確保すること』だ。

 これの役割が与えられた背景には、表と裏、二つの理由が存在する。

 一つは文字通り、戦場の上空に広く存在する"凶界卵"ジャリの自在法である『五月蝿る風』をかき乱すことで、制空権を確保し新米フレイムヘイズたちでも空中戦を行えるようにすること。

 これにより士気が上がるのはもちろんのこと、この戦いで取れる戦略もかなり多くなるので、フレイムヘイズ側を有利にするためには積極的に行ったほうがいい作戦だ。

 

 ――と思わせて敵方をだましつつ、最大の戦力が控える『天道宮』が要塞へと近づいているという事実が発覚するのを少しでも遅らせるというのが、裏でありかつ本命の理由になる。

 この戦いの鍵を握るといっても過言ではない強力な討ち手二人をいかに無傷で、いかに中心部近くへ誘導するかはこの男の働き次第となる。

 ゆえに男は二人の討ち手に先んじて戦場の端へと降り立ち、これからなるべく派手に『五月蝿る風』を構成する蝿たちを焼き尽くしていくことになる。

 

「……まったく、彼女のためにならないのならば、絶対に引き受けない類の汚れ仕事だね、これは」

「しかし、引き受けてしまった以上はこなさねばなりません。がんばりましょう。――以上」

「そうだね。まあ、せいぜい遊びまわるとしよう」

 

 そうつぶやき、男――『竜鱗の遊び手』ミコトと契約した王である"業の焱竜"レヴィアタンは、戦場へとまっすぐ飛んでいく。

 

 

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 戦いの開始はできうる限り華々しく、というのが私――『竜鱗の遊び手』のポリシーだ。

 しかも今回の役目は、言ってしまえば陽動。

 なればこそ、大きく、派手に、きらびやかに戦いを開始しなければならない。

 相手が蝿の集団というのはいささか映えないが、まあ眼下には数多くの討ち手と"徒"がいる。

 観客に困らないとなれば、もはや私の心を押しとどめる意味はない。

 さあ、いざ開演の時だ! まずはフレイムヘイズらしく名乗りから行ってみよう!!

 

「皆よ、聞け! 我は"業の焱竜"レヴィアタンのフレイムヘイズ、『竜鱗の遊び手』ミコトである! 今より我が華麗かつ強大な絶技の数々を披露する故、しかと見るがいい!!」

 

 

   ●

 

 

 ド派手かつ無意味な光と爆発音とともにいつの間にか戦場に現れた遊び人に対し、その場にいた討ち手と徒たちは一瞬戦いを忘れて呆けてしまう。

 いくらなんでもあんな登場の仕方をするフレイムヘイズがいるなんて考えたくもないが、実際に目の前にいるのだから救いがないことこの上ない。

 そして、なぜかどこからともなく勇壮な音楽まで流れ始めた戦場の時を動かしたのは、両手を広げて何かを歓迎しているような笑顔を浮かべる最悪の遊び人の発した言葉だった。

 

「おやおや、私のあまりの素晴らしさに声も出ないようだね。――サインをくれてやることはできんが、拍手や声援、プレゼントの類ならば絶賛受付中である。遠慮なく私に捧げたまえ!」

 

 その言葉に、その場にいた"徒"はもちろんのこと、なぜかフレイムヘイズまでもが炎を構え、合図したわけでもないのに一斉に炎弾を遊び人にプレゼントした。

 遊び人を中心とした爆炎が響くのと同時に、先ほどまであったことを忘れてしまいたい討ち手や"徒"たちの戦いが開始され、少し遅れてスーツの裾を若干焦がした遊び人も上空で蝿退治に没頭するのだった。

 

 

   ●

 

 

 ミコトの戦いは熾烈を極めるものだった。

 "凶界卵"ジャリの自在法『五月蝿る風』は強大な自在法だが、それはどちらかというと索敵などにおいて有能な自在法であり、戦いそのものにはあまり向かないものである。

 なにせ、蝿一匹当たりの威力があまり高くないため、ある程度の防御能力を持つものならば、たとえ直撃しても何の損傷もなくやり過ごせるほどだからだ。

 なので、よほどの新米か、あるいは攻撃にのみ特化した戦法しか持たないようなフレイムヘイズでもない限り、上空の蝿は何の脅威にもならないということになる。

 

