第二十九夜
「あっ、紅君。」
昼休みのチャイムが鳴る学園…ゆかりが奏夜を呼び止めるが、彼女の言葉を無視して奏夜は教室を出て行く。
あれ以来、奏夜は学校には来ているが寮には一度も戻っていない。ゆかり達S.E.E.Sの面々とも風花を除いて壁を作り、話す事もなくなった。『二度と戻る気は無い。』…言外にそう言っている様な物である。
同じ教室で席も近い事も有り、学園に来ればイヤでも顔を合わせる事となる。…そして、彼女達が話すであろう話の内容も理解できるからこそ、敢えてこの態度を取り続けているのだ。
彼女達が話したい内容など『S.E.E.Sに戻れ』である事は理解できる。だから、奏夜も話す事は無いとばかりに無視して帰っている。
学園に来る理由も今の奏夜にとっては、単純にこの学園の生徒であるから来ているだけであり、授業の合間の休み時間には教室を出て、授業が終われば直に学園から姿を消す。それの繰り返しで有る。
付け加えると実家も知られている可能性が有る為に押し掛けられても困るので、そっちにも帰っていない奏夜は…。
「お帰りなさいませ、奏夜様。」
「うん、ただいま、シルフィー。」
優雅な礼と共に奏夜に挨拶をするシルフィー。こうして、キャッスルドランの中で生活している、一応は皇子様な奏夜君なのでした。
「ったく、今更だけどよ、本当に良かったのか?」
「どうなんだろう…ね。」
溜息と共にキバットの言葉にそう呟く奏夜。実際、あの時の自分の離脱に関しては間違っていないとは思っている。完全に自分が正しい等とは思っても居ないが。
あの場合、リーダーである自分の中に湧いた仲間への不信。それをもって戦う事は…リーダーとして振舞う事は他の仲間さえも巻き込んでしまう危険がある。自分の中の“闇”を押し殺して戦える自信等は無いのだから。
だから、自分がS.E.E.Sから離れた事はあの時では最善の選択だとは思っている。
自分を欠いたS.E.E.Sでは大型シャドウの討伐はおろか、タルタロスの探索さえも進まないと言う危険もある。
(…最悪は…山岸さんに頼んで、情報を流して貰おうかな…? キバに変身してれば、ぼくだって分からないだろうし…。)
飽く迄自分がリーダーとして戦う事への危険や、自分が存在する事からの不信感が生む危険を考えて抜けただけであり、別に見捨てた覚えは無い。
だから、自分が出来る方法で仲間を助ける事を決める。流石に風花にスパイの真似事をさせてしまう事には気が咎めるが。
「…仕方ない…か。」
その日の晩…巌戸台分寮
「そうか、紅は学園には出ているのか…。」
「はい。少しでも話せればいいんですけど…。」
ゆかりの言葉に溜息を付き、美鶴は『仕方ない』と呟き、立ち上がる。
「以後のタルタロス探索と作戦は紅抜きで行おう。これまで紅が執っていた現場の指揮は、リーダー代理として…。」
そう言ってロビーに居るゆかり、明彦、順平、風花の四人を見廻して美鶴の目に期待に満ちた目を向けている順平が留まる。
「…私が執ろう。」
その言葉に『当然』と言う様に無言のまま頷くゆかり、明彦、風花の三人と、がっくりとする順平。
「だが、大丈夫なのか、あいつ抜きで?」
そう問い掛けるのは明彦。その言葉はその場に居た全員の意思の代弁の様に響く。
「…それは分からない…。」
美鶴はそう言って首を振る。複数のペルソナを付け替える能力により、前線での戦闘と後方からの援護をその場に合わせて行う戦闘力、チームを指揮するリーダーとしての判断力、今更ながら…居なくなって始めて感じてしまっているのだ…『紅 奏夜』と言う者の存在の大きさを…。
「だが、紅の居ない大きな戦いは初めてだ。出来れば、次の満月までに戻って来てもらいたいんだが…。」
「夏休みに入っちゃうと、余計に話せる機会なんてなくなっちゃいますし…。」
ゆかりの言葉に思わず溜息を付いてしまう。次の満月は当然ながら八月…次の大型シャドウとの戦いは夏休みの最中。
