日常にひとさじの魔法を   作:センセンシャル!!
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五話 同好会結成

 一週間が経過した。五月も下旬に入り、気温と湿度がだんだん上昇している。もうすぐ蒸し暑い日本の夏がやってくる時期だ。

 感応使いの中には「低温化」という物体の温度を下げる魔法を使える人がいるのだが、彼らが重宝される時期……というわけにもいかない。

 実際に中学のときに低温化を使える人がいて、その能力を行使したことがあった。しかし彼らに出来るのは「温度を下げる」だけであって、「湿度を下げる」ことはできない。これに対し、日本の夏は高温多湿なのだ。

 結果、教室のあちこちで結露が発生し、酷い場合は教科書がビチャビチャに濡れて使い物にならなくなる人が出た。飽和水蒸気量という概念を知らない中学生ならではの失敗だ。

 そして人は改めて実感するのだ。冷房と除湿を同時にこなせるエアコンは偉大な発明であったと。

 ……そんな夏の風物詩は置いておいて、部活見学について。一週間、(何故か)大西さんを引き連れて色々なところを回った。文化部だけでなく、運動部も見た。

 とりあえず言えるのは、運動部だけはない。これから暑くなっていくにも関わらず、強烈な日差しの中で運動をしなければならないのだ。やっぱりマゾヒストじゃないか(大いなる偏見)

 僕は体を鍛える一貫で毎日ジョギングをしているけど、それは日が沈んでからの話だ。日が照ってる時間は、授業の復習と予習に当てている。日差しには慣れていない。

 では文化部はどうかというと、今のところ文芸部ほど興味をそそられた部活はない。影山達がいる社会科研究部も見てみたが、僕は歴史や地理などにそこまで興味を持てなかった。

 どちらかというと、活動内容よりも部員の格好に驚かされた。影山みたいに髪を染めていたり、改造制服を着ていたりと、割とやりたい放題だった。

 部長さん(こわもてのモヒカン頭だった)が言うことには「自由と規制の境界が何処にあるのかを知る」ということらしいんだけど……変な風習だ。人格は皆さん普通に穏やかだった(黒木除く)。

 当然のように女子部員はいない。大西さんでさえ僕を盾にして警戒してたし、しょうがないよね。……彼女の場合、影山と黒木に対する警戒もあったのかもしれない。黒木はともかく、影山は警戒する必要ないんだけど。

 さて、影山のグループの最後の一人である尾崎なんだけど、彼は社会科研究部ではなく料理部にいた。正直、部活見学で一番驚かされたのは彼だ。

 料理部はどうしても女子が多く、今年の男子部員は彼一人だという。そんな環境なので、身長180cm以上ある彼は非常に浮いて見えた。

 だが部員は皆彼に一目置いている。見学ではマドレーヌ作りを見せてもらったんだけど、一年の中では一番手際がよかった。

 寡黙ではあるけど、教え方も丁寧だ。ヘルプを求めた他の一年生部員に、生地作りの工程を見せながら、注意すべき点はしっかり伝える。彼が信頼されるのも納得だった。

 尾崎の意外な一面に驚かされ、何処か懐かしさも感じた。彼の持つ物静かな雰囲気の成せる業だろうか?

 それはともかくとして、僕は料理にそこまで興味がなかったので、入部は遠慮することにした。その際に尾崎が残念そうに肩を落としていたのが、ちょっとおかしかった。

 大西さんは……マドレーヌを食べるだけ食べて満足してた。部活見学に付き合っている体なんだから、もうちょっとちゃんと見学しようよ。

 

 朝、坂上家リビング。家族三人そろって朝食中だ。献立はご飯、味海苔、納豆、焼き魚に玉子焼き、それともやし炒め。

 お父さんから最近の学校について聞かれたので、部活見学の経過を伝えた。

 

「そうか。ちゃんと部活見学は出来ているんだな」

「うん。自分がやりたいかどうかで見てる。……どれもあんまり興味を惹かれないんだけどね」

「うーん、運動部は全滅かー。残念ね、透ちゃんの活躍を楽しみにしてたのに」

 

 頬に手を当てため息をつくお母さん。期待を裏切って悪いとは思うけど、僕がやりたくないんだからしょうがない。それにスポーツ未経験者がこのタイミングで入部して、活躍できるとは思えないし。

 だけど、それでもお母さんは嬉しそうだ。お父さんも、顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。

 

「俺としては、透がちゃんと前を向けただけで十分だよ。大西さんには感謝しないとな」

「いや、これ大西さんあんまり関係ないよ? きっかけは羽山先生の言葉だったし」

「けど、明音ちゃんが透ちゃんを同好会に誘ったから、そういうことになったんでしょ? それならやっぱり感謝しないと」

 

 うーん、どうなんだろう。影山達の行動の発端は、大西さんじゃなくて伊藤さんだし。確かに大西さんは僕の感応を受け入れてくれたけど、それを言ったら先生や影山も一緒だ。……尾崎もかな。

 ……友達だって言ってくれたのは、嬉しかったけど。そこは感謝してもいいのかな。

 

「今度はお休みの日に連れていらっしゃい。私も、明音ちゃんと色々お話したいもの」

「いやそれは……同級生の女子を男子の家に招くって、どうなんだろ」

「別に構うことはないだろう。彼女なんだろ?」

 

 違います。ニヤニヤ笑うお父さんの言葉に、胡乱な表情で返す。「照れることはない」と言われたけど、照れているわけでもない。純然たる事実として、大西さんとそんな関係ではないのだ。

 

