日常にひとさじの魔法を   作:センセンシャル!!
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プロローグ 新しい日常の始まり

 憂鬱だ。

 何はともあれそう思う。ため息こそ出なかったものの、吐きたくはあった。

 

「やっぱり陸上部がいいんじゃないか? お前、意外と体格はいいから、いい記録狙えると思うんだが」

 

 目の前で椅子に座っているジャージ姿でひげ面の中年男性。僕のクラスの担任が、自分が顧問を務める運動部を懲りもせず勧めてくる。

 辟易としながら、出来るだけそれは表情には出さず、首を横に振る。向こうはため息を隠さずについた。ずるい。

 

「あれもダメ、これもダメじゃ、出来る部活動がないじゃないか。そんなんじゃ社会に出たあと苦労するぞ」

「……無所属じゃダメなんですか」

「最初に説明しただろ? 部活動所属は校則だ。嫌なら生徒会長になって校則を変えろ」

 

 僕が入学した「雲谷東高校(もやひがしこうこう)」は、一年生のクラブ活動が義務付けられている。二年以降になれば無所属も可能らしいけど、あいにく僕はピカピカの高校一年生だ。

 今は5月。入部届の締切はとっくに過ぎており、いまだに帰宅部を続けている僕は、こうして教員室まで呼び出しを喰らってしまった。

 部活動をやりたくないから帰宅部をしているのに、どうしてこんな校則があるんだ。意味が分からない。

 

「何でですか」

「何年か前の生徒会長が決めたからだよ。「顔見知りの少ない一年が円滑に交流を取るため」ってお題目だけど、意義は人それぞれだ。自分で考えろ」

 

 だったら尚更僕には必要ない。僕はそもそも人と関わりたくないんだ。全くの交流なしは無理だけど、それでも出来るだけ一人でいたい。

 だけどこんなことを担任に伝えても「バカか」って返されるのは分かってる。だから何も言わない。

 

「あー、そんなに運動部は嫌か? お前ならどこ入っても活躍できそうでもったいないんだけどなぁ」

「……好きで体を鍛えてるわけじゃありません。どうしても入らなきゃいけないなら、出来れば文化部でお願いします」

 

 僕が体を鍛えているのは……そうしなきゃいけないから。自分の肉体だけで何とか出来なきゃいけないから。過去の失敗を繰り返すわけにはいかないからだ。

 別に運動が好きというわけではないし、むしろ嫌いだ。何で好き好んで自分から疲れなきゃいけないのか分からない。運動部はマゾヒストの集まりだ(大いなる偏見)

 僕らの担任は「しょうがねえなぁ……」と不満そうにつぶやく。こっちこそ、運動部の一点押し(特に陸上部)に不満たらたらだ。見た目で判断しないでほしい。

 

「文化部で大きいところっつったら、料理部、手芸部、美術部、吹奏楽部、軽音楽部、こんぐらいかね」

「……この学校は、魔術部が一番大きいんじゃないんですか? 入学案内にも書いてましたけど」

「お前、魔術部に入る気か? やめとけやめとけ。あんな部に入ったってろくなことねえよ。無駄にプライド高い奴らばっかで、何も身にならねえ。根暗が加速するだけだ」

 

 「臭う」とでも言わんばかりに手をパタパタさせて顔をしかめる担任。よっぽど魔術部が嫌いらしい。……そういえば、うちのクラスに魔術部所属はいなかったっけ。先生のせいだな。

 

 この世界には大きく分けて三つの「魔法」――正式な呼び方は「非科学的技術能力」――が存在するとされている。魔術部はその名の通り、「魔術」という分類の魔法を研究する文化部だ。

 魔術の定義は「儀式によって意図した結果を得る非科学技術の総称」。一定の手順を踏むことで科学的な法則に縛られない現象を生み出す技術だ。

 儀式と言っても種類や規模は様々で、口頭のみで行う簡易儀式(一般的には呪文と呼ばれる。僕はこれしか見たことがない)もあれば、数人がかりで祭壇を囲む大儀式なんかもあるそうだ。

 特徴は「理論上誰でも習得が可能」ということ。他の魔法と違って、先天的要因が技能行使に及ぼす影響が非常に小さい。儀式を正確に理解できれば、生後間もない赤子や動物にだって使える。理論上は、だけど。

