「何だ、あれは……!?」
作戦室のモニターを通してシャドウとの戦闘を眺めていた明彦達が本日二度目となる言葉をまったく同じ口調で呟く。
一度目はオルフェウスが黒衣の死神へと変貌した時の事。
正面玄関でシャドウを退ける事に成功した明彦と美鶴は、残りのシャドウの居場所を探るべく、幾月の待つ作戦室へと移動した。
だが、既にその標的は奏夜とゆかりを襲撃していた所だった。それを見て二人が慌てて駆けつけようとした所で、奏夜がオルフェウスを呼び出したのだ。
その後の光景を見て一度目の呟きを洩らした。それは信じられないものだった。奏夜に『適正』が有る事は大体分かっていたが、ペルソナの中から新たなペルソナを、『黒衣の死神』を呼び出すなどとは想像もしていなかった。誰もが唖然とした表情でモニターを見つめ続ける。
既にシャドウの姿はない。あの黒衣の死神も月に向かい吼え、オルフェウスの姿へと変化していった。
その直後に出現した二体のシャドウも初めての実戦だと言うのに奏夜がオルフェウスを使い殲滅した。安心して駆けつけ様とした時、異変は起きたのだ。
モニター越しとは言え、自分達の目の前で、倒しされたと思ったシャドウの肉片が重なり合い、先程よりも小型な姿をした馬の頭を持つ甲冑を纏った人の様な姿を作り上げ、己の仮面を自らに取り付け、新しい姿で再生したのだ。
そして誕生したのは今まで見た事の無い、初めて見る姿のまったく新しいタイプのシャドウ。それだけではない、再生等したシャドウは今まで存在していない。
「あれは…まさか……そんなはずはない…」
それを見て幾月が呟きを洩らす。
「理事長、あれを知っているのですか!?」
「あ、ああ…。でも、それよりも今は…」
理事長の言葉で美鶴は優先すべき事を思い出す。そう、今は詮索する時ではない。今は、あのシャドウと戦い、排除するべき時なのだ。
「何だ、あれは……!?」
「今度は何だ!?」
本日三度目となる明彦の言葉に美鶴は思わず言葉を失ってしまう。屋上の様子を写しているモニターに写っているのは、シャドウと対峙する黒のスーツに真紅の装甲、両腕両足の銀の部分も目立つ鎧を身に纏った異形の戦士。
「あれは…まさか……間違いない、あれは……キバ。そんなバカな…奴は……確かに…」
誰にも聞かれる事無く、幾月の呟きは闇へと飲み込まれていった。
奏夜SIDE
床を蹴りキバはホースファンガイアの姿をしたシャドウへと殴りかかる。頭部に無理矢理取り付けたような仮面へと吸い込まれる様に叩き付けられるキバの拳。そのまま続け様に叩き付けられる乱打、そして、右足でのハイキックへと流れる様にキバの攻撃が打ち込まれる。
反撃として振りかかる大剣を紙一重で避け、裏拳、肘打ち、そして、正拳へと続く。よろけながら後ろに下がった瞬間に一歩踏み込み、サーマソルトキックを叩き込み、柵まで追い詰める。
「よっしゃ、お返しだぜ!」
ベルトから聞こえる軽快なキバットの声に従う様にキバは回し蹴りを打ち込む。それによって、柵を突き破り、そのまま外へと落下していく。
「逃がしゃしねえぜ」
「あっ、ちょっと!」
今まで呆然としていたゆかりの静止の声も聞かず、躊躇無く、キバはシャドウを追い階下へと飛び降りる。
落下の衝撃で作り上げたクレーターから這い上がるシャドウ、落下の衝撃で罅の入った大剣を杖代わりに立ち上がり、自分に迫る恐ろしい敵の存在に気が付き、すぐにそこから逃げ出そうとする。
「ストォップ!!! ちょっと、待った!」
「悪いけど、逃がさないよ」
だが、シャドウが落下した寮の屋上から苦も無く華麗に着地するキバから、キバットと奏夜の言葉が告げられる。
「…答えて貰うよ…。何で、お前がファンガイアの姿をしている?」
キバの言葉に答える事無く、自身に迫る脅威から逃れる様に大剣で切りかかって行くが、振り払う様に振られたキバの拳が容易くそれを粉砕する。そして、開いた拳をシャドウの顔面の仮面へと叩きつける。
再び大剣を出現させ、キバへと突っ込んでいくが空中でバクテンし、シャドウの背後へと回り込み、ラッシュを叩き込み、吹き飛ばす。
それにより吹き飛ばされた事でシャドウにとって幸(さいわい)にも、キバから距離が開く。そして、慌てて後ろを振り向き、一目散に逃げ出す。
「言ったはずだよ」
「逃がさないってな! 行け、奏夜!」
地面を蹴りシャドウの正面へ回り込み、蝙蝠の様に木にぶら下がるとパンチを連続で叩き込む、そして、地面に降りると同時に回し蹴りを正確に頭部の仮面へと叩きつける。
それによって吹き飛ばされ、後ろに下がるが直に体勢を立て直したシャドウが斬りかかる。それをキバは紙一重で避けていく。
