「でも会長さん、怖い……と言うか凄いね! 人を凍らせる人なんて始めてみたよ!」
「エ!? あぁ……オゥ……」
興奮気味に離す綾時の言葉に戸惑いながら答える順平。……間違いなくペルソナ能力だろうが……流石に一般人の彼にその事は伝えられない。
……被害者の一人であっても……。
まあ、言った所で信じる奴はそうは居ないだろうし。
「それにあの冷たい眼差し……なんかちょっと癖になるものが有るね!」
「も、もう止めようぜ……その話」
なんか妙な方向に進みつつある話を順平はそう言ってきり止める。
(つか、こいつなんで不思議がらないんだ……?)
人を凍らせる事の出来る人間など、どう考えても不思議そのものだろうが、目撃した綾時は面白がっている様子は有っても不思議がっては居ない、そんな彼の姿に微かに疑問を覚える順平だった。
そんな二人が仮に缶ジュースを届けようと女性陣から解放された奏夜の座席を通ると、
「夢でも見てるのかな?」
頭の上に眠っているキバットとタツロットを乗せた奏夜が転寝していた。
なお、同じホテルに泊まっていた
「まあ、なんと広々とした……」
月光館学園の前に立つ奏夜とベルベットルームの住人、エリザベス。
「此処が貴方の学び舎……月光館学園ですね」
修学旅行当日から半年前、奏夜は彼女から時々受ける依頼の中の一つを引き受けた事が始まりだった。
稲荷寿司を持っていったり、彼女と同じ名前のカクテルを持っていったり、学校で貰った人体模型を持っていったり、etc.etc.
これもそんな依頼の一つで月光館学園を見てみたいという依頼だった。その時はずっとベルベットルームに居るのは退屈なのだろうと思っていた。
「この明るく美しい場所がタルタロス変じるとは……。……私、驚きを隠せません」
普段と変わらない抑揚の少ない口調だが、何処か興奮しているようにも見えた。この月光館学園の訪問が最後となったが、全ては半年前の彼女からの頼みごと、
「其方の世界を探訪したいと言う気持ちが沸いてきました」
それが始まりだった。
「あ……これは……」
最初の依頼はベルベットルームの扉があるポロニアンモールの見学だった。
「早くも見事な一品との出会いが……!」
モールの中で最初に目に付くのは中央にある大きな噴水……
「これが噴水……。生命の源たる水を弄ぶ罪深きアート……」
「え、えーと……確かにそう……言えるの、かな?」
改めて考えてみると水源の豊かな国ならば噴水も有るだろうが、水が貴重な国や地域では作ってる余裕など無いだろう。
……とは言え、エリザベスの言葉に納得しながらも返答に困る奏夜だった。
「その魔性ゆえに硬貨を投げ入れた者の願いを叶えてしまう物まで有るとか……」
「えっと……たしかに、外国とかにはそう言われている物も有るけど……」
少なくともポロニアンモールの噴水にそんな逸話など聞いた事は無い。されだけは断言できる。
「私、この時の為にと意気込んで硬貨を少々持ってまいりました」
「そ、そうなんだ」
物凄く楽しそうにしているエリザベスを見ていると、これはそんな事は言えない奏夜だった。まあ、少々と言う位なら大した金額では無いだろうと軽く考えていたが、
「500円硬貨で数えまして2000枚……」
「500円か、流石に……って、二千?」
500の2000倍と言えば……
「しめて100万円からスタートでございます」
「ワ、ワーオ」
豪快に財布を逆さまにして『ダバダバダバ』と言う音を立てて噴水に投入しているエリザベスに誰もが唖然としてしまっている。
100万円相当の硬貨の沈んでいる噴水……ポロニアンモールのそれも物凄い箔がついたものである。
「あ、あの……それで、叶えたい願いってナンなんですか?」
それが物凄く気になる奏夜だった。流石に100万円分の500円を用意するほどなのだから、どんな願いが有るのか疑問に思ってのことだが、
「あ……!」
奏夜の言葉に『大事な事に今気付いた』と言う様子で声を上げる。
「投げ入れる事ばかりに夢中で、肝心の願いを考えておりませんでした」
その言葉に思わずずっこけてしまう。まあ、先程の『あ……!』と言う言葉で予想はしていたが、本当に願い事を忘れているとは思わなかった奏夜だった。
「これではいけませんね……」
硬貨を投げ込むのを止めてエリザベスはそう言って奏夜へと向き直る。
「熟考の上、また近い内に訪れる事にいたしましょう……」
「う、うん……。ぼくもそれが良いと思うよ」
「はい。……その時は」
その時にエリザベスから言われた言葉、
「貴方も願ってみてはいかがですか?」
―その時は思いもしなかった……。いや、もう決まっていると思っていて考えもしなかった―
―『父さんの様になりたい』、それが自分の願いと思っていた、自分の願い―
―だけど、―
ふと、その時のことを思い出しながら眠っていた奏夜が目を醒ますと……
「お気づきですかな?」
目を醒ました奏夜の前にイゴールの姿があった。……例によって眠っている間に意識がベルベットルームに飛ばされていたのだろう。
「貴方には大きな変化が起こったようです」
「そう、ですね」
イゴールの言葉にそう同意を示す。確かに此処最近は色々と有った。意識不明になる荒垣に、幾月の裏切りと幾月と共に死んだ武治の事。
