日常にひとさじの魔法を   作:センセンシャル!!
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同好会設立編
一話 坂上透の一日


 ……あのあと、大西さんに追い掛け回されてしつこく入会を迫られ続けた。印象通り、彼女は非常に運動神経に優れていて、中々撒くことが出来なかった。

 ただ、おつむの方はちょっと残念らしくて、角を曲がった直後に物陰に隠れることで簡単にやり過ごすことが出来た。……最初からそうしておくんだったと思う。無駄に疲れさせられた。

 時刻は4時過ぎ。授業が終わったのが3時で、先生との面談に30分ほどかかった。30分もあちこち走り回っていたことになる。今も彼女は僕を探し回っているんだろうか。凄い体力だ。

 

「あれだけ体力があるなら、それこそ陸上部に入ればいいのに。何で魔法研究の同好会なんだろ」

 

 独り言。はっきり言って彼女に研究はイメージが合わない。外で走り回っている方が余程似合っている。あの健康的な肢体でユニフォームを着れば……ストップ。こういうのはよくない。

 そりゃ僕だって年頃の男だ。"そういうこと"だって考える。大西さんみたいにスタイル抜群な美少女に迫られたら、よからぬ想像だってしてしまう。

 だからと言って想像の中でクラスメイトの女の子を辱めていいわけではない。紳士的じゃない。そういうことはちゃんとしたお付き合いを経てから、お互いの同意の下、現実でするべきだ。僕がするわけじゃないけど。

 ……彼女と付き合える男性は、幸せ者だろうな。あの子は間違いなくいい子だ。僕みたいなクラスの輪から外れた奴とも普通に会話してくれた。蔑むでも憐れむでもなく、普通にだ。

 ちょっと猪突猛進のところはあるけれど、それもまた彼女の魅力に転化されるのだろう。何で大西さんがクラスの輪の中心にいるのか、よく分かる気がする。

 

「新しい魔法、「幻想魔法」か。どんなものを考えてるのか」

 

 なんだか随分大仰なことを言っていた。「魔術を覚えられなくても、感応の才能がなくても使える、画期的な魔法」だったっけ。

 

 「感応」――魔術の対極に位置する、三つの魔法の一つ。儀式を覚えれば誰でも習得できる魔術と違って、完全に才能に依存する「個人能力」だ。古い言い方をすれば「超能力」のことを指す。

 精神を現実世界に作用させる。想像で現実を塗り替える。現実を屈服させる。色々言われているが、ともかく「精神活動によって特定の現象を引き起こせる能力」だ。

 オーソドックスなものでは念動力。変わり種では発火能力。凄いものだと瞬間移動など、種類はさまざまだ。だが、魔術とは違って「使える物しか使えない」し「使えない人には使えない」。

 たとえば念動力しか使えない人は念動力だけ。瞬間移動しかできない人は念動力を使えないなど、個人差が非常に激しい魔法だ。

 感応自体は珍しいものではない。全人類の約半分は何かしらの感応を持って生まれてくると言われているし、後天的に覚醒する人も中にはいるらしい。

 また、魔術より手軽ではあるが便利というほどのものでもない。先の例で行くと、ほとんどの念動力使いは自分の周囲数十cmの範囲で石ころを拾うぐらいしか出来ない。痒いところに若干手が届かないぐらいのものだ。

 

 僕は、感応という魔法が嫌いだ。正直この言葉自体、あまり聞きたいものではない。思い出したくないことを……絶対に忘れてはいけないことを思い出してしまう。

 ……彼女に反応を返すとき、だから一瞬言葉に詰まってしまった。大西さんは気付いてなかったみたいだけど。

 彼女は感応に特別な興味を持っているというわけではないはずだ。気にし過ぎる必要はない。

 

「そんなことより、図書館だよ図書館。文芸部が活動してればいいんだけど。……いや、してない方がいいのか?」

 

 自分で言って、ちょっとよく分からなくなった。文芸部が活動していないことには実態が分からないけど、真面目に活動されると幽霊部員しづらくなる。

 世の中都合よくは出来てないなぁと思いながら、僕は図書館に歩を進めた。

 

 

 

 図書館は、主に黄色の校章を着けた生徒、つまり三年生でいっぱいだった(一年は赤で、二年は青だ)。参考書片手に鉛筆を動かしているから、どう見ても文芸部の活動じゃない。ただの受験勉強だ。

 ということは、ここは文芸部の活動場所ではない。外れだったみたいだ。ちょっとした落胆を覚える。

 さて……次は文芸部の活動場所を調べなきゃならない。資料に溢れる図書館なら何か分かるだろうと思って来たけど、何を調べればいいかまでは分からない。そこまで深くは考えていなかったな。

