日常にひとさじの魔法を   作:センセンシャル!!
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二話 魔術と感応

 翌日放課後、約束の魔術部見学の時間まですっ飛ばす。

 まあその間にあったことと言えば、日課の筋トレと家族の団らん、代わり映えのない学校生活ぐらいだ。割愛上等だろう。

 強いて違ったところを言うなら、影山達に絡まれたときに大西さんが割って入ったぐらいか。彼女の中ではすっかり僕が同志になってしまっているようだ。

 助かったから別にいいけど……だからと言って僕が流されるわけではない。そこを勘違いしてはいけないのだ。

 

「我々魔術部は、物理学実習室を活動場所としています。技術的要素の強い魔術は科学技術との相性がいいので、理科教室を使っている学校が多いのですよ」

 

 道すがら、冬木先生が解説してくれる。大西さんは一度門を叩いているはずだから、活動場所については知っていただろう。理由についてまでは知らなかったみたいだけど。

 魔術は儀式を用いて行使されるものだけど、言ってみれば科学における「実験」と等価だ。儀式道具についても、実験道具から流用できるものが結構あるそうだ。

 

「本格的に魔術をやろうとなると、どうしてもお金がかかってしまいます。だから学生は、そうやって科学の産物を上手く活用して魔術の実践を学ぶわけです」

「へー、なんかちょっと意外。中学の頃、ステッキと呪文だけで魔術使ってる子とかいたし、もっとお手軽なものだと思ってました」

「それは初歩中の初歩の簡易儀式ですね。小さな風を起こしたり明かりを作ったり、その程度のことしか出来ませんよ。本格的な魔術となったら、そうはいきません」

 

 僕の母校でも、中学生になると背伸びをして魔術を習得する人たちがいた。だけど中学生で学べるのは本当に触りの部分だけということなのだろう。

 それが高校生ともなれば、より本格的に魔術を学びたいと思う人たちが出てきて、そういう人たちが魔術部に入部するのだ。間違っても僕みたいな人との関わりを避けたい人間が行くところではない。

 僕はただの付き添いであり、今日の本命は大西さんなのだ。

 

「さて、坂上君に質問です。魔術の出力結果を大きくするためには、どうすればいいと思いますか?」

 

 だから僕に話を振らないでください、冬木先生。……出力を大きくするためには、入力を大きくする? そもそも魔術における入力ってなんだ?

 

「……儀式の規模そのものを、大きくする?」

「それも正解の一つです。坂上君は魔術の基本法則をちゃんと理解出来ているようですね」

「……はあ、どうも」

「??? 出力結果って、さっきのでいくと風だったり光だったりってことですよね。ゲームで言う魔力みたいなのを鍛えるんじゃないんですか?」

 

 大西さんの頓珍漢な解答に、冬木先生は苦笑した。僕も、まさか現実にゲームのパラメータを持ちだすとは思わなかった。

 

「魔術を漠然としか知らなかったり、あるいは触れて間もないような人だと、そのように考える人はいるみたいですね。大西さんの疑問に答えますと、魔術は感応に見られるような「個人的な力」には一切依存しません」

「それってつまり、同じ魔術だったら誰がやっても結果は一緒ってことですか?」

「理論上はそういうことになります。あくまで魔術的法則性によってのみ支配されるのが、魔術という「非科学技術」なのです。もっとも、儀式の理解には個人差があるから、全く同じというわけにはいきませんが」

 

 彼女の勘違いは、魔術と感応の違いを正確に理解していなかったが故のものだろう。感応には能力自体に個人差があるし、鍛えることで力は伸びる。それと同じように考えてしまったということだ。

 魔術は誰でも扱えるもののくせに、感応ほど身近ではない。だから魔術をよく知らない人が感応と同じように考えてしまうのは、それほど珍しいことでもないという。

 ……先生も、ゲームでたとえられるとは思わなかったみたいだけど。僕はゲームをやらないから、大西さんのたとえ方は逆に分からなかった。

 

「少々脱線しましたが、話を戻しましょう。坂上君の解答は、確かに正しい。儀式というインプットを大きくすれば、出力結果も当然大きくなります。しかし、合理的とは言えない」

「……ギブアップ。どうすればいいんですか」

「簡単なことです。儀式を効率化する。結果を増幅する儀式を組み込む。これらは科学技術でも行われていることです。魔術だからと言って、技術の基本から外れることはないのですよ」

 

 そしてこれらを追及することこそが、魔術部の活動なのだそうだ。……思ってたより、ずっと高度なことをやってるな。大西さんなんか理解がおっつかなくてはてなマークを浮かべまくっている。

 冬木先生はまた一つ苦笑をし、いつの間にか物理学実習室の前に着いていた。

 

「百聞は一見に如かずと言います。今日の見学で、二人が少しでも魔術の一端を感じてもらえたなら、魔術部の顧問として嬉しいですよ。それでは……ようこそ、魔術部へ」

 

 芝居がかった仕草で一礼をし、先生は物理学実習室――否、魔術部の部室への扉を開いた。

 

 

 