放課後の動きが分からない奏夜を説得して大型シャドウ戦の前に戻ってきて貰うにしても、休み前に接触するしかないのだ。
一人沈黙を貫いていた風花は一つの迷いを抱えていた。…風花は奏夜が居る場所は知っている。高い確率で奏夜が居るのはキャッスルドランの中だろう。だが、それを目の前の中間達に伝える事は出来ないのだ。…それは、奏夜の秘密…彼がキバだと伝える事に等しいのだから。
解散になって数分後…風花の自室では…
『私だ。ちょっといいか?』
「あ…。はい、どうぞ。」
ノートパソコンに向かっていた風花は扉の向こうから響く美鶴の声にそう答える。彼女から許可を貰った美鶴はベッドの上に腰掛ける。
「………。」
「…フ。どうやら君は、戦いのバックアップだけじゃなく、色々な調べ物も得意みたいだな。」
「あっ。」
風花は美鶴のその言葉にハッとなる。…彼女も僅かながらに奏夜が居なくなった事には責任を感じているのだ。
だが、唯一連絡を取っているのも彼女だけである。居なくなった翌日に奏夜からは連絡が有り、『自分が居なくなった事は気にしなくてもいい』と『大型シャドウ…ファンガイアタイプとの戦いにはキバとして協力する』と言うことが告げられた。
「すみませんっ。気付いてたんですね。」
「いや、いいんだ。君にそう言うスキルが有るなら、折り入って頼みが有るんだ。」
風花の謝罪の言葉に答える美鶴の表情には真剣なもの…一つの決意が浮かんでいた。
「十年前の事件…あれの真相を分かる限り調べて欲しい。」
「…っ!! …でも、あの事件の事は、一般には多分…。」
自分が調べた以上の事は一般には調べる事は不可能だろう。…少なくとも、自分ではそれ以上は不可能だと言う事は、ペルソナを使っての分析等のバックアップだけでなく、現実においても高い情報収集能力を持つ彼女だからこそ、分かる。…だが、
「調べて欲しいのは桐条が保有しているサーバーだ。」
「それって!?不正進入(ハッキング)!?」
「私のIDとパスワードを預ける。君が罪に問われる事は決してない…。」
グループの後継者である美鶴のIDとパスワードと風花の技術が有れば、詳しい情報も知る事ができるだろう。そして、それによって万が一、彼女が罪に問われる事は無い。だが、罪に問われるとすれば…風花ではなく、美鶴の方だろう。
「詳しい事実が知りたいんだ。」
「先輩…。」
美鶴の決意は固い。風花がどう止めたとしても、彼女の決意は揺らがないだろう。
「分かりました。私に出来る事なら協力します。(…それに…多分、そこなら紅君のお父さんの亡くなった時の事も分かるはず…。)」
「…すまない。」
協力を了承する風花に美鶴はそう感謝の言葉を告げる。そして、
「山岸、君は…。」
暫しの従順の後、美鶴は改めて口を開く。
「不満はないのか? 事情はどう有れ、私は隠し事をしたまま君達を巻き込んだ。恨み言の一つも言いたいはずじゃないのか?」
「それは違います。」
事情はどう有れ、何も話さずに巻き込んだ美鶴に対して恨み言の一つや二つ言っても当然だろう。奏夜の様に最悪は召喚器を付き返され、辞められても呼び止める資格は無いとも覚悟していた。だが、風花は美鶴の言葉を否定する。
「私の家って…親族がみんな医者ばかりで、ウチだけが違って…。両親はそう言うのにコンプレックスを持ってて、私に色々してくれていたんだけど…。私ってこんなだから、愛想つかされちゃって、正直、家に居るの辛かったんです。」
風花はそこまで言った後…顔を上げて微笑みを浮かべる。
「…でもここには私にしか出来ない事が有って。」
思い出すのは奏夜との始めての出会い。大型シャドウやファンガイアタイプとの戦い。奏夜の力になった時の事…。
「それを必要としてくれる人達が居る。」
思い浮かべるのは、S.E.E.Sの面々と奏夜の仲間のキバットやキャッスルドランの住人達である四魔騎士(アームズモンスター)達。