「僕をからかうだけならともかく、それは大西さんに失礼だよ。彼女だって、そんな風に思われるのは不本意でしょ」

「そうかしら? 何とも思っていない相手に、肩を貸して家まで運ぶなんてこと、普通はしないんじゃないかしら」

「お母さんまで! 普通はそんなことしないかもしれないけど、大西さんならやるんだよ。深く考えないで行動する人なんだから」

 

 彼女の直情性というか、行動の考えなしっぷりはいい加減身に染みた。魔術部でも文芸部でも料理部でも、あるいは通常の授業中でもやらかすのだから。

 ……この間返ってきた中間テストの結果も赤点スレスレだったらしい。僕はちゃんと復習していたので、全科目90点以上だった。

 僕の反駁に、しかしお父さんは笑いながらお母さんの説を支持する。

 

「それでも、大西さんがお前のことを気にしていることは間違いないと思うぞ。この間バス停まで送ったとき、透が家で普段どうしているのかとか聞かれたからな」

「あら、脈ありじゃない。頑張って、透ちゃん。あなたならきっと明音ちゃんのハートを射止められるわ!」

「勝手なこと言わないでよ。ともかく、僕も大西さんもそんなつもりはありません」

 

 ピシャリと話を切り、「ごちそうさま」と言って席を立つ。まったく、息子を弄って遊ばないでもらいたいものだ。

 ……僕が大西さんと、か。ちょっと想像できないや。そもそも僕の方が、大西さんにそんな感情は持っていないんだから。

 いや、全くないとは言えないけど。そりゃ僕だって健康的な高校生男子だ。可愛い女の子と付き合えたらって思うところは少なからずある。

 だからと言って、それを大西さんに……僕のことを友達だと言ってくれた彼女に当てはめるなんて、失礼にも程がある。いくら彼女が無防備だったとしても、僕が欲望に身を任せることがあってはならない。

 それに僕にはやることがある。自分の感応に向き合って、完全な制御下に置くこと。それが出来るようになるまでは、色恋なんて言っている場合じゃない。

 

「お母さん、補助お願い」

「はいはい、分かりました」

 

 感応を発動させ、一本だけ"触手"を出す。半透明なそれを操作し、円の形に巻き付けて「お盆」を作る。お母さんが少し離れたところから念動力で食器を乗せてくれた。

 それを流しまで運ぶ。力を出し過ぎないように、慎重に。緊張で体に力が入り、呼吸も忘れるほど集中して、ようやくこの程度だ。

 "触手"が発現したことによって、普通の念動力は消えてしまった。元々あった念動力が変化したものなんだろう。感応が発動すると、否応なしにこの危険な"触手"が出現することになる。

 だから僕はまず、"触手"の力加減を覚えなければならない。突発的に感応が発動しても、人に怪我をさせず物も壊さないで済むように。そのための訓練がこれだ。

 非常な努力で力を抑え込みながら、ようやく「お盆」が流しに到達する。お母さんが念動力で食器を下ろしてから、僕は"触手"を消し、大きく息を吐き出した。

 

「はあーーー……お父さん、何分かかった?」

「1分20秒。最初のときよりだいぶ早くなったな。偉いぞ、透」

 

 くしゃくしゃと頭を撫でてくるお父さん。最初は3分もかかっていた。それに比べれば、確かに随分上達しただろう。

 だけど、まだまだ遅い。全力で集中してこれじゃ、制御出来てるなんて言えない。"触手"を見ないでもこのぐらいのことは出来なければ。

 先は長い。でも、一歩一歩確実に進めている。二つの感覚が、僕の中で釣り合いを取っていた。

 

「ありがとう、お父さん、お母さん。それじゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃい。今日こそ部活動決められるといいわね」

「俺もそろそろ出なくては。行ってらっしゃい、透」

 

 そうして今日もまた、昨日とは違う一日が始まる。

 

 

 

 

 

「坂上君、おはよ。同好会」

「おはよう、大西さん。まだ見学中でしょ」

 

 昨日と同じやり取りで学校生活が始まる。「所属する部活は自分で決める」と約束してから追い回されることはなくなったけど、サブリミナルのごとく「同好会」を連呼するようになった大西さんだった。

 確かに彼女の活動に協力するという選択肢を選ぶ可能性がゼロというわけではない。今のところ一番興味を持った文芸部も決定的というわけではなかった。誤差の範囲と言ってしまえる。

 だけどこう毎日言われると、さすがに嫌気が差してくるというか、変化がなくて息苦しさに似たものを感じる。閉塞感というほどではないんだけど。

 

「大西さんも、真面目に部活見学しなよ。僕が同好会に入らなかったら、大西さんもどこかの部には入らなきゃダメでしょ」

「あ、それは平気。そのときは坂上君と同じ部活に入るから」

 

 えー……。それはいくらなんでも適当過ぎじゃないかな。僕と大西さんの趣向は違うんだから、僕と同じことをやっても大西さんは楽しめないと思うんだけど。

 それとも、「僕と一緒なら何をやっても楽しい」とでも言う気なんだろうか。そんな、口説き文句みたいな……両親との会話を思い出し、思考を振り払う。

 

「それ、仮に僕が陸上部に入るって言ったら、大西さんも陸上部ってことだよ。それでいいの?」

「いーのいーの、坂上君専属のマネージャーやるから。選手やらないなら問題なし!」

「……陸上部はなしだな。皆から恨まれそう」

 