「やるな~! 流石、渡の後継者だぜ!」
「それ程でもないよ。この程度じゃ、まだ父さんには追いつけない」
嬉しそうに言うキバットに対して奏夜は静かに言葉を告げる。
「ぬお~!」
攻撃のリズムを変え、シャドウがキバを突き刺す。だが、
「ナイスキャッチ♪」
「ありがとう、キバット!」
キバットが口でシャドウの突き出した大剣を受け止めていた。
「はぁ!!!」
そして、動きを止めた無防備なシャドウへと向け、キバはラッシュを再び叩きつける。それによって、一気に吹き飛ばす。
「よし、トドメだぁ!」
キバットの言葉に従う様に腰についている笛『フエッスル』を取り出し、それをキバットへと差し込む。
「行くぜ! ウェイクアップ!」
ウェイクアップフエッスルを差し込んだ瞬間に鳴り響く笛の音色、そして、それに合わせて夜を支配する色が緑から黒へと変わり、満月が真紅の三日月へと変わる。
それに合わせる様に右足を振り上げる。キバの右足をキバットが舞うとそれに合わせ、右脚の拘束具『ヘルズゲート』を封印していた鎖『カテナ』が解き放たれ、ゲートを開放し、足に翼を広げ中央に目が着いた物が現れる。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!」
左足だけで空高く舞い上がり、真紅の三日月を背景に急降下しながら、抑制されていた魔皇力が解き放たれ、強力な飛び蹴りをシャドウへと向けて放つ。
『ダークネスムーンブレイク!』
シャドウの体が道路に叩き付けられる。そして、更に力を込めた瞬間に開放された余剰エネルギーにより、シャドウは粉砕され、道路に蝙蝠の様な紋章、キバの紋が刻まれる。
「終わったな」
そう告げながら、ベルトからキバットが離れた瞬間、キバの変身が解ける。
「…違うよ…キバット」
「ん?」
「これは……ここから、始まるんだ」
奏夜はキバットへ向けて力強くそう宣言する。
「ああ、そうだな、奏夜」
奏夜の言葉に嬉しそうに告げられるキバットの言葉を聞きながら、奏夜は視界の中にこちらへと向かってくる三人ほどの人影が見える。その姿を視界に納めた瞬間、奏夜は目眩を感じた。
「それから、キバット。見つからない内に隠れて……」
辛うじてそう告げて意識を失って倒れた奏夜が意識を失う直前に最後に見たのは、彼の言葉に従って飛び去っていくキバットと…心配そうに自分へと駆け寄ってくるゆかりの姿だった。
(…どうしたんだ…? 何時もなら、こんな事……無いのに……)
必死な表情で自分を揺する彼女、ゆかりの顔を見ながら意識を完全に手放していく。
「………ごめん、心配掛けた………」
そう言葉になったかは本人さえも知らなかった。
「再び、お目にかかりましたな」
聞こえてきたのは、はっきりとした声。しっかりと耳に届いた声と眠りに落ちたはずなのに妙にはっきりとした意識。気が付くと奏夜は再びあの部屋の中に居た。
「ええ、そうですね」
奏夜が答えるとイゴールは次の言葉を告げる。
「貴方は『力』を覚醒したショックで意識を失われたのです」
その力…奏夜が無意識の中で『ペルソナ』と呟いた、『あの力』の事だろう。イゴールの言う通り、確かに、『ファンガイア』に似た姿へと姿を変えたシャドウを倒して、全てが終わった後、急激に全身の力が抜けていくのを感じた。
今までどれだけ使っていても負担を感じる事の無かった『キバ』の力とは違う力を原因として考えた方が正しいだろう。
「あれが…ぼくの力?」
「しかし、ご心配はいりません。少し休まれるといい」
思わず奏夜はその言葉にずっこけ掛けてしまう。
「あの、ぼくって休みかけた所だったんですけど…」
「ほぅ、覚醒した力はオルフェウスですか。成る程、興味深い」
全面的に奏夜の講義の言葉を全面的に黙殺しながら、微笑みながら告げた。
「……………無視ですか。それで、この力は?」
「それはペルソナという力……もう一人の貴方自身なのです」
「…………」
奏夜が聴かされた言葉は…イゴールの説明はこの段階までは感覚的な物だったが全て自分が理解していた事だけだった。それでも、己の感じた感覚が正しかったと証明された。『オルフェウス』の名前も、『ペルソナ』という力の名も全て知っている事なのだ。
もっとも、現れた時に名乗った『オルフェウス』の名はともかく、何故自分が『ペルソナ』と言う名を知っていたのかは分からないが。
「ペルソナとは、貴方が貴方の外側の物事と向き合った時、表に出てくる『人格』。様々な困難に立ち向かっていく為の、貴方の持つもう一つの鎧、『仮面の鎧』と言ってもいいでしょう」
「なるほど、言葉どおり『
「
(弱いって、あれが?)