「恨み言なんてないです。それに…紅君も絶対にここに戻ってきてくれるって、私、信じてますから。」
だからこそ、強く…そう言い切れるのだ。
「そうだな。君も紅も、ここに必要な人間だ。代わりは誰にも務まらない。」
「そんな…。」
美鶴からの言葉に照れながら、美鶴のその言葉に反応する。
美鶴はそんな風花に対して微笑を浮かべながら立ち上がり。
「私も信じてみよう…紅はここに戻ってくると。…邪魔したな。」
そう言って美鶴は風花の部屋を後にする。
「恩に着るよ…。」
そういい残して。
同日…キャッスルドラン内…影時間
「また会ったね。」
ベッドで横になっていた奏夜に告げられるのはファルロスの言葉。
「うん、久しぶりだね。」
「って、お前は!? どっから入ってきやがった!?」
何時の間にかキャッスルドランの中にも入り込んでいるファルロスに対してそう反応するキバットに対して、奏夜は何時も通りの反応を返す。
「コウモリモドキ君とは違って君は驚いてないみたいだね。いや、驚かされたのはぼくの方かな? こんなお城に住んでるなんて思いもしなかったし。」
「まあね。キバット…前はタルタロスの中にも現れたんだから、ここに現れてもおかしくないと思うよ?」
「ったく。そりゃそうだけどよ~。もう少し、こう…驚こうぜ、奏夜。」
「はは、ごめん。」
そう言って奏夜の肩に止まるキバットに苦笑を浮かべながらそう反す。そして、ファルロスの方へと向き直り。
「それで、どうする…お茶でも淹れようか?」
「今日は遠慮して置くよ。やってくる“終わり”について、また少し思い出したんだ。」
「終わり?」
妙に目の前のファルロスの言葉と幾月の言葉が重なってしまう。
「“終わり”が来ちゃう原因はたぶん、ずっと前の出来事に有る。そう、確か…。」
「「十年前(だ)…。」」
自然と口から零れた言葉がファルロスと重なる。そして、ファルロスの言う“終わり”が来る原因が十年前に有るのなら…。
「ねぇ、君が両親を無くしたのも、先代の黄金の魔皇が死んだのも、確か…十年前だったよね。」
「おい、十年前って…。」
キバットがそう呟く中、ファルロスの言葉に奏夜は静かに頷く。一連の謎…何故かその全ては十年前に集中するのだ。そして、その根底に有る物…まだ感でしかないが…それは、桐条グループの事件だろう。
「…ペルソナはね、使う人の鑑なんだ。だから、ペルソナ使いは自分自身の“本当”から逃げられない…。でも、ぼくはそれでも君と共に有るよ。……友達だからね。」
そんなファルロスの言葉に微笑を浮かべながら奏夜は、
「ありがとう。次はお茶でも用意しておくよ。この時間の中でも機械じゃなければ、コーヒーを淹れる事も出来るだろうしね。」
そう言ってファルロスを見送るのだった。
翌日7月14日…キャッスルドラン内
「…旅行…夏休みに?」
テーブルの上に置かれたコーヒーに口を付けながら、奏夜は風花へとそう話しかける。
「はい、昨日、紅君も誘ってみんなで行こうって事になって、どうかなって…?」
風花に不安そうな眼で見つめられるとどうしても『NO』とは言えなくなる。自分からも辛い事を頼んでしまったと言う負い目も有る事だし。
「…でも、なんで屋久島に行く事になんて…。」
「…それは…。」
風花が話すのは先日13日の夜の事…
「屋久島…ですか。」
風花が幾月にそう問い掛ける。
「うむ…ちょっと島の研究所に用があってね。期末試験が終われば君等は休みだろ? どうだい? 色々有った事だし、ここらで気分転換でも。それに、ここに居ない紅君も誘えば彼と話す機会も出来るだろうしね。」
「マジ!? それ、旅行ってことっスよね!?」
幾月の言葉に順平が嬉しそうに真っ先にそう反応する。
そんな順平を尻目に幾月は美鶴へと視線を向ける。
「何やら桐条君。君のお父様も今年の休暇を屋久島御用邸でとられるみたいじゃないか。」
