ガンダムビルドファイターズ AS   作:Begierde

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phase:2 蘇る翼 後編

「……大丈夫か? いや、決して平気ではないだろうな」

 

 バトルが終了し、肩を落としていた僕に向かってサカキ先輩は言った。

 

 「バトルのダメージレベルは最低に設定してある。見た目は派手に斬ったが、ガンプラ自体に被害はない」

 

 わかっている。

 僕の、僕が作ったビルドインパルスは強度にだって自信はある。

 この程度であれば、そう易々と壊れはしない。壊れはしないが――。

 

 「……ファイターはそうでもないようだな」

 

 先輩は慰めるように、僕の肩を優しく叩いた。

 

 「自分が思っていた以上に、敗北のダメージが響いている……あっているか?」

 

 「……はい」

 

 迂闊だった。自分の浅はかさが許せなかった。

 僕は、ガンプラを作るうちに、知らずと大きな自信を抱いてしまっていたのだ。

 このガンプラなら壊れない。このガンプラなら負けることはない。

 たとえ、ファイターから引退していても、心のどこかでは自分が作り上げたガンプラこそ最強なのだと。

 一線を退いたがゆえの、歪んだ妄想に囚われていた。

 そして、何より。

 感化されたガンプラ熱を冷ますことが目的だったはずのバトルは、いつしか僕を本気にさせていた。

 それが拙かった。だから、こうまでも完膚なきまでに打ちのめされた気分でいるのだ。

 今の僕の心は、脆いプラスチックも同然だった。

 

 「なぁ、アスカ。確かに、君はまだ弱い。それは、君自身が自覚していることだろう。だから、その点に関してこれ以上追求することはない――が」

 

 先輩は言葉を一旦切ると、改めて真剣な表情で僕を見た。

 

 「君は、己の実力不足を嘆いていると同時に――相手のガンプラを傷付けることを恐れているんじゃないか?」

 

 頬に、冷や汗が伝うのがわかった。

 先輩の指摘は図星だ。

 いつからかはわからない。

 ただ、ビルダーとしてガンプラ作りに集中するようになってから、不思議とガンプラバトルという行為に抵抗を覚えるようになっていったのは、事実だった。

 観戦するぶんには問題ないが、いざ、自分で相手のガンプラを攻撃しようとすると、最後の最後で、どうしても躊躇うことが多くなった。

 ――きっと、相手だって愛情を込めてガンプラを作ったに違いない。

 そう思うと、良心の呵責か、トリガーを引き絞る指が重くなった。

 ガンプラを愛するがゆえに起きた弊害。

 ファイターとして身を引いた理由は、実力だけじゃない。

 きっと、そういった感情が生まれてしまったからこそ、身を引いたのだ。

 

 「さっきのバトルでもそうだった。ビームライフルの照準は、一見、正確に見えるが急所を外している。そして、最後。あの状況なら、無理やり刺し違えて引き分けに持ち込むことだって可能だったはずだ」

 

 サカキ先輩はゆっくりとした穏やかな口調で、僕を諭すように言葉を紡ぐ。

 

 「だが、君はそうはしなかった。たとえ勝ちを譲ってでも、相手のガンプラを傷付けたくなかった。そうだろう? それは、君の優しさだ。掛け替えのない、君の持つ個性とも言えるだろう。……だが、ガンプラバトルにおいて、それは命取りであると同時に、相手に対する侮辱とも考えられる」

 

 「僕は、そんなつもりじゃ……」

 

 反抗の色を示し言い淀む僕に、わかっているさ、と先輩は優しく言った。

 

 「ガンプラバトルは、所詮――遊びだ。スポーツマンシップだの騎士道精神だの、そんな高潔なものは必要ないと言う者もいる。……もっとも、俺はガンプラバトルを単なる遊びだなんて思っていないし、そういった主義に反するわけでもないが」

 

 「……先輩は、何が言いたいんですか」

 

 「なに、簡単なことさ。ガンプラバトルがつまらないと思ったら、すぐにやめたっていい。実際、そうやって退部していった連中は俺の部でも山ほどいる。ただ――」

 

 先輩はそこで言葉を一旦区切ると、巌のように固い面持ちで口を開いた。

 

 「ファイターとして戦う以上、勝利だけは譲ってはいけない。ましてや、半端な覚悟で試合に臨み、相手のガンプラを傷付けることが怖いから、などと。これから、君が踏み入ろうとしている世界とは、そういうところだ」

 

