「死ぬ…………」
この日の訓練を終え、自室に帰還したオレは力なくベッドに倒れ込んだ。
ゼクラムさまによる次期マルバス家当主指名後、予想通りのんびりとした貴族生活は消え去っていた。
来る日も来る日も訓練漬けの日々。それがもう6年も続いている。
曰く断絶したと判断された名門マルバス家を復興させようというのだから、相応の力をつけていないとバアル家の後押しがあっても魔王や悪魔政府の高官たちを納得させられないというのが理由の一つらしい。
まぁこれはいい。悪魔の肉体に引っ張られてるのか、戦闘自体は危険も含めて楽しめるし、生き物を殺すことへのストレスもほぼないからな。
問題はもう一つの方だ。
悪魔社会においてマルバス家が担っていた役割とは、ずばり医者。
発症数こそ少ないがマルバス家の物にしか治療できず不治の病になった病気はかなりある。シトリー家などで医療技術は開発が続けられているが進歩は遅く、オレがマルバスを名乗ると現在治療待ちでどうにか延命している連中が押し掛けてくるのは確定しているんだそうだ。
なので治療の練習は行っていくつもの病気を治せるようにはなっているが、最近成長が止まってきているのだ。
元々オレは凡庸な上級悪魔程度の資質しか持たず、『マルバス』を名乗るには役者不足だった。スパルタな特訓の成果で成長限界まで早期に到った、と考えれば違和感はない事態である。
がかつての『マルバス』を期待する教育係達はそれでは納得してくれない。さらなる成長を望み限界を超えた鍛錬を強要された結果が現状だ。何年もかけて訓練漬けの生活にも慣れていたが、最近は訓練の質と量の増加に成長が追い付かず訓練が終われば泥のように寝るだけの毎日である。
このまま訓練の過激化が進んでいけば訓練中の事故で死にかねない。どうにかしたいとは思うが、どうにもできないのでふて腐れていつものように眠りについた。
「……ゼクラムさまって、案外フットワーク軽いんですね」
「必要だと思ったことに手間を惜しむ気はないよ。早々に党首の座を譲ったのも、当主なんかやってるとこうはいかなくなるからだしね」
訓練に行き詰っているという報告を受けたゼクラムさまが速攻で動いてくれた。
なんでも元々こうなることは想定していたようで、色々と準備は進めていたらしい。オレが危惧する程度の事は全部想定した上で行動させてたみたいだ。
それで行き詰まりを解消するための手段があるとかでどこかへ転移させられたのだが、なんかとんでもない魔力を感じる方々が集まってる。どういうことだ?
「バルバソン、これから君は悪魔政府の裏について知ることになる。耳をふさぐことはできないし、漏らそうとすれば制裁が下される。覚悟しておきなさい」
「はい」
いいえ、と言ってもデッドエンドか無限ループに入るだけなので抵抗はしない。できない。もちろん即答である。
「よろしい。ならまずは確認だが『悪魔の駒』の種類を言ってみなさい」
『悪魔の駒』は授けた対象を悪魔に転生させ、眷属にする道具だ。元は戦争で軍勢が維持できなくなったので少数精鋭の兵を作るために製造された物だったはずだが、製造者である魔王さまたちが優秀な他種族を眷属にするために使用したため間違った使用法で定着してしまった重要アイテムである。
「はい。『悪魔の駒』はチェスの駒を模して造られたもので、『女王』『戦車』『僧侶』『騎士』『歩兵』の五種類があります」
「一般的にはそれで正解だ。しかしなぜ『王』の駒がないかわかるかね?」
「『石碑』に登録し駒を所有する上級悪魔自身が『王』であるため、と聞いています。実際は違うのでしょうか?」
「そうだ。『王』の駒は実在する。効果は単純な強化だが、性能が高すぎて公表できない代物だがね。ここにいる『王』の駒使用者たちを見ればそれはわかるだろう?」
原作知識で『王』の駒の存在は知っていたので、どうにも驚けない。それよりもここにいるの『王』の駒を使った人だけなのか。そりゃとんでもない魔力を感じるわ。
「ふむ、冷静だな。ひょとして予想していたりしたのか?」
「はい。『王』だけ駒を造らないのは不自然ですし、アジュカさまが造れない―――もしくは造れないままにしておくというのも想像できなかったので隠されているのではと思っていました」
「その通りだ。アジュカ殿の技術力なら危険過ぎるものまで作れてしまう。だからこうして渡して良い者を選別して伝えているんだよ」
そういえばマルバス家の魔力しか治療できない患者がいるからオレの成長は急務だったか。それに後ろ盾はバアル家で、臣下を紹介するって名目で監視もつけ放題だし『王』の駒の事を教えても問題ないって判断されてもおかしくなかったか。
だがこのことで前世からちょっとした疑問がある。聞いても問題なさそうな雰囲気だし、ついでだから聞いてしまおう。
「ですが『王』の駒を秘匿し、一部の者だけで使っているとばれたときが危険ですよね? 初めから存在だけは公開し、厳しい検査基準を設けて、技術は一部の者の頭の中で保管しておけば良かったのでは?」
悪魔的にこの問題で許されないのは『嘘をついた』ことだ。功績を挙げた者は昇格させ『悪魔の駒』を与えるという契約なのに、一部の者以外には『王』の駒を渡さなかった。これが問題になっているのだから、初めから言っておけばそういった反発は防げたはず。
審査基準にしたって、何代以上に渡って悪魔政府に貢献し続けてきたこと、みたいな条件を入れておけば新参者が『王』の駒を手に入れることは防げる。
なのになぜわざわざ秘匿していたか不思議だったのだ。
「まぁそれも手ではある。だがもう一つ、秘匿したことによる意味があるんだよ」
「意味、ですか?」
「そうだ。我ら貴族派と呼ばれる上級悪魔たちによって『王』の駒が秘匿されたことで、アジュカ殿は我らの弱みを握り制裁を下せるようになった。これがどういうことか分かるかね?」
「えー、いつでも排除できるからと、目こぼしをしてもらえるとかですか?」
「それもある。だが最大の利点は我々がアジュカ殿にとって邪魔になったとき、
「あっ……!」
そりゃ大事だわ。超越者であるアジュカさまに攻め込まれたらただの上級悪魔じゃ滅びるしかない。だが政治的に排除されただけなら、縁を頼って返り咲ける可能性がある。
なによりゼクラムさまにとって悪魔というのは、初代72柱の悪魔とそれに連なる純血悪魔の事を指す。邪魔になったからとそれらが滅ぼされてしまう前に、ワンクッション入れられる現体制は有用だったということか。
「理解できたようだ。ではこれより『王』の駒の授与を開始する。公式な物ではないから肩の力を抜いて指示に従いなさい」
「はい!」