 大西さんを専属マネージャーにしたら、確実に男子生徒から妬まれる。現に黒木は毎日僕に恨みのこもった視線を向けて来ているのだ。そのたびに影山に叩かれてるけど。

 残念なおつむと遠慮のない言動で忘れがちだけど、大西さんはスタイル抜群の美少女なのだ。そんな彼女を、360°どこから見ても地味メンである僕が侍らす。周囲がどう思うかなんて、考えるまでもない。

 っていうか、専属マネージャーなんて出来るんだろうか? 運動部のマネージャーになったら、皆平等に接さなきゃいけないと思うんだけど。

 僕と大西さんが最近お決まりの会話をしていると、もう一人女生徒が会話に入ってくる。伊藤さんだ。

 

「おはようございます、坂上君。まだ部活は決まりませんか?」

「おはよう、伊藤さん。まだだね。あと三つほど見学するつもりの部が残ってるんだけど」

「手芸部と新聞部と……何処だっけ?」

 

 漫画研究部。前二つに比べて規模が小さいため、存在を忘れがちだ。僕自身ほとんど興味を惹かれないため、最後まで残ってしまった。

 ……それなら別に見学しなくてもいいかなとも思うけど、先生がくれたリストには載ってたし。見るぐらいはしておくべきだろう

 

「僕は漫画よりも小説の方が好きだな。全く読まないわけじゃないけど、特に少年誌はバトル展開が多くてどうにも馴染めないんだよね」

「ふうん? あたしは結構少年漫画も好きだけど。戦いの中で芽生える友情って、なんかいいじゃん」

「ふふっ。坂上君は、実際に影山君とそんなことをしたんですよね」

 

 そういうことになるのかな。あれは単にお互いの思惑がすれ違ってて、先生の手助けで正面から向き合えただけだから、戦いの中で芽生えた友情とはまた違うと思うけど。

 僕が少年誌特有のバトル展開が苦手なのは、僕の持つ感応のせいだろう。ああいう漫画では"特別な能力"を持った主人公が活躍することが多いわけだけど……世の中そう簡単ではないことを実体験として知っている。

 だから、見ていて辛いと感じることが多々ある。その点小説は、心情心理の描写に力を注いでいるものが結構多い。それはそれで重いこともあるけど、僕にとってはバトル展開より楽だ。

 

「とはいえ、本自体そこまで読まないんだけどね。今まで趣味らしい趣味ってなかったし」

「それなら、私のお勧めの本を色々ご紹介しますよ。これを機に是非読書の楽しさに目覚めてください」

「むっ。さつきちゃん、さりげなく文芸部を勧めない! 坂上君は、うちの同好会の副会長になるんだからね!」

 

 大西さんが伊藤さんにじゃれ付き、伊藤さんも困ったような笑顔で受け止めた。微笑ましい光景で、自然と頬が緩む。

 ……見目麗しい女子がじゃれ合うすぐ近くにいる僕には、クラスの男子から嫉妬のような視線が注がれる。僕は関係な……くはないけど、そんな目で見られても困る。

 居心地が悪くなったので、「ちょっと飲み物でも買ってくる」と言って、予鈴まで席を外すことにした。

 

 スポーツドリンクを片手に一息つくと、後ろから乱暴に肩を組まれた。影山だ。

 

「ヨっ。お兄さん、モテモテだねー」

「勘弁してよ。謂れのない嫉妬を受ける身にもなってほしい」

 

 あの日以降、影山ともよく会話をするようになった。……男子では影山としか会話出来ていないというべきか。どうやら僕は「自分から話しかける」ということが苦手なようだ。

 影山のように積極的に話しかけてくれるなら、僕も普通に会話が出来る。だけど今のところ、こうやって僕に話しかけてくれる男子は彼だけだ。まだ何処か腫物扱いされている気がする。

 

「だけど大西チャンも伊藤チャンも、お前のことをよく思ってくれてんだろ?」

「多分ね。二人にとっては、僕からマイナスイオンが出てるらしいよ」

「毒舌癒し系キャラってか? 似合わねー」

 

 まったくだ。二人は僕と話すと楽しいと言っていたけど、当人である僕にはまるで理解できない感覚だ。大西さんは「理屈じゃない」って言ってたけど。

 

「影山は、僕と話してて面白い?」

「なんだよ急に。面白くなかったら、こんな風に話しかけたりしてねえヨ」

「……ずっと人との関わりを放棄してたから、そこまで上手く会話出来てるとは思えないんだよ。現に、影山以外の男子とはまともに会話出来てないし」

 

 黒木は相変わらず目の仇にしてくるから会話が成立しないし、尾崎は尾崎でだんまりだから会話にならないし。他の男子は、先述の通りだ。

 話し始めれば、転がすことぐらいは出来る。だけど会話を盛り上げられているかと言われると、まるで自信がなかった。

 影山は「そんなことか」と呆れた様子だ。

 

「お前にゃお前の面白みがあるんだヨ。誰彼かまわず話しかけるお前とか、想像するだけで気持ちわりい。ちょっと根暗っぽいぐらいでちょうどいいんだよ」

「……やっぱり根暗っぽいのか、僕は」

 

 客観的に見て、そのキャラクターが定着しているということなのだろう。人から言われると若干凹む。

 だけど影山は「それでいい」とばかりに笑う。

 

「根暗っぽいのが、話してみたら意外と饒舌だから、ギャップが面白いんだヨ。二人がどうなのかはわかんねーけど、俺はそんな感じだゼ」

「じゃあ、僕が根暗キャラを卒業したら、面白みはなくなるんじゃない?」

「そんときゃまた別の面白さを見つけるさ。お前なら、探せば探すだけ見つかりそうじゃん?」

 

 結局分かったことは、影山はやっぱり「イイ奴」であるということだった。思わず苦笑してしまう。「何笑ってんだヨ」と締められる。

 