 緊迫した空気。

 僕は、僕が思っていた以上に、驕り高ぶった考え方をしていたのかもしれない。

 それを、ようやく。サカキ先輩の言葉によって気付かされた。

 

 「――なんてな」

 

 「……ふぇ?」

 

 何事かと思えば、先輩が僕の頬を引っ張っていた。

 

 「そんなに難しく考える必要なんてない。第一、相手だって自分のガンプラが壊されることくらい覚悟しているさ。そうでなければガンプラバトルなんてやっていない」

 

 「あの、いふぁいんですけど……」

 

 「それと、もうひとつ。君のビルドインパルス――それはまだ、不完全な状態だろう?」

 

 まさか、とは思っていたが。見抜かれていたか。

 本当にこの先輩は心が読めない。普段は滅茶苦茶な言動を振り撒いているかと思えば、時折、他人の核心を突いた発言をしたりもする。

 

 「――再戦だ」

 

 「ふぇ……? あ痛ッ!?」

 

 引っ張られた皮膚が戻った衝撃で、頬の表面が悶々とする。

 

 「完全な状態でもう一度戦おう。次こそ、手を抜いたら承知せんぞ」

 

 「わ、わかりました」

 

 「あと、君は大切な感情を忘れている」

 

 「え、まだ何かあるんですか……?」

 

 「俺に敗北して、悔しくはなかったのか?」

 

 「それは……」

 

 なかったわけじゃない。

 しかし、それは長く久しく忘れていた感情だ。

 あの時――先輩のガンプラが振りかぶったビームサーベルが迫る時。

 悔しいと思う心は、確かにあった。

 長い時間をかけて作った僕のガンプラの性能は、この程度じゃないと、そう思えるだけの悔しさがあった。

 

 「その感情を忘れるなよ。それはバトルにおいて、一番重要な原動力だからな」 

 

 迷いさえ振り切れば。臆病な感情さえ拭いされば。

 僕はきっと、この先輩にだって勝ってみせる。

 ビルダーとしての、いや、ファイターとしての誇りに賭けて。

 

 

 ◇

 

 

 バトルの開始直前。ビルドインパルスのバックパックに、新たなシルエットを装着する。

 巨大なウイングユニット。そして、それに内包されるように搭載された一対の対艦刀とビームランチャー。

 インパルスガンダムの後継機、デスティニーガンダムのバックパックを転用したデスティニーシルエット。

 サカキ先輩が相手であれば、おそらくこのシルエットが一番有効だろう。

 そう考え、バトルシステムに接続されたGPベースにガンプラを設置する。

 

 『――アスカ、聞こえるか?』

 

 「はい、何でしょう?」

 

 バトルシステムの反対側にいる先輩から声がかかった。

 互いの準備は既に済み、後はバトルスタートの合図を待つだけの状態だが――。

 

 『今まで散々、偉そうなことばかり言ってきたが……これは本心だ。俺は君と一緒に、選手権大会を戦いたい。普段、部活で顔を合わせているメンバーではなく、な』

 

 「それは、もちろん。僕だって、もう迷いません。自分の心と向き合って、正直になろうと決めたんですから」

 

 その言葉は嘘偽りない事実だった。

 迷ってばかりいては前に進めない。さっきのバトルで、僕はそう確信した。

 たとえ後悔したとしても、行動しなければ何も残らないと、そう考えるように至っていた。

 僕自身のためにも。僕が作ったガンプラのためにも。

 

 「……でも、どうしてそこまでこだわるんですか? 現に、先輩に一喝入れてもらわなければ、僕なんて使い物にならなかったと思うんですけど……」

 

 そう尋ねると、先輩は呆気にとられた表情で言い返した。

 

 『そうか。やはり、君はもう覚えていないのか。まぁ、言い出しっぺというのは、存外そんなものかもな。……ならば、伝えておこう。たとえ君が忘れていようとも、遠い日の約束をな』

 

 「……約束?」

 

 その単語に、どこか引っ掛かるものがあった。

 

 『遠い昔、アスカ、シオン、そして、俺。この三人で、いつかガンプラバトルの大会に出ようと約束したのは、アスカ。君だ』

 

 「……え」

 

 そんな、そんな大切な約束を、僕は忘れていたのか?

