虚無の栄光   作:因幡の白ウサギ

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ほのぼのを書くとシリアスっぽい物が、シリアスっぽい物を書くとほのぼのが書きたくなるのは何ででしょうね?


00,栄光の陰で

 00,栄光の陰で

 

 一体何時からだろう。勝利の余韻に浸れなくなったのは。

 

 何時からだろう。自分の意識が勝利して当たり前という物に固定されて、それと同時に、勝利しなければならないという強迫観念に縛られたのは。

 

 自分がどうして此処に立っているのか分からなくなったのは、どれくらい前からだっただろう。

 

 私は、どうして生きているのだろう?

 

 

 

『決まったぁぁぁぁぁぁぁ!!今大会の優勝者も、前大会覇者のジークリンデ・エレミアだぁぁぁぁぁぁぁ!!これで四連覇!強い、強すぎる!!』

 

 実況の叫び声が聞こえると同時に、全方位の観客席から大歓声と惜しみない拍手が私と対戦相手に送られる。私は倒した対戦相手と握手をして、そして観客席にも笑顔を向けながら控え室に戻った。

 そうして控え室に戻ると同時に、顔にワザとらしく張り付けた笑顔の仮面が剥がれ落ちる。代わりに鏡の中に現れたのは、陰鬱な表情の自分の顔だ。

 

 控え室には誰も居なかった。当然だ、私にセコンドなんて居ない。来て欲しい彼は家から動かせないし、彼以外の誰にもセコンドをやらせる気が無いから、私のセコンド枠はいつまで経っても空席のままだった。

 本来は数人で使う筈の控え室は一人で使うには広すぎて、でも同時に、その広さと静けさが心地良く感じられた。ファンのサインを求める手も、マスコミの取材の手も、五月蝿い会場の熱気も、此処までは来ない。

 

「……ふぅ」

 

 つまらない。非常にツマラナイ。対戦カードこそ前回とは違ったものの、やってきた事といえば前回大会の対戦者がしてきた事の焼き増しで、そしてそれは私が一度経験済みの物だった。拍子抜けしたという自分の心の動揺は、きっと動きにも現れてしまっていただろう。

 大した面白みも無い試合にしてしまった。こんな巫山戯た試合内容で観客は本当に盛り上がっていただろうか、こんなので彼はガッカリしないだろうか。そんな陰鬱な思いがグルグルと回り、繰り返し頭の中を行ったり来たりする。

 五分ほど頭を抱えた後、私は立ち上がった。

 

「……帰ろ」

 

 何時までも此処には居られない。時間を掛ければかけるほど、厄介な取材陣もファンも増えるのは学習済みだった。

 憂鬱な気分で帰り仕度をする。しかし、その気分とは裏腹に手はスイスイと動き、ものの5分で帰り仕度は済んだ。渡された優勝カップの重さももう慣れたもので、最初は戸惑っていた持ち運びももう簡単に出来る。

 私は纏めた荷物を片手に持ち、再び笑顔の仮面を貼り付け、空いた片手に優勝カップを持って取材陣やファンの待つ広場へと出た。

 

 

 

 

 

 

 

 長く、そして面倒な取材も終わって、私は人目に付かない路地を選んで歩いて帰っていた。プライバシーを無視する事に定評のあるパパラッチも何人かつけて来たが、少しネタになりそうな行動をしてから撒いた。

 5分も経つと、歩いていた路地が住宅街に出る。それを左に曲がって更に2分ほど歩けば、私の帰る場所にたどり着く。

 たどり着いた場所は普通の一軒家だ。ちょっと都市の中心部から離れた場所にある、何の変哲もない一軒家。特別な何かは無いけれど、でも此処にいる間だけは、私は「インターミドル競技者」のジークリンデでも、「エレミア」のジークリンデでもなく、「唯の14歳の少女」のジークリンデで居られる。

 

 私が玄関に近づくとドアの鍵が開いた。どうやら私が帰って来たのを見ていたらしい。私がドアを開けると、見慣れた顔が私を出迎えた。

 

「おか、えり……優勝、おめでとう」

 

