虚無の栄光   作:因幡の白ウサギ

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スランプって奴が来たのかもしれない。

岬サナさんから9評価を頂きました。これからも当作品を宜しくお願いします。


05,はじめての○○○○

 05,はじめての○○○○

 

 

「そうでしたわ。肝心な事を忘れていました」

 

 昼食後のティータイム。いつものように、取り留めのない事で談笑していたレン達の会話は、ヴィクトーリアのそんな言葉で一時的に中断した。

 

「なんや、何を忘れたんやヴィクター?」

 

「これですわ」

 

 レンにクッキーを食べさせながらそう聞くジークリンデに、ヴィクトーリアはビシッという効果音が付きそうなくらい鋭く封筒を突き付けた。

 

「なんやこれ?……ああ。そういえば、インターミドルの参加申請書類をまだ出してへんかったっけ」

 

 それを受け取り、封を開けたジークリンデはそう言って入っていた参加申請書類をテーブルの上に置いた。

 

 参加申請書類といっても、名前な所有しているデバイスの名前などを記して提出するだけの簡単な物だ。

 

「ええ。早く出さないと、私達は出場すら出来なくなるわ」

 

「それは、マズイ……ね」

 

 提出期限にはまだ余裕はあるが、こういうのは早めに済ませておくべきだろう。

 常に余裕を持っておくのがベストなコンディションを生むのだと、ヴィクトーリアは信じていた。

 

「ほな、皆で早速出しに行く?」

 

「そうしたいところだけど……」

 

 ジークリンデの提案にヴィクトーリアは難色を示した。そんな彼女の目線は、小動物のように一枚のクッキーをカリカリと食べているレンに注がれている。

 

「レンをどうするのよ。まさか、家に1人で置いて行く訳にもいかないのよ?」

 

「そういえば、参加申請書類の提出には本人確認がありましたね」

 

「あー……」

 

 その理由はただ一つ。身代わりを防ぐ為に義務付けられている本人確認である。

 本人確認などと仰々しく言ってはいるが、実際は顔写真を撮ったり魔力の波長を記録したりするだけの極々簡易的な物だ。

 時間にすれば10分程度で終わる物ではあるが、参加申請をするのはヴィクトーリア達だけではない。何百という人が、連日参加申請をしに会場へと訪れているのだ。

 そうなれば、待ち時間も比例して伸びていく訳で……日に日に体調が悪くなっているレンには到底耐えられないだろう、というのが、ヴィクトーリアの意見であった。

 

「何回かに分けるとか?」

 

「それが無難でしょうね。今日は私で、明日はジーク。それでどうかしら?」

 

「ええんやない?それならレン君も1人にならへんし」

 

「では、私は車の用意をしておきますね」

 

「お願いねエドガー」

 

 そんな風に話が纏まりそうになった時、その話題を断ち切るように声を上げた人が居た。

 

「僕の事は、良いよ……平気、だから。だから……皆で、行って来て」

 

 他ならぬレン自身だった。

 

「なっ何を言っとるんや!?」

 

「バカを言うんじゃありませんわ!」

 

「レン!お前、自分の体がどうなってるのか分かってるんだろ!?」

 

 その言葉を聞いた3人は口々にそう言ったが、それも当然だろう。目を離すと死にそうな彼を放っておくなど、この3人がする筈が無い。

 

「分かってる、分かってるよ……でも平気。今日、調子良い……から。ぶい、ぶい」

 

 両手でピースサインを作ってレンは笑う。やはりレンの精一杯の強がりだった。

 本当は今日のレンの身体は調子は良くない。悪くもないが、決して本人が言うほど良くもなかった。いつも通り、もしかしたら血を吐くかもしれない状態である。

 そんなレンの嘘に、3人は懐疑的な目で本心を見透かすようにレンを見る。が、やがてヴィクトーリアは諦めたように立ち上がった。

 

「はあ……昔から、こうと決めたレンはテコでも動きませんものね。分かりましたわ」

 

「ヴィクター!!ええの!?」

 

「お嬢様!!」

 

「落ち着きなさい2人とも」

 

 あくまで冷静なヴィクトーリアの声に、思わずイスから立ち上がったジークリンデはイスに座り直し、エドガーは開きかけた口を閉じた。

 

「もちろん良くはありませんわ。けど、ジークとエドガーも分かっているでしょう?レンは意外と強情なのよ。レン本人が決めた事は、誰が何と言っても変えたりしないわ」

 

「それは……せやけど。でも!」

 

「しかし、それでは!」

 

 なおも食い下がろうとする2人を、ヴィクトーリアは手で制した。

 

「でもその代わりに約束して欲しいの。私たちが帰ってくる迄の間は常に端末を携帯して、少しでも体調に変化があったら、その時は迷わずに私たちを呼ぶ事を」

 

「……うん。それは、分かってる」

 

「そう、なら良いわ……行くわよジーク。エドガー、車を」

 

「……承知しました」

 

「…………レン君、本当に大丈夫なんやね?」

 

「平気。だから、安心して……行って、きて」

 

 不満と不安の二つがありありと見て取れるジークリンデの頭を撫でながら、ヴィクトーリアはもう片方の手で持ったインターミドルの参加申請書類が入った封筒を揺らした。

 

「大丈夫よ。一時間もしない内に帰ってこれるわ」

 

 

 

 

 なんて事があったのが、凡そ20分ほど前である。

 

 エドガーが運転する車で書類の提出に向かった2人を見送ったレンは、それから暫くして、リビングにペラリペラリと本のページをめくる音を響かせていた。

 きっかり2分おきに一回というペースを持って、レンは本の内容に目を通している。

 