 では、ミコトの場合はどうなるのか。

 『竜鱗の遊び手』ミコトの特徴は、なんといっても手数の多さだ。

 何でもできる可能性を秘めたフレイムヘイズであるため、これまで収集してきた自在法をあるものはそのまま、あるものはいくつか組み合わせてという風に、その場に合った戦法をその場で組み立てて戦うというある意味トリッキーな戦法をとることがほとんどだ。

 その性質を踏まえたうえでの今回のミコトの主な戦法は、自分の体を守りつつ周囲に対して広範囲攻撃を繰り返していくというものとなる。

 しかし、攻撃に関しては多少強化されているとはいえ蝿を焼き払うだけの威力でいいのだが、いかんせん数が多く、存在の力の消費もばかにならない。

 おまけに防御に関しても、広範囲に広がる蝿がいつどこに攻撃してくるかもわからないので、常時体全体を守っていないといけない。

 挙句、いくら上達したとはいえミコトは自在法などの行使に時間がかかる。

 これは、もともとは別のフレイムヘイズや徒が用いていた自在法を他人であるミコトが用いているという不慣れさもあるが、何より『一定レベル以上は上達できない』というレヴィアタンの性質によるものが大きい。

 攻撃や防御一つ一つのロスはごくごく小さいものだが、これが何百何千と積み重なってしまうとゆがみも大きくなってしまう。

 本来、ミコトの一番得意な戦い方は『多彩な戦法で相手をかく乱しつつ、素早く弱点を看破して一気に攻め立てる』という短期決戦である。

 なので、時間を稼げば稼ぐほど味方が有利になるという今回の作戦は、ミコトの性質には全く合ってないということになる。

 その結果、現在のミコトの状況はというと、

 

「――くっ!?」

 

 全身を『罪片』の鎧で覆い、それ以外の『罪片』を周囲にばらまき、自在に動かしてぶつけて蠅を削り、余裕があれば広範囲へ天色の炎をばらまくことで蝿の大群を焼き付くしているが、時折その隙間を縫って蝿の小集団が体にぶつかりダメージを与えてくる。

 この状況が先ほどから何度も繰り返し行われている。

 無論、ダメージのほとんどは防御の自在式を込めた『罪片』で防げているが、偶然同じ場所に何度も当たってしまうとその防御も破られ、内側に傷を負ってしまう。

 それが何度も繰り返された結果、左腕は肩から先がほぼすべて、両足は膝から下が、右の二の腕の大部分が蝿に削り取られてしまった。

 失ってしまった部分は『罪片』で義手や義足を作ることで見た目だけは五体満足の状況にしているが、その中身は空洞であり、自分の腕と比べても操作性能は落ちてしまっている。

 部位の欠損程度、フレイムヘイズにとっては回復可能なものであるが、さすがに戦いの最中には治せないため、簡単な応急処置だけして放置するしかない。

 

 唯一の救いは、目標の達成が確認されたこと。

 比較的安全に要塞へと届けたかった『天道宮』は、少し前に戦場の中心近くへと進み、墜落したようだ。

 これを成功と言っていいのかは微妙だが、どのみち蝿の中を突っ切っていったのだから、あの大斥候を完全にごまかすことはできていない以上、遅かれ早かれそうなっていたはずである。

 その後に現れた大きな牛型の自在法――十中八九、宰相の"大擁炉"モレクの『ラビリントス』だろう――には肝を冷やしたが、それが消えたのを確認してからは特に大きなことは起きていない。

 故に、もうすでに自分の役割は終了しているのだが、

 

「ふむ、まずいね。逃げられん」

 

 索敵の邪魔をしていたということを"凶界卵"ジャリが察したのか、単に情勢が変わったのかはわからないが、ミコトに対する蝿の攻撃が激化していた。

 これまでは散発的だったものが、息つく間もないほどに連続した突撃を何度も何度も行ってきているのだ。

 見れば、この空域の蝿は地上に見向きもせずにミコトのもとへ集まっている。

 一回の突撃につき一つの塊を構成する蝿の三割ほどは削っているが、その塊がいくつもある上に蝿の総量からすれば削った量も微々たるものであり、さらには一回の突撃を捌くごとにミコトの力も削られていく。

 特に存在の力の減りは顕著であり、そろそろ体を覆う防御の『罪片』以外は出せなくなりそうだ。

 

 ……念のために作っておいた『罪片』のストックもとっくに切れた、か。

 

