すっかり日も落ち、2つの月が大地を照らすようになった頃、ミスティカは目覚めた。だが目覚めてすぐに目に入ったモノがフードを被った女性、詰まるところリサだったため
「嫌な目覚めであるな」
そう呟き体を起こした。いきなりのことに驚く2人と冷静に
「酷い言われようね……ま、良いわ。ご主人、ミスヴァリエール、2人でミスタコルベールにコレが起きたと言ってきてほしいのだけど頼める?」
それに頷き、医務室を出ていく2人を見送り
「で、ここは何処であるか?」
「異世界」
ふむ、と顎を摘まむように撫ぜるミスティカにリサは
「だってミーナエルクはここにあるのだから」
感情が籠っていない声でそう言い自身の胸を指さす。それに納得したと一つ頷いたミスティカは頭を掻き
「やっぱり駄目であったかぁ」
「何が?」
いや、と前置きをし
「メルの奴と自分が何分持つかと賭けておったのだがな、アイツは賭けた時間よりも時間を稼いだのだが、拙僧はこの通り生き残ってしまってな、これでは賭けが成立しないのであるよ」
下らない理由だった。リサは耐えきれないといったように大いに笑い
「やっぱり、あなた達は最高ね、自分たちの世界が滅んだっていうのにそんなこと言えるのだから」
「なんだ、今更気づいたのであるか?」
「いいえ、気づいては居たけど今激しく実感しただけよ」
そう言い、彼女等が戻って来るまでしばし、雑談する
「ところで貴方が持っている厄ネタと預かり物の調子はどうかしら?」
「厄ネタとは失敬な、あれは拙僧の使い魔とすべく正式に契約を交わしたものである」
「ええ、まさか少し一人で行動するのであるとか言い出して戻ってきたら今回みたいに血達磨で驚いた記憶もしっかり残ってるわ」
「うむ、だが悲しきかな未だ兆候が見れん。預かり物の方はあと2~3日と言ったところであるのだが」
「あらどこで孵化させましょうかね?あっちは派手にやらないとただの……」
言いかけたところで彼女等がコルベールと、もう1人、白い口ひげと髪をした老人が到着した
「お帰りなさいご主人、そちらの方は?」
リサが、ご主人とアニエスを呼んだとき、ミスティカが凄い顔をしたが丁度アニエスの位置からはリサの影になっており
「この人はね」
「いいや私から話そう。初めましてじゃな、私はオスマン、このトリステン魔法学院の学院長をしておる」
コルベールが近くにあった椅子をオスマンの近くに置き座らした。その後、自分の椅子を取りに行き、オスマンの対面に椅子を置く。ベッドの手前側に枕側からリサ、アニエス、オスマンの順に。奥側にヴァリエール、コルベールの順だ
そんな彼等を見渡し、リサの方を向き
「なんだか寝たきりの重要参考人になった気分であるな」
そう言い放つが、リサは苦笑する程度で済まし、オスマンがこう切り出した
「無事に助かったようでよかったのう、そして、良ければどうして血だらけで出てきたのか、それと私達が知らぬ、貴公を治療したヒーリングのような魔法、それについて聞かせてもらえんか?」
「ふむ、それは構わないが……拙僧を治療したとなると」
チラリとリサの方に目を向けるとリサは一つ頷き
「これのことよ」
とアスクレピオスの杖を引き抜き、全員が見えるように少し掲げてみせる
「ふむ、やはりソレか」
「ええこれよ、私はコレ以上強力な癒しの力を持つ物は持ってないですからね」
クスクスと笑い声をあげるリサを横目にため息をつき
「さて、どこから説明したものであるか」
頭を掻き、自分の中で少しまとめると
「ご老体、少し長くなるが、構わないであるか?」
「無論、それで全てがわかるならば」
うむと頷き
「まずアスクレピオスの杖のことだが、拙僧達は遺失物と呼んでいる。まぁ読んで字のごとく太古の昔に作られ、超常的な力を持つ品である。多くのモノは太古の英雄達が使用したためその英雄の名が付けられているのである」
一息つき
「これの場合、死人以外はどんな状態であろうが完全に癒しきる力を持っているのである」
便利なものであるよと付け加えさらに続ける
「拙僧が血達磨で出てきた理由は簡単である。とある理由から拙僧とそこの女を含めた5人で世界崩壊を止めるべく旅をしていたのだがな、最終的な決着として負けたのである」
かぶりをふり、完全に呆れた声で続ける