 

 『まぁ、君がファイターを引退してしまってからは、シオンと一緒に胸の内に仕舞っておこうと誓ったのだがな。……どうやら俺も、過去の妄執に囚われ、自惚れているらしい』

 

 そうか。そうだったのか。

 だからサカキ先輩は僕を執拗に誘っていたのか。

 不意に目元が潤む。急いで被りを振り、その弱い心を打ち消した。

 少し泣きそうになってしまった自分が恥ずかしい。

 

 『俺は、君を信じている』

 

 それだけを言うと、先輩は再び不敵な笑みを浮かべた。

 鼓動が高鳴る。握り締めた拳が熱い。

 忘れていた、何もかもを。

 取り戻すんだ――今、ここで。

 バトルスタートのカウントが、ゼロを告げる。

 

 「クゼ・アスカ、ビルドインパルス・フルパッケージ――――行きますッ!!」

 

 

 ◇

 

 

 カタパルトから射出され、大空を舞う。

 ビルドインパルスとデスティニーシルエットの同調率は完璧だった。

 大きく広げた両翼のおかげで、シルエットなしの時より、滑らかに空を飛ぶことができている。

 

 「けど、まずいな……」

 

 機体の調子は良好だが、戦闘の雲行きは早くも怪しい。

 今回選ばれたフィールドは――コロニー内部。

 上方にも下方にも大地がある、一風変わったフィールドだ。

 そして、肝心の敵機の動向。

 先程のバトルとは打って変わって、サカキ先輩は嘘のように攻めてこない。

 試合において、相手の機先を制することは何よりも重要視されるが、やはり、先程見せた先手必勝の裏を掻かれると先輩は読んでいるのだろうか。

 たとえ、どこかに身を潜めているとしても、いったい、この広大なフィールドのどこに――?

 

 「……光った!?」

 

 直後、機体の右側を極大のビームが掠めていった。

 

 「地上からの砲撃……そこか!!」

 

 またもや先輩に先制を許してしまったが、今回は強力な反撃を行うことができる。

 身を捻りながら、デスティニーシルエットのビームランチャーを展開。

 空いている左手でトリガーを保持し、照準、間髪入れずに引き絞った。

 

 「当たれェッ!!」

 

 まるで撃ち返すかの如く、今度はこちらから、極大のビームを地上の市街地もろとも発射源目掛け叩き込む。

 しかし、手応えはない。敵機は砲撃した後、すぐさま陣地転換した可能性が高かった。

 

 「ならば――」

 

 そのままトリガーを引き絞り、大方の見当を付けてビームを照射し続ける。

 溶けたバターのように、次々とビルが融解していくが、いまだ敵機の反応はない。

 

 「……どこだ。どこにいる」

 

 砲撃を一旦中止し、周囲を警戒しながら機体を降下させる。

 まさか、とは思うが。先輩はあえて得意な空中戦を捨て、不得手な地上戦にもつれ込ませようとしている?

 否定はできなかった。遮蔽物が多く、高度も制限される地上であれば、互いの利点は潰され、ファイターの知識と技術、そして、判断力が試されることとなる。

 サカキ先輩は、それを狙っているのだろうか。

 

 「静かだ……」

 

 終ぞ迎撃されることなく、僕の機体は地上へと降り立った。

 林立するビルの谷間は、不気味なほど静まり返っている。

 ここで、無闇に歩を進めることは悪手だろう。

 見通しの悪い視界。複雑に入り組んだ地形。

 この短時間で何らかのトラップが仕掛けられている可能性だってある。

 やはり、しらみ潰しにでも高空から砲撃していた方がよかったのか――。

 

 「いや、それじゃあ意味がない」

 

 たとえどのような罠が仕掛けられていようとも。

 このビルドインパルスならば対応できる。

 僕が信じた、僕のガンプラのスペックを引き出すんだ。

 

 「行こう、ビルドインパルス――!!」

 

 機体の各部スラスターを全開。

 シルエットのウイングも展開し、爆発的な推力で市街地の大通りを滑空した。

 すると、それを待っていたと言わんばかりに、ビームの嵐が僕を襲った。

 

 「来た……ッ!!」

 

 急加速でビームの雨を潜り抜ける。

 その発射源の位置は高い。おそらく、どこかのビルの上に陣取っていたのだろう。

 すぐさま背面飛行からくるりと反転し、仰向けの状態でビームライフルを構える。

 

 「見つけた!!」

 

 市街地の中心部。

 一番高いビルのすぐ真横、ヘリポートが併設された屋上に、デルタガンダムの機影を捉えた。

 狙いは正確に。もう躊躇ったりはしない。

 

 「そこッ!!」

 