「つーか、根暗卒業したいならまず見た目だろ。この鬱陶しい髪型を変えたらどうだ?」

「い、いいよ。髪型変えるとか、難しそうだし」

 

 僕のぼさぼさ頭と目隠れは、根暗演出のためでありながら、怠慢の結果でもあった。癖っ毛だから、手入れをしないとどうしてもこうなってしまう。

 

「なーに言ってんだヨ、大したことねえって。よし、俺が何とかしてやる!」

「だからいいってば! ほら、予鈴鳴ってるよ! そろそろ教室戻らないと!」

「……チッ。この話は次に持ち越しだな。忘れんじゃねーぞ!」

 

 影山のヘッドロックから解放され、空になったペットボトルを捨てる。そして二人で教室まで走り、羽山先生に「廊下を走るなっつってんだろ!」と叩かれた。

 

 

 

 

 

 何の変哲もない高校生活。僕がこんな他愛のない日々を送れるなんて、一週間前までは考えもしなかった。一歩を踏み出してみれば、実にあっけないものだ。

 それだけ僕が変化を拒絶してきたという証左でもある。受け入れてしまえば、世間というものは無慈悲なまでに変容を続ける。昨日と今日で同じものは何一つとしてない。

 今日の僕は昨日の僕ではないし、明日の僕は今日の僕より一歩先を行く。そうやって変化し続けて行けば、いずれ僕も自分を乗り越えることが出来るのだろうか。……それはまだ分からないけど。

 今の僕は、この変化を好ましく思っている。元々「変わりたい」とは思っていたわけで、きっかけさえあれば以前の僕でも同じだっただろう。そのきっかけを見つけられなかっただけの話だ。

 最大のきっかけとなったのは、僕らの担任の言葉。「偶然の正解を続けられる努力をしろ」という激励だ。だけどそれは、あの出来事があったからこそ僕の胸に響いた。あれがなければ、この言葉自体なかっただろう。

 そう考えれば、お父さんとお母さんの意見も的外れとは言えない。連鎖した出来事の一番最初には、大西さんがいた。彼女が僕を同好会に誘ったのが全ての始まりだ。

 これこそが僕が大西さんの無謀な同好会を候補から外せない理由でもある。彼女といればまた変化のきっかけをもらえるかもしれないという、浅ましい願望だ。

 友達だからとか、見捨てないでくれた恩だとか、そういう理由の方がまだマシだろう。やっぱり僕は、どうあがいても自己中みたいだ。

 大西さんとは違う。彼女は「不誠実だから」という理由で、魔術部という優良な環境を自ら除外した。僕は不誠実だろうがなんだろうが、使えるものは使うべきだと考えてしまう。

 この考えは、いつか変えられるんだろうか。……変えたいとも思うし、変えるべきではないとも思う。今の僕にはまだ答えが出せなかった。

 

 文芸部の活動にはわずかな興味を持てた。「楽しそう」というのとはまた違うけど、僕の中で何かが引っかかったのは事実だ。

 もしかしたら、「自己表現の練習の場」として文芸部を見ていたのかもしれない。伊藤さんの言う通り活動を続けていくことで、僕も自分から意見を言えるようになるかもしれない、と。

 だとしたらやっぱり「不誠実」だろう。文芸部の活動そのものに興味を持っているのではなく、結局は自分自身のことしか考えていない。事実として、僕に文芸部への思い入れはない。

 伊藤さんは文芸部の活動を本心から楽しんでいる。彼女だけじゃない、部長さんも、他の部員もだ。でなくて、あれだけ熱心に意見を交わすことが出来るだろうか。

 そんな中に僕みたいな不誠実なやつが入り込めば、確実に温度差が発生するだろう。軋轢を生みかねない。彼女達の楽しみに水を差す真似はしたくない。

 もちろんこんなものは僕の想像でしかなく、実際に文芸部に入れば僕も楽しく活動を出来るかもしれない。だけど……そんな想像をしてしまう自分が嫌だ。人はそう簡単には変われない。

 僕のやりたいことは何なのか。そう考えて部活見学をしても、やりたいことは見つからない。そもそも僕はまだ趣味と言えるほどのものを持っていないのだ。

 

「……手芸部は合わないみたいです。手先、器用じゃないですし」

「残念。男子部員獲得なるかと思ったのに」

 

 髪をハーフアップにして丸眼鏡をかけた二年の先輩は、苦笑しながらため息をついた。彼女が手芸部の部長さんだ。

 言葉通り、手芸部には男子部員が皆無だった。その時点で僕にはアウェー感が半端ではなく(料理部でも似たようなものだった)、活動内容で印象が覆されることもなかった。編み物とか絶対無理。

 そんな僕と比べて、大西さんは意外と興味津々だった。意外と、と言ったら失礼かもしれないけど、こういうチマチマしたことは苦手そうなイメージだから。

 

「えー、やってみようよ坂上君。やってるうちに慣れるって」

「大西さん、同好会作る話はどうなったの?」

「……はっ!? あ、危ない危ない。うっかり手芸部に入っちゃうところだったよ」

「ふふ、愉快な彼女さんね」

「違います」

 

 ドキッパリ断言する。すると、何故か不満そうな顔をする大西さん。恋人に見られた方がよかったんだろうか。

 

「そんなキッパリ言われたら、女としてのプライドが傷つくの。少しぐらい残念そうにしてよ」

「大西さんが手芸部に入ってくれなくて残念だよ。これで解放されると思ったのに」

「そっちじゃないわよ!」

「ふふふ。私は、あなた達ならお似合いのカップルになれると思うんだけど。息ぴったりじゃない」

 