 世の中そう上手くは出来ておらず、魔術習得には儀式を理解するための知能が必要になる。これが結構難しいらしくて、簡単な口頭儀式ですら高校数学程度の難易度があると言われている。

 だからなのか何なのか、魔術を扱える人っていうのはどうにも知識自慢が多い。先生の魔術部嫌いも珍しい反応というわけではない。……教師としてそういう差別はどうなんだろうと思うけど。

 

 雲谷東高校は、私立としてはそこまでレベルが高い学校ではない。だけど魔術部の規模が比較的大きくて、それ目当てに入学する生徒もいるって話だ。

 先生の反応からして、やっぱり魔術部が一番大きい文化部なんだろうな。……入る気はないけど。

 

「偏見で物を言われては困りますね、羽山(はるやま)先生」

「……出たな、万年引きこもりインケンオタクメガネ野郎」

 

 スラッとした体格にスタイリッシュな眼鏡で、元々キツい顔つきがよりキツく感じる数学教師。隣のクラス担任でもある、魔術部顧問の先生だ。

 彼の登場に僕らの担任は「ケッ」と吐き捨てるように悪態をついた。

 

「冬木(ふゆき)です。偏見と私怨に満ちた不愉快な呼び名で呼ばないでいただけますか?」

「うっせ、事実だろ。薄暗い部屋に閉じこもって毎日毎日アヤシゲな儀式やってんだ。少しは日の光浴びて健康になりやがれ、もやし男」

「やれやれ、魔術の高尚さを理解出来ない男が教師をやっているという事実に頭痛がします。……君はそうではないですよね、坂上(さかがみ)君」

 

 名を呼ばれ、反応に困る。多分精一杯にこやかな顔で勧誘しているつもりなんだろうけど、元の見た目がキツ過ぎて威圧感がある。

 

「我々魔術部は、初心者だからと蔑むことはありません。同じ目標、魔術の向上を目指す同志として、暖かく迎えますよ」

「あの、僕は……」

「おうこらオタメガネ。こいつはうちの生徒だ。他所のクラスに介入してくるんじゃねえよ」

「坂上君は魔術部に興味を持っているようですが。ならばあなたではなく、魔術部顧問である私が話をするべきなのでは?」

「こいつはンなこと一言も言ってねえだろうが。自分の都合のいいように考えてんじゃねえぞ、魔術オタク」

 

 一触即発。間に挟まれた僕は居心地が悪くて仕方がない。二人の間にどんな因縁があるのか知らないけど、他所でやってほしい。

 ……話の腰が折れてしまったし、もういいよね。これ以上僕がここにいる理由はないはずだ。

 

「あの、やっぱりまだ決められないので! 今日はこの辺で失礼します!」

「あ、ちょ、こら坂上! まーだ話は終わってねえぞ!」

「坂上君、君達の担任に遠慮することはありません。魔術部は君を待っていますよ!」

 

 僕は出来る限り速やかに担任用教員室を脱出した。決して、決して逃げたわけではない。いる理由がなかった、ただそれだけだ。

 

 

 

 

 

 坂上透(さかがみとおる)、高校一年生。特技なし趣味なし、ごく個人的な事情で体は鍛えるようにしているだけの、平凡極まりない何処にでもいるような男子。それが僕だ。

 中学でも特に部活動には所属せず、友達もいなかった。いや、作らないようにしてた。なるべく一人でいたかったから。

 おかげで今ではすっかり根暗キャラが板についてしまい、高校に上がってから今まで、クラスメイトとまともな会話をしたことはない。別にそれでいいんだけど。

 そんな僕だから、陸上にも魔術にも興味はない。羽山先生が勧めた部活動のどれにも興味をそそられない。……興味があっても、人が多いような部には所属したくない。

 先生のあの様子じゃ、僕が部に所属するまで毎日呼び出しをかけるだろう。ぶっきらぼうな物言いの人だけど、生徒のことは本気で思ってる。一ヶ月の付き合いでそれぐらいのことは分かってる。

 だけど……やっぱり、部活はしたくない。出来るだけ人とは関わらず、授業が終わったら真っ直ぐ家に帰りたい。先生には悪いと思うけど。

 

「……幽霊部員できそうなのは、文芸部かな」

 