 ビルとビルの連なりが途切れた合間。その僅かな間隙を縫って、一射。

 僕が放ったビームは、吸い込まれるようにしてビルの屋上に着弾した。

 

 「やった……!!」

 

 『喜ぶのは……まだ早いッ!!』

 

 瞬間、爆炎に包まれるビルの屋上から幾条ものビームが放たれた。

 しかし、その狙いはこちらではない。僕の機体が進む、進行方向の先。

 

 「何を……ッ、しまった!?」

 

 そう叫んだときには、既に遅かった。

 視界に映った光景。それは、進行上にある幾つもの高架道路、その架橋がビームの直撃によって破壊され、支えられていた道路ごと一斉に崩落する映像だった。

 このままでは、その崩壊に巻き込まれ激突する。

 

 「くッ……まだ!!」

 

 空力制御ならお手の物だ。

 急いでシルエットのウイングを操作し、エアブレーキ。機体全体を起こさせる。

 続けざま、腰部のテールバインダーを強制噴射させ、機体のベクトルを強引に変更。

 

 「ぐぅぅぅッ!!」

 

 凄まじい重力が負荷となって機体を襲うが、それを無理やり捩じ伏せさせるだけの強度が僕のガンプラにはあった。

 

 『なかなかやるな――だが!!』

 

 空中に避退した僕の前に、先輩のガンプラが待ち構えていた。

 先程の狙撃のおかげか、敵機のビームライフルこそ喪失していたが、両肩のビームキャノンの砲口が、既にこちらを向いている。

 

 『これは避けられまいッ!!』

 

 放たれるビームの奔流。

 距離は至近。躱すことなど至難に思われた。

 

 「だったら――!!」

 

 左腕のシールドを展開、ビームシールドを発生させると同時に、前方へと投げ付けた。

 

 『……なんとッ!?』

 

 「うおおおおッ!!」

 

 シールドが本体の身代わりとなって、敵機のビームを防いでいる僅かな間。

 その刹那を利用して、機体を一旦沈ませ、再上昇。最大加速させた。

 左腕でビームサーベルを引き抜き、すれ違いざまに敵機の胴体へと叩き付ける。

 

 『いい判断だが、こちらも両腕はフリーなんでなッ!!』

 

 「まだ、足りないかッ!!」

 

 サカキ先輩のデルタガンダムも、既にビームサーベルを引き抜いており、僕の斬撃はあと一歩のところで阻まれた。

 鍔競り合う光の刃。敵機の砲撃はとっくに中断し、その直撃を受けていた僕のシールドは微塵となって崩れ落ちていた。

 左腕の出力を上昇させる。すると、相手も負けじと押し返してきた。

 拙い。このままでは埒が明かない。

 そう思った時、敵機の一部から、円筒状の小さな物体が切り離された。

 

 「……ハンド・グレネード? でも、この至近距離だとお互いに――」

 

 『グレネードにも種類がある。覚えておくんだな!!』

 

 刹那、眩い閃光が視界を覆った。

 

 「スタン・グレネード……!?」

 

 思わぬ目暗ましに状況を把握するかしないか、本能で胸部の20mmCIWSを前方に向け掃射する。

 甲高い金属音と火花が飛び散るなか、だいたいの当たりを付け、更にビームライフルを連射。

 直後、真っ赤な爆炎が空中に棚引いた。

 

 「撃破した……いや、違う!!」

 

 ようやく閃光が収まった時。

 空中でバラバラになっていたのは、デルタガンダムのバックパックであった。

 

 「囮!? 本体は……ぐあッ!?」

 

 一瞬の迷いが命取りだった。

 下方から突き上げるように上昇してきた敵機は、その左腕でこちらのビームライフルを弾き飛ばし、更には右腕で保持したビームサーベルを胸部目掛けて突きたてようとしていた。

 防御は――間に合わない。

 

 「ぐぅッ……!!」

 

 重い衝撃。

 しかし、辛うじて急所は外れたのか、敵機のビームサーベルはビルドインパルスの左腕を貫いていた。

 無傷だった反対の右腕で、即座に相手のビームサーベルを叩き落とす。

 

 『外したか……ッ!!』

 

 「この……!!」

 