 魔術部は、文化部としては所属している生徒数が図抜けており、100人を超える。それが理由となってこの学校で一番大きい理科教室の物理学実習室を使っているんだけど、それでも全員は収まり切らないそうだ。

 だから全体を二組に分けておよそ50人ずつ、日替わり交互で部室を使う。部室を使えない半分は、その日は文献調査など実技以外の活動を行うことになっている。

 50人超。それだけの視線が、教壇に並んで立つ僕と大西さんに注がれている。……居心地が悪いことこの上ない。出来ることなら、今すぐこの場を立ち去りたいと思った。

 

「本日の活動の前にご紹介します。一年一組の坂上透君と大西明音さんです。二人はまだ特定のクラブに所属しておらず、魔術部の活動に興味があるということで見学にいらした次第です」

 

 興味があるのは大西さんだけです。心の中でそう付け足す。声には出さないし表情にも出さないんだけど。大西さんを魔術部に預けるのに、反感を買ってはまずい。

 さすがは魔術部=頭脳派の集まりであり、彼らも大きな反応は返さない。唯一はっきりと反応したのは、紹介された照れから緩い笑みを浮かべる大西さん当人のみ。

 

「とはいえ、皆さんに特別なことを求めるわけではありません。普段通りに活動し、魔術がどんなものか、その奥深さを二人に見せてくださればよろしい。決して、「いいところを見せよう」などとは思わないように」

『はい!』

 

 よく躾けられている、というのは表現が不適切かもしれないけど、そんな印象を受ける。統率がとれていると言うべきか。「魔術は技術である」ということを考えれば、当然なのかな。

 技術ということは、理路整然と手順を踏む必要がある。複数人で行う儀式ともなれば、各員の足並みを揃える必要だってあるだろう。スタンドプレーが許される環境ではない。

 ……ますます僕には適さない環境だ。僕は、協調性なんて持ってないんだから。下手に波風を立てないように、ひっそりと生きるようにしているに過ぎない。

 僕の内心での反発を他所に、冬木先生は皆に活動開始の号令を出す。部員たちはよどみない動きで、班ごとの研究活動に取り掛かり始めた。

 

「それでは私達は各班の活動を見て回りましょう。都度解説を入れますが、分からないところがあったら遠慮なく質問してください」

「分かりました」

 

 大西さんは言葉ではっきり答えたけど、僕は曖昧な感じで頷くことしか出来なかった。

 

 最初の班は一年生のグループ。10人ほどの班で、僕の知る顔は一つもない。一組に魔術部所属の生徒はいないのだから、当然か。

 彼ら彼女らは、魔術の教本とにらめっこをしながらステッキを片手にアルコールランプと対決していた。

 

「ここは魔術未経験者のグループです。今は魔術の基礎を理解するために、初歩の魔術を体得しているところです。具体的には、限定空間に熱エネルギーを発生させる魔術です」

 

 先生によれば、これは風を起こす魔術よりも簡単なものだと言う。僕にも何となく分かった。指向性のないエネルギーを発生させるだけの魔術なんだ。

 アルコールランプは、一定量のエネルギーを生み出せたことを確認するためのもの。空間に十分なエネルギーがたまれば、勝手に熱エネルギーになって発火してくれる。

 一人の女生徒の前のアルコールランプに火が点き、青い炎を揺らめかせる。それを皮切りに、他の生徒も次々とアルコールの火を灯らせた。

 大西さんが「おー」と感嘆の声を上げて拍手する。賞賛の声を浴び、彼らは照れたような表情を見せた。

 

「皆さん、だいぶ早くなりましたね。目標は10秒以内に着火すること。それが出来るようになったら、実践魔術の実習ですよ。頑張ってください」

『はい!』

 

 ここについては大西さんは質問がなかったらしく、全員もう一度滞りなく着火したのを見届けてから次の場所へと移動する。

 ……魔術についてではないけど、彼らが入学してから一ヶ月経つのに、いまだに初歩をやっていることに疑問があった。

 

「……あの、彼らは……」

「坂上君のお察しの通りです。大西さんと同じ、久我山君の入部拒否の被害者ですよ。フォローのかいあって入部していただけましたが、出遅れてしまうことまではどうしようもありません」

 

 冬木先生は苦笑する。……彼らは、どういう気持ちで入部したんだろう。久我山先輩のことを許したんだろうか。失った分の時間を、割り切ることが出来たんだろうか。

 ……僕は、そんなことが出来るかな。分かるわけがない。だって僕は、そうなるよりもずっと前に人との関わりを絶とうとしてしまうから。

 

「「魔術は難しい」とよく言われますが、ちゃんとした指導者の下で体系的に学べば、初歩を覚えるのにひと月もかかりません。だから私は指導者として、彼らがちゃんと追いつけるように指導したいと思っていますよ」

「……あたし、魔術師を誤解してたかもしれません。キザメガネ先輩みたいなのが普通なんだと思ってました。けど、皆あたしと同じなんですね」

「ふふ。声の大きい人はどうしても目立ってしまうものですからね。あと大西さん、「魔術師」じゃなくて「魔術技師」です。またゲームの引用ですか?」

「あははー……」

 