 いざというときに作る手間を省き、さらに分解すれば微量ながらも存在の力へと還元できる『罪片』を少しずつ作ってためておこうと思い立ったのが50年ほど前のことであり、それ以降ずっと暇を見つけては行ってきたのだが実際に使用してみればあっという間になくなってしまう程度のものでしかなかった。

 やはり、少しずつではなく限界ぎりぎりまで作っておくべきだったかと反省するが、しかし今となっては遅すぎる後悔だ。

 ともあれ、この戦場からどうやって無事に抜け出そうかと考えていたミコトだが、その思考は結果的に無駄なものとなった。

 

 

 ――突如、蝿たちが敵の本拠地たるブロッケン要塞へと集まり始めたからだ。

 

 

 ……なにが、起きた?

 

 もう十数分も同じことを繰り返されていればフレイムヘイズ1人を確実に打ち滅ぼせたであろう好機を理解していない大斥候ではないだろう。

 ということは、戦場に散らばる蝿を急いで戻さなければ対応できない何かが起こったことにほかならず、敵方に起きたトラブルならばこちらにとって喜ばしいことのはずだ。

 だが、

 

 ……この胸騒ぎは、まさか……。

 

 出立前に紅蓮の女が話していた可能性を思い出す。

 不愛想な戦姫が眉を顰め、私が鼻で笑った『最後の手段』の内容が、頭に浮かぶ。

 それを行ってしまえば、敵もろとも自らを焼き尽くしてしまうという、文字通りの最後の手段。

 この女がそんなものに頼ることなどありえないだろうと一笑に付した、神威召喚の儀式。

 

 ……そんなこと、あるわけが――

 

 だが、その思考も、ブロッケン要塞を取り囲んでいた蝿の集団が掻き消え、直後に紅蓮の巨人が現れたことによりかき消されてしまった。

 

「――馬鹿者が!」

 

 そう吐き捨て、ミコトは残り少ない存在の力を振り絞り、ノロノロとブロッケン要塞での戦いへと近づいていく。

 紅蓮の巨人に対するように現れた青の巨人との壮絶な戦いが繰り広げられている。

 だがそれも、紅蓮の猛攻に青が撃ち負ける形で幕を閉じ、結局ミコトがたどり着いた時には、すべてが終わっていた。

 

 

   ●

 

 

「――ここにいたか、『万条の仕手』」

 

 そう声をかけつつ私が降り立った先にはぼろぼろのドレスをまとった女が立っている。

 あるべきはずの片腕がなくなっているという状態ではあるが、しっかりと生きているようだ。

 すぐそばに立っている白骨も気になるが、それを含めて状況を説明してもらうとしよう。

 

「――『竜鱗の遊び手』、でありますか。無事――とはいいがたい有様でありますな」

「生存安堵」

 

 降り立った私に向け、常以上の鉄面皮で再会を喜ぶ『万条の仕手』だが、その挨拶に丁寧に応じている暇はない。

 それよりもまず聞くべきことは、今の状況だ。

 

「――話してもらおうか。ここでいったいなにがあった」

 

 

   ●

 

 

「……なるほど」

 

 『万条の仕手』が話した内容は、途中経過や一部のアクシデントを除き、おおよそ予想通りのものだった。

 もしかしたらそうなるかもしれないと、悲壮感を一切にじませずにあの女が語った予想の通りの内容である。

 それを現実にしないように、周りはもちろん本人も努力はしたのだろうが、結果は現状の通りである。

 私のすぐ近くで佇んでいる白骨に対しては、言いたいことが山のようにできたが、今後のことを考えれば、まあ今は手を出さないほうがいいだろうことも理解した。

 

「――が、まだ足りないな」

 

 しかし、理解したのは彼女が敵の首魁――『棺の織手』のもとへと向かうまでのことのみだ。

 もうひとつ、私の求めるものを持つのは、やはりあちらの方だったようだ。

 

「情報提供、感謝する。それでは、私はこれで失礼するよ、『万条の仕手』」

 

 故に、簡潔に事態を説明してくれた『万条の仕手』に一言礼を述べると、要塞のすぐ近くに落ちている『天道宮』へと向かうことにする。

 幸い、『天道宮』の周囲に存在する『秘匿の聖室(クリュプタ)』はまだ完全に直っていないため、『天道宮』がどこにあるかは容易にわかる。

 いまだに回復しきっていない体に鞭を打ち、すぐさま飛び立とうとするが――

 