「拙僧がこうなっている以上もう滅びたのであろう。今更どうこう言うつもりなど毛頭ないのである」
その言葉にヴァリエールが反応した
「ちょっと待ちなさいよ、もう滅びたってどういうことよ」
その言葉にハッとしたかのようにミスティカを見つめる4人、そんな彼らに
「言葉通りである。拙僧は負け、故郷たるミーナエルクは完全に消滅しているのであろうよ。だが拙僧はここに居る。生きているのだから新天地に来たことを喜んでこれからの生活基盤を作ることを考えるのである」
なんでもないように言い切るが“この世界”から知らない人間にとっては理解できないだろう。なにせ、今は無き滅びた世界からやってきました、などという人間は狂っている部類の人間に他らない。だが先程説明された遺失物というものは見たことも聞いたことも無い。東方に存在するというロバ・アル・カリイエのモノかとも思うがそもそも魔法の大系が違い過ぎる上、直接の交流が途絶えて長く、それすら判別できない
「にわかには信じられん話じゃのう」
オスマンがそう漏らすのも無理はない話だった。だが、そこで終わらず
「じゃが……これに見覚えがあるのならばその話、信じてやってもよい」
そう言い、懐から何かのスケッチを取り出す。それを受け取り、そこに描かれている絵を見た瞬間、ミスティカが頭を抱えた
「ご老体、これをどこで」
そんな彼の袖をリサはちょいちょいと引っ張ると彼はスケッチを手渡す。隣に座っていたアニエスも恐る恐るといったように除き込むがそこに描かれていたのは筒のような物だった。長い筒があり、その先に楕円形の物がくっ付いたようなソレは、アニエスには全くもってどういった物なのか理解できないが、リサの方はいたって普通に
「あら、これは……初期型か、末期型かしら?」
「知っておるのじゃなこれを」
「ええ、まぁ……知っているというか」
「拙僧が設計、開発したのである」
なんと、と声を上げるオスマンだがベッド奥側に座っている2人にはスケッチの絵が見えていない
「オールド・オスマン、一体どのような話をしているのか説明していただきたい」
そうコルベールから声が上がる。その声で、今までの話の内容が余りにも現実とかけ離れており思考停止状態に陥っていたヴァリエールも声を上げる
「そうですオールド・オスマン、こんな話を信じるなら明確な根拠が……」
「その根拠なのじゃよそれは」
その一言で場が静まる。そんな中アニエスが思い切ってリサに尋ねる
「ねぇこれって一体何なの?」
「ああ、これ?無反動魔力式擲弾射出装置という兵器よ……こちらではなんと呼んでいるのかしら?」
視線をオスマンの方に向ける一同。その問いに答えるように
「破壊の杖とそう呼んでおるよミス」
「は、破壊の杖ですと?」
その名に聞き覚えがあるコルベールが声を上げる。彼は捲し立てるように
「この学院の宝物庫に保管されている物がなぜこの者達の話を信じる根拠になると?」
その言葉に対し、オスマンは過去を思い出すように話し始める
「30年程前森を散策していた私はワイバーンに襲われてのそこを救ってくれたのがソレの持ち主じゃ、彼はもう1本の破壊の杖でワイバーンを吹き飛ばすとパタリと倒れてしまって、もう息は無かったんじゃ」
一息入れ
「せめてもの弔いとして、身に纏った青い稲妻が刻印されたボロボロの白銀の鎧と使われた破壊の杖は共に埋葬し、もう1本を破壊の杖と名付け宝物庫にしまいこんだ。恩人の形見としてな」
オスマンは窓の外を見つめ
「今思えば、あの白銀の鎧も一体どんな金属で作られているか幾度も調べたがまるで分からなかったからのう。それが別の世界のものというのならば納得がいくものじゃな」
ご老体、とミスティカが声をかける
「回顧するものいいのであるが、拙僧なんでこの世界に召喚されたのであるか?滅びに抗うために別世界からの呼び出しなどという愚行ではないことであろうが……皆目見当がつかないのである」
至極真っ当な問いかけであった。確かにこの男、召喚されてすぐにぶっ倒れ、説明など何も聞いていない。
「それならばそこのミスタ・コルベールに話を聞くがよい。私は戻るでの」
「ああ、なら私達もこの辺りで退散しましょうか、行きましょうご主人」
明らかに面倒くさいことが起こるだろうと、オスマンとリサが立ち上がりそそくさと出ていく。