 言葉の誤用を突っ込まれて頭をかく大西さん。冬木先生に対する偏見は取れたみたいだ。問題はやっぱり、例の久我山先輩だろうな。今もキザメガネって言ってたし。

 多分、今日は久我山先輩が出席する日じゃないんだろう。先生ならそのぐらいの気は利かせそうだし、大西さんの表情も柔らかい。……一体どんな人なんだろう。怖いもの見たさなのか、少し気になった。

 

 次の場所は、またしても一年生のグループ。今度はるつぼの中に黒い何かを入れており、ステッキも構えるだけではなくリズミカルに動いている。

 

「こちらでは実践魔術の一つ「変性魔術」の実習を行っています。るつぼに入っている黒いのは酸化銅で、これを酸素と銅に還元するのが目標です」

 

 一気に難易度が跳ね上がった気がする。これってつまり、いわゆる「錬金術」のことだよね。

 ――魔術は儀式を行う関係上、実行にはどうしても「人」が必要になる。これは、産業という観点から見ると「機械化できない」という弱点となる。

 だから実社会の中で魔術が使われることっていうのはほとんどないらしいけど、例外もある。その一つが錬金術、物質の変化を司る魔術を用いた製造産業だ。

 非金属を金属へ、卑金属を貴金属へ……とはいかないものの、金属の精錬や化学物質の精製などに有用であることは間違いない。科学技術ではまだ確立されていない合金や薬の製造なんかにも使われているらしい。

 そういった実用に比べれば、単純な物質の操作ではあるだろう。だけどさっきの「熱を発生させる」という魔術に比べたらはるかに高度なことをやっている。

 

「……これでもまだ、初歩なんですか」

「その通りです。坂上君には早くも魔術の奥深さを感じていただけたようですね」

「え? え? つまり、どういうことですか?」

 

 やっぱり大西さんは分かってなかった。……何となく分かってたけど、大西さんっておつむはかなり残念な人なんだね。彼女が魔術を理解出来る日は来るんだろうか。

 それでも冬木先生は、根気よく教えてくれる。雰囲気は胡散臭いし笑顔は威圧感があるけど、やっぱりこの人も教師なんだと感じた。

 

「中学の化学で、酸化銅と炭を一緒に加熱して銅にするという実験がありませんでしたか? ここではそれを魔術を用いて行っているんですよ」

「……えーっと、坂上君?」

「……化学反応だと酸化銅と炭素から銅と二酸化炭素を発生させなければいけない。魔術だと酸化銅単体で酸素と銅に分離できる。魔術すごい」

「なるほど!」

 

 僕に助けを求めないで自力で理解してほしい。僕だって魔術に詳しいわけじゃないんだから。

 実習をしている生徒達から小さな笑いが漏れる。一部は失笑に近い。まあ……しょうがないか。

 一番近い生徒のるつぼの中身が、黒から徐々に銅の赤に変化していく。それを大西さんはまじまじと見つめ、言った。

 

「えっと、けど、その……こう言うとアレだけど、結構地味ですね」

 

 ぶっちゃけた感想のせいで、見られていた男子生徒から力が抜けた。集中が途切れたことで反応も止まってしまったようだ。赤の浸食が停滞する。

 それを見て冬木先生は咳払いを一つ。

 

「今は途中で止めても問題ない魔術ですが、それが命に関わることもあります。気を付けてくださいね、五十嵐君」

「は、はい。すいません」

 

 変性魔術一つとっても、たとえば中間生成物として有毒ガスが発生するような魔術だったら、途中で止めれば命に関わるだろう。そういう危険は、魔術に限らず魔法には付き物なんだろうな。

 ……感応だって、使い方を誤れば人を傷つけてしまう。魔法は、そういうものなんだ。ポケットの中に手を入れ、耐えるように拳を握りしめた。

 

「それでは次は、もう少し見た目の派手な魔術を見ることにしましょう。こちらです、着いて来てください」

「あ、はい。その、ごめんね、いがらし君? 変なこと言っちゃって」

「ああ、いえ。お気になさらず」

 

 大西さんは、やっぱりいい子だった。魔術部に所属したら、おつむの弱さで浮いてしまうかもしれないけど、性格の良さでカバーできそうだな。そんな風に思った。

 

 

 

 それは前二つの魔術と比べずとも、明らかに本格的な儀式の準備であることが分かった。

 床に敷かれた紙に、発光する塗料で描かれた特徴的な紋様。"魔法陣"というやつだ。呪文と並んで、一般人が魔術と言われて想像するものの一つだろう。

 その上に木材でやぐらを組み、大きな鉄の皿を空中にぶら下げている。皿の上には拳大の石が何個か積まれていた。

 装置の周りを取り囲む三人は、体をすっぽりと覆うマントを被っている。恐らく、これから行う魔術から身を守るための装備だ。

 さらにその周りで五人が輪になって、計八人はステッキではなく古めかしい杖を持っていた。学年色から判断して、彼らは二年生と三年生だ。

 