 かと言って、図書委員の人に聞くのも憚られる……というか、ぶっちゃけ嫌だ。人と関わりたくなくて文芸部を探しているのに、どうして人に聞かなきゃいけないんだ。

 というわけで自力で探し当てることにする。多分、学校関係の資料に載ってると思うけど……。

 

「キャッ!?」

 

 余所見をして歩いていたら誰かにぶつかってしまった。ぶつかった相手は女子のようで、持っていた本があたりに散らばり、彼女自身は尻もちをついていた。

 

「……ごめんなさい、拾います」

 

 確認もそこそこに、僕は散らばった本を回収し始めた。人に関わりたくないからと言って、人としての礼儀まで捨てた覚えはない。こうするのは当然のことだ。

 

「あ、ありがとうございます……、同じクラスの、坂上君?」

 

 彼女は僕のことを見てそう言った。同じクラスの子だったのか。……失礼かもしれないけど、地味な見た目のせいであんまり見覚えがなかった。

 三つ編みとめがね。絵に描いたような文学少女だ。名前は、やっぱり思い出せない。

 

「……これで、全部ですか?」

「あ、はい。あの、ありがとうございます、坂上君。話すのは初めてだけど、親切なんですね」

「……いや、別に。ではこれで……」

「あの、何かお探しですか? 今のお礼ってわけじゃないけど、私で何かお力になれないでしょうか」

 

 どっちが親切なんだろうか。最低限の礼儀を果たしただけの僕に対し、名も知らぬ彼女はニコっと笑って提案した。

 僕は努めて表情を変えない。この交流はこの場限りにしなければならないのだ。……大西さんは明日も僕を追い回してくるんだろうか。そう考えると、若干萎える。

 

「……お構いなく。大したことではないので」

「だったら、なおさら協力させてください。受けた恩を返せなかったら、伊藤家の名折れですっ!」

 

 どうやらこの子は「伊藤」さんと言うらしい。良家のご令嬢なのだろうか? ……ただの冗談、かな。

 こうまで言われて断るのは、そっちの方が失礼か。いや、同じクラスの彼女を知らなかった時点で今更ではあるけど。

 

「……文芸部の場所を、調べてるんだけど」

 

 僕の言葉に、伊藤さんはキョトンとした表情を見せた。直感的に思った。これ、失敗したやつだ。

 

「文芸部なら私が案内できますよ。何せ、私は文芸部員ですから!」

 

 やっぱりか。いや見た目がそのまんま文学少女なんだから可能性は十分にあったわけだけど。っていうか何で馬鹿正直に答えた、僕。

 彼女が同じクラスである時点で、幽霊文芸部員路線は廃案直行だ。同じクラスに同じ部の部員がいるのに、どうやって幽霊部員をやれというんだ。

 いや待て。実は彼女も幽霊部員である可能性が……ないな、こりゃ。どう見ても真面目に活動してる文芸部員だ。望みが絶たれた。

 

「ちょっと待っててくださいね、この本借りてきますんで。そうですね、入口のところで待っててください」

 

 そう言って伊藤さんは、軽やかな足取りで貸出カウンターへと向かった。一人本棚コーナーに残った僕は、深くため息をついた。

 

 

 

 結局、伊藤さんが借りた本を半分持ちながら、文芸部の活動場所であるという「第三小教室」まで行くことになった。どうしてこうなった……。

 

「ありがとうございます、結局手伝ってもらっちゃって。ぶつかった時も思いましたけど、坂上君って結構力持ちなんですね」

「……いえ、別に」

 

 文学少女然とした見た目とは裏腹に、彼女は結構饒舌だった。裏腹、というのはちょっと先入観持ち過ぎかもしれない。文学少女だって、しゃべるときはしゃべるだろう。

 ただ、思ったよりも話好きだったというのは事実だ。僕は大した内容を返さずほとんど相槌だけだというのに、色々と話しかけてくる。

 

「坂上君は、本はお好きですか? もっと早くにお話すればよかったですね」

「……そういうわけじゃ、ないけど」

「そうなんですか? 坂上君は文芸部にどんな御用ですか?」

「……ちょっと、見学を」

「あ、ひょっとして入部希望ですか? そういえば坂上君、まだ部活入ってませんでしたね。帰りのホームルームで先生に呼び出されてましたし」

 

 何でこの子、僕にこんな親しげに話しかけて来るんだろう。言っちゃなんだけど、僕って見るからに根暗野郎だよ。

 髪はボサボサで目が隠れてるし、愛想がいいわけでもない。声もギリギリ届くぐらいの大きさでしかしゃべってない。抑揚もなるべくつけないようにしてる。

 そういう振る舞いをすることで、わざわざ人を遠ざけてるっていうのに。もしかして、大人しそうな見た目からは想像出来ないけど、実は怖いもの知らずなのか?