「えっ、ちょっとリサ!?」
その後ろを一度コルベールに一礼し、医務室から出てアニエスに手招きをしているリサに小走りで駆け寄りドアを閉める。
そんなリサの様子を見ていたミスティカがぼそりと
「なにやら嫌な予感がするのであるなぁ」
と、呟き医務室の中から
「なんと非合理的な術式であるか」
このような叫び声が上がるのは5分程後のお話し
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女子寮:アニエス自室
アニエスの部屋は入り口近くに机があり、その隣にクローゼットが置かれている。ベッドは窓の近くに置かれていて夜は月が見え、朝になれば陽光が部屋を照らすだろう。そういった部屋だ。
あのあと、アニエスはリサに話しかけることに気後れし、無言のままそんな自室に着き、会話の無いままの時間が流れていた。
どうしたらいいものかと悩み、机の椅子に座ったまでは良かったものの部屋のランプに明かりをつけるのを忘れており、月明かりが部屋を照らしている。
そのリサだが、アニエスの部屋に着くなり窓に近づき、ただただ月を眺めている。あの時、ミーナエルクを飲みこむことになった原因を己の中で幾度も思い出しながら、もっと別の選択肢はなかったのか、殺されたように見せかけて……と、過去を思い出し、ifを考える。だがそれも慰めになることはないと分かっており思考を打ち切る。
「永く生きて、初めての感覚ってあるものなのねぇ」
そう口に出してしまう程恋い焦がれ、愛してしまっていたのだろう。今までならもはや踏ん切りつけて立ち直っているだけの時間がたっているのにも関わらず、ミーナエルクでの生活を通じて得てしまった、修行が終わり放り出されてから初めて感じた途方もなく大きな感情。それを整理し折り合いをつけるにはまだ経験が足りていなかった。今回が初めてなのだから仕方ないと、そう結論付け、リサの背をオロオロと見ていたアニエスに向き直り
「そろそろ寝ましょうか」
「えっ、あっそうだね」
だが寮は1人部屋であり、ベッドは1つしかない。椅子から立ち上がったのはいいものの、どうしたものかと再びオロオロし始めるアニエスだったが
「ああ、私は
そんな声と共にガコンと音が響いた
見れば、リサが右手を伸ばし、金属製の円盤に
「ねぇ、なに……それ?」
「椅子よ」
「いやそうじゃなくて」
頭を抱えて蹲ってしまったアニエスを横目に、上半身の捻り分だけでは距離が足りず、追加で少し引き、完全に姿を現した椅子を部屋に置く。
2人で座っても余裕ができるだろう長さのその椅子は、背もたれに刻まれた花の意匠や綺麗に木目が浮き出た飴色の木材と見ただけでも比較的高価なものだと分かるものだった。
「その……なんて言ったら分からないけど椅子出したの、なに?」
「ああ、比較的便利な格納魔法よ。私はこういった触媒用意してこの程度が限度だけど専門になると空間を空間に格納して外から見た広さと中の広さが違う建物を持ち運ぶってこともしてるわね」
アニエスはさらに深く頭を抱えてしまったが、空間を元に戻しながらリサが優しい声で
「疲れているようだし早く寝ちゃいましょう。もういい時間でしょうし」
私の常識をぶち壊すような発言が原因だよ、とも言えず、リサに投げやりに
「うん、そうだね」
そう言い、彼女は立ち上がり、机の近くにあるクローゼットの中から寝間着を取り出し、一度机に寝間着を置き、着替えるために制服を脱ごうとしたが、ふとリサ見る。さすがにアニエスを見ているという訳でもなく、椅子に腰かけ天井を見ているのだろう。フードから見える細い顎がこちらを向いているのが分かる。それを確認し、いそいそと着替え、薄い身体ゆえ外す必要のあるものなどなく、唯々脱いで着る。それだけで終わるため便利なものであると納得し
「着替え終わったからもういいよー」
とリサに声をかけるが、聞こえてきたのは寝息だけだった。旅暮らしを常としてきたリサは寝れるときに出来るだけ長く眠っていることを信条に活動してきたため寝つきがすこぶる良い。そんなリサの寝姿を確認し、寝ちゃったなら仕方ないよねといそいそとベッドに入り、小さく、おやすみなさいと言い、10分も経たずに部屋から聞こえる寝息は2つになった。