「わ、なんかすごい……」

「本格的な魔術という雰囲気がするでしょう? 実際に、これは産業の現場でも使われることのある魔術です。先ほどと同じ変性魔術ではありますが……まあ、見ていてください」

 

 先生は、代表と思われる中央の三人の紅一点に指示を出す。彼女は頷き、杖を高く掲げた。それを合図に他全員も一斉に動く。儀式担当兼指揮者ということらしい。

 

「障壁、展開!」

「了解! Force、Energy、Cut、Wall!」

「Wall、Amplify、Cut!」

「Wall、Amplify、Strength!」

 

 最初に中央三人を覆うように、ドーム状の半透明バリアが出現する。順次行使された魔術によって、バリアの色が濃くなる。

 呪文の大半は分からなかったけど、分かった部分だけを切りだすと「力とエネルギーを遮断する壁」「遮断力強化」「強度強化」ということだろうか。

 展開された"障壁"の中で、メインの三人が動き出す。鉄皿の上で三つの杖が交差する。

 

「Heat、Heat、Melt!」

「Release、Vary、Purify!」

 

 それぞれの杖がそれぞれの軌道を描き、空中に紋様を描く。床の塗料が反応し、一層輝きを強くする。

 徐々に変化が現れる。鉄の皿に乗っている石が赤熱し始め、だんだんと形を崩す。あまりの高熱に溶け出したのだ。防護壁が必要になるわけだ。

 儀式は続く。マントから覗く先輩方の顔は汗だくで、しかし途中で止めるわけにはいかない。これだけのエネルギーが集まっているのだから、突然の停止は命に関わる事故を起こしかねない。

 溶けた岩石は、とうとう鉄の皿いっぱいとなった。中に含まれる不純物を排出するかのように、ボコボコと泡立っている。

 その状態になると、メインの三人は一旦動きを止める。泡を吐き出す灼熱の液体をじっと見守り、タイミングを計っているようだった。

 やがてリーダーの先輩が杖を目の前にかざし、他二人も同じようにする。この激しい儀式の終わりを予感させた。

 

『Crystalize!』

 

 最後の呪文の一節とともに、ジュッ!という音を立てて一瞬にして赤熱が止まる。鉄の皿の上には、一握りほどの透明な結晶が出来上がっていた。

 次いで"障壁"の魔術が解かれ、儀式は終了。僕は……僕も大西さんも、言葉も発することも忘れて見入っていた。

 僕達が呆けている間にも八人の魔術技師は作業を続ける。黒いゴム手袋を着けたリーダーが生成物を手に取り、光を透かしたりして出来を確認した。

 

「先生、確認をお願いします」

「分かりました。……Analize、Fast……、上出来ですね。純度99.5%以上、十分以上に合格ライン突破です」

 

 顧問のお墨付きを得て、ようやくグループリーダーの女性は表情を弛緩させた。当たり前だけど、相当気を張る儀式だったんだろうな。

 

「……それ、石英ですか?」

「ええ。その辺に転がっている石から石英の結晶を精製する変性魔術です。実は高校魔術大会では競技種目にもなっているぐらいメジャーな儀式なんですよ」

 

 全然知らなかった。魔術技師を志している人なら知ってるのかもしれないけど、僕はそもそも魔術大会の存在すら知らなかった。

 石から石英を生み出す。言葉にすれば簡単だけど、それがどれほど難しいのかは先輩方が見せた通りだ。そもそも「石」と一口に言っても種類はさまざまだ。組成を調べるところから魔術は始まっているはずだ。

 これが「魔術技師」なんだ。……初めからそんな気はなかったけど、僕じゃとてもついていけそうにない。

 

「秋山さん……この班のリーダーの彼女ですが、高校から魔術を始めたんですよ。彼女だけではありません。この班にいる全員がそうです」

「……そうなんですか?」

「それも、落ちこぼれだったわ。アルコールランプを点けるのに二ヶ月もかかっちゃった。それが悔しくて、必死に魔術を勉強して、三年になってようやくグループを任せてもらえるようになったの」

 

 マントのフードを取りながら、秋山先輩はそう言った。見るからに賢そうだけど、それでいて優しそうな女性だった。

 ……どれだけの努力を積み重ねたんだろう。皆に後れを取り、諦めずに皆を追い抜き、皆を率いるようになるまでにどれだけの苦労をしたのだろう。これだけの儀式を習得するのに、どれだけの研鑽を積んだのだろう。

 多分、先生と先輩は僕と大西さんを励ますつもりで言ったのだろう。大西さんもまた、彼女自身が望んだ「派手な魔術」に気圧されていた。

 だけど僕は、少なくとも僕は、先輩との間に余計に差を感じた。僕には……そんな気概を持って打ち込めるものすらない。

 

「誰でも努力次第で習熟出来ることが、魔術が他の魔法に最も勝っている点です。何も気負う必要はないのですよ、坂上君。大西さんもです」

 

 大西さんはちょっとの間俯いていた。だけどすぐに前を向き、はっきり言った。

 

「あたし、決めました。魔術部には入りません。あたしじゃ入れません」

 