 

「……入部は、まだ考えてないです。出来れば部活はやりたくない」

「それはもったいないですよ! クラブ活動は学生の間しか出来ない、青春の一ページなんですから!」

 

 そもそも校則で決まってるから無所属は出来ないんだけど、伊藤さんにとってはそういう理屈じゃなかったみたいだ。言ってることは分かるけどね。

 青春、か。……もしそれを享受することが僕にも出来るっていうなら、嬉しいけど。

 

「……間に合ってます」

 

 人と関わらなきゃいけないなら、論外だ。それなら僕は、憐れまれても蔑まれても、一人でいる方がいい。

 伊藤さんは不完全燃焼な様子だったけど、この件についてそれ以上立ち入ることはなかった。他人のことを慮れる、大西さんとは別方面でいい子みたいだ。

 そうこうしてる間に、僕達は目的の第三小教室の前に着いた。普段は英会話なんかの授業に使われる教室だけど、放課後は文芸部の活動場所になってたんだな。

 僕は持っていた本を伊藤さんに返し、踵を返した。

 

「あの、坂上君。見学していかないんですか?」

「……やめとく。やる気ない奴が入っても、迷惑だろうから」

 

 同じクラスの伊藤さんが文芸部だった時点で、僕が文芸部に入るという案は却下されている。もっと早く言えばよかったんだけど、言うタイミングを逃してしまった。

 とりあえず、今日はもう帰ろう。部活探しは別に明日でもいいんだ。また先生に呼び出されるかもだけど。

 

「そんなことないですよ! 坂上君も、活動を見れば気が変わるかもしれませんし!」

「……気が変わらないうちに、帰ることにするよ」

「坂上くんっ!」

 

 伊藤さんが呼び止めるのも聞かず、僕は下駄箱の方に向けて歩き始め……一つだけ彼女に伝えなければならないことを思い出した。

 

「伊藤さん。もう僕に話しかけてこないで。……迷惑だから」

 

 少しだけ振り返り放った言葉で、彼女はショックを受けて立ち尽くした。これで、いいんだ。

 今度こそ、僕は振り返らず、帰るためにその場を去った。

 

「……、坂上君……」

 

 

 

 

 

 家に帰りつき、晩御飯の支度をしているお母さんに「ただいま」と言ってから自室にこもる。鞄を置き、上着を脱ぎ、ベッドに倒れ込んでため息をついた。

 

「疲れた……」

 

 体も心も、本当に疲れる一日だった。大西さんが諦めない限り、明日も体は疲れることになるだろうけど。

 伊藤さん……酷い事を言っちゃったけど、引きずらないでくれるといいな。早めに僕のことを切り捨ててくれればいい。なかったことにしてくれるのが、一番ありがたい。

 彼女が悪人なら楽だったのにと、思ってもいないことを考える。彼女の人格が好ましかったことで、不愉快な思いをしたわけじゃないのだから。

 大西さんも同様に。同好会を作りたいだけなら、僕以外の誰かを誘えばいいだけなんだ。僕みたいな奴が力になれるわけがない。そのことに、早く気が付いてほしい。

 

「……日課やろ」

 

 余計なことを考えないように、ベッドの下からダンベルを取り出す。重さは一つ5kg。体を鍛えるのは中学から続けている僕の日課だ。

 好きで始めたわけじゃない。必要にかられてやらざるを得なかった。最初はただただ苦痛だったけど、今はもう慣れた。何も考えず、体が勝手に動いてくれる。

 僕の立ち振る舞いは反感を生みやすいと知っている。相手が力自慢や能力自慢の場合、直接的な方法に訴えてくることがある。そうなったときに体を使えないと、自衛することが出来ない。

 自衛が出来なかったら……また、繰り返してしまう。小学生の頃の忌まわしい失敗を。それだけは絶対に避けたいから、僕は一人でいたい。

 

「っ、ふっ。腹筋終わり。次、胸筋」

 

 こんなときでも独り言が出てしまう。いや、これはプレルーチンなのだと心の中で言い訳をする。実際、言葉にすることで順番を間違えたときに気付くこともある。順番にやる意味はないんだけど。

 筋肉を使っている間は体がそれに集中しているから、余計な思考は働かないで済む。……ある意味僕は、筋トレの中に救いを求めているのかもしれない。

 無心になろうとして無心になれるものではない。無心になるために何かをすることで、人は初めて無心になれるのだ。無心無心、ムシンムシン……。

 

「……暑い、ムシムシしてきた」

 