イゴールの言葉に奏夜は始めて疑問を覚えた。今まで説明は知っていた事と納得した事は有っても疑問は入っていなかった。
だが、唯一つだけ、あの力…『死神』の力が弱いと言うのは納得できる言葉ではなかったのだ。自分の制御を離れ、一瞬にしてあの大型シャドウを葬ったあの死神が弱いとはとても思えない。
(いや、そうじゃない…『オルフェウス』か…弱いのは?)
確かに、そう結論を出すとイゴールの言葉も最も自然な形で納得できる。自分も力を振るって見たがオルフェウスの力は死神と比べると大きな差がある。
そして、『違和感が無さ過ぎた為』に、今になって初めて気が付いた事だが、今はあの死神の存在を自分の中に感じられない。オルフェウスの力は確かに感じているというのに。
(…それに、あの『死神』はあの時と…。前にキバットやガルル達が始めて見たって言ってた『黒いキバ』になった時と同じ感覚だった…。『黒いキバ』と同じ用に、あの死神は…ぼくの力と思わない方がいい。ぼくの力だったとしても、『黒いキバ』も『死神』も自由に使いこなせる様な物じゃなさそうだ)
「続けても、よろしいですかな?」
その言葉に思案を一時止めると、イゴールへと向けて眼で肯定する。
「貴方も薄々と気付いた模様ですが、『ペルソナ能力』とは『心』を御する力……。『心』とは『絆』によって満ちるものです。他者と関わり、絆を育み、貴方だけの『コミュニティ』を築かれるが宜しい」
「他人との絆?」
「然様で。『コミュニティ』の力こそが、『ペルソナ能力』を伸ばしてゆくのです。」
要するに『ペルソナ』を磨くのに必要なのは肉体的な成長ではなく、精神的な成長と言う事なのだろう。
精神的成長には一人では限界があり、他者との関わりによって築かれた『関係』、『絆』が精神的な成長を促すという事は理解している。まさにペルソナは己の心を映し出す、もう一人の自分と言えるだろう。
「苦手なんだよね、そう言うの」
苦笑を浮かべながら奏夜がそう呟くとイゴールは『クックッ』と喉を鳴らして笑う。
「なに……貴方は既にコミュニティを築いていらっしゃる。その証拠に」
イゴールの前に新たに現れる三枚のカード。そこに書かれている絵柄には何処か見覚えが有った。
一枚は蒼い人狼、一枚は碧の半漁人、一枚は紫紺の巨人。
「それは?」
「これが、貴方と貴方の仲間達との
そう言いきり、イゴールは三枚のカードを奏夜へと渡す。再び確認してみたが、そこに書かれていた絵は間違いなく、自分の仲間のモンスター達の姿だった。
「さて…現世では、多少の時間が流れたようです。これ以上のお引止めは出来ますまい……」
「………」
「次にお目にかかる時には、貴方は自らここに足を運ぶ事になるでしょう」
イゴールのその言葉を境に、奏夜の身を不可思議な感覚が包む。それが、この部屋から現実へと復帰する兆しだと理解し、静かにその感覚に身を任せていった。
「また、お目にかかりましょう」