 「せっかく見学させてもらったのに、ごめんなさい」と、彼女は頭を下げた。

 彼女の決意を聞き、秋山先輩は少し悲しそうな表情になった。

 

「あなた、久我山君が入部拒否した子の一人なのよね。あいつの言うことは気にしないでいいのよ。誰に対してもああなんだから」

「……だけど、キザメガネ先輩があたしに言ったことは正しいです。あたしは、やっぱりバカなんですよ。それは自分でも認めてます」

「そうやって自分を卑下するものじゃないわ。そんなの、努力次第でいくらでも覆せる」

「先輩は、凄く努力したんだと思います。だから先輩は凄いって、素直にそう思います。でもあたしに同じことが出来るかって、おんなじ以上に勉強出来るかって言われたら……自信、全然ないです」

 

 先輩としては、意志を持って魔術部の門を叩いた大西さんの気持ちを挫きたくはなかったようだ。だけど彼女も、僕と同じことを理解してしまったんだ。

 彼らは魔術技師を目指す「魔術を学ぶべき人達」で、僕達はそうじゃない。大西さんは「新しい魔法」のための手段としてしか考えておらず、僕に至っては大西さんの付き添いでしかない。

 決定的なまでに、致命的なまでに、方向性も熱意も違うのだ。どんなに言葉を尽くしたところで、この場で僕達が宗旨替えしない限り覆らない事実だ。

 なおも繋ぎとめようとする秋山先輩の肩に、冬木先生が手で触れ止める。彼女は悔しそうな表情で引き下がった。

 

「坂上君は、如何しますか。君も大西さんが作ろうとしている同好会のメンバーだそうですが」

「……それは大西さんが勝手に言ってることです。けど……僕も、やっぱり魔術はいいです。僕には……僕にも、出来そうにない」

「そうですか。残念です。坂上君は、きっと優秀な魔術技師になれると思ったんですが……本人の意思がないのに、強制することは出来ません」

 

 先生が僕のことを買ってくれること自体は、素直に嬉しいと思う。だけど、僕が魔術だなんて……タチの悪い冗談だよ。

 

 "壊す"ことしか出来ない僕が、"作る"ことの出来る魔術を学ぶだなんて。ほんと、タチが悪いよ。

 

 

 

 

 

 僕達の魔術部見学はそこで止め、物理学実習室を後にした。去り際に先生は、「気が変わったらいつでもいらしてください。魔術部の門は誰にでも開かれています」と言ってくれた。

 僕は……僕と大西さんは、すぐに下校せずに屋上に上がった。本当は帰りたかったけど、彼女に引っ張って連れてこられた。

 時刻は5時を過ぎている。既に日は傾き、夕焼けの赤が空を彩っていた。

 

「……帰りたいんだけど」

「ごめん、もうちょっとだけ付き合って」

 

 大西さんは屋上に着くなり、フェンスの向こうを眺めた。校庭では運動部が活動にいそしんでいる。彼女はフェンスの網を掴みながら、運動部を眺めていた。

 僕が彼女に付き合う義理はない。僕と彼女は同じクラスというだけで、それ以外の繋がりはない。同好会にしたって彼女が言っているだけの話で、僕は一度たりとも承諾していない。

 ……いや、そもそも今の彼女に同好会をやる意志があるのかも疑問だ。「本物の魔術」を見せられ、自分では到達し得ない(と彼女は思っているだろう)深淵に触れ、果たして意志は残っているだろうか。

 諦めてくれるなら、今後僕が振り回されることはない。そうなれば万々歳だ。……そのはずなんだ。

 だけど今の彼女は、見ていて不安になってくる。解放されることを素直に喜べない。だから僕は、彼女の言葉を待っている。

 

「……あたしさ。中学の間、陸上部だったの」

 

 どれだけ待ったか分からないけど、まだ日は沈んでいない。ようやく大西さんは話し始めた。

 その可能性は考えていたことだ。羽山先生の「陸上部」という言葉に大きな反応を見せていた。何らかの理由で陸上を辞めざるを得ず、それがしこりとなっているというのは、難しい推理じゃない。

 

「よくある話よ。あるところにとっても足の速い女の子がおりました。彼女は陸上部で活躍し、三年の大会で優勝を期待されていました。だけど彼女は、期待に応えることが出来ませんでした」

「……それで陸上が嫌になっちゃったの?」

「あはは、違う違う。そもそもあたしって、陸上が好きってわけじゃなかったのよ。ただ活躍できるから陸上を続けてただけ。そう、気付いちゃったんだ」

 

 そう言って彼女は、スカートの裾を少しだけめくる。右足の膝が露になり、そこには傷痕のようなものがあった。優勝できなかったのは、怪我が原因だったみたいだ。

 

「そこまで大した怪我じゃなかったから、今はもう治療も終わって本気で走れるよ。だけどあたしは、陸上部には戻れない。だって、別に陸上好きじゃないんだもん」

「……得意だからってだけでやってる人も、いると思うけど」

「そりゃそうね。だけど、あたしは無理。陸上やってる間は「あたしは走るのが好きなんだ」って思い込んでたけど、怪我で離れて気付いちゃったらもう無理。記録関係なしに走り回ってる方が、よっぽど性に合ってるわ」