 余計なことを考えたせいで無心じゃなくなったらしい。我ながらアホなことをやっている。

 それもこれも全て、部活所属必須とかいう妙な校則のせいだ。本当にそんな校則あるんだろうか? 気になったので、ダンベルをベッドの上に放り出して鞄の中から生徒手帳を取り出す。

 

「学校生活の項、第3条。本校生徒は一年の間、クラブ活動または同好会に所属し、円満な人間関係を築くことに尽力しなければならない。知らないよそんなの……」

 

 消沈して、何年か前の生徒会長さんに向けて文句を呟く。結局は独り言なんだけど。

 いや待て、これは解釈次第で上手く誤魔化せないか? 「所属しなければならない」じゃなくて「尽力しなければならない」だ。それらしい姿勢を見せてさえいればいいんじゃないか?

 

「って言ったら、間違いなく羽山先生からゲンコツ喰らうよね……」

 

 「バカ言ってんじゃねえ!」と怒鳴られるのがありありと想像出来た。うちの担任の古文の先生は、体罰禁止が謳われて久しい今の世において珍しい体罰必要論者だ。「今の世にこそ必要だ」と言ってはばからない。

 彼の主義主張はともかくとして、そんな小手先の理論武装を認めてくれるような人じゃないことは確かだ。その辺はまだ冬木先生の方が……言いくるめられて魔術部に入部させられそう。それは絶対嫌だ。

 やっぱり、僕の意志を尊重してくれる羽山先生の方がマシか。無所属でいたいという意志は尊重してくれないけど。

 

「……そういえば大西さん、「魔術部の先輩に門前払い喰らった」って言ってたっけ。その辺のことは冬木先生、ちゃんと把握してるのかな」

 

 これは僕の印象だけど、冬木先生自身は非常に常識人だ。少なくとも普段は、そこまで魔術に入れ込んでいる人でもない。「初心者でも歓迎する」っていう言葉に嘘はないと思う。

 だから、もし部員が勝手に入部希望者を選別するような真似をしていたら許さないはずだ。……冬木先生の耳に入れておいた方がいいかもしれない。

 もしそれで大西さんが魔術部に入ることが出来たなら、僕も追い回されなくなって万々歳だ。研究環境さえ提供すれば、僕のことなんか忘れてくれるだろう。

 

「まずは大西さんへの対処。それからゆっくり部活探しだね。よし、これで行こう」

 

 相変わらず僕の頭の中に「人との交流を図る」という選択肢はなかった。

 

 

 

 夕方のジョギングから帰って来ると、お父さんが玄関にいた。今まさに帰宅したところみたいだ。

 

「おかえり、お父さん。今日もお疲れ様」

「おお、透。ただいま。今日はちょっと遅かったんだな」

 

 学校の方でごちゃごちゃあったせいで、今日のジョギングはいつもよりも遅めだ。本当なら授業の復習も終わらせてからなんだけど、後回しにしている。

 

「うちの高校、一年は部活に入らなきゃいけないんだって。その件でちょっとね」

「……そうか。もう決めたのか?」

「ううん、まだ。出来れば、あんまり人と関わらない部活がいいかなって」

 

 僕の言葉を聞いて、お父さんは苦虫をかみつぶしたような、それでいて悲しそうな表情を見せた。理屈で分かっていても、納得はできないんだろうな。

 二人で並んで玄関に入る。リビングの方から、お母さんがやってきた。

 

「あなた、お帰りなさい。もうお夕飯の準備は出来てるから、二人とも着替えて手を洗ってね」

 

 お父さん、お母さん、そして僕。これで家族全員。外では人との関わりを極力避けるようにしてる僕も、さすがに家の中ではしない。するだけ無駄というやつだ。

 見ての通り、お父さんもお母さんも僕のことをしっかりと愛してくれている。たとえ僕が拒絶したところで、二人は決して諦めない。……実際にそうだったんだから。

 だから、この二人だけは例外。僕もちゃんと受け入れることにしているし、二人なら多分"大丈夫"だって思ってる。

 一旦自室に戻り、ジャージから普段着に着替える。リビングに行くと、お父さんもスーツを脱いで座っていた。

 今日の献立は、白米、ジャガイモの味噌汁、肉じゃが、緑野菜のサラダ、豆腐ステーキ、それからもやしのおひたし。

 

「透は中学から体を鍛えているし、運動部なんか活躍できそうなんだけどなぁ」

 

 お父さんはビールを片手に、僕の部活選択について話をする。うちの担任みたいなこと言うなぁ。

 