「…………」

 

 内容がひと段落ついた所でレンは読んでいた本を置くと徐にソファから立ち上がって、ゆっくりと窓際へと近付いた。

 

「……雨、まだ止まない」

 

 さっきから、外は視界が烟るくらい激しい豪雨であった。ヴィクトーリア達が出発してすぐに降り始めた雨は、凄まじい雨音を外から鳴り響かせ、静かな室内を雨音一色に染め上げる。

 

「ねえ、ジーク。この雨、いつ頃に……」

 

 レンは後ろを振り返った。普段ならば其処に誰かしらが居るが故の行動であったが、背後には誰も居なかった。

 ジークも、ヴィクトーリアも、エドガーも、誰もが居ない部屋は暗くて、まるで火の消えた暖炉のようだった。

 

「居ないん……だっけ。そう、いえば」

 

 でもこれで良いのだ、とレンは思った。あの3人には、偶には自分の事を忘れてリラックスして欲しい。

 そう思ったから、レンは自ら1人での留守番を買って出たのだ。

 

「皆に、頼りきりじゃあ……ダメ。僕だって、これくらいなら、1人で……出来る。……いや……出来なきゃダメ、なんだ」

 

 あの3人に無理をさせている事くらいレンには分かっていた。

 介護というのは体力と気力の両方を削る作業だ。介護される側の年齢などで多少は変わるのかもしれないが、それでも多大な労力を必要とする。でなければ、介護疲れとか介護殺人なんて言葉は生まれないだろう。

 

 自分の存在が、重りとなって3人にのしかかっている。

 

 いつしか、レンはそんな風に考えるようになっていた。そして、そう思う度に無力感に全身を苛まれる。何の役にも立てていない自分が腹ただしくなり、堪らなく自分が嫌になる。

 だからこれは証明なのだ。3人に頼らずとも、これくらいは1人でも出来るんだという事の……つまり、自分だって成長しているという事の証明だと、レンは意気込んでいた。

 

(もう、守られるだけじゃない……僕にだって、これくらいなら……!)

 

 少し暗い部屋で1人意気込んだレンは、テレビ横の写真立てへと視線を移した。

 そこには、今よりずっと幼いレンと、彼を挟むようにして立つレンに似た男女が笑顔で写った写真があった。

 

「父さん……母さん……僕、頑張る」

 

 写真は答えないけれど、それで構わない。今のはいわば意思表明。声に出すという、その行為自体に意味があるのだ。

 そんな風にして意思表明をしたレンは、とりあえず読書を再開しにソファへと戻った。

 

「……あっ」

 

 しかし、レンは何かを思い出したような表情で足を止めると、少し顔を青ざめさせながら言った。

 

「洗濯物……取り込んで、ない……」

 

 慌ててレンは二階へと上がる。

 もしかしたら──というか確実に──手遅れだろうけれど、少しでもエドガーの負担を減らす為に取り込むくらいはしておきたい。と考えたレンが、辛うじて取り込めた洗濯物の山に埋もれてしまい、ジークリンデ達に救助されるまで──あと30分。

 

 

 ────────

 

 

「レン君、ホンマに大丈夫やろか……?」

 

「大丈夫よ。約束もしたし、レンも自分の面倒くらいは自分で見れるわ」

 

「お嬢様。本当にそう思うのなら端末を握りしめてソワソワするのは止めて下さい。みっともないです」

 

 場所は変わってインターミドルの参加申請書類受付会場。途中、フードを取ったジークリンデがサインを求める大量のファンに囲まれてしまうという一幕もあったりしたが、まあなんとか無事に検査待ちの列に並ぶ事が出来た。

 

「……ヴィクター、(ウチ)らの順番、まだ?」

 

「もう少し待ちなさい。……まったく、ジークはレンから離れると途端にこれね。今の質問も、もう20回以上も聞いてるわよ」

 

「お嬢様もジーク様の事を言えませんからね?逆さにした本を読むフリをするの、もう何回目ですか?」

 

「え?あっ……」

 

「本気で気付いていなかったんですか……」

 

 どうやら、レンが居ないと腑抜けるのはジークリンデもヴィクトーリアも変わらないようである。

 そんな2人をエドガーが呆れと共に眺めていると、向こうの方から声がする。しかも、その声の主はヴィクトーリアとジークリンデの事を呼んでいるようであった。

 

「ようヘンテコお嬢様とチャンピオン。お前達も参加申請か?」

 

 背後に不良然とした3人を従えた砲撃番長ことハリー・トライベッカが、明らかに此方を見ながら近寄って来ている。

 面倒な事になった。とエドガーは内心で溜息をついた。

 

「……どちらさま?」

 

「おいおい、そりゃないぜチャンピオン。去年も一昨年も会ってるだろ?」

 

「せやっけ?」

 

 そんなエドガーを余所に話は進む。明らかに警戒心バリバリのジークリンデにハリーはそう言うが、本当に記憶に無いのか首を傾げている。

 

「ヴィクター、知っとる?」

 

「さて、どうだったかしら。私の記憶には何も無いわね」

 

「んだとコラァ!!」

 

「リーダー、そんな大声出すと他の人に迷惑っすよ」

 

 やけに突っかかるハリーと、それを諌める三人娘。そして、目の前のハリーを無視して何事も無かったかのように会話するジークリンデとヴィクトーリアを見ながら、エドガーは早く順番が来る事を祈る事しか出来なかった。

 

 エドガーの祈りが成就するのは、それから10分程が経過した後になる事をエドガーは知らないし、知らなくて良い。

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