 

 大西さんの自己分析は多分、正しくて正しくない。「陸上が好きというわけじゃない」というのは正しいかもしれないけど、「走るのが好き」というのは決して思い込みじゃないはずだ。

 ただ、陸上は競技だ。競技である以上順位が発生し、走ることだけに専念できない。「勝利する」という目的が発生する。彼女が煩わしく感じたのは、多分こっちの方。

 それが、怪我による自暴自棄と合わさって「陸上部の活動そのものが好きじゃない」という認識になってしまったんだと思う。……ただの推測だから、確証はないけど。

 

「……気にし過ぎだよ」

「かもね。だけど、今も陸上部を見てて思っちゃうんだ。「あたしはなんて不誠実だったんだろう」って」

 

 彼女は、真面目なんだ。確かに頭はよろしくないかもしれない、だけどそれは真面目さとは関係がない。真面目だから……気になってしまったことから、目を逸らすことが出来ない。

 

「魔術部見学も一緒だよ。先輩達の魔術、ほんと凄かった。感動するぐらい凄かったのに……あたしは思っちゃったんだよ。「あたしがやりたいのは、こういうことじゃない」って。成長なしだよね」

 

 「あはは」と力なく笑う大西さん。……彼女が魔法に、感応や魔術に漠然とした憧れを持っていることは、感じていた。「幻想魔法」なんていう都合のいい魔法を考えている時点で、それは明白だ。

 魔術は、紛れもない技術だ。技術である以上、そこには何らかの目的がある。魔術を使うことそのものではなく、使った結果に意義があるはずだ。

 これに対し大西さんは、魔法を使うことが目的となっている。あるいは、使えるようになることというべきか。行動の選択肢を増やすこと自体が目的だ。

 だから魔術部の活動との間に齟齬が発生し、気付いてしまった大西さんは目を逸らすことが出来ない。彼女は、真面目だから。

 

「……同好会は、どうするの」

「同好会かー……。どうしようね。あたしがどれだけおバカなこと考えてたかって、思い知らされちゃったし。やめちゃおっか」

 

 大西さんは軽い調子でそう言った。やめてくれるなら、予定とは違う形だけど、僕の目的は達成される。またゆっくりと幽霊部員候補先を探すことが出来る。

 僕にとってのメリットがあることなんだ。そのはずなのに……やっぱり納得が出来ない。彼女の口から、「やめる」なんて言葉を聞きたくなかった。

 向こうを見ていた大西さんは、「なんてね」と言いながらこちらを振り向いた。

 

「やめないわよ。それは間違いなく「あたしがやりたいこと」なんだから。魔術部に対して不誠実なことは出来ないけど、あたしがあたしのために作る同好会で好き勝手やるのは、問題ないでしょ?」

「……巻き込まれる側からしたら、問題しかないけどね」

「巻き込まれてくれる?」

「……だから嫌だって言ってるだろ。大西さんのやりたいことに、僕は興味ない」

 

 結局、振り出しに戻ってしまっただけのようだ。もう魔術部に期待することは出来ない。大人しく彼女に従うか、彼女のやる気が尽きるまで逃げるかの二択となってしまった。

 だけど、少しだけ気持ちが軽くなった。彼女が打ちのめされたわけではなかったことが、少しだけど嬉しかった。こっちの方が、大西さんらしいから。

 

「あ、坂上君、今ちょっと笑わなかった?」

「……笑ってないよ。呆れたんだよ、また追い掛け回されることになるのかって」

「何それー! 坂上君、ひっどーい!」

 

 ひどいと言いながらも笑う大西さん。それを見ていると、やっぱり心が軽くなるのを感じた。

 

 彼女の言いたいことは言ったようなので、これ以上僕がここにいる理由はない。僕も、十分目的を果たした。

 帰ろうとし……大西さんから呼び止められる。

 

「坂上君は、どうして魔術部を断ったの? あたしと違って、ちゃんと活動を理解出来てたよね」

「……買いかぶりだよ。僕だってほとんど分かってない。それに、興味もない」

「その割には冬木先生の質問に真面目に答えたり、魔術の内容を考えたりしてたよね。全く興味がなかったとは思えないよ」

 

 いらないところをよく見てる。確かに、全く興味をそそられなかったと言ったら嘘になる。色々と考えさせられて、感心させられることも多かった。

 だけど、そこまでだ。僕の考えを変えさせるには至っていない。僕はやっぱり、人と関わりたくなかった。本当なら、今こうして話している大西さんとも。

 

「そういえば、文芸部はどうなったの? 魔術部を見学したってことは、文芸部はダメだったんだよね。っていうか、坂上君は運動部の方がいいと思うんだけど。あたしとガチで競走出来たんだから、体力はあるはずだし」

「……いっぺんに聞かれても答えられないよ」

 

 彼女の中では相変わらず僕が同志のようだ。のみならず、内心の吐露を聞いてしまったことで距離感が狭まっている。

 これは、非常にまずい傾向だ。このままだと今後も話しかけられるようになってしまう。僕はそんなことを望んでいない。大西さんには僕のことをさっさと切り捨ててほしいと思っている。