 中学のときも帰宅部連中が「部活に所属しています」という体を出すためだけに所属していた部の筆頭。まさか僕がこの手を使う日が来るとは、夢にも思っていなかった。

 真面目に活動してる文芸部員からしたら噴飯ものだろうけど、やっぱり文芸部は隠れ蓑としてはうってつけだと思う。実績が分かりにくいから、実際に活動してなくても分からない。

 この学校にも文芸部はある。あまり話題に上ってないから、活発な部ではないんだろう。それなら多分、幽霊部員も通用するはずだ。

 とはいえ、活動状況は見ておいた方がいいかな。もし安易に所属して、実は毎日出席が必要でしたってなったら意味がない。僕は一人でいたいんだから。

 

「部室って何処だろ……図書館かな?」

 

 また独り言。こうなる前は結構話をするのが好きだったせいか、周りに誰もいなくてもつい口に出してしまう。これもまた、僕が根暗キャラたる所以だった。

 何はともあれ図書館に行って調べよう。活動場所がそこじゃなくても、部室の場所ぐらいは分かるだろう。

 そう思って、再び歩き出す。

 

 

 

「見つけた! 見つけたわよ、坂上君!」

 

 "彼女"から声をかけられたのは、ちょうどそんなタイミングだった。

 振り返ると、見るからに活発だと分かる、茶色みがかった髪をポニーテールにした女子生徒の姿。走って来たのか、膝に手をついて息を切らせている。

 知った顔だった。僕のクラスメイト。話をしたことはないが、いつも明るく笑っている、人の輪の中心にいるような子だ。……意図的に人を遠ざけている僕とは対極だな。

 

「……何か用、大西さん」

 

 僕は彼女――大西明音(おおにしあかね)さんに、問いを投げる。努めて感情が乗らないように、平坦に。プラスもマイナスもないように。

 だけど彼女は、そんなことは関係ないとばかりに明るい笑顔。運動直後で流れた汗が、爽やかにきらめく。

 

「そろそろ先生との話終わったかなーと思って職員室行ったらいなくなってるし! 探すのに苦労したわよ、まったく!」

「……僕は「何か用」って聞いたんだけど」

 

 マイペースな子だった。それも不愉快な感じじゃなくて、僕の気分を上げるためにあえてそうしてる感じ……だと思う。もしかしたら素なのかもしれない。

 だけど、それに乗っちゃいけない。僕は、出来るだけ関わりたくないんだ。彼女とも。

 

「あ、ごめんね。あたしってばついつい自分のことばっかりしゃべっちゃって、人の話を聞きなさいっていつも怒られててさ。気分悪くしたらごめんね?」

「別にいいよ。……そろそろ質問に答えてほしいんだけど」

 

 「そうだった!」と手を叩く大西さん。……彼女みたいな人気者が、僕みたいな根暗野郎に、一体どんな用事だろうか。それは純粋に気になった。

 気になったけど、表に出さない。気にしちゃいけないし、気にされちゃいけない。ただ遠くから観測するように、僕は彼女の先を待った。

 

「えーっと、そうね。まず確認なんだけど、坂上君ってまだどこの部にも入ってないのよね?」

「……そうだよ。今日もその件で呼び出されたんだし」

「で、決めちゃった?」

「……まだだよ。文芸部あたりにしようかなって考えてはいるけど」

 

 察するに部員勧誘か。けど、奇妙な違和感がある。なんで一年生の彼女が、ほとんどの生徒が所属を終えたこの時期に、わざわざ僕を勧誘しに来てるんだろう。

 そもそも、彼女は何処の部に所属してるんだろう。彼女自身は運動部っぽいけど、この時間に制服姿なら運動部ということはなさそうだし、ちょっと想像がつかない。

 僕の答えを聞いて、彼女はずいっと一歩前に出た。……気恥ずかしくなって、彼女から目線を逸らす。もちろん、悟られないようなるべく自然に。

 

「つまり、まだ無所属ってことよね?」

「……そうだって言ってるだろ。それが何?」

「だったら! 文芸部の前にあたしの話を聞いて! お願い、このとーり!」

 

 パシッと両手を顔の前に合わせ、深々と頭を下げる大西さん。そこまでしなくても、話を聞くぐらいはする。もちろん、どんな内容でも断るつもりだけど。

 彼女の熱心な様子からして、どう考えても幽霊部員は無理だ。活動内容が何であれ、人と関わってしまう時点で僕は所属出来ない。

 

「……聞くだけなら、別にいいよ。多分、所属はしないけど」

「ありがと! 聞いたら絶対、坂上君も入りたくなるから!」

 

