一人寮を飛び出した順平はタルタロスと化した学園へと向かって走っていた。普段通いなれた場所であるため、意識しなくても自然と足が向く。また、影時間では車や信号の心配も無く、一切休む事無く疾走できる。
タルタロスの入口……其処に佇む紅い髪の白い服の少女……チドリの元へと向かって順平は一人走っていた。寮を出るときに武器も持っていったのは、その程度の冷静さを有していたと言うべきか、意識しなくても行動できるほど体に染み付いていたと言うべきかは定かでは無い。
「おい、チドリ! どう言うことなんだ、訳を聞かせてくれ!!!」
彼女……チドリの姿が目に飛び込んだ瞬間、順平は思わずそう叫んでいた。……色々な意思の込められた叫びだが、チドリは答えようとはしない。
「こんな事する理由なんてねえじゃんか! オレ達が戦うのなんて、ぜってーオカシイって!!!」
心からの叫びだが、チドリは彼の言葉に対して一切動じる事無く彼を見据えている。
「そりゃオレ、あんま頭良くねえし、色々マズかったかもしんないけど……」
そう言いながらチドリに近付くが、チドリは
「おわッ!?」
チドリは鎖付きのハンドアックスを振り回すことで応える。間一髪でしゃがむ事でそれを避ける。
「ちっ……」
避けられた事に舌打するチドリ。
「おいで……」
腕から血を流しながら取り出した己の召喚器を自分へと突きつけて、
「メーディア!!!」
己がペルソナを召喚する。
「……そんな」
己へと襲い掛かるチドリのペルソナ、メーディア。
「くそっ……くそっ……。くそ、くそ!!!」
それを見据えながら順平もまた召喚器を取り出す。呼び出すのはペルソナ、
「ヘルメス!!!」
ぶつかり合う召喚された二つのペルソナ、ヘルメスとメーディア。
「二人とも居ます」
「うん! 順平!!!」
それは丁度月光館学園……タルタロスの入口に奏夜達が駆けつけた時だった。
(何でだよ……なんでこうなっちまったんだよ!!!)
順平の中に生まれた戸惑いが心の被る仮面と言うべきペルソナの動きを阻害する。その一瞬の停止を好機とメーディアはヘルメスを何度も打ち付ける。
「がっ!!!」
「順平!」
「ダメだ」
ペルソナを通じてダメージを負った順平が膝を折る。そんな順平に駆け寄ろうとするゆかりを奏夜が止める。
(ちくしょう!!!)
彼が見るのは無言のまま佇むチドリの姿。武器を持っている事を除けば、その表情も初めて出会った時と何一つ変わらない。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!」
奏夜達が駆けつけたことも目に入っていない様子で何度もメーディアとぶつかり合う中、順平の咆哮に応えるようにヘルメスは炎を纏ってメーディアへと突撃する。本来のペルソナ・ヘルメスには無い技だが、恐らくは得意の火炎(アギ)系の魔法と物理系スキルのアサルトダイブのあわせ技だろう。
己の主に応える様に放たれたヘルメスの渾身の一撃によってメーディアは粉砕される。だが、その代償とでも言う様に魔法と物理スキルの合わせ技を使ったヘルメスの全身に罅が入っていた。
それも無理も無いだろう。複数のペルソナで行なうミックスレイドを擬似的にとは言え単独で行なったのだから、負担もバカにできるものではない。
「メーディア!!!」
メーディアが粉砕された事によって生まれた隙、恐らくはだがストレガの三人の中でサポート担当であった彼女は他の二人に比べて戦闘熟れしていないのだろう。敵を目の前にして、敵から注意を離すというミスをしてしまう。
逆に順平はその一瞬の好機を逃さずチドリを押し倒し、彼女の持っていた召喚器を弾く。武器もそんな状態では使いようがない。そして、喉元に突きつけるのはヘルメスの翼だ。刃のように鋭くなった翼を突きつけられながらもチドリの表情は変わらない。寧ろそれは、メーディアを粉砕された時の方が表情が露になっていた程だ。
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
ヘルメスの刃を突きつけながらゆっくりと順平は彼女から離れていく。勝敗は決した……順平の勝利と言う形で、だ。
「なんだ……。強いじゃない……」
チドリがそう呟く。……確かにS.E.E.Sの中ではその有り方ゆえのアイギス、戦闘経験や元もとの能力で明彦や美鶴、キバである奏夜には劣っているが、決して順平は弱いわけではない。……ペルソナ使いとしては本格的に戦いが始まってから参戦していただけに、戦い方によっては格上である美鶴にも勝てる可能性さえある。
……まあ、奏夜の場合は下手な相手に負ける絵が想像できないだろうが。ペルソナが効かなくても、最悪はキバがある上にペルソナチェンジによる相手の弱点を付いた上での一方的な戦いも可能だ。