「待つのであります、『竜鱗の遊び手』。今度はこちらの話も聞いてほしいのであります」

「等価交換」

 

 と、二つの声に呼び止められてしまった。

 まあ、確かに話を聞かせてもらった対価を一切払っていないのは間違いがないので、同じ時間までならば構わない。

 

「――いいだろう、手身近に話したまえ」

 

 そう言って再び足を――正確には中身が空っぽの竜鱗の鎧の足を地面にもう一度おろす。

 そうして振り向いた先にいる『万条の仕手』に目を向けると、彼女も私に目を合わせ、単刀直入に言い放った。

 

「マティルダより、次代の『炎髪灼眼の討ち手』を育ててほしいと頼まれたのであります。その探索と教導を、貴方にも頼みたいのであります」

「ふむ、断らせてもらおう。そんなことに手間をかけるほど、私の時間は余っていないのでね」

 

 私の即答に対して、ぽかんと珍しく気の抜けた表情を見せる戦姫に対し、もう話は済んだと判断して再び立ち去ろうとするが、それを見て我に返ったのか、少しだけ声を荒げる。

 

「ま、待つのであります遊び手! あなたがこの戦で見せた教導技術は、とても他の者では真似できないものでありました。その技術を用いれば、次代の炎髪灼眼はより素晴らしいフレイムヘイズへとなることでありましょう。そのために協力をすることに、何の不満があるのでありますか!!」

「不満しかないとも、『万条の仕手』。君は根本的に私の性格を勘違いしている。私は私の興味によってしか動かない。故にこそ、遊び手の称号をいただいているのだからね」

「そ、それはそうでありますが、教導の際も、その前の調律の補助の際も、自在法目当てでの参加であると、ゾフィー・サバリッシュから聞いているであります。今回の育成においても、次代の炎髪灼眼がどのような自在法を用い、どのように育つのかという楽しみがあることは明白なはず。なぜこの件に関しては拒絶するのでありますか!?」

 

 

 断られることをまったく想定していなかったのか、普段の彼女からは考えられないほどの勢いでまくしたてられた言葉を黙って受け止めた私は、少々の悲しさを覚えながら、静かに返答する。

 

「……そう、私は他の者がどのように育つのかが楽しみなのだよ。決して、育つ方向を一から決めつけたいわけではない。フレイムヘイズたちの教導とて、戦時で緊急を要するということもあったが、ある程度育っている者達であるとのことで引き受けたのだ」

 

 紅蓮の彼女ほどではないにしても、それなりの期間を共にしてきた戦姫に誤解されていたという事実に打ちひしがれながら、私は懇切丁寧な説明を心がける。

 

「それに引き換え、先ほど君が言った『炎髪灼眼の討ち手』の育成とやらは、ほぼ一からのものになるだろう。私の楽しみは、本人の試行錯誤によって生まれる輝きを見ることと、ほんの少しの手助けでその輝きをさらに大きくすることだ。最初から私の手を入れてしまうことは避けたいのでね、この件は断らせていただく」

 

 私が他者に望むのは、『予想外』だ。

 ある程度の研鑽を積み、その時点で出せるものをすべて出し尽くした結果出来上がる、本人以外のすべてが驚くようなものにこそ、私は心惹かれるのだ。

 さらに、その輝きに対してほんの少し手を加え、さらなる輝きを生み出す一助となれたとき、私の喜びは最高潮に達する。

 他者の模倣しかできない私が、新しいものを作り出すきっかけとなるその瞬間が、私の幸せなのだ。

 

 しかし、一から討ち手として育てるとなれば、本人の素質に驚くことはできても、研鑽から最後の手段を考えるところまで、すべてに私自身が手を出さなければいけないということになる。

 本人の発想の飛躍に驚くことはあっても、たいていの場合は想定の範囲を超えられずに終わることだろう。

 そんな退屈なものは、私が求める幸せではない。

 

「――というわけだ。その役目は君たちでどうにかしたまえ」

 

 そう言い捨て、私は今度こそ『万条の仕手』に背を向け、飛び立つために足を曲げたその瞬間、絞り出すような声が聞こえてきた。

 

「……これは、マティルダの望みなのであります。それを、聞かないのでありますか?」

「――これまでの付き合いもある。この一度限りは聞き流そう。だが、その言葉、二度目に口にしたときには、貴様とて私の敵だ。こころしたまえ」

 