「…しかし、お父様のせっかくの休暇をかき回す訳には…。」
旅行に乗り気ではない様子で美鶴は幾月の言葉にそう答える。
「うみ! 海!! 水着! みずぎ!!」
「……こいつは。」
そんな美鶴とは対照的に順平は乗り気…どころではなく、既に頭の中が期末試験を飛び越えて、休みの旅行へと向かっていた。…思わずそんな順平に呆れた視線を向けるゆかりであった。
「…え、ええと…。(旅行に誘えれば、紅君とみんなが話す機会が出来るかもしれないし…。)」
一人そんな事を考えながら賛成派の順平と反対派の美鶴の間で視線を泳がせながら、風花は。
「あ…真田先輩も海行きたいですよね。私も綺麗な海、見てみたいなって。」
自分も賛成し、明彦にもそう声をかける。
「フ…。」
そんな彼女の様子を見ながら、美鶴は今まで座っていたソファーから立ち上がり、
「…分かった。気分転換は必須事項のようだ。行こうじゃないか。」
「オッシャァー!!!」
「ただし、紅にも必ず声をかける事と、期末試験の結果が著しくない者は置いていくからな。」
一人これ以上ないほど喜ぶ順平だったが…続いて告げられた言葉…主に後半部分を聞いて『orz』な体制になった。…理由は前回の試験の結果を参照して貰えればありがたい。
「でも、紅君、休み時間は直に教室を出て行って、戻ってくるのは授業ギリギリだし、放課後も何処に居るのか分からないのよね。」
「あっ、私、紅君が放課後行っていそうな場所に心当たりがあります。」
最近録に話せていない奏夜にどう声を掛けるべきかと悩むゆかりに、風花が手を挙げてそう発言する。
「本当?」
「なら、紅を誘うのは任せた。」
「はい、任せてください!」
「ああ、頼んだぞ、山岸。」
そう言って仲間達の輪を離れていく美鶴を慌ててゆかりが追いかけ、
「…先輩!」
階段を上ろうとした美鶴をゆかりが呼び止める。
「ええと、この前はスイマセンでした…。その…ちょっと言い過ぎたかもって。」
「構わないさ。屋久島に行く事になったのも、ある意味必然かもしれない。あの事故の当事者はもういないと理事長は私を庇ってくれたがな、実は一人だけ生き証人がいるんだ。」
「…生き証人?」
「私の父さ。」
偶然聞いていた風花はその言葉を聞きハッとなる。
「っと言う訳です。だから、紅君も良かったら…その…無理にって言いませんけど…良かったら、一緒に行きませんか?」
顔を伏せながら風花は奏夜にそう問い掛ける。
「はぁ…まあ、確かにぼくも言い過ぎた事を謝りたかったし…。それに…ぼくも事故の生き証人の話って言うのにも興味有るしね。」
「それじゃあ。」
奏夜の言葉に嬉しそうに顔を上げて笑顔を浮かべる。
「うん。ぼくも行くよ。」
「ありがとうございます!」
「うん。…あー…悪いけど、キバットは留守番お願い。」
「って、オイィィィィ!? そりゃないぜ!? 青い海、白い砂浜…オレも行って見たいんだよー。」
奏夜の言葉に思わずそう叫んでしまうキバット。
「いや、だって…目立つでしょう?」
「酷っ!?」
そう言って部屋を飛び出していくキバットだった。
「屋久島かぁ~、ぼく達も行きたいな。」
「ああ、偶には外にも出たいしな。」
「行き、たい。」
その話を偶然にも聞いていた次狼達三人。そして、部屋を飛び出して来たキバットをキャッチして、シルフィーが微笑みを浮かべながら…。
「ふふふ…従者として、私達やキバット様が行かない訳には行かないではないですか…。ええ、行きましょうキバット様!? 奏夜様と海に!!!」
「おお、行くぜ、シルフィーちゃん!!!」
炎を背景に意気投合しているシルフィーとキバットの二人だった。…二人の頭の中には『ビーチでの優雅なバカンス(キバット)』、『夕日の海で奏夜と追いかけっこをする様子(シルフィー)』が浮かんでいる事を付け加えておく。
「いいのか?」
「さあ。」
「いい、んじゃ、ない?」
そんな二人を眺めながら呟く他の三人の魔騎士達でした。