 ……いっそ、話してしまうか。僕が人と関わりたくない理由を。いくら彼女でも、それを聞けば考えを改めてくれるだろう。

 もちろん、僕だって教えたくないことだ。知られたくない。傷つきたくない。出来ることなら、中学時代と同じように隠し通したい。知られるぐらいだったら、ただの根暗野郎でいい。

 だけどこの子は、踏みとどまってくれない。僕の何に興味を持ったのか、ぐいぐい踏み込んでくる。口先だけの理由では止まってくれなさそうだ。

 言ってしまって、本当にいいのか? 教えてしまえば、もう後戻りは出来ない。もし彼女が人に広めれば、僕はこの学校にいられなくなる。また家族を巻き込んでしまう。

 

「坂上君?」

 

 僕が急に黙り込んだことで、大西さんは心配そうに顔を覗きこんできた。既に薄暗くなってきていたが、近付かれれば活発な美貌が視界に映る。直視できずに目を逸らした。

 言うべきか、言わざるべきか。僕は二つの考えの板挟みとなって、身動きが取れなかった。

 

 

 

 それが、まずかった。

 

「ッ!? 坂上君、危ない!」

「えっ、ッァ……!?」

 

 突然、後頭部に強烈な衝撃を受けた。気が付くと僕は大西さんの腕に抱きとめられて、彼女にもたれかかっていた。……何が、起きた?

 

「ちょっとあんた、影山! いきなり何すんのよ!」

「かげ、やま……?」

 

 同じ一組の、アウトロー気取りな生徒の名前。どうやら彼が僕の後頭部を殴ったようだ。意識が飛んだのは一瞬だったから、鈍器の類は使っていないだろう。

 僕の背後から、品のない笑い声が二つ。影山と、黒木。二人がいるなら尾崎もいるんだろうな。

 

「そうカッカしないでくれヨー、大西チャン。この根暗野郎が大西チャンのこと困らせてたみたいだから、助けてあげたのサ」

「はあ!? あんた何処見てたのよ! あたし達は普通に話をしてたでしょーが!」

「まーまー。大西さんは気にしないで。……おい根暗野郎、俺らの忠告聞いてなかったのかよ、ぁあ゛!?」

 

 いつ現れたのか、全く分からなかった。薄暗かったのと、考え事に集中していたのがまずかった。あるいは、彼らの存在そのものを意識せずにいたのが悪かったのかもしれない。

 ……脳を揺さぶられたせいで気持ち悪い。目の前がグルグル回っている。思考がまとまらない。記憶も上手くつながらなかった。

 大西さんが僕を抱く腕に力がこもる。だけどそれは、すぐに乱暴に引き剥がされた。影山が僕の髪を掴み、無理矢理引っ張ったのだ。

 

「本当はサー、俺らも穏便に済ませたかったのヨ。けど、口で言っても聞かねえってんなら、体で分からせるしかねーよなァ!」

「ッ……!」

「坂上君っ! ちょ、離しなさいよデカブツ!」

「……(ふるふる)」

 

 彼女を視界に収められないためによく分からないが、どうやら尾崎に抑えられているらしい。僕は影山に胸倉をつかまれ、顔を殴られた。痛みを感じることは出来ず、衝撃と、しばらくしてから熱が広がる。

 ボディに一撃。こちらは黒木。体幹は鍛えているからそれほどダメージはない。それでも痛みはある。

 

「てめえはっ、今まで通り、教室の隅っこで、無視されてりゃよかったんだよッ! どうせ誰も気にしてねえんだからよォ!」

 

 ボディを連打してくる黒木。影山に掴まれた胸倉を引っ張られ、また顔を殴られる。執拗に殴られる。

 だんだんと痛みを感じられるようになり、心の中にどす黒い何かが湧きだす。今まで抑え込んできたものの全てが、溢れ出すように。

 ダメだ。それを表に出しちゃいけない。そうしないために、今まで耐えて来たんだ。こんなところで爆発させるな。

 必死で自分に言い聞かせ、なおも続く暴力に耐える。一発を喰らうたびに、黒い感情は加速度的に大きさを増していった。

 

「やめなさいよ、影山、黒木! 坂上君が何をしたのよ! あんた達に、何したっていうのよォ!」

 

 目の前で繰り広げられる暴力に、大西さんが涙声で抗議を上げる。それが気に食わないとばかりに、二人の男からの暴力は激しさを増す。

 

「こいつがムカつくのがいけないのサ! 態度、口調、うぜえ見た目! 忠告してやったのに聞き流したのも気に食わねェ! だから、どっちが上か躾けてやってんのサ!」

「大西さんから優しくしてもらって、当たり前みたいな顔してるのも気に入らねえ! 最底辺野郎の癖してよォオー!」

 

 何を言っているのか分からないけど、こいつらが利己的な理由で僕を殴っていることだけは分かった。それぐらいは、彼らの拳から、掴まれた胸倉から、痛みから伝わってくる。

 だから……腹が立つというなら、それは僕の方だ。結局彼らは、ストレス発散が出来るなら相手は誰でもいいんだ。それがたまたま僕だったというだけの話で。だから、非常に腹が立つ。

 僕は我慢しているのに。"壊さない"ように必死で自制しているというのに。なんでこいつらは、こんなに平然と"壊そう"とすることが出来るのだろう。

 

「やめてよ……お願いだからぁ! 坂上くんを、離してぇ!」

 

 大西さんの抗議は、もはや懇願となっていた。あの明るくて優しい女の子が泣いている。誰のせいで? 僕に暴力を加えている男二人のせい? それとも、僕のせい?