 家主のレン君は、日に日に悪化していく病状など微塵も見せずに私を笑顔で迎えてくれた。あんな酷い試合を見ても、なお優勝を祝ってくれる彼に、私は内心で罪悪感を感じながら笑みを返した。

 

「ただいま。今回も取って来たで、レン君の優勝カップ」

 

 私は手に持った優勝カップを、いつものようにレン君に渡した。毎回のように渡されている優勝カップを見て、レン君はお決まりの言葉を言った。

 

「やっぱり……重い、ね」

 

「もう慣れたもんやろ?」

 

「うん……でも、良いの?」

 

 何が、とは聞かなかった。このやり取りも毎回のものだから、聞かなくても彼が言いたい事は分かっているからだ。

 

「ええんやで。この優勝カップは、ウチがレン君にあげる為に取って来た物なんやから」

 

 14歳の少女には、こんな物は必要ないから。

 私が毎回のようにそう言っていたからか、遠慮がちな表情を見せながらもレン君がそれ以上何かを言う事はなかった。

 いや、言えなかったの方が正しい。

 

「ッ!?ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ、ゴホッ」

 

「レン君!」

 

 急にうずくまったレン君は咳き込み、そして吐血した。赤い血が服に跳ね返り、口元を押さえた手から血が垂れて床を赤く汚す。

 私は彼に駆け寄って背中をさすり、そして一緒に口元を押さえる。その時に彼が手にしていた優勝カップと私が着ていたジャージも一緒に濡れたが、そんな事はどうだって良かった。優勝カップの血は拭けば落ちるし、このジャージは既に彼の血に染められているからだ。

 

「ゲホッ、大丈、夫……ちょっと、むせたゲホッ、だけ、だから……」

 

「分かったから、そんなに無理に喋らんといて。苦しいんやろ?」

 

 彼は頷いて、そして懐からカプセル状の薬を取り出した。

 

「ゲホッゲホッ、水……」

 

「すぐに入れてくる!」

 

 台所にあった適当なコップに水を入れて玄関に戻る。私が水の入ったコップを渡すと、レン君は震える手でそれを掴み、薬と一緒に飲んだ。

 

「落ち着いた?」

 

「ゲホッ……少し」

 

 彼の精一杯の強がりだった。

 現状で一番効能が強く、しかも即効性があるが、その代わりに副作用も強いその薬ももう効かず、既に気休めの域に入っているのを私は知っていた。

 

「ジーク……」

 

「なんやレン君?」

 

「……ちょっと、眠い」

 

 

 その言葉を最後に、レン君は動かなくなる。

 

「……へ?ちょっと、レン君?」

 

 体を揺らして名前を呼んでも返事はない。一瞬、私の背を冷たい物が走ったが、胸に当てた手から鼓動が聞こえたので、どうやら薬の副作用で眠っているだけだと分かった。

 それと同時に、この薬は効果が出るのが早いが、副作用が出るのも早いのだという事を思い出す。

 私が彼の体を支えていたその時、私が鍵を閉め忘れていた玄関のドアが開き、見知った顔がその姿を見せた。

 

「……あら、鍵が開いてますわね。レン?鍵を開けっ放したら危な……どうしましたの!?」

 

 その見知った顔のヴィクターは、レン君の状態を見るなりレン君に駆け寄った。高そうな純白のスカートが血で汚れたが、当の本人は気にした素振りなど見せなかった。携帯端末を取り出そうとしていたヴィクターを私は手で制す。

 

「しっ!今寝た所やから……」

 

「ああ……なんだ、ただ寝ていただけでしたの」

 

 ヴィクターはホッとした表情で取り出そうとした端末をバッグの中に戻した。

 

「ウチもヒヤッとしたんよ」

 

「こんな容態では、もう何時まで持つか分からないですものね……。エドガー、すぐにレンを二階のベッドに運んで、着替えもさせて」

 

「畏まりました」

 

 エドガーがレン君をヒョイと抱き上げて二階へと上がる。それを目で見送ってから、私とヴィクターは床に散らばった血痕を拭き取る物を取りに洗面所の方に足を進めた。

 

 

 

「お嬢様」

 

 床の血痕を拭き取ったと同時に、二階からエドガーが降りて来た。

 