「先生からも勧められたけど、全部断った。っていうか体鍛えてるから運動出来るってわけじゃないよ」

「だけど、中学のとき体育はいつも5だったろう? 運動神経は悪くないんだから、やってるうちに身に付いていくと思うんだが」

「運動部に入ったら、きっと透ちゃんモテモテよ。彼女なんか出来ちゃうかも」

「やめてよ、お母さん。まず見た目で無理だよ。野球部のエースだって、見た目がいいからモテるんだよ。こわもてじゃキャーキャー言われないでしょ」

「大丈夫よ。透ちゃん、素材はいいもの。お母さんとお父さんの子供なんだから、自信持っていいのよ」

 

 うちのお母さんは可愛い系の美人で、お父さんはまさに出来る男って感じのビジネスマン。僕みたいな芋野郎とは似ても似つかない、美形夫婦だ。

 まあ、確かに人を遠ざけるためにあえて根暗を演出しているところはあるけど、それを除いたって大したことにはならない。せいぜい無個性フツメンが出来上がるだけだ。

 ほんと、何でこの二人から僕みたいなのが生まれたんだろう。……色んな意味で。

 

「昔は「とおるくんのおとうさん、かっこいいね」って言われて嬉しかったけど、今じゃ皮肉にしか聞こえないよ」

「自信を持つだけで一気に変わると思うけどな。……もうそろそろ、お前も自信を持ってもいい頃合いだと思うぞ」

 

 そう言ってお父さんはビールを嚥下する。自信、か。それが出来るなら、僕はとっくにこの状況を打破している。

 僕がこの世で一番信用できるのが両親だとしたら、一番信用できないのは他でもない、僕自身だ。どれだけ時間が経っても、払拭することが出来ない。

 

「……ごめんね、意気地がなくて」

「別に責めてるわけじゃない。俺も少し性急すぎたよ。透のペースで、ゆっくりでいいんだ」

「そうよ。私達はいつまででも見守るから。あ、けど孫は早めに抱かせてね?」

「まだ高校入ったばっかだよ……」

 

 お母さんの冗談(じゃないかも)に苦笑しながらもやしを噛む。そもそも僕に結婚なんて出来るんだろうかという疑問はあるけど、口には出さなかった。

 本当に……いつまで経ってもダメな息子で、ごめんね。

 

 

 

 

 

 翌日。登校して早々、大西さんに絡まれた。

 

「昨日はなんで逃げたのよ!」

 

 僕が勧誘を断り全力疾走で逃げたことに大層ご立腹の様子だ。おかげで僕の席のところに皆の視線が集中していて、非常に居心地が悪い。

 できれば無視を決め込みたいところなんだけど、そうもいかないか。

 

「……僕はちゃんと断っただろ」

「そういうことじゃないのっ! あたしの勧誘はまだ終わってないんだから!」

 

 何で僕が大西さんの勧誘に最後まで付き合わなきゃいけないんだろう。っていうか終わりなんてあるのか? 断り続けたら、いつまでも続くんじゃないだろうか。

 まあ、彼女の体力気力にだって限界はあるだろうし、そこまで耐えればいいだけの話といえばそうなんだけど。……それまでこれに耐えなきゃいけないってのはなぁ。

 

「……皆の迷惑になってるから。帰って、どうぞ」

「い・や・よ! 坂上君が「うん」って言うまで、絶対帰ってやらない!」

 

 強情な子だなぁ。印象通りではあるけど。いい加減、クラスの皆から白い目を向けられるのが辛くなってきたぞ。

 しょうがない。ちょっと早いけど、昨日考えたことを実行するか。

 

「……大西さん、魔術部に所属出来るなら、別に同好会は必要ないよね」

「? そんなこと、ないと思うけど。っていうか、門前払いだったって言ったじゃない」

「……冬木先生は、「初心者でも歓迎」みたいに言ってたよ。その先輩だかの暴走じゃないの?」

「インテリメガネ先生かー……笑顔がうさん臭くて信用できないのよね」

 

 かなり偏見が入ってるな。言いたいことは分からないでもないけど。常に腹に一物抱えてそうな印象ではある。でも、あの人だって立派な教師なんだから。

 

「……一度、直接話をしておくべきだと思うよ。少なくとも、僕よりは大西さんの力になってくれると思う」

「そう言うなら、そうしてみるけど。って、なに話逸らしてんのよ! あたしは同好会の話してるの! どーこーかい!」

 

 しつこいなぁ。何でそこまで同好会に拘るのか分からない。どう考えたって、大西さんの目的を考えたら魔術部に所属するのが最短コースのはずだ。環境が段違いなんだから。

 彼女は「自分は感応を使えない」って言ってたから、新しく開発したい魔法っていうのは必然的に魔術の派生になるはずだ。だったら、魔術について深く学べる環境である方がいいに決まってる。