 20mmCIWSを連射し、敵機を遠ざけようと試みる。

 これだけの至近距離ならば、最終装甲だって貫徹できるはずだ。

 とはいえ、そう考えたのは相手も同じだったらしい。

 時を同じくして、デルタガンダムの頭部に備えられたバルカンが一斉に火を噴いた。

 シールドなしで真正面から受ける形となったビルドインパルスの頭部が、無惨にも千切れ飛んでいく。

 一方、敵機の胸部装甲もこちらが放った機関砲弾によってズタズタに引き裂かれていた。

 機体から剥離した装甲の破片が舞い散るなか、互いに組み合うようにして両腕を突き合わせる。

 両者とも無手。だが、先輩は諦めることなく不安定な姿勢からのハイキックを放つ。

 

 『満身創痍などと、笑わせるッ!!』

 

 鋭い金属音。先輩が放った蹴りは、ビルドインパルスの脇腹を強かに打ち据えていた。

 

 「まだまだァッ!!」

 

 損傷を省みることなく、殴る蹴るの応酬を繰り返す。

 肩の装甲が弾け飛び、マニピュレーターが砕け散る。

 右脚は吹き飛び、メインカメラは左眼が消失した。

 クロスレンジのインファイト。しかし、互いにその攻防を止めることはしない。

 もはや、ただの喧嘩としか言いようがなかった。

 だが、そこに興奮と喜びがあるのも確かだった。何より――楽しい。

 

 『こうなれば――』

 

 その時。それまで僅かに距離を取って白兵戦を仕掛けてきていた敵機が、一瞬で距離をゼロにした。

 

 「何を――!?」

 

 呆気に取られるまま、敵機に組みつかれたかと思いきや、逆さに反転。

 頭から垂直に落下する恰好となった状態で向かう先は――地上。

 

 『もう手持ちの武装はほとんど残ってないんでな――こうさせてもらうッ!!』

 

 重力に引っ張られるように落下していく二機。

 このまま落ちて、地上に激突してしまえば、最悪引き分けとなる。

 それでは先輩の思う壺だ。しかし、複雑に絡み付いた敵機の拘束はそう易々と引き剥がせない。

 

 「……ッ!!」

 

 ここまできて、負けるわけにはいかない。

 ファイターの誇りに賭けて、そう誓った。

 だから――。

 

 「させるかぁぁああッ!!」

 

 シルエットのウイング展開。ヴォワチュール・リュミエール起動。

 赤い粒子がウイングの基部より放出される。

 機体出力、臨界まで上昇。スラスターを全開にし、強引に軌道を変更する。

 敵機に組み付かれたまま目指す先は、コロニーの先端。

 

 『まだ、それだけの力が残っていたのか……!?』

 

 先輩の驚嘆など意に介さない。

 これが、僕の作り上げた至高のガンプラだ。

 やってやれないことはない。そう自負した、最強のガンプラだ。

 そうでなくては、ビルダーなどやっていない。

 

 「こいつで……ッ!!」

 

 更に、ウイングからビームランチャーを展開し、最大出力である一点を狙う。

 それは――コロニーの内壁。

 

 『まさか……』

 

 このまま敵機に組み付かれた状態では、勝利は望めない。

 ならば、無理やりにでも引き剥がしてやればいい。

 それを可能にするならば、フィールドだって使ってみせる。

 

 「撃ち抜けッ……!!」

 

 瞬間、極大のビームの奔流がコロニーの厚い壁を撃ち破っていた。

 ビームによってあけられた破孔の先は宇宙空間へと繋がっている。

 つまり、コロニー内の空気は外部へと強制的に流出を始め――。

 

 『その手があったとはな……素直に称賛するよ、アスカ』

 

 もはやボロボロになっていた敵機は、外部からの吸引力によって腕がもげ、一気に引き剥がされる。

 ただでさえバックパックを失っているのだ。スラスターによる姿勢制御など、もはや見込めない。

 嵐の海に流される小舟のように、先輩のガンプラは不規則な軌道を描いて、コロニーの外へと弾き出されようとしていた。

 シルエットに装備されたレーザー対艦刀――アロンダイトを引き抜き展開、そのままの勢いで敵機に迫る。

 躊躇いはない。己の勝利のために、この刃は目を逸らさず振るってみせる。

 

 「もらったァッ――!!」

 

 七色の残光を煌めかせ、容赦なく、僕は先輩のデルタガンダムを真っ向から両断した――。

 

 

 ◇

 

 

 「どうやら、枷は外れたようだな」

 

 バトルを終え、サカキ先輩は晴れやかな表情を見せた。

 

 「……はい、何とか。自分の殻を破れたような気がします」

 

 「それはよかった。……しかし、肝心のガンプラのバックパックが壊れてしまったようだが、大丈夫か? 修復に時間がかかるようであれば、俺も手伝うが」

 