 大西さんは話しやすいから、誰だってそうなると思う。弄るといい反応を返してくれるし、調子に乗って自爆してくれるから面白いし。

 なので僕が大西さんにとっての特別というわけではない。僕にとっては……話が出来る人自体が特別だから、また意味が変わってくる。

 ともかく、部長さんが期待するような間柄ではない。息が合うから恋人というのも単純すぎる理屈だ。

 

「見学させていただいたのに、申し訳ありませんでした」

「いいのよ、気にしないで。今度はカップルになってから遊びにいらっしゃい」

 

 だからなりませんて。

 

 

 

 新聞部は既に見学していた。常に記事のネタを探しているのか、部長さんの目が血走っていて若干恐怖を感じた。もちろん、入ろうという気にはならなかった。

 漫画研究部に至っては見学することすらできなかった。部室の外からチラッと見て「これはない」という結論で大西さんと合意した。一言で言えば、ガチ過ぎた。

 そして手芸部は先の通り。これで羽山先生からもらったリストに書いてあった部活は全て確認したことになる。

 

「結局、文芸部が一番興味を惹かれたってこと?」

 

 屋上にて、段差に腰掛け一息つくと、大西さんはそう尋ねてきた。

 

「んー……微妙。興味って言っても誤差の範囲だし。「強いてやるなら」っていうレベルでしかないよ」

「さつきちゃんは坂上君に入部してほしいって言ってたけど」

「人の意見を理由にしちゃダメでしょ。それなら何処に入ったって一緒だよ」

 

 部活動というものは部員を獲得したいと考えるものらしく、何処からも歓迎された。部員が多ければ多いほど部費も多くとれるのだから、当然だろう。

 伊藤さんだけが特別というわけではない。もちろん彼女は僕と個人的な繋がりがあるわけだから、意図は違ってくるだろうけど、僕から見て「他人の意見である」という事実に変わりはない。

 大西さんも本気で聞いたわけではなく、「それもそだね」と空を仰いだ。夏至が近づくにつれてだんだん日が長くなっており、5時を過ぎてもまだ明るい。

 

「……やりたいことを探してみたけど、そもそも僕がやりたいことが自分で分かってないから、いくら探しても見つからないんだろうね」

「ふーん。「とりあえずやってみる」程度でいいと思うけどね」

「大西さんも言ってたでしょ、「得意だからって理由じゃ出来ない」って。僕も似たようなものだよ。一歩を踏み出す明確な根拠がないと、僕は動けないんだ」

 

 人はそう簡単には変われない。前を向いて歩くことを始めた僕だけど、臆病が完治したわけじゃない。「本当にこの選択で間違っていないか」と、どうしても考えてしまう。そして、身動きが取れなくなってしまう。

 たかが部活選びに大げさかもしれない。とりあえずやってみて、合わなければ辞めればいいだけの話なんだから。それが許されているのに……僕は割り切ることが出来なかった。

 

「坂上君のやりたいこと、ねー。将来の夢もないの?」

「……分からない。ようやく前を向くことが出来たばっかりなのに、そんな先のことは考えられないよ。今はまだ、自分の足元を固める方が大事だよ」

 

 僕が人を遠ざける前……小学四年生のときには、何を願っていたっけ。色々迷走しまくってた気がするな。

 簡単な料理を覚えては料理人になりたい。電気回路を学んでは発明家になりたい。マラソン大会で上位に入れたときは、オリンピックに出たいとか考えたっけ。今から思えば無謀なことを色々と考えたものだ。

 趣味と言えるほどのものは定まっていなくて、それが定まる前に停滞してしまった。皆がそれぞれの夢を追うのを横目に、ただ突っ立っていただけだ。

 時間は二度と元に戻らない。失った中学時代は帰って来ない。……少しだけ、寂しい気持ちになった。

 

「大西さんは、どうなの? 同好会をやりたいのは分かってるけど、将来の夢って言えるほどのものじゃないよね」

「まーね。いくらあたしでも、ずっと魔法だけやってられるなんて思ってないわよ。あたしも、夢って言えるほどのものはないわね。中学の頃は陸上選手とか思ってたけど」

 

 「そんな息苦しいのは無理」と快活に笑う。考えてみれば、高校一年で将来のことまで見据えて活動している人の方が珍しいかもしれない。せいぜいが「どこそこの大学に行きたい」程度だろう。

 ふう、とため息をついて、ごろんと横になった。手足を伸ばして大の字になる。わずかに雲が出ている空は、オレンジ色に染まっていた。

 

「坂上君は難しく考えすぎなのよ。もっと楽な気持ちで決めればいいじゃない」

「……僕もそう思ってるんだけどね」

 

 言うは易し、行うは難し。大事な最初の一歩だからか、どうしても肩の力が抜けない。こうしてだらしない格好になっても、心のどこかに重石のようにのしかかっているものがあるのを感じる。

 目を閉じ、呼吸を深くする。グラウンドから聞こえる運動部の掛け声。通りを走る自動車の駆動音。古家電回収車のアナウンス。普段は意識しない色々な音が耳に届く。

 そうやって心を静かにして、自分が何を思い何を感じたかを、客観的に整理してみようとした。

 

「よい、しょっと」

「ぐふっ」

 

 なのに大西さんが何故か僕の腹の上に腰掛けたことで、思考が中断されてしまう。彼女が重いとは言わないでおくが、たとえ軽かろうとも勢いよく座られれば重みを感じる。

 