 それともまさか、本当に一から「第四の魔法」を確立したいと思ってるんだろうか。それはさすがに、無謀ではなく無理だ。エジソンの時代にパソコンを発明しろって言ってるようなもんだ。

 彼女は単に、魔術部で門前払いを喰らったから躍起になってるだけだ。本来的には同好会に拘る必要なんかない。

 

「……自分がどうするべきか冷静に考えなよ。僕が言えるのはそれだけだ」

「何よ、頭よさそうなこと言っちゃって! どうするべきとかより、自分がどうしたいかでしょルォ!?」

「とっくにどうするべきかの方が大事な時間になってるぞ、大西。チャイムが聞こえんかったのか?」

 

 音もなく大西さんの後ろに立っていた羽山先生が彼女の首根っこを掴んで黙らせた。だから言ったのに。

 彼女は悔しそうにして、「また来るからね!」と言ってから自分の席に戻って行った。……厄介な子に目を付けられちゃったな、まったく。

 前を向く。……一瞬だけ、三つ編みめがねの女の子と目があった気がした。彼女も僕もすぐに視線を外したから、ほんの一瞬だけだ。だから、彼女が何を思ってるかは分からなかった。

 ああ、憂鬱だ。何はともあれそう思った。

 

 

 

 ……本当に憂鬱だ。

 

「ねー坂上クン。ちょーっと調子に乗りすぎじゃねえ? 大西チャンが気にかけてくれたってのに、態度でかいんじゃねえの?」

 

 昼休み、いつも通り中庭の外れで昼食を摂ろうと外に出たところで、三人組の男子に絡まれた。同じクラスの不良っぽい生徒達だ。

 雲谷東高校はそれなりの私立だけど、それなりでしかない。中にはこういう生徒もいる。僕の知る限り、一クラス40人のうちの男女合わせて5人ぐらいはそんな感じだ。

 今のところサボりや授業妨害のようなことは発生していないけど、休み時間に集まって無駄に大声でしゃべっていることがある。近くの生徒は迷惑そうにするけど、彼らの態度に委縮して黙ってしまうようだ。

 で、今朝の件で目立ってしまったせいで本日晴れて僕がターゲットにされてしまったというわけだ。迷惑甚だしいことこの上ない。

 金髪の男子……確か影山だっけ。彼が先頭に立ち、ニヤニヤ笑いながら僕を威圧しようとする。それに対し、僕はあくまで無言無表情。

 

「おい、ひろき君が聞いてんだから答えろや、根暗野郎。うっぜえ髪型しやがってよ」

 

 彼の後ろに控える小さい方、黒木は見るからに不機嫌そうな表情。大きい方、尾崎は無言だけど、同意なのか首を縦に振っている。

 大中小、と言わぬまでもそんな感じの三人組。なお、影山の身長は僕と同じぐらいだ。なので威圧感は尾崎がメインで出している。

 やっぱり僕は無言で、彼らの気が済むのを待っている。こういう輩は何を言ったところで悪いようにしか受け取らない。抗議するだけ時間の無駄だ。

 

「何とか言えっつってんだよ。聞こえねえのか、ぁあ゛!?」

「まーまー落ち着けよ、シュウ。そんな風に脅しちゃったら坂上クン、ビビッてしゃべれないだろ?」

「……(コクコク)」

 

 ちなみに僕の方はさっさと何処かへ行ってくれと思っているだけで、彼らに恐れを持つことはない。なんと言っても彼らは隙だらけ。いざとなれば不意をついて逃げることぐらい容易い。

 もし誰かが感応使いだったとしても、この様子ならそこまで強力でもないと思う。身体能力オンリーで十分逃げ切れる。こういうときのために体を鍛えているのだ。

 

「別にさー。俺らも好きでこんなことしてるわけじゃないのヨ。だけど、せっかく気にかけてくれた女の子にあの態度はねーよな?」

 

 大西さんは誰に対しても分け隔てなく接するような子だ。彼らに対しても同じなのだろう。だから、彼女を拒絶するように振る舞った僕に対して態度を改めろ、というのが彼らの言い分だ。

 だけどこれは、ただの建前だろう。ただ気に食わない。少なくとも黒木からはそんな意図しか感じられない。結局、標的になるなら誰だっていいのだ。それがたまたま僕だっただけの話。

 

「ビビッちゃって声出ない? そんな怖がんなヨー、取って食おうってわけじゃねえんだからサ」

 

 影山が無遠慮に近付いてきて、僕の肩に腕を回す。……さすがに不愉快に感じ、それを撥ね退けた。

 彼は僕を見て目をしばたたかせ、次の瞬間にはニヤニヤ笑いをさらに深くした。

 