 「大丈夫です。壊れたパーツの修復なら、慣れていますから」

 

 そう言って手に取ったビルドインパルスのバックパックは、両翼が折れ、無惨な醜態を晒していた。

 今回に限っては、ガンプラのスペックの引き出し方を誤った僕が悪い。空戦機動の際、デスティニーシルエットに過剰な負荷をかけ過ぎたせいだ。

 だが、悔いはない。あれほど、心から楽しいと思える時間を過ごせたことに比べれば、何てことはなかった。

 だから、サカキ先輩が必ずや訊いてくるだろうという質問に、僕は間髪入れず答えていた。

 

 「もはや、答えを訊くまでもないだろうが――」

 

 「ええ。サカキ先輩――いや、カズ兄ちゃん。僕も一緒に出場するよ。ガンプラ選手権に」

 

 そう答えると、先輩はにっこりと微笑んでくれた。

 迷いはない。今日のバトルで得た情熱をもとに、今後の大会を勝ち進もうと思えるだけの気力が、僕のなかで沸き上がっていた。

 

 「……しかし、派手にやられたもんだな。現役が、今まで引退していたファイターに負けるとは。部の連中が知ったら笑い者だ」

 

 「僕だって、正直信じられませんよ。……まさか、ここまで戦えるなんて」

 

 僕が首を傾げていると、先輩はこれ見よがしに溜息をついていた。

 

 「……本当にわかってないな、君は。思い出してもみろ。ほとんどが負け戦だっとはいえ、この地区で一位と二位を争っていた俺とシオン相手に、十分と持ち堪えられたファイターは、アスカくらいなものだぞ? しかも、その記録は今も破られてはいない」

 

 「……え」

 

 それは初耳だった。

 ふたりのファイターとしてのレベルが高いことは身を以て知っていた。

 しかし、まさか、この地区で一位、二位を争うほどまでだったとは。

 子供の頃の狭い視野では見通せなかったのだろうが、道理で僕の負けが込んでいたというわけだ。

 

 「だから、正直に言って、君の実力に関してはそれほど心配していたわけじゃない。少し発破はかけさせてもらったがね」

 

 「そ、そんな……まぁ、終わりよければ全てよしって言葉もありますけど。……ところで、チームメンバーの枠があとひとり残ってますけど、誰を選ぶんですか?」

 

 「当然、シオンだ」

 

 まるで確定事項であるかのように、サカキ先輩は自信満々に答えた。

 

 「えっと、それは僕も嬉しいですけど……学園の部単位とか、そういう制約はないんですか?」

 

 「別に部単位でなかろうと問題はない。規定年齢さえ満たしていれば、どこの学園に通っていようがチームを組める。単純だろ?」

 

 「はぁ……。でも、クジョウ先輩はこちらの誘いにのってくれますかね」

 

 そこだけが心配だった。

 たとえ幼馴染といえども、彼女には今の生活がある。

 もしかすると、部の親しい友人と一緒に大会へ出場する予定になっているかもしれない。

 本人の意思を確認せずに、勝手にチームメンバーに選ぶのは、少々憚られた。

 しかし、サカキ先輩は不敵な笑みでこちらを見ると、胸ポケットから一枚の紙を取り出した。

 何だか――とてつもなく嫌な予感がする。

 

 「これを見てみろ。実はな、近々、この地区でタウンカップが開催されることになっていてな。それに、シオンが学園の代表として出場するらしい」

 

 「……へ?」

 

 「そこで君の出番だ。ファイターとしての慣熟を含め、その大会に出場して勝ち進み、いずれ当たるであろうシオンと対戦。彼女に勝利したうえで、選手権に我々と一緒に出場してくれるよう懇願する」

 

 「最後が微妙に弱気なのは、気にしたら負けかな……」

 

 「実はな、もう出場のための登録は済ませてあるから心配しなくていいぞ。ああ、それと。俺は出場しないから、シオンを倒し、堂々と優勝の座をかっぱらってこい」

 

 「……は?」

 

 「そうと決まれば特訓だな。ちなみに、一日のノルマは百戦に設定した。今から始めても深夜には終わる設定だ。さ、やるぞ」

 

 「ええええぇぇ!?」

 

 ガンプラファイターとしての誇りを、そして、情熱を取り戻したその日。

 ガンプラバトルの道は長く険しく、理不尽なものだと、僕は再び思い知るのであった――。

 

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