 おそらく私の怒りを買うとわかったうえで、それでも協力を得るために絞り出したのであろうその言葉に、私はまた引き止められる。

 しかし今度は振り返らぬまま、彼女の顔を見ずに言葉をつづける。

 

「彼女はもういない。残した言葉はあれど、新たな言葉はもう紡がれることはない。死者の意思を利用するのは生者の特権とはいえ、いいようにつかわれることを彼女は好まないだろう。違うかね?」

「……そのとおり、でありましょうな」

 

 そもそも、私自身が抱く望みは『世界を遊びつくすこと』だ。

 それを理解したからこそ、彼女は私との共闘を「遊び」と呼び、偶然出会った際にはよく誘ってくれたのだ。

 そんな彼女が、私を縛るような望みを持つなど、ありえない話であろう。

 

「……」

 

 と、『万条の仕手』の近くでじっとしていた白骨が、不意に私へと意識を向け、弱々しいながらも敵意らしきものまで放ってきたのを感じ取った。

 その敵意の中には、かすかないらだちも混ざっているようだった。

 話によれば、これはかつて何度か遊んだことのある、”虹の翼”のなれの果てだという。

 あの頃のあの男の彼女に対する熱の入れようを思い返すに、苛立ちの原因は「彼女からの頼みを断りやがって何様だコラ」といったところだろうか。

 

「相変わらず彼女のことに関してのみすぐ熱くなるね、君は。そんなににらまれたところで、私が心変わりすることなどないと、わかりきっていると思うのだが?」

「……!」

 

 さらにいらだちが増したようだが、さすがに今の状態で襲い掛かっても勝ち目がないと理解しているのだろう、それ以上動く気配はない。

 

 ……まあ、自分の消滅よりも、消滅によって彼女の頼みがかなえられなくなる、という点を重視しているのは間違いないだろうが。

 

 とはいえ、いくらにらまれようとも、次代の育成に一からかかわる気はない。

 

「そもそも、その頼みは貴様らにのみ託されたものだ。私に向けたものではない。私が貴様らを手伝えば、それは貴様らに託された彼女の願いを私が奪うことにもなりかねないのだが、それでもいいのかね?」

 

 と、あきれたように私がそう告げると、白骨はしばし動きを止め、そして納得したのかいらだちを消す。

 その様子を隣で見ていた『万条の仕手』も、これ以上の説得は無意味どころか逆効果だと悟ったのか、静かに目を伏せ、

 

「……が、次代の炎髪灼眼がどのような討ち手になるのかには興味がある」

 

 という私の言葉を聞いて再び顔を上げた。

 

「一から育てるのは気に食わないが、ある程度育ったものにちょっかいを出すのは私の趣味だ。頃合いを見て私のもとに連れてくれば、それなりの対応をするという約束ぐらいならば、してやってもいい」

「……最初からそう言ってくれれば、話がだいぶ早く進んでいたのであります」

「時間浪費」

「これまでも何度か言ったと思うが、私の性格をよく考えてからの言動をおすすめしよう。双方の時間を節約する大事なポイントだ」

 

 恨みがましく言葉を絞り出す2人に対し、私は肩を竦め、そしてもう一度問いかける。

 

「私がいじっても壊れないぐらいに育った段階での『最後の調整役』でいいのであれば、協力しよう。私からできる最大限の譲歩はここまでだ。それ以上を求めるのであれば、この話はなかったことにしてもらおう。いかがかね?」

「それだけで、十分なのであります」

「配慮感謝」

 

 優雅さの中にあえて疲労を隠さないまま、『万条の仕手』は礼とともに感謝の言葉を口にする。

 それを確認し、私は今度こそ『本命』のもとへと飛び立った。

 

 

   ●

 

 

 崩れはて、原型がかろうじて残っているかどうかという状況の、もはや廃墟と言って過言ではない『天道宮』の中枢部。

 そこに設置された水盤状の宝具『カイナ』の中で、私はここに来るはずの者を待つ。

 常にふざけた様子しか見せず、時折真面目な雰囲気を出したとしても周囲を小馬鹿にしたような行動しかしない道化者ではあったが、自分の欲望には忠実な男だ。

 だからこそ、知りたいと思う情報を持っている者がはっきりとしているこの状況下で、その者の居場所に来ないという可能性は皆無であろう。

 

 ……というか、来てもらわねば困る。

 