「あれ、そういう態度取っちゃうんだ。そっかそっか。ならこっちも、遠慮する必要ねえよなァ?」

 

 右手で握り拳を作る不良生徒A。Bもそれに続き、尾崎は相変わらず無言で仁王立ちをしている。……失敗した。最後まで何も行動を起こさないべきだった。今更言っても後の祭りだ。

 僕は自分に出来る最善策として、反転して走ろうとした。が、それを行動に起こすことはなかった。

 

「コラーッ! お前ら何をやっとるかァーッ!」

「やっべ、ハルヤマのセンコーじゃん! シュウ、マサキ、ずらかるぞ!」

「チッ! おい根暗野郎! てめえの立場、忘れんじゃねえぞ!」

「……(ずいずい)」

 

 影山は一目散に逃げ出し、黒木は尾崎に押されて退場した。……なんで尾崎はあの二人と一緒なんだろう。彼だけはあんまり不良って感じじゃなかったけど。

 少し遅れて、羽山先生が走ってくる。彼らを追う気はないらしく、僕のところで止まった。

 

「何もされてないか、坂上」

「……大丈夫です。手は出してないし、向こうにも出させてません」

「そうか。伊藤に感謝しろよ。お前があいつらに絡まれてるって、血相を変えて知らせに来たんだからな」

 

 伊藤さんが。見れば、校舎入口のところで戸枠に手を着いて息を切らせている三つ編み女子の姿があった。……助けられてしまったか。

 彼女が僕をどう考えているかは知らないけど、少なくとも見捨てるという選択はしなかった。僕を切り捨てていないのか、はたまた彼女がそこまでお人好しなのか。

 

「……感謝はします。だけどお礼は出来ません。……彼女には、酷いことを言いました」

「まったく、お前も困った奴だよ。伊藤には俺からフォロー入れとくから、お互いあんまし引きずるなよ」

 

 そう言って羽山先生は校舎の方に戻った。引きずるな、か。それは僕よりも伊藤さんに言ってあげてほしい。

 僕はそれっきり校舎の方は振り返らず、中庭の外れ……木の陰になって見えないところまで歩いて行った。

 

 

 

 放課後はやっぱり大西さんに絡まれた。

 

「さあ坂上君! この同好会の申請書に名前を書くのよ!」

 

 「幼想麻法研究同校会」と書かれた申請書(誤字だらけ)を押し付けられる。だけど僕はそれに取り合わず、帰り支度を進めた。

 僕は今日も先生から呼び出されている。部活探しをしている意思は伝えたけど、それならと資料をまとめてくれたそうだ。この学校にある部活・同好会の一覧だそうだ。

 わざわざ呼び出さなくても帰りのホームルームで渡せばよさそうなものだ。とはいえ、こっちは用意してもらってる身なんだ。こちらから出向くのが礼儀だろう。

 ……それに、他の用事もある。大西さんが僕に付き纏っているのも、ある意味都合がよかった。まあその用事っていうのは大西さんの行動に原因があるわけだけど。

 

「……失礼します」

「お、来たな。なんだ、大西も一緒か」

「先生からも言ってくださいよー! 坂上君、あたしのこと無視するんですよ!?」

「坂上の意思なんだから、俺に言ってもしょうがないだろ。お前の意志は尊重してやりたいが、そろそろ諦めてちゃんと部活に入った方がいいぞ」

「……その件で、少々僕から。冬木先生はいらっしゃいますか」

「こんにちは、坂上君、大西さん。魔術部には興味を持ってもらえましたか?」

 

 相変わらず威圧感のある笑みを浮かべてやってくる数学教師。あれで本人はフレンドリーにしてるつもりなんだろうな、多分。

 羽山先生は昨日と同じく「ケッ」と吐き捨てる。けど、僕を止めることはしなかった。分別はある人なんだ。

 

「……その、魔術部について。こちらの大西さんが門前払いを喰らったそうです。先生はご存知ですか」

「ああ……また"彼"ですか。私が把握できた限りではフォローしたのですが、漏れてしまったみたいですね。申し訳ありません」

 

 やっぱり、先輩の暴走だったみたいだ。しかも先生の様子からして常習犯みたいだ。表情に疲れが見える。

 

「だからいつも言ってんだろ、たまには外に出て日の光を浴びろって。部屋ん中に閉じこもって研究ばっかだから、根性ひん曲がるんだよ」

「弁解したいところですが、結果がコレですからね……。しかしだからと言って、それを彼らに強制することは出来ません。彼らは「魔術を探求したい」という意志を持って入部してくるのですから」