「日々の境遇も波立っているご様子だが、申し上げているのはそう言う事ではない」
奏夜の想像を否定するイゴール。大きな変化といわれて思い浮かぶのは、それ以外には無いのだが……
「あなた自身の“精神”の変化です」
「精神の?」
「ええ」
奏夜の言葉にそう肯定するイゴール。精神の変化と言うのは本人の主観では観測できない。だが、他人から見れば精神の変化と言うのは分かるのだろう。
「そして、貴方の在り方に強い影響を与えたのはこのカードでしょうな」
「っ!?」
イゴールの手の中に現れる一枚のタロットカード『女教皇(ハイプリーテス)』のカード。そのカードを通じて思い浮かぶのは風花の顔。一番最初に自分の秘密を打ち明けた……S.E.E.Sの中で自分を支えてくれた相手。
「貴方が署名されたカードにはこうあります。“我、自ら選び取りし如何なる結末も受容れん”……と」
「如何なる結末も……」
そう言われて思い出すのは屋久島で出会ったもう一人の奏夜と言うべき『奏』と言うキバーラの鎧を纏っていた平行世界からの来訪者。彼女は果たして自らの意思で選んだ未来を受容れたのだろうか……。
(……多分、彼女は否定したんだと思うな……)
性別こそ違うが『もう一人の己』と言うべき彼女の事は、己の事であるが故によく分かる。彼女は否定していた……己の辿り着いた未来を。
「お客人が何を選び取ろうとも、私はそれに従ってまいります。しかし貴方ご自身は自らの行いに対し常に常に責任を負わねばなりません」
だが、奏はそれに失敗したのだと思う。その過程で大切な者を失いすぎたが故に……自分の行いを、選択を、否定し……己の責任から逃げていたのだと思う。
「例えそれが……如何なる結末に結びついてもね。それだけ、どうかお忘れなきように」
「お帰りなさい!」
寮の一階で彼らを出迎えたのは乾とコロマルだ。……小学生と犬の一人と一匹は修学旅行には付いていけないので無理は無いが……。
「旅行、意外と短かったですね。どうでした、京都?」
「ま、それなりに楽しかったかな」
そう言って暗い顔になるのは順平と明彦の二人だろう。……まあ、完全に明彦は巻き込まれた被害者だが……。一人逃れた奏夜を睨みたくなるが女性陣が怖いのでそんな事はできないが……。
「ほい、これ土産」
「生八つ橋ですか、無難な物にしましたね。うれしいです」
「いや、うれしいならもう少し素直に喜ぼうよ」
本当に喜んでいるのか疑問な乾のコメントに苦笑しながら突っ込みをいれる奏夜。
「あっ、餡子が入ってるのだ! やっぱり生八つ橋には餡子が入ってないとダメですよね」
「いや、順平が変化球を選ぼうとしたから止めたけどね……『デンジャラスなドリアン味』とか」
「素直に喜べよ。……ってねーよ、んな事! 変なこと吹き込むなよ、紅!」
「デンジャラスなドリアン味。……戦いのプロが思い浮かぶな」
「何でそうなるスか、真田先輩?」
多分、某フルーツの鎧武者のパティシエを思い浮かべたのだろう明彦に突っ込みを入れる順平。
「ゴメン、軽い冗談だよ。お詫びにみんなの分もジュース買ってくるから、そんなに怒らないでよ」
そう言って順平に謝ると奏夜は席を立って二階の自動販売機に向かう。
「ところで一つ気になったんですが」
ふと、乾が順平と明彦に尋ねる。
「なんか男女間で距離はなれてません」
女性陣にもジュースのリクエストを聞いている奏夜を見た後、乾は順平へと向き直り……
「紅さん以外」
「……気のせい。じゃないかなー」
「ま、何となく想像はつきますけど」
同時にこうも思う。『奏夜だけはそれから上手く逃げたんだろう』と。
「留守番中はボクとコロマルだけだったんで、寮は静かでしたね」
彼等の視線はアイギスの通訳の元にコロマルと会話している風花とアイギスに向かう、
「悪かったな、うるさくって。ちゃあんと土産話は作ってきたぜ。あとでたっぷり聞かせてやるからな!」
「いえ、逆に静か過ぎて眠れませんでした」
いつも奏夜達が居る環境になれた乾にとってコロマル以外に誰も居無いと言うのは返って落ち着かない、と言う事だろう。
「でも……コロマルの考えてることがだいぶ分かるようになった気がします」
そんな乾の言葉にゆかりと美鶴の視線が彼へと向かう。
「ここのところふたりきり、だったから」
影時間……
一人屋上に出た奏夜は一人月を眺めていた。
「此処が始まり……なんだろうね」
「そうだな」
いや、正確にはキバットも一緒だから一人では無いだろう。そんな中で思い浮かべるのは始めて戦った大型シャドウとファンガイアタイプ。キバの力とペルソナの力……二つの仮面の力を振るって戦った夜。
「もう直ぐこの戦いも終る。……ねえ、キバット……。ぼくは……彼女の様に全てが終わった後、否定せずに居られるのかな……」
「さあな、それはお前次第だろうな。だけどな、奏夜。オレはお前のことを信じてるぜ!」
「ありがとう、キバット」
「おう。おっと、それじゃ、オレは先に部屋に戻ってるぜ~、なんか有ったら呼べよー」
何かの気配に気がついたキバットはそう言って部屋へと飛び去っていく。
「これから先、何が有っても……キバって行くぜ、奏夜」
「うん、キバっていこう」
キバットが飛び去っていた後、奏夜は自分に近づいてくる気配に気付く……それは、よく知っている気配。