「おー、やっぱり腹筋も凄いね。カッチカチ」

「あ、あのね大西さん……鍛えてるって言っても、限度はあるからね?」

「へーきへーき、男の子でしょ?」

 

 僕の腹のあたりを手で触ってくる大西さん。こそばゆくてちょっと腹筋が痙攣した。

 落ち着いて来ると、今度は腹部から伝わる彼女のむっちりとした臀部の感触に意識が行く。……意識してはいけない。心頭滅却、心頭滅却。

 

「ねえ、坂上君。やっぱり、あたしと一緒に同好会やらない?」

 

 僕の腹に腰掛けたまま、大西さんは語りかけてきた。柔らかく、飾らず、いつも通りの彼女で。

 

「一週間前にさ、あたし言ったじゃん。「あたしと坂上君のやりたいことが出来るような、そんな同好会を作りたい」って。あのときは坂上君を引きとめたい一心だったけど……あの言葉、嘘じゃないんだよ」

「……だけど大西さんが作りたいのは、「幻想魔法研究同好会」なんでしょ?」

 

 この時点で「魔法の研究をする」という大まかな方向性は決定する。内容が魔術になるのか感応の分析になるか、影山が言ったみたいに霊能にも手を出すのかまでは分からないけど。

 僕は感応をコントロールする努力をしているけれど、それは「やりたい」からではなく「やるべき」だから。僕自身は、魔法にそれほどの興味を持っていない。

 感応を持たず、魔術を未修得な大西さんだからこそ、「誰も考えなかった魔法」を生み出したいと思ったのだ。彼女のやりたいことではあるけれど、僕のやりたいことではない。

 大西さんは、僕の考えを肯定する。彼女が「魔法の研究」をしたいと思うのも、嘘ではない。

 

「だけど、あたしにはまだ何をすればいいか分かってない。まずは探すところから。「どんな魔法を作りたいのか」から探さなきゃいけないんだ」

「そこからだったのか……」

 

 なんだか活動内容が漠然としていると思ったら、そもそもの目的が定まっていなかったようだ。ただ「魔術でも感応でもない新しい魔法を作りたい」という大まかな目標があるだけ。

 理解し、苦笑が漏れた。大西さんの語りは続く。

 

「あたしは、「やりたい魔法」を探す。坂上君は、「やりたいこと」を探す。二人で一緒にやったら、きっと楽しくなると思うんだ」

「そうかな。二人揃って迷走しそうな気もするけど」

「あたし達なら、それも楽しみに変えられるよ。そんな気がするんだ」

 

 少女は夢を見るように、優しく語る。空は徐々に夜と昼が入り交じり、紫色の不思議なコントラストに彩られる。……だからなのか何なのか、僕も大西さんの言葉がストンと胸の内に落ちた。

 彼女といることは、楽しい。彼女も僕といることが楽しいと言う。なら……少なくとも利害は一致している。

 

「そうかも、しれないね」

「でしょ? 坂上君とだったら、あたしは何処まででも突っ走れる気がするの」

「それだと迷子になるかもしれないから、ストッパー役は必要だね」

「あたしがアクセルで、坂上君がブレーキとナビ。いいコンビだと思わない?」

「僕の負担が大きいなぁ。ナビ役にもう一人と、メーター役もほしいところだね」

「じゃあ、まずは会員探しだね。あたしと坂上君と、まだ見ぬ会員二人。四人合わせて、「幻想魔法研究同好会」だよ」

 

 まだ結成してもいないのに、絵に描いた餅を膨らませる大西さん。おかしくて笑う。……それもいいかな、なんて思ってる僕がいた。

 どうなるかなんて分からない。この選択が正しいかどうかの保証なんて誰にも出来ない。そういうものなんだ。未来はいつだって不確定なんだから。

 大切なのは、一歩を踏み出す勇気。そのための勇気は、たった今大西さんがくれた。

 彼女は正しい。確かに二人でなら、何処まででも突っ走っていけそうだ。

 

「それはいいんだけど、僕はまだやるとは言ってないよ」

「えー! 今のはどう考えたって入ってくれる流れだったじゃない!」

「だから、まずは僕の上からどいてほしいんだけど。そうしないと、書くものも書けないでしょ」

 

 今まで大西さんは、ずっと僕の腹に腰掛けたまま会話をしていた。……僕の理性もいつまで保つか分からないのだ。

 「え?」と呆ける大西さんを、背中を叩くことでどかせる。ふっと息を吐き出し、僕は立ち上がった。

 

「同好会申請書、持ってるんでしょ。貸して」

「う、うん。……入って、くれるの?」

「散々勧誘しておいて、今更「嘘でした」はなしだよ。ほら」

 

 困惑しながら、大西さんは四つに折りたたまれた同好会申請書を取り出した。受け取り開くと、相変わらずの「副会長」と空白の氏名欄だった。

 僕は鞄からボールペンを取り出し、壁を下敷きにして自分の名前を書いた。

 

 

 

「幻想魔法研究同好会」

  会長 大西明音

 副会長 坂上透

 

 

 

「はい。これで先生に提出すれば、晴れて同好会成立だよ」

 

 大西さんに申請書を手渡す。彼女はいまだに信じられないようで、震えながら受け取った。

 ……僕自身、意外だったと思う。結局最後まで、僕は大西さんの考えに賛成したわけじゃない。同好会の活動内容も理解していない。

 ただ、彼女と一緒にいられるから……彼女と一緒なら前に進める気がするから。何処までも自己中心的な、他力本願極まりない理由で、同好会に入ることにしたのだ。

 僕の本音を知ったら、彼女は怒るだろうか。呆れるだろうか。彼女なら、それでも笑って受け止める気がする。僕と違って強い子だから。

 だから、今はこれでいい。この選択は、少なくとも僕は納得して行ったのだから。大西さんがどう思うかは、彼女次第だ。

 彼女は……しばらく震えてから、弾かれたように動き出した。職員室へ、ではなく、僕の方へ。

 