「……えーっと?」

「ああ、すみません。大西さんの入部を断ったというのは、眼鏡をかけた二年生の男子ですよね。全体的にキツイ感じの」

「あ、はい。"嫌味"っていう字が人の形して服を着た感じの」

「彼は久我山卓哉(くがやまたくや)といって、魔術技師としては非常に優秀なんです。ただ、どうにもそれを鼻にかけているところがありまして。顧問の私が言うのもなんですが、典型的な魔術至上主義者なのですよ」

 

 「いつも言って聞かせているのですが」とため息をつく冬木先生。魔術部のエースにして問題児ってところか。なんというか、ありがちだな。

 魔術は誰にでも扱える可能性があるけど、誰でも扱えるわけではない。だから魔術を扱えること自体が優秀な知能の証明となり、それが過ぎれば慢心ともなる。

 ニュースでも時々話題になっている。魔術至上主義な上役による不当な差別というのは、昔からある社会問題だそうだ。それが学校という社会の縮図に落ちてきただけの話だった。

 

「分かりました。私の方から言っておきましょう。大西さんは、魔術部に入りたかったということですよね」

「あー、えーと……今は同好会を作ろうと思ってるんですけど。「幻想魔法研究同好会」っていうのなんですけど」

「ふむ? フィクションなどに出て来る類の魔法を研究するということでしょうか。そういった試みもなくはないですが……同好会としてやるとなると、やはり厳しいでしょうね」

 

 そうだよね。どう考えたって魔術部に入ってやるべきことだ。二人だけで出来ることじゃない。まして僕は魔術の知識なんか持ってないんだから。

 大西さんは、ちょっと俯いてふくれっ面をした。可愛い。やっぱり彼女は、ずるい。

 

「もちろん私は一教師として、あなたを応援しますよ。ただその上で、一度魔術部に顔を出してみて損はないと助言します」

「……わかりました。お願いします」

 

 渋々と言った感じではあったけど、大西さんは了承してくれた。やれやれ、これで一件落着だ。

 ――そうやって油断したところで、彼女は爆弾を落としてくれた。

 

「但し! 坂上君も一緒で! 彼も同好会設立メンバーの一人です!」

「……は?」

「そうなのですか? やはり坂上君も魔術に興味があったのですね。私の見込んだ通りですよ」

「いや、ちょっと……」

「魔術部ってとこが気に食わないが、いい機会だ。坂上、大西の面倒を見てやれ。これはお前にとってもいい機会だろ」

「何を勝手な……僕は……」

「……ダメ?」

 

 涙目の上目使いで僕を見る大西さん。……これ、素なんだろうか? 彼女の場合、単純(バカ)だから駆け引きなんてできないだろうし。素なのかなぁ……。

 はあ、とため息が漏れる。こんな表情を真正面から見せられて断れるほど、僕は薄情ではなかったようだ。だから伊藤さんのときは直接見ないようにしたのに。

 

「……分かりました。見学に伺わせてもらいます」

「二人とも、歓迎しますよ。活動内容を見れば、きっと入部したいと思ってくれることでしょう」

「ダメそうなら陸上部に来いよ。お前らなら二人とも即戦力だ」

「っ……あはは。考えときます」

 

 「陸上部」という言葉で、大西さんは明らかに辛そうな顔をした。過去に何かあったんだろうな。踏み込む気はないけど。

 明日、魔術部の活動を見学することになった。まあ、僕は絶対に入らないんだけどね。魔術に興味はないし、大勢の人と関わるなんてもっとありえない。

 とりあえず、これで大西さんに追い掛け回されなくて済む。そう考えて、明日の苦痛は必要な消耗と割り切ることにした。

 ……ああ、めんどくさい。




今回の語録
「入って、どうぞ」



・人物紹介

羽山正治(はるやましょうじ)
一年一組担任の国語教師。古文担当。陸上部の顧問もやっている。魔法は不明。
昭和の感覚を持った教師で、昨今の狡賢くなった子供にこそ体罰は必要だと考えている。とはいえ、無闇やたらと強権を振るうわけではない。非常に分別のある教師。
隣のクラスの魔術部顧問とは衝突はしているものの、同僚として仲が悪いわけではない。週末には一緒に飲みに行くぐらいではある。

冬木宣彦(ふゆきのぶひこ)
一年二組担任の数学教師。数A担当。魔術部の顧問もやっている。魔法は魔術のみ。
教育というものを論理的に考えており、罰を与えるよりも報酬を与えるべきだとしている。この点で羽山と衝突してしまうが、お互いただの主義の違いだと理解している。
見た目でうさん臭そうな雰囲気を出しているが、実際は常識人。魔術を扱う者として誇りは持っているが、過剰に依存する気はない。

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