 顔を上げ、大西さんはパッと表情を輝かせた。……可愛い女の子はずるいと思う。

 踏み込んでいた彼女は、一歩下がってからコホンと咳払いをする。そして、説明を始めた。

 

「あたしは今、新しい部……っていうか同好会を立ち上げようと思って、一緒にやってくれる人を探してたの。まあ、誰もいなかったんだけどね」

 

 彼女は「たはは」と笑って頬をかく。彼女のような人気者が声をかけて人が集まらないなんてことが……と思ったけど、人間なんてそんなものかとも思う。

 どんなに綺麗事を述べたところで、誰だって自分が一番なんだ。僕がそうしているみたいに。皆、自分のやりたいことを最優先にしただけだ。

 続きを聞く。

 

「あたしは、魔法を研究しようと思ってるの。魔術を覚えられない人でも、「感応」の才能がない人でも使えるような、画期的な魔法を」

「……、……出来ると思う? めちゃくちゃ言ってるよ、それ」

「うん、あたしもそう思う。だけど、出来ないとも限らない。だったら、あたしはやりたい。だからやる」

 

 酷く真面目な表情で、勝気な笑みを浮かべたまま、彼女はそう断言した。……こりゃ確かに、誰もついていけないわけだ。余程奇特な人間でもない限り、こんな無謀についていけるわけがない。

 だけど彼女はとても自信に満ち溢れていて、折れることなんかなさそうで。少し、眩しかった。

 

「あたし一人じゃ無理だよ。魔術も理解できない、かと言って感応も使えないあたしじゃ、多分魔法に届くことすら出来ない。だけど誰かと一緒なら、出来るかもしれないって思ってる」

「……それ、僕じゃなくてもいいよね。むしろ同好会なんか作らなくても、魔術部に入ればいいじゃないか」

「あはは、門前払い。キザメガネな先輩に「バカはいらない」って言われちゃった」

 

 悪いことを聞いてしまった。「ごめん」と謝る。大西さんは気にしなかった。……顧問は「誰でも歓迎」みたいに言ってたけど、部員もそうとは限らないんだな。

 「それに」と彼女は続ける。

 

「坂上君は「誰でもいい」って言ったけど、そんなことない。あたしは、坂上君がいいと思った。坂上君と一緒じゃなきゃ嫌だ」

「……今日の今まで僕のことは知らなかったのに、よくそんなことが言えるね」

「あはは、そうだねー。けど、話しててそう思ったんだよ。この人と同好会作れたら、きっと楽しいだろうなって」

 

 どうしてそう思うのだろうか。こんな見るからに根暗そうな、特徴らしい特徴もない男子に対して。

 

「坂上君は、あたしの夢を笑わなかった。真面目に聞いてくれた。「出来ると思うか」とは聞いたけど、「無理だ」とは言わなかった。だから、そう思った」

「……お人好しだね、君は。こんなの、ただ興味がないだけだよ」

「本当に興味がないなら、わざわざそんなことは言わない。やっぱり坂上君はあたしの見込んだ通りだ!」

 

 なんかもう色々とめちゃくちゃだった。彼女の活動には、本当に興味がないんだけど。

 だけど彼女にとってそんなものは関係なくて、あり余るエネルギーで僕のことを巻き込もうとする。不思議と、嫌な感じはしなかった。

 そして彼女は頭を下げ、僕に言った。

 

 

 

「お願いします、坂上君。あたしの同好会……「幻想魔法研究同好会」に入ってください!」

 

 ――歯車がかみ合う音が聞こえた。ギシギシと音を立てて、さび付いた車軸が回り出す。新しい日常の扉が開き、眩しい光が差し込んでくる。

 そんな感じがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやです……」

「なんで!?」

 

 まあ、ただの妄想なんだけどね。




今回の語録
「いやです……」「なんで?(殺意)」



・簡単な世界観まとめ
基本的には現代地球。その中に我々にとっての異能がごく一般的に存在する。
異能は三種類あり、総称して「非科学的技術能力」、通称「魔法」と呼ぶ。
特別に魔法が重要視されることはなく、社会基盤は科学技術を中心に据えている。
魔法はどれも個人依存度が非常に高いため、産業として考えると不安定な技能である。

主人公たちが通っているのは普通科の高校。それなりの私立ではある。

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