「っっっっありがとう、坂上君! ありがとうぅぅぅっっ!!」

「わぷっ!? ちょ、大西さん! 息が、出来な……」

 

 飛び上がり、抱き着き、そのまま抱きしめられた。またしても僕は、大西さんの豊かな胸に圧迫されることとなった。

 ……早まったかもしれない。薄れ行く意識の中で、これからも無防備な大西さんと行動を共にしなければならないことに思い至り、ちょっとだけ後悔した。

 

 

 

 

 

 翌朝、担任用教員室にて。大西さんと僕は、羽山先生に同好会申請書を提出した。先生は受理し、「幻想魔法研究同好会」は正式に発足した。

 

「……こうなることも予想はしてたけど、まさか本当に同好会を作るとはなぁ」

 

 僕と大西さんを交互に見ながら、羽山先生は苦笑してそう言った。彼としては、僕も大西さんもどこかの部活に入る可能性の方が高いと踏んでいたようだ。

 その考えは間違いではない。大西さんが考えていることは何処まで行っても無謀なことであり、賛同者が現れる可能性は低かった。僕も賛同して入会したわけではない。

 ただお互いの思惑がかみ合っただけ。客観的な事実を言えばそれだけのことだ。だけど結果は結果であり、大西さんは同好会設立のための条件を満たした。

 大西さんは僕から拒絶されながらも諦めずに話をし、見事に競り勝ったのだ。

 

「ふっふーん。あたしは諦めが悪いんですよーだ」

「ああ、参ったよ。俺個人の意見としては、お前にはもう一度陸上をやってほしかったけど……ここまで意志が固いんじゃ、どうしようもねえよな」

「先生はやっぱり、大西さんの中学時代の部活を知ってたんですね」

「何で辞めたかまでな。そんなこと気にする必要はないって言ったんだけどなぁ」

「あたしにとってはそれが大問題なんですよ。モチベーションってほんと大事なんだから」

 

 今の彼女のモチベーションは、魔法に触れることに向けられていた。陸上に一切の未練がない、とは断言できないけど、中学のときのようには出来ないんだろう。

 だから羽山先生も、潔く諦めることにしたようだ。すっぱりと陸上部の話を打ち切る。

 

「んで、顧問と活動場所はどうすんだ?」

「顧問の先生はまだ決めてませんけど、活動場所は第二小教室にしようと思ってます。あそこ、放課後は使われてないみたいですし」

「文芸部のお隣か。……伊藤の入れ知恵だな?」

 

 「あはは」と曖昧に笑って頬をかく大西さん。ちゃんと調べておいたんだ。意外と会長らしいことをやっていて感心する。

 顧問については、まだ必要ない。同好会に必須ではないし、漠然とした活動内容だけでは顧問が困ってしまうだろう。

 

「当面の活動は、目的の具体化とメンバー集めを予定しています。本格的に活動できるようになったら、顧問になってくれそうな先生を探そうと思います」

「なるほどな。……いいコンビじゃねえか。お前の選択は間違ってないぞ、坂上」

「……ありがとうございます」

 

 羽山先生からお墨付きをいただいた。大西さんはよく分かっていないようだったけど、僕は内心で達成感を感じていた。

 また一歩、踏み出せたのだ。今度こそ自分の意志で。……悪くない感覚だった。

 同好会の今後について話していると、冬木先生も会話に参加する。

 

「お二人とも、おめでとうございます。魔術部に入部していただけなかったのは残念ですが、一教師として応援させていただきますよ」

「冬木先生も、ありがとうございます。……今後の活動で、もしかしたら冬木先生にお話を伺うことがあるかもしれません。厚かましいようですけど、いいでしょうか?」

「ええ、構いません。生徒に道を示してこそ教師というもの。遠慮などせず、気軽に話しに来てくださいね」

「はいはーい! それじゃ早速ですけど、魔術に詳しいフリーの二年生っていませんか?」

 

 大西さんは早くもメンバーを集める気でいるらしく、冬木先生に質問をした。流してくれていいのに、彼は「ふむ」と顎に手を当てて考える。真面目な先生なんだよなぁ。

 

「二年に進級する際に魔術部を退部した人はいますが、勉学に集中するためか、魔術部で活動することに限界を感じたかのどちらかです。彼らが大西さんのご要望に適うとは思えませんね」

「あー……そりゃそうですよね。事情があって辞めるんだから……」

「運動部で魔術に詳しい一年はどうですか? 確か、運動部と文化部なら兼部可能でしたよね」

 

 大西さんの質問を僕が掘り下げる。僕達は同好会だけど、扱いは文化部と同じだ。兼部の条件は変わらない。

 とはいえ、冬木先生も生徒全員の魔術習得具合を把握しているわけではないだろう。魔術部ならともかく外部の、しかも運動部所属の生徒までは分からない。

 

「申し訳ありません。さすがにそこまでは分かりかねます。素養がありそうな生徒には目を付けているんですがね」

「だからって坂上を引き抜こうとすんじゃねーぞ、オタメガネ。こいつはもう大西の同好会メンバーだからな」

「冬木です。いい加減名前で呼んでください。……そんな無粋な真似はしませんよ。それに坂上君には、魔術よりもやらなければならないことがあるのでしょう?」

「……目をかけていただいたのに、申し訳ないとは思います。だけど、感応もまともにコントロール出来てないのに、魔術のことまでは考えられません」

「それについても応援しますよ。坂上君が、いつか自分の感応に胸を張れる日が来ることを」

 