「ありがとうエドガー。それで、レンは?」

 

「寝息を立てて寝ています。今の所は安定していますが……」

 

 いつどうなるかは分からない。エドガーは暗にそう言った。

 

「分かりましたわ。エドガー、申し訳ないけれど、しばらくレンの様子を見て何かあったら私達に知らせて頂戴」

 

「承知しました」

 

「……おおきにエドガー」

 

「お気になさらず」

 

 エドガーはにっこりと笑うと、再び二階へと上がって行った。

 

「向こうはエドガーに任せて、私達は少し休憩しましょう」

 

「でも……エドガー1人に任せきりは」

 

「私達が行っても、邪魔になるだけですわよ」

 

「うっ……」

 

 痛い所を突かれた。確かに、今レン君の所に居ても何もする事が無い。むしろエドガーの仕事を邪魔する事にしかならないだろう。

 

「それに、ジークはさっきまで試合をしていたでしょう?いくら試合内容の半分が前回大会の焼き増しとはいえ、試合は試合。疲れる事に変わりはないのだから、しっかり身体を休めないと」

 

「あはは、やっぱり気づいとった?」

 

「ジークを打倒する為に、何回もジークの試合を見て研究していますもの」

 

 リビングへの扉を開けながらヴィクターはそう言い、そのまま奥のキッチンへと消えて行った。きっと紅茶を淹れにいったのだろう。

 手持ち無沙汰になった私はソファに座ってリモコンを手に持ってテレビを点けた。

 この時間ならバラエティ番組の一つでもやっているだろうと思ったが、どこのチャンネルも私が連続優勝した件で持ちきりだった。どのチャンネルに変えても、インタビューを受けている私や試合をしている私が居る。

 

「……」

 

 嫌になって私はテレビを消した。何が悲しくて、自分の顔やみっともない試合をテレビで見なければいけないのだ。それよりもっと他に報道する事があるだろうに。

 

「あら、テレビは点けないんですの?」

 

 ヴィクターが紅茶の入ったポットとカップ、それにクッキーを乗せたお盆をテーブルの上に置いた。

 

「つまんないから消した」

 

「そうかしら?この時間はバラエティ番組が多かった筈だけれど……あっ」

 

 私が置いたリモコンを持ったヴィクターはチャンネルを変えながらそう言って、何かを察したような声を出した。

 

「そういえば、インターミドルの世界大会が終わった後って特番が組まれるんでしたわね。完全に失念していましたわ」

 

 テレビを消してリモコンを置いたヴィクターは、そのままポットを手に取って紅茶をカップに淹れ始めた。

 

「ささやかですが、私からのお祝いですわ」

 

「おおきにヴィクター」

 

 ヴィクターが淹れてくれた紅茶はとても美味しかった。茶葉が違うというのもあるのだろうが、ヴィクターの淹れ方も上手いのだろう。

 

「クッキーもどうぞ。夕飯前だから、あまり多くは食べられないけれど」

 

「……美味しい」

 

「それは良かったですわ。クッキーを焼くのは初めてだったから、上手く出来ているか心配だったんですの」

 

 なんと、このクッキーもヴィクターが焼いた物だったらしい。前に服も自分で縫ったとか言っていたし、本当にヴィクターはなんでも出来るのではないだろうか?格闘技しか能の無い自分とは大違いだ。

 

「そんな事はありませんわよ。ジークの試合はいつも、私を含めた見る人を楽しませてくれますもの。私には、あんな芸当は到底できそうにありませんわ」

 

「あれ?(ウチ)、声に出しとった?」

 

「何年の付き合いだと思ってるんですの?ジークが自分に自信が無くなった時に遠い目をするのは、もう分かっている事ですわ」

 

 ヴィクターはそう言って、私の口にクッキーを押し付けた。

 

「もっと自分に自信を持ちなさい。今の貴女はちゃんと、あの時レンに誓った通りの立派な選手になれているのだから」

 

「……」

 

 励ますようなヴィクターの声に、私は返事をする事ができなかった。クッキーが口を塞いでいたというのもあるが、それ以上に、私の中で疑念の種がむくむくと成長していたからだ。

 

 本当に、そうなのだろうか?

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