 なにせ、彼女から預かったものは、ずっと持ち続けるのが難しいものだ。

 すぐさま壊れるものではないが、かといって風化しないというものでもない。

 さらにはずっと持ち続けていたいものでもないので、とっとと渡してすっきりしたいのだ。

 本来ならばあの男のもとに行って渡してしまいたいものなのだが、私がこの場所(ほうぐ)から動けない以上、来てもらうしかない。

 

 ……とはいえ、待つ必要はほとんどないだろう。

 

 その証拠に、だんだんとこちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。

 半ば崩壊した通路を歩いてくるからだろう、細かい砂や石を踏みしめる音を伴って、金属質な足音がだんだん大きくなってくる。

 そして、その音が最大になった瞬間、一人の男が現れた。

 

「――その姿で会うのは初めてだが、まあ知らぬ中でもない。先程ぶり、と言っておこうか、”天壌の劫火”アラストール」

「この数百年変わらなかったその性格がこの数瞬で治るなどとかけらも思っていなかったが、いい加減もう少し真面目になったらどうだ、『竜鱗の遊び手』ミコトよ」

 

 

   ●

 

 

 数時間前、戦に飛び込む際に別れた時と同じ表情を浮かべているミコトだが、その実満身創痍もいいところであることが読み取れた。

 そもそも内に秘める存在の力事態が希薄である上に、銀色の鱗である『罪片』でおおわれた両手両足は中身が空っぽだ。

 そんな状態でも見た目からはそうと悟られないよう立ち振る舞うのは、さすがというか見栄っ張りというべきか、少々判断に困る。

 

「わかりきってはいるが、一応聞いておこう。ミコトよ、貴様はなぜここに来た?」

「無論、彼女から君に預けられたものを受け取りに、だ」

 

 やはり、思った通りではあったが、しかし少々不愉快でもある。

 彼女――我が契約者、マティルダからミコト宛に預けられたのは、形ある物ではなく、伝言だ。

 我が身を顕現させる儀式を行う直前に共にいた『万条の仕手』には直接伝えられたが、その時に離れた場所にいたミコトには伝えられるはずもなく、『後で会いに来ると思うから、伝えておいて』という言葉とともに告げられた伝言。

 

 事前に託されているかもわからないものを、あると信じてうたがわずに訪れたミコト。

 託すと伝えてもいないのに、来ることを確信していたマティルダ。

 

 気の合う友人ではあったが、それを差し引いても互いを理解しすぎているように思え、その事実を簡単には受け止められない。

 とはいえ、マティルダから受けた頼みでもあるので、しっかりと伝えてやることにしよう。

 

「では、マティルダからの伝言を伝えよう」

 

『先に行っている。そっちで遊び飽きたら、こっちでまた遊びましょう』

 

 たったこれだけの、重要な情報など何も含まれていない別れの挨拶を、ミコトは全身で受け止める。

 そして聞き終え、力ないながらも楽しそうに口の端をゆがめ、『そうか』とだけつぶやくと、

 

「了解した。伝えてくれて礼を言うよ、”天壌の劫火”」

 

 と、安心したように言った。

 その表情は、伝言を受け取る前に比べて、どことなく安心を得たようにも見える。

 それを見て、マティルダが伝言をいうときに添えた、『何も伝えないと、寂しくて拗ねてしまうだろうから』という苦笑交じりの言葉に信憑性が出てきてしまい、ますます不愉快になってくる。

 と、そんなことを考えているうちに、ミコトはくるりと我に背を向け、部屋の外に向けて歩き出した。

 

「伝えてくれた礼というわけではないが、次代の炎髪灼眼の育成の仕上げを手伝うことになった。万条の仕手にも伝えたが、ある程度のところまで仕込んだら私のところに連れてきたまえ」

 

 離れながらそう告げるミコトの背に、私はふときいてみたくなった疑問を投げかけた。

 

「ミコトよ。聞きたいのはそれだけか? マティルダの最期を聞きたくはならないのか?」

 

 人間の間ではやるような物語の中では、大抵そのようなことを聞きたがるものだ、ということを旅の中で聞いたので尋ねてみたのだが、

 

「最高に幸せそうに燃え上がったのだろう? そんなわかりきったことなど、聞くだけ時間の無駄というものだ」

 

 当のミコトは歩みを緩めることもなく、肩をすくめつつ、どことなく嬉しそうに笑いながら告げられた言葉に対して何も反論できず、我の中にある不愉快がまた少し大きくなっただけだった。

 

 

   ●


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