 「その日が来たときには、魔術にも目を向けてくださいね」と冗談めかして付け足す冬木先生。羽山先生は「ケッ」と言いながら、表情は笑みだった。

 こうして「幻想魔法研究同好会」は、二人の教師に応援されながら発足した。……いつか、その恩に報いることが出来るだけの成果を出したいものだ。どんな形になるかは分からないけれど。

 

 

 

 放課後、第二小教室へと移動する。僕と大西さん、それからここを紹介してくれた伊藤さんも一緒だ。

 第一・第三小教室と違って、この小教室は授業でも使われていない。それぞれの教室で使う教材の物置と化している。そのため、これまで他の部や同好会に使われることがなかったのだそうだ。

 

「結構小物がいっぱいね。まずは掃除しなきゃダメかしら」

「そうだね。一応先生の許可は取ってからにしよう。動かしたらまずいものもあるだろうし」

「二人とも、ごめんなさい。もっといい場所を紹介出来ればよかったんですけど……」

 

 伊藤さんが申し訳なさそうに謝る。こちらとしては場所を紹介してくれただけで十分すぎる。

 

「へーきへーき! それに、ここならさつきちゃんとお隣でしょ? いつでも気軽に遊びに来てよ!」

「あかねちゃん……はい! それなら、文芸部にも遊びに来てくださいね!」

「うん、約束! 坂上君もいいわよね?」

「別に構わないけど……次は寝ないでよ? 文芸部の皆さんに失礼だから」

 

 棘のある言葉に大西さんは「うっ」と呻く。伊藤さんはおかしそうに小さく笑った。

 コンコンとドアがノックされる。「どうぞ」と声をかけると、僕が最近仲良くしている男子が一人、「ヨっ」と言いながら入ってきた。そういえば彼もご近所さんだな。

 

「影山っ……」

「そう邪険にしないでくれヨ、大西チャン。これ、お祝いのスコーン。マサキからの差し入れナ」

 

 彼はそう言って綺麗に袋詰めされたスコーンを取り出した。人数分よりも多く、尾崎の気合の入れようが伝わってくる。

 見た目ド金髪の不良な彼は、伊藤さんにとっては接し辛いようで、恐る恐るといった感じで受け取った。

 

「こ、こんなもので懐柔されたりしないんだからね! ムグムグ!」

「言ったそばから食べてたら説得力ないよ。っていうか教室内で飲食ってどうなんだろ」

「バレなきゃいいんだヨ。それに、んなこと言ったら弁当だって食う場所がなくなる。食べ散らかさなきゃいいだけの話だろ」

「さ、さすがは「自由と規制の境界を探る」がモットーの社会科研究部ですね……」

 

 影山の言葉に一理あり、僕もスコーンを食べた。……やはり尾崎、中々の腕前だ。無言でサムズアップをする彼の姿が頭に浮かんだ。

 それからしばし、尾崎のスコーンに舌鼓を打ちつつ、四人で談笑をした。いつの間にやら大西さんも伊藤さんも、影山への警戒は消えていた。

 

「そういうわけで、同好会は見切り発車もいいとこだよ。しばらくは資料とにらめっこの日々だろうね」

「坂上も大変だよなぁ。副会長として大西チャンの無茶振りに応えなきゃならねえんだから」

「う、うるさいわね! 坂上君はそれでいいって言ったもん!」

「今のままだと、坂上君の負担が大きそうですね。やっぱり、まずはメンバーを集めないと……」

「さつきちゃんまで!? くそぅ、会長はあたしなんだぞー!」

 

 大体は大西さん弄りに終始した。彼女は脇が甘いから、二人も弄りがいがあると感じたようだ。

 当たり前の学生生活、当たり前の日常。穏やかな時間が流れる「当たり前」の中で、僕も一緒に笑っていた。

 

 ――これが、僕の新しい日常。あの日、大西さんと出会った瞬間に始まった、新しい時間。

 歯車はしっかりとかみ合い、回り出した。車軸は錆を落とし、滑らかに回る。扉は大きく開かれ、そして僕達は新しい明日に向けて、歩き始めた。一歩一歩、確実に。

 

「二人も同好会に入りなさいよー!」

「いやぁ、俺は社会科研究部を気に入ってんだよネ。同好会は無理だわ」

「私も、文芸部がありますし。ごめんね、あかねちゃん」

「ムッキー!」

「……先行き不安だなぁ」

 

 ……時には、踏み外すこともあるけどね。




今回の語録
「やっぱり壊れてるじゃないか(憤怒)」



・人物紹介

坂上透(さかがみとおる)
本作主人公。一年一組所属。明音が設立した「幻想魔法研究同好会」の初期メンバーとして入会。役職は副会長。
感応使い。元々は効果範囲が広い念動力が使える程度だったが、過去の暴発事故によって触手のようなものを発生させる能力に変化している。
この能力は非常に強力で力加減も出来ず、それが原因となって最近まで人との関わりを極力避けるようにしていた。
元々は饒舌であり、人と関わっていなかった時期も独り言は頻繁に行っていた。現在もそれが癖になっており、脱根暗キャラは遠い。
まだまだ自分が何を成したいのか分かっていない、ごくごく普通の男子高校生。同好会活動の中で自分を探しながら、一歩ずつ成長していくことになるだろう。
彼ら全員の成長を描くことこそが、この物語の目的の一つでもある。




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