だが、勝った筈の順平の表情に浮かんでいるのは、まるで打ちのめされた敗者のような表情だ。順平はチドリへと駆け寄り、
「触らないでって、言ったでしょ……」
「チドリ、教えてくれよ。なんでこんな……」
悲痛ささえ感じられる順平の問いかけにチドリは表情一つ変えず、
「…………一番怖いのは……。死ぬ事じゃない」
他の二人のストレガ達を見ていても思ったことだが、彼らは死を恐れていない。己の命でさえ軽く考えている節が有る。彼女の言葉から奏夜は彼等への推測が間違い出ない事を確信する。
「一番怖い事……。それは」
ストレガにとって一番恐れる事。死さえも恐れる物ではない彼らにとってのそれは……。
「“執着”してしまうこと……」
執着……何かに対して思い入れを持つ事。当然だろう……死を恐れないのならば、その理由は執着が……視ねない理由が無いことになる。
「そうすれば失くすのが怖くなる。命だって、物だって、なんだって」
奏夜はその言葉に心から同意する。奏夜にとって次狼達四魔騎士(アームズモンスター)達を、残された家族である兄を……何より自分の中で大きな存在となってしまった風花を失うのは心の其処から怖い。
「だから、私達は何時だって今と言う瞬間を楽しむだけ……」
(だけど……それは違う)
今を、その一瞬を楽しむ事は確かに正しいだろうが、未来の事を何も考え無いと言う生き方を奏夜は否定する。
「……なのに順平は、私に要らない苦しみを持ってきた」
……何にも執着せず、今だけを楽しんでいた彼女に起こった順平との出会い。それが、彼女の持っていた価値観を変えてしまった。
「失くすのが怖い……」
大切なモノを得てしまったからこそ、失う事を恐れ……
「死ぬのだって怖い……」
大切なモノと一緒に有りたいからこそ、死ぬ事を恐れる。
「一緒の時間が終っちゃうのが……怖い……。だから、私……」
『おやおや、チドリ……』
「っ!?」
彼女の独白の最中に響く第三者の声。其方へと視線を向けるとタルタロスの入口に佇むタカヤとジンの姿が在った。
「お前達は……やっぱり、生きていたのか」
「出やがったな、死に損ない共が!」
姿を表した彼らに反応したのは奏夜と……やはり、明彦だった。死んでは居ないと言う予想はあったが、やはり生きていた。
「やはりもうダメのようですね。君は彼らに毒されてしまった」
「何がダメだ! ふざけてんなよ、この亡霊ヤロウが!!!」
「フ……亡霊などではありませんよ」
「確かに。ある意味、亡霊よりも性質が悪いね」
「フフフ……それは随分と酷い言い方ですね」
順平の言葉にそう言い返すタカヤに思わず吐き捨てる様に呟く奏夜。
「ですが……生に……“執着”などしなかった我々を運命はそれでも“生かした”。私は“選ばれた”のです!」
「テメェ……」
「……何時かの自分の年も考えないで王子とか妄言吐いてたヤツみたいな事を」
何時かの幾月を連想させる何かに恍惚としている様子のタカヤに対してそう言い捨てるが、当のタカヤは気にした様子も無い。
「今は隠し事は無しだ……今度は間違いなく送ってあげるよ」
「決めたぜ! テメェらにはもう、指一本ふれさせねえ! チドリはオレが、神でも守る!」
キバットを呼び出そうとする奏夜とタカヤを睨みつけながら召喚器を抜く順平。
「チドリ、オレと来い! こんなヤツラといちゃダメだ!!!」
それは順平が定めた戦士としての覚悟。だが、
―パァン!―
「……え……?」
響くのは無情なる音。
硝煙の昇る銃口を順平へと向けているタカヤ。順平の服に滲む鮮血は胸の中央からだ。
あっけなく訪れた死に誰もが思考を停止する中、一人順平だけは……
―……へへ。なんだよ、これ……。やっぱ、オレじゃ奏夜みたいになれないか―
ゆっくりと崩れ落ちる順平だけが、冷静に自分の状況を見つめていた。
―死んでも守るとか……オレ、カッコつけちゃってよ―
崩れ落ちる時順平の目に映るのは仲間達の先頭に立ってキバに変身しようとする奏夜と、
―そう言うのはやっぱ、奏夜の役だよな。オレなんかじゃ……カッコつけても、直ぐに死んじまう役回りだよな……―
最後に視界に映るのはチドリの……死んでも守ると言った相手の姿。
「イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァア!!!」
―バカみてェじゃねぇか―
最後の瞬間に聞こえるのは見上げたチドリの表情と彼女の悲鳴。噛み締めるのは己の無力さ……。
『奏夜みたいに出来ないよな』と無力に打ちのめされる心の中に浮かぶのは、同じ状況で生き延びて守れるであろう友人の事。
自分じゃ彼のようには出来なかった。自分じゃたった一人のヒーローにもなれなかった。そんな後悔と悔しさを噛み締めながら、彼の意識は闇へと堕ちていった……。