 ああ、きっと僕のせいだ。彼女はもう僕の名前しか呼んでいない。だから僕の存在が、彼女の涙の理由なんだ。僕が、全く抵抗しないから。

 ――そう考えてしまった瞬間、僕の頭の中で歯車がかみ合う。かみ合ってしまった。

 

 

 

 だったら、抑える必要なんかないじゃないか。

 

 

 

「ォヴッ!?」

 

 奇妙なうめき声をあげ、影山が吹っ飛ぶ。いや、吹っ飛ばされる。僕の体は解放され……既に足腰に力が入らなくなっていたので、"ソレ"に身を預けることにした。

 薄暗い視界の中、はるか下方にいる黒木が唖然として僕を見上げている。驚愕と、恐怖の表情で。

 

「……、なん、だ、そりゃ……」

「さかがみ、くん……?」

「……やはり、か」

 

 大西さんの呆然とした声と、尾崎の苦渋に満ちた声。……何気に尾崎の声は初めて聞いた。こんな状況だというのに、何処か呑気に思考する。

 僕は……力を抑えなくていい解放感と、「これでまた終わってしまったんだな」という思いで、涙を流した。

 

「悲しいなぁ……」

「っ、ああああああ! なめてんじゃねえぞ、この化け物野郎がアアア!」

 

 黒木が怒りか恐怖かで叫び声を上げる。それとともに彼の周囲の空間が歪み、放電を始める。電気の感応使いだったようだ。

 一筋の紫電がこちらに向けて飛んでくる。僕はそれに注意することもせず、"ソレ"を軽く振るうことで消し飛ばした。

 黒木は渾身の一撃が防がれるどころか虫のように払われたことで放心した。彼には何の感慨も抱かず、僕は三度"ソレ"を振るい、黒木の体を跳ね飛ばした。

 

「カペッ……!?」

 

 彼は影山と同じように、"ソレ"……僕の出した"半透明の巨大な触手"に弾かれ、屋上のフェンスに叩きつけられた。二人とも気を失ったようで、それっきり彼らが動くことはなかった。

 影山と黒木に対する興味は失せ、今度は大西さんと尾崎の方を見る。

 尾崎は既に大西さんを解放していた。そして大西さんはその場にへたり込み、何が起きているのか分からないという様子で僕を見上げていた。

 

「……君は、他の二人みたいにやらないの?」

「……(ふるふる)」

 

 さっきはしゃべったのに、今はもうしゃべらずに首を横に振るだけ。いい加減暗くなってきたから、声を出してくれると嬉しいんだけど。

 僕は自分の体を持ち上げていた触手を操作し、屋上に降りた。ガクンと膝が折れ、その場に倒れた。

 

「っ、坂上くん!」

 

 それで大西さんは我に返り、慌てた様子で僕に駆け寄る。ちょっと、殴られ過ぎたみたいだ。

 

「酷い怪我……! 今保健室に連れて行くから!」

「大西さん……僕のことより、あの二人を……」

「こいつらは気絶しているだけだ。人のことより、今は自分の身を案じろ」

 

 いつの間にか尾崎は仲間の二人を回収し、肩から担いでいた。結局、彼が僕にとって敵なのか味方なのか、さっぱり分からない。

 ……どっちでもいいや。僕の力を……"触手"の感応を見せた以上、もうこの学校にはいられないんだから。

 そう思ったところで限界が来て、僕は意識を手放した。




今回の語録
「悲しいなぁ……(諸行無常)」



・人物紹介

影山宏樹(かげやまひろき)
三人組のリーダー格。髪を金に染めている。一年一組所属。部活は社会科研究部で、意外と真面目に活動している。魔法は感応だが、ちょっとした念動力を使える程度。
黒木とは中学から、尾崎とは高校からの仲。人を平気で殴れる程度には不良。とはいえ、そこまで不良というわけではない(法令に触れることを進んでするわけではない)
不良というよりは手のかかる乱暴者というイメージであり、一応は彼なりの正義感に則って行動している。

黒木秀一(くろきひでかず)
三人組の小担当。一年一組所属。部活は社会科研究部で、一応は真面目に活動している。魔法は感応、電気を発生させることが可能で結構強力。
影山のことを「ひろき君」と呼び慕っており、彼からは「シュウ」と呼ばれる。影山が絶対だと思っている節がある。
透に対しては「弱いくせにいきがってる奴」という印象を持っていた。暴行に参加したのもそれが理由。彼らの身勝手な正義が、透の逆鱗に触れてしまったのである。




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